パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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うんうん、青春だねぇ。


治癒魔法

試験が終わって、本格的に九校戦の練習が始まった。

 

僕は最初は男子ペアを相手に氷倒しをしていたんだけれど、はっきり言って練習にならなかった。

相手ペアは慣れていない上に、競技開始一秒未満で僕が相手の12本を破壊してしまうからだ。ペアの連携も向上しないし、そもそも僕とはレベルが違いすぎて、ペアの先輩たちのモチベーションも下がっている。

状況は女子氷倒しも同じだったらしく、達也くんの提案で氷倒しは男子女子ペア、ソロ同士で練習することに。僕の相手は、当然深雪さんだ。ペアの方は技術や連携が習熟していっているみたいだ。男子ペアは負け続けだけれど…

僕と深雪さんの一騎打ちは、僕の方が有利だ。僕の方が魔法の発動速度が早い上に魔法も単純なスピード特化した戦術を選んでいる。去年よりもスピード重視だ。なにしろ僕の決勝の相手は一条選手なんだ。

深雪さんの魔法は『インフェルノ』。氷倒しには向いているけれど、200度の炎では氷の柱は一瞬では融けない。真正面からなら僕は一方的に攻撃していれば勝ててしまう。

でもそれだけでは一条選手に勝てない可能性がある。『真夜お母様』の言っていた十師族の圧力だ。だから僕は苦手な『防御魔法』を深雪さん相手に練習している。

僕が防御の練習をするときは、深雪さんとは五分五分になっている。やはり特化型でもCADの操作は僕には難しい。それでも、去年に比べれば格段の進歩だ。

深雪さんは練習のかたわら、24本の氷つくりも担当している。僕も時々協力している。

僕が氷をつくるときは完全思考型CADを使うけれど、深雪さんのように鏡面加工したかのような氷の表面にはならなかった。それでも十分なんだけれど。

 

氷倒しの練習も僕と深雪さん以外がへばってしまい、休憩することになった。

今、達也くんはシールド・ダウンの方にいるから深雪さんはそちらに行くって。僕は…そうだなレオくんの応援に一緒についていくことにする。

 

シールド・ダウンの練習場は同じ場所に二つ。四角い舞台が少し高く作られている。盾を壊すか、3メートル以外に弾くか、選手が舞台から落ちたら負けなんだって。なんだか『天下一武道会』みたいだ。

男子は沢木先輩、桐原先輩、十三束くんに、レオくんが練習相手で、盾をガシガシぶつけ合っていた。

女子の舞台には水波ちゃんに、こちらの練習相手にはエリカさんがいた。狭い舞台を体勢を崩すことなく動き回っている。見た目にもワイルドで迫力がある。

 

僕と深雪さんは達也くんのとなりに並んだ。達也くんはエンジニアとともに全体の参謀でもある。はんぞー先輩は人を見る目があるから適材適所がばっちり決まっているね。そのかわり達也くんは、あっちこっち走り回って忙しい。深雪さんもいつもより構ってもらえず、ここぞとばかりにくっついた。めずらしく、ほのかさんがいないけれど、ほのかさんは今は雫さんのところにいる。二人の並ぶ姿に、僕は陶然とする。ほのかさんには悪いけれど、やっぱりこれがあるべき姿だよなぁ。

 

「氷倒しの練習は…あぁ、他のメンバーの魔法力が切れたのか」

 

「うん。しばらく休憩」

 

「お兄様のお手伝いをしにまいりました」

 

「手伝いと言っても、俺は選手じゃないから汗もかかないしな」

 

「いいえっ!お兄様が参謀としてエンジニアとして重要なポジションにいらっしゃる事を深雪は存じております。今日は暑いですね。お兄様、汗を拭いて差し上げますわ」

 

達也くんが苦笑いしている。深雪さんにだけ向ける笑顔だ。観客の男子生徒の、達也くんを呪う声がきこえてくる…

 

「僕も何かお手伝いできればいいんだけれど…」

 

僕は不器用だし、みんなの為にできることなんてないけれど…って続けようとしたら、

 

「多治見君じゃないか、ちょうどいい、俺たちの練習相手を務めてくれないか」

 

マジックアーツのユニフォーム姿の沢木先輩が舞台の上から、『ジョジョ立ち』しながら勝負を挑んできた。すごくカッコイイ!ゴゴゴッ!

