パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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将輝のフォローをしないとね。


夏の夜の闇

 

 

僕の『戦略級魔法』は瞬く間に会場に知れ渡った。

『戦略級魔法師』の定義は特にないらしい。公式に認められているのは世界に13人。国が非公式にしている存在が50人程度なんだそう。基本的に『戦略級の魔法』を使うことが最低条件だけれど、どこからが『戦略級』なのかは、国や『師族会議』の判断だ。

 

試合後、一高の控え室に戻ると、誰もいなかった。

いまさらだけれど、九校戦は団体戦だ。氷倒しは、僕が我を通したせいで三位になってしまった。『十師族の横槍』を気にしないでいたならば、二位は確実だったから、皆には迷惑をかけてしまったな…全員がホームランを狙っていては団体戦は勝てない。送りバントをする選手も必要だ。もっとも僕は不器用だからそんな事は出来ないけれど…

所持品は達也くんに預けてあるし、テントに戻って受け取らないと。しょんぼりと全員のいるテントに向かう。

テントでは、一高の皆が整列するように並んで僕を待っていた。達也くんやあーちゃん生徒会長、はんぞー先輩や沢木先輩、五十里先輩に花音さん。一高の首脳陣と雑務のメンバーも立ち上がって、全員、無言。

怒っているのかな?

僕は、皆に向かって、深々と頭を下げた。

 

「ごめんなさい!今年も負けちゃいました」

 

あーちゃん生徒会長が慌てる。

 

「ひっ久君は一生懸命やりましたよ!それに今回は勝敗は試合前から決められていましたし、その『戦略級魔法』には驚きましたけれど、すごかったですし、あの、そのぉ…とにかくすごかったですぅ!」

 

「中条、落ち着け」

 

あーちゃん生徒会長はしどろもどろだ。はんぞー先輩が落ち着かせようとするけれど、そのはんぞー先輩も少し興奮している。息が荒い。

気のせいかテントの中が暑い。みんな興奮で言葉を失って、テント内の温度まで熱気で上がっているんだ。

深雪さんも、気持ちが高ぶって、白い顔を紅潮させている。その中で達也くんだけが一人冷静だ。

 

「とっとにかく、多治見は実力を見せ付けた。見せ付けすぎだとは思うが、それよりも、これからが大変だ」

 

「えぇと、どう言うこと?服部君」

 

あーちゃん生徒会長は僕に似ていて、いつも自信なさげだけれど、同級生のはんぞー先輩相手だと口ごもったりしない。なんとなくだけれど、お似合いの二人だ。

 

「多治見が『戦略級魔法』を使ったことは全世界にライブで配信された。これは稀有なことだ。『戦略級魔法』の映像なんて、ほとんど誰も見たことがないんだぞ!」

 

はんぞー先輩は冷静になろうと頑張っているけれど、握った拳が震えている。

色々な『戦略級魔法』が公表されているけれど、実際の使用中の『魔法』を見たことのある人なんて、ほとんどいないんだ。

 

「あぅ、今頃、政府も魔法協会も大変でしょうねぇ」

 

あーちゃん生徒会長が他人事のように言う。興奮の坩堝だった一高テントの熱気が少し収まった。

はんぞー先輩がわざとらしく咳払いをひとつして僕を、そして達也くんに視線を向けた。

 

「大丈夫です、中条先輩。学校や魔法協会から質問が来たら、すべて九島閣下にお聞きくださいといえば良いんです」

 

達也くんがぶっきらぼうに言う。怒っている…というよりストレスが溜まっている感じだ。珍しいな。確かに達也くんは八面六臂の活躍だからな。ちょっとした烈くんへの嫌がらせ、意趣返しかな。深雪さんが、少し憂い顔になっている。

達也くんの疲労の一端は僕にあるから、僕も憂い顔のお付き合い。

アレだけの『魔法』を使っておいて、この態度だから、いつも香澄さんがいらいらするんだよね。

僕が九島烈の庇護下にいることは魔法師界では既知の事実なので、あーちゃん生徒会長も納得した。今回の『戦略級魔法』に関しては烈くんに確認は一切していない。基本的に烈くんは僕のことを放任していてくれる。響子さんも光宣くんもいるから、忙しい烈くんの邪魔をしたくないし。

