「まったくもう! 浅見探偵も白鳥刑事も先に行っちゃって! 山猫の人たちだって手一杯だし!」
燃え盛る城館は瞬く間に崩壊していく。
すでに出入口は崩れ落ちている。
「なんか変な人たちが出てきて! 忙しいのはわかるけど! 『退路を探して来い新兵!』じゃないんですよあのヒゲッ! 僕はただの高校生だぞ!!」
文字通り銃弾が飛び交う中を走らされた本堂瑛祐は、あんまりにもあんまりな事態にかなり乱暴になった口調で叫びながら周辺を探っていた。
(さっき見かけた車は阿笠博士のビートルだった。きっと江戸川君を送ったか、あるいはなんらかの用事でここまで来たんだ。でも中には誰もいなかった)
ドアも開けっ放しだったし、チラッと中を覗き見た時にハンドルのそばに何かがぶら下がっているのが見えた。
鍵もさしっぱなしということならば、よほどに慌てていたということだ。
いやまぁ、いきなり城が目の前で爆発すれば誰だって慌てるだろうけど。
「確か、前に瑞紀さんが言ってた話だと……」
枡山さんに言われて事務所に探りを入れてた時に、瑞紀さんにはいろいろお話を聞かせてもらっていた。
怪しいのは……あの塔だ。
からくり好きなら、無駄なモノには必ずなにか意味があるはずなんだ。
瑞紀さんがそう言っていた。
(浅見探偵の話だと、皆は地下にいるっていう話だった。足元を探ればあるいは―)
――カツン
いざ塔の中に入ろうとしたとき、足がなにか軽い物を蹴飛ばした。
小さな物見塔に、カランッと軽い音が響く。
「え、なに……メガネ?」
蹴ってしまったのは、小さめの丸メガネだった。
「このメガネは……」
駆け寄って拾い上げる。
その先には、あからさまに不自然な穴が開いている。これが多分、ここに隠されていた秘密の通路なのだろう。
(だけど、真新しいロープで作られた縄梯子が垂らされている。……誰かがここを使った?)
さらに観察すると、小さな血痕がある。
(まさか……)
ふと、それこそ自分が入ってきた扉の影。
入ってきたときに死角になっていた所に目をやる。
そこに、自分の目に入ってなかったのが不思議な、大きな影が倒れていた。
「阿笠博士!?」
そこには、なにか固いもので殴られたのだろう額から血を流して倒れている初老の男性がいた。
「しっかり! 僕の声が聞こえますか!?」
手首と首筋に自分の指を添えて、脈を確認する。
大丈夫。キチンと呼吸しているし脈も安定している。
とりあえず体を倒して横向きに、念のためにベルトもゆるめて楽な姿勢に。上側の膝は90°に曲げる。
持ち歩かされていた救急キットの中から消毒液とガーゼ、テープを取り出して……とりあえず傷口は塞いでおこう。
出来る事ならばすぐに救急車を呼びたいけど、どういうわけか連絡手段のほとんどが機能していない。
せめて人手があればもっと他にできる事があるのだが、今ここで動けるのは自分だけだ。
他には誰もいない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なるほど、ご先祖様の遺産集めか!」
コナンと瑞紀ちゃんの二人がこっちに来やがった。
待ってちょっと待って、マジで待って。
これ青蘭さんの狙いがバラけてこっちがやりづらい。
音だけじゃあ射線がつかめなくなった。
こうなると今度は視界が狭くなったことが弱点になる、常に視界内に入れておかないと対応できない。
瑞紀ちゃんもコナンも守らなきゃいけないし。
「OK! 謎は解けたんだ名探偵! お前らちょっと脱出口確保しててくれ頼むから!」
「バーロー! お前もうフラフラだろうが!」
「所長こそお願いだから逃げてください!」
「お前や瑞紀ちゃんより俺の方が撃たれ慣れてるし刺され慣れてるんだから適任はこっちだ! ここは俺に任せて先に行け!」
「ますます任せられるか!」
「なんで説得の言葉にそんなワードチョイスしちゃうんですか!?」
ダメだ、やっぱり俺にはもっと高度な話術が必要なようだ。
今度恩田さんと一緒に講習受けよう。
青蘭さんは銃構えながら爆笑してる。
燃えてるところで止めなさいって、喉と肺が焼けるよ?
「白鳥刑事は!? あの人先行させてたんだけど!?」
「あの人なら、脱出路の方に走っていったよ! ひょっとしたら何かに気づいたんじゃないかな!?」
マジか。
あの人が走った。
あれ……あの人だよな?
それが走った?
「脱出路なら大丈夫だ。タイミングこそズレたが、博士がこっちに来るはずだ!」
「……はっ!?」
なんでここで博士!?
「スコーピオンが相手だと思って特別なメガネを用意してもらっていたんだ。いつものヤツと違ってレンズを防弾用の硬質レンズに変えてもらったやつ。間に合わなかったけど、少なくともこっちには来てくれているハズだ」
……メガネのレンズをわざわざ防弾仕様に?
なんてリスキーな真似するつもりだったんだテメェ!