他のメンバーは少しうんざりしているけれど、沢木先輩は4月の模擬戦の結果を学校中に流布できないのがもどかしいみたいだ。僕に対する蔑みの目が気に入らないらしく、僕が実力者だって事を知らしめるために、衆目のあるところで、僕に実力を発揮させたいみたい。

 

「でも、僕が競技用のCAD使って勝てるとは思えないけれど…」

 

「そこは自前のCADを使ってくれて構わないよ、もちろん競技ルール内の『魔法』で頼むけどね」

 

「じゃぁ一対一でなら…」

 

達也くんも、同じ相手ばかりでは戦術が偏るからと了承した。

沢木先輩は以前のように三対一をしたかったみたいだけれど、それこそルール違反だ。

僕は達也くんにアドバイスを貰う。レオくんがふぅって汗をぬぐいながら応援してくれている。女子も練習をやめて、水波ちゃんやエリカさんもこちらを見ている。

レオくんがシールドを渡してくれたけれど…おっ重い。持ち上がらない!

 

「ちょっ、レオくん、これ何キロあるの!」

 

「ん?10キロしかないぜ。こんなの軽い軽い」

 

と、片手で筋トレよろしくひょいひょい持ち上げてみせる。

 

「軽いって、僕の体重は30キロしかないんだよ!自重の三分の一の物なんて持ち上げられるわけないでしょ」

 

ちなみに沢木先輩の握力は100キロあるんだって。僕は10キロもないよ…比較対象が悪いにしても自分の非力が情けない。

 

「『魔法』で持ち上げればいいだろ、それはルールでもOKなんだからさ」

 

「そうか」

 

レオくんの男らしい笑顔に、見送られて、僕はシールドをひょいっと『重力制御』で持ち上げた。ギャラリーから軽い感嘆の声が上がった。シールドは僕の身体より大きいから、一見すると僕が物凄い力持ちになったみたいだ。

 

舞台には十三束くんが立っていた。その目には闘志が溢れている。

 

「よろしく、多治見君」

 

「よろしくお願いします…」

 

4月の雪辱に燃えているみたいだ。達也くんの開始の合図と共に、自己加速魔法で僕に一気に詰め寄ってきた。猛烈な勢いと体重を乗せた一撃をシールドにこめている。僕を弾き飛ばす気だ。

シールド同士がぶつかる瞬間、僕は左足を軸にくるっと身体を一回転させる。『位置固定』に『自己加速』、『重力制御』。

十三束くんはぶつかるはずのシールドが視界からなくなって、一瞬たたらを踏んで、上体が前のめりになった。

くるって一回転した僕は十三束くんの背中に立っている。無防備な前かがみの背中だ。

シールドダウンのルールではシールドはシールドにしかぶつけられないので、僕は背後から十三束くんのシールドの裏側に僕のシールドの先をちょんって当てて押した。

それだけで、十三束くんが自分とシールドの重さに引っ張られて、舞台の上から飛び出してしまった。十三束くんは怪我防止のクッションの上にすたっと着地した。

観客がどよめく。僕は試合開始の位置から最低限の動きで、十三束くんを場外に弾き飛ばした。

 

「十三束は自分のスピードに頼りすぎで猪突猛進になるきらいがある。もう少し左右のフェイントを考えた方が良いな」

 

達也くんのアドバイスに十三束くんが頭をかいている。

 

「いや、つい以前のお返しをって頭に血が上ってしまって。でも、あの反転の速度は流石だね、目にも止まらなかったよ」

 

十三束くんは飛び道具がないから、盾をぶつけるしかない。その瞬間に体の位置を入れ替えろって、達也くんに試合前に言われていたんだ。

派手な魔法はいらない。ごく初歩的な『魔法』でも勝利基準がはっきりしているシールドダウンでは有効だ…

 

「次は俺だな!」

 

桐原先輩が獰猛に笑う。一人の女子生徒が大きな声で応援していた。何回か見たことのある生徒だ。桐原先輩の恋人かな。お似合いだなぁ…おっと集中集中。

 

達也くんの試合開始の合図に、桐原先輩が魔法を発動した。高周波の振動が耳障りな音をたてている。桐原先輩は十三束くんの反省を生かして、フェイントを入れながら僕に向かってくる。

あのシールドをぶつけて僕のシールドを破壊する。桐原先輩は『高周波ブレード』が得意なんだって。でも、あのシールドをぶつけられれば、シールドが破壊される前に、持っている僕の手が持たないよ。

普通ならこっちも『硬化魔法』で対抗するところだけれど…僕はシールドの表面の抵抗を限りなくなくす魔法『鏡面』と『移動』をマルチキャスト。

桐原先輩のシールドが、つるんっ!って僕のシールドを滑った。

 

