パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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ここまでエタらずに頑張れております!
今後ともお付き合いよろしくお願いします。


狂気
師族会議


去年の九校戦最終日に行われた後夜祭。

『戦略級魔法師』の澪さんがサプライズゲストに現れて、僕と幼稚で、でも愉快なダンスを踊り、一躍ヒロインになった深雪さんが大会関係者や企業関係、そればかりでなく芸能関係者にまで囲まれて、達也くんの機嫌を損ねていたことは記憶に新しい。

 

今年のサプライズは僕の『戦略級魔法』だ。

去年の深雪さんの騒ぎは個人的なものだったけれど、僕の問題はそうは行かない。国家の、場合によっては国際問題になる大事件だ。ナンバーズではない、出自も謎、去年の九校戦に出場するまで全くの無名。見た目は人形じみた黒髪の子供。

その子供が『戦略級魔法』を使った。ハロウィンの事件はほとんど報道がなくなっていたから、世間の興味はハロウィンの謎の『戦略級魔法師』から僕へとシフトした。センセーショナルな話題に飢えていたマスコミに僕の存在はそれはもう美味しい。ハロウィン『戦略級魔法師』の存在を世間から忘れさせるほどに…会場にはマスコミ関係者が大量に押しかけているらしい。あーちゃん生徒会長によると、一高駅前や一高校門にも翌日のバス到着を待ち構える報道陣がすでにちらほら集まり始めているそうだ。

さいわい軍関係者は烈くんや澪さん、魔法協会の働きかけでむやみな接触は控えるように通達があったそうだ。でも、会場はどんなツテで入場したのか、さまざまな人たちでごった返しているんだって。あまりルールを守らない無秩序な人たちで収拾がつかない状態。

そんな中に僕が現れたらせっかくの生徒のためのパーティーが台無しだ。

本来なら、別室で記者会見でも開かなくちゃいけないところだけれど、それは僕以前に軍が拒否した。

軍関係者の僕への対応は腫れ物を扱う感じだ。まだ軍のシステムに組み込まれていない段階で、僕にへそをまげられたら、今後の戦術戦略に影響は計り知れない。もちろん、僕は外国に引っ越す気は少しもないけど。

二日後、師族会議が開かれて、その後、魔法協会からの声明と言う形で公式発表されるので、マスコミ対応はそれに任せることにする。

横浜魔法協会ビルでの師族会議には、僕も出席しなくちゃいけない。これまでとは違う面倒があるけれど、澪さんがアドバイスしてくれるので僕個人は特にかまわない。

 

一高の作戦会議室に一高首脳陣、あーちゃん生徒会長、はんぞー先輩、沢木先輩、五十里先輩と一緒に花音さん、達也くんと深雪さん、ほのかさんと雫さんが集まっていた。

その全員と相談して、僕は後夜祭とその後のダンスパーティーを辞退する事にした。

高潔なはんぞー先輩がマスコミを会場に入れた大会運営に憤っていたけれど、僕はもともと人ごみが苦手だし、みんなの優勝パーティーを邪魔したくもない。

僕自身の個人の成績は一高に貢献できていない。氷倒しは三位でクロスカントリーは最下位。この部屋にいる生徒は全員優勝者とその担当エンジニアだ。

一ヶ月以上を練習や準備に費やして結果を残した生徒たちが、僕のせいで最後のパーティーを楽しめないなんて嫌だし…

 

明日は、澪さんのリムジンで一緒に帰宅することにした。もともと往路は全員バスだけれど、帰りは自由だ。去年もそうだったし。

一高前のマスコミの対応はあーちゃん生徒会長にお任せする。

あーちゃん生徒会長はおどおどしつつも、ぽよんっと胸を叩いて「お任せあれ」って生徒会長の威厳を発揮してくれていた。どこか演技っぽいけれど、可愛い。

だから一高の選手たちとは、ここでお別れすることになる。「じゃあ新学期にお会いしましょう」としっかり挨拶して会議室からでる。

 

会議室から出る僕が目に見えてしょんぼりしている事に、僕自身が気がついていなかった。会議室にいる全員が戸惑っている。

 

