「あんのデンジャラス野郎! よりにもよって現地語で泥棒泥棒連呼しやがって! お前アイツの先生なんだろなんとかしろい!」
「うるせぇいいから走れ! アイツ無駄に体力ありやがる!」
「メアリー、さっき言ったポイントまで先行してくれ。挟み込んで二人を抑える。……そうだな、後々のために現地警察も巻き込もう。捕まえられないギリギリのタイミングで動かす。二人に逃げられても立ち回り次第では使える戦力が多少は増やせるかもしれない。行くぞ!」
「……やはりお前は悪魔だな。了解した」
「彼はキチンと寝ているかね? 浅見透という男はそういう所で無理をしそうな男でね……彼の敵足る私としてはそれが非常に心配なのだよ……」
「どうして貴方が浅見透の心配をするのよ。敵なんでしょう?」
「敵だから心配するのさ。思い返すと、彼とは負傷した状態でしかやりあっていないからねえ」
「……敵なら、弱ってくれていた方がいいんじゃなくて?」
「まったく。君は少々リアリスト寄りすぎるね哀君。まぁ、麗子君よりは分かってくれるだろうが……」
攫われてからの何不自由ない生活の中での恒例となった、この老人との会食にも慣れたものだ。
「学者がリアリストなのは当たり前でしょう?」
「それは杓子定規というものだよ哀君。研究、創作、学問、演奏、趣味、政治、慈善に偽善に悪行、偽悪……人が行う全ての根底にはその人物が持つロマンが詰まっている。誰だって、やりたくないことに出せる能力には限界があるし、逆にロマンをくすぐられる事象には驚くべき集中力と能力を出せる。偶然とはいえ君があの薬を生み出したようにね」
「あれは……っ!!」
「あぁ、すまない。わかっているよ哀君」
例の薬。自分や工藤君、それに浅見透がレポートを渡している誰かを小さくしてしまった薬。
そこに触れられておもわず声を上げるが、老人は穏やかにそれを制して、
「我々にとってはあれは……アポトキシンは有用な暗殺道具だった。だからこそ多用したわけだが……君にとってアレは――少なくとも目指した先は違っていたのだろう?」
「…………」
信じられないが。本当に信じられないが今の老人からは組織の人間の気配がしない。
これがジンやベルモットなら間違いなく感じていただろう気配が全くしない。
なんといえばいいのか……たまになぜか……姉のような優しさを感じる。
「すまない。面白くない話になってしまったようだね。……む、そもそもなんの話だったか」
「あの男の健康についてでしょ。……どういうわけか良好よ。見た目こそちょっと引くくらいボロボロだけど、少なくともあの事件の前までは身体機能に一切問題はなかったわ」
「……問題はスコーピオンとの戦闘か。彼の事だ。浦思青蘭とは直接決着をつけたがるだろうし……こちらは森谷君と勧誘したばかりの戦力の実践テストを兼ねて派手にやったから……まぁ、彼なら大丈夫か。重傷を負っていても立ち上がるのが彼という男だ」
「貴方ねぇ。彼に健康でいてほしいのか大怪我させたいのかどっちなのよ」
あんまりなことを言い出す老人に、気が付いたらそんな言葉をぶつけていた。
目の前の老人が恐ろしい存在だとわかっているはずなのに、気が付いたらそんな恐怖が薄れてしまう。
「どちらもだよ、哀君。自分でもやっかいな嗜好だとはわかっているが止められない」
老人は、歳に似合わずかなりの量の食事をとって、さらにワインを楽しんでいる。
「彼とは万全の状態で相対したいが、あの時のように……血にまみれ、ろくに動けず、だがそれでも立ち上がり、危機を切り抜けるあの姿。あの雄姿! あぁ、ロマンだよ哀君。あれには男のロマンが詰まっていた」
「……ロマン、ねぇ」
「君だって、好きな芸能人がいたら歌や踊りなどをまねて近づこうとするだろう? それとさして変わらんさ。彼に近づくには、私もまた行動を通して彼の精神性に近づきたいと思わずにはいられんのだ」
「わからないわ。私、そういうのに興味持たないから」
「いずれ持つよ。断言できる」
「……どうして?」
「君は私同様裏側で生きたがそれでも人らしく生きている。人として学び、姉を愛して、確かに何かを創造した。アポトキシンとかそういう話だけではない。例えば浅見君達の装備。それに今作っているだろうあの薬の解毒薬。これから先作り、そして残っていくだろう物も……」
「姉のために組織に逆らった君だ。きっとこれからも君は何かを作っていけるんだ。ならば君はこれからたくさん……あぁ、たっっっくさんの色んな物を好きになっていく。間違いないとも」
「君の中には、確かにロマンがあるのだから」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「初めまして。リシ=ラマナサンです。しばらくの間、皆さんの下で共に働き、勉強させていただきます」
「あぁ、ボスから話は聞いていたよ。鳥羽初穂。一応調査員だけど、どちらかというと専属の応急対応というか……まぁ、専属の看護師さね」
「同じく、調査員のアンドレ=キャメルです。調査以外で警護や警備を担当することが多いので、なにかと一緒に行動することは多いと思います。どうぞ、よろしく」
「ええ、よろしくお願いします」
褐色肌と糸目の、どちらかと言えばやせ型の異国の男。
それが浅見探偵事務所に加わった、新しい調査員だ。
リシ=ラマナサン。ボスから預かってる書類だと、レオン=ローというシンガポールの犯罪行動心理学者の元で学んだ、シンガポールの予備警察官ということだ。
(シンガポールっちゃあ、物騒な所は地味に物騒な所だっけか。そこの予備警察官ってことは、それなりに銃火器を始めとする装備も使えるハズだし……確かに、ウチ向きの人員っちゃあ人員だが)
「それにしても、リシさんはどうしてこの事務所に? 警視庁や自衛隊ならわかるんですが……」
それだ。なんで民間であるウチに来た?