「なぁ!?」

 

十三束くんと同様に上半身のバランスが崩れる。でも流石に上級生、そのまま場外に押し出されたりはしないで、ぎりぎり踏ん張った。

体勢を立て直すところに僕も振動系魔法『高周波』をシールドにかけて、桐原先輩のシールドに叩き付けた。

桐原先輩のシールドは自身の『高周波ブレード』の振動に僕の『高周波』を上乗せされて盾を持っていられないほど激しく揺れた。軸のぶれた体勢では、そのままシールドを持っていられない。

 

「くぅあぉ!」

 

桐原先輩は溜まらずシールドを手放す。

 

がしっ!

 

僕がその宙に浮いた、『魔法』の効力が切れたシールドを3メートル以上弾き飛ばして、僕の勝利が決まった。

桐原先輩が自分の得意魔法を逆手に取られて、呆然としているところ、

 

「桐原先輩は『高周波ブレード』に頼りすぎです。もっと別の『魔法』を組み合わせないと、相手に簡単に対応されてしまいます」

 

達也くんが手厳しいアドバイスをしている。たしかに、いくら得意だからって、そればかり使っていては攻撃が一辺倒になってしまう。もっとフェイクを入れて、動きに幅をつけないと。

 

「なっなるほど、たしかにそうだな。ありがとうな多治見」

 

「いえ、こちらこそ。『高周波』ってちゃんと防御しないといけないんですね」

 

今、僕の耳はキンキンと変な痛みが襲っている。『高周波』で鼓膜が揺れてしまったんだ。みると、ギャラリーの数人が耳をふさいでいた。

 

「んっ、ああ俺はだいぶ慣れたからあまり気にならないんだがな…」

 

耳が凄く痛い。モスキート音ってやつだ。ちょっと気分も悪いけれど、我慢できないほどじゃない。集中しなくちゃ、だって次は、

 

「じゃぁ多治見君、次は俺の相手をお願いするよ。俺は二人のように簡単には負けないよ」

 

握力100キロの沢木先輩が舞台に上がってきた。観客の注目も高まっている。沢木先輩はサイキックアーツの達人として他校にも名が知られている。しかも、体育会系の武闘派。その存在感は舞台に立っただけで、僕を圧倒している。負けないよって、ずいぶんと慎重だ。その慎重さは観客にも伝わっていて、緊張感が漂った。

生半可な覚悟じゃ瞬殺されるけれど、僕の集中力はさっきの『高周波』のせいで弱まっていた。

試合開始直前、ギャラリーの中を深雪さんに向かって駆けている泉美さんが視界に入った。泉美さんも新人戦の練習中だったはずだけれど、休憩になったのかな。

だとすると、香澄さんもこの場所に来ているのかな…僕は無意識に観客を探してしまった。

あっ、いた。運動服の香澄さんが、達也くんたちとは別の観客にまぎれて立っていた。泉美さんといつも一緒にいるイメージがあるけれど、新人戦の競技が違うから今日は別行動なんだね。どうやら、僕の試合を最初から見ていたみたいだ。泉美さんは深雪さんをうっとり見ているけれど、香澄さんは僕の方を真剣にじっと見上げている。

値踏みをするような、僕が代表選手二人を倒して嬉しげな、でも物凄く不安そうな、いろんな感情が混じった目だ。

少し前までの憎しみのこもった視線はなくなったけれど、相変わらず僕たちの間はギクシャクしていた。

また、香澄さんの前で無様な姿をさらすのはいやだなぁ…

 

「はじめ!」

 

達也くんの声に、僕は現実に戻る。しまった、ひとつに意識が向かうと集中が欠けるのが僕の悪い癖だ。でも、その一瞬の遅滞は結果に決定的な差を作ることになる。

『空気砲』の雨あられが僕のシールドを襲った。沢木先輩の姿が消える。『光学迷彩』。模擬戦で僕が使った魔法。先輩はあの日の模擬戦をかなり意識しているようだ。

僕は身長差を逆に生かすべく、その場に伏せた。背中を暴風が吹いた。僕の黒髪が激しく揺れる。伏せた体勢のまま僕は、シールドをボディボードかわりにするとシールドを『鏡面』、舞台との抵抗をなくして、するっと滑りながら暴風の風上に移動する。

背の高い沢木先輩にとって、背の低い僕は物凄く闘いにくいはずだ。でも距離を開けてはその有利は意味がない。僕は見えない沢木先輩の起こす空気の揺れを感知しようとする。

あれ?空気の揺れがない。空気の振動を緩和する魔法を使っている!先輩の居場所がまったくわからない。だったら、

 

「これなら!」

 

僕は、シールドを思いっきり左右に振った。シールドのエッジで空気を斬る!舞台上の空気が上下に『断層』を作った。先輩のいるところを除いて。

見つけた!

