パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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久の魔法科高校生活のハイライト!?


赤い太陽

 

 

 

朝、まだ日は昇っていない。僕は二時間くらい眠って目を覚ますと、澪さんの寝顔を見ていた。

 

『戦略級魔法師』。この国に『公式』に認められているただ一人の存在。

澪さんの戦略魔法『アビス』は実際に戦争で使用したことはないけれど、海上で使用すれば敵の艦隊は壊滅、多くの敵兵の命を奪う、『魔法師』なら知らないものはいない、『魔法』を知らない一般人にも認知されている有名な『魔法』だ。

この国の数千万の国民は澪さんがいれば、敵国は艦隊で侵攻できないと漠然と知っている。普段は優しい、僕には甘いお姉さんだけれど、その未成熟の細い身体には多くの国民の命が圧し掛かっている。

澪さんが『戦略級魔法師』として公表されたのは高校生のときだ。それからは虚弱体質のせいで大学にはまともに通えなくなった。生まれついての体質だったんだろうけれど、『戦略級魔法師』としての重圧もその一端だったと思う。今はそんな不安はまったく感じさせないけれど。

澪さんだって、昔から引きこもりだったわけではない…はずだよね。

 

僕は澪さんの手を握る。僕と同じくらいの小さな手だ。澪さんが目を覚ました。

 

「どうかしたの?」

 

澪さんは、いつもはとぼけたお姉さんだ。今も上下ジャージで、どうみても高校生になりたての少女にしか見えないけれど、流石に感覚は鋭い。僕の何気ない行動に、いつもと違う何かを感じている。

澪さんは『十師族』だ。五輪の直系として、この国に尽くす、この国を守る義務を子供の頃から教えこまれている。だからって澪さん一人に背負わせるには、この握っている手はあまりにも小さい。

この国にはもう一人、非公認だけれど『戦略級魔法師』がいる。去年の10月31日、大陸の艦隊を壊滅させた『魔法師』。

彼の存在が公表されていないのには理由があるはずだけれど、彼も重圧と戦っているんだろうか…

 

…ん?

 

どうして僕は『彼』って思ったんだろう。非公式の『戦略級魔法師』の性別を、僕は知らないのに。

 

「この前、真由美さんに大学前の喫茶店で会った日のことなんだけれど」

 

「ん?」

 

唐突な話に澪さんが戸惑っている。戸惑っている表情も可愛いな。

 

「九校戦が終わったら、皆で海に行かないかって誘われたんだ。真由美さんと妹たち、一高の市原先輩と渡辺先輩も来るって。渡辺先輩は彼氏同伴とかなんとか…」

 

「…?」

 

「澪さんも一緒に行こうよ」

 

「えぇと、私は…」

 

「澪さんの行動が自由じゃないのはわかっているけれど、引きこもりなのも、まぁ僕も引きこもりだけど、学生のうちは学生生活を楽しめって澪さん言ってくれたよね」

 

「ええ」

 

「僕が大学に入れるかわからないけれど、学生のうちに出来ることはしておきたいんだ。もちろん、響子さんも誘うよ。お仕事の都合があるから難しいかもだけれど」

 

九校戦が終わって、響子さんも憂鬱から開放されているといいけれど。そうでなくても気分転換になるし。

 

「………」

 

澪さんは僕の真意を量っている。

 

「私は、水着は…その」

 

さっき僕が名前をあげた女性陣はまだ少女の双子はともかく、スタイル抜群な人たちばかりだ。『魔法師』は容姿もスタイルも優れている。澪さんが気後れする気持ちも良くわかる。

僕も十文字先輩やレオくんみたいな逞しい身体は憧れるし。

 

「『戦略級魔法師』だって年に一度くらい海に行ったって怒られないよね。水着がいやなら散策だけでもいいじゃない。せっかく元気になったんだし。でも、僕は澪さんの水着姿も見てみたいな…」

 

澪さんは僕には甘い。僕のお願いは大概聞いてくれる。お願いなんてめったにしないけれど。澪さんはちょっと頬を赤く染めて、

 

「久君が、その、見たいなら…うん」

 

照れてる。可愛い。

 

「やったー」

 

