パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

92 / 128
宿題

 

 

夕食後の20時から22時の間を、僕は勉強の時間に当てている。

魔法師の象徴たるべき戦略級魔法師は、その成績も模範たるべきなんだけれど、残念ながら魔法協会の期待には少々添えていない。それでも義務教育さえ受けていない僕が、偏差値の高い一高で総合成績で100位以内には入っているのだから、頑張っている方だ、と自分を慰める。

一高入学からずっと同じ言い訳をしている…汗顔の至り。

本当はもっと集中して勉強できればいいんだけれど、集中力の持続は苦手だし、自宅には集中力を奪うアイテムが沢山ある。

いつもは澪さんか響子さん、あるいは同時に家庭教師をして貰っている。でも三学期初日の今日、2人の美女はリビングで、毎週楽しみにしている大人向け恋愛ドラマの新年スペシャルに夢中になっていた。

なんとか集中力を保ちつつ鉛筆を走らせていたのは、一時間ほどで、今、僕は真夜お母様とお電話をしていた。

お母様の養子になってからは毎日、その日にあった事をお話している。

今日からは学校も始まったので話せることが多くなっていた。

 

「深雪さんは、教室では居心地が悪そうでした」

 

「そう、久はどうだったの?」

 

「僕は、澪さんとの事をクラスの女子生徒に質問攻めにされました」

 

「養子の事は聞かれなかったの?」

 

「僕がお母様の養子になったけれど、四葉家の事はよく知らないって答えたら、あっさり納得してくれたみたいです」

 

「養子縁組はナンバーズでは度々ありますからね。それで、達也さんはどうでした?」

 

「今日は、達也くんとは会えなかったんです。放課後、香澄さんと中庭でお話していたので」

 

「あら?今日は物凄い暴風が吹いていたけれど、何のお話?」

 

香澄さんにしてみれば、告白のことを他人に知られるのは恥ずかしいと思うはずだ。なのに、お母様には隠し事はしちゃいけないって思う…

 

「香澄さんから、僕が好きだって告白されました」

 

「あら、あらあら、青春しているわね、久」

 

「でも、僕には澪さんがいるし、気持ちは嬉しいけれど、僕みたいな狂人の側に居ちゃいけないって答えたんですが…火に油を注いだ結果になってしまって。

このままだと、達也くんと深雪さんとほのかさん達のような宙ぶらりんの関係になってしまうから、明日、きっぱりと拒絶、お断りしようと考えているんです」

 

「…そう…そうですね、七草香澄さんは未成年ですもの。藤林響子さんのようには、いかないわね」

 

さすがはお母様。理性的に物事を考えられる。響子さんは大人だから、基本自己責任。

 

「響子さんにも素敵な男性が現れればいいんだけれど…それはそれで寂しいな」

 

僕の今年の抱負は、前向きに生きていこう、だ。

でも、響子さんがいなくなると考えると寂しいどころじゃない…僕はまだ子供だな。

都合の良いときに子供をひけらかすって亜夜子さんが呆れていたけれど…

お母様との電話は長くなりそうだ。

 

 

 

翌朝、一高前駅で達也くんと深雪さん、水波ちゃんが僕の登校を待っていてくれた。

他の友人たちは、キャビネット乗り場を見回すけれど、いない。

謎の四葉家の、それも中枢にいる3人と、水波ちゃんの側には、一高生徒は全く近寄ってこない。避けるように通り過ぎ、生徒会長の深雪さんに挨拶する生徒もいない。2学期にはなかった光景だ。

 

「深雪さんおはよう。達也くんと水波ちゃん、おはよう、それとお久しぶり。今年もよろしくね」

 

達也くんと深雪さんは、普通に返事をくれた。

 

「おはっおはようございます!ひっ久様!」

 

水波ちゃんの緊張振りは、二学期よりもひどくなっている。

 

