平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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〇清水麗子、自分も遊ばせてくれる約束だったのにすっかり忘れて楽しそうに浅見とキャッキャしてるピスコに激おこプンプン丸。後ろから軍用車で追跡。まとめて殺そうと機関銃乱射。

〇森谷帝二、自分も遊ばせてくれる約束だったのにすっかり忘れて浅見とキャッキャしてるピスコに激おこファイナルリアリティプンプンドリーム。追っている清水麗子も巻き込んでついポチっとやってしまう。皆がトンネルの下敷きになりつつある光景を見てキャッキャしてる。

〇狙撃教官役のダイスの入れ墨男、ガチ引きする。

〇ピスコ、皆が心底浅見と遊びたがってる事を体で理解してヒャッハーと上機嫌で吹っ飛ばされる。

〇浅見、爆風に吹き飛ばされ、瓦礫に埋もれそうになるがなんとか脱出。
 一足先に逃げきっていたルパン、メアリーにより回収される。





118:『平成のワトソン』

 

 

 

 

「初穂さんから予想を聞かされた時は正直まさかと思いましたけど、本当にこうして飛行機に乗ることになるとは……ヴェスパニアも中々に無茶をしますね」

「アタシとしちゃあ、あの坊やが飛行機に乗り込んだってのが一番の予想外だったよ。ったく、やるもんだね」

「…………映像を先ほどチェックしましたが、前輪格納部の中にいて大丈夫なんでしょうかコナン君。うまく脱出できないと、最悪凍死してしまいますが……」

「以前、ウチに遊びに来てた時に……ほら、空自関係の技術者が来てただろ。コクーンでの航空機シミュレートのデータ調整とかで。そん時にボスや安室さんと一緒に航空機関係の事はかなり詳しい所まで教えてもらってたし、勝算はあったんだろうさ。それよりも問題は……」

 

 鳥羽初穂にとっては、二度目の海外への出張だった。

 一度目は恩田と共にロンドンでの研修……まぁ、想定外の出張サービスも何件かあったが。そして二度目はこうしてヴェスパニアへ国家に誘拐された毛利蘭を取り戻すために。

 

 ファーストクラスの比較的快適な座席でくつろいでいた初穂は、静かに後ろを振り返る。

 そこには、殺気立って落ち着かない様子の世良真純がいた。

 加えて――

 

 

「あぁ、すまないスチュワーデスさん。コーヒーを一杯いただけるかな?」

「はい、かしこまりました」

「あ、じゃあ私も」

「はい」

 

(なぁんでICPOの特別捜査員がウチと来るのさ……しかも毛利の旦那も一緒たぁ……)

 

 目暮が空港に遅れてきたのは、初穂同様万が一が起こった場合に備えての事だった。

 銭形幸一。目暮警部の友人で、以前浅見透と共にカリオストロで大暴れした捜査官。

 

 目暮は、いざという時毛利小五郎が自分の娘を連れ戻しに行けるように特別捜査権を持っている銭形と話を付けていて、毛利小五郎を彼の助手としてヴェスパニアに入れるようにしていたのだ。

 

「いやあ、しかし透君の部下と一緒に働く事になるとは、感慨深いモンですなぁ」

「銭形警部は、アイツの?」

「えぇ。次元――まぁ、その、いわゆる腐れ縁から突然任されまして……。児童養護施設を出るまでは、彼のご両親の遺産管理を……幸い、彼は学業に問題もなかったので無事に東都大学に入れまして……それ以降は手紙や電話でたまに話すくらいでしたな」

「ほほう。じゃあカリオストロの事件は、久々の再会だったわけですな?」

「いやぁ、あれは本当に驚きました。ルパンを追っていたら、年賀状の写真くらいでしか見ていない成長した姿の透君が手を振っていたのですからな」

 

(幸い、真純みたいに落ち着きがなかった毛利の旦那もボスの話で銭形って刑事と盛り上がってちょっとは落ち着き取り戻したか)

 

「そういえば、アイツの両親というのは……」

「母親は弓道家で、父親は大学教授でしたなぁ。たしか……郷土史だかなんだかを調べていた人で、実家は資産家だったとか」

「ほぉう。弓道家に学者とは……なるほど、確かにアイツ、弓も使えましたしなぁ」

「……それを教えたのは、多分違う奴だと思いますが」

「? 違う奴?」

「あぁいやいや、その、あれです。さっきの腐れ縁という奴で」

「はぁ……」

 

