パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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新章、スタートです。
これからは久による、痛快チート炸裂SSになる…?


四葉久
メール


ゴーン。

行く年の鐘が撞かれて、最後の108回目の鐘をご住職が撞いた。鐘の音は暗闇の中に長い余韻を残して消えて行った。

2097年の元日を迎えた。

国営放送のアナウンサーが落ち着いて新年の挨拶をしている。全国のお寺や正月風景が中継される。

僕と澪さんは清里の温泉宿のリビングで、大きな画面のテレビを見ながら新年を迎えた。

お互い、丁寧に新年の挨拶をしていると、テーブルに置いた二人の携帯端末がメール着信の音楽を鳴らした。いわゆる『あけおめメール』が着信したんだ。

僕も登録してあるアドレスには自動で挨拶のメールを送るように設定してある。ちなみに設定してくれたのは響子さんだ。機械音痴な僕が全員にメールなんて送っていたら、三箇日が終わってしまう。

年始のメールは定型文だけれど、冬休みの予定を体調不良のせいで不義理にしてしまった将輝くんや真由美さんと香澄さん(泉美さんには必要ない)、光宣くんには別のメールを送信しておいた。

それと、烈くんにも確認のメールを送った。四葉真夜さんの養子になったけれど、問題なかった?って。

返事は短かった。

[久の好きにしなさい。後見役の立場はそのままで、自宅やその他の手続きも大学を卒業するまでは引き続きする。私の事は意識しなくても良いが、ただ、光宣の事は気にかけてやって欲しい]とあった。

[そんな事頼まれなくてもするよ]って返信する。

響子さんにも自分の体調を報告して、元日の朝、達也くんと深雪さんにも[早く結婚しなよ]とメールを送った。

達也くんからすぐに返事が来た。[今度会った時、ぐーで殴る]

深雪さんからも[今度会ったら、なでなでしてあげる]とメールが来た。

僕の頭部は大変な事になりそうだ。

そんなコントを交えつつ、元日はまったりと寝正月を決め込んだ。

澪さんも晴れ着は脱いでパジャマ姿でリラックス。過去のアーカイブを観ながら、真剣に意見を交換し合った。

 

2日も、のんびりしていたんだけれど、17時を過ぎて、僕と澪さんの携帯が殆ど同時に鳴った。僕の方はすぐに止んだけれど、澪さんの方は携帯が壊れたんじゃないかと思うくらい鳴り続けていた。

澪さんは携帯画面を確認すると、「久君、私、少し電話してくるわね」と、リビングを後にした。

別にここで電話をしても気にしないんだけれど?

僕も自分の端末を確認すると、十文字先輩、響子さん、光宣くんの3人だった。ん?3人とも新年の挨拶メールは来ていたけれど、何だろう。

携帯を操作してメールボックスを開こうとした時、今度はメールじゃなくて、電話のコール音がした。

電話の相手は、将輝くんだった。

澪さんが外に出ているので、元気なふりをするのをやめて、スピーカーフォンに設定をする。携帯をテーブルに置いたまま、

 

「あけましておめでとう将輝くん。去年は、急病で金沢に行けなくてごめんね」

 

「あけましておめでとう。それは構わないが、体調はどうだ?」

 

「実はかなり悪くて、このままだと新学期までには回復出来そうもないよ」

 

「そっそうか、そんなところに電話して悪かったな」

 

「うぅん、暇だったから。寝ていても辛いんだけれど、宿題と課題をしているより将輝くんとお話していた方が楽しいもん」

 

「宿題はした方が良いが、それはともかく今日、一時間ほど前、魔法協会を通じて有力魔法師に通達があったんだ。それによると…

司波さんが四葉の縁者で次期当主に指名されて、司波が四葉真夜さんの実の息子で、しかも二人は従兄妹で婚約をしたと。それに久も四葉真夜さんの養子になって四葉久と名乗る事になった、と。間違いないんだな?」

 

一息で長台詞を言い切った。気持ちが急いているな。

 

「え?公表されてたんだ。携帯のメールはチェックしていたけれど、魔法協会のは気づかなかった」

 

僕は体調不良も手伝って、のんびりと答える。

 

