平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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大変お待たせしました


104:暗躍

(うわっと。なんというか……本当にカリオストロの地下ン時を思い出すなぁ)

 

 電気の灯りとは違う、赤い熱の塊に照らされながら、音を視て銃弾を避ける作業に専念する。

 

(まぁ、あん時と違って片方視力消えたおかげで、前以上によく視えるようになったから楽っちゃ楽だけど)

 

「ちょろちょろと。さすがね」

 

 言葉通り、サソリのような美女が容赦なく発砲してくる。

 うん、大丈夫。

 前以上に耳も肌も敏感になっている。

 死にかかってるのも含めて問題ない。

 まだちゃんと身体は動く。

 

「まさか、見えている左側より潰れた右側の方がより鋭敏だなんて……相変わらず滅茶苦茶ね、君」

「昔、なんにも見えなかった時期に色々仕込まれててな。最初に貴女とやりあった辺りから段々と感覚思い出してきていたんだ」

 

 親が死んだって言われてた現場見に行って森に落ちて見えなくなって……。

 仕方ないから音を頼りにうろついてたら先生と師匠にとっ捕まって……うわぁ、懐かしい。

 

 出来ると思って鳥を石投げて落としてから、それが面白かったのか気に入られたのか一日中狩りも兼ねて刃物やら銃やら触らされたっけか。

 五分以内に手探りで銃を解体して組みなおして、出来なかったら罰で師匠の脇差で素振りとか居合の抜刀、銃の抜き打ちのどれか一つを五千回とかだったか。

 

――キン……ッ

 

 眩暈がしてふらついた瞬間、引き金を力を込めた瞬間の引き金の摩擦音が視えたので、五百円玉を射線上に弾き飛ばして弾道をずらす。

 青蘭さんは予測済みだったのだろう。笑ったままこっちを見ている。

 

「足だけじゃあ避けられなかったわね?」

 

 …………。

 

「さすがの君でも、それだけ血を流してれば動きも鈍るのね」

「毒も食らってんだ。いいハンデになったか?」

「さぁ? どうかしらね」

 

 軽口をたたいてみても、この人は相変わらず油断を解かない。

 あぁ、わかっていた。わかっちゃいたけど、この人本気で俺を殺しに来ている。

 

「エッグをあきらめて今すぐ逃げ出すっていうのならば、見逃してあげてもいいわよ?」

「ハッ! 知っているだろう?」

 

 なにせ、安室さんや瀬戸さん、七槻やふなちから散々俺の話は聞かされているだろうから。

 

 

 

 

 

「浅見透って男はな、ズタボロになってからが本番なのさ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 初めて目の前の男と出会ったのは、暗闇の中だった。

 電源を落とした展示会場での襲撃。すぐに終わるはずの一仕事は、予想外の二人の存在によって失敗に終わった。

 一人は、万が一の時には人質として使おうと思っていた鈴木財閥の相談役を素早く保護した褐色肌の男。

 そして残るは、あの暗闇の中で的確に銃を叩き落し、躍りかかってきた男。

 

――タン! タタン!

 

 交換したばかりのマガジンから、三発の銃弾が消費される。

 だが、その全てが当たらない。

 避けられる事前提でフェイントも仕掛けたのだが、それらは最小限の動きで避けられる。

 必殺のつもりの一撃も、彼の左頬に赤い筋を一線描くだけに留まる。

 残る弾薬は……四発。

 

「弾切れまで待つつもりかしら?」

「さすがにこの状況で銃弾と真っ向から喧嘩すると、死んじゃいそうなんでね」

 

 その言葉に一応嘘はないだろう。

 血で染まり、もう白い所が全く見えなくなったワイシャツがそれを物語っている。

 ただ――

 

「仮にここで体の穴が2,3増えたところで、死にそうにないのが君だと思うけど?」

 

 本当に。

 今ここで、急所以外の所であればもう二,三発くらい銃弾を受けてもそのまま躍りかかってきそうだ。

 

「まぁ、死ぬつもりはないけど……。ここで力を全部使い切るわけにはいかないのさ」

 

 ここにくるまで、かなりの数とやりあったのだろう。

 真っ赤になっててこの炎の中では見えにくいが、シャツは穴だらけだ。そのまま

 

「一応、聞いておきたいんだけどさ」

「なにかしら?」

 

 

「枡山憲三」

 

 

 彼が口にしたのは今の相棒の、そして彼自身の宿敵。

 

「ひょっとして、あの人に頼まれて?」

「まさか! 年上は好みじゃないわ。それも、十年単位の年上はね」

 

 そう言うと、彼はホッとしたように小さくはにかむ。

 

「よかった。さすがにあの人の手先として殺そうとして来ていたのなら、立ち直れなかったかもしれねぇ」

「あら。そこになにか違いはあるのかしら?」

 

