この馬鹿みたいな転生に悪態を   作:変態転生土方

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一か月の休みは伊達じゃないってはっきりわかんだね


このパーティに仕事を(下)

 

「さあ出てこい悪魔め! 女神エリスの名のもとに、ぶっ殺す!」

 

 そう吠えるダクネスを先頭に、オレたちは鬱蒼とした森の中を進んでいた。

 エリスは元の盗賊の姿…クリスに戻っていて、敵感知のスキルを使いながら周囲に気を配っていた。

 クリスとエリス。活発とお淑やか。同一人物だとは未だに信じがたい。

 

「むっ…」

 

 と、ダクネスが止まり、腰に携えた大剣に手を掛ける。

 前方の茂みに何かいるらしい。

 ゆんゆんはワンドを構え、クリスは短刀を引き抜く。オレも右手にパタを錬成した。

 

「感知に引っかからなかったから雑魚モンスターだと思うけど…」

 

 と、クリスが言う。

 オレは落ちていた石ころを適当に拾って、前方の茂みに向かって投げ込む。

 すると、「きゅーっ!」などと泣きながら一匹の白い影が飛び出してきた。

 

「か、可愛い…!!」

 

 力の入った声でゆんゆんが言う。

 飛び出してきたのは子犬ほどの大きさに、赤くつぶらな瞳、モコモコとした毛皮を持つウサギだった。

 しかしその外見に騙されることなかれ。立派なモンスターで、額には角が生えている。

 一撃ウサギ、通称ラブリーラビットだ。

 

「食料発見」

「ええっ!? か、狩るんですかっ!?」

 

 そりゃそうだろ、モンスターだし。

 それに一撃ウサギは基本的に群れで行動する。さっさと始末しないと手に負えなくなってしまう。

 オレが近づいてパタを振り下ろそうとすると、「まあまあ」とダクネスがオレの手を掴み制する。

 

「こんな可愛い生き物がモンスターなわけがないだろう? エドワード」

「そ、そうですよ! こんなに可愛いのに…。ほーら、野菜スティック食べる?」

 

 モンスターなんだけどなぁ…。

 一撃ウサギを餌付けしようしている二人にオレは困惑しつつ、後ろのクリスに視線を送る。

 

「この子一匹だけみたいだし…。いいんじゃないかな?」

「…意外と美味いんだけどな、一撃ウサギ」

 

 元の世界のジンギスカンみたいでオレは好きだ。

 そんなことを言ってみると、信じられないものを見るかのような顔をしてゆんゆんが呟く。

 

「た、食べたんですか…?」

「うん、まあ」

 

 皮を剥ぎ、ケツから口まで棒を通して丸焼きにする。これが美味いのだ。

 あわあわと野菜スティックを持ちながら震えるゆんゆんに、思い出したようにオレは告げた。

 

一撃ウサギ(そいつ)は肉食だぞ」

「「えっ」」

 

 オレの言葉に反応して、今までよたよたと可愛らしく歩いていた一撃ウサギは目をギラリと光らせ、角を突き出してダクネスを狙う!

 

「ははっ、見ろエドワード。私に飛び込んできたぞ。可愛らしいなぁ」

 

 飛び込む方を間違えたな…。

 突き出した角はダクネスのフルプレートに阻まれて無残に折れ、牙を失った一撃ウサギは為す術もなくダクネスの腕の中に納まった。

 一撃ウサギの武器は額の角だ。それが折れた以上、脅威にはなり得ないだろう。

 

「肉にするか飼うか、どっちがいいと思う?」

「うむ。私に飛び込んできたのだ、私が飼おう」

「あっ、あっ! ズルいです、私も飼いたいです!」

 

 はしゃぐゆんゆんとダクネスを他所に、抱かれながら失意の底にいる一撃ウサギに同情する。

 そりゃそうだよな…。チョロいと思って近づいたら角を折られて飼われるんだもんな…。同情するぜ。

 

「ゆんゆんも飼いたいの? じゃあ好きなの選ぶといいよ」

 

 と、クリスの声が静かに通った。

 「え?」とゆんゆんが振り向くと、草むらから顔を出す一撃ウサギ、一撃ウサギ、一撃ウサギ…。ざっと数十匹くらいだろうか。赤い瞳をギラつかせ、その角でこちらを狙っていた。

 

「え、えーっと…。こ、こんなにはいらないかなー、なんて」

 

 ゆんゆんの言葉を合図に、一撃ウサギは飛び出してきた!