廊下に、レオくん、エリカさん、美月さん、幹比古くん、香澄さん、泉美さん、水波ちゃんがそろっていた。

僕がパーティーに出ないことを告げると、みんなそれぞれ怒ってくれたけれど、僕が人ごみが苦手なのは皆知っているし、「優勝には貢献してないし…」って言うとレオくんも少し複雑な表情になった。

今日は8月15日。夏休みは後15日だ。その間のスケジュールは、師族会議の横浜、七草家のお食事会、真由美さんとの約束の海、将輝くんの住む金沢、生駒の九島家に行くことが決まっている。

事前に決まっていたスケジュールに横浜と金沢行きが追加されてかなりタイトだ。海には澪さんも響子さんも参加できる。澪さんの警護も同伴だから、大所帯での移動になる。

七草家のプライベートビーチまでは、家庭用に改造した七草家所有の大型ヘリを使うって。どんだけお金持ちなんだろうか。ビーチの具体的な場所は警備の関係で秘密だ。

その海のスケジュールの確認を香澄さんとしていると、エリカさんが「海か…」って呟いて、少し物思いにふける。去年、達也くんたちと行った南国の島のことを思い出したみたいだ。

今年は達也くんが物凄く忙しいみたいで皆一緒に出かけられないから、夏休み前にエリカさんたちも誘ったんだけれど、苦い顔をして断られた。

エリカさんは真由美さんと相性が悪いし、レオくんたちもそれほど親しくない卒業生の中に混じるのは普通は気まずいよね。それに、達也くんが参加しないならエリカさんは参加しないよな…って思う。

 

将輝くんにもパーティー不参加のメールを送る。事情はわかっているから、金沢に来たら大歓迎してくれるって返信があった。美味しいものならなんでもばっち来いだよとハードルをあげておく。

僕の薬や添加物が駄目って体質も事前に伝えてある。僕は食事に関してはちょっとめんどくさい体質だけれど、美味しいものさえ食べられれば僕は大概幸せなんだ。

 

それから少し経って、今は後夜祭の時間だ。会場には企業関係の人もいる。あのローゼンの支社長もいるのかな…まぁそれは僕には関係がない。僕は澪さんの部屋でパジャマで大人しくしている。澪さんも隣でいつものジャージ姿。僕にはパーティーよりもこの方が落ち着くな…

ディナーは、すっかり肩の力が抜けた響子さんと共に、澪さんの部屋でとる。一高の優勝に、二高卒業の響子さんにちょっぴり遠慮しつつ、祝杯をあげた。僕はレモン水だったけれど、二人はシャンパンだ。

自宅で簡単に済ませた、出会って一周年記念パーティーの続きも兼ねている。むしろこっちがメインだ。

烈くんにも連絡をいれたんだけれど、忙しくて参加できないって。まったく、働きすぎだよね。焦りか…。でも、働いている方が烈くんらしい。

料理はホテルに準備してもらった。軍の施設だけれど味はお墨付きだ。自宅と同じ雰囲気で、『家族』で、あまりマナーも気にしないで味わう。

 

「一高の優勝と、二人に出会えたことに、乾杯」

 

 

翌朝、澪さんのリムジンで自宅に向かう。マスコミの追跡も気になったけれど、現『戦略級魔法師』の乗る車に不用意に近づけば、下手をすれば国家反逆罪だ。

不安定な国際情勢で、もし反逆の汚名を着せられたら、マスコミ生命どころか人生の破滅につながりかねない。そもそも警護の黒い車二台に挟まれたリムジンは誰だって近づいたりしないよね。

おかげで僕は去年のような悪い夢を見ることもなく無事、練馬の自宅に帰宅した。やっぱり自宅はいいなぁ。でも、セキュリティ以外の設備は全部きってあるから、二週間分の埃がたまっている。

僕は家事は全部自分の手でするから、動きやすい格好に着替えると、掃除機をとりだして、いきなり部屋掃除を始める。帰宅して、10分もたっていない。

 

「澪さん、洗濯物はかごに入れておいてね。分別は僕がやるから、そのまま放り込んでおいてよ」

 

僕は女性物の下着にあまり抵抗はない。ただの布キレに欲情はしないって『アインズ様』もブルーレイの特典書き下ろし小説で言っていたよ。

 

