パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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周囲に認められて、久は順風満帆?そんな事はこのSSではありえないのです。

今回は、響子さんのフォローと…


死への恐怖

 

 

九校戦は新人戦が始まった。

 

ロア&ガンで優勝した香澄さんは試合中は程よい緊張交じりの表情だった。七草家の人は『マルチキャスト』が得意なんだって。ロア&ガンは香澄さんに向いている競技なんだね。

香澄さんが表彰式で誇らしげに手を上げているとき、観客席の僕と一瞬目が合った。

九校戦前から観客席で応援する約束をしていたから、僕はぶんぶん手を振って声援を送ったんだけれど、表彰台の香澄さんが、ついっと視線を逸らした。奇妙な行動だ。僕の大げさな応援が恥ずかしかったのかな?確かに周囲の視線を集めていたけれど…

香澄さんも泉美さんも新人戦で優勝したから、社交的な七草家では絶対にパーティーが催されるな。七草家当主の弘一さんは策謀家として知られている。下手の横好き感が否めないけれど、家族、特に三人の娘を溺愛していることは有名だ。弘一さんの趣味(?)はともかく、家族に向ける愛情は、僕には好印象だ。

パーティーは僕も呼ばれるんだろうな。参加しないと真由美さんにいじられるし、海に行く約束もある。そういえば九校戦後、お食事の約束もあったな。七草家とは何かと縁がある。

 

水波ちゃんもシールドダウンで圧勝。腕力あるなぁ…亜夜子さんに文弥くんも優勝していたけれど、友人の中で優勝できていないのは、今年も僕だけだ…

香澄さんの試合中は、レオくんたちが壁になってくれて観客からの好奇の目を防いでくれていた。

レオくんは兄貴体質で面倒見が良い。僕もついつい頼ってしまう。

将輝くんはアドレス交換もして、ジョージくんも紹介してくれた。いつも一緒なんだねって言ったら、かなり慌てていたけれど。

金沢に遊びに来いよって誘ってくれたから、夏休み中に行くって約束をした。僕は生駒以外、旅行なんてしたことがないから楽しみだ。引きこもってばかりもいられないしね。

 

そして、明日は九校戦最終日。問題のクロスカントリーの日だ。

夜21時頃、立哨から来客を告げる知らせがあった。インターフォンで確認すると、響子さんが軍のデスクワーク用の制服で立っていた。軍のお仕事を今までしていたのかな。

僕が扉を開けると、響子さんは中に入らずに、

 

「来ちゃった。今夜は、泊まっていってもいいかしら?」

 

って、澪さんと良く観ている大人の恋愛ドラマみたいな台詞を言うけれど、ちょっとキレがない。少し、気だるそうだ。酔いから醒めた直後みたい…

 

「当たり前でしょう!」

 

僕が響子さんの腕を引っ張って、室内に招き入れた。

 

「お帰りなさい、響子さん」

 

読書中の澪さんが顔を上げた。お帰りなさい。なんてすばらしい挨拶なんだろう。澪さんはいつものジャージ姿だ。二人がそろう。それだけで、僕は凄く嬉しい。響子さんに会うのは、約二週間ぶりだ。一緒に住むようになって、こんなに会わなかったのは初めてだ…

響子さんは、手荷物一つ持っていない。それでも、VIPルームの警備は物凄く厳重になっていたそうで、

 

「ここに来るまでに二回もチェックされたわ」

 

軍属で『藤林』で烈くんの孫なのに、機械のチェックを二回されたって。

うぅ、僕の行動は周囲の人を巻き込んでいるな。きっと友人たちにも余計な気苦労をさせてしまっている。いずれきちんとお礼したい。

 

「いまさらだけれど、久君の『魔法力』は超越していたのね。目の前に、凄い光景があるわ」

 

