この馬鹿みたいな転生に悪態を   作:変態転生土方

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Yo homo still alive?


この転生者に二つ名を

 

 目が覚めたら自室だった。

 しかも昨日のことをほとんど覚えていない。

 昼にギルドに集合するのは覚えているけど、そのあと何があったかがさっぱりだ。

 頭を捻りながらも、ベッドから降りて着替えようとする。が、そもそも服を着たままだった。

 コートは近くの椅子に掛けてあったものの、ジャケットとズボンは着たまま。さらにはちょっと焦げ臭い。

 みんなでご飯を食べた後になにがあったんだ?

 まあ、焦げ臭いところを除けば特に異常はないし、大丈夫だろう。

 下に降りて朝ご飯を食べ、ギルドに顔出してクエストの確認、消耗品の補充、昼までにやれることはたくさんある。予定を組み立てながら部屋のドアを開けると、ちょうどノックの姿勢で立っているクリスと目が合った。

 

「あ、おはよう」

「おはよう」

 

 微妙な空気が間を通る。

 若干のいたたまれなさを味わったオレは堪らず話題を切り出した。

 

「どうしたんだよ、朝っぱらから」

「先輩……アクア先輩に治療してもらったでしょ? その、早めにお礼しておいた方がいいよってアドバイスしに来たの」

「早めにって言われてもな……。女神の好みなんてわからないぜ? 無難に菓子折りとか?」

「アクア先輩の好きなものは……。うーん、現金?」

 

 金を好む女神ってどうなんだ。

 助けてくれてどうもありがとうございます! こちら十万エリスとなっております。安い! その十倍持ってこいや! とか言われそう。

 普段なら無難に菓子折り、酒、金一封とかその辺だが、今ここに女神アクアの後輩がいるのだ。とりあえず、贈り物は女神アクアの生態、もとい趣味や好みを訊き、そこから考えればいいだろう。

 

「クリス、飯は?」

「まだだよ」

「じゃあ下で話しながら食おうぜ」

 

 「エドの奢りね」なんて返してくる彼女に適当に答えつつも階段を下り、宿屋のおばちゃんに挨拶をする。

 

「おはよう、婆ちゃん」

「起きたのかい、寝坊助。美人に起こしてもらえて寝起きも良いと見えるねえ」

「自力で起きたよ。朝食は軽めで」

 

 「はいよ」と力強い返事を耳に、近くのテーブルに座る。

 対面の席に座ったクリスに、「で」と話を再開した。

 

「アクアってなにが好きなんだ、金以外で」

「……ポ、ポテトチップス?」

 

 オレの中の女神像がどんどん崩れていくぞ。もっともバルトと遭遇した時点で神像なんざ跡形もなく崩れ去っているが。

 

「ポテトチップスなんてねえぞ……。やっぱ無難にお酒とかかなあ」

「それもあんまりお勧めできないんだけど」

「と、言うと?」

「アクア先輩は水の女神。水を浄化する能力を持ってるんだ。だけど本人は能力を制御しきれてないみたいで……。触れただけで泥水だろうとお酒だろうと真水にしちゃうの」

 

 金が好き、ポテトチップスが好き、能力制御できず。オレの中の女神アクア株が大暴落中だ。

 でも触れれば真水に戻すってことは直接触れなければ問題ないわけだ。

 つまりコップや器に入れて飲む酒もあながち間違っている選択とも言い難い。

 神様と言えば酒というイメージもあるし、やはり酒が有力か。

 

「はいよ、お待ち!」

 

 両手に一枚ずつ、前腕と上腕で一枚づつ挟んで料理を運んでくる婆ちゃんは、やはり歴戦の女将だと実感させられる。

 目の前に置かれたパン二枚と、目玉焼きにベーコン、ソーセージ。目覚ましコーヒーも付いている。まさしく理想の朝食と言えるそれに、オレは思わず喉を鳴らした。

 

「いただきます」

「いっただきまーす」

 

 コーヒーに口を付け、パンを頬張るクリスに先ほどの結論を伝える。

 

