パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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瞬間移動って便利だね!


古都内乱

月曜夜、興奮気味の光宣くんから携帯に連絡があった。光宣くんの声が高い。喜び溢れる光宣くんの声は、『櫻井孝宏』さんに似ている、と僕は脳内設定している。すごくしっくり来るぞ!

昨日、達也くんと深雪さん、水波ちゃん達と奈良一帯を『伝統派』の探索がてら観光したこと、『伝統派』の術者の襲撃を受けて、撃退、三人の卓越した『魔法』に改めて感動したことを熱く語ってくれる。光宣くんの語り口は、丁寧でその情景が浮かんでくる。原作14巻183ページの挿絵の光宣くんは等身が高くて、超絶美男子だなぁ。

 

「思考型デバイスを自分の物にした今の光宣くんは、正面からでも僕に勝てるよ」

 

って言ったら、通話口から聞こえる声が、それはもう嬉しそうだった。

その電話を僕は、自宅の勉強部屋でしていた。今は、勉強時間なんだけれども、嬉しそうな光宣くんとの会話の方が優先だ。うん。

でも、これは長電話になりそうだ。僕は携帯をスピーカーモードにして、くつろぎながら光宣くんの語りを聞いていた。光宣くんは達也くん達の事は九校戦のテレビ放送で見ているし、僕との雑談で何度も話題に出ているから物凄く親近感があったそうだ。

同世代の友人に飢えている、と言うのもテンションの高さの原因でもある。そのテンションのわりに、どうして昨夜電話をしてこなかったんだろう?

 

「久さんは副生徒会長になられたんですってね。僕も今月から二高の副会長になったんですよ」

 

同じですね、って笑う光宣くん。名ばかりの僕と違って、光宣くんは次期生徒会長だけれどね。

 

「京都の論文コンペには、これで久さんも来られるのですか?」

 

「どうかな、僕が参加すると警備が面倒だから、お留守番じゃないかな」

 

「警備は問題ないと思いますよ、生徒にはナンバーズも多くいますし、魔法協会主催ですから…」

 

「参加は僕が決めることじゃないから何ともいえないなぁ。光宣くんは論文発表メンバーの一人なの?」

 

光宣くんの明晰な頭脳なら主筆かもしれないな。

 

「はい、これは内緒ですが、『パラサイト』の研究成果を僕なりにまとめた内容になっています」

 

「…それは、大胆だなぁ、『系統外魔法』って原理とか全く不明なんだよね」

 

目に見えないだけでなく、計測できない『精神』についての論文となると、これは一大センセーションだ。観測できない感覚的な物を文章にするのは大変そうだ。

『パラサイト』の培養方法、一体一体の強化、『精神支配』をより容易く行うこと。実用的な部分はかなり際どいから、多分理論重視の論文になるんだろうね。

どのみち、僕の知能では理解できないけれど…僕にとっても『系統外魔法』はあまり心穏やかではいられない、ちょっとお尻がムズムズする話題だけれど、永続できない『現代魔法』の『精神支配』はかけ続けないと意味がないから、僕も少しは落ち着いて光宣くんの話を聞いていられる。

実験動物時代の僕の『精神支配』は『魔法』じゃなくて、催眠暗示による刷り込みだ。同じ言葉を来る日も来る日も、何度も何度も聞かせる。時間はかかるけれど、効果を消すのは難しい。

何しろ、70年経っても、僕はその支配から抜け出せない。そう考えると、やっぱり落ち着かなくなる。

こう言う時は『真夜お母様』に頂いた指輪に触れていると落ち着くけれど、自宅にいるときはデバイスのペンダントと一緒にリビングに置いてある。

その代わりに、勉強机にある『光の紅玉』専用CADを収めたジュラルミンの小箱をじっと見つめる…

 

「あっ、申し訳ありません、ちょっと専門的な話を一方的に語ってしまって…退屈でしたよね」

 