『パラサイドール』について聞いてみようかと、先日電話をかけたけれど、あの時、僕はどうしたかったんだろう…でも、流石に今回は自分から連絡をしてくれるよね…。

 

「とりあえず九校戦の間は騒ぎにはならないでしょうが、新学期からは色々と対策が必要でしょうね」

 

「対策ですか?」

 

あーちゃん生徒会長は達也くんの前では、小動物みたいだ。首を捻るしぐさは、リスみたいで可愛い。

ここは軍の施設だから、一般人の立ち入りはできない。つまりマスコミ関係は近づけない。

僕の自宅住所は公表されていないから、九校戦後、新学期からは一高前での出待ちや取材申し込みの対応が必要になる。興味本位の不審者も学校に現れるかもしれない。これを契機に一高前駅からの通学路に警備を配置してくれると生徒も安心できるんじゃないだろうか。

基地周辺にも魔法師反対運動が出没しているのだから…でも、あの校長に期待するだけ無駄かもな…事件が起きてからじゃ遅いって。遅いんだよ!大事なことだから二回言ったよ!

 

「九校戦後に『師族会議』が開かれるでしょう。久は高校生なので『師族会議』を通じて各方面に働きかけがあるはずです。良識のあるマスコミは問題ないでしょう」

 

つまりゴシップやルール破りのパパラッチの対策だ。

 

「そっそれは校長先生とも相談が必要になっちゃいますね」

 

「あーちゃん生徒会長なら問題ないです」

 

僕はあーちゃん生徒会長は人として信頼している。わかりました、とあーちゃん生徒会長は鼻息も荒く頷いた。でも、人柄だけでは生徒の安全は守れない。一高の教職員は、もっとあてにならない。結局はこれまでどおり自分の身は自分で守らないといけないんだ。

 

競技用CADを達也くんに渡して、預けておいた自分のCADを指にはめる。『真夜お母様』の指輪だ。デバイスを首からかけて、携帯端末を受け取る。

僕は友人が少ないから、メールはそんなに来ていない。一応確認してみると、真由美さんや一高の卒業生。十文字先輩からも来ている。観客席にいるであろう料理部の部員や森崎くん。光宣くんと響子さん。烈くんからは来ていない。

メールの内容は後にするとして、まずは、澪さんに電話をかける。「部屋で待ってるから」と一言言うと、「もう向かっている」って返ってきた。澪さんは今日も招待客用の観客席にいたけれど、流石にわかっている。

携帯を切って、達也くんを見ると、

 

「早く行ったほうがいい」

 

一高のテント前が騒がしくなる前に、とりあえず避難しなくては。会場には生徒以外にも、軍関係者や企業関係者がいる。

 

「じゃぁ、人が来る前に、ホテルに戻っているね。夜、作業車で。後はよろしくお願いします、あーちゃん生徒会長!沢木先輩、試合、圧勝してくださいね!」

 

「なっ中条生徒会長ですぅ!」

 

「おう、多治見君に負けていられないからな!」

 

あーちゃん生徒会長の頬が膨れる。くすっ、可愛い。この後はシールドダウンの個人戦だ。沢木先輩の優勝は、澪さんの部屋で観ることになる。

テントの入り口で香澄さんとぶつかりそうになった。香澄さんの隣には泉美さん。観客席で観戦していたはずだけれど。

 

「ひっ久先輩!」

 

「あっ香澄さん、どうしたのそんなに慌てて?」

 

僕は急ブレーキして、香澄さんの顔に顔がぶつかる寸前で止まった。

つい先日のぎこちない僕たちの関係だったときなら、このシチュエーションはお互いもつれ合って転ぶことになったと思う。不思議なことに、関係が改善されると変なハプニングがなくなった。

そのかわり香澄さんは僕と会うときは、顔を真っ赤にする。今もそうだけれど、鼻と鼻が重なるような距離で、香澄さんがため息をついた。くすぐったいよ。

 

「何言っているんですか!慌てて当たり前でしょう」

 

「うん?夕方、作業車に行くから、話があるならそこでね」

 

なんで香澄さんが慌てるんだろう。香澄さんの新人戦は明日だから、何かトラブルでもあったのかな。僕は今、宿舎に戻ることで頭がいっぱいだから、察しが悪い。

 

「たんに鈍感なだけなのではないでしょうか?」

 

泉美さんがジト目で呟いた。ん?僕の心の声が聞こえたの?顔に書いてある?鈍感?確かに僕は痛みに強いし変なプライドもないけれど?

