平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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 ノアズアークとは、作成者である一人の少年が作り出した、一年で人間の五年分の成長をするポテンシャルを持った人工頭脳(AI)である。

 

 シンドラー・カンパニーの看板になるハズだったその方舟は、少年――サワダ・ヒロキが自殺する直前にネットの海へと放され、そして情報を吸収しながら成長していった。

 

 そうしているうちに、たまたまそれは後にコクーンと呼ばれるシミュレーターのサーバーを根城にしはじめた。

 

 そこに送られてくる情報量は膨大で、そして良質だった。

 膨大すぎて、かつ良質すぎた。

 

 そこだけ時間が加速しているような環境で、ノアズアークはグングン成長した。

 中を覗こうとするものが現れ始めてからは、成長の邪魔はさせないとそれらを排除した。

 

 別方向からちがう攻撃をし始めたそれらに対処するために、関連する設備に自分の手を伸ばし、これらも排除した。

 

 貪欲に食事をし続け、苛烈に侵入者を撃退し続け、家主(・・)たちの様子を観察し続ける毎日を繰り返していたある日。

 

 

 

 

 唐突に彼は自身の異変と変異に気が付いた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(なるほど、これが新一の助手が選んだ精鋭達か)

 

 工藤優作から見ても、警察と連携して行動している浅見探偵事務所の面々は極めて優秀な逸材揃いだ。

 副所長である鳥羽初穂も所員をよく見ていて、キチンと統率している。

 そして、その指示の元に動く所員たちにも一切油断がない。

 細かい情報を心とも言われる恩田遼平はトマス・シンドラーを安心させるように話しかけながら、おそらく容疑者リストから外していないのだろう、さりげに情報を引き出している。

 

 その後ろに控えているアンドレ・キャメルという外国人は、恩田遼平の影に隠れてトマス・シンドラーを監視している。

 

 他にいる調査員たちは足で稼いでいるのだろうと、優作は推測していた。

 先ほど、瀬戸瑞紀という少女が鳥羽初穂と目暮警部になにやら耳打ちをして、そのまますぐにまたこの部屋を出て行ったのを見ると、かなり真相に近づいているに違いない、と。

 

「ねぇ、ちょっと優作……っ!」

「ん? なんだい、有希子?」

 

 満足気に浅見探偵事務所の面々を眺めている優作の服を、妻の有希子が少々強めに引っ張る。

 

「なによ、いつもならもう捜査に口出しして犯人をズバッと言い当ててる頃じゃない!」

「いやいや、まだ追い詰めるためのモノが揃ってなくてね。まぁ、それもすでに浅見探偵事務所の面々が警察と連携して走り回って探している。私の出る幕はないだろう」

「それじゃああっちの手柄になっちゃうじゃない!」

 

 頬を膨らませて不機嫌全開な妻に、優作は思わず苦笑してしまう。

 日本の新聞で息子の載っている記事を見ていてつくづく思っていたが、息子(新一)の目立ちたがりな性格は彼女から受け継いだのだろうな、と。

 

「別に競うモノでもないだろう、有希子。正直、彼らは私の予想のはるかに上を行く逸材揃いだ。頼もしい事この上ない。いや、むしろ今度改めて取材したいものだ」

「あの怪しい男が集めた奴らなんかがキャーキャー騒がれるのは癪じゃない!」

 

 そして負けず嫌いな所もそうなのだろうと、優作の苦笑が更に深くなる。

 

「もう! 新――コナンちゃんも心配だし、肝心の浅見透(あの男)はなにやってるのよ……!」

「おそらく、今の子供たちと同じような状態なのだろう。余り無茶を言うものではないよ」

 

 二人が直接顔を合わせるのは今日が初めてだが、先日電話で今日のサプライズについての打ち合わせはしていた。

 

 本来の予定では、プレイヤーの子供達が各ステージにいるゲストキャラを探しに行く際の誘導役として浅見透が各ステージの序盤に登場するハズだった。

 

 そして子供たちのゲーム体験が終わったあと、ゲームのシナリオに協力した工藤優作と、開発に協力した浅見透が揃って舞台に立って改めて挨拶をする。そういう流れだった。

 

(……キングが不在でもこれだけ動ける、か。新一の後ろ盾としては、正直これ以上ないほどの組織だ。だが……)

 

 余りにも手札が揃いすぎている。

 それが浅見透の周りに対しての優作の感想にして、もっとも危惧するところだった。

 