(物を投げたり飛ばす道具、大体なんでも上手く使うからなぁ、ボス)

 

 ちなみに、その場にあるものを使って即席で凶器――もとい武器を作り出すのが得意な初穂に投擲術を教えて凶悪度を跳ね上げた元凶が浅見透である。

 

「透……。こんな時に奴がいれば、心強かったんですがね……。奴がいてくれたら蘭を、娘をそもそもこんな目に遭わせずに済んだんじゃないかと…」

「確かに、あの時の子供がここまでの男になるとは思ってませんでしたが……確かに彼なら……」

 

(施設であんな過激な性格になったとは思えないし、この銭形という刑事もまっとうな人のようだし、やっぱり所長はどこか元々ああいう生物だったんだろうなぁ)

 

 一方、キャメルは自説はやはり正しかったと静かに頷いていた。

 

「初穂さん、ヴェスパニア政府は自分達と会ってくれますかね?」

「少なくともジラードとは報酬についての話があるから問題ない……と、思う。問題は王女が入れ替わってるって事実を知ってるアタシらがジラードに会うのを、あのキースの派閥がどう思うかって話だが」

「……ならば、その前に向こうから接触してくる?」

「わざわざアチコチに手を回して、直接ヴェスパニアには連絡が出来ないようにしてくれやがったんだ。よっぽど入れ替わりを知られたくないと見た」

「……となると、空港に着いた途端にお迎えが来そうですね」

「多分ね。まぁ、そこまで状況が悪化することはないだろうさ。向こうにとっちゃ時間が敵だ」

「相変わらず、落ち着いてますね」

「ムカつく時こそ笑ってりゃ意外と落ち着くもんさ」

「なるほど」

 

 キャメルからすれば、鳥羽初穂は実に難解な人物だった。

 悪党を自称する元看護師。

 現場では緊急時の応急処置、場合によってはそのまま検死を行う調査員。

 

 入ってきたばかりの頃はいつもニコニコしていたが、次第に地が出だした。

 だが付き合いの良さは変わらず、恩田遼平や最近では遠野みずきとよく飲んだり買い物に出たりと遊びまわっている。

 

 女性らしく体力は事務所内では比較的低い方だが、どうしても犯人と交戦しなければならないときはその場にあるもので思いもよらない反撃をする。

 

 事実、少し前の事件では木匙とテープで作った即席の投石器で拳銃を持った犯人を無力化、取り押さえている。

 

「……ま、今回の一件は悪い事ばかりじゃないさ。こういう相手もいるって事と、自分達の弱点が勉強できたんだ」

「初穂さん。例の話、やっぱり受けるんですか?」

「……話?」

「安室さんから提案されていたじゃないですか」

 

 

 

 

「浅見探偵事務所の副所長のポストは、鳥羽さんの方が似合っているって」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「話は大体わかったが……俺とこのガキはちょいと無理があるんじゃねぇのか?」

 

 ルパン。それに透の奴から頼まれて、ある意味での大本でもあるこのヴェスパニアに軍事教官として潜り込んだのはいいが、どうにも面倒なことになっちまったぜ。

 

(女王と王子を殺した犯人を探し出せたぁ……俺ぁガンマンであって探偵じゃねぇんだぞ。それこそアイツ呼んで来い)

 

 浅見透。

 正直、記憶に残っているのはまだ小さい頃の姿だが、それでも鮮明に覚えている。

 

 日本でとあるお宝をいただくために、宝が眠っているという屋敷の近くの森に五右衛門と潜伏していた時に、頭から血を流したまま、時折手探りで見つけた石を適当な所に放り投げながら四つん這いで彷徨っていた盲目の子供。

 

 ルパンとも合流する前だったので身動きが出来ず、目が見えていないからと傷の手当てをした後しばらく一緒にいたが……

 

(……そういえば、奴と過ごしたのは何日くらいだった?)

 

 数日だったような数週間だったような……だが数か月だったような気がするし、数年だったような気も……。いかんな、まさか歳か?