 

テントを出て、ホテルに向かう途中、僕に気がついた生徒が指を差してくる。

僕の姿は奇妙に目立つからな…このとてとて走りも目立つ要因なんだろうけれど、変に視線をよそに向けると、足元のおぼつかない僕はすっ転ぶ可能性があるので、余所見はできるだけしないで、走る。とてとて。

 

ここでメタな事をふと思う。試合は反則負け。原作には氷倒し本戦は一条選手優勝、一高は3位ってあったから。予定通り、原作通りだよ。原作通りだと、クロスカントリーは全員参加だから、僕も…出場しなくちゃいけないんだよね。制限時間過ぎたら救出隊が来るよね。ね。

 

ホテルに着くと、軍の関係者っぽい人がいた。受付のお姉さんと何やら話している。無視して直通エレベーターに駆け込む。その人は僕に気がついたけれど、さっさとエレベーターの扉をしめて、VIPルームの階に向かう。指紋認証とIDカードがないとこのエレベーターは使えないんだ。

VIPルームの階につくと、警備の人たちが一斉に僕に視線を向けた。でも、朝までの態度とは微妙に違う。敬意と尊敬の目。ここにももう情報は伝わっている。

僕はいつもとかわらずIDをちゃんと見えるように首から下げて、ここからは澪さんの部屋に歩いて向かう。

 

扉の立哨の前に立つと両手をあげて、ボディチェックの準備をする。澪さんが警備員に言ってくれたけれど、僕は機械のチェックだけは受けるようにしていた。

警備員は恐縮そうに、でもマニュアルどおりにチェックする。

そのほうが僕が安心する事に、この数日で気がついているからだ。

警備員は「そっ、その有難うございました」って何故か恐縮する。

 

「いえ、こちらこそ、お勤めお疲れ様です」

 

しっかり頭を下げて、警備員さんが開けてくれようとするのを制して、自分で扉を開ける。

広いVIPルームに入ると、解放的なリビングだ。澪さんが慌てて椅子から立ち上がった。嬉しさや戸惑いのまじった複雑な表情だ。澪さんは、歳相応に落ち着いたワンピースを着ている。地味すぎなんじゃないかと思うけれど、生地や細やかな刺繍は凝っていて、実は値が張っている。上下ジャージじゃない澪さんは、けっこう珍しい。澪さんが慌てるのは、僕がなにかやらかした時だ。響子さんだと、驚いていても演技で隠そうとするし、そもそもあまり驚かない。流石は軍属だ。澪さんは、『戦略級魔法師』でも、基本的に一般人。特別な訓練なんて受けていない。精神力は常人を超越しているから、僕よりはやっぱり大人なんだけれど、どう行動すればいいのか迷っているみたいだ。

僕はとてとて駆け出すと澪さんにひしっと抱きついた。

 

「ひっ久君?」

 

僕の唐突の行動に、澪さんの声が少し裏返る。僕は抱きついたまま顔を上げて、澪さんの顔を間近で見上げる。僕は、にかって笑う。

 

「久君、凄かったですよ!世界が真っ赤に夕焼けみたいに染まって、上空のレンズは『光の紅玉』みたいでしたよ」

 

僕の『魔法』を思い出して、澪さんが興奮し始めた。澪さんの『アビス』は見たことはないけれど、射程が数十キロ、数十メートルから数キロにわたって水面を円形に窪ませる。僕の空気の密度を操作する『光の紅玉』より質量のある海水を押しのけるから大変だ。水深1千メートルにいる潜水艦すら水面で攻撃できるし、水面が回復するとき、海中は物凄い荒れるから、もっと深いところに逃げても、まず助からない。