響子さんは腕を胸の下で組んでうんうん頷いている。強調された胸もうんうん揺れている…ごほん。

無理に演技っぽい態度をつくっているのが良くわかる。

僕と澪さんが並んでいる。『戦略級魔法師』が、パジャマと上下ジャージ姿で。なんとも頼りない雰囲気の二人だ。

 

「軍の評判はどうでしたか?」

 

澪さんが探るように尋ねる。

 

「そりゃもう、大騒ぎ。これで我が国は安泰とか、どこと戦争しても勝てるとか、無責任な意見が多かったけれど、おおむね好評、大好評ね。

『公式』な『戦略級魔法師』は約10年ぶりに登場したんだから」

 

『非公式』の『戦略級魔法師』は去年のハロウィンで全世界に知れ渡った。軍属の響子さんはその正体を知っているのかな…それより、僕には気になることがある。

 

「戦争…『強硬派』は開戦したがっているんだろうな…」

 

「ん?それは…大丈夫ね。今は九校戦に…いえ」

 

僕が『強硬派』って言ったことに、ちょっと首を傾げながら、響子さんが口ごもる。僕は…

 

「『パラサイドール』の実験に『強硬派』は関わっているから、クロスカントリーが終わって、結果がはっきりするまでは、大丈夫って事?」

 

「え?」

 

澪さんが聞きなれないワードに首を捻った。響子さんは僕の台詞に衝撃を受ける。

 

「どうしてそれを知っているの?」

 

「かなり前から知っていたよ。数日前に烈くんからも実験の事は聞いたしね」

 

「なっ!?」

 

さらに驚く響子さん。烈くんと気軽に話せる人物は僕だけだ。烈くんは寂しく感じたりしないのかな。長く生きるってそういう事なんだろうけれど…

僕たちの意味不明な会話に置いてけぼりの澪さんに、『パラサイドール』とスティープルチェース・クロスカントリーで行われる実験について簡単に説明する。僕の説明に澪さんはびっくりしているけれど、僕があまりにも詳しいので、響子さんは動揺していた。

響子さんはついさっき、達也くんがいるところで八雲さんから『パラサイドール』の秘密を教えられたって。その八雲さんの話を正確に教えてもらう…なるほど、ここでも八雲さんはミスリードしようとしている。

 

澪さんは、衝撃の情報に最初はびっくりしていたけれど、僕たちの会話を、奇妙なほど落ち着いて聞いていた。

 

「澪さんは、今の話を聞いて、どう思う?」

 

「九校戦で高校生を相手に実験と言うのは、たしかに非常識だけれど、『魔法師の卵』なら乗り越えないと。今はそういう時代なのだから…」

 

澪さんは興味事以外は無関心に近い。積極的に他人とは交流しないし、そもそもどこか冷めた部分がある。『戦略級魔法師』なんて格好良くいうけれど、実質は大量殺戮者だ。自らの意思と覚悟で殺戮を行う。

常人とは異なった精神構造をしていて当然だし、澪さんはあまり自覚していないけれど、時々放たれるプレッシャーはあの黒羽の双子だっておびえさせるんだ。

澪さんの精神もどこかが壊れているんだ…僕は唐突に澪さんを理解した。僕が澪さんと異常なほど波長が合うのはそのせいかも知れない。

 

『戦略級魔法師』と日常を共に過ごすのは常人には難しい。

 

「だからって九校戦を実験の舞台にするのは間違っているわ…」

 

響子さんは、こだわっている。高校生が実験対象というより、九校戦がその舞台になっていることに。

 

「響子さんは九校戦への思い入れが僕たちより強いんだ。澪さんはどちらかと言えば観客側だけど、響子さんは選手目線なんだ」

 

以前、テレビで九校戦の特集を放送していた。あれは四葉家から帰宅した日だった。

響子さんは九校戦のアイドル的存在だったって。三年生のときには二高の総合優勝の立役者になったってテレビでも放送していた。

青春時代のその想いを利用されている。

光宣くんは『九島』にどっぷり浸かっているけれど、響子さんは『藤林』だし、烈くんとは距離をおこうとしているから中途半端になっている。

響子さんの演技っぽい態度は、精神の脆い部分を守ろうと、隠そうとしている現れなんだ。

 