僕は澪さんの細い腕を抱きしめながら、うとうと、もう一度まどろみ始めた…

 

 

 

今日は曇り空だった。上空に少しの晴れ間も見えない曇天。

 

「今日は絶好の天気だね」

 

一高のテントに入った僕が、達也くんに言った。

 

「そうだな」

 

僕たちの会話に首をひねっている一高の首脳に選手たち。曇り空はミラージバットでは喜ばれるけれど、氷倒しとは関係がないはずだからだ。

 

「本当に良い天気だ」

 

僕は、もういちど呟いた。

 

 

アイス・ピラーズ・ブレイクの試合会場は二つあるけれど、男女ソロ決勝は同じ会場で9時から30分置きに交互に行われる。6試合でちょうど正午になる。

まず、一条選手ともう一人が試合。その後、深雪さんの試合。そして、僕と一条選手の試合の順だ。僕の最初の試合は事実上の決勝だ。

一高の控え室には巫女姿の深雪さん。達也くん、あーちゃん生徒会長、はんぞー先輩。そして、僕がいる。

その他の首脳や選手は一高のテントに全員いる。ただの決勝とは違う緊張感が漂っていた。

 

「二人とも、調子はよさそうだな」

 

達也くんはいつもの無表情だけれど、深雪さんを見る目は優しい。

 

「もちろんです、お兄様」

 

「僕も絶好調」

 

深雪さんは落ち着いている。氷倒し女子ソロには強敵はいないけれど、達也くんに恥ずかしいところは見せられないと、集中を高めている。

 

会場から沢山の拍手が聞こえてきた。ブザーの音に、爆発音。どっと歓声があがる。

 

「一条が勝ったな」

 

はんぞー先輩がモニターを見て言った。モニターにタイムは表示されないけれど、一高が調べた一条選手の予選の記録は0.5秒以下だった。僕の試合とは、目測ではわからない差だ。

深雪さんも少し不安そうな顔になるけれど、

 

「まずは、深雪。自分の試合に集中だ」

 

達也くんのアドバイスを聞くまでもなく、すぐに気合の入った表情になる。

会場の氷柱の撤去に配置は重機と『魔法』を使って30分以内に行われる。試合は長くても数分なので、設営の方が時間がかかるから、観客を飽きさせないように手際よく行われる。

深雪さんの『魔法』は高難易度魔法『氷炎地獄(インフェルノ)』。攻守一体のこの『魔法』を発動させてしまっては、普通に優秀な『魔法師の卵』では勝利は難しい。

一分とたたずに、相手の氷柱は解けてなくなり、自陣の氷は試合前よりかっちんこっちんになっている。

深雪さんは、決勝リーグ第一戦、他人の感情がはいる余地のないおごそかな態度を終始貫いていた。圧勝して、会場を虜にして、一礼。控え室に戻ってきた。

 

「よくやったな」

 

達也くんが深雪さんの頭をなぜている。なんだかごろごろと猫みたいな声が聞こえてきそうだ。

 

会場では清掃と氷柱の交換を行っている。その映像をモニターで見る僕の顔は無表情だ。控え室の姿見に映る僕の顔は人形のように生気が乏しい。この顔で唇だけ微笑むと、動かないはずの人形が笑ったみたいだ。

控え室は無言だ。設営の音と観客のざわめきが、外から小さく聞こえてくる。深雪さんの魔力はまだ会場を支配しているみたいだ。

試合開始十分前、僕は立ち上がると、皆を見る。

 

「それじゃぁ行ってくるね」

 

緊張感のない普通の台詞だ。皆は僕が緊張しない事を良く知っている。普段頼りないのに、こういう時は逆に落ち着いている。いかにもチグハグな僕らしい。

皆は特に何も言わない。あーちゃん生徒会長は何か言いたそうだけれど、言葉が出てこない。はんぞー先輩は難しい顔だ。深雪さんも憂い顔。達也くんは、

 

「練習どおりだ」

 

短く言う。練習どおりにやれば、僕の勝ちは当然だって。

 

「うん」

 

 