僕の『光の紅玉』は点や線で攻撃する。海中は無理だけれど、陸上と地中の構造物は防ぎようがない、まさに戦略上重大な『魔法』だ。『光の紅玉』か、カッコイイ名前だね。

 

「これで、澪さんの負担も減るかな?」

 

「え?」

 

僕の唐突の言葉に、澪さんがとまどった。

 

「澪さんは普段は感じさせないけれど、『戦略級魔法師』のプレッシャーは相当だよね」

 

「それはそうだけれど」

 

いくら精神力が卓越していても、圧し掛かるのは数千万の命だ。軽いわけがない。

 

「僕が『戦略級魔法師』になれば、澪さんだけに負担はかからなくなる。負担が分散される」

 

澪さんが、目を見開いた。

 

「そっそんな事を考えていたの?」

 

「うん、でもこれで、僕も澪さんに並び立てる。澪さんにふさわしい男になれたんだよ」

 

僕と澪さん、それに響子さんの三人がいれば、誰も手出しをしようとは思わないだろう。それに、僕は人殺しを禁忌と考えない精神破綻者だ。敵対するのは自殺行為だ。

響子さんは僕の『戦略級魔法』を見てどう思ったんだろう。

 

澪さんは、僕の言葉をじっくり考えて、急に頬を朱色に染めた。あっ可愛い。

 

「(なんだかプロポーズみたい)。重圧すごいし、自由がなくなりますよ…」

 

ん?何かいま別の台詞が聞こえたような?

 

「平気だよ、僕は男の子だもん」

 

澪さんは感動している。僕をぎゅっと抱きしめてきた。柔らか…くない胸に、僕は顔を埋め…られないけれど。僕もしっかり抱きしめ返す。自由って言っても、僕は基本引きこもりだからな…

 

「ただ、『戦略級魔法師』として、十師族の五輪澪として、久くんが学生のうちは自由に振舞えるように働きかけていきますね。普通の学生時代を奪われるのは私だけで十分です」

 

澪さんからすごいプレッシャーを感じる。ヤル気みたいだ。

 

 

少し落ち着いて、僕はパジャマに着替えた。澪さんもジャージ姿になる。自宅にいるみたいで気分が落ち着く。二人して、くすりって笑う。

メールの確認をしてみると、その殆どが驚きと賞賛だった。光宣くんの「さすが久さんです!」は、光宣くんの口癖になっているね。文章から興奮が伝わってくる。

響子さんは、最終日前日に会場入りするから、その時に、って内容だった。

最終日はクロスカントリーと閉会式。閉会式の手伝いってわけはないだろうから、クロスカントリーの障害物に響子さんのいる部隊がなるのかな?お化け屋敷のきぐるみお化けになるの?でも、人手不足だから『パラサイドール』を配置するって話だったよね。うーん、響子さんの部隊は何の協力をしているんだろう…

烈くんからのメールや連絡は、来なかった。

 

それから、一切の面会は謝絶ですって、澪さんが宣言をして、VIPルームに閉じこもった。

ホテルは軍の施設だけれど、VIPルームにはなかなか立ち入りはできない。烈くんの関係者の部屋ともなればなおさらだ。澪さんの携帯端末がひっきりなしに鳴っている。五輪家からみたいだ。澪さんは簡単にメールを返信すると、電源を落としてしまった。『十師族』は大慌てなんだろうな。

 

それにしても、僕と一条選手の氷倒し決勝に『横槍』を入れてきたのはどこの家なんだろう。四葉家以外。『真夜お母様』以外だから…まぁ過ぎたことだし、いっか。

 

午後はシールド・ダウンの男女ソロの試合を部屋のテレビで見ていた。VIP観戦室は分厚い壁にモニター観戦だから、ある意味同じだ。人目がない分くつろげる。

シールド・ダウンは沢木先輩の圧勝だった。初戦からやる気が満々だった。僕が世間に認められて一番喜んでいる在校生は、もしかしたら沢木先輩かも。

女子のソロも優勝していたから、僕の敗戦は影響ないみたいだ。良かった。

明日からの新人戦、香澄さんのロア・ガンは絶対観るって約束をしている。観ないとこっぴどく怒られるから、観客席に行かなくちゃ。僕だけだと大変だから、レオくんとエリカさんに協力してもらわないと。