僕は達也くんの右隣に、真ん中に達也くん、その左に深雪さん、深雪さんの斜め後ろに水波ちゃんと言う並び順で、短い通学路を歩いていた。

他の生徒は同じ方向に歩きながら遠巻きに、でもこちらに興味ありげな目を向けてくる。達也くんは正面を見て無表情だけれど、鋭敏な意識は全方向に注意を注いでいる。

深雪さんは興味の視線には慣れているから、平然と姿勢良く歩いている。水波ちゃんは小さくなっている。

 

 

数分も歩かず、唐突に僕が立ち止まった。

 

3人も同時に立ち止まる。達也くんがいぶかしげに身体を僕に向けた。

 

「どうした久」

 

僕はちょっと考えて、

 

「ねえ、達也くん、去年の12月29日、四葉家の近く、たぶん小淵沢駅の近くで複数のサイキックが誰かと争っていたんだ」

 

「?」

 

達也くんだけじゃなく、深雪さんと水波ちゃんの表情が厳しくなった。

雰囲気を察したのか、後ろを歩いていた生徒たちが、僕らから距離を空けてそそくさと追い抜いていった。

 

「僕は清里の宿に向かう車の中にいたから、くわしい状況はわからないんだけれど…サイキックが戦っていた相手は魔法師…たぶん魔法師だったと思うんだ」

 

「久は探知系は不得手だったはずだが」

 

達也くんの長身を見上げる。

 

「うん。でもサイキックの力は感じられた。僕もサイキックだからね」

 

達也くんがわずかに首を捻った。至近距離ならともかく、離れた場所にいるサイキックに僕が気がつけるわけがない。達也くんは違和感を感じたみたいだ。それは努めて無視して、僕は続けた。

 

「戦っていた魔法師の詳細はまったくわからないけど、サイキックたちが容赦なく鉈でぶった切られるように倒されていった事は感じられた。サイキックはひとりひとりは悲しいくらい弱くて、でも人数はいたからそれなりの戦闘力はあったと思うんだ。四葉家も近かったし…もしかして、あの時戦っていた魔法師は、達也くん?…と深雪さん達かな?」

 

「どうして、そう思ったんだ?」

 

「大した理由はないよ。襲撃の理由まではわからないけれど、場所が場所だけに、サイキックの標的が四葉家だと思ったんだ。

僕は四葉家の戦力は全く知らない。まさかお母様が戦うわけないし、葉山さんが最強執事なんて面白設定はないだろうし、そもそもお母様の側を離れるとは…

黒羽の双子かなとも思ったけど、双子があの日現場近くにいたかどうかわからない。

達也くんは大晦日、お母様のお部屋にいたから、その日も現場にいたのかなって、考えただけなんだけれど…おかしいかな」

 

「いや」

 

達也くんが短く返事する。

 

「久は叔母様のご養子になったけれど、四葉家の事はどこまで知っているの?」

 

深雪さんが、話の腰を折るのを承知で質問して来た。少し探りを入れるような表情だった。

 

「全然。四葉家の関係者は、お母様、葉山さん、達也くん、深雪さん、水波ちゃん、亜夜子さん、文弥くん、しか知らないから」

 

「なるほど、選択肢が少ないな…正解だ。あの日、サイキックと戦っていたのは俺たちだ」

 

「やっぱり」

 

「サイキックは、肉体を強化されていた。サイキック以外にも一般人も混じっていたがな」

 

肉体の強化…人造サイキックに間違いない。

 

「あのサイキックたちは四葉家を襲撃しようとしていたの?四葉家の場所は秘密なのに、どうやって知ったんだろう?」

 

「その詳細は不明だ。敵を尋問している時間的余裕がなかったからな」

 

達也くんはもっと事情を知っていそうだけれど、あいかわらず無表情だ。その無表情からは何の情報も読み取れない。

 

「あの時、達也くんは全員倒しきれなかったよね」

 

「警察が駆けつけてきたからな」

 

「サイキックたちは、四葉家に恨みを持っているのかな」

 

