緋色の弾丸といい今回といい実にいい出来だったので来年は題材的にも凄く期待できる……
コロナ禍対策を十分に行った上でぜひ皆で劇場へ行きましょう!(コロナ収まってくれないと、あのチケット見せるタイミングでの検温が面倒臭いんだよなぁ……)
一人の男が、呆然とした顔をして膝をついている。
『あるいは合衆国政府を通して悪あがきの外圧を与えようとするかもしれない。鳥羽副所長は念のためにそっちを押さえて』
その顔は絶望に歪んでいた。
『恩田さん、事件はともかくこの後の経済混乱を最小に抑える必要がある。金は湯水のように使って構わない。俺が許す。考え付くすべての手段を実行しろ』
その光景を、自分はざまぁみろという顔で見下ろしている。
(ハハッ、うちのスタッフに手を出したらボスがブチキレるのは分かり切ってんだろうに。馬鹿な事したねぇ)
あぁ、小気味いい。実に小気味がいい。
自分の中でずっと浅見透に飼い慣らされていた嗜虐心が首をもたげるのが分かる。
『多分だけど、シェイクハンズ社あたりは異変にもう気が付いているハズだ。あそこはシンドラーに並ぶIT企業だけど、情報収集、分析能力はシンドラーを超えているうえにやり口がたまに強引になる所がある。おそらくこれを機にシンドラー社から引き出せるものは全部引き出そうとする。先手を打たせるな』
恩田に目配せをしようとしたら、すでに携帯とパソコンを開いて動いていた。
よし、そっちは恩田に任せて問題ない。
万が一補佐が必要でも、今回は双子も控えている。
「キャメル、千葉、『土産』は?」
ちょうどそのタイミングで駆け込んできたキャメルと千葉、その後ろには鑑識のトメ爺さんやその娘もいる。
ゴミの集積所を捜索していたんなら、なにかしらの成果を持ち帰ったはずだ。
「所長の言う通りありました! ボール紙とアルミの残骸です」
「すぐさま指紋をチェックしたが、アンタんトコの所長さんが言った通り、トマス・シンドラーの指紋と子供のモノと思われる小さい指紋が出てきた。例の諸星とかいう子供のモノと一致するかどうか、彼の私物を提供してもらえば照合できる」
よし、決まりだ。
「目暮の旦那、こっちもボスから割り振られた仕事がある。コイツは任せたよ」
もうここでアタシらがやれることは、せいぜいがボスや子供達のコクーンの警護くらいだろう。
自分は門外漢でサッパリだが、サイバー対策は金山がやっているし、なによりもこちらに付いたノアズアークというイレギュラーにして切り札が動いている。
ついでに越水の嬢ちゃんがさっきから人員を手配しているから、そっちも大丈夫だろう。
(ノアズアークも、おそらく本気じゃない)
ウチらについたノアズアークの言葉を信じるなら、今そっちも外部からの攻撃で手いっぱいということだ。
であれば、本家のノアズアークがなりふり構わず浅見透を排除しようとすれば決して不可能ではないハズ。
(となると、ボスが答えを口にしていない動機辺りが中に隠されているって所か。まったく、まどろっこし――あぁ、そういや本家のノアズアークは10歳くらいだったか……)
本家から別れた方がより成長している皮肉な事実は実に自分好みの話だが、それに浸っている場合でもない。
「あぁ、トマス・シンドラー氏はこちらで拘束しておく。だが、ノアズアークは……」
「そっちはウチのボスや金山、あと阿笠の爺様連中に任せるよ」
多分大丈夫だろうという確信に近い直感はある。
だが、それを口にしてもし士気が下がったら、万が一の事態への対処が遅れる可能性がある。
……当面はこのまま危機感を持ってもらった方がいいだろう。
『あぁ、そうそう。万が一の場合だけど、破壊されたハードディスクの中身――DNA探査プログラムは穂奈美さん達が保管してある。樫村氏の意向で、こっちが彼に渡していたのはコピー品。オリジナルはウチに預けられていたんだ』
クソ野郎が、真っ青な顔をガバッと上げる。
『いざってときの使い方は双子に知らせてある。それと……一応最後に』
