平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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143:ジャック君ちょっと殺意高すぎない?

 

 時刻は少し遡る。

 

 宿屋の一室で、多くの子供たちが横になって眠っている。

 外はすでに真っ暗で、一応時間は夜だという事を示している。

 

「……コナン? 哀、蘭ちゃん?」

 

 そんな中、同じように横になっている男が、側で寝ている子供に呼びかける。

 

「やっぱ眠ってるか。となると……」

 

 男はベッドから体を起こして、宙をジトッと睨みつける。

 

「俺に何か用かい?」

 

 他の子供たちは全員、静かに寝息を立てている。

 だが、反応する者がいた。

 

『ごめんなさい。だけど、貴方と少しだけ話をしたかった』

「ノアズアーク……というよりは、ヒロキ君と呼ぶべきかな?」

『今は二人いるけどね』

 

 男は、宙から聞こえてくる声に、まるで友人に対するような気軽さで返した。

 

「それでどうした? わざわざ俺に聞きたいことって」

 

 事件に関係することではない、すごくプライベートな事だろうと男は予測した。

 

『貴方にとって、枡山憲三とはどういう存在なのか聞きたかった』

「……そこ聞いちゃうかぁ」

 

 男は肩を回して、軽く伸びをしたわずかな眠気を吹き飛ばす。

 

「まぁ、敵だよ。それを飾る修飾語は多々あるけど、それをここで口にするのは野暮に過ぎる」

『必ず倒す?』

「捕まえるって言ってくれ。俺はスーパーマンでも仮面ヤイバーでもないんだ。やっつける……なんて……事は……」

 

 そこで男は口をつぐみ、しばし表情をあれこれ百面相に変えながらしばらく「ぐぬぬぬぬぬ……」と呻き。

 

「う……ん……。基本的にはしないよ。基本的には」

『そうなんだ』

「そうなんだよ」

 

 男は小さく「セーフ、だからセーフ」とブツブツ呟いて頭を軽く掻く。

 

「ただ、あの人とは安易な決着にはならないんだろうなぁ、っていう確信もある」

『……戦うって事?』

「多分」

『貴方が死ぬかもしれないよ?』

 

 男は苦笑して、小さく「ありそうで嫌だなぁ」と呟く。

 

「家の面々には死なないと約束したし、俺もどんな状況に陥っても必ず死なないと決めているしそうしてきた」

『うん。……貴方の行動記録は一通り目を通していたから、知ってる』

「でもな……枡山さん相手には全力で当たるしかない。俺が手を抜いたら、すぐにでも大勢が死ぬ。そういう状況をあの人はぶつけてくる。あの城のようにな」

『……見れる範囲で見ていたよ。貴方自身が死んでもおかしくない事件だったね』

 

 男が今いる死地を作ったハズのAIが出す、本気で心配するような声に男は苦笑を返す。

 

「別にあの人と決着をつけてもすべてが終わるハズじゃない。俺の目的はその先にある……ハズだけど……うん」

 

 

 

「俺はあの人に育てられて。あの人がある意味で今の俺を育てた」

 

 

「なら、あの人と決着をつけるべきは俺で、その代価として俺の命が必要だっていうなら躊躇うつもりはないさ」

 

 

「まぁ、要するに……あの人を捕まえるのは俺で、俺を全力で殺しに来るのがあの人だ。色々言いたいことはあるし、説明したいところもあるんだけど……不要なモン全部削るとそんな所だな」

 

 男の言葉に、宙の言葉はしばらく黙ったままだ。

 しばらくそうしていると、苦笑が返ってくる。

 

『……正直ね。なんてことしてくれたんだと思っていたんだ。シャーロック・ホームズは僕にとっての保険だったから……それを乗っ取るなんてって』

「ん……そりゃ悪かったな」

『ううん。今なら分かる。それでよかったんだ』

 

 

『貴方はホームズの血を継ぐ者じゃないし、イギリス政府が認めたシャーロック・ホームズ(諮問探偵)でもない。それどころか、あのロシアの怪僧の血を受け継いでいる現代屈指の奇人だけど……』

 

 

『それでも……貴方は、間違いなく名探偵(ホームズ)だ』

 

 

 男は、その言葉を聞いて複雑な顔をしながら寝床に改めて横になり、新しい情報から来る吐き気を堪えながら、すぐに移り変わるだろう朝を待ちはじめた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「全員、落下物に注意しろ!」

 

 なんかえらく燃え広がりが早い劇場からアイリーン・アドラーを連れて脱出しなければいけない。

 劇が始まる前に志保が楓と一緒に劇場の見取り図をもらってきてくれていたおかげで道は分かる。

 あークソ! 飾りの鎧やら何やらが倒れてくる! キチンとこういうのは固定しておけよ!

