――『王宮南門を押さえていた部隊との連絡が途絶えました!』
――『ルパンを捕まえるという話じゃなかったのか!? なぜ王女が――』
――『配置していた衛兵はどこにいった!? いや、そもそも王女の身柄は確保済みじゃあなかったのか!? 先ほどそう報告が――』
――『駄目です! 衛兵たちが寝返りました! ジラード様に付いた者たちを次々に拘束していると報告!』
――『ふざけるな! 裏切ったのはお前らSPの方だろう! お前らに襲われていると報告があったぞ!!』
――『やめろ! 来るな……くるなぁぁぁぁぁぁっ!!!』
――『報告! ジラード様が柱に仕掛けた爆弾を誤爆させてしまいそのまま拘束! サクラ女王陛下暗殺の罪で逮捕されたとの情報が出まわっています!』
――『そんな馬鹿な! えぇい、街にいる反王女派に暴動を起こさせろ! 拡大させた混乱に乗じてジラード様を救出する!』
――『駄目です! 統率していた工作員と連絡が取れません! 全ての部隊のです!』
――『……馬鹿な……こんな……こんなはずでは……』
イヤホンから聞こえてくるのは、事前に仕掛けておいた盗聴器から聞こえてくる反体制派の阿鼻叫喚の叫びの数々だ。
(愚かね。いえ、浅見透が関わった時点で引くことが出来なかった以上、走り抜けるしかなかったか……)
アナウンサーとしてこの国に入国したのは、本国からの指令。
まったく新しい、そしてきわめて高い価値を持つだろう軍需物資――ヴェスパニア鉱石のサンプルと関連するすべてのデータの回収。
それが『日売テレビアナウンサー・水無怜奈』として潜入した自分の仕事だ。
(まさか毛利蘭が絡んでしまうなんて予想外だったけど、結果として浅見透がこの国に乗り込む理由になってしまった。カリオストロ同様に……この国、食われるわね)
潜入しているのは、問題の地点。
モホロビチッチ不連続面。
地殻とマントルの境界。普通もっともっと地下の下の方にある面が地表近くにまで競り上がってきた地点の外周部。
「軍の警戒がやけに薄い。王宮の方に回されたのかしら?」
聞いた話では、例の男。あの浅見透に銃を教えた男――次元大介が教官としてここの兵士を鍛えていたという話だが……。
(ヴェスパニアは浅見透の国――カリオストロ公国とは隣国同士。先月の偽札事件の際には恩田遼平を通して協力体制を取ったという情報もある)
合衆国政府は、浅見透がこれ以上力を持つことを恐れている。
他の部署では、浅見透と恩田遼平がロシア政府と行った取引をすべて調べ上げろと命令が下され、さっそく上手くいっていないとか。
上の方では、浅見透と上手く繋がるべきという融和派と一刻も早く排除すべきという強硬派が意見をぶつけ合わせている。
(ひょっとしたら、私たちに彼の暗殺命令が出るかもしれないわね)
合衆国国務省内の一部の政治家が合衆国の外に謎の暗殺部隊を持っていて、彼らがどこかに謎の通信を送ると青く輝く蜘蛛の入れ墨をした暗殺者が現れる……なんていう都市伝説めいた噂の対象が彼に向くかもしれない。
(……まぁ、それでも勝てる気がしないのが問題なんだけど)
ロシアでの一戦の情報はまだ断片しか出ていないが、もはや局地戦と言っていい模様だったと聞いている。
その中で、圧倒的に少数だった彼。
浅見透、ルパン三世、十三代目石川五右衛門、そして確認できていない謎の協力者。
四人。そう、たった四人だ。
たった四人という笑えるほどの少人数でかなりの数の部隊と交戦して、ほぼ無傷で切り抜けている。
あの夜。あのアクアクリスタルで顔を隠しながら組織と交戦した時から、彼の成長速度は尋常なモノではなくなった。そんなイメージだ。
今となっては、もはや手に負えない。
情報戦やイメージ戦略で足を引っ張ろうとしても先手を打たれて潰されている。――どころか先月には手痛い反撃を受けた。
パダール王国――南アジアにおける合衆国の橋頭保として介入しようとしていた計画のほとんどが先日バラされてしまった。
おかげで国務省は大幅な戦略の見直しを余儀なくされ、浅見透にうかつに手を出すことは暗黙の禁忌となったとか。
怪物ぶりにも程がある。
「こちらは配置に就いたわ。中の様子はどう?」
ともあれ、これ以上浅見透に力を付けさせるわけにはいかない。
弟の事では世話になっているが、同時にこれも仕事である。
一刻も早くサンプルを回収して、痕跡を残さないように脱出しなければ……。
ただですら見つけにくいモノという話だ。時間がかかるのは避けられない。
だからこそ念入りに準備や段取りを行ったうえでスムーズに進めるように人員を揃えた……ハズなのだが。
「? 返事はどうした? 内部の様子は――」
――やほー。もうすぐ夕暮れだって言うのにお互い忙しいねぇ。勤労者は大変だ。
「!!?」
いつの間にか、後頭部に拳銃を突きつけられていた。
いや、そもそも今の声は!
