パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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市原鈴音

夏休みに入って、九校戦の練習は佳境になっていた。

 

氷倒しは午前中、二時間集中して練習する。他の生徒の魔法力はそれが限界だ。

僕と深雪さんは練習に加えて氷柱造りも担当しているけれど、それでも深雪さんは平然としている。深雪さんの魔法力がいかに凄いかがわかる。僕も凄いんだけれど僕は『高位』から常にエネルギーを補充しているようなものだから比較としては違うと思う…

深雪さんは副生徒会長だから氷倒しにかかりっきりってわけにもいかない。だから午後は自由だ。自主練習するのもいいし、他の競技の見学でもいい。

僕と深雪さん以外の選手も練習をしたければするけれど、氷柱は自分たちで作らなくちゃいけないから、結局、午前で氷倒しの練習はおしまいってことで落ち着いた。逆に熱中しすぎるのも疲弊するし。ただ、本戦男子ペアは釈迦力に練習していた。女子ペアにも新人戦女子ペアにも連敗しているからだけれど、大丈夫かな。

僕の氷倒しは深雪さんと、時には1年生のソロも交えて練習をしていたけれど、ほとんど僕のダントツ勝利が続いていた。これも参謀の達也くんのアイデアとエンジニアとしての腕が光っているからだ。

途中から、僕は氷造り専門になるほど練習試合をしなくなっていた。

僕の場合はCADの操作の自主練習とイメージトレーニングをメインでするように達也くんに指示されているからだ。去年みたいに達也くんが担当した選手で唯一優勝できなかったなんて言われたくはないから自主練習もがんばらなくちゃだけれど…

 

僕の怪我は『回復』で4日ほどで完治した。その間、香澄さんが『治癒魔法』をかけてくれていたけれど、香澄さんはあまり『治癒魔法』は得意じゃない。

『治癒魔法』でも通常は完治に1週間はかかるから、僕の怪我の治り具合を自分の『魔法』のおかげだと勘違いさせてしまった。

それでも、以前のようなギクシャクもなくなって、香澄さんは気分も体調も乗ってきたみたいだ。

ロアー・アンド・ガンナー新人戦ペアに出場するから応援してくださいよってお願いされて、もちろん、全員ちゃんと応援するよって答えたら、少し不機嫌になっていたけれど…

 

僕は、学校にいる時間以外はほとんど自宅にこもっている。

氷倒しの練習の後も、友人たちは時間がばらばらだから、僕はさっさと帰宅する。

一緒に買い物やお出かけなんかもしない。僕の友人たちは学校以外でも色々と忙しい人が多いから…ハブになっているわけではない。

一高から自宅まではキャビネットを乗り換えこみで40分そこそこの距離だ。お昼に戻ると、澪さんとご飯を食べて、その後はのんびりしている。

今年は成績もよかったから追加の課題も出されていない。専業引きこもりの澪さんの部屋で、畳ラグに二人して寝転がりながらのアニメコミック三昧、夢の生活!

夜、響子さんが帰ってきたときもずっとその状態だ。夏休みも、専業引きこもりでもない響子さんの雷が落ちるのも、いつもの光景だ。ただ、響子さんは…まだ元気がない。響子さんは軍属だし、帰宅しない日も多い。先週も西の方に出張していたみたいだから、仕事で気分がまぎれればいいんだけれど…

首と肩を揉んであげようとしたんだけれど、握力10キロ以下の僕の揉みじゃぁどうにもならなかった。逆に僕が全身を揉まれて、くすぐったくて悶える姿にころころ笑っていた。澪さんまで参加して僕を揉みまくる。あぅ、あぁあん、やめっ、あぁあああっ!

響子さんの心からの笑顔を久しぶりに見られて嬉しい。いっあぁああああ!

