パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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連載が長くなってきたので、少し読み返してみたんですが、
明らかに一話ごとの文章が長くなってきていますね(笑)。
それだけ久も語りたい事が多くなっていると言う事でしょうか。
忘れている伏線もあるような気がしますが…今後ともよろしくお付き合いください。


挑戦状

九校戦の会場入りして二日目、今日は準備や休憩の日だ。競技は明日から、僕と深雪さんの氷倒し男女ソロは予選が五日目午前に、決勝が六日目午前に行われる。

応援のレオくんたちがお昼前に宿舎に着くから、僕も合流しようと一高の制服に着替えて一階ロビーに向かった。

途中、烈くんに電話をかけてみたけれど、留守電になっていた…通常なら僕から烈くんに電話をするタイミングじゃない。これまでだって去年の警備をお願いする電話の一度しかしていないし…メッセージは残さずに電話を切る。光宣くんは…やめておこう。氷倒しの決勝が終われば向こうから嫌でもかけてくることになるだろうし。

VIPルームの階からの直通エレベーターに乗る。エレベーターはセキュリティーの関係で風景は見えない密室だ。もともと軍の施設だから機能重視なんだけれど、エレベーターの扉が開いて、僕は一瞬立ち止まってしまった。

ロビーは私服の若者でごった返していた。どうやら各校の応援の生徒を乗せたバスが到着して、ロビーで再集合したみたいだ。

九校戦は試合期間は応援も制服着用だけれど、会場入りは私服でも問題がない。去年もエリカさんたちは夏らしい露出の多い服を着ていたし。

バスは交通トラブルで到着が遅れたらしく、生徒たちは文句を言っていた。人間主義のデモがどうの言っている。閉じ込められていたバスからの開放感からか、とにかく騒がしい。床に直接座ったり、荷物を無造作に置いて、ロビーは疲労して気分が荒れた、粗野な雰囲気に包まれていた。

僕は教育をまともに受けていない一般人以下だ。でも、地べたに座るなんて無作法はしない。マナーは難しいけれど、友人や『家族』が恥ずかしい思いをしないよう心がけている。

これが深雪さんなら笑顔の仮面に眉をしかめるところだ。

僕は他人の行動ははっきり言ってどうでもいいけれど、とにかく歩きにくいな。生徒たちを避けながらふらふらと進む。

僕の姿は、奇妙に目立つ。腰まで伸ばした黒髪に人形のような、ややもすると冷たい容姿。折れそうに華奢な身体。歩き方も頼りない。それに、今の僕は一高の制服を着ている。

私服の集団の中で、一高の白い制服は、黒い羊の群れに放たれた白い羊だ。ロビーの真ん中あたりまでなんとか進んだところで、

 

「きゅあー何あの子、すごい可愛い、ちっちゃーい」

 

一人の女子生徒が僕を指差して大きな声を上げた。僕はぎょっと立ち止まった。

ロビーにいた生徒の視線が一斉に僕に集まった。騒がしかった生徒たちが静かになった。

 

「あっ、この子知ってる、一高の多治見久君だ!」

 

「去年、新人戦で氷倒しに出ていた男の娘!?」

 

きゃあぁきゃぁと、女子生徒たちが僕を囲みだした。小さな僕は生徒たちに埋もれるようになって、前にも後ろにも進めない。アイドルを見つけた女の子たちの狂騒…違うな、校庭に迷い込んできた子犬に群がる生徒かな。

一高ではこういうことはもう起きない。人を殺しても平然としている横浜での奇行や色々な残念ぶりが知れ渡っているから。でも他校の生徒にとっては、テレビで放送されたワンピースの似合う男の娘でしかない。

登下校で女子中学生にファンですって囲まれたことがあったけれど、それに比べて、『魔法師の卵』という同族意識なのか、すごく厚かましいし遠慮がない。

一般の生徒は、もちろん僕もそうだけれど、ごく普通の家庭で育って、マナーもへったくれもない人もいる。最初は一定の距離があったけれど、段々と距離が縮まってくる。

 

「すごーい髪の毛綺麗」

 

いきなり髪の毛を触られて、ぞわりとした。一人が触ると他の生徒も勝手に触りだした。

 

「ほんと、何このストレート、何のトリートメント使ってるの!?」

 

「ちょっ、やめて…」

 