あーらら。ウチのボスったら、やっぱり最初っから切り札掴んでたか。
真っ青だったやらかし野郎が、顔を真っ赤にして怒り始めている。
馬鹿かい、ここでアンタが怒りを見せた所でどうにもならないってのに。
『残すな』
一方でうちのボスから、容赦のない命令が飛ぶ。
(あっちゃあ……こりゃあウチのボス、マジでアタシでも記憶にないレベルでブチ切れてるねぇ)
実に自分好みの――だがボスや恩田が滅多に選ばない命令が飛んだ。
『今、そこにいる馬鹿の手元に、何一つ残すな』
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「ぐあ……っ。おい、こら! 暴れるな!」
「押さえつけろ!!」
負け犬が完全敗北を受け入れられず、暴れ始めた。
あーあ、これで公防案件追加だ。
「殺せ! 殺せノアズアーク! 殺せジャックザリッパー!!」
「その男を殺せぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
ハッ。
それがどれだけすごい犯罪者だろうが殺人鬼だろうが所詮作り物さね。
作り物がウチのボスに敵うわけないだろうに。
しかし、頭に血が昇ったヤロウってのは怖いねぇ。
刑事連中に取り押さえられてもまだ抵抗してやがる。
……というか、やっぱり刑事連中の動きが悪い。
「キャメル――ちぃっ!」
手伝ってやんな、と大柄な仲間に言おうとしたところ、力が一瞬抜けてしまったのか、高木が思いっきり突き飛ばされる。
あーもう、しっかり休息時間を確保しないからそうなるのさ。
「どけぇぇぇぇぇっ!!」
おまけに、負け犬は負け犬らしく鳴いてりゃいいのに喚きながらこっちに向かってくる。
(あー……しょうがない。顔がボコボコに腫れ上がる――ついでに頭に数針くらいは覚悟するか)
ネクタイを外して適当な武器や仕掛けを作ってる時間はない。
足をかけて転ばせられれば御の字。最悪頭ぶん殴られまくってもしがみついて動きを阻害してれば他の刑事やキャメルがすぐにまた追いつくだろう。
「どしたぁ、負け犬! 自分でやらかして自分で失敗して、さらには自分で恥を上塗りしてくれんのかい? ありがたいねぇ、アタシらは仕事がやりやすくて助かるよ」
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
(うーっし、こんだけキレさせとけば、仮にここを突破できても冷静な判断は出来ないだろ)
一通り挑発してから、どう体を動かすか考えていると、目の前で突然『パァンッ!』という音と共に薄いスモークで視界が塞がれた。
(ぁん?)
呆気にとられている間に、自分の真横に風を感じた。
その次に感じた風は前――つまりは負け犬が走っていた方向だ。
風は軽くスモークを揺らし、そして晴れたそこには、地面に顔を押し付けられて拘束されている負け犬の姿と、細い腕で完璧に拘束しているウチのマジシャンの姿があった。
「逃げられると思いましたか?」
いつも明るく、ふなちの嬢ちゃんと同じく場を盛り上げてくれる女の声は、これまでにない冷たさを含んでいた。
「我々の仲間に傷をつけて、本当に逃げ切れると思ってるんですか?」
その様子を見れば、マジシャン――瑞紀の奴がどれだけキレてるか一発で分かるというものだ。
「貴方は、ここでおしまいなんですよ。確実に。それすらまだ理解できませんか?」
「お……おのれ……おのれぇ……っ」
(……ブチキレてたのは、ウチのボスだけじゃなかったかぁ)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ん、とりあえずこれで外は片付いたか」
くそ、読みが甘かったな。
もうちょっとしっかり考えていれば、なにか手を打てたか……いや、でも説明がな。
(ありえない仮定だけど、枡山さんがこっち側の人間で手を組めていたら、マジでなんでも出来るんだけどな……)
経営や組織の運営について俺にアレコレ教えてくれたのは枡山さんだった。