「ちょっ、久君!帰ってきたばかりですよ!少しは休んで!」

 

澪さんの反応は正しい。でも、僕は家事が好きだし、誰かに尽くしたいと無意識に考えてしまう。澪さんも響子さんも料理は手伝ってくれるけれど、それ以外の家事は駄目なんだ。

 

「あっ、冷蔵庫は空だから、買い物に行かないと。夜は何が良いかな、響子さんは19時には帰ってくるし、澪さん何食べたい?僕作るから。そうだ、今のうちにお布団も洗って天日干ししよう。やっぱお日様の香りの布団はいいよね。喉は渇いていない?麦茶淹れようか、僕は冷えたのより、少し炙ってから淹れたての熱いのも好きなんだよなぁ」

 

なんとも甲斐甲斐しい。見事な主夫だ。澪さんはいつもの事とは言え、ちょっと呆れている。

 

「久君、食材は私が注文して配達してもらうから。家事も大切だけれど、それよりも、久君!大事なことを忘れていますよ」

 

「なに?お風呂掃除?そうだよね、やっぱ洗い立ての綺麗なお風呂が良いよね。澪さん一番風呂に入ってよ、その間僕は…」

 

「久君、九校戦が終わって、夏休みも半分以下です。今年は出かける予定も多いですから…」

 

「あっ旅行の準備?澪さんの水着楽しみだな、響子さんも一緒に行けて、嬉しいなぁ」

 

「わかっていてごまかさないの!去年みたいに最終日に宿題を一気にやる気ですか!?」

 

宿題。あぁ、夏休みってどうして宿題があるんだろう。九校戦に参加する生徒も参加しない生徒も宿題の量は同じなんだ。補習分の課題がないから今年は楽だけれど、この後スケジュールが厳しい。

でもせっかくの夏休みなんだし…一日中引きこもっていられるんだよ…ん?ごごごごっ!あっあああ!澪さんのプレッシャーが…

 

「はい、やります。宿題がんばります」

 

『戦略級魔法師』のプレッシャーの使い道を間違えているよね…はい、宿題します。

掃除を一通り終わらせて、軽くランチを食べた後、リビングで宿題をする。夏休みの宿題は一学期の復習が殆どだから、自分でも信じられないほど、さくさくと回答を埋められる。おかしいなぁ僕はこんなに頭は良くない筈なのに…

わからないところは澪さんに聞いて、二時間ほど続けるけれど、僕は集中力がないから…ちょっとの休憩が妙に長かったりする…

 

 

翌日13時、僕は横浜の魔法協会ビルに来ていた。これで、このビルに来るのは四度目かな。ビルまではいつもの警備の二人と運転手一人の電動カーで向かった。警備の人員を増やす話もあったけれど、それは今後の打ち合わせで。

車中、まずは『ドロウレス』のお礼を何度も言う。二人は恐縮しきりだけれど、僕が氷倒し決勝までいけたのも、将輝くんの初撃のスピードに対抗できたのも二人のアドバイスのおかげなんだ。

『師族会議』の後、横浜ではまた中華街で周さんのお店に寄る予定だ。別のレストランでも希望があればって聞いたら、あまりマナーを気にしなくて良いあのお店が良いって。二人は大人だし『魔法師』としても優秀だ。でも、食事は肩肘張らずに食べたいって。僕もその気持ちは良くわかるし、そもそも周さんのお店(だったかどうかは不明だけれど)の料理は多様で美味しかったしね。

 

僕は今日も一高の制服だ。その僕を魔法協会ビルの係りの女性は、物凄く丁寧に対応してくれた。前回、来たときの対応は普通だったけれど…

師族会議の部屋に通される前に、控えの部屋に行く。自分でドアを開けようとするけれど、係りの女性が全部やってしまう。係りというかメイドみたいだ。

部屋には十文字先輩が、いつものように腕を組んで泰然自若、ソファに腰掛けていた。十文字先輩の服装はフォーマルスーツで、ちょっと動くとはちきれそうだ。でも、どんな服を着ていても、十文字先輩は十文字先輩だなぁ。服に着られることがない。たとえ女装しても十文字先輩だって気がする。絶対にしないと思うけれど。