僕の髪は、澪さんか響子さんが整えてくれている。僕は本当は短い方がいいんだけれど。何しろ手間がかかる。お風呂後、ドライヤーじゃなく『魔法』で乾かしてくれるのも二人が卓越した『魔法師』だからだけれど、おかげで髪は痛まない。シャンプーも、二人はお嬢様だから良いものを使っている。今朝も澪さんがくしけずってくれた。人前に出るときにはちゃんと身だしなみを整える…これも面倒だけれど、基本なんだ。

 

「せっかく澪さんが整えてくれたのに、乱れるから、やめて…」

 

「えーそうなの?ミオさん?誰?それ、髪を整えるって、ほんとに女の子みたいだねぇ」

 

以前、七草家のパーティーでも政治家の偉い人たちにべたべた触られて、僕は立ち尽くしていたけれど、こういう人たちは段々エスカレートしてくる。

 

「ほんとに男子なの?肩とか細すぎじゃない?」

 

見ず知らずの人に身体を触られるのは、誰だって気分が悪いだろうに、いきなり肩を触られて、僕はおびえる。

女子生徒たちは道端の子犬を触るような感覚なんだろう。子犬が迷惑がろうと気にしない。

押しのけて逃げようにも、次々手が伸びてくる。変なところを触りそうだし、僕はそもそも非力なんだ。こういう時は、しばらくすると熱気も冷める。僕のつまらない反応に飽きればどいてくれるはずだ。

急に女子生徒の動きが止まった。僕は解放される?と思ったんだけれど…

ずいっと、女子生徒をかき分けて、数人の男子生徒が目の前に立ちはだかった。背の大きい、太い腕を誇るようにぴっちりしたシャツを着ている。全員レスラーみたいな生徒たちだ。

女子生徒がおびえて数歩下がった。でも僕は生徒たちの輪に囲まれて逃げ場はなかった。

 

「こいつが、多治見久かよ」

 

「ああ、俺知ってるぜ、去年一条選手に負けたくせに、『戦略魔法師』の五輪澪さんのお気に入りだってヤツだ」

 

「見た目は人形みたいだからな、さぞかし可愛がられているんだろうぜ」

 

確かに、澪さんは僕を可愛がってくれるけれど、ちょっと意味が違いそうだ。

男子生徒は『魔法』より腕っ節に自信がありそうだ。威圧感をむやみに誇示してくる。

僕は十文字先輩の黙っていてもあふれ出すあの存在感に慣れているから、男子生徒たちに全く動じない。女子生徒たちの触り攻撃の方が困っていた。

こういう態度がチグハグな印象を周囲に感じさせて苛立たせることに、香澄さんとのこれまでのやり取りで気がついている。

 

「いいよなぁ、実力がなくても見てくれで優遇されるんだから、あやかりたいぜ」

 

ますます絡まれる。

でも、男子生徒の言うことは正しい。僕は公式の場で何も功績を残していない。努力はしているけれど、現実はそうなんだ。澪さんや烈くんの庇護下にあるだけで、僕自身は一生徒のひ弱な子供だ。

『魔法師の卵』というエリート意識は、自分より実力が劣る他者を見下す意識につながる。

森崎くんや七宝琢磨くんもそうだったけれど、二人は見下しながらも、自分自身も見下されるという焦燥感があった。

この男子生徒たちは、僕を見下している。彼らがどれだけの実力者かは知らないけれど、僕を見下すに足りるだけの、努力と実力を持っているんだと思う。

僕は、無駄に沸点が高い。性的な感情には耐えられないけれど、僕自身を蔑むのは、それほど僕の感情に波を立てない。

他校の生徒たちにとって、僕の存在なんてそんなものなんだな。やっぱり、尊敬や敬意は、自らの手で掴まなくちゃいけないんだって教えられた気がして、すごくありがたく感じる。他人にあまり悪意を抱けないのも、僕の奇妙な精神性だ。

 

「五輪澪さんも良い趣味してるよなぁ。しかも、こいつ九島烈閣下のお気に入りでもあるんだってさ!」

 

「閣下の?閣下もいい歳してお稚児さんを囲っているのかよ、幻滅だぜ」

 

お稚児?良く意味がわからないな。確か剃髪していない少年僧のことだよね。僕はお坊さんじゃないよ。九重八雲さんみたいに将来頭を剃ったりしないから。

 

「見た目だけで、お偉いさんに取り入って恥ずかしくないのか!?」

 