「おいおい、戦略級魔法師だろ、魔法協会の通達はちゃんと確認が必要だろう」

 

「うん、緊急の時は専用のダイヤルがあるから。それに、体調不良だから雑事が億劫で…」

 

澪さんが隣にいる時は元気を装っているけれど、今みたいに離れている時は、半死人状態なんだよな…

 

「それは…すまなかったな…だが、すでに電話をしてしまったから話を…聞きたいんだが、久は、司波と司波さんが『四葉』の縁者だって事は知っていたんだろ」

 

「うん。ごめんね、内緒にしてて」

 

「それは秘密主義の四葉だから仕方がないが…いつから司波達の事を知っていたんだ?」

 

「達也くんと深雪さんが四葉家の一族だったって事?それは去年…もう一昨年か、横浜事変のあった年の11月6日。四葉家にお招きを受けたんだけれど、その時偶然鉢合わせたんだ」

 

「四葉家に招かれた?久は以前から四葉家と何か関係があったのか?」

 

「ううん、全然ないよ。僕は孤児だし、魔法師の世界の事なんて、それこそ第一高校に入学してから知ったんだよ。達也くんと初めて会ったのも入学式の日だ」

 

「四葉の本拠地は公開されていないが…どうして屋敷に?いや、九校戦での俺との試合で久は一躍有名になったな、有力師族からの勧誘もあっただろう。スカウトの一環にしては屋敷に招くのは性急だが…」

 

「その話は長くなるんだけれど、入学したばかりの頃、僕は犯罪組織に誘拐されてね」

 

「なに!?」

 

「そのスカウトの魔法師にも襲われて…」

 

その時の事を、話せない事は省略して説明する。お母様が僕に同情してくれた事を知ると、将輝くんはすぐに納得してくれた。お母様の誘拐事件は魔法師の世界ではあまりにも有名だからだ。嫌な記憶だけれど、黄門様の印籠並みに便利でもある。

 

「司波と司波さんが実は従兄妹だった、と言うのは、知っていたのか?」

 

「全然。達也くんと深雪さんの事、僕は実はあんまり知らなくて、ご自宅には2回行ったけれど、それもCAD関係の用事だったし。ずっと仲の良い兄妹だって思ってた」

 

「そう、そうだな、友人と言うだけでは、四葉の内内の事までは立ち入りようがないな。(しかし、あの二人は仲が良すぎたな…くそぉ!)」

 

あー将輝くん、心の声が聞こえてるよ。呼吸が荒い。変な妄想をしているんじゃ?

ふーっと深呼吸をして、少し冷静になったようだ。

 

「そうだ、婚約おめでとう」

 

「ありがとう。達也くんに伝えておくよ」

 

「ん?俺は久のお祝いを言っているんだぞ」

 

「僕の?お母様の養子になれた事はすごく嬉しいけれど…?」

 

「久の婚約は驚いたが、しかし、さもありなんとも思ったぞ。久が戦略級魔法師になったのも五輪澪殿の為だったんだからな。早婚が求められる魔法師同士、これほど似合いの結婚は他にないだろう」

 

「ええと、何の話をしているの?」

 

「だから久と五輪澪殿との婚約と結婚の話だ」

 

ん?聞き間違いかな?

 

「澪さんが誰と?婚約?結婚?」

 

「四葉久殿と五輪澪殿の婚約と4月1日の婚礼の話だ」

 

「四葉久…え?それって僕の事だよね。は?」

 

「実は親父は久の婚約についても怒っていたんだ。俺は最初、戦略級魔法師同士の結婚はこの国の為にも望ましいし、四葉の養子になったのは、同じ十師族相手につりあう様政治的なやり取りがあったんだとばかり…」

 

「それは僕も驚いた」

 

「まさか、知らなかったのか?」

 

「うん、初耳。養子の話も大晦日に決まったばかりだし」

 

「…それは、まさか政略結婚みたいな、無理矢理なのか?」

 

「違うよ!僕は澪さんが大好きだし、澪さんも多分僕の事を好きなんだと思う。歳は離れているけれど(僕の方が50歳以上年上だ)僕は子供みたいなものだし、でも、いずれ澪さんには相応しい男性との出会いが…出会いは…ない…ないな」