「それは…そうかもしれないけど」

 

「烈くんは『ちょっと』常識のK点を超えているだけなんだよ」

 

「高校生にいきなり閣下の設定したジャンプに挑ませるのは酷だわ…」

 

烈くんの『ちょっと』が非常識なのは過酷な時代を生き抜いてきたからだし、それを非常識と感じるところは響子さんが『九島』に染まっていない証拠だ。

 

「僕も澪さんも非常識だよ。響子さんだってそうだよ」

 

でも、響子さんは自覚が薄い。自分がたった一人で数千万の命を左右できる存在だって事に。なるほど、『魔法師』が戦争の道具になるわけだ。

明日、『パラサイドール』の相手をする達也くんも、非常識なんだと思う。

僕が不安に感じるのは達也くんの真の実力を知らない事だけで、九校戦や高校生が実験対象ってことには何も思わない。

なるほど、八雲さんも、不安なんだ。余りにも色々な事を知りすぎて、逆に知らないことが、不安なんだね。僕は知らないことだらけだから、八雲さんの気持ちはわからない。

 

「それに八雲さんが言っていた、『クロスカントリーに参加する強く純粋な想念でパラサイドールが暴走する』っていう話は、嘘だ」

 

僕は断言する。『パラサイト』が強く純粋な想念に引かれて次元に穿たれた小さな穴から現れた?あれはただのブラックホール実験だよ。

この次元は、『魔法』を使うたびに『高位』からエネルギーを奪っている。『次元の壁』は強固なようで、時に緩い。

『パラサイト』程度の精神だけの『高位次元体』なんて、世界中にいくらでもいるはずなんだ。

僕みたいに『物質化』するのとはレベルが違う…僕みたいなのがごろごろいたら世界はパニックだ。

 

「その程度の漠然とした想念で暴走するなら、とっくに暴走している。研究員の、烈くんの、光宣くんの、軍人の、『強硬派』の、さまざまな『意識』にさらされているんだから。

それに『パラサイト』の『精神支配』は、ドールから開放されてもすぐにはなくならない。生徒を襲わないという安全装置は少なくとも九校戦期間中は切れない」

 

僕の断言に、響子さんの目に光が宿った。思考が正常に戻っていくのが見た目にもわかる。八雲さんの幻惑から脱したみたいだ。

 

「でも、どうして九重八雲さんはそんな事を?」

 

「八雲さんは『パラサイドール』と達也くんが戦う所を、『パラサイト』の封じ方を、どうしても間近でみたいんだ。だから響子さんの部隊に邪魔をしてもらいたくないんだよ」

 

『パラサイドール』はここ数日クロスカントリーのコースに設置されたままだ。

響子さんの部隊は優秀な『魔法師』がいるだろうし、生徒がいないクロスカントリーの前に回収か破壊するのは比較的簡単だ。回収はそんなに難しいことじゃないのに、困難だって思い込まされている。八雲さんにミスリードされている。

 

「どうして?八雲さんは…達也くんの武術の先生なのよ」

 

「八雲さんは独立した存在だ。忍びだ。なんだって嗅ぎまわる。僕の周りもだよ。僕の預金口座まで調べてたよ!そもそも、八雲さんは、味方じゃない」

 

他人の預金口座を勝手に調べるような人が味方なわけない。凄くわかりやすい。澪さんが、僕の言葉に怒っていた。うぅプレッシャーが…

そのプレッシャーのおかげで響子さんは、八雲さんへの認識を改めたみたいだ。そして複雑な表情になった。響子さんも、ネットで色々と調べていたりいなかったりしているんだっけ…

響子さんは八雲さんのことを何となく味方だと思い込んでいたんだ。

 