「なんだか人形っぽすぎて、俺には気色が悪いぜ…」

 

お偉いさん…えっと、ああ、烈くんの事か。

僕にとっては魔法師界の重鎮・九島烈閣下も、70年前、唯一僕を名前で呼んで友人として接してくれた、アニメやコミックス好きの10代後半の大人になりきれていない容姿の『烈くん』だ。

『烈くん』と今でも呼んでいるけれど、本人がそう呼んでくれって、去年再会したときに言ってくれたんだ。

ただ、奇妙なことに烈くんは『友人』で、『家族』とは思えない。僕の『家族』への想いは『依存性』に関わっている。烈くんには『依存』したいと感じない。

烈くんは70年来の『友人』だ。厳しい辛い記憶ばかりだけれど、同じ時代を生きた存在、同じ時間を生きている唯一の存在だから『友人』と思うんだろう。

 

僕は、生徒たちの悪意に囲まれながらも、暴風が去るのを待っていた。

以前のパーティーでエリカさんにこういう時はしっかりしなくちゃ駄目だって言われているのを思い出した。

僕は色々と偏りがあるから、自信に溢れた僕、というのも想像できないけれど…

 

「お話は終わりましたか?」

 

「何?」

 

「終わったんなら、僕は行きますね」

 

彼らの悪態をぶった切るように、僕は宣言する。乱れた髪を手で整えて、生徒の壁の隙間を探す。僕の態度は男子生徒には気に食わなかったようだ。

 

「あぁ、じゃあ行くなら俺の股をくぐっていけよ」

 

男子生徒が足を開いて妙な事を言い出した。僕の態度が気に入らないにしても、なんでそんな子供みたいな遊びをいきなり?

 

「ちょっと、やりすぎでしょ!」

 

「やめなよ!」

 

女子生徒たちが騒ぎ出したけれど、男子生徒が凄むと、半歩後ずさる。男子生徒はにやにやして僕を見下ろす。

僕を囲んでいた生徒の壁にちょうど良い隙間ができたな。

 

「許してくださいって、謝れば許してやる…ぜ…え?」

 

なんで謝らなくちゃいけないのかさっぱりわからない。

僕は、すいっと、その男子生徒の足の隙間を潜り抜けて、壁の外に出た。背が低いからちょっと中腰で通過できた。

 

「なっ?」

 

「え?」

 

僕は男子生徒を振り返って、

 

「これでいい?じゃ、僕は待ち合わせがあるから行くね」

 

飄々と、なんの屈辱感もない笑顔で言う。

その場にいた生徒たちは、ぽかーんと間抜けな顔をしている。変なの。僕は、ロビーの外に向けてとてとて歩き出した。

レオくんたちはどこかな。まだ来ないかな。レオくんたちのバスも遅れているみたいだ。そうだ、作業車に行けば達也くんがいるから、一緒に待てば良いや。

一つに意識が向くと他を忘れるのは僕の悪癖だけれど、僕はさっきロビーであったことなんてすっかり忘れて、作業トラックのある宿舎のバックヤードに向かう。

 

氷倒しの決勝の翌日、僕がロビーに現れると、さっきの生徒たちが集団で必死に謝ってきたんだけれど、なんで謝られたのか良くわからなかった。

 

翌日、競技が始まった。参謀とエンジニアを兼任している達也くんは忙しそうだ。

試合まで暇な僕は、何か手伝いでもと思うけれど、機械音痴なのでソフトでもハードでも何も出来ない。

だから僕の得意なことは…料理だ。忙しいみんなの為に、簡単につまめるサンドイッチを澪さんと作る。澪さんも観戦以外は基本的に暇人なので、喜んで手伝ってくれた。

競技中、一高の本部になるテントと、試合後の一高の作業車に軽食を差し入れする。『戦略魔法師』手ずからの料理に最初は恐縮していた皆も、次第に喜んでくれた。現役最高魔法師の差し入れは特に裏方のモチベーションアップにつながったみたいだ。

