平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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大変お待たせいたしました。
本来ならば先週の金曜日くらいには投稿できているハズだったのですがワクチン二回目の副作用にやられているウチにスパロボ30が出たので購入、マジェプリのケイちゃん育てていたために投稿が遅れました。
じゃあ仕方ないね。本編です。


119:皆さん殴り込みお疲れさまでした。では次の殴り込みです

 

「えぇ。……えぇ、大丈夫。恩田遼平から、香坂夏美も例の刀も無事預かったわ。後は、灰原哀と香坂夏美を連れて帰国すればいいのね?」

『あぁ、手続きは済んでる。哀と夏美さんはパスポートの代わりにそっちに渡した書類を出入国審査で見せれば問題ないハズだ。青いヤツと赤いヤツをセットでな。もしなにかあったら俺か恩田さんに電話をくれ』

「えぇ、了解。それじゃあ、お互い上手くいったら今度は日本で会いましょう? 桜子さんや子供たちと一緒に待ってるわ」

 

 どうなるか分からなかったロシアの事件は、なんとか乗り越えることが出来たようだ。

 さすがに決着とまではいかなかったのは残念だけど、それは浅見透と枡山憲三の戦いだ。

 魔女はせいぜい、高みの見物をさせてもらおう。

 

(というより、ある意味で運命の二人の間に割って入るなんて無粋な真似を、魔女がするわけにはいかないわよね)

 

「あの……」

 

 小さくスラックスのポケットのあたりを引っ張られる。

 視線を向けると、彼が取り返した家族が引っ張っていて、その側には彼のお気に入りの女性がそこにいた。

 

「あら、哀ちゃん。香坂さんもなにかしら?」

「その、小泉さん……ありがとう。助けに来てくれて……」

「ええ、本当にありがとう。このロシアまで来てくれるなんて……透君達にもすごい迷惑かけて……」

「私はおっとり刀で駆け付けただけよ。特に出来ることもないのにね」

 

 まぁ、この子や香坂夏美の帰路に付き添うことで、続けて起こっているヴェスパニアでの事件にすべての戦力を向けられるというのは、少しくらいは自分にも意味があったと取っていいのだろうか。

 

(浅見透も、どうもこの子を見せたくない人間がいるようだし……)

 

 まぁ、必要ならば今回のように指示が来るだろう。自分がそこまで心配することはない、か。

 

「礼なら、浅見透とルパン達に言っておきなさいな。あぁ、そうだ」

 

 灰原哀に気を取られて、大事な事が頭から抜けかかっていた。

 

「石川五右衛門。一応確認してくれない? 刀の良し悪しにそこまで詳しくないから」

 

 斬鉄剣。

 

 石川五右衛門が、奇妙な教祖にすり替えられ、奪い取られた刀。

 どうも安室透達が制圧した施設の方に隠されていたらしく、別ルートで潜入していた恩田遼平が発見して回収していたとか。

 

 すり替えられてなければいいのだけれど……。

 先ほどからずっと様子がおかしい石川五右衛門が、飾り気の一切ない白鞘の刀を受け取って、軽く抜いて見せる。

 

「……う、うむ、間違いなくわが斬鉄剣。かたじけない、紅子殿」

「探し出したのは浅見透の部下よ。まったく灰原哀といい……、礼は貴方の弟子に言っておきなさいな」

「む、透は(それがし)の弟子というよりは生徒で……いや、うむ。透にも礼を言わねばならないのは確か。後ほど頭を下げに行こう」

「ええ、そうしなさいな」

「……うむ……その……それでだな、紅子殿」

「? なに?」

「その……貴殿にお借りした刀なのだが」

「あぁ、そういえば」

 

 完全に忘れていた。

 そういえば渡してそのままだったわね。

 

「ま、まことに申し訳ない!」

「は?」

 

 突然、こんな小娘に土下座する大泥棒の姿があった。

 

「すべては拙者の修行不足! 未熟の致すところ! 紅子殿より預けられた一刀、先の合戦において……」

 