「達也くんだって八雲さんに踊らされていることに気づいていると思う。だって達也くんは八雲さんのこと敬意は払いつつも信用はしていなかった。物凄く警戒していたよ」

 

尊敬はひとかけらもしてなかったよ。あの胡散臭い風貌を信用する人なんていないと思うけれど。

 

「ねぇ、響子さん。以前、烈くんと横浜までお食事に行ったとき、車の中で僕が言ったよね。『パラサイト』を使った『サイキック兵器』の可能性を」

 

響子さんは少し考えて、頷いた。半年前の、僕の何気ない呟きも優れた『魔法師』はちゃんと覚えている。澪さんも頷いた。

 

「僕程度でもそれを思いつくんだ。烈くん以外にも、同じような事を考える人は沢山いる。世の中頭が良くて悪知恵の働く人が多いからね。

そのたびにいちいち利用されたって怒っていたりふさぎ込んでいたら身が持たないよ。今の時代は、利用されないよう力を見せ付けないとすぐに付け込まれる。これまでの僕みたいに足元をすくわれる…」

 

「だから、久君はこのタイミングで『魔法力』を見せ付けたのね」

 

僕の言葉に、響子さんがふぅっと息を吐いた。肩の力が、というより全身から力が抜けたみたいだ。

 

「私も踊らされていたのね、『九島』や八雲さんに…」

 

大人は、自分が独立した存在だって過信している。そのせいで簡単な誘導にあっけないほど引っかかる場合があるみたいだ。

 

「僕だってそうだよ。もし、達也くんが『パラサイト』を封じられないって心配するなら、僕が消滅させるよ。

そのかわり周りの被害が『ちょっと』大きくなるかもしれないけれど。たとえば樹海ごと丸々消し去っ…」

 

「ええと、達也くんに全部任せることにするわ!」

 

僕に皆まで言わせず、響子さんはわかってくれたみたいだ。僕の『ちょっと』も非常識だ。やっぱり同じ時代を生きているとボーダーラインが違うね…って僕と烈くんが例外なのか。

 

「まったく…達也君もそうだけど、久君も澪さんも規格外すぎるわよね」

 

あっ!さりげなく自分を除外した!どんなデータにもアクセス可能な現代の魔女が、ネット社会でどれだけ危険か自覚…していてやっているんだったね。

だったらもう少し覚悟が必要だけれど、それが響子さんなんだよね。完璧なんていない。

 

「僕には『力』があるよ」

 

九重寺で達也くんに告白した時と同じで、僕のこの言葉には、『言霊』のような迫力が宿っている。響子さんも澪さんも少し背筋を伸ばした。

 

「僕には『力』がある。破格の『力』。でも、万能じゃないから、僕は『家族』を守るだけで手一杯だ。僕は偏っているから、上手にはできないと思うけれど、澪さんと響子さんは僕が守る」

 

僕が『高位次元体』だって言う証拠は『ピクシー』の証言だけだ。でも、もうひとつ方法があるかもしれない。僕は『回復』を利用して成長を止めている。実質、『不老』だ。でも、きちんと睡眠をとれば『回復』は止まって成長するはずだ。もし、数十年たっても、僕が『不老』のままなら、『高位次元体』の証明になるかもしれない。『不老』は『現代魔法』では開発されていないのだから。一人で眠ると悪夢でまともに寝られないから、誰かと一緒に寝る必要がある。利用するみたいで心苦しいけれど、僕と一緒にいると、どうもその人にも『回復』の恩恵があるみたいだから…二人がいない世界なんて想像したくないし、もしかしたら…

僕は、澪さんと響子さんをしっかり見つめて、

 

「一人で進むには長すぎる道のりだけれど…いつまでも僕と一緒にいて欲しい!」

 

「っ!?」

 

「えぇ!?」

 

二人は電撃でも直撃したようにびくっと震えている…ん?