テーブルの水差しから自分でコップにそそぐ。十文字先輩のコップは満杯のままだ。

十文字先輩は前置きなんてしない。

 

「午前中、『師族会議』があった。この後、久も参加して再開する。午前中は、久のこれまでの経歴についてだったんだが…」

 

僕の経歴…

十文字先輩がぐっと僕を見つめた。

 

「高校入学前の久の記録が、なにひとつない。見事なほどに、ない。戸籍も…改ざんは困難なので、年齢は間違いないのだろうが…これは一人の『魔法師』としては難しい」

 

僕は黙って聞いている。僕の記録なんて何もない。70年前の記録も何一つ残っていない。ある意味、今の僕は去年の2月から始まっている。戸籍は烈くんが一から作ってくれた。やっぱり17歳は無理があるよなぁ。

 

「しかし、久の後見人は、九島烈閣下だ。一高への入学手続きや練馬の自宅の手配も閣下が自ら行っている。これはこの国の『魔法師』としては戸籍以上に個人の証明になる。自宅は毎月、使用料が貯金から引き下ろされているな」

 

…え?僕はあの家に家賃を払っていたのか。全然気にしたことがなかったけれど、確かに無償だと贈与税とか面倒が起きるよね。

 

「莫大な貯金…これも出所は問題ない。いつか、遺産があると言っていたが、きちんと相続税も払われている。その人物はすでに亡くなっていて、記録にも間違いはない」

 

あのお金は『僕の遺産』と言う事で烈くんから貰った。金額は多すぎる。あの額を遺産に残せる人物は…誰なんだろう。たぶん誰でもない、改ざんでどうとでもなる人物だ。

 

「一高入学後の人となりに関しては、俺も五輪殿も七草殿も保障できるだろう。九島殿はあまりわからないようだが…」

 

「現当主とはあまり会話したことはないんです。僕は烈くんや光宣くんと個人的な付き合いはあるけれど、九島家そのものにはあまり関係がありません。それは澪さんの五輪家も同じです」

 

「そのようだな。一番重要なことはこの国への忠誠だが…これも九島閣下から太鼓判を押されている。『多治見久よりこの国への忠誠を発揮した者はいない』とまでおっしゃっていたそうだ」

 

結果的に、それはそうだろう。僕の思いはともかく、命と引き換えに敵を国ごと道連れにして、この国の危機を救ったのだから。

 

「詳しい意味は不明だが、久もこの国に敵対する意思はないな?」

 

「僕は友人や『家族』を守りたいだけです」

 

この会話の間、十文字先輩は瞬き一つしない。その威圧感は澪さんとは違うけれど、常人なら耐えられないほどのプレッシャーだ。僕は、ごく普通に十文字先輩の目を見返している。

男と男の子に、これ以上言葉はいらない…って、このフレーズ久しぶりだな。

十文字先輩が目を瞑る。室内に満ちていた、なんともいえない圧力が消えた。二人とも同時にコップに手を伸ばす。同時に水を飲んで、同時にテーブルにコップを置いた。

 

「ふっ」

 

十文字先輩が小さく微笑んだ。ここからは『十文字』じゃなく、一高の卒業生モードみたいだ。

 

「九校戦優勝、見事だったな」

 

「僕は何も貢献できていないですよ。氷倒しは三位だったし、クロスカントリーは論外でしたし…」

 

九校戦の最終日、あの会議室で皆に言ったのと同じ事を呟く。声が段々と小さくなっていた。

でも十文字先輩は僕の呟きをはっきりと否定した。

 

「それは違うぞ久。あの『戦略級魔法』以降、一高生徒の表情は、それ以前とはまったく違った」

 

…え?