 そう言って五右衛門が申し訳なさそうに懐から取り出したのは、見覚えのある刀の柄だ。

 だが、あったはずの刀身が綺麗に無くなっていた。

 

「あら。すっぽ抜け……いえ、見事に砕けているわね」

「申し訳ない! 貴殿らは斬鉄剣の捜索に助力してくれたというのにっ」

「いいわよ、別に」

「……なっ」

 

 あの老人が本気で遊ぼうとしている以上、激戦になるのは分かり切っていた。

 だからこそいてもたってもいられず、多少は力になるかもと思ってあの刀を探し出して、持ち込んできた。

 

「貴方ほどの使い手が振ってこうなったってことは、相当酷使しなければ切りぬけられなかったのでしょう?」

 

 自分は詳しくは知らないが、オーパーツじみた金属の鎧を纏った一団が老人の下に付いたと聞いている。

 最大戦力の一人が本来の得物を失っている状況で、浅見透も含めて怪我人らしい怪我人が出なかったのは奇跡としか言いようがない。

 

(異端の女の祈りでも、少しは聞き届けてくれたのかしら)

 

 

 

「私がその刀を持ってきたのは、誰一人欠員を出さずに事態を解決するためよ。そして、その目的をその刀は果たしてくれた」

 

「貴方は刀を無駄にせず、振るってくれたでしょう?」

「う、うむ。しかし――」

「私はその刀を振れないけど主人よ。刀は主人の願いに応えて、結果折れた」

 

 

 

「折れてしまったその刀は、貴方ほどの使い手からしたら無様な剣かしら?」

 

 

 

 そういってやると、ずっと地べたに膝をついていた剣豪がようやく立ち上がった。

 

 

 

「……否。断じて否」

 

 

 

「紅子殿より預かりし一刀、我が斬鉄剣に勝るとも劣らぬ、気高き一刀にござった」

 

 

 

 そうよ、そうやって胸を張ってもらわないと、私が刀を持ってきたのが悪いみたいじゃない。

 

「なら、それを忘れないでね。ほら、これ」

「? これは……」

「あの刀の鍔よ。貴方には邪魔だと思って外しておいたの。いつも鉄火場にいる貴方には、お守りとしてちょうどいいんじゃない?」

「よいのでござるか? これほどの刀、かなりの刀工が打った物と見受ける。鍔だけでもそれなりに値打ちが――」

「私が持っていてもただの飾りよ。キチンと使ってくれた人間に、時折本体を思い出してもらう切っ掛けになれる方がその子も幸せでしょう?」

 

 五右衛門―― 十三代目石川五右衛門は、小さく微笑むと一礼して、鍔を懐に入れた。

 

 

 これでこの騒動は全部終わり、また違う異国の地で騒動が起こってるみたいだけど、そっちは浅見透がどうにかするだろう。

 

 さて、荷物は全部ここにあるし、後は帰るだけ。

 

 

 

 ……無事に終わって、本当に良かった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「というわけで皆さんドンパチお疲れ様でした。これからそのまま流れでヴェスパニア王国をぶん殴りに行くけど皆問題ないよね?」

「なにを以って問題ないとか言ってるんだお前は!」

 

 やだ、安室さんったらここ最近地が出っぱなしじゃない?

 大丈夫? 血圧上がってない? 俺達が乗る飛行機もうちょっとしたら到着するけど、それまでちょっと一緒に甘い物でも食べ行く?

 

 遠野さんも顔真っ青にしちゃって、んもぅ。

 

 まぁ、遠野さんはこれが実質初のデカい仕事だったからそりゃあ大変か。

 聞いた話じゃあアメリカから来た――安室さんには正確には伝えてないけど、あの金塊を元々持っていて奪い返しに来ていたマフィア相手に大活躍だったとか。

 

 阿笠博士が作ってくれた、相手を拘束するあのトリモチみてーな非殺傷弾。正式採用かな。

 以前試作した特殊ウレタン製の奴から始めてアレコレ装備を試作してくれてたけど、今回のはアルコール吹きかけたらすぐに溶けるってのが便利で素晴らしい。

 胴体狙えば高確率で拘束できるから本気で便利だ。

 