生返事をしていた僕が少しダンマリしたので、自身の論文の内容を熱く語っていた光宣くんの滑らかな舌が止まった。光宣くんの語る内容は全くわからなかったから、僕の耳を左から右に通過しているだけだったけれど。

 

「うぅん、嬉しそうな光宣くんの声を聞けて僕も嬉しいから。そう言えば、その春日山遊歩道で倒した敵は、その後どうなったの?」

 

僕の話題変更と言う名の疑問に、光宣くんが返事に困っていた。襲撃者は死者はいなかったけれど全員現場に放置してきたそうだ。時間が無かったとは言え、達也くんや光宣くんにしては乱暴な処置だ。九島家に監禁すれば色々と情報を得られただろうに、『伝統派』に戻られては二度手間だ…まぁ、達也くんたちと少しでも一緒に居たいと言う気持ちは、よくわかるけれどね。

 

「襲撃者は、地元の警察が回収しました」

 

「回収?逮捕じゃなくて?それじゃぁ光宣くんたちは事情聴取を受けなくちゃいけないんじゃない?」

 

正当防衛とは言え、『魔法』の無断使用は、れっきとした犯罪行為だ。アニメ第一話から散々言われていることだけれど、もう誰も気にしていないよね、これ。

 

「いえ、街頭センサーや監視カメラはなかった場所なので、僕たちの事は知られていないはずです」

 

いくら田舎だからって、観光地なのに…

奈良や京都では、『古式魔法師』同士のいざこざで、けが人や人死には日常茶飯事なんだそうだ。その際、死体は身内で処分して、表沙汰にならない様にする不文律もあるそうだ。古都においては『古式』の争いは1000年以上続いているからだけれど、法によらない復讐劇なんて、ほとんどヤクザの世界だ。

まぁ、この世界の公権力は、正直、無能だからなぁ。

 

「複数の重症人が発見されたんならニュースになるよね?なっているの?」

 

「いえ、まったく報道はありませんでした。念のため、僕も警戒していたんですが、その後、襲撃者達の身柄は国防軍の施設に移されました。軍は最初から襲撃者の事をマークしていたようです。勿論、僕たちの戦闘も把握しているでしょう。

管轄が警察から軍に移行したせいか、僕が『九島』だからなのか、何も言ってこないのです。どうやら、軍も表沙汰にはしたくないようですね。まぁ、あれから1日しか経っていないので、事情聴取は後日かもしれませんが」

 

「…『魔法犯罪』にいきなり軍が動くのがおかしいね」

 

「はい、『魔法違法使用』は警察の管轄のはずです。なのに…軍、それも、どうやら情報部が動いているようなのです」

 

情報部?

いくつか理由が考えられる。襲撃者に軍の関係者、もしくは脱走者がいた…『伝統派』がかくまっている人物『周公瑾』を軍も探している…

『パラサイト』を狂わせた術式を施した大陸の魔法師の派遣と逃亡は、周公謹さんが実行したそうだ。周公謹さんは、『四葉』と『九島』が追っていて、今は奈良か京都の『伝統派』がかくまっている。達也くんたちの九島家訪問も周公瑾さんの確保、もしくは殺害の協力要請だったんだって。

これは、周公瑾さんにとっては、かなり厳しい状況だ。でも、『仙人』になるためにより強者との戦いを求める術者の彼にとっては、ある意味望むべき状況でもあるわけだ…

でも、情報部か…もしかしたら、周さんは『伝統派』の軍人がかくまっているのか、『パラサイドール』の事件の流れから粛清をまぬがれた『強硬派』の一派がいて、情報部はそれを探している、もしくは両方かな?