 

「自分たちの学校に『戦略級魔法師』がいるということは未熟な『魔法師の卵』にとって、どれだけ精神的支柱になるか計り知れない。選手たちのモチベーションは段違いだった」

 

「…そう、ですか?」

 

俯いていた顔を上げる。

 

「久の『戦略級魔法』以降、一高の成績は上昇した。それに、クロスカントリーに参加している一高選手たちは実に楽しそうだったぞ。余裕、が生まれたんだな。テレビで観ていて、うらやましいと思ったくらい…ん?どうした久」

 

僕は十文字先輩の話を聞いて、涙をぼろぼろ流していた。

もともと情緒は不安定だけれどこれは…

以前、市原先輩が一高へのこだわりについて語ってくれたことを思い出した。

昔、誘拐事件の後、制服を着て、一高が僕の帰る場所だって思った。でも、澪さんと響子さんと住むようになって、一高への思いはあまり考えなくなっていた。『家族』しか、僕は興味がもてないと思っていたし、事実そうなんだけれど、それでも、一高優勝に貢献できたと十文字先輩に指摘されて、すごく嬉しいってことは、やっぱり僕も『学生』なんだ。

烈くんとの約束で、学校に通う。べつに学校ならどこでも良いって入学前は考えていたけれど、もう一高以外は考えられなくなっている。

僕も、市原先輩や響子さんと同じで、魔法科高校に、一高にこだわりがあるんだ。

九校戦の最終日、僕が目に見えてしょんぼりして、帰宅後も空元気みたいな態度だったのは、一生徒として優勝に貢献できていないことに、後夜祭に参加できなかったことに、自分で考えていたよりも落ち込んでいたんだ。

そっか…僕はこぼれる涙をハンカチで拭いて、十文字先輩に頭を下げる。

 

「ありがとうございます、なんだかやっと九校戦が終わった気がします」

 

「なにも礼を言われるような事は言っていないが?それより、『師族会議』は平気なのか」

 

「はい、澪さんからも聞いていますし、僕は緊張とかしないんです」

 

僕はあまり想像力もないから、起きてもいない事を心配するのは時間の無駄だ。

 

「そうか、では行くか」

 

十文字先輩が立ち上がった。こういうぶっきらぼうなところは達也くんに似ているなぁと思いながら、僕も続く。

 

 

「国立魔法大学付属第一高校2年A組、多治見久です」

 

本日はお手柔らかに…と続けそうになって言葉を飲み込む。

『師族会議』のテーブルは本来、円形で誰が上座でもないようになっているそうだ。今回は僕への質問があるので、逆U字型のテーブルになっていた。下座に僕が座り、入り口まで一緒だった十文字先輩が自分の席に座る。テーブルには一から九まで順番に各家の当主が並んでいた。その殆どと僕は面識がある。澪さんの凱旋パーティーの時、十師族の当主は五輪家と十文字家以外出席していたからだ。あの時、僕は澪さんのおまけで、挨拶程度しかしていないけれど。

左から、

一条剛毅さん。赤銅の肌を持つ海の男。将輝くんのお父さんだ。

二木舞衣さん。すこし神経質そうな小母さんだ。

三矢元さん。物凄くエネルギッシュな眉毛の持ち主。

四葉真夜さん。僕の『お母様』だ。今日もすごく綺麗だなぁ。うっとり。

そう言えば、僕は五輪家当主勇海さんに初めて会った。東京での公式行事は五輪洋史さんが代理で出席しているからだ。勇海さんも洋史さんと同じで、この濃い面子の中では影が薄い…なるほど『戦略級魔法師』はたとえ家族でも精神に圧迫感を与えるんだ。洋史さんがどこか腰が落ち着かないのもそのせいなのかもしれない。

六塚温子さん。ショートヘアでちょっと男装っぽいスーツのお姉さんだ。

七草弘一さん。今日もサングラスで表情はわかりにくい。

八代雷蔵さん。あごひげが素敵なお兄さん。

九島真言さん。烈くんの息子にして、光宣くんのお父さん…似てないなぁ。相変わらず不機嫌そうなしかめ面だ…

そして、おなじみの十文字克人先輩は十文字家代表代行。現当主の和樹さんはご病気なんだそうだ。

 

十師族に序列はないけれど、年長者の九島真言さんが代表して質問をしてくる。

真言さんとこんなに会話をしたのは初めてだ。

『師族会議』からの質問は、さっきの控え室で十文字先輩がしてきたのと殆ど同じだった。

十文字先輩は気使いとは無縁の性格だけれど、相変わらず僕には、先輩として気を使ってくれている。さっきと同じように対応をして、次に当主が個別に質問を始めた。

 

