この馬鹿みたいな転生に悪態を   作:変態転生土方

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この転生者とダンスを

 怠い。

 ただただ怠さだけを感じていた。

 ミツルギの剣を打ち返し、オレもまた打ち、それを二、三度繰り返した後、オレたちは弾き合って後ろに下がる。

 

「なかなかやるね、エドワード!」

「……うっせ」

 

 伊達に勇者なんて呼ばれていない。

 オレは肩で息しているのに対して、ミツルギは髪の乱れさえない。

 クッソー……、爽やかな顔しやがって。

 

「まずいですよ! このままではエドが負けてしまいます!」

「任せて! このウィズ魔法具店さんで買った応援の呪文があるわ!」

「ちょっと! 応援呪文なんて卑怯よ!」

「そうよそうよ! これは決闘よ!?」

「バレなきゃいいんですよ、バレなきゃ……」

 

 めぐみんゲスい。

 でも呪文は助かるので是非お願いします。

 

「くっ……! 卑怯な……!」

 

 どうやら外野のやり取りはミツルギも聞こえてたらしい。

 フフフ…。

 

「勝てば官軍! 負ければ賊軍!」

 

 さあ一発お願いします!

 

「えーっと、えーっと……。うぅ、恥ずかしいけど言います!」

 

 え、恥ずかしい?

 嫌な予感が脳裏を駆ける。

 

「頑張って! お兄さん!」

 

 WATS?

 

「妹……?」

「いや違う」

 

 思わず打ち込む剣を止め、声の主であるゆんゆんを見る。

 ウィズ魔法具店から買ったであろう呪文書に顔を埋め、頭から湯気を出していた。

 

「……そういうプレイ?」

「断じて違う!」

 

 ざわざわと騒ぎ始めた外野にオレはいたたまれず、ミツルギに襲いかかる!

 

「うおおっ!? ふ、不意打ちとは卑怯な!」

「うるせー! さっさと倒れろ!」

 

 これ以上この決闘が長引くとどんな噂がたてられるかわからん!

 もう噂話はこりごりだ。とっとと終わらせてこの場から撤収する!

 幸い不意打ちも相まってオレの方が優勢、このまま押し切る!

 

「おお、効いてるじゃないですか! 頑張ってください、エドお兄さん!」

「頑張れ、エドワードお兄さん!」

「頑張ってー! エドお兄さーん!」

 

  ヒーローショーか。

 

「い、妹が……四人!?」

「馬鹿かお前はァ!」

「ぬおぉっ」

 

 狼狽えるミツルギに剣を打ち込む!

 態勢を崩したところに肩でタックルを食らわせ、倒れたところでマウントポジションをとる。

 

「オレの勝ちだな!」

「くっ……」

 

 ミツルギは悔しそうな顔を一瞬見せたが、すぐにまたいつもの笑顔を浮かべ、

 

「まさか君に妹が四人もいるなんてね」

「だから違うっつってんだろ」

 

 スパン、と頭を叩いて立ち上がり、事の元凶を睨む。

 

「めぐみんあとで罰ゲーム」

「なぜにっ!?」

「これ決闘。援護ヨクナイ」

「勝てば官軍とか言ってた人のセリフとは思えないなぁ……」

 

 クリスの突っ込みを華麗にスルーし、決闘の結果を見ていたであろう領主アルダープへと向き直る。

 

「これで満足か?」

「ああ。見事である」

 

 そう言って拍手をすると、彼につられてギャラリーも拍手をしだす。ミツルギのパーティメンバーは不服そうだが。

 しかしどうも、こうやって大勢の人に称賛されるのは背中が大変むずがゆい。 

 恥ずかしさからか視線を絶えず動かしていると、アルダープと目が合った。

 長ったらしい金髪に、立派な髭。若干肥えた顔でニヤリと笑うその顔は、どこかで見たことがあった。

 そう、あの笑み、あの嗤い方は――。

 

『ぶっ飛ばしてこい』

「バルト――?」

 

 瞬間、視界が暗転した。

 

 

 

 

 1

 

 

 

 

「いやぁ、よくやったよくやった!」

「……」

 

 バルトの声に、目を覚ます。

 観客はいない。クリスやめぐみんたちも消え、ミツルギさえも姿を消した。周りを白い空間が支配し、ケタケタと黒い靄に縁どられたバルトが嗤う。

 どうやらまた引きずり込まれたらしい。

 