「誰かの命令とか頼みで命狙われるより、自分の気持ちに従って殺しに来てくれる方が愛を感じるだろう?」

 

 さすがに、笑いがこらえきれなかった。

 気が付いたら、燃え盛る城の中で大笑いしていた。

 

「――あぁ。やっぱり君は退屈しないわ」

「楽しんでくれたのならば、ちょっとは報酬欲しいんだけど?」

「あら、なにをご所望なのかしら?」

「お宝を狙う理由。まだ、聞いてなかったろ?」

 

 彼の疑問にわずかに首をかしげてしまい、一拍おいて気が付いた。

 そうだ。なにもかもを話しているつもりだったが、それはスコーピオンとしてではなかったことに今更気が付いた。

 そうだ、自分はあの夜の出会いを除いて、一度も『スコーピオン』としてこの男と接していなかった。

 浦思青蘭という女として、この男と接していたことを今更思い出した。

 

「えぇ、えぇそうね。ロマノフの財宝を私が狙う理由。それは――」

 

 

 

 

――あんたが、ほかでもないあの怪僧。ラスプーチンの末裔だから……だよね?

 

 

 

――だから、船の中でこっそり寒川さんの部屋に侵入しようとしていたんですよね? 自室を撮られたビデオを回収し、『あの写真』を目撃した彼の口を封じようとして。

 

 

 

 

 

 目の前の絵が、いつもの不敵な――ただ、どこか少しだけ怪訝そうな気配を混ぜて――笑っている。

 銃を彼に突き付けたまま、その視線の先へと目をやる。

 

 そこには、小さな探偵と女の奇術師が、似たような笑みを浮かべて立っていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「たい、大変じゃあ……っ」

「博士、本当にあそこに工藤君達が?」

 

 まるで映画にでも出てくるお城めいた屋敷は、いま真っ赤な炎に包まれている。

 

「頼まれていたものを持ってきたのじゃが……もうそれどころではないわい!」

「連絡は!? 携帯に、例のバッジもあるんでしょう!?」

「だめじゃ哀君。手持ちの携帯もイヤリングの方も繋がらん。探偵バッジの方もじゃ! 君が持っている方はどうじゃ?!」

 

 大慌てしている博士にジレったいものを感じながら自分もバッジのスイッチを入れてみるが、やはり応答がない。ただノイズが走るだけだ。

 

 博士がわたわたしている間にすばやく周囲を観察する。

 すでに空は暗くなり、燃え盛る城の紅い輝きがその闇を照らしている。

 

(これなら離れたところからも視認できるはず。大丈夫、きっと誰かが通報してくれているはずだわ。それなら、私がやるべきは彼らの脱出口の確保!)

 

 これだけ大きな屋敷なら、出入り口が一つだけということはないだろう。

 燃え盛っている正面の出入り口は使えないとなると、他の道を探さなくては。

 

(せめて予備の追跡メガネを持ってきていれば、工藤君たちの居場所くらいはわかったかもしれないのに!)

 

 今後いかなる時でも装備の予備を手放さないことを心に決めて周囲を見渡す。

 

(あの小塔……)

 

「博士、車の中にある使えそうなもの、整理しておいて!」

「えぇぇっ!? つ、使えそうなものと言っても――」

「ロープとかライトとか! 浅見透とサバイバルキット作ってた時の試作品、車に積んでたでしょ!?」

「おぉ、そうじゃった! ちょ、ちょっと待ってくれたまえ哀君!」

 

 前に瀬戸瑞樹が浅見透やアンドレ=キャメルを相手に解説していた事を思いだす。

 城や城館というものは大体どの国でも山城、平城、岩城の3つのパターンがあり、それぞれに特徴があるものだと。

 

 例えば平城なら、周りを大体水堀で囲むように作っており、そのため湿地帯や小川の側に建てられていることが多いという事だ。

 

 見たところ城の作風はドイツ。ノイシュヴァンシュタイン城によく似ている。

 

(そう考えると、こんなところにわざわざ建てたのは元の場所にここが似てたからかしら? 典型的な山の城館。……と、なれば)

 

 古来、山の城の最大の問題は水の確保。

 水道技術が発達した今ではそこまで大事なことではないが、この城が当時の物をできるだけそのまま持ってきたというのなら……。

 

(井戸場くらいはあるはず。問題はそこが水場として機能しているままなのか、あるいは……)

 

 もしあの男が生きているのならば、あるいは今城の中にいるだろう工藤君が情報を欲しがると思って、魔鏡の仕組みの話を聞いた時から調べられるだけのことは調べている。

 香坂喜一。

 少し前に浅見探偵事務所に依頼を出した香坂夏美の曽祖父が建てた城。

 職人であり、どうやら茶目っ気があったような老人。

 そんな男が作った城だ。

 絶対にそこには『茶目っ気』がある。

 

