パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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過去に書いた伏線の幾つかを、今回やっと回収できました。


火花

 

 

2日に魔法協会から出された四葉家の相続に関する通達は、瞬く間に魔法師の狭い世界に広がった。

驚いたのは翌3日に一条・七草の連名で、達也くんと深雪さんの婚約と、僕の四葉家への養子入りについて異議が申し立てられた事だ。

僕と響子さんの婚約(仮)の破談についての異議は行われなかった。

それは意外でも何でもなく、達也くんと深雪さんの婚約は四葉家の問題だけれど、僕と澪さんの婚約は、魔法師世界のみならず、国家の問題だからだ。

澪さんは国民栄誉賞も貰っている、皇室の覚えもめでたく、この国の防衛の要で、一般人がもっとも良く知る魔法師の一人だ。それに、澪さんの五輪家はこの国有数の大企業で一般社会に対する影響力は四葉よりも大きいし、その影響範囲は僕には想像もつかない。

2日の魔法協会からの通達は16時だった。一般人には縁のない通達だけれど、マスコミは当然チェックしている。19時の国営放送のニュース、冒頭のトップニュースとして僕と澪さんの婚約は、全国、いや全世界に報道されてしまった。内容は澪さんが中心で、情報の少ない僕の報道は、学生だからと言う事を考慮して小さめだった。意図的なのか無作為なのか、そのおかげで、一般人には僕が『四葉』の養子と言う事は意識されなかった。

街頭でアナウンサーが通行人に感想を求める映像が流れる。通行人も、実は五輪澪さんが何者か良くわかっていないけれど、戦略級魔法師の結婚と言う事で、無責任な喜びの声を発している。

夜には民放やネットニュースでも、大々的に取り上げられて、関係者やら有識者、お友達代表(澪さんの学生時代の同級生とかなんとか)が内容があるようでない好意的な発言を繰り返していた。面白いのは、報道に魔法師がまったく登場しなかった事だ。余計な言質をとられては困ると言うことなんだろう。

三箇日の、しかも夜だから、一般市民もどことなく浮ついた気分に乗せられている。

もしこれが平日だったら、一高の通学路にマスコミが押し寄せた事だろう。

僕への取材規制は続いているはずだけれど、新学期の事を考えると、少しうんざりする。まぁ、新学期までに体調は戻りそうもないけど。

 

こんな大盛り上がりに水を差すような、下手をすると、国中の非難の的になってしまう状況で、僕と澪さんの婚約に異議を唱える猛者はいるだろうか。直情な剛毅さんならともかく、あの利に聡い七草弘一さんは、そんな火中の栗を拾うようなことはしない。

マスコミの対応が早過ぎる気もするけれど…

僕と澪さんの婚約は、色々な思惑はともかく、後戻りできないところまで来てしまった。別に、後戻りする気はないんだけれど、あと3ヶ月、4月1日の僕の誕生日の結婚式はほぼ確定したわけだ。これは下手をするとテレビ中継なんかもされる…五輪家はお金持ちだ。豪勢な結婚式とか計画していないだろうか、僕は人が沢山いる場所は苦手なんだけれど。でも、

 

よっぽど大事件、たとえば戦争とか災害とか、テロでも起きない限り、僕達の結婚は行われる。

 

報道を見た友人や関係者が次々メールしてくる。僕は友人が少ないから、すぐ落ち着いたけれど、戦略級魔法師で五輪家のご令嬢の澪さんは大変そうだ。

 

3日の夜には真由美さんからメールが来た。

 

真由美さん・[ご婚約おめでとう。お姉さんは感涙にむせび泣いているわ。詳しいお話はまたお会いした時に。実はお姉さん激怒(げきおこ)よ]

 

ずいぶんと子供っぽい絵文字入りのメールだった。真由美さんは七草の一員として、裏があると感じつつも、本気で怒っているようだ。何に怒っているのか。達也くんの件も含めて、気がつかなかった自分自身にかな?