高校生が新兵器の実験台になることくらい、響子さんが全然気にすることじゃないのに…

 

九校戦までの一週間は、だいたいこんな感じで過ぎていくんだろう。でも、せっかくの夏休みだし、九校戦以降どこかに出かける?って澪さんに尋ねたら、

 

「久君はどこか行きたい所はある?」

 

って逆に質問されて、僕は一秒も考えずに、

 

「どこもないな…澪さんとこうやっている方が楽しいし…あっ、一度は生駒に泊まりで行きたいな。光宣くんがその時、体調が良いと嬉しいけれど」

 

九校戦で再会しようって別れた光宣くんは、九校戦の新人戦を辞退している。どの競技に出ても優勝確実だけれど、いつ体調不良になるかわからないからって。

観客として来ないのか電話で聞いたら、研究所で手伝いをしているから、来られないって。研究所…『P兵器』のことか。

『P兵器』に関しては、僕も動きにくい。どうして僕がその情報を知っているのか説明しにくいからなんだけれど、でも、九校戦の会場には烈くんは毎年来ているそうだから、そこで聞いてみようと思う。

 

「久君が行きたい所ないなら、私もない…かな」

 

うぅむ、引きこもり同士の結論はこうなるよね。僕も澪さんも食っちゃねしていても太らない奇跡の体質だから運動もしないし、お金は十分ある…いいんだろうか。いいよね。

 

「澪さん、今、何巻読んでる?」「7巻よ」「僕もうすぐ6巻読み終わるよ」「ちょっと待って今良いところで…」「はやくぅ」

 

澪さんは『戦略魔法師』の警備の関係で、遠距離出かけるときは1週間前には計画をたてなくてはいけないんだそうだ。大変だなって、引きこもり生活だから大変そうじゃないのは救いだね。

 

そんな生活をしていた、その日の午後。僕の携帯端末が鳴った。澪さんの部屋で寝そべりながら腕だけ伸ばして携帯をとる。ディスプレイを確認してみると、真由美さんだった。魔法大学も夏休みだと思うけれど、どうしたのかな?

 

「もしもし、真由美さんですか?」

 

真由美さんって僕の言葉に、澪さんがぴくって反応した。6月の事件以降、澪さんは七草家にちょっと隔たりを感じているみたいなんだ。家同士のお付き合いも断絶しているって。可能性は限りなく低いけれど、義妹になるかもしれない真由美さんにその態度は…

 

「あっ久ちゃん?お久しぶり。って言っても泉美…香澄からよく話は聞いているけれど、九校戦の練習は順調みたいね」

 

「はい、がんばっています」

 

どうして香澄さんって言い直したのかな。泉美さんは氷倒しの新人戦ペアに出場するから、練習の事は泉美さんの方が詳しいと思うけれど。やはり一高三連覇の立役者、後輩の状況は気になるみたいだ。

 

「今は…自宅よね?」

 

澪さんの部屋のアナログ掛け時計は14時少しを差している。僕と澪さんのまったりコミックスタイムだ。

 

「はい」

 

「ちょっと出られるかな。私たちは今、魔法大学に居るんだけれど、少しお話があって…」

 

真由美さんの声が、少し低くなった。周りにはばかることみたいだ。

 

「ん?私たち?」

 

「あぁ、鈴ちゃんが隣に居るの。久ちゃんは鈴ちゃんとは卒業以来会っていないわよね」

 

「真由美さんの卒業パーティーで会ったのが最後です」

 

市原先輩が一緒なのか。市原先輩には一高時代のお礼をきちんと言っていなかったな。

 

「大学前の喫茶店で待っているけれど…来れる?」

 

「わかりました、今から出かけます。30分くらいで着きますから、待っていてください」

 

「うん、突然だけれど、お願いね」

 

 

「真由美さん?」

 

澪さんはいぶかしげだ。今日、このタイミングで高校の卒業生が後輩に呼び出しをする理由なんて思い浮かばない。当然、七草家関係の話ってことは想像がつく。

 

「うん、何か話したいことがあるから大学前に来て欲しいって」

 

「家に来ないで久君を呼び出す…?」

 

「ん?」

 

真由美さんは僕の家には何度も来ている。一度も遊びではなかったけれど。なるほど、澪さんには聞かせたくない内容なんだな…そのことは澪さんもすぐ気がついた。

 

「とにかく行って来るよ。大学まではすぐだから…澪さんも一緒に来る?」

 

念のため聞いてみる。別に一人で来てって言われていないし。でも澪さんはぷいって横を向いて拒否した。少しすねている。可愛い。

 

「どうしたの澪さん…僕変なこと言った?」

 

「久君が鈍感なんです!胸に手を当てて聞いて見なさい!」

 

って言うから、僕は澪さんの胸に両手をそっとあてた。柔らか…くない…膨らみのあまりない胸だ。澪さんはいつものジャージ上下で、その容姿は成熟していない。中学生か高校入学したての女の子みたい。逆に言うと、物凄く若く見える。僕と同じだ。