「私が気になったのは、何故あのタイミング、具体的には九校戦のアイスピラーズブレイクの決勝で披露する気になったのか、と言う事です」

 

八代さんが若くハリのある声で尋ねてきた。

どう説明しよう、十師族の横槍があるから気をつけろって『真夜お母様』から忠告を受けていたなんて、本人たちの前で言えない。あの時の審判は大会役員からは更迭されたって…

 

「それについては私が」

 

一条剛毅さんが手を上げた。日焼けした逞しい手だ。

 

「皆さんは『強硬派』が五輪澪殿を担ぎ上げて、大亜連合との開戦を画策していたことをご存知でしょう。

これは氷倒し決勝で多治見君と対戦した愚息から聞いたことですが、多治見君は自分の後見をしてくれている五輪澪殿を戦場に行かせたくない、『戦略級魔法師』の負担や重圧を少しでも分かち合いたいと考えたそうなのです」

 

昨日、九校戦宿舎で会話したことを父親に伝えても良いか?って将輝くんからメールが来ていたから、僕は構わないよって返信していた。ちゃんと確認のメールをくれる所が将輝くんらしいまじめさだね。

 

「『戦略級魔法師』ともなれば国家の方針に従うのは当然だが…『強硬派』か、あれらは拙速にすぎるからな」

 

三矢さんはどこかパワフルだ。とくに眉毛と話し方が

 

「だが全世界に中継されている場面で『戦略級魔法』とは、非常識だ」

 

九島真言さんは、なんとなく僕の方から視線をはずしている。

 

「インパクトはすごかったですね。ライブ中継では疑問の抱きようがないですから。我々全員をここに集めるほどのインパクトですよ。一堂に会することは四年に一度しかないんですから」

 

六塚さんは、僕を見る目が楽しそう。なんだか可愛い人形か犬でも見ているようだ。

 

「氷倒し決勝後、多治見君は愚息に『決勝を利用してごめんなさい』と頭を下げたそうだ。なんとも男らしい潔さだ」

 

「これは難しく考えなくてもよろしいのでは?皆さん。多治見君は五輪澪殿の負担を減らしたいと考えていたのでしょう?たしかにあの場面での『戦略級魔法』は過剰でしょう。

でも大好きな女性と苦労を分かちあいたいなんて、高校生の男子の決意は並々ならぬものがあると思いますの」

 

『真夜お母様』が妖艶に笑って、僕をちらりと見た。

僕は、顔を真っ赤にしてしまう。自分で言うのは良いけれど、『真夜お母様』に面と向かって言われると、すごく恥ずかしい。僕は両手のひらを腿の間に挟んでもじもじと俯いた。それまで緊張もせずふてぶてしいまでに無表情だったから、会議室の空気がいきなりほんわかした。

『真夜お母様』の発言と僕の態度は、女性陣に好印象を与えたようだ。五輪家当主も娘を想う少年の気持ちには当然動かされる。

 

「多治見君もすごいが、これはこの『起動式』を組み上げたエンジニアも凄いのではないでしょうか」

 

七草弘一さんが言う。まったくだ。達也くんは凄すぎるよ。

 

「司波達也君だったね。彼の九校戦での活躍は表には出にくいが、だからこそ凄みを感じる。この『起動式』も簡潔で一見誰でも使えるのではと錯覚してしまうほどだ。だが、『光の紅玉(スタールビー)』は、多治見君の膨大な魔法力、サイオン量、演算領域があってこそ使える、彼しか使える者はいない。しかも、九校戦では威力を落としている。

専門家の意見では本気を出せば『荷電粒子』すら撃てるそうだよ」

 

三矢さんは兵器ブローカーなんだそう。ディスプレイに表示された『起動式』を確認しながら『魔法』の威力について発言する姿は、兵器の売込みをする武器商人みたいで生々しい。

それに、いつのまにか『光の紅玉』で定着している。名付け親は澪さんだ。

 

「なっ!?」

 

大人たちはど肝を抜かれる。十文字先輩も表情が動いた。

僕はこくりと頷いた。荷電粒子砲は威力が大きすぎるから使い道は、戦争でしか、ない。『デスザウラー』は荷電粒子砲で古代ゾイド人を滅ぼしたんだよ!