危ないことはすんなっていつも口酸っぱくして言ってるだろうが!
主人公なんだぞ!
ただでさえ危ない目に遭いやすいのにわざわざリスク上げんな!
(というか……博士が一人で来るんなら別にいい……いや良くはねぇんだが……っ)
博士も重要人物の一人。しかも少年探偵団と一緒にいることが多いキャラクター。
多分コナンなみに死ににくい人物のはずだ。
だが、同時に自分たちにとっての装備開発者。生命線でもある。
(敵が森谷だけなら多分狙わない。利よりも感情方面でこっちを揺さぶろうとするはずだし、今回のは間違いなくただの挨拶。本命はずっと先と見て間違いねぇ)
家が狙われているかもしれないけどそっちは対策している。
そもそも俺と連絡取れなくなったような緊急時には下笠姉妹がマニュアルに従ってウチの警備を強化してくれているハズだし、少なくとも桜子ちゃんには連絡が行っている。
最悪の事態は避けられるハズだ。
……ヤベェ、志保はどっちだ?
普段は薬の研究に専念している志保だけど、あの子の場合博士の手伝いをすることが多い。
俺がいない間は家にいたのか? 病院の偽装ラボ? それとも博士の家?
それ次第では……ヤベェことになる。
「……どうやら、なにか深刻な様子だけど」
瑞紀ちゃんがそこらに落ちてた瓦礫の破片を投げて青蘭さんをけん制するが、あっさり躱されて距離を取られる。
いつぞやの夜よりも動きがいい。
面倒な……、いつか俺とやり合うために鍛えてたなこりゃ。
「こっちもちょっと深刻なんじゃない? 透君」
炎と崩壊の轟音に交じって、金属がぶつかる音がする。
アイツら、まだいたか。30くらいは潰したと思ったんだが。
足音からして連中は二手に別れている。……倍はいると考えた方がいいか。
クソ……枡山さんにしてやられた。アイツら全員欲しかったのに。
「みたいだな」
「このままじゃあ私も貴方達も殺されるか焼け死ぬかのどっちか。私を追ってきたせいでかえって死地に来ちゃったわね」
物陰に隠れたまま、青蘭さんがいたずらっぽく笑ったのがなんとなく分かった。
いつもと変わらない、あの笑みなんだろう。
……キツいな。
「普段から俺に毒飲ませていた人が心配してくれるのかい?」
「君、私が何か盛っているってわかってて飲んでたんでしょ?」
こっちに駆け寄ってきたコナンと瑞紀ちゃん。
ちょうど自分の死角にいるから表情はわからないけど、小さく「うわぁ」とコナンがドン引いているのが聞こえた。
てめぇ後で覚えていろよ。
「……惚れた女が注いでくれた酒を、好みじゃないからって断る男なんているの?」
瑞紀ちゃん、文句があるならあとで聞こう。
君いま止血してくれてるんだよね?
俺の血じゃなくて息止めようとしてない?
青蘭さんも笑ってないで。
「本題に入るわ。取引しましょう?」
「エッグ返すから見逃せ? ここまでのこと考えるとちょっとそっちが軽すぎない?」
「いいえ、貴方にもっとも大事なものをあげるわ」
「……情報?」
「それと時間と戦力」
物陰から身を乗り出した青蘭さんが、布で包んだ何かを放り投げてくる。
掴もうとした俺を押しのけて、瑞紀ちゃんがキャッチする。
それから慎重に包みを開けて、中身を確認する。
「所長、間違いなくエッグです。両方あります」
「OK、仕舞っておいてくれ」
とりあえず瑞紀ちゃんに任せておけば問題ない。
もっと酷い状況になっても瑞紀ちゃんならエッグ守ったまま逃げ切れるハズだ。
「で、情報ってのは夏美さんについて?」
「あら、知っていたの?」
「まぁ、ちょいとおかしいっていう情報はね…………そういえばあの人は?」
地下にいるのならば、服部君や真純がいるから大丈夫と思うけど。
「彼女、さっき攫われてたわよ」
………………。
なんて?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一台の車の奥に、女性と少女が一人ずつ押し込められている。
二人とも薬を嗅がせられたのか、意識を失いグッタリしている。
『ご苦労だったアイリッシュ。まさか依頼対象と同時に志保ちゃんまで手に入るとは……』
「ちょうど内部に潜入させていた実行グループの手引きのために動いていたら……えぇ、発見いたしました」
『なるほど。彼女の聡明さが仇になったのかな? 皮肉だねぇ』
その二人の様子を窓の外から覗きながら電話をかけている一人の男が、周囲を見回している。
「森谷とあの二人はどうします? 依頼対象やシェリーと共にそちらへ送りますか?」
『うむ、頼むよ。ハンター君も彼の訓練に安心して発砲できる場所が欲しいと言っていたし、麗子君の教師役も兼ねてくれると約束したのでな』
そして電話の向こうにいるのは、大きな悪意。
罪人を生み出す咎人。
「了解。警察と消防が来る前に撤収させます」
『うむ、君も気をつけてな』