 

「なっ!?ちょっ久君、私のじゃありません!自分の…」

 

僕はそのまま顔を横に向けて、胸の谷間…両手の間に自分の耳をつける。どくんどくんって鼓動が聞こえる。

 

「澪さんの心臓の音が聞こえる…よ。すごく早い。どくんどくんって澪さんの音だ。それに澪さんの香りがするよ。ずっとこうしていたいって思う、澪さんの香り」

 

「もっもう、久君だってドキドキしていますよ!」

 

澪さんが僕の頭に軽く手を回して、自分の頬を僕の頭に載せた。頬は柔らかい…温かい。

すごく落ち着く。ずっとこうしていたいけれど、出かけなきゃ。僕の耳が離れると澪さんが一瞬寂しそうな顔をして、でも、すぐ心配顔になって、

 

「…気をつけてね」

 

って言ってくるところが、また可愛い。僕は事件に巻きこまれ体質だから心配なんだ。

 

「…うん?」

 

心配顔の澪さんの目が真剣でちょっと怖かった。真由美さんは小悪魔だって澪さんは知っているから、僕がいぢられると心配しているんだ。でも、大人小悪魔と生活しているから平気だよ。大人小悪魔は勿論、澪さんじゃない。谷間がある方の美女、おっと出かけなきゃ。

 

僕の自宅から、魔法大学へはほとんど一本道だ。キャビネットに乗ると、30分もかからないで到着する。この距離だけれど、魔法大学には行った事がなかった。一高とは正反対の方角だし。僕も一高を卒業したら通うのかな…卒業できたらだけれど。

魔法大学は、かつての朝霞駐屯地にある。防衛大学も隣だから、緑が多くて高い塀に囲まれている。とにかく広い。正門は練馬区の一番北側にある。敷地のほとんどは埼玉なんだ。一高も広いけれど、一番の違いは、ちゃんと警備が常駐しているところかな。国の重要な施設なら一高も警備を置こうよ。警備くらい学校で雇えば良いのに。駅前からの通学路にも配備した方が良いと思う。魔法師排斥運動なんて馬鹿げたやからもいるんだから。事件が起きてからじゃ遅いよ。僕だって個人的にお願いしているって言うのに…

夏休み期間なので学生と思しき人たちは、正門前にはあまりいなかった。僕はいつものユニセックスな姿で、一見すると女の子だ。でも魔法関係者には知られているので、警備の人もキャビネットから降りた僕を見て、おやって思ったみたいだ。

僕の小さい姿は、意外と目立つ。遠くからでもチグハグな雰囲気が伝わるんだろうな。

大学前の喫茶店…あっ、いた。校門の前の道路を挟んで、洒落た洋風の喫茶店、木製の格子の窓ガラスの向こう、座ったままぶんぶん手を振っている真由美さんの姿が見える。

向かいに座る市原先輩は慣れているから無表情だ。あはは、一高時代のまんまだね。僕は喫茶店に向かってとてとて走る。からころんってドアベルが鳴る。

店員さんの案内の前に真由美さんが、

 

「久ちゃん、こっちこっちっ!」

 

って上半身だけひょいって席から出して、手を振っていた。すごく子供っぽいけれど、それがまた似合う、なんて言うと怒るからいわないけれどね。

店員さんの苦笑いに一礼して、僕は席に向かう。

 

「こんにちは真由美さん、市原先輩。お待たせしました」

 

「いえ、急な呼び出しでしたから。こんにちは多治見君。四ヶ月ぶりですね」

 

「ちょっと鈴ちゃん、そういう時は私たちも今来たところって言うのよ」

 

「それは無理です。電話で呼び出しているんですから」

 

「市原先輩、お久しぶりです。私服の先輩を見るのは初めてなので、ちょっとどきどきしちゃいます」

 

市原先輩はVネックのシックで少しスカートがタイトなワンピース。大人の容姿にぴったりと合っている。いかにも市原先輩だ。

 

「そうですか、ありがとう」

 

無表情だけれど、照れを隠しているのはすぐわかった。

 

「久ちゃん、私には?」

 

フレンチスリーブの半そでシャツにチェックのスカート姿の真由美さん。

 

「大人可愛いです」

 

「あら、そう?」

 