真由美さんは達也くんのことが、多分好きなんだけれど、一高の先輩として達也くんを弟扱いしようとしている。無駄なのになぁと思うけれど、今後はそんな関係から七草家の娘と四葉家の長子となる。これまでのような気安い関係ではいられない。

そのかわり、達也くんには聞けないことも僕には遠慮なく聞ける。僕も四葉だけれど、あくまで養子だ。達也くんよりは気安い。絵文字だらけのメールがその証拠だ。達也くんは弟扱いだけれど、僕は子供扱いだ。

勿論、十師族として境界線はわきまえている。わきまえているけれど、僕でストレスの発散はやめて欲しい。

そう言えば、お買い物に付き合う約束は果たしていないな…

 

1月4日早朝には、香澄さんからもメールが来ていた。短く、

 

七草香澄・[久先輩、お話があります。新学期、学校で]

 

お話?何だろう。

 

1月5日になって、僕と澪さんは清里の宿を後にして、練馬の自宅に帰宅した。

温泉にゆったり浸かって、美味しい物を食べてのんびりすると回復が早まる…わけでは僕の体質はないけれど、体調は10日前よりはかなり良くなっている。

5日になると、世間の僕達への興味はもう冷めている。報道も下世話な女性誌以外は、完全に下火になっていた。魔法師の世界は、色々と騒がしいみたいだけれど…

万全の警護で自宅に戻る。リムジンが自宅に近づくにつれて、澪さんの表情が少し引き締まった。僕はあまり変わらないけれど、今日は、響子さんもお休みで、家にいる。

 

幸いと言うか、響子さんと澪さんは昼メロみたいに泥沼の争いをしたりはしなかった。

もともと響子さんがそんな態度をとるとは思っていなかったけれど、澪さんとの大晦日の電話で、しっかりと話し合いが出来ていたみたいだ。二人とも、僕と違って大人なんだ。

帰宅後、響子さんがお茶を入れてくれて、リビングでのんびりと話を始めた。

ただ、食卓に並ぶ位置は、これまで二人が並んで、僕が向かいに座る構図だったけれど、今日は僕の隣に澪さんがいる。

 

「まずは、久君の回復が順調で安心したわ」

 

「うん、ここ二日はだいぶ良くて、宿題と課題を頑張って解いていたんだ」

 

「良かった。で、まずは、報告なんだけれど」

 

響子さんが真剣な表情で、ポータブルの折りたたみ端末を開いた。携帯より少し大きくて、何の変哲もないノート型端末だけれど、『電子の魔女』が使う、とても危険な戦略兵器だ。

 

「久君を狙撃した犯人が使用していた武器は、弾丸と薬きょうからローゼン製の物だってすぐわかった。そこからハイパーライフルの出所を探ると、直江津の倉庫から搬出と搬入で数があわない商品があったわ。品名はスライドアーム。小型のウィンチと組み合わせて荷揚げをする金属部品」

 

アームの形をイメージする。

 

「大きさが…」

 

「ちょうどライフルと同じくらいね。ライフル弾は比較的入手が容易だけれど、魔法師用のライフルとなると簡単じゃないわ」

 

「それはローゼンが黒幕って事じゃないですよね」

 

「ええ、持ち込んだのはローゼンだけれど、狙撃した犯人までがローゼンとは限らない。盗難の可能性もあるし、まぁ被害届はでていないから、黒だとは思うわ。ローゼンは管理ミスだって言い張るでしょうけれど」

 

「そうなると犯人特定は難しいですね」

 

「当日の、付近の防犯カメラ、特に狙撃に使用したビルの防犯ビデオに、狙撃犯の映像はいくつも残っていた。ただ、男なのは間違いないけれど、国籍や別の情報はコートとニットキャップのせいで無理ね」

 

やっぱり、全身を『飛ばした』のはまずかったか。でもあの時は余裕がなかったからな。

 

「2キロの長距離で、二発も命中させる魔法師は優秀だけれど、世界的に見ればいくらでもいる。地方の、管理の行き届いていない港から密入国したら、お手上げね」

 

「単独犯ではないでしょうね」

 

「ええ、現場までの足と、ライフルの入手方法、または受け取り場所を考えるとね」

 

「また襲われる可能性がある、と」

 

ローゼンか…70年前から、縁がある。悪縁だな。お母様はその必要はないと言っていたけれど、いずれ、皆殺しにしてやる。

 