 

「『ラージア・ライトニング』ッ!」

 

 しかし無残、ゆんゆんの放つ全方位の雷に焼かれてしまう。

 オレは見慣れた光景だが、飼われる予定の一撃ウサギには衝撃的過ぎたらしい。ダクネスの腕の中で震えつつ、魔王を見るかのような目でゆんゆんを見上げていた。

 大量の仲間が一瞬で焼却されればそりゃビビる。

 

「あー、びっくりした…」

「見事だ、ゆんゆん。さあて、名前を決めようか!」

「なにも今ここで決めなくてもいいじゃないの、ダクネス?」

「思い立ったが吉日と言うだろう」

 

 会話する三人を横目に、オレは黒焦げになった一撃ウサギを持ち上げた。

 ダメだな、食えないや。

 それにしても、普段は森の奥に生息しているはずの一撃ウサギがこんなところにまで出てきているとは。

 

「やっぱり例の悪魔のせいか…」

「私はラビオが良いのだが」

「えー、ウサ○ッチがいいと思うんだけど」

「と、とんすけ…」

 

 お前ら仲良いな! いいからさっさと先に行くぞ!

 

 

 

 1

 

 

 

「いないな、悪魔」

 

 一旦散開して近くを探ることにしたオレは森の中に流れる川原にいた。

 近くの石ころを蹴り上げ、大きな石に腰かける。

 まったく見つからない。

 かれこれ三十分以上探しているけど、悪魔はともかく普通のモンスターさえ遭遇しなかった。どうなっているのか。

 ちらり、と集合場所を見る。狼煙が上がっていて、既にメンバーの誰かがいる証拠だ。

 オレも移動するかな…。

 そう思って腰を上げた時だった。

 

「おーい! そこの人間!」

 

 と、遠くから声がする。

 人を人間呼ばわりとは。

 もっといい呼び方あるだろう。金髪ー、とか。そこの方ー、とか。

 そんなことを思いながら振り返ると。

 

「よう人間、ちょっといいか? 俺様はホーストってもんだが…。この辺りで真黒な巨大な魔獣を探してるんだが…。見なかったか?」

 

 悪魔が、いた。

 

 いやもうそれはそれは立派な悪魔だった。

 アーネスを基準にしていたから、もっと人型っぽいものだと思っていたが、まるで違う。

 光沢を放つ黒い肌。

 コウモリを彷彿させる大きな翼。

 オレの倍以上ある体躯に、剛腕。

 角と牙が禍々しいその姿はまさしく悪魔。

 やべえ、ラスボスとエンカウントしてしまった。

 

「イエ、ミテマセン」

 

 ここはともかく、戦闘を避けるのが上策。

 オレは顔から表情を消し、目を点にしつつ棒読みで答える。

 

「そうか…。ん? お前もしかして…。エドワードとかいうやつじゃねえだろうな?」

 

 わあお、すげえぜオレ。悪魔にまで名前が知れ渡ってるぞ。

 ははは…。はぁ。

 やるっきゃないか。

 パン、と両手を合わせて左手で右の機械腕をなぞる。

 電気が走ったのは一瞬で、コートの裾からパタの先端が顔を覗かせた。

 

「お、どうやら”当たり”みたいだな。ヘヘヘ…。アーネスから話は聞いてるぜ、面白い魔法を使うんだってな」

 

 そう言ってホーストは身体をほぐし始める。肩を回し、拳と拳を合わせるその仕草。

 超怖いんですけど。

 

「魔法じゃない。錬金術だ」

「レンキンジュツ? まあ、どうでもいいさ。アーネスを倒した力、見せてもらおうじゃねえか」

 

 靴の底で踏みつける砂利の音が遠のいていく。

 見つめるのはホーストだけだ。

 集中しろ、目を離すな、考え続けろ。

 

「行くぜ、オイ!!」

 

 ホーストの怒声と同時に、オレは両手を合わせた――!!