 

「いや、確かにこのガキの事は知ってる。キッドとかいう泥棒を何度も追い詰めている、アイツ――浅見透の事務所の秘蔵っ子だろう? 何度か日本の新聞に出ているのを見ている」

「ほう、あの事務所の……。なるほど、それならあの知識と行動力にも納得が出来る」

「つってもガキはガキだろう? 無茶だって」

「そうでしょうか? 彼の知識と行動力はこの目で見てますし、それに……どう見ても、日本人の親子に見えますが」

「止してくれ!」

 

 親子ごっこをするのは一度で十分だっての。

 

「いくらなんでも、コナン君まで巻き込むのは……」

 

 王女の替え玉として連れてこられた嬢ちゃんが、ガキを心配してそういうが……。

 まずは自分の身を心配すべきだろう。

 

「恥ずかしい話ですが、私はこの部屋にいる人間しか信用できません」

 

(ま、だから無関係の嬢ちゃん連れてきちまったんだろうが……透の関係者だ。奴はまだ知らねぇだろうが後が怖ぇぞ)

 

 カリオストロ、そして先日のロシアで確信した。

 アイツ、中々ヤベェ奴に育ちやがった。善人ではあるが、同時に悪人にもなれるヤベェ奴に。

 この一件が片付いた後に奴の相手をするだろうこのキースって伯爵様には、念仏の一つも唱えてやりたくなる。

 

「こんな時期に日本でのホテル・レセプションに王女を参加させたのもキース様のお考え」

「炙り出しだったんだよね? 身内の中に、どれだけ怪しい人がいるか」

 

 そんな悪党の秘蔵っ子っていうこのガキも、やはり頭が切れる。

 いっぱしの悪党になるか、あるいは逆か。

 なんにせよ面倒くさいヤツに育つだろうな。

 

「えぇ、その通りです。そしてやはり、我々SP内部にも裏切り者らしい人物はいました」

「そいつらとっ捕まえて吐かせりゃいいだろ」

「出来ないのです」

「なに?」

「この国では王家の者を裁けるのは女王のみ。仮に裏切り者の口を割らせて犯人にたどり着いたとしても、それが王族の者であるならば、女王不在の現状では裁くことは出来ないのです」

「……おいおい、お前さんがそんな事言っちまっていいのかい?」

 

 キースの言葉は、非常に大胆すぎる発言だ。

 なにせ、犯人は王族だと言い切っているのに等しい。

 

(そりゃあ、ミラ王女が亡くなって喜ぶのは次の王位継承者くらい。つまりは、まぁ、あれだ。このガキにだって誰が黒幕か分かるってもんだ)

 

 嬢ちゃんは目を白黒させているが、ガキは目を鋭くさせてやがる。

 

「お願いします。もう時間がありません」

「時間って……どういうことなんですか?」

「先ほどジラード様にお伺いを立てたところ、ミラ王女の戴冠式を明後日に早めるとのお達しを受けました」

「戴冠式……明後日って……!」

 

 嬢ちゃんの顔色が悪くなるが無理もねぇ。

 このままだと明後日には嬢ちゃんが『ミラ・ジュリエッタ・ヴェスパランド』としてパレードに参加することになる。

 

「ったく、勘弁してくれ」

 

 透。さっさとケリつけてこっちに来い。

 今のお前だったら、この程度のヤマなんざどうってことねぇだろうが。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 崩壊し、燃え盛るロシアの大地。私と彼の盛大な遊び場に、気が付けば自分の笑い声が響いていた。

 

 はたして、彼と出会う前にこれほど笑ったことがあっただろうか。

 

「ちょっと教授さん! 御爺ちゃんと浅見透と一緒に私まで殺そうとしたでしょ」

「いやすまない。そこの老人が、私を勧誘した最大の理由を反故にしかけていたのでつい、ね。分かるだろう麗子君」

「まぁ、分かるわ。だから殺そうとしたのだし」

「クッハッハッハッハ! いや、すまんすまん。つい年甲斐もなくはしゃいでしまった」

 

 燃え盛る基地を眺めている私の後頭部には麗子君の拳銃が突きつけられている。

 ハンター君がどうしようか迷っているようだが……。自身の復讐のこと以外は意外と繊細な男だな。

 仮にここで麗子君が私を撃ったところで、彼女が浅見君を狙い続けることに変わりはない。

 君やその弟子はともかく、森谷教授だって必ず彼を追い続ける。

 ならいいじゃないか。

 一体どこに問題があるというのだね?