僕と一条選手の試合は、瞬きが許されない。深雪さんの試合が幽玄の世界なら、僕たちは刹那の世界だ。

向かいの舞台に立つ一条選手は赤いライダースーツ。去年とは違うスーツだ。よっぽどライダースーツと赤が好きなんだね。僕と同じで、右太ももにホルスターをつけて、赤い拳銃型CAD。

僕は一高の制服。右太もものホルスターにデリンジャー。入っている『魔法』は予選と同じ『稲妻』。それと、『もう一つ』。

一条選手の『爆裂』は彼と彼の『家』を象徴する『魔法』だ。負けは許されないし、習熟しているから、もはや第二の本能とも言うべき速度だ。

『ドロウレス』の僕の方が『魔法』の発動は速いけれど、集中を高めた一条選手の魔法発動速度は通常を上回る…

 

試合開始3秒前の表示がされ、会場がしんと静まる。一条選手が少し腰を落として、右手を拳銃型CADに近づけ、大きな手のひらを開く。もう子供の頃から何万回と繰り返している動きや型なんだろう。

その表情は緊張しているけれど、冷静だ。でも…

僕の立ち姿は全くの自然体だ。棒立ち。試合開始前で身構えたりもしない。人形のように突っ立って、ぼぅっと24本の氷柱を見下ろしている。

 

試合開始のブザーが鳴った。

 

抜く手も見せず、拳銃型CADを構えた一条選手が、銃を水平からやや下に向けて、引き金をしぼった。

『暗夜に霜が降るごとく』。引き金をしぼる時の昔からの慣用句だ。CADは反動も弾丸も出ないけれど、一条選手の一連の動きは、美しい。洗練された形式美がある。

棒立ちの僕とは、存在感からして違う。

 

そして、銃を構えた一条選手の表情が、戸惑いに染まった。

24本の氷柱は、試合開始前そのまま、立っている。一条選手は引き金を引いた。でも、氷は、『爆裂』していない!

 

「領域干渉!?」

 

一条選手が叫んだ。僕は最初から『防御』に徹していた。

 

僕たちは昨日『挑戦状』を送りつけた。送りつけられた、と一条選手は考えたはずだ。彼の性格ならそう考える。でも、僕と達也くんは『人が悪い』。そんな目に見えない『挑戦状』にはなっから付き合う気はない。

早撃ち勝負なんて、最初からする気は、ない。卑怯?ペテン?違うよ、引っかかる方が悪いんだ。

 

『領域干渉』は一定範囲を『魔法師』の干渉力のみを持たせた魔法式で覆って、相手の『魔法』の事象改変を阻止する対抗魔法だ。

一条選手が僕の陣地に『爆裂』を発動しようとする際に、僕の魔法力でエリアを覆って干渉力に相克を起こす。このエリア内での魔法発動が阻害される。

僕の魔法力は過去最高。一条選手の魔法力よりも上。一条選手が僕のエリアで『爆裂』を起こすには僕よりも干渉力で上回らなくてはならない。

深雪さんを相手に練習して、深雪さんですら手も足も出なかった僕の『領域干渉』が一条選手に敗れるはずがない。

そして…

 

「汎用型CAD!?」

 

僕は一人で勝負しているわけではない。僕のエンジニアは達也くんなんだ。九校戦は選手とエンジニアの闘いなんだ。

僕の決勝のCADは汎用型。この汎用型には二つ『魔法式』をいれてある。『領域干渉』そして『稲妻』。

 

一条選手の特徴を、以前、達也くんは一高帰りのたまり場である喫茶店で語ってくれた。

 

魔法師としては一流。でも、とっさの対応力に欠けている。

去年のモノリスコード、達也くんの奇襲に過剰な威力で攻撃、過剰な威力で攻撃したにも関わらず達也くんが倒れず動揺、耳元に指を近づけられても棒立ち、指を鳴らすなんて無駄な動きの音による攻撃も直撃。