「まあ、エドがそう決めたんならあたしから言うことはないよ。いつ買いに行くの?」

「これからかな。昼まで時間あるし、買って贈ったら丁度いい時間になると思うんだ」

「そっか。それがいいと思うな。アクア先輩なら挨拶遅れが一日二日でも容赦なく嫌味を言ってくると思うから……」

 

 そう言ってクリスは「ハハハ……」と力なく笑った。悲哀が漂っている。どうやらかなり苦労させられているようだ。

 そんなことを思いながら、オレはコーヒーカップを置いた。

 

 

 

 1

 

 

 

「いいのよ、お礼なんて」

 

 時は昼時。太陽が真上に輝く時間帯。

 オレは城壁の補強作業の休憩中に申し訳なさを感じながらも、アクアに向かってクリス助言の元買った酒瓶を差し出していた。そんなオレにアクアはさっきの言葉を投げかけたのだ。

 てっきり嫌味の一つでも言われるのかと覚悟していたが、拍子抜けだ。案外いい人ならぬ、いい神様なんじゃないか? とクリスに視線を送る。

 

「頭、大丈夫ですか」

「開口一番に挑発なんてやるじゃない。喧嘩なら買うわ――じゃなかった。頭は平気ですことよ。おほほ……」

 

 まるで未知の生物と遭遇したような顔をしたクリスに内心ビビりながらも、変に芝居掛かったセリフを吐くアクアに向けて口を開いた。

 

「傷を治してくれたお礼なんだ。どうしても受け取れないか?」

 

 すると、後ろで水を飲んでいたカズマが額の汗を手拭いで拭い、爽やかな顔で言う。

 

「俺たちは人として当然のことをしたまで、ですよ。ハハハ」

 

 なぜだろう、すごく胡散臭い。

 恩人に対して失礼なんだろうけど、ものすごく胡散臭い。

 オレとクリスが不穏な空気を感じ取っていると、カズマが続けて言った。

 

「そうっすね。こういうのはどうです? 俺たちが困ってる時に助けてくれる、っていうのは」

「そんなことでいいのか?」

「もちろん!」

 

 じゃあそれで――。とオレが言おうとした時、クリスがチョイチョイ、とコートの端を引っ張った。

 

「いいの? そんな安請け合いして」

 

 などと耳打ちしてくる。

 とは言っても、こちらとしては安請け合いする以外の選択肢がないわけだが。

 これでも飲んでろ! とか言って酒瓶殴打するわけにはいかないのだ。

 しかし、クリスの言うこともわかる。

 ハハハ、と爽やかに笑うカズマの頭から角が生えているように見えてしまう。ここで頷けば間違いなく厄介なことになると第六感が告げていた。

 いや、逆に考えるんだ。これで理由なしにアクアを助けることができる、と。

 オレは警報を鳴らす第六感を蹴っ飛ばし、カズマに向けて手を差し出す。

 

「じゃあ、なにかあったら言ってくれ」

「はい!」

 

 手を取るカズマは相も変わらず微笑んでいる。

 なぜだか背中から悪魔のような羽が生えているように見えてしまうが気のせいだろう。そうに決まっている。疲れているんだ。

 「どうなっても知らないからね」と後ろで小さくごちるクリスに、オレは選択肢を間違えたかもしれないと、背中に冷汗を流した。

 

「じゃあ私たちは仕事があるから失礼するわ」

「ああ、頑張ってな」

「お酒もありがたく飲ませてもらいます!」

「あ、それも持ってくんだ」

 

 別に良いんだけれども。なんかこう、しこりが残る。

 ハハハ、ウフフ、と笑いながら去っていく二人を見届けて、オレは改めて変顔を披露しているクリスを見た。

 何度見てもすごい顔だ。この世界にカメラがあったら激写しているレベル。

 

「ありえない。絶対に先輩たち、なにか企んでるよ」

「……勘ぐり過ぎじゃないか?」

「……もしかして初めての肉体労働で頭がパーに」

「お前意外と毒舌だよな」

 

 オレの言葉にハッとしたクリスは頬を赤く染めつつも咳ばらいを一つ。仕切り直す。

 