 

澪さんは超引きこもりだ。

剛毅さんが怒っていたのは、去年8月の師族会議で、僕と藤林響子さんが婚約していると十文字先輩が発言したのを現場で聞いていたからだ。

十文字先輩の発言を九島真言さんは肯定しなかったけれど、烈くんの口利きと言うのは、本来ならものすごい重みがある。それは僕みたいな得体も正体もしれない子供が魔法師の世界にすんなりと受け入れられた事からもわかる。

それに僕の成人と共に正式に公表するつもりだなって十文字先輩も思っていたから、他の十師族の当主もそう考えていたんだろう。

その前に澪さんとの婚約を公表してしまえば、響子さんとの話は反故になる。いや、そもそも『正式』な婚約じゃない。

僕と響子さんの婚約は、婚約(仮)で、烈くんのお願いを冗談半分で受けた、あくまで口約束だ。僕も何度も婚約(仮)って言ってきたし、響子さん本人もわかっている。

婚約(仮)の立場を利用して、一族のお見合いの勧めをかわして、自由にやっていた。

でも、それは僕達しか知らない事情で、性格が真っ直ぐな剛毅さんは四葉家と五輪家が横槍を入れたと考えたんだ。それは、怒るよな…

 

 

 

 

僕はお母様に、[お話があります]とメールを送信した。

返事は時間をおかず返って来た。

[サンルームにいますから、すぐに『飛んで』来なさい]

僕は『意識認識』をしてお母様の居場所を確認すると『空間認識』して、障害物がない事を確認。『瞬間移動』で、一瞬より短い時間でリビングから四葉家のサンルームに移動した。

 

暖房の良く効いたサンルームにお母様と、黒羽の双子がいた。亜夜子さんと文弥くんが一緒とは思っていなかったから、僕も驚いたけれど、それ以上に双子は、突然の僕の出現に度肝を抜かれている。流石にお母様の目の前で驚きの声を上げるような事はしなかった。

でも、大声を思いっきり飲み込もうとした亜夜子さんは、可愛かった。

テーブルには紅茶とお茶菓子。文弥くんは片手にお菓子を持ったまま、突然現れた僕を見つめて口が半開きだ。

お母様は堂々と…いや、双子を見て、悪戯が成功した悪戯っ子の表情をしている。

双子の存在は、今はどうでも良い。

外はすっかり暗くなって、天井から冬の星空が見えている。

二重ガラスだから寒気は遮られているけれど、こんな時刻にサンルーム?

いつもお母様の後ろにいるはずの葉山さんがいない。今は、プライベートな時間なんだ。お屋敷には他にもお客さんがいるようだし、ここしか場所がなかったんだろう。

 

 

お母様と双子に新年の挨拶を簡単に済ませる。

お母様が椅子を薦めてくれたので、お母様の隣、亜夜子さんの向かいに腰掛ける。立ちっぱなしは、ちょっと辛い。

三人はカジュアルな服装をしている。僕だけパジャマだ。

お母様はゆったりと椅子に腰掛けて、柔らかな笑みを浮かべていた。

僕が質問しようとすると、質問を想定していたようだ。

 

「五輪澪さんとの婚約の件ね?」

 

僕はこくりと頷く。

 

「澪さんの事、好きでしょう?」

 

「この感情がそうなら、はい、好きです」

 

「藤林響子さんの事は?」

 

「好きです」

 

「結婚したい?」

 

「ええと、よくわかりません」

 

「残念ながらこの国の法律では伴侶は一人しか持てないわ。お付き合いするなら、奥さん以外の女性は、愛人ってことになるわよ?」

 

「それは、響子さん次第なのでは。響子さんが愛人でも良いって言うなら、僕も構わないですけど。結婚しなきゃ、本妻も愛人もないですよね」

 

文弥くんが固まっている。

亜夜子さんが、このガキは可愛い顔してなんて事を言ってんだっ!!で睨んでくる。

 

「残念だけれど、私達は隔離された山奥に住んでいるわけじゃないのよ」

 

「響子さんが愛人なんて立場に納まるとは思えないですが。そもそも一人でも持て余しそうなのに、二人は無理なんじゃ」

 

響子さんには、いずれ素敵な男性とめぐり合う機会はいくらでもある、筈だ。

あの、男性の器量を測るような言動さえ何とかすれば、すぐにでも素敵な恋人が出来る、筈。

職場の同僚の男性陣に恵まれていないと愚痴っていた。その男性陣の一人が達也くんなんだけれど、少なくとも澪さんよりは機会が多い…よね。

仕事が終わると、真っ直ぐ練馬の自宅に帰宅するけれど…実は、お友達がいない?