「東京も物騒だわ。関東、特に東京は七草家と十文字家が監視しているけれど、ここ数年事件が頻発している」

 

「それだけ犯罪者側も組織が大きいのでしょうね」

 

…三人そろって、新年早々暗い気分になる。

響子さんが足をつかめない犯人なら、家電以上携帯以下の僕では突き止めようがない。お母様の四葉家に…いや、僕の傷の事は内緒にしているから、心配をかけたくない。

 

 

 

今度は澪さんがお茶を淹れ直した。オータムナルの紅茶らしい強い香りがとても落ち着く。

響子さんがカップに一口つけると、

 

「遅くなったけれど、久君、澪さん、婚約おめでとう」

 

笑顔で僕達を改めて祝福してくれた。僕達は素直に頭を下げてお礼を言う。

 

「それで、今後の事なんだけれど、流石の私も、新婚夫婦の愛の巣にいつまでもお邪魔はできないわ」

 

響子さんがいなくなるのは残念だけれど、常識的に考えればそうなってしまう。僕としてはいつまでもいて欲しいけれど、親類でもない、しかも若くて魅力的な独身女性の響子さんが、新婚家庭に同居する事は社会通念的によろしくない。響子さんの今後の経歴にも影響する。

かと言って、今すぐ出て行けとは言えない。せめて、新居が決まるまでは、いて欲しいと思う。

そう、言おうとしたんだけれど、

 

「でも、保護者として、この家に残る事にしたわ」

 

小悪魔が微笑んだ。

 

「「は?」」

 

「法的に、私は無関係だけれど、でも、九島烈が久君の後見役であることはこれまでとかわりがない。それは大学卒業まで続くわ。久君も了承したって、お祖父様から聞いているけれど?」

 

え?あのメールは、光宣くんの後事を託すって意味だけじゃなかったの?さすがトリックスター、策士だ。こんな形で九島家と響子さんをねじ込んでくるなんて!

 

「久君の後見、事務や住環境は、私に一任されているの」

 

「でっでも、それは別にこの家でなくても出来る事じゃ」

 

澪さんが当然の疑問を呈するけれど、

 

「私もここでの生活に慣れてしまったし、軍務で忙しいから、引越し先を探す時間もないし、私の電脳部屋はそう簡単に再構築できないから、暫くは私もここに住まわせてもらうわ」

 

「暫くって、いつまで?」

 

「久君が大学を卒業するまでね」

 

は?いや、それは、僕は響子さんと一緒にいられて嬉しいけれど、はっ!

 

「それって、これから5年間ってことじゃないですか?」

 

澪さんがテーブルに手をついて立ち上がった。

 

「あら?久君は留年しないで卒業できる自信はある?」

 

小悪魔は、僕に優しく問いかけた。

僕は顔を左右に、ぶるんぶるんとして、

 

「まったくないです」

 

えっへん。

 

「もし、久君が大学院にでも通ったら?」

 

「もっと長い期間?ちょっと、響子さん!それは、いくらなんでも!?」

 

二人の美女から物凄いプレッシャーが沸きあがった。見えないはずだけれど、なぜか二人の間に、ばちばちと火花、いやプラズマが散っているのが見える。

戦略級魔法師に負けないプレッシャー!?響子さんは常人じゃなかったの?

…すごい

 

「それは、流石にお邪魔です!」

 

「あら?私と久君の婚約は、解消されているわけじゃないのよ」

 

「婚約(仮)だったでしょう?私達の婚約は正式なものなんですよ。その時点で解消のはずです」

 

「でも、誰も解消と発表したわけじゃないわ。お祖父様の発言は、とても重い物なのよ。久君が魔法師の世界に受け入れられたのは、その影響力があったからでしょう?」

 

「久君は自ら戦略級魔法師として、その立場を得たんですよ」

 

「久君は、魔法師としても男性としても、他の誰よりも素晴らしいと思うでしょう?」

 

「当然です!」

 

「これを逃したら二度と出会えないかけがえのない男性だと、思うでしょう?」

 

「当たり前です。絶対に逃しません!」

 

「私も、そう思うわよ!」

 