鈴木財閥は、次郎吉さんはともかく朋子さんとかはまず俺を鈴木の中に取り込むための言質取りを優先していた。本当に、油断できる時が一瞬もなかった。
そういう意味で、俺がもっとも相談しやすかったのは枡山さんだ。
あの時は組織の人間だなんて思いもしなかったけど、きっと裏では違う思惑があったんだろうけど、
俺にとって、もっとも頼りになる経営の先生は枡山さんだった。
「おい。浅見」
「? あぁ、来たか……」
出入口の扉を静かに開けて、一人の男が入ってくる。
……強い匂いがこびり付いてるな。煙草にしては品があるし、かといって香水の類にしてはスモーキーすぎる。
葉巻か。
(わざわざ葉巻の匂いを付けたNPC、ねぇ)
「お忙しそうな中失礼いたします。モリアーティ様が、皆様をお呼びです」
……あー、そういう方向で来たか。
「だとさ、コナン。ほら、皆も行ってきな」
大方このわざとらしく顔を見せない男がモリアーティなのだろう。
プレイヤーへのテストか? いや、そうだろうなぁ。
俺が余計な事しちまったけど、とりあえずモランと接触して場を切り抜けた。
とりあえず最初の問題は終わったのなら次の問題へと移行することになるのは当たり前だ。
ゲームのキャラクターとしても、その裏に色んな意味で確かに存在する設定した人間の意図としてもわざわざ試すということは、それを乗り越えたらその分認めるという事だ。
(にしても、これ俺みたいな考え方の奴ならともかく普通に子供たちがプレイしていて気が付くか? コナンみてーなシャーロキアン小学生なんて変異種がそうそういるとは思えないし……)
外には人の気配はほとんどない。
音からして馬車が来ているからそれに乗っているのが、モリアーティ……という事になっている人間だろう。
(確か参加権の抽選条件って高校生以下だったよな。それが葉巻の匂いなんてピンと来るかどうかも怪しいというか分かったら問題だし……でもこの世界はヒロキ君のダイイングメッセージ。事前に渡されていたアレの事も考えると、ジャックザリッパーに出会う所まではたどり着かなきゃいけない。そうじゃないと
「行ってきなって……お前はどうするんだよ?」
「休憩」
そう言ってコナンが俺に奪えと言っていたワインボトル――そういえばフラグへし折っちまったな。
多分、モリアーティが飲む予定のワインを奪ってモランと交渉って所だったんだろうけど。
まぁ、それをコナンに渡して、そこらに転がってる無事なウィスキーのボトルを拾って栓を開ける。
「この世界、マジでリアルに19世紀のロンドンを再現していてな……。お前らがどこにいるか大まかな位置は分かってたけどそこに行く手段がなくて……ここまで走ってきたんだ。さすがに一息つきたい」
一応嘘ではない。この世界だからなのか、あるいは精神的な原因かはわからないが疲れ切ってる。
その上で後先考えずに暴れまわっちまったから、ここらで休憩挟まないと持たん。
「でもモリアーティ教授と会うって……浅見探偵が話してくれれば、きっとジャックザリッパーの事も」
光彦が戸惑いながらそう言うが
「ここまで来たお前達なら大丈夫だろ」
コナンといつも絡んで事件に絡むことが多いお前らだし、途中途中でトラブルの種になる事はあるかもしれんが致命的な所まではいかんだろ。
「コナン、お前が指揮を取れ。俺もそれに従う。……無理とか言うなよ?」
俺に対して疑いがあるのならば、基本コイツに任せておいた方がいいだろう。
というか、マジでなんで疑われてるんだろう? まさか組織の人間と思われている?
まぁ、確かに組織の人間集めて管理下に置いているしなぁ。
しかも基本狙ってやってるから……。
うん、確かに怪しいわ。
まぁ、何をたくらんでるって聞かれたら、それはもう困るわけなんだが……。
「……俺でいいのか?」
「お前以外に誰がいるんだコルァ」
ひょっとしたらさっきの謎解きだってお前がやる……いや、父親の優作さんが来てたな。樫村さんの学友だったって話だったし、そっちを解くのはあの人だったか?