「魔力を代価に概念を錬成する。魔力をそこまで持ってないお前には連発こそできないが、必殺技だ」

 

 「まあ」、とバルトは続ける。

 

「一分未満の錬成維持で魔力枯渇するとは思わなかったがな」

「もしかしてネタ錬成なんじゃないだろうな……」

「爆裂魔法のような?」

「止めてくれバルト。その例えはオレに効く」

 

 止めてくれ。

 オレのほうが小回り効くし……。

 爆裂魔法みたいなネタじゃないし……。

 

「これからどんどん事態は動いていく。そしてお前は必ず巻き込まれるだろう。概念錬成を上手く使えよ」

「なんで分かるんだよ。オレが回避するとは思わないのか?」

「そうなるように仕組んでるからな。逃れられん」

 

 なんてことを……。

 と、オレはそこで意識を失う前に思った疑問をバルトにぶつけてみた。

 

「お前、領主のアルダープに化けてたろ」

「ほー……。なんで分かる?」

「嗤い方が似てた」

 

 オレがそう言うと、バルトは分かり難いが手を顎に添えて「ふうむ」と唸った。

 

「正確には化けてる訳ではない」

「は?」

「奴の立場は便利なのでな。少し仕組んで奪わせてもらった(・・・・・・・・)

 

 奪う? 立場をか?

 オレが首を傾げていると、白い影は嗤う。

 

「いやいや、身体のことだ。ああ、あと記憶もな。なにせ、すり替わっても私は奴の過去を知らないからな……」

「……ちょっと待て、じゃあ肉体やらを奪われた本物のアルダープはどうなったんだよ。生きてるのか?」

「死んだよ」

 

 あっけらかんとバルトは言った。死んだと。

 オレは少し立ち竦み、言葉を発した。

 

「死んだ……?」

「奴はやり過ぎた。神器を使って悪魔を使役し、多くの人間を踏みつけた。偶然拾った神器の力を己の力と思い込み、増長し、思いあがった(・・・・・・)。故に、罰を与えたのだよ」

「肉体を奪われたアルダープの魂はどうなったんだ?」

向こう側(・・・・)だ。永遠にな」

 

 白い影は宙に浮かぶレリーフのような扉を指さす。

 この向こう側にアルダープの魂があるのか?

 

「いいや。その先には真理があるだけだ。見たいなら、通行料を払え……と言いたいところだがお前がこの扉(・・・)を潜るには代価が足りない。諦めろ」

「また等価交換か……。まあいい、アルダープのことは奴の自業自得と割り切る」

「そうしろ。……ああ、それと概念錬成だがな。悪用はするなよ? すれば、今度こそ私はお前を裁かなければならない」

「しねーよ」

 

 意識が段々と後ろへと引っ張られ始める。完全に意識が消える前に、オレは疑問に思ったことを呟いた。

 

「――今度こそって」

 

 

 

 

 2

 

 

 

 

 目が覚めると、見覚えのある木の天井が目に入った。

 そのまま目線を横に流すと、見慣れた自室の風景が広がる。

 どうやら、いつの間にやら部屋に戻ってきたらしい。

 

「あ、起きた?」

「……クリス」

「そ。まだ寝てたほうがいいよ」

「……ああ。すごい怠い……」

「魔力枯渇。ガス欠状態だからね」

 

 めぐみんはこんな気分を毎日味わってるわけか。まるでGW明けの新社会人のような気分だっていうのに、彼女は次の日には爆裂をかましている。爆裂愛半端ないな……。

 気怠いながらも左手を持ち上げボーっと見つめる。

 

「魔力でグラムを錬成したんでしょ?」

「ああ……。上手くいくとは思ってなかったけど、やれたよ」

「倒れた時まるでめぐみんみたいだったよ」

「それを言うな……」

 

 張りのない声で突っ込みを入れる。

 クリスは軽く笑って、

 

「ゆんゆんが”めぐ”って言いかけてたし」

 

 と続けた。

 そんなに魔力枯渇しためぐみんと同じモーションで倒れたのか、オレは。ちょっと見てみたいぞ。

 