 

「もちろん、二人に良い人が見つかるまで…あれ?二人とも…どうしたの?…僕、言葉を間違えたかな…共に生きようだったかな…違うな…黙って俺について来い?うぅん、適切な言葉が浮かばないや…」

 

二人の目が、ちょっと怖い。全身で考えるけれど、なにか全部間違っているような…僕は、所詮子供なんだよ。適切な難しい漢字とか表現は知らないもん。

 

「…久君。これはもう子供扱いできないわ」

 

「…久君。これはもうプロポーズですよね」

 

えぇと?二人とも顔が赤い。大人の赤面は、高校生のそれとは雰囲気が違う。

 

流石に僕も『不死』ではないだろうから、『不死』の実験は…さすがに怖い。

『パラサイト』にとっては生存本能が、生きることが一番の目的なのだとしたら、僕も同じなのかもしれない…

 

何となく部屋の空気がゆるんだ。響子さんが「シャワーを浴びるわ」って浴室に向かう。

僕がタオルや石鹸の準備をいそいそと始める。僕はこう言うとき実に甲斐甲斐しい。

「背中を洗ってもらおうかしら」「えぇと響子さんがして欲しいなら…」「駄目です!自分で洗ってください!」ごごごっ!さっそく子供扱いされているよぉ。

響子さんがお風呂に入っている間、澪さんとテレビを観ていたんだけれど、浴室の中から、

 

「あっ着替えも下着も持って来てないわ!」

 

妙に大きな声が聞こえた。ぶっ!そういえば身一つでこの部屋に来ていたな。自宅にいる気分になっていたから気がつかなかった。浴室のドアが開いて、ぺたぺたと足音が聞こえる。

澪さんが慌てて、浴室に向かう。

 

「私の貸します!そのままで出てこないでくださいね!」

 

「澪さんのじゃサイズが合わないわ」

 

がーん!

あっ、澪さんの心が折れた!『戦略級魔法師』を響子さんが一撃で倒した。すごい。

響子さんはバスタオル一枚でリビングに現れた。自宅では澪さんと響子さんは自分のシャンプーを使う。響子さんから澪さんのシャンプーの香りがする。ほかほかって火照っている…

 

「響子さん、僕のシャツ着て…」

 

僕のTシャツを響子さんに渡そうとするけれど、

 

「…丈が短いわねこれ、ぴちぴちになっちゃうし」

 

それは!余計えっちだぁ!

 

「仕方ないから裸で寝るわ」

 

ちょっと!

 

「じゃあ私も!裸で!」

 

澪さんが復活した。えっちょっ!

 

「澪さん対抗しないで、今夜は僕ソファで寝るから…」

 

「「駄目よ明日試合でしょ!」」

 

なんでこういうときはツーカーなんだろう。いつも僕は殆ど寝ないんだけれど、今夜は本当に寝られないよ。でも、響子さんがいつもの大人小悪魔に戻って、あはは、いつものドタバタも戻ってきた。

結局、僕はその夜熟睡した。起きている方が、危険だった。何がって?何がだろう。

 

 

翌日のクロスカントリーは女子が午前で、男子は午後2時からだ。

人造の森の中、障害物を越えながら、3キロメートルの距離を走ることになる。

達也くんは早朝から深雪さんや僕、担当する選手のCADを調整した後、競技中は基本的にすることがないから部屋で休憩してくるって、ホテルに戻っていった。

その背中を見る深雪さんの目は少し潤んでいたけれど、自分の活躍を見てもらえないって悲しんでいるわけではなさそうだ。

そういえば、『パラサイドール』はどのタイミングで動き出すんだろう。『魔法師』は性差が少ないから、午前の女子の部で運用する可能性が高いか。問題が起きなければ午後からも使えるし。と言う事は、達也くんは休憩じゃなく、これから森に向かうんだ。問題を起こしに。

 