僕は先輩に向かって『加速』『移動』『加重』『硬化』。僕自身と盾の重さをひとつにして弾丸のように飛ぼうと魔法をくみ上げる。

でも、魔法がくみあがるより早く、シールドに物凄い衝撃があった。なにか重たくて硬いものがぶつかった衝撃。まるでトラックにでも撥ねられたみたいだった。

視界の想定外の位置に先輩が立っていた。あの空気の断層の中にいた先輩は偽者だったんだ!

シールドは『重力制御』していたけれど、その衝撃に僕の貧弱な身体は耐えられなかった。数字落ちに暴行を受けたときとは比べ物にならない衝撃だ。首がぐきって音がした。シールドを持っていた左手首に激痛が走る。

 

「うっがぁ!」

 

僕は自分のシールドに押しつぶされるように宙に弾き飛ばされた。

 

「しまった!」

 

沢木先輩の声がしたけれど、僕のちいさな身体は本当に車に撥ねられたようにきりもみしながら、怪我防止のクッションを超えて、観客にまで吹っ飛んだ。

シールドはとっくに落としていて、舞台の上でくるくる回っている。首と左手が痛い…僕はとっさに『サイキック』で身体を浮かそうと思ったけれど、それより先にふわっと、僕の小さな身体が浮くように減速した。

 

「あれ?」

 

疑問に思う間もなく、僕は観客の一人にぶつかった。その人の『魔法』で減速していたからスピードは落ちていたけれど、その人はCADを操作していたせいで、僕を避けられなかったんだ。

僕たちはもつれ合うように地面に転がったけれど、その人が庇うように下になってくれたおかげで、僕は柔らかい胸のクッションで身体をうつことはなかった…

…ん?やわらかい胸のクッション?

 

「いててて、久先輩、大丈夫ですか?」

 

「え?」

 

僕は香澄さんに圧し掛かっていた。僕を助けてくれたのは香澄さんだったんだ。

でも、以前の制服のときとはちがって、僕たちは互いに体操服だ。香澄さんは完全に足が開いてしまっている。またしてもエッチな格好だ。それを衆目にさらしている。僕が両手をついて上体を起こすとますますお互いのお腹が密着した。

香澄さんが顔を真っ赤にして怒ろうとしたとき、

 

「くぅっ」

 

僕が左手首の激痛に顔をゆがめた。

 

「ひびが入ってるな…これ」

 

僕の呟きに、怒るのをやめた香澄さんは、ゆっくりと足を抜いて、そのまま地面に足をそろえて可愛らしく座った。僕もその前に同じように座る。あっしまった。香澄さんは僕が女の子ぽいしぐさや頼りない態度をすると機嫌が悪くなるみたいなんだ。僕と香澄さんの視線があう。いつもならここで怒られるんだけれど…あれ?

 

「多治見君、大丈夫かい!七草さんも。まさかあそこまで直撃するとは思っていなかったよ!」

 

沢木先輩が舞台からとうっと飛び降りるや謝ってきた。

 

「いえ…大丈夫です」

 

本当は泣きたいくらい痛いけれど、我慢する。

達也くんと深雪さん、水波ちゃんも僕たちに駆け寄ってきた。泉美ちゃんもいたけれど、なぜかニヤニヤしている。達也くんが分析をはじめた。

 

「…たしかに最後の攻撃は過剰になってしまいましたが、そもそも、今回の試合は久の集中力不足から始まっています」

 

「そうだね、試合開始から対応が後手になっていた。やはり三連戦はきつかったかな」

 

「それもあるでしょうが、久の集中力はあまり長続きしないのも原因のようです。試合前に何を見ていたんだ久?」

 

「え?」

 

試合開始のことを思いだす。視線をすっと横に動かすと、何故か香澄さんの顔が真っ赤になっていた。えっと、どうしたの?