「ご謙遜を。わが国でも浅見探偵事務所の名前は有名ですよ。日本における対凶悪犯罪捜査の最前線だと」
……なんだろうねぇ。
第一印象ではあるが、嫌いじゃあない。
ちょっとボスの持つ空気に近い所は好感を持てる。持てるんだけど……コイツの匂いに、自分の勘が警戒すべきだとささやいている。
最初は自分が面倒を見ようと思っていたが、しばらくはお人よしのキャメルに任せて、自分は一歩下がって観察した方がよさそうだ。
そんなことを考えながら、ちょっとだけ猫を被って談笑してると、小沼のおっさんが待っていた来客が到着したことを所内放送で伝えてきた。
……セキュリティに関しても、小沼のおっさんや下笠姉妹達ともうちょっと打ち合わせておくか。
念には念をいれて損はない。これからはどうしたって敵が増えるうえにボスや主力がいない今、念には念を入れていいだろう。
「風見警部補! 白鳥警部も、わざわざご足労いただき申し訳ありません!」
「いえ、今回の件は我々公安にとっても重要な事項ですので」
「それに、ここの防諜態勢はそこらよりも優れていますからね」
「リシ、紹介するよ。警視庁捜査一課の白鳥警部と、公安の風見警部補。ウチのボスとつるむことが多い刑事だ」
「彼と交流が多い警察関係者というなら、そもそも警視庁の大体の人間は彼と多かれ少なかれ関わりがあるんじゃないですかね? 彼が大怪我で入院するたびに、その時に花を贈るのはどこの部がまず行くか軽く話し合いになっていますし」
「相変わらず……浅見透とは呆れた男ですね。だが、この状況下で彼がいないことに不安を感じているのもまた確か、か……」
キャメルの時もそうだったが、日本語が達者な外国人ってのはあっさり気に入られていいねぇ。
顔つきもキャメルと違ってフツーというか、日本人っぽい所があるし、表に出る事があっても問題ないだろう。
「さて、主要人物が揃った所で本題に入るけど、警護依頼が来てるヴェスパニア王国ってのは今そんなに不味いのかい? 主力に加えてこういう時のための山猫もいないウチにまで声がかかるとか、面倒事の匂いがプンプンするんだけど?」
「えぇ、それは自分から説明します」
基本的に事務所のデスクは、事務室内に漫画喫茶を豪華にしたような自分の専用ブースが設置されているのだが、それとは別に中央に並べているデスクがある。
ちょっとしたミーティングや打ち合わせで使うそのデスクに全員が着席すると、公安の風見が外国の新聞紙を中央に広げた。
「すでにニュースで騒がれているので皆さんご存じでしょうが、数日前にヴェスパニア王国にて、国家元首であるサクラ・アルディア・ヴェスパランド女王と、その後継者だったジル・カウル・ヴェスパランド王子が死亡しました」
「あ、そのニュースはシンガポールでも騒がれています。確か、狩猟の最中の猟銃事故だった……とか」
「ええ。事故に関してはあまり情報は入っていないのですが、今わかっている一番大きな問題は、国内に突如として湧いて出た『王政反対派』の事です」
さらに違う新聞を広げる風見。
そこには、モノクロでも美しいとわかる一人の女性の大きい写真が写っていた。
その写真を見て、リシ以外の探偵事務所員は目を見開き、白鳥刑事も驚きに口を開いていた。
「風見刑事、これは……」
「……毛利の所の嬢ちゃん……じゃあ……ないのかい?」
この事務所をよく訪れる毛利蘭と瓜二つな、だが決して彼女が着ないだろうドレスやアクセサリーを身に着けた女性の写真だ。
「ミラ・ジュリエッタ・ヴェスパランド王女。サクラ女王の一人娘で、ジル王子の妹」
「つまり、この……毛利蘭にそっくりな嬢ちゃんが次の女王……に、なるのに反対している連中がいるってことかい」
「その通りです。数もそうですが……デモだけに収まらず、さらに過激な連中になりかねないと聞いております。その中に組織的な動きをするものがいるという報告があり、公安部では警戒を強めています」
「王女来日に合わせてそいつらも日本に来ると? わざわざ日本で王女に危害を加えるために?」
首をかしげるリシに、キャメルは納得したように頷く。