「サイキックたちが襲ってきた理由は不明だが…十師族の四葉に対して何らかの恨み、もしくは害意を持つのは間違いないだろうな。隔離施設での生活はどのようなものだったか想像するしかないが」

 

「まぁ、何十年も監禁されていたんだから恨み骨髄だろうね」

 

僕の返答に、達也くんの眉がぴくっと動いた。深雪さんも、おやって表情になった。水波ちゃんに変化はない。

あれ?僕何か変な事言ったかな。それよりも、

 

「じゃぁ、狙いは、僕か」

 

「?」

 

「さっき、一高裏の人工森林のさらに奥、山地の方から小淵沢と同じサイキックが力を使ったのが感じられた。山の中にセンサーの類はないって考えたのか、ふいに使ってしまったのか。肉体を強化していても…弱っているのかな。まだ逃亡中なのか…」

 

秩父山地の東縁に位置する山は植物の採取、鳥類の捕獲などが禁止された、古くからの修験道の霊山として知られている。

3人の視線が、一高の向こう、有名なお寺もある山に向けられた。

それを機に僕たちは歩き始めた。いつまでも立ち止まっていると怪しまれる。もちろん、生徒たちにだ。

 

「俺が倒し損ねたサイキックが警察の追跡を逃れて、一高裏の山地に潜んでいるのか」

 

「たぶん。警察の捜査能力は、頼りないからね。一般人はともかくサイキックは取り逃がしたんだと思うよ。公表は…していないのかな」

 

「そのようなニュースはなかったな。だが、なぜ久が狙われると?」

 

「達也くんたちはサイキックたちに顔が割れている?」

 

「いや、軍用のサングラスで人相は隠していた。俺たちの詳細は知られていないだろう」

 

「『四葉久』の婚約のニュースは、連日色々な媒体で報道されているから、僕の顔や一高生徒だってことは簡単に、誰だって知る事ができる。

達也くんと深雪さんの件は、魔法協会からの通達に触れられる立場の人しか知りえないし。

関係者から聞いたかもしれないけれど、山の中を逃走しているのに、そんな情報をどこから仕入れるのかなって思って。四葉家は警戒を強めているだろうから四葉家への襲撃は、人数が激減した時点で選択外」

 

「俺に撃退されたサイキックたちが、再び四葉家の関係者を襲うなら、そうだな、俺たちより久を狙う方が可能性が高い」

 

「前回の襲撃から10日も経っているのに、まだこの辺りに潜んでいたのも、僕が登校してくるのを待っていたのかと思って」

 

水波ちゃんが携帯端末を開いた。全国の重大ニュースじゃなくて、ローカルのニュースサイトを調べている。

 

「ここ数日、八王子の民家から盗難届けが複数あります。盗難品目は食料や衣料品が殆どです」

 

「真冬のこの時期に、山中に潜んでいた…盗難と言う事は、協力者、もしくは首謀者の協力は得られていない。久の婚約は2日の夜には報道されていた。ばらばらに逃げていた襲撃者達が、その報道を見て再集結した?」

 

「でもお兄様、一高、もしくは一高への通学路で襲撃しても、その後の逃走は困難では?去年の襲撃場所とは違って、この辺りはセンサーや街頭カメラが多く設置されています」

 

深雪さんは、達也くんの事をいまだに『お兄様』って呼ぶんだな…そんな事を思いつつ、

 

「…逃げる気は、ないんじゃないかな。脱走兵なんだから捕まれば、収容所…処刑は免れないでしょ。自爆攻撃だ」

 

人造サイキックの居場所は収容施設だけだ。

 

「自爆…脱走兵?どうして久はそのサイキックが脱走兵だって知っているの?」

 

深雪さんの瞳に不信が宿っていた。あ、しまった。人造サイキックの事情を3人が知っている事を前提に会話していた。

 

「だって、強化サイキックの集団なんて軍以外に考えられないじゃない。軍が協力していないから窃盗をしていたんだろうし。どこかの兵器会社が製造したとも考えられるけれど…ローゼンとか。でも、現在は魔法師開発の方が主流だし…『パラサイドール』の件があるから、十師族だって容疑者の候補に入るけれど…」