「それにしても凄いね。魔力で錬成するなんて」

「バルトが出来るって教えてくれたんだよ。オレもやるまでは半信半疑だった」

 

 オレがそう言うと、クリスは神妙な顔で、「……あの部屋に行ったの?」と聞いてきた。

 

「……バルトがオレを引っ張り込んだらしい」

「……そっか。なにも、なかったんだね」

 

 クリスの言葉に、オレは少し間を置いた。

 アルダープのことを思い出しながら、肯定する。

 

「ああ。オレは(・・・)、大丈夫だよ。なんともない」

「……なら、よかった」

 

 それっきり、オレたちの間に会話はなかった。

 天井を見つめながら時が経つ。一分、二分……。凄く……気まずい。

 オレのことを気遣ってくれているのか、クリスは何も言わない。

 ポーカーフェイスを装いつつ、オレは会話のネタを記憶に求めた。

 

「あー……、みんなは?」

「えっ? ああ、みんな宿に戻ったよ」

 

 「あっ」、とクリスは思い出したように言い、

 

「ダクネスが何か話したがってたかな」

「またか……」

「また?」

「こっちの話」

 

 怠いながらも手を振って遮る。他人のプライベートな話題をホイホイ人に話すほど趣味は悪くないつもりだからな。

 そんなオレを見てクリスは微笑むと、

 

「ねえ、エド」

「ん?」

「ダクネスと……ううん、みんなとずっと仲間でいてあげてね」

「爆裂魔法で吹っ飛ばされたり、後ろから刺されたり、ドM行為に巻き添え喰らったりしない限り大丈夫だ」

 

 軽くそう返す。

 それから左手をクリスに向けて、

 

「これからも頼りにしてるぜ」

 

 と伝えた。

 クリスは一瞬きょとんとすると、照れくさそうに頬の傷跡を掻き、

 

「……うん。こちらこそ」

 

 とオレの手を握り返した。

 

 

 

 

 3

 

 

 

 

 クリスが帰り、部屋で一人きりになったオレは何かをするわけでもなく、ただボーっとしていた。

 すると、カツンと部屋の窓に何かが当たった。

 

「なんだ?」

 

 窓を注視しつつしばらく待っていると、またカツン、と音が鳴る。

 窓へと近づき、開けて外を見渡してみると――。

 

「起きましたか、エド」

「起きてたよ……。なにしてんだよ」

 

 いつものマントに眼帯、とんがり帽子――ではなく、パーティー用の黒のドレスに身を包んだめぐみんがそこにいた。

 オレの顔を見ると振りかざしてた木の棒を地面に捨てて手を挙げる。

 

「ちょっと出てこれませんか? 話があるんです」

 

 ブルータス、じゃなくてめぐみん、お前もか。

 

「わかった。すぐに行く」

 

 めぐみんにそう伝えてオレは部屋に向き直る。

 ズボンに足を通してブーツを履き、黒のジャケットを着、赤のロングコートを手に持ってオレは窓から飛び降りた。

 

「よっと」

「窓から降りてくるのは予想外でした」

「こっちの方が早いからな」

 

 「で?」とオレは促す。

 

「まあまあ、ここではなんですし……外壁の監視塔まで行きませんか?」

「近いから良いけど……どうしてそこなんだ?」

「ふふん。着いてからのお楽しみですよ」

「そうかい……」

 

 なんでドレス姿のままなのかはあえて聞かないでおこう。

 脱げなかったとかそんな感じか?

 慣れないヒールで歩きづらそうにしているめぐみんに連れられて、オレは外壁の監視塔へと移動した。

 監視塔とは言ってもほぼお飾のような場所だ。

 元々アクセルの街は魔王城から最も遠く、周囲のモンスターも弱い。夜間に活動するモンスターも少ないため、街の警備は門を守る衛兵のみで、この監視塔は殆ど使用されていなかった。

 

「――って聞いてたけど、その割には埃っぽくないな」

 

 近くの木箱を指でなぞってそう呟く。

 

「使われてないのは夜間に限っての話なのでは?」

「ありえる」

 

 埃が積もってないことを確認して、木箱に腰掛ける。

 視線の先には夜空と月をバックにしためぐみんがいる。

 

「それで、どうした?」

「今日……いえ、もう昨日ですか。パーティーでしたよね? ドレスを着て、みんなとご飯を食べて……」

「決闘して」

「それは貴方だけです」

 