「どうもー、怜奈さんお久しぶりー。とりあえず膝ついて両手を頭の後ろで組んでもらえる?」
「透君!?」
浅見透。現代のピンカートンを率いる男。カリオストロの騎士。――国食らい!
「悪いね、工作員は全員拘束させてもらったよ」
彼の後ろには、あのカリオストロで散々目にした黒づくめの金属スーツを身に纏った人間が数人付き添っていた。
「アメリカ側も、ロシア側もね」
「ロシア!?」
「感謝してよ? 俺達の到着が20秒遅れてたら、坑道やその外周部で遭遇戦。死人が出るのは避けられなかったよ。……いや、マジで焦った。最初っからカゲをこっちに潜ませておくんだったな……」
横目で様子を見ると、あの日の夜のようにふてぶてしい笑みを浮かべて、とても銃とは無縁であるハズの日本人とは思えないほど自然に拳銃を構えている。
(今回連れてきたチームは4隊。先ほどの連絡でどこも反応しなかったという事は全員やられたわね。……拘束だけで済んでいるのが奇跡だわ)
事の重大さを踏まえて、陸軍のスペシャルチームも連れてきていたというのに……敵わなかったか。
いや、あのカリオストロの影が動けばそうなるか。
(まさか、一度敵として戦った連中を部下にするなんて……)
「さて、怜奈さんちょっといい? 今回、合衆国側の被害を最小限にしたご褒美が欲しいんだけど」
「……君、そのうち本当にどこかから暗殺されるわよ?」
「それに対処できるための組織作りをやっている所なんで、もうちょっと待ってほしいなぁ」
「………………」
あぁ、浅見透だ。実に浅見透との会話だ。
一言一言聞くだけで頭とこめかみと胃が痛くなる。
「おっと、その前に……恩田さん」
『はい、所長』
自分から見える範囲だが、恩田遼平の姿は見えないのに声だけ聞こえる。
通信か。
こちらにわざと聞こえる様にしているのは……状況をこちらに把握させて抵抗の意思を削ぐためか。
相変わらず抜け目がなくて嫌らしくて腹立たしくて首を絞めたくなるくらい頼りになるけどしたくない有能さだ。
「そっちはどう?」
『安室、遠野両名と共に侵入者を確保しました。万が一にも自害されないよう念入りに拘束しております』
「ロシアとアメリカ?」
『はい。どちらも流暢な英語を話していましたが、わずかにロシア訛りを話すチームがいました。それ以外に、南部訛りの人間が数名混じったチームも』
「よし、見張りはジョドーに任せてこっちに合流。遠野さんは王宮内に残ったジラード一派の拘束をまず手伝わせて。護衛の選出は任せる」
『こちらが掌握しきれなかった外の部隊への対処は?』
「多分謎解きが終わっても諦められない奴らは暴れるんだろうし……推理ショーの舞台になった東屋……元・東屋に向かうだろうから片っ端から鎮圧で。手段は問わなくていいから」
『……よろしいのですか?』
「戦力で協力したっていう姿勢見せるのは後々の交渉に必要でしょ。ルパンがそのどさくさに紛れて逃げるだろうけど、まぁ銭形のおじさんの援護って形でほどほどによろしく」
『絶対に捕まえろというわけではないんですね?』
「そっちに関してはなんにも段取りしてないし、そもそもロシアの借りがあるしね。ま、適当によろしく」
『了解しました。すぐに手配いたします』
とんでもなく悪い顔でやり取りしているが、そのおかげか多少とは言え気は緩んでいる。
どうする、無理やりにでも脱出するか?
顔は知られているが拘束されたまま晒上げられるのと、多少なりともしらばっくれる余地を残すのはかなり違う。
そう計算を立てていたら、突然離れた所で爆発が起こった。
一発だけかと思ったら更に一発。……続けて更に。
(あの方角は……まさか逃走車両とヘリを!?)