 

「御爺ちゃん、今度はちゃんと私も混ぜるのよね?」

「もちろんだとも、なにせ一回約束を破ってしまったしね。今度こそ、対決の場を用意しよう。教授もすまなかったねぇ」

「ふん。まぁ、吹き飛ばしたから良しとしよう。運転手君には悪かったがね」

 

 あぁ、彼か。

 実にいい子だった。最後の最後まで、外れてしまった私に付いてきてくれて……。

 せめて彼の亡骸はアジトまで持って帰らなければ。

 

「教授、麗子君。申し訳ないが、彼の遺体を逃走車両まで運んでくれないかね」

「なによ、死体でしょ? 放っておきなさいよ、もうただの肉の塊よ」

「馬鹿者。最後まで付いてきた仲間を捨て置けば、他の手駒の士気に関わると言っている」

「殺したの実質貴方じゃない、教授」

「そうだが?」

「…………まぁ、そうね。幸いドレス着こんでるわけでもないし、いいわ」

 

 そう言いながら麗子君は突きつけていた銃を下ろし、どうにか瓦礫から運び出した遺体を教授と共に運んでいく。

 まったく、大した倫理観だ。それでこそ自分の供としてふさわしい。

 

(彼も無事に離脱しただろう。おそらく、恩田遼平がなんらかの手を打ったハズだし急がなければな)

 

 あの実のところ小心な野心家を焚きつけて浅見探偵事務所を揺さぶってよかった。

 彼の下にいるどんな麒麟児が来ても楽しめるがただ一人、恩田遼平にだけは彼とは離れていてほしかった。

 二手に分けるなら確率は半々。異国の地ということならば、語学に長けて交渉事の経験値を積んだ彼と共に行動する確率はさらに高くなる。

 

 ならばと三方に分けるために動いたが、上手くいったようだ。

 恩田君が浅見君の指示の元即座に動ける態勢だったのならば、彼と遊ぶ前に包囲されかねなかった。

 

「さて…………あぁ、もしもし? アイリッシュ、聞こえているかね」

 

 

 とにかくゲームの開始としては十分すぎるほど豪勢な始まりだ。

 まったく、色々手配してくれた――特に、哀君を見つけ出して上手くこちらにまで連れてきてくれたアイリッシュにはなんと礼を言えばいいか。

 

『えぇ、ピスコ。連絡が来てホッとしております』

「心配かけてすまなかった。やはり勝てはしなかったが、無事に1番ホールは乗り越えたよ」

『最終ホールまでに勝たなくてはなりませんね』

「あぁ、何番ホールが最終なのかは分からんがね」

 

 きっと、それを知る人間も予測できる人間もこの世界のどこにもいないだろう。

 もっとも近いのが私と彼なのだから。

 

『しかしピスコ。シェリーがああなっているという事は……ピスコが私に資料を集めさせた、あの江戸川コナンは……やはり』

「間違ってももらしてくれるなよ、アイリッシュ。そういう彼……彼らにとってのピンチというものは時期があるものだ」

『えぇ、肝に銘じておきます。しかし……皮肉ですな』

「皮肉?」

『平成のシャーロック・ホームズ。それは工藤新一を指し示す言葉だったハズなのに、流れは浅見透に傾きつつある。奴は……おそらく工藤――いえ、江戸川コナンがその場でとっさに指名した探偵役……いや、助手という名目の探偵という、ワトソンのような役だったハズなのに』

「ふむ。……もし、これはもしの話だがアイリッシュ」

『はい』

 

「もし、彼を助手だと指名したのが『工藤新一』本人だったら、話はまた違ったかもしれんね」

『? しかし、江戸川コナンは……』

「江戸川コナンさ。彼は江戸川コナンであって、工藤新一ではない。同一人物である事と、同一のキャラクターであることは微妙に異なるものだ」

 

 そうだ、決定的に違う。

 ここから見ると大した意味ではないのかもしれんが、違う視点で見ると大きく違う。

 そのブレに意味があるのかは分からないが、万が一見落としがあれば、後々取り返しのつかないことになるかもしれない。

 

 あぁ、浅見君。

 これが君の戦いか。

 あるかどうかも定かではない関係性に、壊していい私と違い拾い集めたい君は、ずっとこんな先の見えない細道を歩いてきたのか!