 コナンが使ってる麻酔針の狙撃用の奴もよろしくお願いします。

 

「その、所長。正直やべぇ奴らとの一戦が終わったばかりでクールタイムが欲しいんですが……」

「大丈夫大丈夫瑞紀ちゃん」

「いや何も大丈夫じゃないです。所長の頭も含めて大丈夫な人は一人もいません」

 

 瑞紀ちゃん……えらく辛辣だね。

 つっても、今度の相手はちゃんとした国だし大丈夫大丈夫。

 喧嘩の仕方間違わなければwin-winの殴り合いで終わるから。

 

「まぁ、ぶっちゃけ確かにお休みが欲しい所なんだけど状況がちょいと面倒な事になっててね。俺らが誘拐された二人を取り戻そうとアレコレやってる間に、今度は日本で蘭ちゃんが誘拐された」

 

 事前に話していた安室さん以外の皆が、目を剥いて驚いている。

 皆の負担を考えて安室さんにはギリギリまで黙っててもらったけど、早く言っておいた方がよかったかな……。

 

「あぁ、言っておくけど今回はついさっきまでのような厄介な話じゃない。すでに向こう側が負い目を背負っている政治的な話だから、命を懸けたやり取りになる可能性は極めて低い。低いと見ている。……低いといいなぁ……でも相手がいる話だしなぁ……ま、皆覚悟だけはしておこうか」

「どうして所長はいつもキレイに決めてくれないんですか?」

 

 仕方ないじゃん遠野さん。工藤――コナンや服部君みたいなザ・主人公ズと俺は違うんだよ。

 ひょっとしたら主人公に重要な情報渡して死ぬ役になったって可能性だってあるし、最悪の事態に備えておくのは大事大事。

 死なないって決めてるからどうにかなってるけど、普段から油断したら突然コナンもいない所で組織の重要な情報知っちゃって狙撃で頭パーンとかなってもおかしくない。

 

 師匠の言っていた常在戦場の心構えは大事大事。今回の件で自分の中の株が大幅に暴落してるけど。

 

「まぁ、仮に荒事になっても大事になることはない。間違いなくね。今回の事件は実質ヴェスパニア内部の政争だ。で、蘭ちゃんは……ミラ王女と瓜二つという事と、その時の状況諸々のおかげで王女の影武者になっちゃってる」

 

 カリオストロ事件の時に恩田さんが万が一の国境封鎖を依頼した時に会ったのは女王だけ。

 

 俺が前にカリオストロで騎士としての叙任式開いた時はジル王子とジラード公爵の二人と来賓として会っているけど……くそぅ、王女の事ももうちょい調べておくべきだった。

 

 蘭ちゃんのそっくりさんでしかも王女様が来日するとか、絶対に入れ替わりフラグだから人張り付かせたのに……。

 

(……今思うと、枡山さんも行動起こすタイミング見計らっていたのかもな。俺と遊ぶついでに、俺を振り回す……いや、枡山さんの事だからあの人なりの親切心なんだろうなぁ。潰れるしかなさそうなフラグ倒れてるから立てといてあげるね、みたいな)

 

 もうね、同じ違和感を持って同じ物を見てる人が現れてくれたのは自分にとってある意味救いだけど、なんでよりによって枡山さんなのさ。

 いや嫌いじゃないよ?

 ホントになんでか分からないけどあの人嫌いじゃないんだよなぁ。

 

 森谷は死ね。

 

 あんのクソ野郎、最後のあの訳わからん爆発絶対お前だろ。なんか後ろから来てた車思いっきりぶっ飛ばされて軍用車なのにゴロゴロ転がってたぞ。

 

 俺も、珍しく致命傷ゼロで終わるかもしれないと思った時に思いっきり吹っ飛ばされたわ。

 中にいた、多分女の人とか思いっきり車から放り出されてたぞ。あれそっちの仲間じゃないんかい。

 

 まったく……師匠が落ちてきた瓦礫を片っ端から斬ってくれなかったら、俺今度は腕か足失くしてたかもしれん。

 