 いやそういうギミックだろうから仕方ないけどさ!

 

「やば……っ」

「コナン、そのまま走れ! 障害物は俺が何とかする!」

 

 念のために残った金で弾補充しておいてよかった! リボルバーがあってくれて本当に助かった!

 崩れてくる障害物に弾を当てて弾き飛ばす。

 

 これが撃ち慣れない銃だったらもう目も当てられん。

 志保! 無理して庇おうとしなくていいから! 俺がリボルバー握れて弾も十分あるなら大体の事はなんとかなるから!

 子供の10人そこらすら守れないなら俺がこうして無茶する意味ないだろうが!

 

(にしても、向こう側のノアズアークもいい仕事するな)

 

 思った以上に音も物理演算もキチンとしている。

 正直今回はいつもみたいな動きは出来ないと思ったけど、これならいける。

 遺伝子探査の結果をポロっとこぼしたのは許してやろう。

 現実に戻った時が怖すぎて脳が震えるわ。

 

(加えて、一般人を一切気にしなくていいのは楽でいい!)

 

 いつもなら一人も犠牲者を出さないように山猫に脱出ルートの確保や保全を徹底させたうえでカゲも使う必要があるんだが、今回は放置していて問題ない。存在しない奴を守る必要があるとか言われたらうっかりキレて黒づくめの連中の把握している資金源の一斉凍結とかやりかねん。

 

「蘭ちゃん、アイリーンを引っ張って! 急げ!」

 

 デカい建材が落ちてきている、これはさすがに吹き飛ばせん。ってちょ!

 

「江守、滝沢!」

 

 二人の子供が落ちてくる照明に直撃しそうなアイリーン・アドラーを突き飛ばして、身代わりになろうとしている。

 お前らガッツ見せすぎだ! だがよくやった!

 

 残弾チェック、今残っているのは三発。

 足りるか?

 

 腰だめに構えて素早く三連射、落ちてくる二つの吊り照明の内片方を狙って全弾ぶっ放す。

 落下してきた照明が互いにぶつかり、際どい所ではあったが一応計算通りに二人からズレたポイントに叩きつけられた。

 

(……あれ? よくよく考えると勝利条件は俺らが警察とかに捕まったらやられずにジャックザリッパーとっ捕まえればいいんだからアイリーン・アドラーは無視してもよかったか?)

 

 いやまぁ、流れから言ってそうはいかんか。

 この騒動の犯人はお前達か!? って警官に追われる可能性もあるし――まぁ、とりあえず出てきた連中全員殴り倒した方が早いか。

 

「お兄ちゃん、これからどこへ!?」

「とりあえず劇場の外に! ただし、出る直前には気を付けて!」

 

 ふと劇場の上段の客席を見上げると、どことなく森谷を思い出す老人一歩手前のクソ野郎が枡山さんみたいにキャッキャしてやがる。

 おいやめろ。俺の中でそういう真似が許される年寄りは枡山さんだけだ。

 

「俺が暗殺者なら外に出て一息ついた瞬間を突く!」

 

 事前に把握していた地形通りなら、この周辺は暗殺しやすい。

 逃げ切れるかどうかはともかく、殺害そのものはこうして人が付いていなければ容易だっただろう。

 

 再装填、手元に六発、ポケットのケースの中に更に六発。

 これ多分ジャック・ザ・リッパー確保まで持たねぇな。

 まぁ、多分銃弾でどうにかなるタイプじゃない。

 

(真君みたいに銃弾避けるんだろうなぁ……。内も外も、補正モリモリで人間辞めてる奴はこれだからもう……)

 

 俺なんか見ろ。毎回死ぬかどうかのギリギリ見極めて死に始めた時に自己蘇生しないとそのまま死んじゃうんだぞ。 

 