大人って言われて喜んでいる。さて、二人は四人がけテーブル席に向かい合って座っている。僕はどこに座れば良いんだろう?テーブルの上って選択肢はないね…

二人が、ほぼ同時にスカートの腰をかるく押さえながら、奥側に移動して、僕をじっと見た。真由美さんは小悪魔的表情、市原先輩は無表情だけれど、その仮面の下は真由美さんと同じだ。

うっ、これは面倒な展開だ、と思春期の男子なら思うところだ。残念ながら、僕は思春期じゃない。迷わず、市原先輩の隣に腰をかける。

真由美さんが、ぶすぅってふくれた。市原先輩は、無表情だけれど、すこし勝ち誇っているような…女同士って怖い。僕は市原先輩の静かなところが落ち着くし、そもそも真由美さんに呼び出されたんだから正面に座る。決して、真由美さんが隙あらば僕をいじろうとするのを避けるためでは…いやそれも理由のひとつか。

軽い雑談の後、注文が来るのを待つ。僕はアイスコーヒーを頼んで、添えられているシロップやクリームを入れないで、そのままストローに口をつける。透明な氷がからんって音をたてた。その僕の姿をふたりはじっと見ている…

 

「久ちゃんは、ブラック派だった?」

 

「うぅん、コーヒーはコーヒーゼリー以外はあまり得意じゃないです」

 

四葉家の葉山さんの淹れてくれたコーヒーは美味しかったな。ミロの味がしたけれど。

 

「ではどうして、シロップも入れずに飲んでいるのですか?」

 

「大学生のお二人の前で、ちょっと背伸びをしてみたんです。これでも、僕は17歳なんですから」

 

僕の年齢を聞いて微妙な表情になる真由美さん。二学年しか違わないんだから。注文の理由は二人が同じモノを飲んでいるからなんだけれど、シロップを入れないのは、添加物が何か入っているかわからないからだ。僕は添加物が苦手なんだ。

 

「大人…ね」

 

真由美さんのアイスコーヒーは甘そうだ。グラスの横にガムシロップが二つ開けられて転がっている。

 

「今日は渡辺先輩はご一緒じゃないんですか?」

 

「防衛大はカリキュラムが過密だから夏休みもあってないようなものだし、今日のお話はあまり聞かせたくない類の内容なのよ」

 

市原先輩ならいいのかな?市原先輩は、少しだけ僕に顔を向けると、

 

「真由美さんから話を聞いて、少し気にかかっていたんです。多治見君、私の『市原』と言う苗字は、もとは『一花』でした」

 

いきなり、そう言った。

僕は、唐突な市原先輩の告白にびくって反応して、真由美さんを見た。真由美さんも小さく頷いている。つまり市原先輩の家は『数字落ち』。6月の事件の男と同じ…

 

「私の家系は、人体に直接影響を与える魔法を遺伝的に得意としています。私も『系統外魔法』が得意です。しかも、CADを使わずとも『系統外魔法』を使えます」

 

この告白に僕は驚く。『系統外魔法』。つまり『精神支配』…市原先輩は何を言いたいんだろう。僕はその端正な横顔をじっと見つめる。

 

「『数字落ち』の家系は能力はもちろん突出した物があります。ただ、精神に少し難がある人物が多いのです」

 

ん?何が言いたいんだろう。

 

「かく言う私も、性格に、精神に難があります」

 

「え?」

 

なんだか、市原先輩は僕と同じようなことを言っている。僕も自分が色々と壊れていることを実感しているけれど…疑問符だらけの告白だ。さりげなく毒を吐くのは知っているけれど、違うみたいだ。すこし、僕たちの間の空気が重くなる。

 

「えぇとね、鈴ちゃんは難っていうか、少し奔放なところがあって。高校時代も男性と付き合って、アバンチュールを気取りながら、いざ事が起きそうになると、日和って雰囲気が足りないって男性にちょっと『眠ってもらって』逃げてきた…なんて事を時々…その」

 

よくわからない発言だけれど、『眠ってもらう』ってことは…

 

「本来、医療行為以外では使用が厳しく規制されている『系統外魔法』を、一般人相手に試したことがあると言うことです」

 

「…それは」

 

「まぎれもない犯罪行為ですね」

 

冷静にきっぱりと言う。反省は、していないようだ。

 

「そっその、まぁ乙女の危機は、立派な正当防衛よ、うん」

 