クロスカントリーに参加する一高男子生徒は、一高のテントで思い思いの格好で準備をしていた。もう競技用のユニフォームに着替えてストレッチをしている生徒もいれば、僕みたいにまだ制服のまま、大人しくモニターを見ている生徒もいる。

一高の選手は1年生も含めてテントに集まっていた。観客席でも大型モニターで観戦できるけれど、テントだと位置情報の確認も同時にできるからだ。小さなモニターの周囲に皆が集まっている。熱狂を共にしたいんだと思う。僕だってそうだ。

でも、僕は女子競技の間、『パラサイドール』と戦っている達也くんのトレースをしようかと思っていた。僕の『意識認識』で達也くんの動きはだいたいわかるからだ。

僕は女子の競技開始時刻、皆から少し離れて、静かに目を閉じてパイプ椅子に座っていた。一見すると寝ているか集中力を高めているようだ。

競技開始のブザーが鳴って、僕は『意識認識』をしようと集中した。その時だ、

 

ぶっわぁあああああああっ!がばぁぁばばばばぁ!!

 

例の『パラサイト』の『声』が、大波となって僕の精神に響き渡った。

 

「ぐっあっ!」

 

あまりにも唐突な奔流に、僕はたまらず悲鳴を上げそうになったけれど、無理やり両手で口を押さえ込んだ。テントにはクロスカントリーに参加している女子生徒と達也くん以外の選手やスタッフが集まっている。いきなり悲鳴を上げては怪しまれるし、説明のしようがない。

狂わされた16体の『声』は声になっていない。もともと声としては聞こえず、羽音みたいな小さな音だったんだけれど、この声は…気持ち悪い。

耳元に壊れた電気シェーバーを何十個も押し付けられているような、猛烈な不快感。

溜まらず耳をふさぐけれど、この『声』は僕の『精神』や『意識』に直接響いてくる。『声』が大きすぎてどんな感情なのかは良くわからないけれど、なるほど狂わされている。高熱で意識が混濁しながらも攻撃的な、暴力的な部分だけが強烈に増幅されていた。それでも『忠誠』は『意識』の核になって残っている。その『意識』が16体!全身をかきむしる!僕の『意識』に爪をたてる!引っ掻かれている!『精神』が直接引っ掻かれている!これは辛い…涙が浮かんでくる。

僕は目立たないよう、小さな身体を、さらに小さくしている。さいわい、生徒たちはクロスカントリーの映像に集中しているから、僕の異常に気がつかない。

それにもうひとつ澄んだ、敵意のない純粋な『意識』を感じる。これは…『ピクシー』だ。達也くんと『会話』をしているみたいだ。『ピクシー』にも『パラサイドール』の狂乱が伝わっているのかはわからない。でも、僕の方が『パラサイドール』の『意識』に敏感だ。

達也くんとの戦闘が始まったみたいだ。

羽音のような『声』に、『パラサイドール』のわめき声みたいなモノが混じる。電気シェーバーのような音に金切り声が混じる。うっぇあ、気分が悪い…とにかく悪い。吐きそうだ…

 

『パラサイドール』の一体が達也くんに封じられた。消し去られてはいない。休眠状態になったみたいだ。でも、僕には達也くんの『魔法?』で『ドール』にとりついた『パラサイト』が休眠状態にされたと結果がわかるから落ち着いていられるけれど、『パラサイト』にはわからない。睡眠に落ちるのも、『意識』を失うのも区別がつかないからだ。封じられる瞬間、『パラサイト』が恐怖の悲鳴をあげる。

 

生存本能が強い『パラサイト』の死への恐怖…

 