 

 

 

 2

 

 

 

「はぁ…っ! はぁ…っ!」

 

 冗談じゃない、なんだこいつは。

 身体能力は一級品、腕力は言わずもがな、肌の硬さなんてチートレベルだ。

 図体がデカいくせに、すばしっこい。

 今のところ致命傷は貰ってないけど、ジリ貧だ。

 

「確かにこりゃあおもしれえな」

 

 オレが大きな石ころで錬成した槍を手に持ち、ニヤニヤと笑うホースト。

 槍を中央からへし折り、「どうした? もう終わりか?」などと挑発してきた。

 クソ、人の気も知らないで…。

 パタを構え、川原を駆け抜ける。

 

「フンッ!!」

 

 振り下ろされるホーストの腕をスライディングで避けつつ、股下を通り抜けるその瞬間にパタでホーストの膝を斬りつけるが、浅い。

 すぐに態勢を立て直し、疾走。

 ホーストの振り向き裏拳を見切りつつ腕を斬りつけるが、これも浅い。皮膚は切れるものの、皮下脂肪が硬すぎて刃が通らないんだろう。

 脂肪とは言ったけど、まるで鎧だ。

 

「クソ、なんだよお前…。やってらんねーぞ…!」

「いい動きだぜ。確かエドワードだったよな? 人間にしちゃあよくやる方だ。だが、相手が悪い」

 

 「なんてったって」と言葉を続けるホーストに、オレは両手を合わせた。

 

「邪神様の片腕だからな、俺様は」

「邪神…? また神様か。ったく…!」

 

 地面に両手を宛てて石を錬金、オレの手元からストーンスパイクが生え、連なってホーストへと襲い掛かる。

 しかしホーストはそれを腕の一振りで破壊して、足に力を込めた。

 ――くる!

 急加速して突っ込んでくるホーストを右に避け、オレは首に攻撃を入れるべく態勢を立て直す。

 

「しゃらくせえ!!」

 

 ホーストはそう叫び、腕を振り上げて地面に叩きつけた!

 まるで地震だ。

 揺れに揺れる地面にオレは態勢を崩し、思わず地に手をつく。そんなオレを、影が覆った。

 あ、やべえ、死ぬ。

 

「よけてぇっ!! 『ライトニング』ッッ!!」

「どわぁっ!?」

 

 迸った雷がオレとホーストの間で炸裂し、身が投げ出される。

 一転、二転と転がり、仰向けになると、クリスが心配そうな顔で覗く。

 

「大丈夫!? エド!?」

「ケツに火が付いた」

「大丈夫そうね」

 

 「まあな」と軽口を返しながら起き上がると、ワンドを握りしめて珍しく怒り顔のゆんゆんが言う。

 

「あー…。っと…。怒ってます?」

 

 おずおずと訊くとゆんゆんはハッキリと。

 

「はい」

 

 お怒りだった。

 しかし事態が事態だ。お説教なら後で受けるとしよう。

 

「私もゆんゆんと同じ気持ちだぞ、エドワード」

「ダクネス…。ごめ――」

「なんで早く呼ばない!? 見ろ、あの邪悪そうな顔を! フフ、フフフ…! 殺し甲斐がある…っ!」

「―――こえーよ…」

 

 てかお前そんなキャラだっけ?

 「クリスもなんとか言ってくれ」と顔を向けると、クリスは笑顔で。

 

「まあまあ。悪魔は殺さないとね?」

「―――こえーよ…」

「悪魔は焼却…。悪魔は焼却…」

「なんでゆんゆんまで!?」

 

 なんだこのパーティ。悪魔に対する殺意が満ち満ちてるんだけど…。

 ホーストもクリスとダクネス、そしてなぜかゆんゆんの殺気に気付いたのか、額に汗が浮かんでいた。

 

「な、なんだお前ら…。エドワードの仲間か?」

 

 正直今のこいつらを仲間だと認めたくない。

 なんか三人から暗黒オーラが溢れてるし…。

 どっちが悪魔かと訊かれれば間違いなく三人を指さす自信がある。

 