「とにかく! 気を付けてね、エド。なにかを企んでるのは間違いないから」

「まあ、だろうな。企んでるって言っても、冒険の手伝いとか、お金を貸してくれとか、そんなところなんじゃないか? そんなあからさまに警戒することでもないだろ」

 

 なんて強がってみたが、背中の冷汗は消えない。

 不安は尽きないが、これ以上ここで悩んでいても仕方がない。集合の時間もあるし、ギルドに向かわなければ。

 「知らないからね?」と念を押すクリスを背後に、オレは城壁を後にした。

 

 

 

 2

 

 

 

 ドレスショップにて、オレは圧倒されていた。

 色とりどりのドレスが壁やらハンガーやらに掛けられていてる。

 飾られている店は広く、それなりの人で賑わっていた。

 なんでこんなに人がいるんだよ。ここ(アクセル)、駆け出し冒険者の街だろ。冒険にドレスは必要ないと思うんだけどな。

 

「なにを言う、エドワード。ドレスは女の戦闘着と言うだろう?」

 

 ダクネスの言葉にオレは「あれを着て戦うのか?」と試着室から出てきためぐみんを指さす。

 黒のロングテールドレスに、腰に付いた一輪の白い花。真珠のネックレスを首から下げた彼女は眼帯といつもの帽子を外していて、ヒールに慣れなさを醸し出しながらこちらへと向かってきていた。

 

「どうでしょうか」

「うん、似合っているぞめぐみん。素材が良いからだ。なあエドワード」

「……戦えそうだな」

「……エド。貴方は一度ゆっくり休むべきです」

 

 マジトーンで心配されてしまった。

 先ほどのダクネスとのやり取りを説明していると、今度はゆんゆんが着替え終わったのかやってきた。

 めぐみんと同じく黒色で、ボリュームドレスのワンピースタイプ。普段着と同じように胸元を強調する服で、全体的に発育が良い彼女が着ると非常に様になる。これで十三歳なのだから驚きだ。

 いつもお下げにしている髪の毛を後ろに流しているのも相まって、どこぞのお嬢様に見える。

 

「ど、どうですか?」

「うむ。まるでお嬢様だ。なあエドワード」

「ん? ああ、そうだな」

「……ゆんゆん。私は前から貴方に言いたいことがあるのですが」

 

 どこか影が漂うめぐみんが小さく呟く。ゆんゆんははてなマークを頭上に浮かべて首を傾げた。

 

「なんですかその胸は! 自慢ですか! 当てつけですか! これ見よがしに強調するなんて喧嘩を売ってるんですか! いいでしょう、買ってやりますよ!」

「いたっ、痛い! 自分が成長しないからって私に当たらないでよ!」

「なんとお!」

 

 そう言ってめぐみんはゆんゆんの胸を右に左にとビンタする。

 魔法を撃ちあう前に止めに入らなきゃなー、なんて思っていると、二人の間を着替え終わったクリスが裂く。

 

「はいはーい、そこまで! 二人とも他のお客さんの迷惑だよ?」

 

 髪の色と同じ白色のオーガンジードレスを身に着け、イヤリングを垂らしたクリスはオレの視線に気づいたのか、軽く笑みを浮かべるとスカートの裾を握って「どう?」と訊いてくる。

 

「……似合ってるよ」

「ありがと!」

 

 どうも、こういうのは慣れていないから照れくさい。

 そっぽ向きつつ、そう思う。

 

「よし、じゃあ後はエドワードのスーツだけだな! 私が着付けを手伝ってやろう!」

「子供じゃないんだから、スーツくらい一人で着れるよ」

「ほう、ではネクタイも一人で結べるのか?」

 

 ……。

 

「それはお願いする」

「任せておけ」

「いってらっしゃーい」

 

 三人に見送られ、オレはスーツを片手に更衣室へと向かう。

 カーテンを開けて中に入ると、カーテンに影ができる。背丈や髪形を見るに、ダクネスのようだった。

 どうやら着替え終わるまでそこにいるつもりらしい。

 

「エドワード」

「んー?」

「その、こんなことを訊くのは拙いのではと思っているんだが……」

 