「というわけで、今は時間が鍵になる。向こうには悪知恵の初穂に護衛のキャメルさん、頭の切れるコナンに真純に諜報,情報戦にすっかり慣れちゃった下笠姉妹、ついでにシンガポールの予備警官のリシさんがいるから……うん、正直このまま俺達帰っちゃってもいい気がするんだけど……」

 

 初穂の報告じゃあ、コナンの奴飛び立とうとする飛行機に無理やり乗り込んだとか。

 さすがだわ主人公。偉いわ主人公。

 

(ヒロインの蘭ちゃんが攫われるとか正直かなりデカい話だし、枡山さんからのプレゼント……やっぱ乗るべきだわなぁ)

 

 さすがに枡山さん達もあれだけ事を起こした後なんだから碌に動けんだろ。

 

「ぶっちゃけここまで一方的にやられている上に、どういうわけか日本政府……というか省庁が抑えられているとかすごい納得いかないので2,3発殴りたいんですよ。どうせならスカッとしてから日本に帰りたい」

「子供か! ……いや、正直おま――君の発言には大いに賛同するが……」

 

 安室さん、なんかマジで素になる事増えたね。

 まぁ、誘拐騒ぎから激務だったしねぇ。このまま強行軍だけど、せめて飛行機の中でくらいはゆっくり寝てください。

 

「ヴェスパニア王国内部の政争への介入。あぁ。こうして言葉にするとアレですが、実際は殺人事件の捜査という形になります。いつも通りいつも通り」

 

 うん、なんとなくわかってきた。

 このメインストリームは間違いなくコナンだ。だって蘭ちゃん攫われてるし。

 となれば話は簡単。

 しかも犯人はもう分かっている。薄々怪しいと思ってたけど、ウチに話持ってきたあの公爵だろう。

 登場人物が限られている上に対立構造ハッキリしてるから非常に分かりやすくて助かる。

 

「いつも通り、皆でお仕事して皆で幸せになろうよ」

 

 ね?

 

 ね?

 

 

 

 

 ……なんで皆してそんな目で俺を見るのさ。

 泣くぞゴルァ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 新潟であの子を監視しながらロッジで働く生活から東京で探偵になる事になった時は驚いたし、その探偵事務所の訓練のハードさに吐いたことなんて何度もあった。

 

(けど、こんな緊張で吐きそうになるなんて……)

 

 ロシアからヴェスパニアに向かう飛行機の中で、水を口にしながら窓の外の大空を眺める。

 

「おや、遠野さん。やはり食事は喉を通りませんか?」

 

 自分をこの事務所に引っ張り込んだ男にして教育係を務めている沖矢さんは、配られたサンドイッチを手にしてそう聞いてくる。

 

「ええ。変に詰め込むと戻しちゃいそうで……この事務所がとんでもない事に首を突っ込むのはカリオストロのニュースで知ってましたけど……」

「どうです? 初の大仕事は」

「……スコープで狙っても手振れが酷くて、牽制しかできませんでした。ちゃんと当てていれば、もっと無力化できたんですけど」

 

 コクーンでのシミュレートや、アメリカでの訓練施設では散々撃ったけど……。今回は初めて生きてる人間を狙った。

 当たっても死なない、トリモチのような弾だって分かってはいたけど、それでも怖かった。

 相手がこっちに気が付いて適当に撃った銃の弾が頭の上30センチほどのところを抜けていったのが分かった時なんて、取り乱さなかっただけでも自分は偉いと思ったものだ。

 

「十分有効な足止めでしたよ。おかげで安室さん達の脱出はかなり楽だったという話でしたし」

「なら良かったんですけど……」

 

 透君――じゃない、所長から通信機越しでミサイルとか核とかとんでもない話が出た時はなんの冗談かと思った。

 そっちは所長がなんとかしてくれたみたいだけど、もし自分がそちらに関わっていたら震えて何もできなかっただろう。

 

「沖矢さん、どうして私を事務所に入れようとしたんですか?」

 