夕方、作業車の横は達也くんを中心としたいつものメンバーがくつろいでいた。宿舎にもカフェがあるけれど、なにしろ利用者が多い。

僕が差し入れたお菓子を食べながら、作業車はキャンピングカーでもあるから『ピクシー』がキッチンで本来のヘルパーロボの役目を勤めて、メンバーに飲み物を用意していた。

『ピクシー』は達也くんに従属しているけれど、僕に対しても恐れと敬意をいだいている。僕にコーヒーを淹れてくれる時、ロボット以上の感情を作り物の顔に見せていた。

いつものメンバーにレオくんとエリカさんがいない。かわりに一年生のケントくんがいる。

ケントくんは達也くんの助手兼エンジニアで、達也くんの向かいの席でニコニコしながら達也くんを見つめている。なんだか僕がもう一人いるみたいだ。

そのケントくんが「西城先輩はローゼン日本支社長に話しかけられていましたよ。なんだか迷惑そうでした」って達也くんに嬉しそうに話しかけていた。

ローゼンか…

実は僕はローゼンとはちょっとした因縁があった。もう昔の話だ。今のローゼンとは無関係だし、昔の僕と今では容貌が違うから、たとえ過去の記録があっても、今の僕と結びつけることは不可能だ。

遅れてレオくんが作業車に来て、しばらくは僕も雑談に参加していたけれど、日が暮れたあたりで僕は先に部屋に戻ることにした。皆は夜までいるそうだ。

僕は去り際、コーヒーのカップを自分で作業車のキッチンに持っていった。

キッチンに『ピクシー』が静かに立っている。

 

「達也くんは『パラサイドール』に勝てるよね」

 

カップを洗い場に置きながら呟くように聞いたけれど、返事はなかった。『ピクシー』にだってわからないよね。

僕は、作業中の達也くんとくつろいでいる友人たちに「おやすみ」って挨拶をすると、宿舎に向かう。九校戦の最中、ここはみんなのたまり場になるんだろうなぁ。

少し皆から離れた僕の頭の中に『ピクシー』の『声』が聞こえた。

 

マスターに敗北はありません。

 

なるほど、『ピクシー』は僕と違って達也くんの戦っている姿を見たことがある。

絶対の勝利を信じている。その『意識』が伝わってくる。

僕は思わず、くすって笑うと、澪さんの待つVIPルームに向かって歩き出した。

 

 

2日後、氷倒しの男子ソロの予選が行われた。

アイス・ピラーズ・ブレイクは、9校を3チームに分けて予選をする。各予選で一位の選手三人が決勝リーグに出られる。つまり予選リーグでは一位にならなくちゃいけない。

僕は試合の日まで、澪さんと一緒に観戦をしていた。特に練習はしていない。一度覚えると、僕は忘れない。それは、CADの操作もおおむね同じだ。出来ない事は出来ないけれど、緊張も全くしないから、練習どおり、淡々と予選に向かう。

氷倒しはファッションショーみたいな風潮がある。それぞれの選手が一番気合の入る格好をする。去年は深雪さんが衣装を用意してくれた。今年は、僕は、本気だ。『真夜お母様』の期待もある。達也くんにも『真夜お母様』の懸念は説明しているし、『真夜お母様』本人からも聞かされていたみたいだ。

『十師族の横槍』は、達也くんを通じて一高の首脳陣にも伝えてある。今年の一高は二、三年生に十師族はいない。三高には、いる。ナンバーズである花音先輩はそんな事起きないって怒っていたけれど、冷静な五十里先輩は真剣に考えてくれていた。考えたところで、僕たちには手の届かない所なんだけれど…

深雪さんは『真夜お母様』がからむと、異常なほどに萎縮する。あんな優しい『お母様』を恐れるなんて変だなって思うけれど、水波ちゃんもそうだから四葉家の家風なのかもしれない。

『お母様』が期待しているって言ったら、僕の衣装に関して、今年は何も提案してこなかった。

僕にとって一番気合の入る衣装は、一高の制服だ。今の制服は、澪さんと響子さんがプレゼントしてくれた。この制服で闘えば、二人が一緒だって思える。

響子さんは会場では再会できていない。まだ土浦にいるみたいだ。九校戦の終盤には会場に来るってメールがあった。僕の試合を直接見てもらえないのは寂しいけれど、テレビでは観てくれるって。

恥ずかしくない試合をしないと、僕は気合を入れなおす。

 

予選リーグは三高とは別だ。一条選手と試合するには、まず予選リーグで2勝しないと。

 