「国内では警備が厳重な王宮にいるため手が出せない。だから国外で、警備が限られる場所を見計らう。……そういうことですね、風見刑事」
「はい、そう考えている……のですが」
風見って公安刑事は、ボスに対しては張り合う様子を見せるところがあるが、キャメルとは妙に気が合う様子だ。
最初は外国人ってことで警戒していたようだが……
(まぁ、裏切りとかできるタイプじゃないしねぇキャメルのヤツは。それに足で稼いで身体を張る、典型的な体育会系刑事だし……)
さすがに慣れ合うようなことはないが、それなりに良好な関係は築けている。
事務所にとってそれはプラスに働くだろう。
「それが、どういうわけかヴェスパニア王国政府からは、わが国に対して一切の警備,警護依頼が入っていないのです」
「……どこにも、ですか? 日本の警視庁警備部は極めて優秀なハズですが」
そうだ、この事務所にいる人間なら知っている。
何度か警護演習の紅白戦でやりあっている連中だ。
数を活かせるし練度も高い。
当然、外国の上層部ならそういう情報だって入っていそうな物だがねぇ。
「だけどウチには来た。よりにもよって数が全然足りていないウチに……。キャメル、リシ、どういうことかわかるかい?」
警備に関してのプロのキャメルに、下手な日本のお巡りよりかは物騒すぎる暴力に慣れているだろうリシに話を振ると、二人とも少しだけ考えて、
「王国政府も混乱しているのではないでしょうか。シンガポールは少々ヴェスパニアとは交流があったので知っていますが、あの国は女王の権限が非常に強かったハズです。それが突然消えたという事は……」
「加えて、疑心暗鬼になっているのかもしれませんね。その、反王政派という連中が外にもいるのかもしれないと」
……曲りなりにも国のお偉いさんのやることだ。理由があると思った方がいいだろうねぇ。
となると、マジで変な所に変な連中が潜り込んでいると仮定して動くべきか。
「確か、新しいホテルのパーティか何かに出席しに来るんだっけか?」
とりあえず、場所だけでも確認しておくべきだ。
「はい。サクラ女王は、自分の同じ名前を持つ花である日本の桜を好まれ、その桜をコンセプトとしたサクラサク・ホテルには大変関心を示しておられ、レセプションもご自身で企画されていました」
「だけどその前に亡くなわれてしまわれた……。それで代わりにレセプションに……ですか」
(桜がコンセプトのホテル……ねぇ)
ちょうどいいタイミングでちょっと会話に間が開いたので、備え付けのインターホンで事務室に通話、すぐに小沼の爺さんが取ったので、ヴェスパニアとサクラサク・ホテルに関する資料を請求しておく。
ちょっと茶をシバいている間に人数分の資料が来るだろう。
事実、少し温くなった紅茶を飲み干したタイミングで、美奈穂がホチキスで留めてある資料を人数分持って入ってきた。
その後ろには穂奈美が、お茶とお菓子を人数分乗っけたティーカートを押して入ってくる。
資料は……パンフレットや公式HPのコピーにここ最近の新規採用者の名簿に採用中の部署、ついでに詳細な全階の見取り図。
ヴェスパニアに関しては、先月前のカリオストロ事件以降の国の動きや反体制派の動き、デモの規模などがそこそこ詳細に書かれている。
「は、早い……。これほどの資料がもう揃うとは」
「まぁ、警護依頼が来たのはちょっと前だからねぇ。アタシもやること色々あったから、警備するかもしれない場所や関係しそうな事だけ事務員にまとめさせてたのさ」
(まかせっきりで詳しい所全部頭から抜けてたけどねぇ)
ヴェスパニア自体、カリオストロの一件でボスとはつながりがあったらしいし、どこかにボスが情報がウチに流れるように枝を仕掛けていたのかもしれない。
こと情報収集は、うちのボスの十八番だ。
「……さすがですね、浅見探偵事務所は」
とりあえず全員に一回息を入れさせよう。
重い話は適度に切らないと、たまに肝心なことを見逃してしまう。
それぞれ軽く紅茶を口につけながらホテルの資料を見ている。
さて、向こうから依頼が来た以上、最低限王女様は守らなきゃいけないって事になるが……。