「混乱の中で仕掛けなかったのなら、安全地帯に着いた瞬間が狙われる! 俺が暗殺食らう時は大体そうだ! 安全地帯は場所の予測がしやすいし待ち伏せも容易だから気を付けて!」

 

 こういう物騒な知識だけは付くんだよなぁ。

 阿笠博士の家でコナンと一緒に科学知識叩き込まれていた頃がクソ懐かしい。

 

 最近じゃあとにかく実践――違うな、実戦を経ての経験値ばっか稼いでいる気がしてきた。

 やっぱあれだよ。爆発とか謀略とか諜報とかそういうのはもういいんだって。お腹いっぱいなんだって!

 もっとこう……普通の誘拐事件とか普通の殺人事件とかそういうのちょうだい!

 

「外に出た瞬間叫んで警官をこっち側に呼んで! 数を味方に付けるのは基本中の基本だ!」

 

 というか、ちょ、落下物多すぎるだろ! なんで的確に子供達を殺そうとしてんのさアイリーンならともかく!

 

 あぁ、駄目だ、もう弾が切れた再装填! これで残り六発か!

 デカブツばっかが的確に子供たちの誰かを潰そうと落下してくるのを、ほどよく壊れている柱なんかのバランスをわざと崩してつっかえ棒にしたりしながら走る。出口まですぐそこ――!

 

「蘭ちゃん、皆をよろしく!!」

 

 やはりノアズアークに本格的な敵意はない。

 じゃなければ、走ってくる足音や風音なんて消すはずだ。

 

 走っている通路は子供達とアイリーンで抜けれる隙がないから、壁を走って追い越して先頭に立つ。

 同時に劇場らしい無駄に豪華な両開きの扉を蹴り飛ばすと同時に、そこにあからさまな『怪人』がいた。

 

 黒いシルクハットにコート、ついでに分かりやすくなぜか見えない顔!

 それがナイフを手に距離を詰めて――いやはやい早い速い!!

 

(仮想世界の住人だからって簡単に銃弾避けるな馬鹿!)

 

 殺したら謎解きもへったくそもないし、とりあえずと手足を狙って発砲してみたらコイツ紙一重で躱しやがる!

 

(人間辞めた奴相手の戦闘の基礎その一、とにかく処理能力に負荷を掛ける!)

 

 今回は違うかもしれないけど、人間辞めた奴はとにかく頭の回転が速い。

 ウチで言うとマリーさんや真君がその極地だ。

 

 一見脳筋っぽい銃弾避ける真君も、あれは実の所弾速や距離から計算する理系型だしマリーさんに至っては頭おかしいんじゃないかと思う速度の物理演算で最大の身体パフォーマンスを引き出している。

 

 ここ最近は真君の修行に付き合わされてなんとか互角に持ち込むために色々試した結果、それは――

 

(とにかく押して押して押しまくる!)

 

 拳銃を上空に放り投げる、いつものフェイントをかけてみるが全く反応しない。

 というか顔が見えん! そこらへんくらいはリアルにしてくれ!

 視線だけなぜか分かるのは助かるけど!

 

(謎解きする雰囲気じゃないんだ! ここは! 鞘当て! の! ハズ! だけど! いや! ちょ! ま!)

 

 コイツさっきから執拗に首と心臓狙いすぎだろ!

 あ、ちょ、かすった! 今ちょっとかすった!

 

『死ね! シャーロック・ホームズ!! あのお方の宿敵!』

「誰がホームズだボケェ! ワトソンだっつってんだろ!」

 

 ってかなんでNPCからホームズ認定!?

 

 ……あ。

 そういえばこの体のデータ元々ホームズとか言ってたっけ!

 

 タイム! ちょっとタイムを要求――話を聞けぇっ!!

 

 ゲームオーバーありの所で即死狙いすんな!

 

 




なお、現実世界ではノアズアーク君が気を聞かせて映像まで垂れ流し始めた模様

一方過労死レベルで働いてる事務所産ノアズアーク
会社に属した以上過労は免れぬのだ働け

これが終わったらしばらく日常編ですが、あれだったらしばしの間の浅見のパートナーとかアンケ取ってみようかなとも思ってます

今回やろうと思ってたんですが、アンケートの場所見つけるだけでえらい疲れてしまった

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