皆は夕方から作業車に集まっているはずだから、時刻を確認して、僕はバックヤードの作業車に向かった。制服は…目立つから、上着だけパーカーを羽織って、顔を隠すことにする。

 

ロビーには沢山の人がいた。色とりどりの魔法科高校の制服。

僕の姿を見かけると、皆が近づいてくる。えっ?なんで僕だってわかるの?パーカーで顔を隠しているんだよ!VIPルーム直通のエレベーターから現れる子供は…あぁ僕だけだよね。

ちょっと怖いし、うぅ、これは面倒だな…引き返そうか、と思ったんだけれど…

人垣から赤い制服の一条くんが現れた。まるで大勢の人なんていないかのような足捌きで、滑るように僕の前に立つ。

僕は当然、一条くんを見上げることになる。優れた遺伝子を持つ『魔法師』の典型の容姿だ。

 

「ちょっといいか」

 

一条くんの態度は、普通だった。怒るでも悲しむでもない。他の生徒たちが、顔を見合わせると、僕たちから少し離れた。一条くんの提案で、僕たちはロビーにある休憩用のソファで向かい合って座った。ほかの生徒は遠巻きに僕らを見ている。ちらちらじゃなく、ガン見だ。興味津々なのが全身からわかる。

 

「決勝ではごめんなさい」

 

まず僕は、頭を下げて謝った。一条くんを僕たちの都合に巻き込んでしまった。一条くんは、ちょっと不思議そうな顔だ。

 

「どうして謝るんだ?こちらこそ、謝りに来たんだぞ。最初の試合はお前の勝ちだった。『魔法師』としてもエンジニアの技量も戦術も完敗だった。フライングという判定は、何か作為的なものを感じる。だが、その後の『戦略級魔法』は準備が良すぎる」

 

一条くんが、端整な男らしい目でじっと僕を見つめる。睨みつけるのではなく、疑問はそのままに出来ない性格なんだなって思わせる目だ。

話しても…いいのかな?

 

「去年、『十師族』の干渉があったんだ。モノリスコードの決勝で、十文字先輩が完全勝利したんだけれど…」

 

「あれは、確かに鬼気迫っていたが…まさか、俺が、『一条』が司波に負けたから、『十師族』の力を見せ付けるために?」

 

僕はこくんって頷いて、

 

「実は今年も氷倒しで干渉があるって事前に情報を仕入れていたんだ。僕と一条くんの勝負は審判の意思に左右されるから…それと、今回の九校戦は色々と裏で動きがあるみたいなんだ…」

 

「俺が『一条』だからか…多治見は司波達也と親しいのか?だったら『強硬派』のことを司波から聞いたのか?」

 

『強硬派』の事は真由美さんから聴いた情報だ。一条くんと達也くんで何かやり取りがあったみたいだ。二人の仲が良い…とは前夜祭では思えなかったけれど。

 

「ん?それは知らない…『強硬派』は大亜連合との開戦に澪さんを利用しようとしているみたいなんだ」

 

「澪さん…?あぁ多治見の後見には『戦略級魔法師』の五輪澪殿がいるんだったな」

 

「澪さんを無理でも引っ張り出すために、僕も狙われる可能性があって…」

 

「五輪殿に協力させるために…そうか!」

 

「僕が澪さんに匹敵する『魔法師』だって証明すれば、僕自身に価値が生まれる。澪さんの負担や重圧も減らせるって考えて…どうせ優勝できないならって、一条くんとの試合を利用しちゃったんだ。

だから、ごめんなさい」

 

もう一度頭をさげる。一条くんは少し考えて、

 

「『戦略級魔法師』に匹敵するということは、今後、個人の自由を失う可能性があるぞ。お前にとって五輪殿はそれほどの存在なのか?」

 

「うん。僕にとって一番大事な女性だよ!だから、利用してごめんなさい」

 