「生者のために施しを 、死者のためには花束を、正義のために剣を持ち、悪魔共には死の制裁を」

 

 と、クリスが謳う。

 

「女神エリスの名に誓い」

 

 ダクネスが続き。

 

「「「すべての悪魔に鉄槌を!」」」

 

 なんだお前ら打ち合わせでもしたのかよ。

 ホーストに同情しつつ、オレは三人に続いて地面を蹴った。

 

 

 

 3

 

 

 

「クッソ、なんなんだお前ら! 頭おかしいじゃねえの!? 付き合ってられるか! 俺様はウォルバク様を探しに戻る!」

「空を飛ぶとは卑怯な! 降りてこい、私はまだ戦えるぞ!」

「残念だけど、手持ちのアイテム切れちゃった。マジックダガーの切れ味も落ちてきてるし…」

「私も魔力切れです…」

「酷い戦いだった…」

 

 超耐久のダクネスが攻撃を引き受け、クリスとオレで動きを制限し、ゆんゆんが上級魔法で焼く。

 ホーストも流石は上級悪魔、中々耐えていたが、鬼気迫る三人の迫力に参ったのか空を飛び、彼方へと飛んで行った。

 勝利…。で、いいのだろうか。

 

「馬鹿を言うな、狩れていないのだから勝利ではない。さあ、追うぞ!」

「嘘だろダクネス? もう夕方だぞ。追うとしても傷を癒して補給してからだ」

「むぅ…。しかしだな」

「リーダーは一応オレだろ。オレに従え」

「あ、ああ…。わかった!」

 

 なんで嬉しそうなんだよ…。だけど、段々とダクネスの扱い方がわかってきたぞ。

 ため息一つ、オレは右手を元に戻して軽くストレッチする。

 今日戦ってみた感じ四人ならばなんとかなりそう、というのがオレの感想だった。

 上手い具合に噛み合ったとでも言うべきか。

 「今度戦う時は翼を狙って逃げれなくしてやる」、と恐ろしいことを言っているダクネスを横目にオレたちはアクセルへの帰路についた。

 

 

 

 4

 

 

 

 アクセルのメインストリートから外れた裏通り、比較的外壁の近くに位置する場所に、オレが寝泊まりしている宿はある。

 木造建築の二階建てで、一階が食事処と宿主の部屋、二階に宿泊客の部屋がある。

 ゆんゆんとダクネスに悪魔の詳細をギルドに報告してもらい、オレは一人、宿へと帰ってきていた。

 階段を上り終え、すぐ正面がオレの部屋だ。

 扉を開ければ、ベッドと何も入っていない本棚に、机と椅子の一式が壁際に設置されているだけの殺風景な内装が目に入る。

 ロングコートを椅子に投げ掛け、ジャケットをベッドの上に放る。タンクトップとズボンだけの姿になったオレはベッドにダイブした。

 

「結局、致命打は入れれなかった、か…」

 

 機械腕を持ち上げ、一人ごちる。

 思い出すのはホーストとの戦いだ。オレは、足止め程度のことしかできていなかった。

 もっとも、それがパーティなのかもしれないが…。情けなさを感じずにはいられない。

 打つ手がないわけじゃない。むしろ、ある。使えば確実に大ダメージを与えられる手が。

 

「悩んでるね、エド」

「おわぁっ!?」

 

 いつの間にか開いていた窓からクリスが顔を覗かせる。

 オレは思わず飛び起きた。

 流石盗賊、気配を感じなかったぞ。

 

「これからのことを話しておこうと思って」

「これから?」

「神器のことさ」

 

 ああ、とオレは思い出したように呟く。

 回収を手伝うって約束したんだったな。

 クリスが来たってことは場所の目星が付いたってことなんだろう。

 

「所有者の名前はアレクセイ・バーネス・アルダープ。この街、アクセルの領主だね」

「領主か…。金に任せて手に入れた感じか?」

「ううん。領主になる前に偶然神器を手に入れたみたい。それから裏で悪事を働いて今の地位まで上り詰めたみたいなのさ」

 

 絵に描いたような悪徳領主だなあ。

 しかし、領主か…。どう攻めたものか。

 仮面でも被って強行突入?