「自分から誘っておいて、しかも一度ならずとなれば別ですけれどね」

 

自分から誘うって話も良くわからない。僕は恋愛や性的な話が苦手だ。わからないといった方がいいかも。子供だから、精神が子供だからなのか、これも『弊害』のひとつなのかは、まだわからない。

 

「えぇと、つまり市原先輩は何が言いたいんですか?僕は察しはよくないから…」

 

「つまり、『数字落ち』する家系の人物は精神を病んでいるのです。ですから先月、多治見君を襲撃した犯人も精神が病んでいたのです」

 

たしかに、あの男は、兄だって言う社長も、精神がイビツだった。けれど、市原先輩の告白はちょっと違う気がする。僕が首をひねると、

 

「ですから先月の事件は七草弘一氏…に多少の不手際があったとは言え、七草家、いえ、真由美さんは、悪くはないということです。すべては『数字落ち』した人物の責任なのです」

 

「ちょっ、鈴ちゃん!」

 

真由美さんが立ち上がった。テーブルががたんって音をたてる。店内は大学が夏休みだったから他に客はいなかったけれど、店員さんが一瞬視線をこちらに向けた。真由美さんが座りなおすと、店員さんはカウンターで作業を続ける。

 

「ですから、真由美さんを、七草家を嫌いにならないで欲しいのです」

 

「えっ?」

 

「え?」

 

僕と真由美さんが同時に声をあげた。

 

「私の家は『数字落ち』です。そのせいで私はこの国の魔法師界に帰属意識が持てませんでした。でも、一高に入学して、真由美さんにそのきっかけを貰って大変な恩義を感じています。一高は卒業しましたが、大学を卒業した後は七草家の…いえ、真由美さんの恩義に報いたいと思っています」

 

真由美さんもこの告白には驚いているけれど、僕にはよくわかる。『依存性』。『精神』の存在に近い僕の性質と市原先輩も同じモノを持っている。

魔法による『精神支配』とは違う。自分の強い想いから自分を縛る『精神支配』だ。これは深く、破れない。

 

「多治見君は、稀有な『魔法』の才能を持っています。今後、さらに注目を浴びるでしょう。九校戦ともなればなおさらです。七草家の御当主の弘一氏は陰謀をめぐらせる性癖をお持ちです。今後も『数字落ち』のような存在に襲撃されることもあるでしょう。ですが、そのたびに七草の、真由美さんに隔意を持たないで欲しいのです。」

 

隔意…わだかまり。さっき澪さんが見せた感情だ。

真由美さんが困った顔になっている。思いがけない告白の連続だし、普段は自分で悪口を言っている父親でも、たとえ友人でも他人に言われると困惑してしまうのだろう。

 

「今後も弘一氏の陰謀に多治見君が巻き込まれても、真由美さんには罪はないと…」

 

「そんなのあたり前じゃないですか」

 

僕は市原先輩の告白に、さも不思議なモノを見たかのような感じがして、軽く言った。当たり前すぎて、拍子抜けしてしまった。市原先輩が、身体ごと僕に顔を向ける。その顔は冷静な市原先輩だ。でも耳はしっかり僕の言葉を逃すまいとしている。

 

「弘一さんが策謀をめぐらせても、僕は全然気にしていません」

 

「え?」

 

真由美さんが不思議そうに声を漏らした。

 

「前にも真由美さんには言ったと思うけれど、狙われる僕が悪いんです。狙われて対処できなかった僕が悪かったんです。弘一さんを恨むことは全然ありません。勿論、何度も巻き込まれるのは面倒だけれど、巻き込まれないよう、手出しを出来ないよう実力を相手に見せ付けてやればいいんです。市原先輩が言っているように、僕にはその『力』があるんだから」

 

僕は不安定な精神性のせいか、その時々で気分に偏りが生まれる。物凄い『力』を持っているのに、自信なさげな態度を見せて香澄さんをイライラさせていたのはそのせいだ。でもここのところは少し違う。だから香澄さんも僕をみても態度をかえなくなったんだと思う。

 

「まったくの見ず知らずなら、さっさと殺せば良い。背後組織があるなら徹底的に破壊する。『家族』に手を出すなら、皆殺しにだってする。でも、知り合いや、先輩の肉親となるとそうもいかない。試しに殺すわけにもいかないから。だから、手出しできないよう実力を見せ付けるんだ!僕や『家族』に手を出したらただじゃすまないって!」