試合会場の舞台に上がる。24本の氷の柱に、相手選手の舞台、満員の観客席。去年と同じだ。

招待客用の観客席に澪さんがいるのが見えた。手をぶんぶん振っている。僕は緊張はしないけれど、澪さんの姿によりリラックスする。澪さんは僕の精神安定剤だよなぁ。

寒冷化時代の弱い太陽が降り注いで、氷の表面を溶かしている。冷気がもやっと立ちのぼる。

僕の最初の相手は四高の生徒だった。亜夜子さんの学校の先輩だね。その生徒もガンマンみたいなコスプレをしている。無駄にカッコイイな。24本の氷柱を挟んでも、がちがちに緊張しているのがわかる。対戦相手の僕は準優勝候補だし、対戦相手は少なくとも一秒以内で氷を倒さなくては勝ち目はないからね。

四高は毎年、最下位争いをしている弱小なんだって。どうして亜夜子さんと文弥くんは一高に入学しなかったのかな…

僕の一高の制服姿に、去年の男の娘みたいな姿を期待していた観客から落胆の声があがった。僕は、そんな事は気にしない。達也くんもコスプレの風潮は嫌っていたし。そのくせ深雪さんのコスプレには…あぅ、背中に鋭い視線が刺さる…うん、なんでもないよ達也くん。試合に集中だね。

僕は一高の制服の右ふとともに、レッグホルスターを巻いている。特化型CADは去年と同じ僕の小さな手にあわせたデリンジャーだ。去年と同じで、『魔法』は一つしか入れていない。

 

試合開始のブザーが鳴った。四高の生徒はショットガン型のCADを派手に抜いた。西部劇みたいで、マントがイカしている。でも、男子生徒が引き金を引くより早く、

 

四高の十二本の氷柱は木っ端微塵に爆発した。

 

氷の煙がキラキラと舞っている。男子生徒はCADを構えたまま硬直していた。『魔法』を発動どころか、CADにサイオンを流しきることすら出来なかった。観客が歓声を上げる間もなく、試合終了のブザーが鳴る。

 

僕はデリンジャーをホルスターから少しだけ抜いている。でも、抜ききっていない。握っているだけ、と言ってもいい。特化型CADは照準補助システムが組み込まれているから銃口を標的に向けなくてはいけないのに、僕は棒立ちで、視線だけは正面にしっかり向けている。

 

「ドロウレスっ!?」

 

観客から声が上がった。一瞬の静寂後、感嘆と歓声が会場を包んだ。

僕は一礼する。澪さんにウィンクを送って、歓声を背中に聞きながら、舞台を後にする。

一高の控え室に戻ると、無表情の達也くんに、笑顔の深雪さん。驚き顔のあーちゃん生徒会長。感心のため息のはんぞー先輩、得心顔の沢木先輩。一高の首脳や選手が色々な顔を見せる。

 

「やっぱり、圧勝過ぎて、試合になりませんでしたね」

 

深雪さんが嬉しそうだけれど、呆れ顔で言った。

 

「当然。深雪でも勝てないんだから」

 

氷倒し女子ペアの雫さんが頷いている。

僕の、この戦術の僕に一高の選手は手も足も出なかった。深雪さんの魔法力もすごいけれど『インフェルノ』でも全ての氷を破壊するのに一分かかる。それでも普通は圧倒的なんだけれど…

 

「私の『地雷源』も一瞬で氷を破壊できれば、久君に一泡吹かせられたんだけれどな」

 

同じ防御無視攻撃特化の花音先輩がそう言いながら五十里先輩に腕を絡めた。

 

「しかし、『ドロウレス』か。森崎も驚いただろうな」

 

はんぞー先輩は、ここにいない僕のクラスメイトの名前を挙げる。

 

「僕の警護をしてくれている人にコツを教わりながら、4月ごろから密かに練習していたんです」

 

『ドロウレス』。高速化された特化型CADを抜かずに、さらに高速で『魔法』を発動する技術。

ホルスターに入れたままの特化型CADを自分の魔法力で照準を合わせる、森崎くんの得意なテクニックだ。

僕は『ドロウレス』を、僕の警備担当の二人から教わっていた。僕の警備をしてくれている二人は、もともと森崎くんの警備会社で働いていた。『パラサイト』事件以降、すっかり仲良くなって森崎くんの学校以外での活躍や『ドロウレス』のことを聞いていた。だから僕は選手に選ばれる前からこっそり練習をしていたんだ。四葉家で『真夜お母様』にもこの事は言っていたし、伏線もちゃんとはっていたよ。