 

「『荷電粒子』これは公表できない秘匿情報ですね…」

 

「戦略級…それ以上かも知れません。古今類を見ない『魔法』…これは決まりですね」

 

一般に公表できない秘密を共有、独占することは権力者にとっては喜悦だ。

一条、四葉、七草、九島、十文字以外の当主がにんまりと頷いていた。

一条剛毅さんはむっつりしているし、『真夜お母様』は微笑をたたえ、七草弘一さんは表情がわからない。九島真言さんは不機嫌そうで、十文字先輩はいつも通りだ。

 

それはともかく、僕が『戦略級魔法師』として『公式』に認められた瞬間だった。

 

それまで黙っていた五輪さんが手を上げて発言を求めた。

 

「これは娘…『戦略級魔法師』である五輪澪からの提案…希望なのですが、多治見君はまだ高校生です。正式な『戦略級魔法師』の認定は高校、もしくは大学卒業後にして欲しいと」

 

「そうですわね。一番多感な時期の少年に国家の命運を押し付けても、悪い方向に向かうかもしれませんね。五輪澪さんの体調不良もそれが一因だったかもしれませんし」

 

二木さんが、当時のことを思い出しながらなのか、反省している。

 

「では、多治見久君は『戦略級魔法師』として発表するが、高校を卒業するまでは学業を優先。大学卒業か、もしくは成人になった時点で『戦略級魔法師』としての公務を始めてもらう。で問題ないかな」

 

異議はあがらなかった。基本的に20歳までは『戦略級魔法師(仮)』ということだ。もちろん、戦争が始まれば別だろうけれど、海の『アビス』、天地の『ルビー』に真正面から挑むのは道連れ自殺志願者だ。

 

 

「ところで、多治見君は来年で18歳だ。法的に結婚が可能な年齢になるわけだが…」

 

唐突に七草弘一さんが発言を始めた。他の当主たちは、一瞬怪訝な顔をして、ああと頷いた。

僕が見た目がどうしても、10歳の少女だから、その問題と年齢が一致しなかったみたいだ。

 

「『魔法師』は早婚を求められます。多治見君ほどの優秀な『魔法師』はいません。これまでも、大企業や政治家の先生から見合い写真が沢山送られていたそうですよ」

 

全員の視線が僕に集まる。僕はげんなりとした表情になった。

十文字先輩がすっと手を上げた。あっ、何となくまずい流れな気がする。

 

「その事に関しては、多治見殿から、一高の先輩として、『十文字』として相談をうけていました。元日に『九島家の会』に出席してから頻繁になったと」

 

公式の場では『殿』って呼ぶのか…すごい違和感だな。

 

「『九島家の会』に?それは九島殿?」

 

「うっうむ、多治見殿は父の秘蔵っ子でしてね、入学前から何くれとなく世話をしているのですが…」

 

「九島殿、ここで正式に発表してはいかがでしょう、多治見殿と藤林響子殿が一年前から婚約していることを」

 

爆弾発言に、ええっ!?と会議場がどよめいた。当主たちの視線が九島真言さんに集まる。真言さんは相変わらず不機嫌そうだ。父である烈くんへの対抗心から僕に素直に向かい合えない。

この婚約(仮)の事を知っているのは、九島、四葉、十文字。ん?七草弘一さんも落ち着いている。僕と響子さんの婚約(仮)は去年の九校戦のとき烈くんの肝いりで決まっている。

響子さんは世界的にも有名な『魔法師』だ。『十師族』で知らない人はいない。

 

「そう、去年の九校戦のときに。藤林響子殿は…たしか26歳でしたね…多治見殿とは約10歳離れていますが…なるほど流石は九島閣下ですね…これほどの逸材を無名時代から…」

 

これは六塚温子さんだ。六塚さんは現在29歳。自分とほぼ同世代の有名人の女性が10歳年下の男の子と婚約となれば、複雑な気持ちになるだろうだろうなぁ。しかもその少年はどう見ても女の子だし。

 

「多治見殿が成人するまで婚約の発表は控えていると聞いていますが、そうですよね九島殿」

 

「あっああ、そうなりますな」

 

そんな話は聞いていないって顔に書いてある。僕も言っていない。以前、十文字先輩と会ったときに、勝手に思い込んで結論付けていたな…

 

「そのような事情ですから、当主の皆さんも、懇意にしている企業や政治家、ナンバーズからの見合いの働きかけはお控えください。多治見殿の高校生活の邪魔にならないようお願いいたします」

 

あの時の約束をここでも律儀に守ってくれる十文字先輩は天然だ。

僕はいずれ響子さんにはふさわしい男性が現れると思っているんだけれど…もう手遅れかな?