 

僕は無表情で、ぶつぶつ考える。ただ、脱走兵と断言できる理由が思い浮かばない。

 

「ああ、そう言えば、烈くんが強化サイキックの話をしていたな。強制収容所に監禁されているって…あれは国防軍の暗部だったって…」

 

理由にたどり着いた。深雪さんの視線が優しくなった。不信は晴れたみたいだ。ドキドキ。

 

「九島閣下から聞いていたのか。そうだな、軍が関係していると考えた方が無理がないな。長野に強化サイキックの収容施設があったはずだ」

 

そんな施設まで知ってるなんて、達也くんはすごいな。でも、その眼差しは鋭いままだ。

 

「でも、なんで昨日じゃなくて、今日なんだろう。昨日でも良かったのに」

 

「良くはないが…今日になって逃亡兵が再集結出来た可能性もあるな」

 

「襲撃してくるとしたら…放課後の、この通学路かな」

 

「四葉だけを狙うなら、一高を襲撃するのは無駄だ。しかし、久はサイキックは弱かったと感じたようだが、強化兵は少なくとも学生よりは危険な存在だ」

 

「ん?ああ、そうか、相手が達也くんだったから弱く感じられたんだ…まさか授業中に一高を襲うと?」

 

「やつらの考えがわからない以上、最悪を考慮すべきだが…その可能性は低いだろうな」

 

「じゃぁ、早いほうが良いね。これから僕がちょっと殺して来る。深雪さん、この荷物教室の僕の机に置いておいて」

 

深雪さんに、筆記用具とお弁当の入った肩掛けかばんをわたす。

 

「トイレにでも行くふりをして、片付けてくるよ。予鈴まで30分あるから余裕かな」

 

いつもの、庭の草でも刈るような人命を軽視する発言。深雪さんの表情が少し白くなる。

 

「久…俺の尻拭いをさせるようですまないが、可能なら尋問したい。殺さず無力化できるか」

 

「出来るけど、全員?人数は何人だろう…」

 

達也くんが、一高裏の山々に目を向けた。風景を見ているようで見ていない。

 

「いるな、小淵沢で逃したサイキックが4人。高尾山の原生林…打ち捨てられた寺の納屋か…」

 

どうやら『視て』いるみたいだ。

達也くんに具体的な場所を端末の地図で表示してもらって、

 

「じゃぁ、ちょっと行って来る」

 

と、とてとて走り出した。

 

「気をつけるのよ、久」

 

「油断はするな」

 

水波ちゃんは軽く頭を下げた。

 

「うん」

 

そのまま校舎に入ると、近くの男子トイレに向かう。

男子トイレの個室から、『空間認識』をして、達也くんの指摘した小屋の少し離れた木の影に『瞬間移動』。

 

 

山は背の高い古木に覆われていた。頂は青空と重い雲を冠して、森の中はしんと静まり返っている。一高の辺りよりも標高が高いから、とにかく寒い。

この山は古くから信仰の場所だった。樹木の伐採は禁じられているから、一高周辺の人工林と違って野生で雑然としていて、でも真冬だから緑が少なくて、どこか荒涼としている。

かつてはハイカーの通り道だったのか、溢れる雨水の流れ道なのか、枯れた草に獣道のような跡がある。

獣道の先、冬の弱い日差しに照らされた、壊れかけた建物があった。

達也くんの特定した、お寺の物置き小屋だ。

サイキックたちは全員中にいるのかな?探知系が駄目な僕は、相手が力を使ってくれないと居場所がわからない。

 

実は、僕は今、少し浮かれている。

これまで、達也くんと共闘する機会はほとんどなかった。

去年の4月、真夜中の都心で、達也くんが飛行船から落ちて来て、敵の捕縛を手伝った時と、『パラサイト』との戦いは、偶然その場に居合わせただけだし、宇治で周公瑾さん捕縛の協力をしたことはあったけれど、あの時は逃走経路の一番確率の低い候補の橋で、黒い川面を見つめているだけだった。