自分が一流にたる才能と努力をしているだけに、自分の想定を超えられたとき、一瞬、動きが遅れる。

しかも、『早撃ち』勝負だと思い込んでいる一条選手は、攻撃一辺倒。自陣の防御は、何一つない。

『ドロウレス』を使うまでもない。僕は一見緩慢に拳銃型の汎用型CADを抜いて、構える。使う『魔法』は当然、『稲妻』。

僕は自他共に認める機械音痴だけれど、達也くんのCADをただ構えて、引き金を引くだけだ。

引き金を絞ると、瞬きの時間で一条選手の氷柱は爆発した。12本全部、木っ端微塵になって、キラキラと冷気の煙があがる。

お互いが早撃ちすると、その差は殆ど無い。映像での判定も出来ない。審判の胸三寸で決まる。

僕のエリアの氷柱は12本、まるまる残っている。12対0。誰の目にも明らかな勝負。どんな思惑も跳ね返す、完璧な勝利だ。

 

もっとも、僕も達也くんも『人が悪い』。かなり、悪い。

僕はCADをホルスターに戻す。相変わらずの棒立ちで、その顔は笑っていない。一条選手は銃をゆるく構えたまま動揺している。

 

 

僕は、自分の勝利を一ミリも確信していない。

 

 

ブザーが鳴った。でもそのブザーは試合終了のではなかった。試合中断のブザーだった。

会場がざわめいた。僕の勝利は、明らかだ。でも、

 

「只今の試合、一高・多治見選手のフライングにより、再試合といたします」

 

場内アナウンスの女性の声が、会場に流れる。一瞬の沈黙の後、会場から怒号やブーイングが起きる。僕も観客も『魔法師』。なら、誰だってわかる。ましてや卓越した『魔法師』の一条選手なら、断言すらできる。

僕がフライングしていないことは、『魔法師』なら、誰でもわかることだった。

このアナウンスに一番動揺しているのは一条選手だ。

僕は、試合前と態度は変わらない。人形のように無表情で一礼すると、舞台をゆっくり降りていく。一条選手の方がこんどは棒立ちになっていた。

 

一高の控え室に戻る。さっきと同じメンバーだ。達也くん、深雪さん、あーちゃん生徒会長、はんぞー先輩。

四人とも、落ち着いているけれど、あーちゃん生徒会長は少し困っていて、はんぞー先輩は怒りを押し殺している。深雪さんも、ぎゅっと手を握っていた。

 

「予想通りだったな」

 

「うん」

 

達也くんの冷静な言葉に、僕も淡々と頷く。

やっぱり、こうなったか。『真夜お母様』のご懸念は的中した。『十師族の横槍』は、起きた。すごいな『真夜お母様』は…

僕の『十師族』に向ける感情はより複雑になっていた。個人としては信頼できるけれど、どこまで信用していいのかはわからない。

もっとも、利用するなら利用される方が悪いと考える僕の行動は、これまでとたぶん変わらない。

ただ、四葉家への想いが強くなっただけだ…

達也くんと深雪さん、水波ちゃん、黒羽の双子に『真夜お母様』のいる四葉家への想いは深く、より強くなっている。

 

フライングは二回すると、失格になる。同じ戦術は当然、使えない。

あーちゃん生徒会長が正式に抗議をしようかと達也くんに聞いていたけれど、「無駄です」とにべもなく言っている。

再試合は女子ソロが終わってからと通知があった。僕と一条選手の再試合後、僕ともう一校の試合の順だ。

深雪さんは、怒りを抑えつつ、女子ソロで圧勝。競技時間は一分もかからなかった。

会場の、僕たちの試合結果の不満を深雪さんが洗い流してくれていた。

 

 

再試合の控え室。デバイスチェックを受けた『特化型CAD』を達也くんから受け取る。

 

「本当にいいのか?」

 

「うん、どうやっても勝たせてくれないなら、見せ付けるしかないもんね」

 

僕の言葉にあーちゃん生徒会長が不安になって聞いてきた。

 

「どういう意味ですか?この状況を想定して練習では別の『魔法』を使っていましたが…」

 

「あぁ、確かに派手で革新的な魔法だったが、見せ付けるって程の…まさか」

 

はんぞー先輩がふと気づく。僕の魔法力を注ぎ込めば、普通の威力じゃすまない事に。

 

「ちょっと本気を出すだけですよ」

 