 シャツに腕を通し、ボタンを閉じながら歯切れの悪いダクネスの言葉を待つ。

 オレとダクネスを区切る布に映る影が右に左にと揺れ、「うーん」だの「その」だとと呻いていた。

 訊きたいことの見当は大体ついている。

 オレはため息一つ、意を決して右手を持ち上げ、重い音を上げつつ訊く。

 

「これのことだろ?」

「あ、ああ……、そうだ。腕に鎧を着けているわけじゃないんだろう? 鉄の腕、とでも言えばいいのか……」

「……めぐみんやゆんゆんは? 見たのか、これ(・・)

 

 更衣室のライトに当てられて黒光りする機械腕を見つつダクネスに問うと、すぐさま「いや」と返答が返ってくる。

 異常を察知したダクネスが気を利かせて見せないようにしてくれたのか、クリスが咄嗟に隠したがダクネスには見えていたのかは判断できないが、何にせよ紅魔の二人に知られていないこと、これが重要だ。

 

「それでその……。良ければ教えてくれないか? どうしてそうなったのかを」

「なんでまた」

「仲間だから、かな……。知りたいんだ、お前のことを」

 

 あらやだ甘酸っぱい。

 そんなことを言われると、こっちまで気恥ずかしくなる。

 少し乱れた心を落ち着かせつつ、オレは返答を考えた。

 1、神様がくれたんだ。いくらファンタジー世界でもこれはない。頭がおかしいと思われるので没。

 2、自作しました。そもそもなんで腕がなくなったんだって話よ。没。

 3、全部悪魔のせいにする。これ……か? だがいそうでいなさそうな悪魔と言えばなんだろうか? ここは夢と魔法の世界。悪魔が存在することは確定というか実物を見たし、前の世界でいたとされる悪魔たちは軒並み存在すると考えていいだろう。ペルフェゴールとかサタンとかいそうだ。

 ならばここは”悪魔にやられた”ということだけを伝えればいいんじゃないか? 最悪、名前を訊かれそうだが、適当に答えればいいだろう。ぽっと出た名前の悪魔が実在する可能性なんて無いに等しいだろうし。

 

「……悪魔にやられたんだ」

「……そうか、やはり悪魔に……。その悪魔の名前は? 知ってるのか?」

「ああ、ベルディアとか言ってた」

 

 ウソだけどな。

 ジャケットに腕を通し終わり、ボタンを閉めつつシレっと言う。

 もしもベルディアさんが実在したら……、いや、いるわけないか。なんてったって、前の世界でのオレのゲームのキャラ名だ。被るなんてそうそうない。

 オレはネクタイを片手にカーテンを開け、ダクネスにそれを渡す。

 

「任せてくれ、エドワード。ネクタイもそのベルディアも、私がキュッと〆てやろう」

「オレのネクタイをキュッとやるのはやめろ。死んでしまう」

 

 

 

 3

 

 

 

 衣装合わせをした翌日、パーティの前日にオレは領主であるアレクセイ・バーネス・アルダープに会いに来ていた。

 理由は簡単で、特別褒賞の授与を先に行ってしまいたいという領主側の要求に、オレがYESと答えたからだ。

 明日のパーティはただ単純に飲み食いするだけのパーティにしたいらしい。確かにみんなでどんちゃん騒いでいる途中に授与なんて興ざめもいいところだし、断る理由もなかった。

 が……。

 

「なーんで執務中なのかね……」

「大変申し訳ございません。急な書類が舞い込んできまして……」

 

 そう言って頭を深く下げる初老の執事に少し罪悪感を覚え、オレは手で気にしないでとアピールする。

 場所は応接間。敷かれたカーペットはブーツ越しでも上質なものだと分かるくらいフカフカで、壁には高価そうな絵画が何枚も飾られている。

 天井にはシャンデリア、テーブルは年季の入ったアンティーク。置かれたカップは繊細で豪華な装飾付き。

 これだけでアルダープという人間の一部が見て取れる。

 紅茶を啜りつつ、三枚目になるクッキーを齧った。

 