達也くんと深雪さんに学校以外で関わる機会も少なかった。

四葉の一員になって、四葉の事情に深く関われる。達也くんの完遂できなかった任務。達也くんは完遂に拘ってないみたいだから、敵の全滅が目的じゃなく撃退できればよかったんだろう。小物の後始末でも、僕は嬉しい。

サイキックが『弟たち』でも容赦はしない。彼らは四葉を、お母様を狙ったのだから。

 

時間もないし、一気に行くか。

 

『酸素減圧』で建物内の酸素濃度を低下させる。僕お得意の無力化攻撃だ。『酸素減圧』は、通常は数分で効果がある。あまり時間をかけると相手は重篤な後遺症に悩むことになるから。ただ、今回は強化サイキックの肉体を考慮して、長めの10分。

5分ほどで、建物の中から何かが倒れる音が四つ続いた。

どうやら全員建物の中にいたようだ。

 

無力化したはいいけれど、達也くんが尋問するのは放課後だ。7時間以上、気を失ったままでいてくれるだろうか。あまりやりすぎると死んでしまうし…

とりあえずは無力化出来たか確認しないと。

朽ち果てかけた木造の建物。ドアを開くと錆付いた蝶番が嫌な音をたてる。

僕は暗い室内を、ひょいと覗いた。

 

しゅいん!

 

油断していた事は否めない。

電流を帯びた白いナイフが暗闇の中で光った。空気が断ち切られる音。常人では視認出来ない速度の斬撃が僕を襲った。

僕は、驚いていた。ナイフによるサイキックの攻撃にじゃなく、『酸素減圧』に耐えた肉体の強度に。これほどの肉体なら、軍はもっと使いどこがあっただろうに、彼らはよっぽど人格に問題があるに違いない。

ただ、残念ながら、彼らの攻撃は僕の動体視力で余裕でつかめていた。

それに、サイキックを使った時点で、僕にはすぐわかる。

ナイフの白刃が僕の首に届く前に、『念力』で男の右腕を砕いた。

悲鳴を上げる男を無視して、残りのサイキックが僕に物凄い速度で襲い掛かってきた。

とっさにドアを閉じて、屋外に出る。

朽ちかけ始めたドアがあっけなく吹き飛んだ。ナイフを構えた3人に続いて、右腕を砕かれた男も左手でナイフを構えて外に飛び出した。

折れた右腕は激痛だろうに、腰をどっしりと落として、ナックルガード付きの軍用ナイフを切っ先を斜め下に向けて構えていた。基本的な格闘術を組み合わせたナイフを滑らせて斬る構え…確実に軍隊経験がある。

男達はばらばらの服装だった。なるほど、民家から盗んだ服を着ているんだ。軍人とは思えないカジュアルなダウンやコート。ちょっと動きにくそうだ。

その容姿は誰もが痩身で、頬がこけている。栄養不足なんだな。でも、弱弱しさはない。

人造サイキック計画の被験者なら60歳以上のはず。収容施設に監禁されている間、どのような檻だったかは知らないけれど、衣食は足りていただろうし、少なくとも真冬の山林よりは快適だろう。

サイキックたちは50歳前後にしか見えない。年齢の割には肉体そのものが若く見える。

男たちの荒い呼吸音が、意外に響く。

 

四人は、制服姿の僕を見てかなり驚いていた。

 

「四葉久っ!?」

 

「どうしてここがわかった!?」

 

うん、達也くんのアレは反則だよね。

 

「やっぱり僕を狙ってたんだ」

 

「十師族、四葉の血縁の者は、殺す!」

 

僕は『自己加速』で後方に下がった。4人から距離を空ける。

一見、無警戒に突っ立っている。

現実は僕の周囲には、誰にも突破できない『空間の壁』が作られている。

時間をかけるつもりはないけど、『酸素減圧』でも無力化できなかったから、どれくらいの攻撃までサイキックたちは耐えられるだろう、と考える。

そう考える僕の両目は、薄紫色の輝きを放っていた。

 