『声』にはならない、磨りガラスをきいきいこするような、とにかく耳障りな音だった。

僕の『精神』は、達也くんが『パラサイドール』を封じるたびに、表現のしようがない不快な『声』にさいなまれていた。

一体、また一体と『パラサイドール』は封じられていく。そのたびに『パラサイト』の恐怖が僕に伝わってくる。

『精神』の存在に近い僕に、その恐怖は全身で感じられた。恐怖による『精神攻撃』。

とにかく、早く、終わって。狂う、苦しい、また『死んだ』、声を飲み込む。狂いそうだ…

達也くんは、今、文字通り必死に戦っている。僕が『パラサイト』の断末魔のような『声』に襲われているなんて想像できるわけがないけれど、とにかく、早く、終わって…

 

僕は歓声や熱狂で沸く一高のテントの片隅で、ただ一人、がくがく震えていた。

凍えそうだ…『精神』が凍てつく…

一際大きな『声』が聞こえた。4体。4体いる。これは、最初の、生駒の九島家の研究所にいた最初の4体だ。あのときの弱弱しさはなくなっている。鍛えられた戦士、鋼の『精神』が強力な『サイキック』を使うたびに、僕の耳の中で狂った大声をあげている。

だめだ…座っていられない…倒れる…

 

「どうしたんですか?久先輩」

 

倒れる寸前の僕の前に、香澄さんが立っていた。香澄さんは、僕が『戦略級魔法』を使ってから、少しよそよそしくなっていた。最初は感激で興奮してけれど、徐々にその重圧に気がついて、僕への態度をどうすれば良いかわからなくなっていた。もともと僕の本質に気がついていた香澄さんは、殺戮者への恐怖を本能的に覚えたんだろう。寂しいけれど、『戦略級魔法』の存在は常人の『精神』じゃ耐えられない重圧だ。

その香澄さんが、僕の前に立って、不思議そうに僕を見下ろしている。僕は、自分を抱きしめながら必死に震えと声を押さえ込もうとする。

 

「震えていますよ…顔色もひどい…」

 

「だい…じょうぶ…だよ」

 

喉がひりひりする。声が上手く出せない。全身をかきむしられている…

僕の奇妙な態度に、香澄さんは、

 

「え?まさか、去年の九校戦の帰りのバスで錯乱しそうになった…のと同じですか!?」

 

香澄さんは、去年の僕の狂態を真由美さんから聞いている。そのことを思い出したみたいだ。すこし違うけれど、錯乱寸前なのは、同じだ。

 

「あっ、中条先輩を呼んで…」

 

去年、僕はあーちゃん生徒会長の特殊な『魔法』で精神を落ち着けた。僕の対処法も真由美さんから聞いていたんだ。でも、これは違う、この『精神攻撃』は時間が過ぎれば収まる。

あーちゃん生徒会長はモニターの前にいる。他の生徒と一緒にクロスカントリーの応援をしている。

香澄さんがあーちゃん生徒会長を呼びに行こうと、身体の向きをかえようとする。

僕は思わず、香澄さんの制服の腰の辺りを掴んだ。

 

「えぁ?」

 

僕の乱暴な行動に、香澄さんが一瞬ひるんだ。

 

「まっ、まって」

 

僕は小さな声を振り絞って、訴える。

 

「大丈夫…だから、そう少し、一時間もすれば、収まるから…あーちゃん生徒会長は呼ばないで…気がつかれたくない…から、皆一生懸命応援してるから、邪魔したくないから…」

 

クロスカントリーは3キロの距離がある。早い選手は一時間もあればゴールできるし、手間取ってもあまり差はないだろう。選手はみんな優秀な『魔法師の卵』たちだ。達也くんの戦闘もその時間内に終わるだろうし、ここまで数十分、残りは4体。もうすぐ。でもそのもうすぐが長い…これまでの『パラサイト』の何倍も密度が濃い感じ…それだけ『恐怖』も強くなるはずだ。

苦しい…俯いて、全身汗がふき出して、よだれが垂れて、涙がぼろぼろ落ちる。『死』が怖い。でも、時間が過ぎれば、確実に収まる。僕は、震えを、声を、嗚咽を、とにかく耐える。