「ああ、そういえば」

「ん?」

「アルダープ様は屋敷の中を自由に見て回っても構わないと仰っておりました。屋敷中に絵画や骨董品があります故」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

「はい。アルダープ様の執務が終わり次第、お迎えに上がります」

 

 付いてくるわけじゃないのか。

 また深々と頭を下げる執事に妙な違和感を覚えつつ、オレは立ち上がり部屋の出口を目指した。

 

 

 

 4

 

 

 

 確かにあの執事の言う通り屋敷のあちこちに絵画や高そうな壺、小さい銀の像、金のかかっていそうなものが壁に、サイドテーブルに置かれていた。

 これだけ内装に凝っているのだから、窓までとは言わないがドアも凝っている。

 あるドアにはどこかの漫画で見たゴールドライオンのドアノッカーが付いていたり、宝石で彩っていたり……様々だ。

 そんな中で、オレは気になるドアを見つけた。

 装飾も何もされていない、普通の木のドア。

 その珍しさに惹かれ、オレは許可もなしにその部屋へ足を踏み入れていた。

 中は普通の応接間……。オレがさっきまでいた部屋と、何ら変わらない内装、だが……どこか引っかかる。

 それは丁度部屋の奥に置かれている机だ。書類整理するにはよさげな大きさのそれは、この部屋に合っていなかった。

 豪勢な内装なのにそれだけが普通の木製だったからだ。何の変哲もない、ただの机。触ってみた感触も、別段特別なものではない。

 それに、机には何も入っていない。引き出しを全部開けてみても、空っぽだ。

 と、なると……。

 

「よいしょ、っと」

 

 オレは机を横に押して退かし、下に引かれていたカーペットの一部を引っぺがす。特に固定はされてないようで、あっさりとフローリングの床を晒しだした。

 

「ビンゴ」

 

 床の一部に走った線は大人一人が通れそうな四角を描いている。埋め込み式の取っ手を持ち上げてみれば、地下へと続く梯子が目に入った。

 怒られるかもしれないけど、こういうのを見て我慢できる男の子はいないよなあ……。

 ごめん、アルダープさんよ。

 オレは軽く謝りつつも、梯子に足を掛けた。

 

 

 

 5

 

 

 

「火、付けっぱかよ。危ないなあ」

 

 梯子を降り終われば、そこは小さな四角い小部屋だった。

 四隅に蝋燭、壁際に本が沢山積まれた机、そして部屋の中心には……魔法陣。

 

「悪魔召喚の儀式場か、ここは? 処女を生贄に悪魔を呼び出す……んだっけか、確か」

 

 昔に読んだ胡散臭い黒魔術の書にそんなことが書いてあったのを思い出すが、この白のチョークで描かれたそれは、少し違った。と、いうより最近見たことがある。

 オレは懐から皮手帳を取り出し、慎重にページを捲る。人体図、材料のページを飛ばすと、二ページ消費して描かれた”錬成陣”が目に留まった。

 これだ。

 

「ところどころ抜けてるけど……これだな」

 

 見比べてみる。間違いない。

 オレはチョークを取り、抜けている部分、掠れている部分を手帳を見ながら修正していく。

 作業したのは十分くらいか。

 あっという間に錬成陣が完成した。

 というかやばいか、これ。悪用されたら拙いような気もする……が。

 いや、問題ないだろう。領主がそんなことをするとは思えないし、大丈夫だ。

 そもそも、錬金術が浸透していないこの世界で誰が錬成陣を使うというのか。

 オレは四隅の蝋燭の火を消し、梯子を昇る。地下への入り口を閉め、カーペットを戻し、机を元の位置へと戻し終わると、オレは部屋を出るべくドアの取っ手に手を掛けた。

 

「ヒュー、ヒュー」

 

 後ろから聞こえてきた喘息のような音に振り向く。

 何もいないところから察するに、隙間風のようだ。

 

「豪華に見えて、細かいところはだらしないな……」

 

 オレは一人ごちてドアを開けた。

 

 

 

 6

 

 

 

「フン、待たせたな」

 