(どーにもいやな予感がするねぇ。学生に危険なことはさせられないってことで計算に入れてなかったけど、やっぱ真純も投入するか? 坊や並みに頭キレて安室さんや沖矢並みの腕が立つから使いどころは腐るほどあるんだけど……高校生を鉄火場に連れていってマスコミにつつかれたら面倒だしねぇ。訓練終わってないって話だけど、やっぱ越水の嬢ちゃんトコの警備部から人を借りるかぁ)
パーティで安全を期すとなると、警護対象に張り付く以外にも調理を始めとする接客関係の所などにも人を付けないと、万が一が起こらないとは言い切れない。
そこらをキャメルとリシ、刑事二人と詰めていく必要が――
――ピリリ、ピリリ、ピリリ
こんな時に事務所への直通電話? ここに直接来る電話ってことは調査員仲間かボス。あるいは――
「あぁ、待ってな。アタシが取る。……もしもし?」
『よかった、鳥羽さん!?』
「やっぱり坊やかい」
確か今日は、他のガキンチョや真純、毛利や鈴木の嬢ちゃん達と一緒に、この間舞台稽古を覗きに行った例の役者転校生……名前なんだっけな。伊東……伊東……玉之助? そうだ、それだ。
そこの舞台応援のために、駅前でチラシ配りをするって話だったハズだけど……。
緊急事態か。念のためにスピーカーをオンにしてキャメルにも聞こえる様にしておく。
『ごめん! 鳥羽さんかキャメルさん、どっちかこの間の舞台に来れる?!』
「落ち着きな坊や。なにがあったのさ」
まぁ、もう予想はつくけど。
『殺人なんだ!』
やっぱりかい。って言いそうになるのを堪える。
毛利の旦那ならともかく、さすがに小学生を死神扱いは可哀そうだろう。
『人が殴り殺されてるんだ! もう警察は呼んでるんだけど……っ』
「わかった、ちょっと待ってな」
捜査だけなら坊やでも十分だけど、いざという時に警察に顔の効く大人がいた方が都合がいいって所か。
「初穂さん、私が――」
「私も同行します。捜査一課ですし」
「いや、警備,警護はアンタの方が適任だろう、キャメル。リシも予備警察官なら一通り知識はあるだろ。こっちの煮詰めはアンタらに任せるよ。白鳥さんも大丈夫。多分、目暮の旦那や佐藤も出てるんだろうし」
まいったねぇ。気分転換になるかと思っての行動が裏目に出たか。
ないとは思うが、万が一の事態に備えていつものジャケットを羽織る。
普段ならともかく、今の精神状態の坊やの前でうかつに怪我すればトラウマになりかねない。
「殺人の方はアタシと坊やに任せな」
キュラソー、街をなんとなく散策していると一度共闘した世界的な大泥棒二人が必死の形相で目の前を走り去る。呆然としていると、さらに元上司が大量の警察官を引き連れて走ってきて頭を抱える。
「マリーさん! ちょうどいい所に! 実は今――なんで見てないふりしたんですマリーさん! 逃げないでマリーさん! ほら行きますよマリーさん! 大丈夫ですって! カリオストロの時と同じこと頼むだけですから! 大丈夫だから! ちょっとだけだから!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
rikkaのコナンコラム
〇伊東玉之助(17)/声優:保志総一朗
アニメオリジナル:126~127「旅芝居一座殺人事件」(DVD:PART5-6)
409-410「同時進行舞台と誘拐」(DVD:PART14-6)
452話 「こんぴら座の怪人」(DVD:PART15-7)※一時間スペシャル
名が示す通り女形。つまり芝居の中で女装もするんだが滅茶苦茶似合ってて草。
当時は声優など知らず、スゲーいい声の人だなとしか思ってなかったけど観返したら保志総一朗で草。
最初の時はオドオドしているというか、一部スタッフからは舐められていましたが、徐々に座長として立派になっていきます。
死体見たり犯人扱いされたらそりゃ強くなるよね。
九条検事同様、印象に残っててかつ複数回出たアニメオリジナルキャラクターの一人。
スペシャルにまで出演しているので滅茶苦茶再出演を期待している一人です。