それに、もうひとつ、情報部は達也くんの事も調べようとしているのかも。達也くんは軍属でもあるけれど、『四葉』であることは隠しているし、軍内の派閥や十師族との関係も、色々と面倒だ。

 

「うぅん、わかんないや!どのみち、軍が動いたんじゃ何も出来ないね」

 

「そうでもありません、『伝統派』は僕だとはっきり認識して襲撃してきました。これまでのこそこそと影から嫌がらせをするのと違って、『九島』に正面から挑んできたのです」

 

「それは全面戦争になるって事?」

 

「それは無いと思います。『伝統派』は一枚岩ではありません。京都と奈良でも思惑が違うようですし、周公瑾に指嗾されているのかも知れませんので…」

 

指嗾…難しい言葉を知っているなぁ光宣くんは。

指嗾。しそう。[名]人に指図して、悪事などを行うように仕向けること。指図してそそのかすこと。ってGOO辞書にある。

 

「ただ、今回の襲撃は奈良の『伝統派』の最大派閥が動いていました。最大と言っても『九島』と正面から戦える戦力はありませんが」

 

「つまり、近々『伝統派』同士の会合があるわけだね」

 

「ふふふ、察しがいいですね、久さん。それは、あさって水曜日、16時ごろに行われるようです。それも、九島家への恨みが、まぁ逆恨みですが、強い派閥が集まります」

 

「なるほどぉ、その情報を今日一日かけて集めていたから電話が今夜になったんだ。いつも思うけれど、そう言った情報はどこから手に入れてくるんだろう?」

 

「色々ありますが、今回に限って言えば、お祖父様が協力してくれました。僕が襲撃された事でお怒りになられて…ご心配をかけてしまいました」

 

孫可愛がりだからなぁ烈くんは。でもそこに父親である現当主の名前が出てこないのは…まぁここも色々ある。光宣くんとの会話では響子さんは出てくるけれど、実の兄たちの話は殆ど出てこない。

 

「九島家の手ごまは使って良いそうです。ただ、現場の指揮と計画は僕が立案します。で、『伝統派』は大胆にも奈良市内で会合を開くそうです。遅れてきた夏の虫のような連中ですが…」

 

慌てていて、集まりやすい場所を優先したのかなぁ。町の真ん中じゃ、常識では襲いにくいけれど、情報が駄々漏れなのは奈良の『伝統派』は組織として自信があるのか、旧態依然としているのか、自慢の隠密行動が加齢で鈍っているのか。それとも周さんに唆されているのか…

 

「まとめて駆除しちゃうの?」

 

「はい、煩わしい虫どもはこのさい駆除してしまおうと…ただ、昔ほど『伝統派』は勢いが無いので、水曜日に会合に集うメンバーは案外少ないそうです」

 

『伝統派』も高齢化の波には逆らえない。以前、襲撃してきた術者も、老い先短い人生の最後の暴走だった。憎しみを長年保ち続けることは、普通の精神では出来ない。『伝統派』はもともと執念深いモノ達の集まりなんだ。そのエネルギーをもっと生産的な…まぁいいか。

 

「どれくらいいるの?」

 

「代表者10名だそうです。護衛や腹心を含めると20名程だとか」

 

「思ったより少ないね。急の会合だから都合が悪かったのかな…で、皆殺し?」

 

「生け捕りの方が望ましいですが、『伝統派』の術者に見るべき人物はいませんし、抵抗されれば殺害も止むを得ません…ね」

 

「僕も加わって良い?僕がいると混乱が広がるから、光宣くんが指示してくれるとスムーズに事を運べるけれど?」

 

「もちろん、久さんもいてくれると心強いですが、でも、『戦略級魔法師』と言う国の宝を危険に晒すのも気が引けるのです…」

 

「気にしないで。『本気の僕』を傷付けられる者は、いないよ」

 

「そう、ですね、くすくす」

 

薄く、怪しく、優雅に笑う光宣くん。いつか勝負してみたいって、心の中では思っているなぁ。

尊敬する烈くんのお膳立てと、僕という最強戦力。采配の振るいがいがある。張り切りつつも、今回は、襲撃計画二度目だから余裕が感じられる。

 

「じゃぁ、当日は『一高から直接待ち合わせ現場に行く』から、僕の事は好きに使ってよ。何千人でも殺して見せるよ」

 

「そこまでの規模じゃないですって」

 

それじゃ内乱じゃなくて、戦争だね。いや、一方的な蹂躙かな?