 工藤新一といい浅見透といい……それに瀬戸瑞紀もか。

 

(気になるのは……あれだけのお城を建てて、しかもそれを日本に移動させた資金源。ここがどうしてもよくわからない)

 

 事務所の人間で私が信頼できる人間――例の秘書さんに話を通しておいたので、今頃はあの双子のメイドと共に過去の資料などを集めているだろう。

 

 役に立つかどうかは微妙だが……それでも念には念を入れておいていいだろう。

 場合によっては事件が解決した後のいざこざにおいて、あの男がなんらかの武器として使うかもしれない。

 

(それにしても、嫌な予感が止まらない。今回の相手はスコーピオンとかいう盗賊一人。相手が一人なら大丈夫。……不意を突かれても生きていれば、あの男は絶対に勝ちに行く)

 

 自分でも理屈になっていないと思うが、よくも悪くも信頼はある。

 必ず生きる。必ず生還する。

 勝てないことはあるだろうが、敗北する姿が思いつかない。

 

(なのに……。どうにも大勢に監視されているような)

 

 塔を覗き込むが、中には何もない。

 一瞬、ただの倉庫かと思うがそういう別の設備を建てるには城館から離れすぎている。

 やんちゃで茶目っ気のある人間は、無駄なことはしても無意味なことはしないハズだ。

 あまり嬉しくないが、浅見透との付き合いで有能な人間のクセは見えてくるようになった。

 

「こういうのは……っ……だいたいどこか、成人した人間の手が届きやすい辺りのどこかに……っ」

 

 縮んでしまった不便な体を全力で伸ばして、手探りで塔の内壁のレンガを次々に押していく。

 

 つくづく思うが、どうやら知らないうちにあの女性マジシャンの影響を受けているようだ。

 ちょいちょい浅見家に来て食事をしたり、マジックをしたりとしている。

 下手したらほとんどあの家の一員かもしれない。

 

 マジックや食事の最中の彼女の小咄はなんだかんだで役に立つ。

 

「……あった」

 

 そうして触ってると、指先に違和感を覚えた。ここのレンガだけが少し動いた。

 辺りにあった適当なものを踏み台にして押し込むと、丸い床の真ん中がパカッと開いた。

 

 いつも持ち歩いてる手帳の1ページを破って火を付ける。

 自分と江戸川コナンには持たされている、探偵事務所所員のと同じサバイバルパックの道具はやはり役に立つ。

 

 放り込むとしばらく滑り台に転がした石ころのようにコロコロ落ちていき、下の方で地面に当たり、自分のいる位置だと僅かにしか見えないが燃え続けているのがわかる。

 それなりに深いが水が流れているわけではなく、空気もちゃんとあるようだ。

 

(元々の城だと物見塔も兼ねた小塔を再現したうえで、茶目っ気利かせて隠し通路にしたのね)

 

 隠す意味もないような大げさなすべり台だ。

 

 これだからロマンチックな男は。

 

 だがまぁ、ひょっとしたら使えるかもしれない通路があったのは都合がいい。

 こんな大げさな仕掛けだ。下の道がどこにも通じていない、ただのすべり台だなんてことはないだろう。

 煙も上がっていないことから、この通路は安全なのは確認できる。

 

 あと必要なのは下から上に上がってくる方法と、ここまでなんとか彼らを誘導することだ。

 

「博士、なにをしてるのかしら……?」

 

 いくらなんでも遅すぎる。

 ひょっとして、ロープが絡み合ったり道具が乱雑すぎて取り出すのに手間取っているのだろうか?

 

 ……あの博士ならありうる。

 基本的に片づけも苦手だし、なにかと大雑把だ。

 

 急いで車に戻って、ロープだけで持ってこよう。

 そう思ってすぐに走り出そうとしたら、後ろからジャリッという音がした。

 

「博士? ちょうどよかった、できるだけ長いロープが必要なの。荷物を見せて――」

 

 振り返った先には、想像通り博士がいた。

 だが、どうみても手ぶらだった。想像と違って。

 なにせ、両手を上げて手のひらをこちらにみせているのだ。

 

「驚いた。まさか、本当に体が縮んでいるとはな」

 

 そして、自分の知らない顔がそこにいた。

 長身で、一目でわかるほどに鍛えられている筋骨隆々とした体付きの、浅黒い肌の男が博士の後ろに立っている。

 右手で博士に拳銃を突きつけて。

 左手は携帯電話を耳に押し付けている。

 

「はい、私です」

 

 

 

 

 

「――シェリーを発見しました」

 

 

 

 

 

 


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