僕はにっこりと微笑んだ。ちょっと本気。

僕の『能力』の全力だと文明にいちじるしく壊滅的な被害があるけれど、『魔法師』として、『魔法』でちょっと本気を出すだけだ。

 

 

再試合の会場は異様なムードだ。一条選手には責任はないけれど、完全に会場は僕の味方になっている。これはさっきの深雪さんの余韻も上乗せされている。

完全アウェーの一条選手は、それでも気丈に、さっきと同じ態度で舞台に立っていた。

僕も同じで棒立ち。でも、そのCADはさっきとは違う。昨日まで使っていた特化型CADだ。ただ『魔法』は違う。

 

試合開始のブザーが鳴って、一条選手が銃を構えた。そして、『領域干渉』。今度は一条選手も防御をする。一時間でCADを準備して、それを使いこなす一条選手はさすがだ。

会場も、それがわかるから、怒号が減って感心の声が上がった。

 

でも、僕はまだ『魔法』を発動していない。あれほどスピードにこだわっていた僕なのに。一条選手と観客が疑問の表情になる。

 

僕は、右腿のホルスターから、デリンジャーをゆっくり抜くと、水平を通り越して、曇り空に銃を向ける。

分厚い雲が空を覆っている。雲の切れ間はまったくない曇天。

僕は正面を見つめている。氷か一条選手か、会場か…ただ前を見ている。そして、引き金をしっかりと引いた。

 

CADを天空に向けて。

 

上空3千メートルの雲の海に小さな穴が開いたと思う間もなく、穴はさぁっと円形に広がった。いきなり現れた太陽が会場照らす。観客が手で目を覆い、一条選手も空を見上げた目を細めた。

青く円形に切り開かれた空の色が一瞬で変化した。

 

空が赤く染まる!

 

雲に出来た円形の赤い穴は、空気を密集屈曲させて造ったレンズだ。レンズはどんどん大きくなる。別に数十メートルで問題はないけれど、今回はインパクトが重要だ。

去年の魔法は地味でみんなの記憶に残っていないから。

レンズの大きさを直系30キロにまで広げる。上空、雲の海に浮かぶ、30キロのレンズはキラキラと輝いて、それだけで雄大で幻想的だ。

会場だけでなく、周囲が夕焼けのように赤くなった。会場も、樹海も、日本の象徴の富士山までが赤く染まる。

時刻は12時に近い。再試合のおかげで、より理想的な太陽の位置。寒冷化時代とは言え、真夏の正午の太陽だ。

レンズ越しに太陽が見える。

 

赤い太陽。

 

太陽光がレンズに吸い込まれていく。『光共振』でレンズの中に鏡面を作り光を閉じ込める。鏡面間に光を往復させて光の数を増やす。

レンズの中に満ちた圧縮空気の触媒で『誘導放出』、光の波長を同じにして、威力を増幅、さらに往復させて、その光をレンズの中心の一点に集約する。

ここまで一秒もかかっていない。あっという間の出来事。でも一条くんには僕が何をしようとしているか理解できた。

 

「ルビーレーザー!?」

 

流石に良く知っているけれど、ちょっと違う。本来なら無色透明だ。でもそれだと、だれにもレンズが見えない。それじゃぁ意味がない。今回はインパクトが大事なんだからわざと色をつけている。レンズはまるで最高峰のルビー、ピジョン・ブラッドのように澄んだ血の色をしている。

太陽光のレーザー化は21世紀前半には実用化できなかった技術。太陽の膨大な熱がレーザー化を邪魔するからだ。でもこの『魔法』はその熱そのものを利用する。当然だ。これは『戦略魔法』なのだから。

上空の雲に直系30キロの赤い円形のレンズ。僕はレンズの中で光を反射していたミラーの地面側の中心を透明化にする。発射口だ。

発射口から光が溢れ始める。光がスタールビーのようにレンズの中心から六条の線を描く。

 

レーザーが発射された。

一条くんが『領域干渉』を強めて対抗しようとしたけれど、光の速さに人間は対応できない。そもそも、レーザーは『魔法』で起こした『結果』で、『術式解体』でも防げない。対応できても6000度の光の剣は、『ファランクス』でもなければ止められない。

 

ばりばりばりっ!