子供同士の悪巧みに、今回は大人が、それも酸いも甘いも知り尽くした烈くんが協力、後始末をしてくれる。緊張感以前に人としてのモラルに欠けている、何とも度し難い、始末の悪い子供達だ。

 

 

水曜日、16時10分。僕は一高に『戻ってきた』。

『伝統派』襲撃に関しては、語ることはあまり無い。襲撃は、前回の経験から、ごく簡単に終了した。

 

一高での授業後、僕はまず料理部の部活に向かった。今の僕は料理部と生徒会の二足のわらじをはいている。水波ちゃんも同じだけれど、水波ちゃんは生徒会に出ずっぱりで、僕は深雪さんにお願いされたら生徒会に出るようにしている。

今週から、達也くんが論文コンペの援軍に借り出されたので、警護の関係で生徒会室に人が足りなくなっている。僕でも電話番程度はできるから、今週から放課後の半分は生徒会室に詰めている。

深雪さんには料理部の仕込があるから一時間弱遅れる事を了承してもらう。僕は料理部に関してはこだわりがあるから極力参加したいんだ。食い意地がはっているだけなんだけれど、料理部は文科系部室棟の調理室で活動をする。

調理室に移動した僕は、深雪さんにもらったエプロンを身につける。他の部員がまばらに部室に現れる中、手際よく鶏肉をさばいて、開いた肉にローズマリー、エストラゴン、オレガノ、白ワインと刻んだたまねぎをつめる。にんにくも入れたいところだけれど、匂いを気にする女性陣が多いので遠慮する。部活的には20分も浸けておけば良いんだけれど、一晩置いた方が肉に香草の香りが移って美味しくなる。今週は時間がない事は部員に知らせてあるので、処理した肉を真空パックに入れて、冷蔵庫に一晩置いておく。ここまで30分とかかっていない。この手際のよさを機械操作につなげられないのは謎だ。

僕は手を綺麗に洗って、部長に一言ことわりを入れて、部員全員に挨拶する。料理部は比較的自由度が高いけれど、僕だけ別メニューだから、ごめんなさいって。生徒会役員なのに意地でも料理部に出ようとする僕の事を、料理部の部員達は好意的にとらえてくれている。明日完成する料理は量は多いから、部員に振舞うことで、ご機嫌をとっていたりする。

料理部は部室棟の一番端っこで、部室錬には美月さんの所属する美術部もあるけれど、どちらかと言えば女子生徒が多い。料理部も男子は僕一人。だから、最寄の男子トイレを利用するのは、僕だけだ。

調理室を出ると、廊下を確認する。誰もいない。靴洗浄システムが進んだ現代では、一高は校舎内でも指定の外履きだから靴を履き替える必要はない。僕は男子トイレの個室に入る。ポケットから、ハンカチで大事に包んだ指輪型CADを取り出して、右手薬指にはめる。完全防水ではないから部活中は外して、慎重にポケットにしまっているんだ。生徒会役員の僕はCADの所持が許されているから、事務室に寄る必要もない。

端末で、指定の合流場所をチェックして、『意識』を集中する。位置情報の記録される端末は、念のためトイレの個室に残しておいて、『空間認識』。

場所は、奈良中心市街地東南部に位置する、歴史的町並みが残る地域、いわゆる、ならまち。

 

僕は、『飛んだ』。

 

九島家のリムジンの近くに現れた僕は、光宣くんと合流した。時刻は15時55分。

 

「天気が良くて、良かったね」

 

僕の最初の挨拶はそれだった。見上げると薄い青色の空、ご近所同士の挨拶みたいな気軽さだ。リムジンの中には光宣くんと烈くんがいた。光宣くんはやや緊張気味で、烈くんはまるで居眠りでもしているかのようなリラックスした態度だ。