澪さん、響子さんに遊ばれていますよ!澪さんがヒートアップすればするほど、小悪魔は喜ぶんですよ。響子さんは、僕を憎からず思っていることは間違いない。でも、男性としては全く見ていない。完全に弟扱いだもの。

普段の澪さんなら気がつくけれど、今は嫁と小姑の喧嘩みたいになっている。

 

「あー僕、体調が悪いから、先にお風呂に入って、寝ているね」

 

ここは二人だけにして、僕は避難…もとい、場を外して、二人で納得するまで話し合ってもらおう。

しかし、小悪魔は、獲物を簡単に逃さない。

にんまり。

あっ今、にんまりって聞こえた!

 

「あら、じゃぁ、久君、一緒に入りましょう。私も汗かいちゃった」

 

と、響子さんは白いブラウスを脱ぎ始め、澪さんにはない胸の谷間を僕にアピールしてくる。

 

「だっだめです!久君は私の婚約者なんですよ」

 

「私が婚約者だった時も、澪さん、お風呂に入ってきたわよね」

 

「うっぐぅ!」

 

澪さんの過去の自分の行動がブーメランとなって返ってきた。

 

その後、お風呂で二人の美女に徹底的に洗われた僕は、体調不良よりもぐったりとして、ベッドに横たわった。

苦しい。いや、体調不良じゃなくて、澪さんと響子さんが左右から僕を羽交い絞め…柔らかい身体が僕を完全にホールドしている。

二人の息が荒い。からかい半分だったはずの響子さんの本気の割合が上昇している気がする。

暑い…うぅん、熱い。部屋の空調は睡眠を妨げない程度の温度に設定されているはずなのに。

掛け布団はすでに何処かに行ってしまった。二人の羞恥心と共に…

僕の顔が響子さんの豊かな胸に埋まる。澪さんも対抗して胸を押し付けてくる。あっ、やっぱり澪さん、胸が大きくなっている!柔らかい感触と香りと、寝技…いや締め技の応酬に、僕はいつの間にか眠りについていた…いや、意識を失っていた。

 

しっ死ぬ…

 

 

 

翌朝、お弁当の準備をしようとして二人に怒られるという、お約束の風景の後、響子さんは実に機嫌よくお仕事に出かけていった。小悪魔め…

でも、僕は響子さんとも一緒にいられて嬉しいんだ。浮気者め…

澪さんは数日分あけていた部屋のお掃除と、お昼の準備をするために寝室を後にした。

僕も午前中はベッドで横になりながら、課題をこなす予定だ。

時々、室外から澪さんの携帯が鳴る音が聞こえる。祝福の連絡はまだまだ来るみたい。

僕は静かに、課題用の端末に指を走らせていたんだけれど…

ベッドテーブルに置いてあった僕の携帯端末からもメールの着信を知らせる音楽が鳴った。

せっかく課題のペースが乗ってきたのに…ぶつぶつ。

携帯のディスプレイを確認すると、メールの送信相手は、非通知だった。

迷惑メールは響子さん謹製セキュリティが完全にシャットアウトするから、非通知なんてありえないし、間違いメールかなとも思ったけれど、念のためメールボックスを開く。

 

[体調不良のところすまないけれど、今すぐ僧坊に『飛んで』来てもらえるかな。ちょっとお話があるんだ]

 

『飛んで』、か。わざわざ非通知で連絡してくるとか、思わせぶりにも程がある。でも、無視をすると余計面倒な事をしそうだよな、あの生臭坊主は。

 

[お茶菓子は用意してありますよね]

 

メール返信。

 

[もちろん、朝から並んで限定羊羹を手に入れておいたよ]

 

じゅるり。食い意地がはっているのは僕の最大の弱点だ。わかっているけれど…

澪さんは祝福の連絡の対応に追われているようだし、暫くは大丈夫だろう。僕は携帯と課題用の端末をテーブルに置いて、『空間認識』。

 

 

 

「パジャマ姿ですみませんね、八雲さん」

 

前回訪れた時と同じ僧坊に僕は『瞬間移動』した。相変わらず密閉度の高いうす暗闇の部屋。

蝋燭の香油の香りが、ここが一応俗社会とは違う場所だと知らせてくるようだ。

 