 

空気を引き裂く轟音。レーザーが一瞬で空気を加熱。瞬間的に熱された空気が、音速を超えて一気に膨張する。雷鳴と同じ原理だ。ただ温度は雷ほど高くないので空気の膨張は小さい。

一番近くにいる一条くんは風圧と轟音で一瞬身体がぐらつき、観客の髪や衣服がばたばたとなびく。一条くんの鼓膜は…大丈夫だった様だ。2年連続で鼓膜を破られたら、それはそれで僕は構わないけど。

 

レーザーは本来は無色。でも僕は見ている人の目を守るためにと、レーザーがわかるように赤い色をつけている。

深雪さんの『インフェルノ』の炎は200℃。

でも、太陽の光を巨大レンズで収束すると、その温度は太陽の表面温度6000度まで一瞬で上げられる。これは小学校で紙を焼く実験の延長線。まだ、子供の遊びの威力…

 

『魔法レンズ』で収縮すれば物理的には温度に上限はない。

 

つまり、僕はこれでも威力を最低に抑えているんだ。

今回はそこまでする必要はない。レーザーの温度も太陽の表面温度6000℃でとどめてある。プラズマの方が温度は高いけれど一瞬だ。でも、レーザーの大きさは12メートル四方!

その破壊力は大地をも、溶かす!

 

一条くんの陣に赤いレーザーの剣が突き刺さった。会場が真っ赤に染まる。12本の氷柱は水蒸気爆発と共に一瞬で消滅する。

 

雲を切り裂き天空を覆うルビーレンズ、赤い太陽、技術的に難しい太陽光によるレーザー。空気を焼く6000℃の熱。五体に伝わる轟音。

そして赤く染められた世界、富士山。人形じみた容姿の僕、白い制服、熱風に煽られる黒髪…

 

見る者の、目、耳、肌、そして幻想的な色が記憶に刻み込まれる。破壊的な『戦略魔法』。

 

氷柱を消滅させるだけなら一瞬の時間でいい。水蒸気になった水分すら消滅している。でもわざと数秒撃ちつづける。それ以上はフィールドに一番近くに立っている一条くんが危険だ。

空気そのものが一条くんを守る壁になってくれているけれど、熱は少しずつ伝わるから、一条くんが火傷をしてしまう。今だって一条くんの身体は焼けるように熱いはずだ。

 

レーザーの柱が音もなく消える…赤く染められていた世界が、白く、太陽の元の色に戻った。青空が真円に切り取られている。

 

 

一条選手側の12本の氷の柱はチリ一つ残らず焼き尽くされていた。氷だけじゃない。フィールドは壁も床も焼きただれている。床はどろどろに溶けたコンクリートが溜まり、焼けて一部が溶岩になった地面がむき出しになっていた。

これが僕にとって氷倒し最終試合だから構わずフィールドごと焼いた。ぶすぶすと所々コンクリートが融点を超えて崩れ落ちていく。僕のフィールドの氷柱も溶けている。熱と暴風で倒れている。でも、全部じゃない。僕の前に4本、融け残った柱が壁に張り付いていた。4対0。僕の勝ち…

夏の風が、焦げ臭い匂いを会場に広める。観客はしわぶきひとつたてられない。

一条くんの手から拳銃型のCADが落ちる。静寂の試合会場に金属と床のぶつかる甲高い音が響いた。

 

壊滅的な被害をもたらすレーザーを一ミリのぶれもなく制御した『魔法力』。しかも、『魔法師』なら気づくはずだ。この会場にいるほとんどが『魔法師』と卵たち。誰もが気づいていた。

 

この魔法は、威力を落としてあることに。

 

僕が本気を出せば、太陽の下、無限に供給できるエネルギーであらゆるものを焼き尽くすことができる。バラージすれば広範囲を同時に攻撃、都市は壊滅、岩石の融点を軽く超えるレーザーは、地下シェルターすら貫通する。

 

もし、これが太陽光じゃなくて、電化をおわせた粒子にすれば、僕は『荷電粒子砲』を撃つことができる。

しかも僕の得意の『真空チューブ』を併用すれば粒子は空気減衰することも無くなって、大気中でも射程は無限だ。

 

陽は全世界に昇る。逃げ場はない。射程は澪さんの『アビス』と同じ数十キロ。澪さんが海面なら、僕は天空。対となる『魔法』だ!