電話の中の声は心から労わる声を出している。
『これまで通り、日本での活動は君に任せる。あとで例の彼にも同じことを言うが、具体的に攻勢に出る必要はない。今は盤面を整えてくれればそれでいい。いいかね?』
「了解しました、ピスコ」
男―アイリッシュは携帯電話を切り、胸ポケットに携帯を滑り込ませる。
「浅見透と主力は全員中に入っている。森谷の爆弾でくたばってくれていればいいのだが……そうはいかんのだろうな」
徐々に崩れ落ちる城館を眺めながら、アイリッシュは運転席に座っている男に発車の指示を出そうとして
――次の瞬間、右肩から血を噴き出して体勢を崩していた。
「!?!? なっ――」
とっさに拳銃を引き抜こうとして、右腕の動きが鈍いことにようやく気が付いたアイリッシュは左手で銃を引き抜き、構える。
「警察だ! 銃を捨てろ!」
そこにいたのはスーツを着た男がいた。
アイリッシュも見覚えがある顔だ。浅見探偵事務所に潜り込んでいるFBIと親交を結んでいる男――白鳥任三郎だ。
顔は。
「アイリッシュ!」
「出るな!」
運転席の男が飛び出そうとするのを、男は制する。
「警察だと? 笑わせるな!」
アイリッシュは迷わずその顔をめがけて発砲した。
素直に銃を捨てれば、捕まえようと近づくのではなく射殺するだろうとわかっているからだ。
スーツを着た人物は顔が狙われると判断し、すばやく身を反らして弾丸を躱す。
だがその弾丸は顔をかすめ、顔に一条の傷を負わせた。
血が一滴も出ていない傷を。
「ベルモット!」
アイリッシュの叫びに、スーツの男はニィっと笑い――自分の顔を剥いだ。
「あら、気付いたのね」
「この日本でいきなり発砲する刑事がどこにいる。しかも」
アイリッシュは目線で、世界でも有名な女優が構えている銃を指す。
「わざわざサイレンサーを付けた銃などな」
女は微笑んだまま、軽く肩をすくめる。
「ちょうど騒動が起こった所だし、浅見透の身辺を探っておきたかったのよ。おまけにちょうど貴方たちが動いているって話を耳にしていたし」
実際に戦えばアイリッシュの方に分があるのは間違いない。
身体差もあるし、より実践的な戦闘訓練を受けていたのだ。
だが、今は片腕を潰されている。
左腕でも射撃は出来るが精度は下がる。
そしてベルモットという女はそこに付け込むことを躊躇う女ではない。
「貴方達の目的は香坂夏美でしょう? 貴方達のスポンサーが神輿として彼女を欲しがった」
「…………」
「なら、そこにあるのは予想外のボーナス。別に執着する必要もないでしょう? それどころか、あの方の不興を買い続けている貴方のパパにとっては、ちょうどいい貢物になる」
女が、一歩踏み込む。
「シェリーをこちらに渡しなさい」
男も一歩踏み込む。
「……貴様、シェリーが幼い姿になっていることに何の疑問もないようだな」
「まさか。驚くに決まっているわ。ただ呑み込みきれてないだけ」
「ハッ、貴様ほどの女が?」
互いの指がトリガーにかかり、力が込められた瞬間。
物陰から、今度は小柄な三人目が飛び出してきた。
「な……っ!?」
全身をライダースーツで覆い、顔をフルフェイス・ヘルメットで隠した襲撃者。
狙いはベルモットだ。
驚いたベルモットはとっさに銃口を向けるが、信じられない跳躍力を持って放たれた蹴りの一撃は見事にベルモットの手から拳銃を叩き落した。
何者かは素早く拳銃を奪い取り、アイリッシュに目掛けて――正確にはその後ろの車のタイヤを目掛けて発砲しようとする。
だが、今度はアイリッシュの方が早かった。
当てる必要はないとけん制のためのでたらめの射撃が、一瞬だが何者かの射撃を遅らせた。
「出せ!」
アイリッシュの叫びに、運転席にいた男がアクセルを踏み込み車を急発進させる。
慌てて車の足を止めようと発砲するものの、絶対に車の中の人間には当てないようにとタイヤを狙っているせいでけん制にもなっていない。
『……ッ、順序を違えたか』
ヘルメットの中からくぐもった声がする。少女の声だ。
急いで車の後を追おうとする少女だが、またしても妨害が入る。
拳銃を蹴り落して無力化したと少女が思い込んでいたベルモットだ。
さらに隠し持っていた小さな拳銃を手に、適当な岩の物陰に身を隠しながらアイリッシュと少女の両方を射殺しようと発砲する。
二人もそれぞれ手近な所に身を隠し、銃を構える。
「ベルモットに加えて……あの男の伏せ札かっ! どちらにせよ、シェリーを渡すわけにはいかん!」
「誰が相手でも! あの子には消えてもらわなければならないのよ!」
『…………ちっ』
『聞こえるか、浅見透』
『すまない。しくじった』
連載が止まった最大の理由としてプロット紛失してしまって勢いで続けてたらなんかズレたことが挙げられます。
具体的に言うと少年探偵団とカルバドスはマジでごめん。
逆に瑛祐君、君これから出番増えるかも