 

「七草香澄さんは好き?」

 

「ん?どうしてそこで香澄さんの名前が?」

 

「でも、デートしたでしょう?」

 

お母様は機嫌が良い。物凄く悪戯っ子の顔をしている。

 

「あれは荷持持ちですよ」

 

「真由美さんは?」

 

「真由美さんは、別に好きじゃないですよ」

 

「あら、贅沢ね。では、深雪さんは?」

 

「好きですけど、深雪さんは達也くんのモノです」

 

「その、達也さんは?」

 

「大好き!」

 

なっ!視界の隅の亜夜子さんが絶句している。

 

「さすがは、男の娘ね。では、私の事はどう思ってる?」

 

ちょっと考える。お母様に向ける僕の感情は、他の人のそれとは何処か違う。わからないけれど…多分、

 

「…愛しています」

 

「あらっ、嬉しい事を言ってくれるわね。それは母親として?女として?」

 

「それは…わからないです」

 

「久、澪さんと結婚なさい。貴方の人にあらざる狂気を受け止める事が出来る女性は、澪さんと私しかいない。でも、残念ながら私は女性として問題を抱えているわ。藤林響子さんは魔法師としては優秀よ。でも、常人。何百万人もの人を殺しても平然としていられる戦略級魔法師なんて存在、常人には受け入れられない。それは澪さんの五輪家を見てきた久なら良く理解できているはずよ。

澪さんはもともと虚弱で、女としてどころか、人並みの生活すら危ぶまれていた。それを救ったのは久、貴方でしょう。澪さんは貴方の物なのよ」

 

「僕と肌を長時間触れ合っていると、その人の身体が『回復』するんです。澪さんも光宣くんもそうだった」

 

「でも、その『回復』は触れ続けていなくてはいけないのでしょう?九島光宣君は貴方が一高に入学してから体調不良で休学を繰り返しているわ」

 

「…そう…ですね」

 

「貴方が『回復』してあげないと、澪さんは元の自立歩行も出来ない身体に戻って、数年後に衰弱死してしまうわよ」

 

いつも隣にいることが当たり前になっていたから、それは、考えたことがなかった。

 

「良いじゃないの、相思相愛、お似合いのカップルよ。久、澪さんと結婚なさい」

 

「だったら、僕はお母様を救えるかもしれない。僕は達也くんと違って、24時間以上、それよりも昔の傷も、失われた箇所も『回復』できるから』

 

「あら?久には婚約者がいるのよ、早速、浮気?」

 

「お母様は、お母様です」

 

「誰も本気で好きになれない、誰も本気で愛せるかもわからない、そもそも自分自身がわからない。でも来る者は拒まずって事?それって、ものすごく男として都合が良すぎよね」

 

「響子さんと婚約(仮)をした同じ日に、僕は澪さんと一緒のベッドで寝てたし、それでも全然平気だったし!恋愛感情がわからないし!子供だし!!そもそも僕は浮気者なんです!!」

 

開き直ったよコイツ!双子の刺さるような視線は、無視。

 

「僕の自宅は、僕一人で住むには大きいんです。部屋も余っているんです。最初っからそう言う設定なんです」

 

メタな事も付け加える。

 

「達也さんと深雪さんのお父さんは、姉と結婚している間も、別の女を囲っていた。姉が亡くなるとその女と半年もしないうちに再婚したわ。それはどう思う?」

 

んー?考えるけれど、やはり恋愛はわからない。僕は人の表情から考えを読むことは得意だけれど、見えないものは対処できない。これも探知系が全く駄目なことと関係しているのかな。

もういちど、よく考えて、

 