 

「多治見君、怪我はないか?」

 

「あっうん、平気です。どこも痛くないです!香澄さんが受け止めてくれたからです!ありがとう」

 

僕は香澄さんにきちんと頭をさげる。達也くんが、僕をじっと見つめた。あっ、これは僕が怪我してるのばれてる。左手首の亀裂骨折に首の軽度の挫傷…結構痛い。香澄さんにも気づかれているけれど、僕のやせ我慢に付き合ってくれている。そもそも僕が余所見をしていたのが悪いんだから。

達也くんの態度はいつもと変わらないようだけれど、深雪さんはすぐ気がついたみたいだ。その綺麗な瞳が大丈夫?って聞いてくるから、平気ってアイコンタクトを送る。

 

「沢木先輩に関しては、特に問題ないと思われます。今回の過剰な攻撃も久が小さいからで普通の選手なら場外に落ちる程度でしょう」

 

「そうだね。では多治見君。また相手をしてくれよ。本気の君を倒すのが、俺の目標なんだからね」

 

沢木先輩がぐっと拳を僕に向ける。僕も右拳をくいって向けた。

 

「俺も次は勝つぞ。まったく、後輩に何度も負けてちゃ、男として…かの…じ…ょに恥ずかしいからな」

 

うん、桐原先輩の醸し出す雰囲気が恥ずかしいです。のろけは向こうでやれって、誰かの声が聞こえた。

 

「多治見君、勝ち逃げは許さないからね」

 

十三束くんはさわやかだな。沢木先輩たちの男らしい言葉に、香澄さんが戸惑って…あれ?なんだか嬉しそうだけれど…

香澄さんが僕の怪我していないほうの手を握ると、ぐいっと持ち上げて一緒に立ち上がった。いくら僕が軽いからってすごい力だ。

 

「司波先輩、沢木先輩。久先輩を保健室で診てもらいますね。試合前ですし念のために、です」

 

「そうだな」

 

「お願いするよ七草さん」

 

あっ、沢木先輩がすこし難しい顔をする。やっぱり沢木先輩も僕の怪我に気がついて、そりゃ当事者だから気づくよね。僕の意地っ張りな部分も、好感を持ったみたいだ。

香澄さんは二人にお辞儀すると、僕をぐいぐい引っ張っていく。香澄さんの握力は僕よりあるな…それに、手がすごく熱いよ。

振りかえると、深雪さんが僕たちを微笑ましげに見つめていた。これでお兄様に恋する女子が確実に減ったわ…うふふ。え?なに今の声。怖い。僕は『テレパシー』は使えないはずなのに。

 

九校戦の練習期間中は部活動は禁止のせいか、校舎に近づくにつれて、生徒は少なくなっていった。それでも時々擦れ違う生徒は、手をつないで歩く僕たちをちらちら横目で見ながら、なにかにんまりしている。香澄さんは手を放してくれない。まっすぐ前を見ながらずんずん歩いている。

校舎前、中庭に来たところで、僕の思考が復活した。

 

「香澄さん、待って。僕は保健室は駄目なんだ」

 

「そんな子供じゃないんだから怖がらなくてもいいんですよ!」

 

「違うんだ、僕は薬とか効かない体質なんだ」

 

「効かない?」

 

同じようなやり取りを亜夜子さんともしたけれど、僕は薬も痛み止めも効かない。香澄さんが足を止めて、振り返った。手は握ったままだ。

 

「体質だから、基本的に自力で『回復』させなくちゃ駄目なんだ」

 

「だから、数字落ちに襲われた後も自宅で療養していたんですか…」

 

「うん。入院しても、お医者さんは何もできないんだ」

 

「でも『回復魔法』は効きますよね」

 

保健室に安宿先生の姿がなかった。養護教諭は医者じゃないはずだけれど、九校戦の模擬戦であちこちけが人が出ているのかな。

僕を寝台に座らせると、香澄さんは棚を物色しはじめた。

二人きりの保健室、窓からは色々な声が遠くから聞こえる。7月中旬まだ夏の暑さはないなって思ったけれど、寒冷化の影響で夏でもそんなに暑くならないんだった。

香澄さんが立ったまま『回復魔法』をかけてくれた。

 

「怪我は左手首だけですか?」

 

「えぇと、首も少し挫傷して、いわゆるムチ打ちしているみたい」

 

「首…?首は流石に怖いかな…」

 

人体にかける魔法は難しい。それが急所となればいくら優秀でも『魔法師の卵』には荷が重い。左手首の痛みがすこし和らいだけれど、さすがに自宅の美女二人ほどには上手くいかないみたいだ。

 

「ん、首は平気、軽い寝違いみたいなものだから」

 