 「まあな」、と軽く笑う。

 

「もう一つ、個人的にやりたいことがあったのです」

「?」

 

 そう言って、ほんのり頬を紅く染めためぐみんが手をオレに向かって差し出す。

 

「……あの、ジッと見られると恥ずかしいのですが」

「……悪い」

「もうっ、ダンスですよ! ダンス!」

 

 ダンスというとあれか。

 舞踏会的な。

 

「やはりパーティーの締めはダンスだと思いませんか?」

「つってもオレ踊ったことなんてないぞ」

 

 昔本で一連の流れのようなものを見た記憶はあるけれど、実践したことはない。

 興味本位で見た本だったし、何よりダンスを披露する場所になんて縁がなかったからだ。

 ……相手がいなかったからではない。断じて。

 

「それは私も同じですよ。出来る出来ないじゃありません。やることに意味があるのです」

「名言だな」

「茶化さないでください」

 

 めぐみんに手を引かれ、立ち上がる。

 少し恥ずかしい気に襲われつつも、記憶の中から本のページを思い出した。

 左手でめぐみんの右手を持ち、右手を彼女の背中に回して引き寄せる。

 

「わっ、わっ! ちょ、ちょっと待ってくだしあっ!」

「踊るんだろ? これくらい普通だ」

「わ、私の方から誘っておいてなんですが……これはかなり……キますね……」

「……オレもだ」

 

 なにせ女性とダンスを踊るなんて初めてだからな。

 最後に女性と踊ったのなんて小学生の盆踊りだ。

 

「その割にはずいぶんと慣れてるようじゃありませんか。誰かと踊ったことが?」

「なに拗ねてるんだよ」

 

 「拗ねてませんよ」、と顔を背けるめぐみんを引いて踊り始める。

 前にステップ、横にステップ、後ろにステップ……。

 

「心を無にしてるだけだ」

「それはそれでどうかと思うのですが……」

「そら、ターンだ!」

「ちょ、わあぁっ!?」

 

 オレは笑いながらめぐみんを抱えて一回、二回と回る。

 

「ヒールが脱げちゃいましたよっ!? 聞いてますか!?」

 

 聞いてなーい。

 回り終わったオレはそのままめぐみんを木箱に座らせる。

 

「楽しかったか?」

「私の想像していたダンスとはかなり違っていましたが……まあ、悪くはなかったです」

「そりゃよかった」

「……エド」

「ん?」

 

 若干肩で息をしていたオレは壁にもたれつつ、めぐみんへと視線を向けた。

 

「貴方はそのままの貴方でいてください。いつだって誰かの助けになってて、いつだって誰かのために戦っている、正義の味方でいてください」

「正義の味方って……そんなガラじゃないよ」

「正義の味方ですよ。少なくとも私にとっては貴方はヒーローです。……憶えてますか、アーネスが私たちの馬車を襲った時のこと」

 

 あー……確かめぐみんたちを初めて会った時だ。

 馬車がゴブリンに襲われてるってことで助けにったら悪魔のアーネスがいたんだっけか。

 

「あの時から、私は……」

「私は?」

「……いえ、なんでもありません。さ、帰りましょう。夜も明けてきましたしね」

「……そうだな」

 

 どうも釈然としないが、他ならぬ彼女がなんでもないと言うのだ。オレはそれを尊重する。

 ヒールを拾ってめぐみんの足元に揃えて置き、オレは監視塔の出口を目指す。

 ……のだが、どうもめぐみんが動く気配がない。

 

「どうした?」

「……かかとが痛いです」

「そりゃヒールだからな」

「おんぶしてください」

「お前な……」

 

 しょうがない、とオレは近づいて腰を下ろす。

 軽い衝撃と共に、仄かな暖かさが背中に伝わる。

 立ち上がって監視塔の出口に伝わる階段を下りつつ、オレはさっきの答えをめぐみんに伝えた。

 

「正義の味方かは分からないけど、オレはオレのままだよ。多分、これからも」

「……」

「めぐみん?」

「――くぅ……」

「寝てやがる……」

 

 まったく、と悪態を吐く。

 だけども、なぜだか、顔には笑みが浮かんだ。

 

 

 

 




next epilogue

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