僕は間髪を入れず即答する。僕にとって澪さんはすごく大切な女性なんだ。一条くんは僕の態度に感心している。個人の自由を失うなんて、思春期の高校生には耐えられないことだ。もっとも僕は、思春期じゃないし、それほど深く考えているわけじゃない。そもそも僕は引きこもりだし、今の澪さんの生活を見ていると、緊張感はかけらもない…十分すぎる貯金、崩れない体格、趣味はアニメとコミックス…専業引きこもりの澪さん。もちろん、そんな事は普通の人は知らないからかごの鳥みたいに思われているのかも。

 

「そうか…見た目は女の子みたいだが、多治見は男なんだな」

 

なんだか、物凄く感心、感動されているな…

 

「久でいいよ。多治見って苗字はあまり好きじゃないんだ」

 

「…そうか?じゃぁ俺のことも将輝でいい。『魔法』を手加減したのは、試合だからだよな。俺を侮ってじゃないよな」

 

真剣に尋ねてくる。

 

「うん。これは殺し合いじゃないもの。あの『魔法』はいち…将輝くんが相手だから使ったんだし。他の『魔法師』相手にはそもそも考えもしないよね」

 

「『戦略級魔法』を使うに足りる相手、か」

 

将輝くんはまんざらでもなさそうだ。

 

「それに、最初の結果で一番混乱していたのは将輝くんだよ。それなのに数十分で『領域干渉』を準備して、ぶっつけで完璧に成功させている…すごいや。僕は何ヶ月も前から準備して三つしか覚えられなかったんだよ」

 

『ドロウレス』は3月から秘密特訓、氷倒し用の『魔法』も四葉家から帰った日から達也くんと相談していたんだ。本格的な練習は7月に入ってから。一ヶ月の時間は達也くんに言わせれば破格の早さなんだけれど、睡眠がほぼ不要な僕は、その期間中、達也くんに言われたイメージトレーニングをずっとしていたんだ。もし、定期試験の結果がひどかったら、そこまで時間は取れなかっただろうな…

僕の賛辞に、将輝くんは素直に嬉しそうだ。僕の周りにはあまりいない素直な性格だな…達也くんと関わると、ろくな目にあわない性格、とも言えるけれど…

 

「それに、あの『魔法式』は達也くんしか造れないから、僕のいつものCADには入りきらないし…」

 

僕の『魔法力』と達也くんの『魔法式』があれば、なんでも『戦略級魔法』になっちゃうんだよね、ぶっちゃけ。ただ、基本的な『魔法』は実用的だけれど、インパクトに欠ける。本当の戦争ならインパクトよりも実用性だけれど、『戦略級魔法』は抑止力でもあるから、見た目やケレンは重要な要素になる。

 

「司波か…」

 

将輝くんが一瞬、苦い顔になったけれど、すぐ気分を切り替えて、

 

「いや、すっきりした。勝敗の内容もそうだが、やはり『魔法師』の世界は一筋縄ではいかないって事がわかった。俺も今回の試合で思うところがある。どうも俺はとっさの判断力が不足しているようだ」

 

からっとした笑顔になった。笑うと、いかにも高校生だ。

 

「うん、今回はそこを突かせてもらったから…ごめんね」

 

「謝るなよ。俺も、訓練は十分積んでいると思っていたが、まだまだ『魔法師の卵』だったんだな。それを気づかせてくれた事に感謝するよ」

 

将輝くんはこれを機に成長するはずだ。もともと優秀なんだから。でも、達也くんには敵わないと思うよ、とは口が裂けても言えない。

将輝くんが立ち上がるとすっと右手を差し伸べてきた。僕も立ち上がると右手を出して、硬く握り合った。

ロビーにいた生徒たちが、僕たちをみて拍手を送ってきた。将輝くんは照れている。

その生徒たちのなかに、一人、奇妙な大人がいた。生徒たちの後ろ、僕の視線から隠れるように、通りすがりでたまたま興味が湧いたみたいにちらっと、でもしっかりと僕を睨んでいた。