「…?」

 

「紫色の…目」

 

「まさか、パープルアイズ!?いや、そんなはずは…」

 

僕の事を知っているのか。まぁ、彼らは僕の研究結果から生み出された『弟たち』だ。僕の事を知っていてもおかしくない。

ただ、過去の僕と、今の僕を結びつける事は不可能。

とは言え、これから授業だし、彼らは『弟たち』だ。いつものように無残に痛めつける気にはならない。

 

僕は『念力』で全てのナイフを圧し折る。

 

クロームを含んだ硬い鋼材のナイフが、何の抵抗もなく砕け散る。

ぎょっとした男達は、慌てたけれど折れたナイフを捨てずに構えなおした。ナックルガードをナックルダスターとして使う気のようだ。

僕とサイキックの間は10メートルは離れている。

光源が少ない森の中でも、緊張が伝わってくる。吐く息が白く霧になっている。

サイキックたちが呼吸を合わせて、木の根っこでがたがたした大地を蹴った。僕との間合いを一気に縮めようと『自己加速』をかけた。

なるほど、サイキックたちの肉体は常人とは比較にならないほど強化されている。拳銃でもあれば、彼らの戦闘能力は跳ね上がるはずだし、連携も得意のようだ。けれど、人造サイキックの力の有効範囲は、手の届く距離程度だ。間合いに入らないとほとんど無力。

サイキックたちのスピードは驚くべきものだった。達也くんやエリカさんよりも、少なくとも直線的な動きは速かった。

でも、『魔法』よりも遅い。僕は胸のペンダント型デバイスにサイオンを流し込む。一瞬で右薬指のCADが『魔法』を構築した。

中空に出現した『電撃』が、発生と同時に空気を裂いて、

 

「ぐあぁああ!」

 

サイキックたちは5歩も進めず、『電撃』の直撃を受けた。『電撃』がサイキックたちの脳天から体内を通過して足に抜ける。6歩目の足に力は入らず、『自己加速』の勢いのまま地面に転がった。

『電撃』は、僕にしてみればダウングレードな『魔法』だ。

でも、サイキックたちの肉体は、意外なほど頑丈だった。だから、少し、ほんの少しだけ『電撃』を強めに発動した。

繊維と肉の焼ける臭いが、静かになった森に漂う。

サイキックたちは、地に伏したまま動かない。僕は念のため『念力』で男たちの頭を小突いた。

 

「…」

 

サイキックたちは、まったく動かない…あ、あれ?

もう一度、今度は近づいて、自分の足で軽く蹴飛ばしてみた。

微動だにしない。

 

「もしもーし?」

 

返事がない、ただの死体のようだ。

念のため脈を調べるけれど…

 

「しまった、殺しちゃった」

 

僕は破壊は得意だけれど、生け捕りは専門じゃない。サイキックたちの肉体強化は加減が難しくて…あー、言い訳だ。殺しちゃった。

達也くんは可能なら尋問したいって言っていた。あまり執着はなさそうだったけれど…

さて、どうしよう。僕は焦げた四つの死体を見下ろしながらボーゼンとしていた。

 

「…はぁ」

 

ため息が白い。

 

「僕が引導を渡すことになるなんて、過去からは逃げられないなぁ」

 

前向きに生きていこうと考えたとたんコレだ。

遠くから一高のチャイムが聞こえて来た。端末で時間を確認すると、始業5分前の予鈴だった。

このままじゃ遅刻しちゃう。

僕は四つの死体を『念力』で小屋に放り込んだ。二つに割れたドアの大きい方を入り口に立てかける。強風で飛ぶかもしれないけれど、まぁ真冬の山中にわざわざ訪れる人はいないだろう。

もっとやり様があったかな…

白い息を残して、その場から『瞬間移動』。

 