 

「つまりだねアイリッシュ。ホームズから探偵だと認められた男と、コナンから探偵だと認められた男には大きな差があるのだよ」

『差、と申しますと?』

「君は、シャーロック・ホームズを読んだことは?」

『……子供の頃に、確か。ただ、児童用に分かりやすくしたコミックだった上にシリーズの全巻を読んだかと言われれば……少々自信がありません』

「なるほど、コミックか。であればなおさら分かりづらいかもしれんが……」

 

 ふむ、まずどこから話すべきか。

 

「ホームズは実に有名だ。こうして今現在に至るまでにいくつも君が読んだようなコミックスになったり映画になったり、はたまた劇になっていたりする。さて、ではホームズとはどういう人物か」

『……切れ者、では当然あります』

「あぁ、探偵役だからね。だが、私が思うに役としての彼に一番大事なのは、『優秀な変人』だという点だ」

 

 

「普段から突飛もない人間が、それでも真実を言い当てる。なぜか分からないが真実を。だから人は皆『なぜ(Why)』に注目する。誰が、どうやって、どうしてそんなことをしたのかとね」

『……浅見透』

「あぁ。彼はそれ(真実)を自分で口にするタイプではないが、突拍子もなく結果だけをつかみ取る……。後天的な物だろうが、今の彼には確かにホームズの素養があるのだよ」

 

 通信機の向こうから、唾を呑み込む音がかすかに聞こえた。

 あぁ、わかるよアイリッシュ。

 少し前の報告。哀君と香坂夏美をロシアに送り出したと報告した時の君の声を聞いた時は、また浅見君と遊ぶのとはまた違う喜びを覚えたものだ。

 

 震えていたな、アイリッシュ。

 

 あぁ、分かるとも。彼の――本気の彼と戦ったな?

 最新鋭の装備で身を固めているとはいえ、ボロボロで、血だらけで、どう見ても半死半生で。

 だが、勝てなかったのだろう?

 どれだけ状況が有利だったとしても勝ちきれなかったのだろう?

 あぁ、分かるとも。

 

「それになにより、江戸川コナン」

『……工藤新一ではなく、江戸川コナン……ということですか』

「その通りだよアイリッシュ」

 

 理解はしていない。いや、出来ないだろう。

 だが、私に歩み寄ろうとしてくれるその姿勢は嬉しいよアイリッシュ。

 

「探偵を生み出す存在と言っていい彼だが、特にコナンを名乗ったのはある意味で彼にとっては致命的だったのかもねぇ」

『探偵役を失うから……ですか?』

「いや、少々違う。……アイリッシュ」

『ハッ』

「シャーロック・ホームズとは、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイルが書いた傑作シリーズだ」

『……はい』

「では、シャーロック・ホームズの物語を書いたのは一体誰かね?」

『……ハッ?』

 

 問いかけに、アイリッシュは戸惑う。

 まぁ、あまりホームズを読んだことがない。それも分かりやすくしたコミックが主ならば当然か。

 

『その……コナン・ドイルでは?』

「ワトソンだよ」

『ワトソン……助手の?』

「そう、そのワトソン」

 

 

「シャーロック・ホームズの物語とは、彼と共に多くの事件を見てきたジョン・H・ワトソンによる彼の伝記であり。手記なのだよ」

 

 

 

「だからこそ、ホームズの物語はそのほとんどがワトソンの視点から書かれている。……無論、例外はあるがね。どうかね、アイリッシュ。君の読んだコミックでも、ワトソンが完全にいないシーンなど犯人の回想シーンくらいじゃないかね?」

『……言われてみれば、確かに』

「まぁ、こじつけのようなものではあるが……ジョン・H・ワトソンというのは、ある意味でサー・ドイルのペンネームの一つのようなモノとも言える」

 

 

「つまり、ある意味で二人は全く別の存在でありながら、同時に同種の存在とも言えないかね?」

 

 通信機の向こうからは、返事が返ってこない。

 呆れているか? そうかもしれん。

 

「浅見透はコナンという男に探偵役を渡され、ホームズになりうる存在になった。そして同時にコナンを名乗った彼にはもう一つの役割を持ちうる存在になった」

 

 

 

「江戸川コナン」

 

 

 

「浅見透の『家族』以外では……あるいは彼女ら以上に彼に近く、彼に振り回され、彼の行動をよく知り、彼から事件の話を聞き、表に出れないがためにまるで助手のように彼を手助けする」

 

 

 