日本人じゃない。僕に気づかれたことに、気づいていないようだ。険しい顔で、そそくさと柱の向こうに消えた。

 

「ん?あの外国人が気になるのか?」

 

将輝くんが、僕の視線から何を見ていたか察知した。あの生徒たちの中から区別できるんだから、すごいな。

 

「良くわからないけれど、僕を一瞬、すごい目で睨んでいたよ」

 

僕の動体視力は人間を超えている。その分集中力がないけれど。将輝くんは少し考えて、

 

「あの男は…たしかローゼンの日本支社長だったな。」

 

「ローゼン…?」

 

なんでそんな人が…そう言えばレオくんが絡まれていたって。あの人が?

 

「ああ、日本に新しい『戦略級魔法師』が生まれることが気に入らないのか、自社の商品を売りつけようと考えているのか…」

 

ローゼンか。今の僕には関わりがない。CADは僕の指にはめられている。

 

「それより、将輝くん。僕と友達になってよ」

 

唐突だけど僕は、一高入学初日、達也くんに同じ事を言ったのを思いだす。僕は『家族』や友人に飢えている。なかなか増えないのは、僕に問題がある。

 

「あぁ、こちらこそよろしくだ」

 

僕に新しい友達ができた。

 

 

その後、作業車で達也くんたちと合流して雑談をする。達也くんはケントくんとエンジニアの仕事をしながらだけれど、数日前より、どこか吹っ切れた感があった。僕はレオくんに明日の観戦の付き添いをお願いする。こういうとき、レオくんはすっきりと快諾してくれる。ローゼンの事は、もう忘れていた。エリカさんはチャチャを入れて、幹比古くんが巻き添えになり、美月さんが仲裁に入り、ほのかさんは達也くんしか見ていなく、雫さんは無表情でお茶を飲み、深雪さんは鉄壁の笑顔。水波ちゃんは上級生に囲まれて居心地が悪そう。二年生の女子生徒、エイミィさんやスバルさんもいる。

『ピクシー』は無表情で給仕をしている…

僕が『戦略級魔法』を使っても、いつもと変わらず接してくれる人たちだ。

でも、作業車に香澄さんは来なかった。僕との仲は改善したけれど、達也くんとは相変わらず相性が悪いから…明日の試合に向けて集中しなきゃだしね。

 

20時頃、レオくんにエレベーター前まで送ってもらって、僕は澪さんの部屋に戻った。

 

真夜中の2時。僕と澪さんは同じベッドで寝ている。いつもの子供同士のお泊り会みたいな二人だ。間違いなんておきないぞ!

澪さんの規則的な寝息が聞こえる。僕はいつも通り、目だけ瞑って起きている。

ベッドの中で『意識認識』してみた。『意識』を分厚く広げる。澪さん、達也くんと深雪さん。香澄さんに…ん?この『意識』は以前も感じたけれど、誰だろう。淡い『意識』はどこか懐かしい…

あっ、いる。森の中に…いる。16体に分かたれた『パラサイドール』が。

そして、同じ宿舎に烈くんも。

 

僕がベッドからふらっと半身を起こす。ベッドのスプリングがきしむ。澪さんが寝ぼけまなこで「どうしたの?」って聞いてきたから、

 

「ちょっと、トイレ。喉も渇いたから台所」

 

「…ん、そう…むにゃむにゃ」

 

うぉ!なんてデフォルト!もう、澪さん可愛すぎだよ。

VIPルームにはトイレも台所もある。僕は照明はつけないで、台所に行く。裸足でぺたぺたと歩く。トイレは…入りっぱなしはどうかなって思うから、僕は冷蔵庫の前で『空間認識』をする。『飛ぶ』先の空間に問題はない。烈くんは、VIP用宿舎の屋上にいる。僕は『飛んだ』。

 

中空に現れた僕の裸足が、屋上展望台の床に降りて、ぺちゃり、って音をたてた。

夜風が涼しい。

 

「久か」

 

すぐさま、声をかけられた。

展望台は照明がついていなかった。烈くんは夏の夜の闇に包まれていた。その表情はわからないけれど、いつもとかわらない立ち姿だ。

 