光宣くんは動きやすい服装だけれど、僕は一高の制服のまま。荒事には向かないけれど、リムジンで座ったままだから問題ない。

 

ならまちは、狭い街路に江戸時代以降の町屋が数多く建ち並ぶ歴史的町並みが残る地域で、地元市民の暮らしの場で、観光地でもある。その中の大きなお屋敷が奈良の『伝統派』の会合の場だ。平日の市民の暮らしの中、『古式魔法師』の剣呑な会合が開かれるにはそぐわない場所だ。

会合が行われる町屋はお屋敷だけれど、間口が狭く奥行きの長い、うなぎの寝床のような構造をしている。集団での襲撃は難しい。そのあたりは『伝統派』も『九島』の襲撃を警戒している。

ただ、警戒のレベルが中途半端だ。正面から戦いを挑んできたのだから、命がけの警戒をしなくちゃいけない。一人の卓越した『魔法師』の存在は、集団を遥かにしのぐ。それが、『現代魔法』の共通認識なんだから。

僕たちを乗せたリムジンは音も無く玄関に横付けされる。柿渋色の町並みに、寸胴で不恰好なリムジン。物凄い違和感だけれど、通行人は誰も気にしない。烈くんによる『認識阻害』だ。そもそも、通行人や観光客はこの場に近づけないよう『伝統派』が結界をはっている。ただし、喉元まで敵に入り込まれては、それも逆効果だ。

町屋の玄関がすっと開いて、警護兼案内役の男が二人現れた。遅れてきた、もしくは後から参加した『古式魔法師』の誰かと思い込んでいる。光宣くんの『系統外魔法』でそう思わされている。

玄関は一見、御影石の踏み台のある木製の格子戸だけれど、その実は頑丈な金属製だ。厳つい鍵がかかっている。男達は無警戒で鍵を開ける…

それを合図に、烈くんの手ごまの隠密性にすぐれた『魔法師』が、周囲を警戒していた敵の『古式魔法師』を背後から襲っている。玄関を開けた男たちが、意識を刈られ音も無く倒れる頃には、ならまち一帯は『九島』の『魔法師』に完全に制圧されていた。やはり、以前僕たち主導で行った襲撃の時よりも『魔法師』のレベルが高い。

烈くんは長い足を組んで、眠っているように座っている。光宣くんは完全思考型デバイスによるCADの操作を完全にモノにしていた。

その光宣くんの、お願いします、って視線を受けて、僕は『魔法』を発動する。

今回の襲撃は以前の反省から、僕がメインだ。光宣くんときちんと打ち合わせをして、計画にズレが生まれないようにしている。襲撃計画は単純な方が良い。僕の光宣くんへのアドバイスはこれだけだった。

『魔法』は簡単だ。以前、夜の都心で達也くんを襲撃しようとした不審者達を無力化した『酸素分圧』。ただ、今回は人数が正確には不明なので、人そのものにでなく、町屋全体にかける。

地図で確認して『移動系魔法』で町屋全体を立体的な座標に指定する。その座標内に『気圧流動変化』『気密防壁』『収束』『圧縮』『移動』のマルチキャストで、指定空間内の気圧を低下、酸素の濃度を上げる。超高分圧の酸素を吸った空間内にいる人間は、思考が鈍る中、疑問を抱くことなく一人、また一人と眠りに落ちるように意識を失っていく。

あまり酷い『酸素酔い』は命を落とすことになる。高齢者の多い『伝統派』の指導者は、肉体そのものは常人より鍛えている。加減は難しいけれど、数人死んでいたって構わない。生き残って、『九島』の手に落ちたその後の運命は、たぶん楽しい物じゃないから、どちらが良いかは…僕には興味がない。

 

命を奪う攻撃をしてきた以上、どんな命の奪われ方をされようと、文句は言えない。言わせない。

 

「終わったよ」

 

リムジンが玄関に横付けされて5分、僕は『魔法』を発動し終えた。拍子抜けするほど、静かな襲撃だった。

 