 

「いや、しかし、多治見君ほどの『魔法師』…いや『戦略級魔法師』が『十師族』に連なることになるのですから、それはめでたい事ではないでしょうか」

 

五輪さんが、なんだか動揺しているな…大丈夫かな。七草弘一さんの口元が、にやりと歪んだ気がする。『真夜お母様』は、ただ妖艶に微笑んでいた。

 

 

僕の概略と『戦略級魔法』は夕方、正式に発表された。

『戦略級魔法師』、多治見久。国立魔法大学付属第一高校在学。17歳。男。

『戦略級魔法・光の紅玉(スタールビー)』。太陽光を利用した不可視レーザーによる振動系の系統魔法。射程は50キロ、レーザーの温度は6000度以上、レーザーの幅は10~100メートル。バラージ掃射可能。魔法の展開時間は数秒から、一時間程度。一日に複数回使用可能。

『戦略級魔法師』としての正式な公務は成人後から勤めること。

報道関係には僕が未成年であるうちは、過度な接触や取材は自粛することを要請する。

僕の過去は未公表、『荷電粒子』の事は未公表。藤林響子さんとの婚約は未公表、住所は未公表、『戦略級魔法師・五輪澪』との同居も未公表、一高の成績は公表しないでください。

 

つまり、九校戦で中継された映像以上の情報は、何も追加されていない。『戦略級魔法師』の情報をそのまま公表するわけはないけれど…

 

これからどうなるかはわからないけれど、高校在学中は、今までとかわらない生活をおくれそうだ。大学に入れるかはまだわからない。僕の成績があまり秀でていないことは公表されていない…しないで欲しいです。

とりあえず、安易に僕や『家族』に手出しをする個人や組織はいなくなるはずだ。僕を嘲ったりする生徒も減るし、澪さんを揶揄する人も減ると思う。

ただ、それを気にしない組織もある。たとえばローゼンとか大亜連合とか、スターズとか…まぁ、気にしすぎだよね。

 

 

魔法協会ビルを後にした僕は、警備の二人と中華街に向かった。一高の制服は目立つから、私服に着替える。

前回と同じで周さんに連絡は入れていない。というか、そもそも電話番号を知らないんだけれど。

中華街の入り口に、当たり前のように周さんが立っていた。やっぱり、僕たちが来る事を最初から知っていたみたいだ。ただ、周さんは、少し体調がすぐれないのか、顔色が悪い。

影が薄い、と言うと変だけれど、気配が希薄だ。『方位』を狂わせているのか。僕たち相手ではなく、別の誰かに対して…

『パラサイドール』を狂わせる術者を送り込んだのは周さんだって、九重八雲さんは教えてくれたけれど、僕への態度は敬意に溢れている。質問しにくい雰囲気だ…

 

「無理をしないでくださいね」

 

「ありがとうございます。多治見様へのもてなしは何よりも優先されますから。これも尸解仙へ至る、重要な一歩です」

 

難しい事を言う。

周さんは、その後、僕たちを精一杯もてなしてくれた。警備の二人も満足してくれたみたいだ。

お店から出るとき、街は騒がしかったけれど、周さんはますます存在が希薄になっていた。

ふと振り向くと、街の鈍い明かりが作った闇に沈むように、周さんの姿は消えていった…

 

 




この日の前夜、周公謹は黒羽の襲撃を受けています。達也たちが来る前に逃げますが、逃げると見せかけてまだ中華街に潜んでいました。
久の姿を、『高位次元体』の『王』の姿を確認して、周公謹は尸解仙にいたる西へと向かいます。

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