 確かに、給与を含めて環境はすごいと思う。ロッジで働いていた頃の三倍から四倍くらいの給料をいただいているし、ボーナスというか手当もかなりもらっている。

 

 住むところだって事務所の部屋はちょっと豪華なホテルと変わらないし、その他の福利厚生だって不満は全くない。

 

 ただ訓練のキツさと、今回のような仕事に対するプレッシャーはあの頃とは比較にならない。

 冬馬君の目が覚めるのを恐れ、罪悪感を抱えて暮らしていた日々に比べれば雲泥の差だが、背負うものが重すぎる。

 新潟に帰りたいという想いが強くなるのも、当然だと考えてしまっている自分がいる。

 

「遠野さんの射撃センスは、今まで見てきた人物の中でもトップレベルに入るものでした。所長がハンドガン――リボルバーに愛されている人ならば、貴女はライフルに愛されている」

「狙撃なら、沖矢さんの方が」

「えぇ。スナイパーとしての腕には、こう言っては何ですが自信があります。……ですが、今回もそうでしたが自分がスナイパーだけでいることは難しいんです」

 

 確かに、今回の事件では夏美さんを探し出すためにライフルを置いて、もう一人の『ミズキ』の瀬戸さんと一緒に潜入していた。

 今回沖矢さんが最も使ったものが何かといわれれば変装術と声帯模写だろう。

 

「事件が発生した時に、加害者を抑える。被害者を守る。あるいは連れて逃げる事もありますし、どこかに立て籠もることだってありうる」

「……日本での事件ならば銃を使うようなことはないと思います……が……」

「えぇ。自分たちが使うことは少ないですが、犯罪者がそういう物を使うことは多いですからね。遠野さんが先日瀬戸さんと解決した連続コンビニ強盗事件だって、おもちゃだと思っていた拳銃が本物だったでしょう?」

「えぇ……。あれは本当に驚きました」

 

 安室副所長の話だと、最近毒や爆薬、銃と言った凶器を安価でばら撒いている何者かがいるとか。

 それが、今回所長が向こうで戦った枡山とかいう老人だと。

 

(所長の透君はまだ20歳。色んな事が許されるようになって、ある意味で一番遊びたい盛りの年頃なのに……)

 

 成人しているとはいえ男の子と言っていい彼がこんな命がけの大仕事に身を投じているというのは、ここにいる面子の中では一番の年上である自分にとっては複雑な思いを抱いてしまう。

 

 別に大きな仕事をしてみたいとか、そういう大それたことはこれまで一度も考えたことなかったのだが……。

 

「これから先も凶悪犯罪は増えるでしょうし、いざという時は遠野さんが関わったいくつかの事件のように、公安の黙認の元、少々非合法な手段を持って解決に当たる事もやはり増えるでしょう」

「……銃の使用、ですか」

「まぁ、通常の弾丸を扱うようなことはまずないでしょうが」

 

 とてつもなく不安になる未来予想図にため息を吐きたくなる。いや、その前に胃の中のモノを吐き出したくなる。

 この男は、本当にとんでもない所に自分を引っ張ってきたものだ。

 

「無論、我々は私立探偵です。越水社長が運営してらっしゃる調査会社の中から手に負えないと判断されたものや、鈴木財閥からの依頼を受けての調査業務が基本ですが……」

「同時に、政府や省庁、場合によっては公安警察からの依頼も来る。……特に荒事になりそうな事件の時に」

「ええ。ですのでどうしても必要だと思ったんです。自分が選抜射手(マークスマン)として現場に赴いた時に背中を任せられる狙撃手(スナイパー)を」

「……荒事は苦手なんですが……」

 

 双子のメイドさんから、護身術として合気道は習っているが本格的に取り押さえるなどになれば、少々怖い。

 人を撃つことに比べればだいぶマシだが。

 

「こう言ってはなんですが、そのうち慣れますよ」

「そうでしょうか?」

「ええ。だって遠野さん、あなたは先日パニックも起こさず、そして逃げずに踏みとどまって引き金を引きました」

 

 