「君のその『能力』、すごく便利だね」

 

「乱用はしないんですけどね。僕は横着じゃないんで、遅刻しそうでもちゃんと自分の足で歩いて行きますよ」

 

「遅刻しそうなら、走るんじゃないかい?」

 

「僕の『瞬間移動』知っていたんですね」

 

「そりゃ、伝説のサイキック『パープルアイズ』は僕達の世代ではヒーローだからね」

 

肯定したようなしていないような返事だ。これは、失敗したかな。もう遅いけれど。

 

「ここの結界は、古式の達人でも、あの達也君でも入り込めないんだけれど、こうもあっさりと…やはり『次元』が違うね」

 

つるっと頭をなでる。

八雲さんは、いつも通り作務衣に似た服を着ている。きちんと着ているのに、何処かだらしなく感じるのは、その胡散臭い容姿の為せる業だろう。それも、ワザとやっているんだろうけれど。

僕は八雲さんの前に置かれた座布団に、ちょこんと正座をする。八雲さんは胡坐だ。楽にして良いよと言われたけれど、あまり女の子座りをする雰囲気じゃない。

 

「まずは婚約おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

素直に頭を下げる。そんな事を言うためだけにわざわざ呼んだわけがないから、僕は続きを無言で促した。

 

「五輪澪さんと婚約したのは、その鞘に収まるだろうなとは思っていたけれど、久君は本当に澪さんが好きなのかい?」

 

八雲さんの僕の呼び方が『多治見君』から『久君』にかわっている。流石に『四葉君』とは呼びにくいんだろう。

 

「どういう意味ですか?僕達は相思相愛のラブラブ、人も羨むベストカップルですよ」

 

ちょっと、むっとする。

 

「機嫌を損ねたのなら、謝るけれど、君が本気で人を好きになれるのかな、と思ってね」

 

…まったく。この生臭坊主は、鋭い。僕は恋愛は、本当にわからないんだ。先日、四葉家でお母様に澪さんや響子さん、自分のことをどう思うかと尋ねられた。僕は、好きです、愛している、とか言ったけれど、本当は、本当にわからないんだ。

澪さんやお母様を想うと、憎悪とは異なる感情が湧いてくる。だから多分、この感覚は好きと言う感覚なんだろうって、考えて答えていた。

僕は、人間になり損ねている。

 

「君は賢い。でも、こと恋愛関係に関しては小さな子供程度の理解力しか発揮できない。君の精神年齢は10歳、下手をするともっと低いのかもね」

 

「なにせ、研究所での実験動物生活が長くて、人並みの感情を育む機会がなかったので…」

 

「それだと殆ど赤子だね。だからなのかな、君は女性が相手だとまったく疑わない。簡単に騙されて、女装されたり女装されたり女装されたりする」

 

「三度も言わなくて良いですよ、それで?」

 

「四葉真夜さんは、久君が考えているよりも複雑だよ」

 

八雲さんは、胡散臭さはそのままに、嫌な事を言った。

 

「僕には優しいお母様です」

 

「君に対しては、ね。以前、僕は言ったよね。『君は、危うい。自分の価値に気がついていない』と」

 

ずいぶん昔の、話だ。

 

「僕の価値?驚異的な魔法力、破格の魔法師、世界で公認された14人目の戦略級魔法師だけで十分でしょう?」

 

「もちろん、それもあるけれど、70年前の君に関する記録は残っていない。これは君の記録や多治見研の記録が研究所内では完全クローズ、研究所外には非デジタル、すべて書面でやり取りされていたからなんだけれど、多治見研の目的が何だったか、君は知っているかい?」

 

「知るわけがないですが、最強の魔法師開発でしょう」

 

「そう。それと同時に、君の存在には、もう一つ計画があった。まぁ戦局の悪化で、それどころじゃなくなったんだけれど」

 

「まだ何かあったんですか?敵国を丸ごと消滅させる計画でしょう?」

 

「当時、全面核戦争の可能性はかなり高かった。まだ、魔法師の能力は世界戦略を覆すほどじゃなかったからね」

 

「それが?」

 

「久君の『瞬間移動』、これは現代魔法では決して再現できない」

 