「これだけの広い空間に『領域干渉力場』を発動させつつ、町屋全体を座標にマルチキャストで『魔法』攻撃…逃げも隠れも出来ない。しかも、その間、まったく余剰サイオンを出さないなんて、流石は久さんです…」

 

非常時なのに、目の前に座る光宣くんは身を乗り出すように、感動の目で僕を見ている。

僕は念のため他の『魔法師』からの攻撃を想定して、リムジンと町屋を『領域干渉力場』で覆っていた。『魔法』は3分ほど発動していたけれど、その間、僕は自宅のリビングでくつろいでいるような態度だった。

 

「準備した『魔法』を使うだけだから大したことはないよ、僕は基本しか使えないし」

 

想定された範囲に、基本の『魔法』を予定通り使う。破壊力や規模は違っても、『光の紅玉』もそれは同じだ。まぁ、僕の魔法力なら、奈良市市街地そのものを『領域干渉力場』で包むことは容易だけれど、無意味なことはしない。

 

「そもそも規模が違いすぎる…人間の枠を超越…『戦略級魔法師』は、やはりすごいです」

 

「『系統外魔法』すら物にしつつある光宣くんに勝つのは、『戦略級魔法師』でもかなり難しいよ?」

 

「お互いを褒めあうのも構わないが、それは後にしなさい」

 

烈くんが、襲撃開始直前から初めて声を発した。リムジン内の烈くんは、全てを光宣くんに任せきっているようだったし、嬉しそうでもあり、孫をフォローしようとうずうずしてるようでもあった。

 

「では、後は手はずどおりに」

 

苦笑する光宣くん。そんな表情すら華の様。

会合場所の周辺に潜ませていた九島家の戦闘員が、整然と町家の格子戸の中に消えていく。それらの指示は光宣くんが行うことになっている。屋内から騒動は聞こえない。どうやら敵は全員無力化出来ているようだ。ご愁傷様。

リムジンからすばやく降りる光宣くんに、視線で挨拶を送る。光宣くんが不敵な笑顔で頷いた。

 

光宣くんを降ろしたリムジンはゆっくりとその場を離れた。かわって、目立たないバンタイプの電動カーが、町家の玄関前にとまる。その後の『伝統派』指導者たちがどうなったかは、どうでもいい。

 

古い町並みの狭い道路を静かに走るリムジン。烈くんと僕の二人が車内には残されている。光宣くんという大輪の華がいなくなっただけで、同じ車内とは思えない寂しい雰囲気になった。僕は光宣くんの出て行ったドアを見たままで、烈くんの態度はいつも通りだ。

 

「光宣くんは、本当に良い子だなぁ。僕たちと違って真っ直ぐ伸びてくれると良いんだけれど」

 

僕の呟きは、はっきり言ってもう手遅れ、愚痴に近かった。光宣くんは『九島』なんだから。

 

「自慢の孫だね。羨ましいよ」

 

「有難う、素直に嬉しいよ」

 

本当に嬉しそうだ。その姿は、孫を褒められた祖父。どこにでもある普通の家族の情景でも、その祖父は『魔法師』の過去の象徴、向かいに座る僕は、イビツながらも現在の象徴、光宣くんは近い将来の頂になる…

ただ、光宣くんには健康不安がある。その原因は、僕にはわからない。僕の『遺伝子情報』が光宣くんの体質に悪影響を与えているのかも、と言う僕の懸念はいつも、心の澱となって残っている。同様の深雪さんが健康体なのだから、違うとは思いつつも、でも、気になる。恐らく烈くんは、光宣くんの健康不安の原因を知っている。僕が質問すれば、烈くんはちゃんと答えてくれる。それが昔からの僕と烈くんの関係だ。

答えを聞いたところで、僕は何もできないか…複雑な家庭の事情も孕んでいるだろうし。

そんな感傷も、数秒だった。僕はいつまでもここにいちゃいけない。早く一高の『トイレ』に帰らなきゃ。

 