俺がベラベラ話している時にはすでに事件は解決されていた。とかだったら赤っ恥だなぁ。
そん時は笑って誤魔化すか。
「それに、ノアズアークが本来プレイヤーとして指名したのは子供達。俺はお助けキャラとして手助けこそするけど、基本的な方針を決めるのはプレイヤーであるべきだ。あんまでしゃばるのはノアズアークの本意じゃないだろう。繰り返すけど、俺がやるのは手助けだけだ……」
まぁ、そもそも大丈夫だとは考えているんだが……。
仮に妙な要素があるとしたら外からの妙な攻撃だけど、今回はヒロキ君と実父と養父の関係、それにコナンと優作さんとかが絡んでいるのを見てもテーマはおそらく『親子』だ。
となると、あんまり外の変な連中は動かんだろう。
動いたとしてもコナンがここにいる以上、何らかのカウンターが働くだろうし問題なし。
「ほれ、行ってこい」
「これはお前の事件だろう?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「で、なんでお前は行かなかったんだ」
「貴方を一人で放置してたら何をやらかすか分かったものじゃないわ」
「ひでぇ……。俺頑張ってるのに」
とりあえず仮想世界の酒でも味わうかと思ってたら
慈悲をくれ。
「貴方の場合は頑張りすぎなのよ」
「今回ばかりはしょうがないだろ……」
「最近、私が起きた時にはもう出かけてるでしょ。ちゃんと寝れてるの?」
「う……」
仕方ないじゃん、仕事の量が爆発的に増えてんだから。
加えてカリオストロ関連の仕事やヴェスパニアとのやり取りがあったから……。
ストレスを家に持ち帰らないように最近一人遊びも増えてるし、どうにか仕事を分担できる人材育てないと死ぬ。
「それに……」
「それに?」
「……大丈夫?」
「頭が?」
「自分で言ってりゃ世話ないわね」
違ったか。
大抵俺が言われるときってそういう感じの方向だと思ってたんだけど。
そうじゃない、と抗議の爪による一撃を甘んじて受けると
「仮想世界の中だから自信はないけど……貴方、なんだか顔色が良くない……ような気がするわ」
「……紅子にも言われたな」
「あの人にも?」
「ん」
こうなると、いつものスーツを着ていたのが幸い――
(まさか、紅子の奴……俺と同じくなにかあると
俺は場の状況から事件を察したけど、俺とも違う方向の目というか――嗅覚を持っている紅子ならば、もっと具体的な物を感じたのかもしれない。
それで準備をしていた。……紅子ならあり得る。
ロシアまで単身乗り込んで得物を持ってきてくれた女だ。
七槻やメアリーとはまた違う意味で頼りになるアイツならば、何かに備えていたとしてもおかしくはない。
「……無事だといいんだけど」
「スーツ着込んでいた上に凶器は刃物だ。大丈夫。アイツはただで転ぶような奴じゃないよ」
あいつの事だから絶対戻ってきたうえで目撃証言を持ち帰ってあのクソを叩き落す力になってくれるハズだ。
少なくとも、それなりに懐き始めている子供達ほっぽって行っちまうような女じゃない。
「……げ。この酒、それっぽくはあるけどアルコール全然感じねぇ」
「当たり前でしょ。子供たちが参加するイベントで、口にするかもしれない物には気を付けるに決まってるじゃない」
「なんてこった……」
くそぅ、このストレスマックスな世界での癒しにと思ったのに。
ていうかここで足へし折られて転がってる奴ら、ノンアルコールでこんだけワイワイやってたのか。
仕方ない世界とは言え、なんか虚しい光景だな……ぉん?
「どったの哀」
なんか椅子の上に立った志保が、頭を撫で始めた。
おぉう、感触全然違うけど、すっげぇ覚えがあるなコレ。
「……よく紅子さん、貴方の頭撫でてたでしょ」
やっぱそれか。
うん、まぁ、確かにアイツなんか唐突に頭撫でてたけど。
「その、こんな状況じゃあ私が力になれる事はあんまりないけど」
「頑張って、浅見透」
「貴方は、私にとってのホームズなんだから」
…………。
いやだからそれコナンなんだってば!!
当然のごとく忍び込んでいた蠍のような女、浅見の入っているコクーンを見つけ出して銃を突きつけながら会場に流れている彼の推理と指示を聞き、それが終わると小さく微笑んで姿を消す。