 

「流石にそんなことはしないよ。とりあえず今まで通りクエストをこなしていれば大丈夫。名声を得ていけば彼の方から近づいてくるはずだよ」

「名声ね…」

「キミ、実は王都の方でも有名なんだよ? 知ってた?」

 

 駆け出しの街で美味い汁を啜ってる鬼畜冒険者ってか。

 

「違う違う、錬金術師だからさ。この世界じゃたった一人だからね。そして王都で有名ってことはお偉いさん方の耳に活躍の話が入りやすいってこと。上級悪魔なんかを討伐した日には王都の方からアルダープにキミに褒賞を与えろって話がくるはずさ」

 

 なるほど、それを狙うわけか。

 

「だけどそんな上手くいくもんか?」

「行くさ」

「根拠は?」

「女神の勘、かな?」

 

 女の勘ってやつか。

 まあ彼女は”導き”の女神だ。女神エリスのお導きに期待するとしよう。

 

「じゃ、あたしは帰るよ。あ、そうそう。ギルドが森を調査するらしくてしばらく森へは入れないみたいだよ」

「そうか」

 

 予想の範囲内だった。ホーストに与えた傷が回復されるのが癪だけども、しょうがない。

 一週間もすれば立ち入り禁止も解除されるだろうし、解除されれば冒険者による討伐隊が結成されるはず。

 それに交じってケリを着けに行けばいいだろう。

 それまでにヒートアップしたダクネスやゆんゆんが落ち着いてくれればいいんだけどな…。

 今のあいつら…特にダクネスは制止を振り切って森へ突撃しそうで怖い。

 

「あはは、大丈夫大丈夫。ダクネスはあたしが抑えておくからさ。それじゃあお休み!」

「あっ、待ってくれクリス!」

 

 窓の外から帰ろうとするクリスを引き留める。

 訊きたいことがあったんだ。

 

「ん? なあに?」

「どうしてオレがここに泊まってるって知ってたんだ?」

「ああ、ゆんゆんが教えてくれたんだよ。泊まってる場所知ってるなんて仲がいいんだね、キミたち」

 

 えっ。

 オレ誰にも言ってないんだけど…。

 

「じゃあ今度こそお休み!」

「あ、おいクリス!」

 

 窓から飛び降りたクリスを追ってオレは窓辺へと移動する。

 窓から顔を出せば、走り去っていくクリスと――。

 

 ―――ゆんゆんが、そこにいた。

 オレの顔を見ると、少しはにかんで頭を下げる。機械的に腕を振って応えると、彼女も路地の向こう側へと消えた。

 

「―――こえーよ…」

 

 オレの独り言が、閑散とした部屋にむなしく響いた。

 

 

 

 5

 

 

 

 恐怖の日から一週間後。

 いつにも増して騒がしいギルドの中に、オレはいた。

 森は所謂中級冒険者たちが狩場としているフィールドで、一週間前まではかなり美味しい狩場として人気だった。

 しかしその狩場が調査により封鎖。一時期はみんな大人しく平原で狩りをしていたものの、血の気が多い連中がジャイアントトードを狩っているだけで満足するはずもなく…。

 結果、彼らはギルドに森の封鎖の解除をしつこく迫ったのだった。そしてギルドが遂に折れ、この度めでたく討伐隊が募られることと相成った。

 腕に自信のある冒険者たちが一時的にパーティを組み、ホーストを討伐すべく準備を着々と進めている中、オレとめぐみんは窓際の定位置でサンドウィッチを頬張っていた。

 

「いいのですか、エド? 準備をせずにいて」

 

 その言葉にオレは頷いてパンを飲み込んだ。

 錬金術は魔力も使わないし体力も使わない。せいぜい傷を癒すポーション程度しか持っていくものがないのだ。

 しかも今回はオレたちのパーティだけじゃなくて数十人での討伐だ。何を多く持っていこうと言うのか。

 噂じゃ、例の魔剣勇者殿も参加するらしいし、オレの出番なんてないんじゃないか?