「じゃあ、烈くん、また」

 

「ふむ、気をつけてお帰り」

 

気をつけてお帰り、か。ちょっと変だね。僕たちはくすくす笑いあう。

こんな笑い、昔もあったな。70年前の戦場、火薬の匂いと爆音に包まれた破壊された都市の光景が脳裏に浮かぶ。あれはどこの町だったかな、沢山殺して、沢山破壊して、乾いた風に死臭が混じっていて…多すぎてわからないな。昔、僕が帰る場所は、非人道的な研究所の独房のような個室だったけど…大昔の事だ。僕は、今を生きている。

 

僕は烈くんの目の前から消えた。風の一吹きも起こさず。

 

 

一高のトイレに戻った僕は、端末で時間を確認した。奈良にいたのは10分そこそこだ。トイレの個室にこもるにはちょっと長いけれど、奈良までの往復には不可能な時間だ。

トイレにも廊下にも誰もいない。校庭から部活中の生徒の声や金属音が聞こえる。放課後、部活の時間。料理部の調理室からは部員達の楽しそうな雑談が漏れてくる。

スイッチを切り替えるよりも劇的な、環境と風景の変化だ。常人なら、頭の中が切り替えに着いていけないでパニックになるかも知れないな。

この変化に耐える精神力、脳のタフさを、僕は昔から持っている。単に壊れているだけか…

 

生徒会室には泉美さんが一人残っていた。一高の生徒会も、いよいよ論文コンペに向けて総動員となったわけだ。

 

「あっ、久先輩、ちょうど良かった。私、これから備品の搬入に来た業者さんとの打ち合わせがあって…」

 

学校の備品の管理を生徒会がするって、どれだけ教師陣は怠惰なんだろう…

 

「うん、お留守番しているから、早く行って来て」

 

「お願いしますね」

 

泉美さんがパタパタと、お行儀が悪くない許容範囲の慌てぶりで、生徒会室から出て行った。

僕は、生徒会では特に何もできない。だからお留守番、電話や各役員への連絡係だ。

広い生徒会室に、ぽつんと僕が一人…いや、部屋の隅に気配のまったくない『ピクシー』が立っている。

今は命令があるまでは半待機状態で、文字通り人形のように、物の様にそこにある。

でも、その目は開いている。人造の仮面に開けられた二つの穴にはめ込まれたガラスの瞳が、僕を見つめている。全く瞬きをしないそれは、怖気が走る、不気味なホラーだ。

放課後の、日暮れ前の生徒会室で見つめあう、人形のような顔の『高位次元体』二人…二体?

 

でも、『ピクシー』のその目には感情がこめられている。達也くんを見つめる時は、依存、奉仕、愛情。僕を見つめる時は、畏敬、尊敬、同胞を見る親近感、かな。

『ピクシー』と対面すると、僕は『高位次元体』なんだなって思う。二人の間に言葉は無い。『ピクシー』の羽音のような『声』は研究所の低周波のように僕の心に伝わってくる…

何を考えているのかは、僕には伝わらない。

 

「あれ?久先輩、一人ですか?」

 

「あ、香澄さん」

 

生徒会室は、風紀委員本部と直通階段で繋がっている。風紀委員の香澄さんは、双子の泉美さんが副会長だけれど、あまり気軽には利用しない。生徒会室には先輩が多いし、入り浸っている雫さんは裏番長だし、なにより達也くんが苦手で、一方的に相性が悪い。

今週になって、達也くんは忙しくて生徒会室にはあまりいないけれど、生徒会役員と裏番長の雫さんの全員が出払って、僕が一人でお留守番と言うのは、今日が初めてだった。

 

「風紀委員の見回りは終わったの?」

 

「はい、自分の担当は。何かお手伝いできることはないかなって思って」

 

香澄さんは卓越した『魔法師』だけれど、『七草』でもあるから、コンペメンバーの警護に当てるわけには行かない。泉美さんの警護担当とも言えるけれど、その点でちょっと不満そうだ。基本的に責任感があって真面目だから、学校…生徒会に貢献したいんだと思う。