 

僕は市原先輩の目をしっかり見て言った。乱暴な考えだけれど、相手はもっと乱暴なことをためらわずしてくる。剣呑な言葉だけれど、この2人は戦場を乗り越えてきている。市原先輩は目を逸らさない。

 

「実力を見せ付ける?そうですか…九校戦で」

 

僕は、ゆっくりと、でもしっかりと頷いた。

 

「そう、ですか」

 

僕が真由美さんどころか、七草家、弘一さんすら恨んでいない事に、市原先輩は驚きつつも納得してくれたようだ。

 

「すみませんでした…私の独り相撲だったようです。驚きました。多治見君がここまで『大人』だったとは」

 

「どうせ私は子供ですよぅ」

 

真由美さんが高校時代みたいに、漫画チックな動作で肩を揺らした。

 

「でも、鈴ちゃんがこんな告白するなんて考えてもいなかったから、少しびっくりしたわ」

 

喉を潤そうと、アイスコーヒーのグラスに手を伸ばす。でもコーヒーはもう空になっていた。真由美さんの視線がすぅと僕の手に向かう。あ…っと思う間もなく、僕のアイスコーヒーは奪われた。ストローごと。

関節キスですよ、それ。真由美さんは構わず、飲み干してしまった。でもご令嬢だから音はたてないのが、ちょっとおかしい。

 

「このコーヒーは、苦いわね」

 

その声に、すこし照れ隠しが入っている。

 

「うぅ、ところで、用件はこの話だったんですか?」

 

「違うわ、鈴ちゃんが久ちゃんに話があるって言っていたから、同席してもらったんだけれど、まさかの告白だったわ」

 

「じゃぁ」

 

「ええとね、先月、父が情報を流したせいで久ちゃんに多大な迷惑をかけてしまって、あらためてごめんなさい。それで、罪滅ぼしってわけじゃないんだけれど、父が、七草家が九校戦に関してあまりよくない情報を入手したの。だから父が、久ちゃんにお伝えしてくれって…」

 

よくない情報?もしかして『P兵器』のことかな…

 

「情報?どうして僕に?生徒会役員とか達也くんにじゃなく?」

 

「もちろん関係はあるけれど、どちらかといえば、久ちゃんに関係があるのよね」

 

真由美さんが良いにくそうだ。僕に関係?何だろう…僕は少し考える。真由美さんが言葉を切って、続きを話さないからだ。こういうところは響子さんに似ている。相手の器量を測る、値踏みするところが、だ。

 

「あ!?ひょっとして、自宅じゃなくて、ここに呼ばれた理由?」

 

真由美さんがにんまりした。正解だったみたい。

 

これなら義弟にしてもいいわ…

 

ん?なにか今、変な心の声が聞こえたような…気のせいだよね。

 

「ええ、五輪澪さんについてなの」

 

「澪さん?」

 

真由美さんと市原先輩が目を合わせると、少しテーブルの中央に顔を寄せた。僕もつられて顔を寄せる。美女二人の顔が目の前で、目の得だ。でも、はたから見ると、密談と言うより、女の子同士の悪巧みみたいだ。僕は男の子だけれど。

 

「今年の九校戦が、全体的に軍事寄りな競技が多いことには気がついていますね」

 

「うん。達也くんもレオくんもそう言っていたよ」

 

「九校戦の競技に口を出して来たのは、軍のとある派閥なんだけれど。その派閥はいわゆる『強硬派』といわれているの」

 

「『強硬派』?何を強行するの?」

 

「大亜連合との戦争を願っている一派よ」

 

「大亜連合が弱体化している現在、先制攻撃をするべきと唱える一派です。今なら勝てると思っているのでしょうが、安易です。世界はこの国と大亜連合だけではないのに…去年の11月にもそのようなことがあったでしょう?」

 

「大亜連合、戦争、開戦、出征…『戦略魔法師』…あっ!」

 

「そうよ、去年の11月、海軍を集結させて、五輪澪さんを戦場に送ろうとした一派があったの。それが『強硬派』なのよ」

 

あの時は、烈くんが口利きして澪さんの出征を止めてくれた。そうか、烈くんは『強硬派』とは敵対する派閥なんだ。今回の軍事色の強い九校戦が成功したら、『強硬派』は力を増す。開戦が近づいて、『戦略魔法師』の澪さんが再び出征する可能性が高まる。