 小一時間待たせた挙句最初に出てくるのが鼻笑いとはいい度胸だ。その溜まりに溜まった腹の中性脂肪を油にジンギスカンを焼いてやる。

 

「お仕事が忙しいようで」

 

 本音を隠しニッコリと建前を喋る。

 そんなオレにもう一つ鼻笑いをした領主アルダープは手元の紙を一枚取り上げ、チラリとオレの方を見ると。

 

「あー、冒険者エドワード・ゴンザレス。普段の功績と上級悪魔討伐を称え、王国第一王女で在らせられるアイリス様より銀時計が贈られる。謹んで受け取れ」

 

 銀時計か……。もう一つ持ってるんだよな。

 母さんの写真が入った銀時計がズボンのポケットに……。

 ってあれ?

 右のポケットに手を突っ込み、左のポケットに手を突っ込みひっくり返すも時計はない。ケツポケット、内ポケットも同じだ。

 お、落とした……? マジで?

 

「なにをしておるのだ。間抜けな」

 

 やかましい。

 オレがショックで若干落ち込んでいると、アルダープは早く受け取りに来いとばかりに机を叩く。

 しょうがない。宿に戻ってから探しに出るとしよう。

 とりあえずは、王女様からのありがたい時計を貰っておこう。

 歩を進め、銀時計が入っているであろう黒いケースを受け取って開く。

 これは……六芒星か? 中心には六枚の花弁が彫られてるけど、王族の紋章かなにかか?

 謎は尽きないけど、いいデザインだ。オレはそのまま蓋を開けて中を見ようとする。

 すると、開いた隙間からなにやら一枚の紙がすり落ちた。それは写真で、一人の女性が映っている。これ……母さんです……。

 

「ってこれオレのじゃねえか!」

 

 蓋の裏に”忘れるな”って彫ってあるし!

 

「やかましいぞ。……ああ、それと。王族専属の占い師からお前に手紙がある。これも受け取れ」

 

 もう大体元凶は思いついてるが、一応受け取って開く。

 

【こんにちは、バルトです】

 

 やっぱりかー……。すげえな神様、王国にバッチリ潜入してるじゃん。

 

【銀時計スッたのは私です。具体的にはお前に右ストレート貰った時にスッた】

 

 クリスがエリスだって打ち明けられたあの時か……。全然気づかなかったぞ。

 

【なぜスッたか? 思い出したんだよエドワード。お前の与えた銀時計、なにも彫られてない普通の銀時計だったとね。これはいけない。なのでスッて彫って返します。それを使って”オレはこういうモンですけど”とか言ってチラッと見せて王族関係者!? みたいな展開をさぁ!】

 

 ビリビリビリ~。真っ二つ。重ねて更にビリビリビリ~。マッチを奪って着火する。

 アイツ、どこぞの暗殺者に始末されないかな。

 ドン引きしているアルダープに、オレは「で?」と問う。

 気分は最悪だ、とっとと帰って寝てしまいたい。

 

「あ、ああ……。んんッ! 姫様より二つ名を頂戴している。心して聞け」

 

 すごく嫌な予感がする。

 バルトは王族関係者に密接した位置に潜入している。

 バルトが彫った銀時計を王女が送ってきたってことはバルトが王女の話し相手、もとい意見できる立場なのは間違いない。さっきも”王族専属占い師”とかアルダープが言ってたしな。

 そして王女がオレに二つ名を与えると言っている。

 これらから導き出される二つ名は……。

 

「与えられる二つ名は”鋼”! お前は今日から”鋼の錬金術師”だ!」

 

 ……重くないか、その称号(なまえ)

 続けてなにかを言っているアルダープを他所に、オレは一人、魂が抜け落ちたかのように立ちすくんでいた。

 

 

 




お気に入りが千を超えたらミニストーリーぶち込んでやるぜ。
1、このチョロ娘に学習を(主人公視点)
2、この錬金術師に休日を(めぐみん視点)

この二つから選んでね!

そして一応アルダープくんはここで退場となります。
退場する経緯を一応書いたのですが、見たい人はいるかな?

いるなら後書きにでも追加するゾ

それではまた次回

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