どこかの半端な副生徒会長も見習うべきだ。

 

「お隣、座ってもいいですか?」

 

「うん、何か飲む?って言っても紅茶か緑茶しかないけれどね」

 

『ピクシー』にお茶を淹れてもらう。流石はメイドロボ(?)。何だか生き生きしているな。生きていないロボットが生き生きしているってのも変だけれど。

僕と香澄さんは並んで座っているけれど、特に会話は無かった。でも、不思議と気持ちが落ち着くのは香澄さんも同じみたい。香澄さんは普段活発なのに、僕の前では少し大人しいのは、僕が騒がしいのが苦手って知っているからだ、と思う。

二人は静かに、作法を守ってお茶を飲んでいた。秋の陽はあっという間に落ちて、外は薄暗くなりつつある。リノリウムの床が朱色に染まっている。

二人きりの静かな時間。香澄さんの顔も少し、赤いな。それにちょっともじもじして…?

 

「あっ、そうだ、さっき料理部で鶏肉の香草焼きの仕込をしたんだ。鶏肉は、一高と契約している畜産農家が自然に育てた肉だから、市販のよりちょっと歯ごたえがあるけれど、一晩浸けておくとすごく美味しくなるんだよ」

 

「それは、美味しそう…久先輩は、料理には手を抜きませんね」

 

「えへへ、すごく美味しくできると思うし、結構量があるから、明日、見回りのついでに料理部に立ち寄ってよ」

 

「そうですね、行きます。楽しみです」

 

香澄さんは機嫌が良いけれど、消化不良を抱えていると言った印象を与える表情だった。出会った頃のぎこちなさは、僕たちの間からすっかり消えうせているけれど、打ち明けたい事があるのに、今の関係も崩したくは無い、でも二人きりの今はチャンス!みたいな?

わからないけれど、僕は微笑をたたえて香澄さんを見返している。

 

半待機状態の『ピクシー』がそんな二人を無表情で見つめている。

 

 

今日、奈良周辺から『伝統派』の指導者は一掃された。これで、周さんは奈良には寄る辺がなくなって、京都から、少なくとも木津川から南には来られなくなったそうだ。

光宣くんの考えでは、京都市内に潜伏しているのでは、だって。

包囲網は狭まり、周さんはかなり追い込まれているはずだ。僕にとって周さんは、そう思い入れがある人物じゃない。達也くんや九島家、そもそも魔法界に迷惑をかけている人物だから、僕にとっても敵になる。なんだけれど、もともと術によって存在感を薄くしていた人物だ。思い出そうとすると、その端整な顔が朧にかすむ。存在感に現実味が無いって言った方が正確かな。状況によっては敵にも味方にもなるって考えの持ち主だった。周さんからすると、僕の行動は、後ろ足で砂をかけられた、と思うかな?けれど、肉体を捨てた永遠、『尸解仙』に至ることが究極の目的と言っていた周さんは、むしろ嬉々としているような気がする。

肉体をすてて『仙人』になる。『高位次元体』に昇華する…そんな事ができるのか、僕にはわからない。『魔法』すら『科学』で実現するこの世界、『精神』すらも思いのままに出来る時代が、来ないとは、僕には断言できない。

光宣くんの『論文』がその端緒になる…のかもしれない。

 




この襲撃で、九島烈は後始末に忙殺せざるを得なくなって、九島家そのものは身動きが取れなくなります。
烈としては、四葉に協力しつつ、長年の懸案を排除できたし、あとはお手並み拝見的な立場です。
光宣は個人の感情で達也に協力します。
周公瑾は光宣当人の事は、あまり知らないので侮っていますから、逃亡時前を塞がれた時は驚きますが、『尸解仙』に至る行程は、ほぼ思惑通りに事が進んでいます。ただ、達也に術を破られた事を除けばですが…

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