九校戦の失敗ってなんだろう。けが人が多数出る?ちがうな、毎年出てるし。死人が出る?それもありだけれど、生徒個人のミスなら大会自体の失敗じゃない。運営委員のクビが切られるだけだ。

でも、軍が秘密兵器を開発運用するために生徒を利用したって事が露見したら、兵器を準備した烈くんは非難されるけれど、当然『強硬派』もただじゃすまない。反対組織がただじゃ済まさないだろう。『強硬派』は少なくとも勢力を弱めるし、澪さんが戦場に行くこともなくなる。

成功したらしたで『P兵器』開発の立役者である九島家は軍で発言力が増すことになる。『魔法師』の軍人以外の道が増えることになる。

なるほど、どっちに転んでも烈くんは利を得るわけなのか。自分への非難はどこ吹く風で。流石に図太くて細かいな。

あとは『P兵器』がどれくらいの性能を発揮するか、だけれど、こればかりは僕にはわからない。

 

僕が『P兵器』に倒される。今の評価のままの僕だと、『P兵器』の性能は判断できない。僕が『P兵器』を倒しても、同じだ。

 

僕が氷倒しで、行おうとしている『魔法』は白兵戦向きじゃないから、氷倒し以降の僕でも駄目だ。

 

軍部でも有名な白兵戦の強い『魔法師』が『P兵器』を倒すか倒されないといけないんだ。その『魔法師』に選ばれたのが、達也くんなんだ。

烈くんは達也くんのことを、そう評価しているんだ。きっと過去になにか大きな事件があったんだと思う。達也くんが関わっている大事件が。

なんだか色々とつながった気がする。もちろん、これは頭の悪い僕の憶測だから正解は不明だけれど。

 

僕は…どうすればいいんだろう。

 

「僕は…どうすればいいんだろう」

 

思わず、口に出してしまった。

 

「そうね、澪さんの身に何か起きるとは考えにくいけれど、『強硬派』が澪さんを無理矢理協力させる…とか」

 

「『戦略魔法師』を『洗脳』はできないでしょう。一番危険なのは、まわりの人物、つまり多治見君、あなたです」

 

「僕を誘拐して、澪さんに協力を強制させる…?」

 

市原先輩が頷いた。

なるほど、それは考えられる。僕は誘拐されやすい体質だから。でも。

 

「ありがとうございます。真由美さん。市原先輩。気をつけます。でも、たぶん大丈夫だと思います」

 

「どうして?」

 

「アイス・ピラーズ・ブレイク決勝の後、『強硬派』が澪さんを利用する事はなくなります。僕と澪さんの関係を知っているならなおさらです」

 

僕の断言に二人が顔を合わせる。

 

「僕はこれまで、少しだけためらいがあったんだけれど、二人のおかげで決心がつきました」

 

「あっあんまり無茶なことはしちゃ駄目よ…」

 

真由美さんが不安がるけれど、もう僕の火に油は注がれてしまった。

 

一週間後の九校戦、氷倒しの男子ソロの決勝は僕にとって重要な一日になる。

 

 

 




久のやる気スイッチを真由美が押してしまいました。

横浜騒乱後の澪の出征と烈の口利き。この伏線がやっと生かせる。永かった。

このタイミングで市原鈴音が登場するなんて、なかなか珍しいSSだと思いませんか?
大学生の真由美は事が起きると、防衛大の摩利をわざわざ呼んで相談しています。
そのせいで同じキャンパスにいるはずの市原鈴音はまったく影も形もなくなってしまいました。あんなに真由美に恩義を感じていたのに…なので、かなり前から鈴音と久に関わりを持たせていました。久の『意識認識』でも鈴音を感じています。

原作第5巻の夏休み明けの生徒会室。
真由美が生徒会長だったときの、『ひと夏の経験』話は魔法科高校の中でも奇妙なシーンでした。あの変な台詞は真由美やあーちゃんではなく、彼氏持ちの摩利でもなく、ましてや深雪ではない。と言う事は市原鈴音と言う事ですが、「白けたので眠ってもらいました」ってさらっと言っているけれど、自衛以外の魔法は重罪ですよ。しかも人体に直接影響を与える魔法は…なるほど数字落ちしてもおかしくない人格なんだなぁと、鈴音のイメージはそこで確定しました。

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