 

「と、思うんだけど」

「私も同感です。あれほど強い魔剣を持った人がそうそうやられるとは思えません。最後尾でのんびり付いて行って、報酬だけもらっていきましょう」

「そりゃいいな」

 

 ハハハ、と笑いあう。第三者から見れば相当屑に見えるだろうな…。

 「まあ」と話し出しためぐみんにオレは目をやった。

 

「参加する理由は報酬金だけではないのですがね。この討伐で活躍をすれば、あちこちのパーティから引っ張りだこ。きっとスカウトの嵐です」

「なるほどな。でもそれじゃあ最後尾だとダメだろ。もっと前に出て爆裂魔法ぶっ放さなけりゃ」

 

 オレの意見にめぐみんはチッチッチ、と指を振る。どうでもいいけどパン屑口についてるぞ。

 

「…取れました?」

「バッチリ」

「んんっ! 私の爆裂魔法は最終奥義、即ちパーティの危機に撃ってこそ輝くのです。開幕ブッパであっさり終わったら息巻いているほかの方々が可哀想ではないですか」

 

 つまりピンチを救いたいと。

 オレの言葉にめぐみんは残りのサンドウィッチを口に放り投げて頷く。

 

「―――ふぁふぁ。ふぉういえふぁ」

「…食うのか喋るのかどっちかにしろよ」

「…」

「食うのかよ…」

 

 そうぼやきつつ、オレもサンドウィッチを手に取る。キャベツの胡椒炒めと一撃熊のスライスステーキが具のそれは、最近のオレたちのマイブームだ。

 

「んぐ…っ。何でも有名なパーティが参加するらしいですよ。魔剣持ちとは別のパーティです」

「へー…。ますますオレたちの出番が遠のくな」

「確か名前は何と言いましたか…。タックス? ソックス?」

「セッ…」

「レックスだ!」

 

 バンッ、とテーブルが揺れる。カラの皿が宙を舞い、元の場所へと騒音を立てて落ちた。割れたらお前らが弁償だかんな。

 ちゃっかり中身が入ったコップはオレもめぐみんも手に持っていたから、大した被害はない。

 オレは視線だけを声の主へ向ける。

 大柄な男は鼻に傷跡があり、女性の方は綺麗だがやや釣り目で気が強そうだ。

 勝気な女性というのはどうも苦手だ。

 

「てめえエドワード。言っていいことと悪いことがあるだろ?」

「悪いことってなんだよ。オレわかんない」

「私もわかりませんねえ」

「だからセッ――!」

「…レックス、乗せられてるわよ」

 

 女性の言葉にソックスは冷静さを取り戻したのか、深呼吸一つ、仕切り治す。

 

「…エドワード。あんたも参加するのか?」

「まあな」

「こんな子供を連れてか? 遠足にでも行くつもりか?」

 

 ハッハッハ! とタックスくんは笑う。オレは視線をめぐみんに戻した。彼女は煽り耐性が低い。ことあるごとに爆裂魔法をぶっ放そうとするからな。止めなければ。

 そう思って戻してみると…。

 意外も意外、めぐみんは冷静にサンドウィッチを頬張っている。どうやら怒っていない様子だ。

 

「ちょ、ちょっとレックス! よく見なさいよ。この子紅魔族よ? あんたよりもよっぽど腕がたつんじゃないかしら」

 

 女性がそう言うと、めぐみんの鼻が少し高くなった。今にも鼻歌を歌いだしそうだ。

 

「はぁ? 俺より強いってのか? この子供が? 冗談だろ?」

「いや、ソフィの言う通りだよ。お前、紅魔族のこと知らないのか? 全員がアークウィザードで、揃いも揃って上級魔法が使える魔法使いのエキスパート集団だって話だぞ」

 

 更に鼻が高くなる。ピノキオか、お前は。

 

「嘘だろテリー!? お、おい嬢ちゃん。本当に上級魔法が使えるのか!?」

「いえ、私は上級魔法は使えませんよ」

 

 「爆裂魔法なら使えますが」と続けためぐみんの言葉は彼らには届かず、タックスくんは振り返ってほら見ろとばかりに鼻を鳴らす。

 