「?」

 

話があっちこっち飛ぶな。八雲さんは僕の思考を揺さぶろうとしている。

 

「誰かと一緒に、人間と『瞬間移動』したことはあるよね」

 

「実験では何度か、動物や品物でも数え切れない程しましたよ。研究所以外では、一度だけ。とある人物の亡命を助けるために、南米に作戦で参加した事があります」

 

「それは、西城レオンハルト君のお祖父さん、ゲオルグ=オストブルグのことだね」

 

「そうです。せっかく勉強した英語が全く通じなくて苦労しましたよ」

 

僕は、レオくんの『意識』を何故か少しだけ感じる事ができる。一高で『意識認識』した時、たびたび校舎裏のアスレチックでレオくんの『意識』が動き回っているのを感じ取れた。レオくんの素肌に触れた事はないから、原因はわからないけれど、『意識』は魔法師の能力と共に遺伝するのかもしれない、そう思っていた。

 

「久君。君の『瞬間移動』の限界距離はどれくらいだい?」

 

「それは、以前、達也くんにも尋ねられましたよ」

 

「ふーん、なるほど。達也くんが今取り組んでいる計画の名前はそこから取られたのかも知れないいね」

 

「計画?」

 

「『恒星炉による太平洋沿岸地域の海中資源抽出及び海中有害物質除去』。通称ESCAPES(エスケイプス)、このプロジェクト名は『脱出手段』と言う意味も持っている」

 

「脱出?」

 

「勿論、このプロジェクトは達也君の目指す、魔法師の戦争利用以外の選択肢を創るため、だけれど。もし、70年前、全面核戦争が勃発して、地球に人類が住めなくなるような事態が起きていたら…」

 

「僕の『瞬間移動』で、選ばれた、恐らく軍の上層部や政治家、選民された有力者を居住可能な別の惑星に脱出させようとしていたと?」

 

「そう。まぁ計画だけで、実現には物資の調達なんかの準備期間にとてつもなく時間がかかるから、難しいけれど」

 

「もう、過去の話でしょう?」

 

「全面核戦争はもう起きないだろうね。でも、世界を破壊しうる人物は、現代にいるだろう」

 

「達也くんと、僕ですか」

 

「僕はね、四葉真夜さんは、君が考えているよりもっと詳しい事を知っていると思う。もし、この惑星が滅んだとしても、君は在り続けるだろう。そして、その隣には、四葉真夜さんがいると邪推しているんだけれど…」

 

「僕が最終的に、澪さんでも響子さんでもなく、お母様を選ぶと」

 

「まぁ、あくまで僕の想像だけれど。君の隣に立っているのは四葉真夜さん、だと僕は思っているよ」

 

「妄想の間違いじゃないですか?」

 

「かもね。でも、君の『依存性』は、女性を疑う事ができない。精神の幼さと、おそらく『高位』で何かあったんだろうけれど、それは知りようがないからね」

 

八雲さんが、お母様の事を油断ならないと考えている事はわかる。

でも、僕はまったくそう思えない。僕には優しいお母様だ。

お母様が隣に立っている…そう考えると、形容できない、感情が沸き起こってくる。この感情が何なのか、僕には表現できない。出来ないけれど…その事を考えると下半身がぞわぞわする。

 

「僕が、子供だから、かな」

 

「そうだね、子供は、母親に依存する。どうも、過去の『精神支配』からは脱却できたみたいだけれど」

 

「そうなんですか?」

 

まったく気がつかなかった。どうしてだろう?

 

「過去の話をされても、まったく動じなかったからね。でも、僕はね、久君に、早く大人になって欲しいと願うんだ。法的にではなく、精神的に、肉体的に」

 

「僕の身体は、複雑で…」

 

「久君の『三次元化』は、おそらく成人すれば安定するんだと思う。起きている間に『回復』してしまって成長を止めてしまっているけれど、寝ている間は『回復』がなくなって成長する。でも、『高位』から流れてくるエネルギーは強すぎて久君は悪夢を見る。ぐっすり眠るためには肌を重ねて誰かと一緒に寝なくてはならない…」

 

「詳しいですね」

 