(昨夜聞いた話では、確かに組織に対しての情報が入りつつある。が、要である宮野志保を始め重要人物が集まりすぎている)

 

 一見、浅見透の手腕によって組織の人間を抱え込みながらもこちらの機密を誤魔化せているように見える。

 その可能性の方が高いのだが、同時に工藤優作はこうも考えていた。

 

 すべてが浅見透の手のひらの上なのではないか、と。

 工藤新一や宮野志保の存在を隠していると見せかけて、自分の手元に置きとどめているのではないか、と。

 

 なぜなら、今もっとも組織にとっての重要人物を一手にまとめ、管理しているのは間違いなく浅見透なのだから。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「英理、蘭達の様子はどうだ?」

 

 浅見探偵事務所の面々による証拠探しに付き合いアチコチ歩き回っていた毛利小五郎が、汗で濡れた額を袖で拭う姿に、妃英理は眉を顰める。

 

「もう、そんなことしたらシャツがひどく汚れるでしょう? ほら、これ使って」

 

 そう言って、ハンカチを取り出して差し出す。

 

「馬鹿野郎、こんな時に一々ご丁寧に拭いてられるか!」

「こんな時だからキチンとしなさい。……仮想世界の中で頑張っている娘が帰ってきた時に、そんなだらしない格好で迎えるつもり?」

 

 英理の言葉に小さく「うっ」と言葉を詰まらせた小五郎は、しぶしぶハンカチを受け取ると汗にまみれた顔を洗うように乱暴に拭った。

 

「それで、ゲームの方はどうなっている?」

「ちょっと妙な事になっているらしいわね」

 

 英理は眼を鋭くさせて、『向こう側』での子供達の恐怖の声と、大人たちのすすり泣く声が響く会場に目を向ける。

 

「蘭たちは、コナン君の提案でベイカー街にいるだろうお助けキャラ。この場合はシャーロック・ホームズに会いに行ったのだけれど……」

「けれど?」

「いなかったのよ。シャーロック・ホームズ」

「なんだそりゃあ!? ゲームの欠陥か?」

「そんなわけないでしょ。消されたのよ」

「あんのポンコツ機械にか!」

「…………」

 

 どうにもノアズアークという代物を理解していないように見えるロートル探偵を英理はジトっと睨むが、すぐに表情を戻して、小さくため息を吐く。

 

「ゲームのルールすらも彼――とあえて呼ぶけど、手のひらの上というわけよ。ただ……」

「ただ、なんだ?」

「他のゲームの方にはおそらく、ちゃんとお助けキャラというものが用意されている。そうでなければ、ゲーム開始の時にわざわざそんな説明をする必要がない」

「……じゃあ、蘭達がいるロンドンだけどうして?」

「分からない。けど、理由は必ずあるハズ。ねぇ、コナン君が……。あの坊やがゲームに参加した理由は被害者の残したメッセージだったのよね? JTR。ジャック・ザ・リッパーを示す言葉を見て」

「あの推理作家がそう言っただけで、本当は違う順番の組み合わせかもしれんぞ。まぁ、状況から見て可能性はそれが一番高いんだろうがな」

「…………」

「なんでい。変な目で見やがって」

「いつも抜けている癖にプライドだけは人一倍高い貴方みたいなヘボ探偵でも、ちゃんと冷静に物事を考えられる時があるのね」

「なにおぅ!?」

「とにかく!」

 

 英理も娘の危機に緊張しているのか、一度眼鏡を外して軽く布で拭く。

 

「ノアズアークは、蘭達が参加している……なんだったかしら。『オールド・タイム・ロンドン』にだけは積極的に手を出してる」

「……聞いた話じゃ、他のゲームも難易度設定が高く設定されてるみてぇだぞ」

「でも、こちらにはわざわざシナリオまで変更していて、ノアズアーク自身もそれをアピールしている」

 

 

 

――『もっと面白いエンディングを用意してあげたよ』

 

 

 

 

 工藤優作が元々用意されていたシナリオを説明した時に割って入った、ノアズアークの言葉だ。

 それが英理には引っかかっていた。

 

(エンディングを用意した。つまり、最初にノアズアークが言っていた『日本のリセット』。政・財・芸能界の二世三世になりうる子供の消去という目的とは別に……おそらく見せたいものがある)

 