「驚いたよ、まさか九校戦で『戦略級魔法』とはね」

 

驚いたと言っているわりに、どこか嬉しそうな声だ。八雲さんは、烈くんが狂っているって考えているみたいだけれど、僕はそうは思わない。烈くんはそんなに単純じゃない。

 

「僕は、間違ってたかな?」

 

「ん?何を言っているんだい。もともと久は70年前、人類で初めて『戦略級魔法』を使った、最初の『戦略級魔法師』なんだよ」

 

「『魔法』っていうか『サイキック』だけれどね」

 

「現代魔法では同じモノなんだよ」

 

優しい先生みたいに語る烈くん。暗闇で表情は、わからない。でも…

 

「僕だけじゃ、足りないんだよね」

 

「ああ。久は国よりも個人をとるだろう?『魔法師』を戦争の道具にする。これはますます進むだろう。『戦略級魔法師』の存在は、逆に『魔法』への依存を生むんだよ」

 

「そのための『パラサイドール』なの?」

 

「どこでその情報を?光宣…違うね。司波君からか。そう、司波達也君はこの国の魔法師開発のひとつの最終到達点。彼と互角に渡り合えるだけで、いい」

 

すごいな、烈くんが絶賛している。烈くんは八雲さんより達也くんの事を詳しいみたいだ。

 

「殺す気なの?」

 

僕の不安を素直に尋ねる。

 

「殺せないよ。彼を殺せるモノは、いない。だからこそ『魔法師』は戦争に刈り出される事になる…」

 

『魔法師』を倒すのは『魔法師』か。僕は戦うなら銃器を使ったほうが効率がいいと思うけれど、世間はそうじゃないんだ。『魔法師』同士の戦いなんて、物語の中みたいなのに。

 

「せめて戦争が起きないようにって、僕は『戦略級魔法師』になろうとしたんだけれどね」

 

「『戦略級魔法師』は抑止力、か。それも正しいな。いや、正解なんて、そもそもないが…」

 

「その言い方は、昔のままだね。皆、少しずつ、間違っている?」

 

「間違わない人間なんて、いない。だろう」

 

烈くんは生存率10%の強化措置を生き残った。彼の周りには多くの失敗した者たちが墓標もなく埋まっている。僕の7年間の人体実験にはそれに続く多くの失敗の烙印を押された弟たちがいて、摂取された情報や遺伝子はこの国の『魔法師開発』の原点になっている。

僕たちは、夜の闇よりも深い闇から這い上がってきている。

多少の犠牲はやむを得ない、と言う使い古された考えは嫌だけれど、違和感を感じない。ましてや死人が出ない実験なんて、ただの科学観測だ。なるほど、間違っているなぁ…

でも、絶対安全な実験はない。

 

「僕は『家族』を守りたいだけなんだけれど」

 

『家族』だけを守りたい。

 

「それは、正しいことだと私は思うよ」

 

「うん」

 

僕たちの会話は、段々短くなって、やがて無言になった。

 

夏の夜の闇が烈くんを覆っている。でも、僕にはその闇は深く感じられない。

狂ってはいない。でも、焦ってはいる…

 

70年は、一言では語れない時間だ。それは八雲さんにも達也くんにも、僕にもわからない。

 

「おやすみ、烈くん」

 

「ああ、おやすみ」

 

暗闇の中の烈くんは、僕を見ていないけれど、おそらく笑顔だ。歳相応の笑顔…

僕は頷くと再び『飛んだ』。『家族』のいる部屋に。

 

 






九島烈は90歳に近い。その焦りは誰にも理解できません。
今回のパラサイドールは、その焦りから来ている…のでは、と。
17歳の達也には、わからない…

久も実年齢は80近いですが、過去に自殺的テレポートをした後、空間の狭間で非物質化していました。再物質化までは凄く短い時間でしたが、地上では70年経っていたのです。ウラシマです。なので、久は実質11歳のまま。烈の気持ちは完全にはわかりません。

次は、ずっと伏線を入れておいて引っ張っておいたローゼンです。
久がなぜ日常英語を会話できたのか…?
お読みいただき有難うございました。

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