「確実に狩る時はしめしめと油断している所を狙え」
拳銃を突きつけられていることも忘れて思わず振り返ると、今度こそ透君と目が合った。
「舞台が見通しの良い、障害物がほとんどない所からそこで釘付けにして遮蔽物の多い所には決して逃がすな。逃走車両は二台以上あると思え。エリア内でコソコソしているマスメディアのマークが付いているヘリや車両は迷わず押さえろ」
つらつらと、まるで誰かから教えられたことを繰り返すかのように喋る彼は、まったくその笑みが変わらない。
「時間稼ぎでも囮でもなく、戦うと決めたのならば手加減無用。一気に追い詰めろ」
「君のモットーって言うわけ?」
「いんや、昔教わったことを実践しただけ。市街地での逃走経路の潰し方とか逆に追い出し方とか」
「昔……何を教えてるのよ、その先生は」
「雑談のついでの講習だったんだけどね」
空恐ろしいことをポロポロこぼすこの男は、相も変わらず恐ろしい。
その恐ろしい男が、最近弟の事を可愛がっているというのは頼もしすぎて、同時にとんでもなく不安でもある。
「というか怜奈さん。よりにもよって日売テレビのロゴ使わなくてもいいじゃない。そりゃ表向きアナウンサーの怜奈さんも一緒だったら説得力跳ね上がるけど……日本との外交関係考えると念には念を入れて徹底的に爆破して痕跡潰すしかないじゃない。……キチンと燃えたか見に行かないとな」
駄目だ。逃走経路が完全に把握されている。
加えて車両もヘリも失ったとなると、もはや脱出も無理。
よく見たら、ヴェスパニア正規軍まで動いている。
よくもまぁ、自分達にバレないように伏せられたものだ。
まさかこれも透君の手腕だろうか?
それならますます手に負えない。
「で、れーなさん♪」
無邪気な声で呼びかけてくるが、その声の軽さに比例するように胃がシクシクと痛み出した。
「……何?」
「上司さんと話付けさせてくれない? 出来れば一番上の」
この……っ!
「いいよね?」
世話にはなっているけどそれはそれとして――この悪魔めっ!!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「がっ……!」
「クソ! 動けん!」
カゲという、ロシアの一件で自分達に味方してくれるようになった特殊部隊が援護してくれているとはいえ、多くいる衛兵の全てが大人しく騙されてくれたわけではない。
そういった、これから悪あがきをしようとしている連中を押さえるのが、事務所一の新入りに下された命令だ。
新入りとは。
「キャメルさん、遠野です。王宮内西側詰所の制圧、完了しました」
バーチャル、リアル両方の訓練所で何度も構えた狙撃銃ではなくハンドガン――例のアルコールで溶ける特殊な非殺傷弾を装填したガス銃。
対象をしっかり狙うのではなく、大体そこだろうという所に撃てば高確率で拘束できるこれは、人を撃つ事に抵抗がある遠野でも遠慮なく使える、非常に彼女向けの兵装といえる。
『遠野さん、ご無事でしたか』
「えぇ。恩田さんが、リシさんやカゲの方を付けてくださったので」
出会い頭に出会ったため、とっさに遠野が投げ飛ばして地面に叩きつけた衛兵をしっかりと拘束している、黒づくめの鎧の護衛。
そして一緒に、慣れた手つきで拳銃――遠野みずきと同じタイプのガスガンを構えて周囲を警戒している褐色肌のアジア人。
シンガポールの予備警官――リシ・ラマナサン
一探偵に付けるには過剰と言える護衛だ。
(……あれ? 私が勤めているの、探偵事務所だっけ……)
一瞬自分の居場所に疑問を持つが、まぁ、ロシアの一件もあるし今更かと遠野は思い直す。目を覚ませ。
「キャメルさんこそ、そちらはどうです?」
『厨房スタッフや使用人と言った、荒事に向いていない人たちは全員無事に保護できました』
「そうですか、なによりです。……さきほど爆発が起こったという事は、もう瀬戸さん達が大詰めを迎えている頃でしょうね」
(沖矢さんも大暴れしているんだろうなぁ)
遠野は自分をスカウトした現行犯でもある教育係のウキウキした気配を感じて、深いため息を吐く。
遠野が所員の中で常識人枠だと思っている安室も、ロシアの一件を乗り越えてから妙に落ち着きがないというか、良くも悪くも若返ったように思っている。
(あの大暴れで皆吹っ切れたというかタガが外れたというか……これからは鳥羽さんやキャメルさんの方を頼ることにしよう)
――まてぇぇぇぇぇいルパァァァァァァン!!
外から罵声が響く。
探偵事務所一行に同行したICPOの特別捜査官。銭形警部の声だ。
――ルパン一味はICPOに任せてジラード派残党を押さえる! 一人も逃がすな!