すっと、香澄さんの両手が僕の後頭部にまわった。

 

「え?」

 

少し顔をあげると、香澄さんと目があった。香澄さんはまっすぐ僕を見つめている。おどおどとした態度はまったくない、強い女性の表情だ。そのまま、僕を抱きしめてくれた。

僕の顔が、汗と涙で濡れた顔が、香澄さんのお腹と重なる。

 

「こうしていれば…少しは楽になりますか?」

 

「わからない…でも、制服が濡れちゃうよ…」

 

「そんなことは、いいですから。こうしています。一時間こうしています。皆はモニターに集中しているから、気がつかれないですから、このままこうしています」

 

香澄さんの声が少し震えている。僕の震えが伝わったのかな…

香澄さんに抱いてもらっても、『声』は当然聞こえる。気持ち悪さは変わらない。何体もの『死』が迫ってくる。

僕は香澄さんの制服を握り締めて、顔をお腹に埋めて、ただただ震えていた。

 

モニターで深雪さんが一位でゴール地点に到着した映像が流された。テント内の興奮が高まる。次々と一高生が入賞している。これで一高の総合優勝は決まった。途中苦戦していただけに、テントの一高生徒の歓喜の声が大きい。

 

そんな中、僕と香澄さんだけが、別の世界にいるようだった。

 

達也くんと『パラサイドール』の戦いがどのようなモノだったかは、僕にはわからない。

でも、その戦闘をどこかで、にんまりと見つめていた目の細い破壊坊主がいたはずだ。

達也くんの情報を知ることが出来て、さぞやご満悦だろう。

 

やがて、16体全てが休眠状態になった。『意識』は感じられるけれど、攻撃的な意思は、もう感じられない…眠っている。安らかな眠りなのかは、僕にはわからない。

香澄さんは、そのあいだずっと僕を抱いていてくれた…

 

でも、と僕は思う。

『パラサイドール』は破壊できない。ドールを破壊すると、開放された『パラサイト』が誰かに憑依して、2月の事件の繰り返しになる。

深雪さんの例の『精神を凍りつかせる魔法』を使わないと、『パラサイト』は消滅させられない。

16体の『パラサイドール』はこの後、どうなるのだろう。実験が一度だけ、何てわけがない。兵器の開発で、一度の戦闘データだけでは、まったく足りない。

達也くんと戦わせるって目的は果たした。負けても問題はない。これは実験なんだ。負けたって言うデータがとれた。性能的には疑いようのない高性能だ。有象無象の『魔法師』の何倍も強い。しかも、『忠誠』は絶対だ。

次は単体の性能の向上か、軍隊としての組織的運用の研究、悪条件での性能実験、優秀な『魔法師』との魔法戦…

『サイキックドール』

まだ全然始まったばかりじゃないかな…

 

 

 

 







今回の久は、『再成』中の達也の気持ちが、一端だけでも理解できています。

九校戦往路のバスの中、香澄との去年のバスであったことの会話は、ここにつながります。
あの会話はシーン単体だとテンポの邪魔になっていたのですが、あれも伏線のひとつでした。
『戦略級魔法師』は名前や存在はカッコイイですが、久の本質になんとなく気がついている香澄は久を本能的に恐れています。
自分の前にいる久は年上の癖に女の子みたい、簡単に折れそうな肉体、脆い精神、とても大量虐殺者には見えない…怖いけれど…ボクが守らなくちゃ…みたいな感じに…複雑です。
澪さんは同じ『戦略級魔法師』として、ちょっと精神が壊れています。
響子さんは九島家と軍、電脳世界、大人の付き合いに過去の婚約者と、背負いすぎて中途半端です。
タイプの全然異なるこの三人。
しかーし、久は基本的に恋愛感覚が皆無なので、このSSの筆者の目が黒いうちはラブコメにはさせないぞ!
久と関わると、香澄ちゃん、苦労するぞ!

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