「あ、あれっ!? い、いやおかしいな…。俺は紅魔族について確かにそう聞いたんだが…」

「そりゃあ、噂ってのは何でも大げさに伝わるもんさ。例えば、俺よりも強い魔剣使いだとか。それと、名前はなんて言ったか…。絶対に関わるなって噂の、頭のおかしい魔導師だったか? そんなのどっちも誇張に決まってるさ」

 

 オレはジッとめぐみんを注視した。サンドウィッチを頬張る彼女は視線をふいっと窓の外に逃がすが、その頬には汗が浮かんでいる。

 こいつ、まさかあれからずっと平原に爆裂魔法を撃ちこんでるんじゃないだろうな。だとしたら頭のおかしいなんて言われてもおかしくないぞ…。

 

「まあ、いいさ。小遣い稼ぎに付いてくるなら勝手にしな、嬢ちゃん。それとエドワード。今回はあんたの出番はないぜ。俺たちが討伐しちまうからな」

「ぜひともそうしてくれ」

 

 言いたいことを言って満足したのか、ソックスくんは仲間を引き連れて去っていく。その背中を見ためぐみんは一言。

 

「あれは負けますね」

「同感だ」

 

 「でも」とオレは言葉を並べる。

 

「よく我慢したな。てっきりエクスプロージョンをぶっ放すと思ってた」

「そんなことをしたらここ、出入り禁止になってしまいますよ。やったとしても詠唱してビビらせる程度です。…まあ、今回は彼らと協力するわけですから。波風を立てるのはよろしくないでしょう?」

 

 思わずおお、と漏らす。

 

「成長したな…!」

「当然です。紅魔族一の天才ですよ、私は」

 

 

 

 6

 

 

 

 鬱蒼とした森をオレたちはまた歩いていた。

 前と違うのは、オレたちパーティ以外に複数の冒険者がいるということか。

 討伐隊は総勢十組、一組当たり大体六人から十人で構成されている。オレたちが所属しているのは最後尾に位置するグループで、めぐみんやギルドで絡んできたソックスくんたちもこのグループに割り当てられていた。

 先頭グループは魔剣持ちの勇者殿らしい。まあ、彼ならそうそうやられることはない…と思う。

 

「よお、また会ったな。エドワード、嬢ちゃん。大丈夫か? モンスターが出たら俺らに任せて隠れてもいいんだぜ?」

 

 ソックスくんたちはみんな前衛職なのか、各々が大剣や斧、槍で武装している。

 めぐみんとアイコンタクト。これより煽ります。オーケーシスター。

 

「おやおや、貴方たちこそ大丈夫ですか? この森ではスライムが出ることを知っていますか? もし物理攻撃が効かないスライムが出たらどうするのです?」

「おいおいめぐみん、言ってやるなよ。彼らは森に入ったことがないルーキーだから知らないのさ」

「「HAHAHA!!」」

「ぐっ、こいつら…!!」

「も、もうっ! 二人とも! というかいつの間にめぐみんとエドワードさん、そんなに仲良くなってるの…?」

 

 ゆんゆんが顔を赤くして叱咤と疑問を投げかけてくるが、煽りモードに入っているオレたちの耳には入ってこない。

 

「い、言ってくれるじゃねえか…。だが確かにスライムは厄介だ。あいつらが現れたら…」

 

 すると、タイミングを計ったかのように討伐隊の先頭がざわめき出す。

 オレはすぐさま切り替え、「クリス」と後ろの彼女に声を掛けた。

 

「うん。来るよ…!」

 

 彼女の声を合図に、先頭から怒声が響いた。

 

「モンスターが出たぞー!!」

 

 発せられた声に、レックスたちは即座に辺りの警戒を始める。

 例の悪魔が出現した場合は各グループが取り囲むように展開して、プリーストや魔法使いが攻撃する手筈になっている。

 さっさと移動しなけりゃ…。

 

「クソッ! なんだこの雑魚モンスターの数は!? おい、とっとと蹴散らすぞ! 先頭のグループが悪魔と遭遇したんなら早く援護に向かわねえと…!」

 

 とは言ってるものの、モンスターはスライムだ。物理攻撃は効かない。

 だけど、どうやらスライムに敵意はないようだった。何というか、何かから逃げようとしているような…。

 