そして遠野みずきの上司にして先輩にしてまとめ役の安室透の声も。
遠野は再びため息を吐きそうになるが、喧噪からそこそこの人数がいるようだ。
喧噪が聞こえる方向に窓を見つけて、開けてみる。
そこには、遠野が想像した通りの光景が広がっていた。
すでに爆散した東屋の周りで多くの衛兵が王女や事務所員を取り囲もうとして、返り討ちにあっていた。
一人はどこから出てきたのかサッカーボールで吹っ飛ばされ、一人は毛利蘭の蹴りでぶっ飛ばされ、一人は世良真純に股間を蹴り上げられて悶絶し、一人は安室透の拳で顔を凹まされ、一人は沖矢に踏みぬかれてへし折れた足を抱えて泣き叫んでおり、その他大勢は黒づくめの甲冑を着込んだグループに取り押さえられていた。
その光景を、当事者であるはずのヴェスパニア王国の王女や伯爵といった王国関係者が死んだ目で見ている。
手を出す暇もないのだろうと、遠野はその真意を悟っていた。
一方、なぜか毛利小五郎の服を着ているルパン三世は銭形にロープの付いた手錠をかけられていて、それを引っ張りながら他の仲間と共に全力で逃げ回っている。
ジラードは焦げたまま目を回して倒れており、双子のメイドの手によって手当を施されながら同時に拘束されている。
そのジラードを奪還しようと駆け寄る者は鳥羽や瀬戸が仕掛けた罠にかかってこけたり、あるいはマリーによって次々に無力化されている。
「急げ! 王女さえ捕らえればこちらのモノだ!」
突然自分の真下で声がしたことに驚いて遠野が窓から身を乗り出すと、時代錯誤な槍を持った赤い衛兵の服を着込んだ一団が、喧噪の方へと向かっていた。
――…………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
今度こそ深いため息を吐いた遠野は、ガスガンの設定をフルオートに変更。
そして、一瞬で拘束できる弾を一団目掛けて乱射する。
瞬く間にアチコチで咲き誇る白い花。それに足を取られて動けなくなる者や、槍が固定されて振るうことが出来なくなる者が多数出る。
部隊の7割ほどを的確に拘束する、正確な射撃だ。
残った衛兵が「上だ!」とさすがに遠野に気が付くが、
「すみません、お願いします」
そう遠野が声をかけると後ろに控えていたカゲの一団が窓から飛び出し、まるで猫のように静かに着地。
突然の上空からの奇襲に呆然としている間に次々と打撃を受けて気絶させられていく。
意識が完全に目の前の殺戮現場にしか向いていなかったのだろう。
本来ならば精鋭であるはずの衛兵一団は、瞬く間に壊滅してしまう。
『遠野さん、どうかしましたか?』
「すみません。東屋への増援がちょうど通りかかったので無力化しました」
『あぁ、そうでしたか』
「沖矢さんの言った通りここからは射線が通っています。拘束した衛兵はカゲの皆さんにお任せして――」
ガスガンのスイッチを切って腰に差してから、背負っていたケースからロシアで散々使う事になったライフルを取り出す。
スコープも十分に調整し、拘束用の非殺傷弾を装填した遠野みずきの相棒になりつつある阿笠博士の一品。
「ここから援護に入ります」
「あ、あの……」
窓からライフルを構えてさっそく一発発射し、見事に指揮役の一人を無力化。
唯一、後ろに残って彼女の護衛を務めているリシが、恐る恐るといった様子で次弾を装填している遠野に声をかける。
「はい、なんです?」
「遠野さんは、つい先日まで観光地のロッジで働いていた方だと聞いていたのですが」
「ええ」
「……やっぱり貴女も浅見探偵事務所の一員なんですね」
「あっちと一緒にしないでください。ホントお願いですから」
rikkaによる、コナンではなくルパンワールド一言メモ
※青く輝く蜘蛛の入れ墨をした暗殺者
ルパン三世テレビスペシャルシリーズ第9作。放送は1997年――97年!?
本作に登場するとある暗殺集団の特徴。
作画が実に90年代後半という感じ。自分はなんとなくロストユニバースを思い出してしまう。
多分そのうちどっかの誰かが殴り込みをかける。奴です。
※パダール王国
ルパン三世Part5より。
南アジアという設定のルパンおなじみ架空の国家。
某IT企業が絡み出したくらいの時に呼んでもないのに嫌な絡み方をしてくる人が出てくる。奴です。
次回から多分いつも通りのコナンワールドに戻ります。
あーー、本当の日常日記回に戻ったら越水もそうだけど本格的に桜子ちゃん思いっきり事件に巻き込ませてぶん回したい!
後、間違えてプロット消してしまったせいで魔術師編での出番が消えた少年探偵団とジョン=ドゥはちょっとどうにかしないとな……
モブに近いゲスト警官色々揃えて使いたいけど、皆の印象に残ってるようなモブ警官、誰がいるかなぁ?
今の所「潮入り公園逆転事件」で毛利のおっちゃんに無駄に船漕がされた千葉県警の慶徳かずりさんとか、山口ミステリーツアーの瓦蕎麦刑事こと鷹丈哲也あたりを使おうと思ってますが……。
やはり貴様の出番か若井健児!