 

「しかし、多治見君の魔法力は桁が違うね。ただの『デイン』が『ギガデイン』を遥かに超える威力になるんだから」

 

沢木先輩が、僕以外意味のわからない感心の仕方をしている。でも僕は勇者じゃないから『デイン』は使えないよ。

 

「沢木先輩、それを言うなら『サンダー』が『サンガー』になると言ったほうが適切でしょう」

 

ぬおっFF12!達也くんが珍しく突っ込みを入れた!!そして、その突っ込みは僕と沢木先輩しかわからないから、首脳陣は意味もわからず感心していた(笑)。

 

今回の僕と達也くんが考えた戦術は、至極、簡単だ。

 

『電撃』

 

『魔法師』が使う『魔法』でも、もっともポピュラーな『魔法』だ。『電撃』は発動と共にタイムラグなしに発生する、スピードの『魔法』だ。

『電撃』そのものの破壊力は小さい。でも、僕の『魔法力』で『電撃』を起こすと、『稲妻』クラスの威力になる。稲妻。『雷電』ともいう、雷鳴と雷光をともなう、都市ひとつを揺るがす天災。

1メートル程度の『稲妻』を12本、それぞれ氷柱の中心に発生させる。『稲妻』は一瞬で消える。でも、『稲妻』の周辺は局地的に2万度になる。

この熱は氷を溶かし、蒸発、分子はプラズマ化、空気は一気に膨張する。水蒸気爆発と音速の雷鳴で氷は爆発する。

 

その光景は、まるで『爆裂』。

 

『爆裂』は氷そのものを爆発させる。僕は『稲妻』を使うから、ひとつ余分な工程が入る。そのための『ドロウレス』。

一条選手は特化型CADを抜いて構えて撃つ。僕は抜かず構えず撃つ。

『魔法力』は僕の方が上だから、工程の段階で僕が勝っている。

去年の『擬似瞬間移動』は移動させて壁にぶつけるという無駄があった。去年、僕は『魔法師』として経験不足で、過剰にならないよう『魔法力』をかなり抑えていた。

達也くんが『擬似瞬間移動』を選んだのは、僕が得意だったからだし、僕の事を何も知らなかったからだ。

それでも全試合12本の氷柱を破壊するのに1秒以下で、決勝でも0.5秒。一条選手が全試合0.5秒以内で勝利したことが想定外だった。

僕の『稲妻』は『ドロウレス』を併用して、0.3秒以下だ。もはや機械による判定差はほとんどない。氷破壊の基準をどこにおくか、映像を解析する審判の判定にかかっている。

このまま僕と一条選手が勝負すれば、すべては審判の胸三寸で決まる。

でも、あえて僕たちは、この戦術を選んでいる。

 

僕の『稲妻』は一見、『爆裂』に見える。

 

これは僕と達也くんの、一条選手への挑戦状だ。去年、一条選手がモノリスコードで達也くんに真正面から挑めって挑戦状を叩き付けた事へのお返しだ。

 

僕よりも早く『爆裂』を使って氷柱を破壊して見せろ!

 

一条選手の性格から、必ずこれを受ける。受けざるを得ない。自分が去年やったことなんだから。

そして、僕と達也くんは、一条選手と違って、人が悪い。挑戦状を送られたと一条選手が勝手に思い込んだ時点で、僕たちの勝利だ。

 

もちろん、僕と達也くんの考えは、さらに先を行っている。

そして、『真夜お母様』の懸念が現実になった時の『魔法』も…

 

予選の第二試合も、僕は瞬殺した。

相手選手がトラウマで『魔法力』を失うんじゃないかってあーちゃん生徒会長は優しいから心配していたけれど、それは僕には興味がない…

とにかく二連勝。これでリーグ戦を勝ち抜けになった。去年は決勝は一人が辞退したので僕と一条選手の一騎打ちになったけれど、今年は辞退していないから、三つ巴戦だ。

深雪さんも予選を余裕で突破して、氷倒しはソロの男女が共に明日の決勝リーグに出場する。

 

僕にとっては、運命の決勝だ。

 

 

 




なんだかハードル自分で上げていますよね…
久の成長と共に文章や内容も充実できれば良いのですが、文才は乏しいので…
それでも頑張ります。
今後とも応援していただけると、嬉しいです。
お読みいただき有難うございました。

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