棚から取り出したバンテージで手際よく固定してくれる香澄さんの頭をみながら僕が言う。

 

「これで、二日もすれば骨はつながる…はずです。よっよければ明日も私が『治療』します」

 

なぜか顔を赤くして俯くけれど、すぐに顔を上げて僕をまっすぐ見る。『治療魔法』はかけ続けないといけない。

 

「うん、ありがとう。香澄さんは打ち身とかなかった?」

 

「平気です。ちょうど下が芝生でしたし、久先輩は軽いから…」

 

「うん…僕は30キロしかないから…」

 

「さっ、それはちょっと軽すぎですよ!」

 

香澄さんがちょっと乱暴に僕の隣に座った。寝台がぎしって音をたてる。

その後、何故か会話が途切れた。沈黙が支配するけれど、いつものギスギス感がそこにはなかった。

外から、セミの鳴き声が聞こえる。まだ練習不足の鳴き声がじれったい。

寝台に体操服で腰掛ける二人の足は白い。二人とも体のラインが出ている。香澄さんの太ももは健康的で張りがあるなぁ。その、いつも活発な香澄さんが珍しく大人しく僕の隣で座っている。ちょっと温かい雰囲気がそこにあった。

仲直りできたのかな?わからない。そもそも喧嘩していたわけじゃないけれど。

 

「久先輩」

 

「ん?」

 

僕は名前を呼ばれて、香澄さんの顔を見る。すっと香澄さんの手が伸びて、僕の頬をむにゅって摘んだ。

 

「もにゅぁ?」

 

僕が変な声を上げる。ええと何?どうしたの?香澄さんは僕の戸惑う顔に、にっこりと笑うと、

 

「久先輩、九校戦、かっこいいところ見せてくださいよ!」

 

僕の頬を開放すると、「それじゃぁ、また明日」って、僕みたいに頭をきちんと下げると、元気にぱたぱたと保健室を後にした。

保健室の扉が閉まるまで、僕はぼぅっとしていたけれど、やがて。

 

「うん、がんばるよ」

 

氷倒しで全力を、そして、その後、それ以上を出すよって、寝台に寝転がりながら呟いた。

 

香澄さんが巻いてくれたバンテージを見る。澪さんと響子さんの『治癒魔法』は僕の『回復』を完全に上回っていたけれど、香澄さんのはそれほどじゃないみたいだ。『回復』で少し熱っぽい。

永続する『魔法』はない。『治癒魔法』もかけ続けることで治癒が早くなる。

じゃぁ、『精神支配』はどうだろう。『精神支配』もかけ続けることで、効果が続くのかな?

まぁ『精神支配』をかけ続けるのも難しい。人は動き回る生き物だから。

でも『P兵器』は必ずラボに戻るから、『絶対忠誠』の『魔法』をかけ続けることができる。

クロスカントリーで使用される『P兵器』か。

2月の『パラサイト』レベルなら達也くんが負けるとは思わないけれど、無傷とは行かないかもしれないな。

達也くんは、僕みたいに『回復』はないから、怪我をしたら深雪さんが悲しむ…

僕はどうしたらいいのかな…

 

数日後、今学期の試験の結果が発表された。

僕の友人たちはあいかわらず上位を独占している。レオくん以外は。

まぁ僕もレオくんと同じでランキングなんて縁がないし。相変わらず魔法実技は真ん中あたりだし。

ペーパーテストだって11位だったんだから、全然大したことがない…ん?あれ?11位?

おかしい、この結果は絶対おかしい。だって、僕全然勉強していないよ。僕の集中力のなさは達也くんの折り紙つきだ。111位だったら、僕は納得する。レオくんも裏切り者呼ばわりはしないよ。

え?いきなり学力が向上するって、そんな事ありえる?僕の成績向上に誰もが驚いているけれど、一番驚いているのは成績を残した僕自身だった。

うぅん、ミステリーだ。

でも、これで、赤点や夏休みに特別講習とかを心配しないで、九校戦に集中できる。

香澄さんの言葉じゃないけれど、頑張ろう!

 




二年生九校戦が遠い。
1年生はさくさく進めた反動ですかねぇ。

たとえ1週間ぐったりでも、強制睡眠学習が出来ると良いですよねぇ。
でも四葉の強制睡眠学習は洗脳にそのまま使えるので、危険です。
久は四葉家に行く予定はないので洗脳はされないはずですが、一高の八王子から距離的には凄く近いんですよね四葉家は。

お読みいただきありがとうございました。

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