「彼こそ『平成のワトソン』と呼ばれるにふさわしい。そうは思わないかね? アイリッシュ」

 

 

 

 

 

 

 遠くから、サイレンが近づいてくる。

 消防、軍、警察、それぞれがここに到着しようとしている。

 潮時か。

 

「アイリッシュ、そろそろこちらも撤退する。そっちも気を付けてな」

『イエス、ピスコ。そちらも、お体に気を付けて』

 

 通信機をオフにして、一服する。

 彼と遊ぶためには禁煙も必要だと思うが、同時に悪役(ヴィラン)らしくもある。

 さて、どうしたものか。

 

「平成のシャーロック・ホームズ。工藤新一はそう呼ばれていた」

 

 

 

「この世界においては物語の人物だ。それが代名詞になっているという事は、『外』でもやはり紙の上の人物で、そして名探偵の代名詞ということだろう。少なくとも、大きな誤差はないハズだ」

 

 

 

 もっとも、ルパンに三世という存在がいるように気が付いたらこの世界にも『シャーロック・ホームズ』が現れるかもしれんが……。大した問題ではない。

 

 

 

「さて、劇か、小説か、映像かあるいはコミックか、もっと想像のつかないものかは分からんが」

 

 

 

「物語とは多かれ少なかれ、現実を模倣するものだ。だがその模倣品を目にして影響を受けるのもまた『現実』だ」

 

 

 

 であれば、主導権は断じて一方的なものではない。こちら側にも確かにある。

 浅見透(ホームズ)が流れを加速させようとするように、ピスコ(モリアーティ)が流れを変えることだって不可能ではないはずだ。

 

 

 

「哀君。灰原哀。……アイ。探偵に近い知識を持ちながら助手役(サポート)に徹する彼女は……灰という目立つ文字からコーデリア=グレイと……おそらく作者。V・『I』・ウォーショースキーを混ぜたものだと思ってたが」

 

 

 

「もしや、アイリーン・アドラーも兼ねているのか? それならば好都合なのだが」

 

 

 

「間違いなく鍵となるアポトキシンの最大の関係者である彼女が、彼を『ホームズ』だと口に出した」

 

 

 

 十分だ。この遊びでの最大の戦果だ。

 劇だろうと小説だろうと映像だろうとコミックだろうと。

 主要人物が重要局面で口にした言葉。

 

 それはいかなる媒体であろうとも、最大にして最高のアピールだ。

 

 

 

「さて、ヴェスパニアはどうなるか。まぁ、あの侯爵では相手にならんだろうが……」

 

 とりあえず、ピスコの遊びは一旦幕だ。

 態勢を建て直すというのもあるが、悪役(ヴィラン)はそう何度も続けて同じ人物が出るものではない。

 

「あーさーみくん」

 

 だからまた隠れよう。隠れて金と人を集めて、また遊ぼう。

 今度こそ、麗子君や教授達を引き連れていっぱいいっぱい遊ぼう。

 

「まーだーだよー」

 

 まだまだ自分のライヘンバッハは先だ。

 このかくれんぼが、そう簡単に終わっては面白くない。

 

 

「クックックッ……」

 

 

 

 

 

 





〇あさみん、全部終わっていやーよかったよかった後は後始末だーと笑ってたら毛利蘭誘拐を聞いて通信機を握りつぶしてしまう。

〇安室透、静かにキレる。

〇ジョドー、ジュディと共に偽札輸送に使っていた潜水艦数隻に金塊を分けて積み込み、カリオストロに極秘裏に輸送。

〇恩田、事態の説明と後始末のために浅見と合流して、共に連邦政府ビルに出頭。




〇国際弁護士フジ=ミネコ。ミラ王女と共にヴェスパニアにこっそり入国。





今更気が付いたけどピスコが組織抜けたために、灰原ではなく宮野志保のつなぎお色気シーンが消えてしまった……なんてことをしてしまったんだ俺は……。


次回から多少のピスコ覚醒編の後始末というかちょっとした解説しながら完全にヴェスパニア編。

次元の代わりに五右衛門をコナンと組ませようかと思ったんですが、やはりコナンには次元の事をパパと呼んでからかってほしいので修正w

今は大塚さんの次元が活躍を始めていますが、コナンの『パパ』はやはり小林さんですねw

Part6がしばらく週末の楽しみになりそうです

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