「それは、そのお父さんは一途に一人の女性を想い続けたって事、ですか?」

 

はぁ?っと双子がぼーぜんとしている。

 

「ふっ、あはははははっ」

 

お母様が、高らかにお笑いになった。これほど上品かつ大笑いするお母様を見るのは、当然初めてで、多分双子も同じなんだろう。目が点になっている。

 

「なるほど、そう言う解釈も成り立つわね」

 

笑いすぎで目に浮かぶ涙を拭いながら、お母様は感心してくれた。

 

「お姉さんは、お姉さんも恋愛がわからなかったのかも」

 

お母様の笑いが、止んだ。少し、室内の雰囲気が変化した。双子の緊張感が高まる。

 

「そう、そうね。司波龍郎さんは、種馬にしかすぎなかったし、小説のキャラクター紹介にも名前すら載っていない」

 

外伝で一章しか登場していないキャラが顔入りで紹介されているのに、その龍郎さんは名前すら紹介されていない。どんな漢字だったかネットで調べてしまった。アニメでは声は子安武人さんだったのに。おっと、脱線。

 

「久、龍郎さんの感想は深雪さんには言わない方が無難よ。普通、高校生の女の子なら嫌悪感を抱く問題だから…」

 

今度はお母様が、少し考える。

 

「久のその理屈だと、久は大人になれないわね。戸籍上の問題ではなく、肉体的に」

 

「僕は子供ですから」

 

都合の良いときにだけ子供をひけらかしてるわ…亜夜子さんが何か言いたそう。

 

「そう、子供ね。私も貴方の家に一緒に住もうかしら」

 

「それは、嬉しいです」

 

「残念だけれど、大人は色々とお仕事があるから…そうね亜夜子さんも久のお家に住まわせていただいたら?」

 

「ご遠慮いたします」

 

「文弥さん…は?」

 

「ご当主の命令だとしても、断固拒否します!」

 

「家から四高に通うのは遠すぎますよ。それでも家に住むなら毎日お弁当作るけれど」

 

僕もフォローする。

 

「…」「…」「くすっ」

 

「常人とは精神構造からして違う、常軌を逸している。本当に似たもの親子ね。そうね、親子なんだもの、これからは四葉家の屋敷に頻繁に遊びに来なさい。貴方なら一瞬で来られるのだから」

 

「一緒にお風呂に入ったり眠ったりしてくれますか?」

 

「甘えん坊ね。子供だから、当然よね。それと、勉強も教えてあげますよ。私の息子が高校留年なんて、恥ずかしいもの、ねぇ」

 

お母様が、双子をちらりと見た。双子が、一歩後ずさった。まさか、あれを…あれは精神にきついんだよ…

 

「以前、勉強を教えていただいた後の成績は抜群に良かったんです。ぜひとも、勉強も教えてください」

 

およしになったほうが…いや、姉さん、成績不振で留年するよりあれの方がましかも…

 

何をぶつぶつ言っているのやら。

 

 

 

何だか説得されに行っただけだったな…

四葉家には数分しか滞在しなかったから、澪さんはまだリビングに戻っていなかった。

宿に戻って、ロッキングチェアに横になりながらテーブルに置きっぱなしだった携帯を取って、メールの確認をする。

出かけている間に追加のメールはなかった。まずは、

 

十文字先輩・[久、いや、四葉久殿、ご婚約お祝い申し上げる。もし、もしだが、相談したい事があれば、相談に乗る。いつでも連絡してくれて良い]

 

十文字先輩は、気遣いの人じゃないけれど、僕には十文字先輩なりの気配りと心配をしてくれている。少し、天然なのがあれだけれど。

十文字家の当主代理として、今回の発表にきな臭いものを感じているようだ。

 

響子さん・[婚約おめでとう。色々と報告と今後の話しもあるから、帰宅したら『家族会議』を開きましょう]

 

やけにあっさりとしているな。響子さんは当事者なのに。

 

光宣くん・[体調は大丈夫ですか?僕はここの所、元気です。って、いつも通りお互いの体調の確認をしてみました。発表は驚きました。ご婚約おめでとうございます。

響子姉さんとの婚約が破談になったのは残念ですが、久さんが達也さんと深雪さんとご兄弟になられると聞いて、それはとても羨ましくもあります。

今後も、これまで通り、友人として接してくれると嬉しいです。僕は、その友達が少ないもので…]