「十分すぎる素質ですよ。貴女も恩田君や初穂さんのような、立派な調査員になりますよ」

 

 ……どれだけ頑張っても、安室さんや貴方みたいにズバズバ事件を解決してバッサバッサと犯罪者をなぎ倒していく自分の姿が想像できないんですが……。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「よろしいのですか大統領。すべてを公開するとなると、ロシアの名に傷が――」

 

 夜明けの大統領執務室では、数人の男が慌ただしく書類の用意をしたりPCを操作したりしている。

 

「構わん。あの男の側にはCIAに公安、FBI……加えて、まだ未確認だがSISの人間――例のニクスがうろつき回っているという情報もある。ここで公開を躊躇えばその隙に他国が裏表の両面から攻めてくるだろう」

 

「……どう動いてもこちらが主導権を握り、不穏分子の一掃、新興財閥への首輪付け、そしてヴェスパニア鉱石という次世代の軍需物資の確保にその産出国とのパイプの確保。そういう流れになるように図ったのだが……」

 

 どうあがいても事件の過程も結末は闇の中で、ただ旨みだけが自分たちの手に。

 そのハズだった計画は、想定外の方向に流れていった。

 

「浅見探偵事務所、見事にひっくり返したな。現代のピンカートンという二つ名は伊達ではないか。探偵に大したことはできんだろうと泳がせていたが……ここまでとは」

 

「それでも公開するのですか?」

「政情不安を晒せば東欧は騒がしくなるだろうが、今ならば極東の反政府分子もすべて拘束されているし、どれだけ殴ってもいい悪党もできた。センセーショナルなヴィランもな。当初より旨みはかなり少なくなったし、隠すことも難しくなった。だからこそ、誰よりも先に自らの手で公開せねばならない」

「……日本政府は何と言うでしょうか。どちらにせよ発射は失敗することになっていたという真実は我々しか知らず……」

 

「こちらから説明と謝罪をする。その上で核の危険性を改めて話し、数年後に協議が始まるだろう次のSTARTの決議においてロシアと共に米国の核軍縮も加速させる。そこでバランスを取る」

「協議の主導権を……上手くいくでしょうか?」

「やらねばならん。だからこそどこよりも早く、当事者である我々が日米に――世界に向けて情報を発信せねばならん。インパクトが薄れるからな。それに」

 

「それに?」

「多少の非難など吹き飛ぶ。ヒーロー役は日本人だが同時にヴィラン役の日本人もいて、そのヒーローは出来るだけ騒がれたくないようだ。うまく二人の存在を使えば流れはコントロールできる」

「……今回の事件で誘拐された二人の情報を伏せるように、という条件がありましたね」

「自分たちの事をそれに入れてなかったのは詰めが甘かったな。……それとも、そこを伏せると今回の一件で枡山憲三の事を表に出しづらくなると一歩引いたか? だとしたら、あの交渉役もなかなかやる。」

 

「……恩田遼平、ですか。浅見透と一緒に交渉に挑んだ……。浅見透に比べると、ただの東洋人にしか見えませんが」

「惑わされるな。賠償関連で見事にギリギリの所で踏みとどまり、気が付けば想定したボーダーラインより二歩分ほどこちらが譲歩させられていた。あの男もまた怪物だ。主導権がいつの間にか取られて蔦のようにからめとられている」

 

 

「浅見透、恩田遼平。……恐ろしい男たちだ。なんと圧倒的で、しかしなんと見えづらく、だがなんともおぞましい」

 

 

 

「あれこそ、我らが目指すべき姿だ。事が終われば、常に最良の結果に終わらせている」

 

 

 

「侮るな。彼らは――彼らこそ、もう一つの日本政府になり得る存在だ」

 

 

 

「遅いかもしれんが、急いでヴェスパニア内部での工作の証拠をすべて消せ。最悪、ジラードは排除しても構わん」

 

 

 

 




〇メアリー、浅見からキッド候補を守っててくれと言われ紅子と共に日本に帰国

〇帰国し対象を確認。浅見透の顔面を壁にめり込ませることを決意する



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