「エド、エド」

「どうした、めぐみん?」

「恐らく…。というより間違いなく”奴”はいます。格下のモンスターが各上のモンスターから逃げようとしているんですよ、これは」

 

 めぐみんがオレに耳打ちしている傍で、レックスくんのパーティの華であるソフィさんが小声を上げて上から降ってくるスライムを避けていた。

 オレたちは木を見上げる。そこには――。

 

 ―――無数に蠢くスライムの大群が。

 

「「ひぃぃっ!?」」

「はぁ…! はぁ…! なんというスライムの数だぁ…!」

 

 九割が同じ反応をする中で我が道を往くダクネスは本当に尊敬できるけど今はやめてほしい。

 

「ど、どうすんだよこれぇ!?」

「『ジャウロ・ライトニング』」

 

 みんなが慌てふためく中、ゆんゆんの冷たい詠唱が通り抜ける。

 巨大な雷の輪っかがゆんゆんの頭上に現れ、そこからいくつもの雷の矢がスライムに向かって飛んで行く。

 十本、二十本、三十本の矢が飛び出し終わると、オレたちの周りからモンスターは一掃されていた。

 

「こ、こりゃあすげぇっ…!」

「だから言ったろ? 魔法使いのエキスパート集団だって!」

「や、やるなぁ…!」

 

 レックスくん等が次々にゆんゆんを褒める中で、彼女は一息つくとオレたちに向き直る。

 

「それで、いつの間にめぐみんとエドワードさんは仲良くなったの?」

 

 冷汗が、背中を伝った。ゆんゆんは笑っているが、オレの直感が告げている。この質問、答えを間違ったらダメだと。

 スッとオレはめぐみんに視線を送る。

 

(お前の幼馴染だろ、なんとかしてくれ)

(無理ですね)

(諦めんなよ)

(勘弁してください。私もちょっと足が震えてるんですから)

 

「ほら、またアイコンタクトしてる」

 

(バレてるぞ)

(バレてますね)

 

 オレたちが修羅場っていると、先行していた冒険者の一人がこちらに向かって走ってくる。

 

「おい、やばいぞ! ありゃあダメだ、勝てる気がしねえ! 突然悪魔が現れて、魔剣の勇者が不意打ちを食らって傷を負った! あの悪魔、上級魔法まで使いやがったんだ! ありゃあ魔王軍の幹部級だぞ、撤退だ!!」

 

 その冒険者の警告に、討伐隊全体のグループが騒ぎ出す。ナイスタイミングだ。歓迎しよう、盛大にな。

 ダクネスはスライムを見ていた時の恍惚とした表情はどこへやら、指の骨を鳴らし、クリスはダガーの切れ味を確かめ始める。ゆんゆんも切り替わったのか、腰のポーチからマジックポーションを取り出して飲み始めた。

 そんなオレたちの行動を見たレックスくんは信じられないとばかりに言う。

 

「た、戦おうってのか!? さっき聞いたろうが! 勇者がやられたんだぞ! ここは撤退だ!」

「エリス教徒の私の脳内に悪魔を前にして撤退するという考えは浮かばないな」

「…まあ、そういうことだ。あんたらは撤退しなよ。…めぐみんも」

「わ、私もですか?」

 

 驚くめぐみんの肩に手を置き、オレは諭すように優しく告げる。

 

「正直、お前を守りながら戦える自信がない」

 

 その言葉が、決定的だった。めぐみんは俯き、表情は伺えない。

 オレはレックスに目線を送る。彼はその意味をすぐさま理解し、めぐみんを連れて撤退する討伐隊を追った。

 

 

 

「―――ん? げぇ!? て、てめえら!」

 

 木々がなぎ倒されて広いスペースが確保された場所に出る。

 驚愕の表情を隠せないホーストは背中の翼が切り落とされていて、どうやら飛べないようだった。

 

 ダクネスが、クリスが、ゆんゆんが――。各々の武器を構える。

 

「クソッ! 最高についてないぜ、俺様もよお…。しょうがねえ、ケリを着けようじゃねえか! 人間共ォ!!」

 

 ホーストの雄たけびを合図に、オレたちは飛び出した――!

 

 

 




フラグをまき散らしていくスタイル

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