 

光宣くんは相変わらず考えすぎだな。光宣くんにだけは返信をしておこう。

 

久・[体調が回復したら、真っ先に生駒に行くから。また悪巧みをしようね。光宣くんは僕の初めての友人なんだよ、僕の方こそこれまで通り接して欲しいな]

 

 

また静かな時間が戻って来て、うつらうつらと舟を漕いでいた。

椅子を動かす音で、ふっと目が覚めた。

澪さんが椅子を自分で移動させて、僕の左手側に座った。

 

「ごめんなさい、起こしてしまった?」

 

「ちょっと寝てた。澪さん、電話長かったね」

 

「ええ、知り合いから祝福の電話が鳴り止まなくて」

 

そう言ってから、視線を暖炉に向けた。僕もつられて、赤い炎を見つめる。

 

「大晦日にね、エステと着付けで4時間ほどリビングにいなかったでしょう?実はあの時間に響子さんと電話をしていたの。本当は自宅にいる時にお話できれば良かったのだけれど、久君の状態が状態だったから、タイミングがつかめなくて」

 

「澪さんは僕との婚約の事を知っていたんだ」

 

「五輪家に帰った時に父から話をされてね。嬉しかったのだけれど、同時に、響子さんに申し訳もなくて…今の関係も楽しくて、でもいつまでも中途半端ではいられない。私も響子さんも大人だから」

 

響子さんへの態度の微妙な変化はそれだったんだ。

 

「結婚の日取りは、父が私の、その、年齢を考えて、少しでも早くって決めてしまって。結婚してもね、別に夫婦生活とかは、これまで通りで、そういう事は、久君がもっと大きくなってから、久君が嫌じゃなかったらだけれど、

だから、その…私をお嫁にもらってください!」

 

澪さんが僕に身体を向けると、俯くように頭を下げた。

かっ、可愛い。愛おしい。これが、恋なのか、愛なのか。やっぱりわからない。僕の『精神』は人間になりそこなっている。

でも、お母様が言っていた。澪さんは、僕がいないと死んでしまう。僕も、寂しがり屋でいつもそばにいてくれる澪さんは、とても大事な女性なんだ。一緒にいてくれるなら誰でも良いのか?違う。

 

「僕が、今、この時代に生まれたのは澪さんに出会うためだったんだ」

 

澪さんが降ろしていた頭を上げる。

 

「僕の方こそ、お婿さんに貰ってください。僕は、良い主夫になるよ」

 

澪さんが笑う。

 

「知ってますよ、『家族』なんですから」

 

澪さんが僕の手に手を重ねた。

 

その後、恋愛ドラマなら二人の夜は暖炉の炎のように燃え上がるんだろうけれど、残念ながら僕は子供だ。そんなロマンスは起きず、静かに時間が過ぎて行った。

 

 

 

二日後の1月4日早朝。

 

ん?

メールが来てる。誰だろう。

 

七草香澄・[久先輩、お話があります。新学期、学校で]

 

 




この回から、久の語る文章から『』が殆ど消えました。
これはこのSS初期にはなくて、久の『精神支配』が進むにつれて多くなっていきました。
しかし、前回、頭の中をリセットしました。
意識を失っている間、真夜と達也の会話を覚えていないけれど、漠然と聞いていて、
自分の過去の精神支配は駆逐されたんだ、と考えました。
久の精神支配は思い込みなので、それも達也の言葉だし、すとんと憑き物が落ちてしまいました。
本人はまだ気がついていません。
文章も読みにくくなっていたので、ここでリセット。
久は世間が抱く四葉の不気味さをまったく感じていません。
四葉への噂や誹謗中傷も、全然気になりません。
この国の魔法師開発で酷い事を、どの家もやっていると知っています。
そもそも、自分自身が証明なのだから。
久は真夜の事を、ちょっと意地悪だけれど、優しい大人の女性だと信じています。
深雪と水波の真夜への恐れっぷりが不思議で不思議でしょうがない程に…


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