どこで知ったんだか。この知りたがりの破戒坊主は…

 

「睨まないで。君のプレッシャーは怖いんだから。『高位』からのエネルギーは強すぎて一緒に寝ている人も、いずれ許容範囲を超えて苦しむんじゃないかな」

 

ふと、思い当たる。今朝、僕の頬に当たってた柔らかい物。

 

「…澪さんの胸が大きくなった」

 

「それは、栄養過多かもしれないからわからないけれど…多分、澪さんや響子さん二人じゃ、足りないんじゃないかな」

 

「二人…三人…四人?」

 

「人数はわからないよ、流石に。でも、澪さんを救い、四葉真夜さんも救おうとするならば、多いにこしたことはないだろうね」

 

「一緒に居続けなければいいのでは?適度に距離をとっていれば」

 

「それは無理だろう?だって、君と澪さんは結婚するんだし、立場的に離婚は難しい。家庭内離婚もあるけれど、まぁ澪さんは君にぞっこんだから離婚も別居も、無理だろうね」

 

「澪さんと結婚しているのに?僕にハーレムを築けと言うんですか?」

 

「表現はどうとでも。久君は好きにすれば良い。なにせ、最後に残るのは君だ。現在の法解釈なんて、未来にはかわっているだろうから、お嫁さんが何人いても構わない時代まで生き残れば良いんじゃないかな?」

 

「八雲さん、僕をけしかけて楽しんでいるでしょう」

 

「まあ、否定はしないけれど、以前、これも言ったよね。君はこの国を救うために命を捨てた。その事実を僕は知っている。だから、君には幸せになってもらいたい」

 

「お坊さんが、重婚を勧めるなんて、末法ですね」

 

「僕は坊主である前に、忍びだ。忍びは、人間の心を持っていないのさ」

 

忍び。まったく得体の知れない便利な存在だ。

 

「『高位』にいた頃の僕は、よっぽど女好きだったんですかね。重婚とか浮気とか、全然嫌悪感を感じません」

 

「何しろ『王』だったんだろう?正室だの后、夫人や妾、情婦、お手つき、二号さん三号さん、他にも沢山いたのかもね。もしかしたら、女性関係に疲れて、『こっち』に逃げてきたのかも」

 

「それは、ちょっと嫌ですね」

 

そんな理由で次元の壁を超えて来たなんて…いや、『高位次元』って所は、争いの絶えない享楽的なところなのか…

 

ハーレム?

 

澪さん、響子さん、お母様…

深雪さんは達也くんの物だ。

真由美さんは…まあ、置いといて、他の女性の顔を思い浮かべる…あー

 

まったく、この色欲坊主は、余計な事を教えてくれた。

それでも、罪悪感が浮かんでこない僕は、やっぱり浮気者なんだろうか。

僕と共に在れば長寿と美貌が保てると知れば、近づいてくる女性は増えるだろう。もっとも、僕みたいな狂人と共にいられる精神の持ち主なんて、世間にそんなにいない。

いない筈だ。

いないよね…?

何だか、顔が赤くなる。新学期から学校でどんな顔をすれば良いのやら。

 

 

 




レオの祖父、ゲオルグの亡命事件は原作では50年前になっています。
このSSを構想した時、レオのお祖父さんの詳細は原作には書かれていなかったのです。
お祖父さんは群発戦争前期にドイツから亡命、久も関係して、SS内でレオとローゼンとの関わりを深めるオリジナルな設定を考えていたのです。
久が英語を日常会話だけ出来たのは、軍が、外国の魔法師を亡命させる作戦に久を従事させるためでした。
このSSではゲオルグは50年前ではなく、70年前、南米でローゼンから逃げて、
久が『瞬間移動』で北米西海岸まで護送した事になっています。
久が軍の亡命作戦に参加したのは一度きりで、その頃の久は薬漬けで能力が低下していたのと、戦局の悪化のために、久は再び前線に送られて、すぐ精通を迎えたからです。
設定したはいいけれど、レオとエリカは九校戦の時に勝手に解決してしまい、
その時、久はそれどころじゃなかったので、設定を生かせませんでした…汗。
ローゼンとの関わりだけは残りましたが…

では、また。

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