一高の男子トイレに戻ると、ダッシュで2-Aの教室に向かう。

授業はもう始まっていた。

 

「多治見…いや四葉、遅刻だぞ」

 

神経質な教師が、教壇から注意してくる。

 

「ごめんなさい、ちょっと調子が悪くて」

 

僕が頑健な肉体でないことは、一高関係者なら誰だって知っている。とくに疑われもしないで、自分の席につく。僕のかばんは机の横にかけられていた。

 

「大丈夫?」

 

隣の席の深雪さんが心配そうに尋ねてきた。

 

「うん、僕は平気。ごめんなさい、失敗しちゃった」

 

後半は小声で答える。全員、殺しちゃった。口パクで深雪さんに告げる。

 

憂い顔で頷く深雪さん。とりあえずサイキックの脅威は去ったから落ち着いている。詳細は昼休みにでもすればいい、僕も授業の準備をしなくちゃ。

端末を起動しながら考える。

 

サイキックたちの目的は四葉久、僕だった。襲撃は未然に防げた。

でも、生け捕りにすると言う、達也くんの期待にこたえられなかった。

以前、光宣くんにも言ったけれど、僕はすぐ後ろで指示してくれる人がいないと駄目だな。

しょんぼり。

僕は小さい身体を、ますます小さくしてその日の授業を受けた。

昼休み、屋上で達也くんに戦闘経緯を報告。

達也くんと深雪さんは、そのまま屋上でお弁当を食べた。

僕は恋人同士の逢瀬を邪魔するほど野暮じゃないから、料理部の部室でひとりお弁当を食べた。ここならお茶が飲めるし。今は、食堂みたいに大勢のいる場所に行きたくなかった。

放課後、達也くんと山の小屋まで向かう。達也くんは『自己加速』で走って向かい、僕も達也くんの背中について走った。

山中の小屋の中には死体が四つ、ボロ雑巾のように転がっていた。

薄暗闇の中、達也くんが死体を調べている。僕はドアの前に立って、その様子を見ていた。

達也くんは遺体からでも、さまざまな情報を読み取れるようだ。でも、さすがに脳の中身までは無理だろう。

生け捕り出来なかったことを達也くんは「誰しも万能じゃない」って言ってくれた。

僕も、自分が制圧向きだってことは百も承知だけれど、気分は晴れなかった。

 

 

しょんぼりしたまま帰宅して…

あれ?そう言えば、僕は今日学校で用があったはず。

ひとつに集中すると他に意識が回らなくなるのが僕の悪い癖なんだけれど…

自室で一時間目の遅刻に対するペナルティの宿題をしている時…

 

あっ、香澄さん!

 

香澄さんに、きっぱりと『お断り』を告げないといけないんだ。

宿題を中断して、ぎこちなく携帯端末で文章を打つ。香澄さんにメールを送信。

 

[明日、放課後に中庭に来てください。お話があります]

 

………

 

……

 

 

香澄さんからの返信は、来なかった。

 

宿題しなくちゃ。

 




四葉継承編で、小淵沢で達也たちを襲った人造サイキック。
達也が全員倒す前に警察が現れました。
操られた襲撃の首謀者の国防軍仕官は原作中で始末される描写がありますが、
達也に倒されなかった実行犯のサイキックはどうなっただろう?
と言う疑問が今回の話です。
襲撃に利用された松本のサイキックは脅威度が比較的低いと原作にあります。
脅威度の高い人造サイキックもどこかにいるんでしょうね。
久にとっても人造サイキックは宿題です。

ちなみに香澄がメールに出なかったのは、
前日の自分の行動が七草家の娘、淑女の行動ではなかったと、
告白とチューを思い出して、今になって赤面パニックしているからです。

泉美「香澄ちゃん、メール。携帯鳴っていますわよ」

香澄「あっああ、久先輩っ!うわーうわー」

泉美「早く出なさいな」

香澄「今さら、出れないよぉ」

泉美「すでにデレてると思いますけど?」


では、また次回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。