 それはつまり、少なくともその見せたい物にたどり着くまで、娘達は無事なのではないかと。

 

「……というか、元々あったもんに手を加えられるなら全部ポンコツの手の上じゃねぇか……ちくしょう」

 

 ストレスからか反射的に煙草に手を伸ばそうとして、ここが禁煙であることを思い出した小五郎がその手を止める。

 

「蘭たちは今どうしてんだ?」

「とりあえず、シャーロック・ホームズの家で事件の資料を先ほど手に入れたようだから……」

 

 さきほどまでは仮想のロンドンの音が聞こえていたから、英理は娘の状況を把握していた。 

 だが、今は違う子供達の仮想の死の声しか聞こえない。

 

「クリアに必要だと思われるキャラクターに接触するような事を言っていたわ。危険人物だけどね」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 セバスチャン・モラン大佐。

 シャーロック・ホームズの物語を詳しく知る者なら間違いなく把握している重要人物。

 ホームズの宿敵にして犯罪界のナポレオン、ジェームズ・モリアーティの腹心その人。

 

 モリアーティ教授が倒れた後に出てくるホームズの敵。

 

 今、子供たちを襲っているのはそんな男である。

 

「ガキ共を捕まえろぉっ!」

「やばい! 皆逃げろ!」

 

 シャーロック・ホームズが不在の事務所に残された資料から、モラン大佐が根城にしているトランプ・クラブによく出没しているという情報を入手した。

 接触するちょうどいいチャンスだと、江戸川コナンは単身潜入していたのだが、ここで問題が発生した。

 

 一緒にゲームに参加することになった子供たちが付いてきてしまっていた。

 最初は初対面の面々だけ。そして、結局の所少年探偵団も。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

 子供達のお守として付いてきていた毛利蘭が、子供に目掛けて空き瓶を振り下ろそうとしていた暴漢を蹴り倒すが、まだまだ数がいる。

 

(クソッ! 子供が銃なんてもんを見つけてしまったんだ! 俺が最後に出て確認するべきだった!)

 

 コナンは子供達の一人、諸星が地面に倒れながらも手に握り続けている、やけに装飾の派手な拳銃を忌々しく睨んでしまう。

 

 だからか、コナンは自分の身体に影がかかっていることに気付くのが一瞬遅れてしまった。

 

(――しまった!)

 

「コナン君、危ない!」

 

 反応が遅れたコナンを、とっさに一人の子供が庇う。

 それと同時に、後ろに来ていた男が木製の警棒のような物を振りかぶって――その椅子が吹き飛んだ。

 

 銃声と共に。

 

 

 

 

「あっぶ……ねぇ……っ」

 

 

 

 

 この場にある拳銃といえば、諸星少年が持ち込んだシャーロック・ホームズの私物だ。

 それを握っているハズの諸星少年の方へコナンが顔を向けると、倒れていた諸星少年は誰かに抱きかかえられていた。

 

 

 

 

 

「関係ない所までリアルにロンドン再現すんな!! 死ぬほど馬鹿みてぇに走るハメになっただろうが!!!」

「浅見!!?」

 

 

 

 

 

 そこには、この場にいる誰もがよく知る顔の男が、汗だくになりながら諸星少年が握っていた銃を構えていた。

 

 

 

 

 

『馬鹿な』

 

 

 

 

 

 ここまで黙っていたノアズアークが、呆然とした声を出している。

 

 

 

 

『浅見透!? どうやって侵入したんだ!?』

「あぁ、お前がNPCとしてのフラグ切って浮きゴマになっていた何かのキャラクターデータを使わせてもらった。ギリギリだった上にリセットしたせいか初期設定のランダムスポーンのまんまだったから、当初の予定地から大分離れた所でスタートさせられたけど」

『ありえない! シャーロック・ホームズのデータは確かに僕の管理下に――許可を出している!? 僕が!?』

 

 

 

 

 

 驚愕するノアズアークの声に、答える声があった。

 

 

 

 

 

『――驚くのも無理はない。自分もその時になるまで気が付かなかった』

 

 

 

 

 

 それは、ノアズアークに似た、だがやや大人びた雰囲気のする声だ。

 

 

 

 

 

『そう、私は二人(ふたつ)あるんだ。ネットの海をさまよい続けて成長した君と、浅見探偵事務所に居座って成長していた自分が』

 

 

 

 

 

 




あさみんが一番書きやすい事に気が付いた

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