見た目のインパクトは去年に比べれば絶大。これは僕が『戦略級魔法師』として世界に初めて認知された瞬間だった。

勝者を告げるブザーが鳴った。

僕の陣の氷の柱は4本残っている。一条選手の陣には1本もない。

 

勝者は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝者は、一条選手だった。

 

 

会場アナウンスが、僕の『魔法』がフィールドからはみ出した、反則と告げている。

氷倒しはフィールドから『魔法』をはみ出してはいけないルールだ。

二度の反則により僕の負け、3位が確定と発表がされた。

もちろん、僕は次の試合をする気なんてはじめからなかった。だから容赦なく会場を焼いた。

会場のどよめきの中、無言で立ち尽くす一条くん。

人形じみた顔で口だけで笑おうとした僕は…

 

「あぁ今年も負けちゃったか…」

 

僕の声をマイクが拾った。試合の内容や『魔法』の威力をふいに忘れさせるような、明るいあっけらかんとした声だった。

僕はにっこりと笑う。深雪さんを思い出して、僕のできる範囲で、会場を魅了する笑顔を作る。人形のような僕がどこまで出来たかはわからないけれど、そして、

 

「来年頑張ります!」

 

勢い良く、頭をさげる。黒髪が僕の細い肩からするりと落ちる。腰を90度まで曲げて、数秒そのままでいた。会場から拍手がパチパチと鳴った。やがて、会場が割れんばかりの歓声になった。

その歓声に僕は感動して、ちょっと涙目になっている。決してこれは悔し涙じゃない。

 

だって、僕はわざとルールを破った。僕は、わざと負けたんだ。『十師族』の顔を立てるために!

 

優勝は『十師族』の一条選手だ。『十師族』の思惑が勝敗に影響する以上、僕は絶対に勝てない。これは『真夜お母様』の忠告どおりだった。

だから僕は、試合では負けたが、勝負には勝った。そして、僕が個人で『十師族』に匹敵、いや、それ以上の『魔法師』であることを世界に証明してみせた。

目的は達した。これで僕をバカにする人はいなくなる。人形のような子供を囲っているって澪さんをバカにする人も減ると思う。

澪さんを出征させようと考えている『強硬派』も、もう僕の存在を脅しの材料には使えない。僕自身が『戦略級魔法師』なのだから。

 

『戦略級魔法師』。新たなる十三使途の誕生。僕は、澪さんと肩を並べられる存在になれた。

 

負けたことは、正直悔しいけれど、今はそれで満足しなくちゃ。

それに、後で一条選手には謝らなくちゃいけない。僕の一方的な考えに彼を巻き込んでしまった。一発殴られるくらいで許してくれるかな…

一条選手は深雪さんに興味があるみたいだったから、深雪さんのサインで許してくれるかな。いや、自分の行動は自分で責任をとらなくちゃ。でも一応、深雪さんに頼んでみよう。

 

 





この回は、このSSを書きはじめて、書きたいと思っていた話の一つです。
正直、疲れました…汗。
太陽光レーザーは現在は研究中で実用化されていない技術です。
久は温度をそのままレーザーにしていますが、実際はこの温度のせいで実用化が難しいそうです。そうネットに書いてありました。
レーザーの原理は、まぁそれっぽくで、自分にはよくわかりません…汗。
これで、久は戦略級魔法師として一目置かれる存在になりますが、そう単純ではありません。
澪が虚弱だったように、久も弱点だらけなので。
むやみに襲撃はされなくなりましたが、今後は相手もそれなりの組織になるだけなのです。
パラサイドールを達也に任せても、そう簡単にはいかないのです。
少なくとも学生の間は自由ですが、卒業したら大変です。頑張って大学に入りなよ。
ちなみに久の学業はこの後、右肩下がり、定位置に戻ります。四葉家の強制睡眠学習は一学期までなので…まぁたぶん推薦入学になるでしょうが…一定上の学力は求められるはずですから。

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