「全校生徒の皆さん!僕たちは校内の差別撤廃を目指す有志同盟です!」
その日、僕は教室で深雪さん雫さんほのかさんと会話をしていた。深雪さんが達也くんの話ばかりするので他の男子はあまり深雪さんの周りに集まらなくなった。
雫さんも呆れ顔だ。
僕は笑顔でほのかさんははうっとり、達也くんの昔のエピソードや何かを聞いていた。
校内放送で男の人が差別がどうの叫んでいて、深雪さんが生徒会の呼び出しで、放送室に向かった。
校内で差別があるんだ、嫌だなぁ。みんな仲良く出来ないのかな。
その騒ぎのせいで部活は中止になっちゃった。僕は料理部に入部したんだ。楽しみだったのにな。
翌日、有志同盟について雫さんとほのかさんが、深雪さんに尋ねていた。
深雪さんの意見は容赦ないと雫さんが少し引いているみたいだ。
深雪さんの評価はたぶん達也くんを基準に考えられているのだろう。達也くんが誰よりも努力していて、それを見ている深雪さんも生まれ持った素質に溺れず努力しているのだ。
それはハードルが高い。
僕には、産まれ持った素質なんてないから、せめて努力だけでも追いつかないと。
三人の会話中も相変わらずテキストの書き取りをしていた僕に、ほのかさんが「久くんはどう思う?」と聞いてきた。
僕は素直に、
「他人にお前は不幸だ、不当に差別されているなんて言える人は、他人の気持ちのわかる立派な人だと思う」
「他人の痛みや気持ちを共感できるなんて凄いな。僕には出来ないから…羨ましいな」
「それ…皮肉?」
雫さんが言ったけれど、僕は黙って書き取りをつづけていた。深雪さんが僕の横顔をじっと見つめていた。
公開討論会当日、僕は調理実習室で料理を作っていた。
昨日は、迷子になりつつも部室にたどり着いて、先輩の部員さんにご挨拶をした。
そのまま料理をしたかったけれど、部員(全員女性だ)はどこか上の空で、有志同盟について意見をかわしていた。
料理部に二科生はいなかった。料理に一科も二科もないと思うけれど…
今日はいつも通りに行動しましょうと部長さんの提案で、討論会に参加したい人は講堂に行き、残った人は料理をする事になった。
僕は討論会なんて興味がないので、当然料理サイドだ。
初参加の僕のことを考えて、まずは簡単な家庭料理からと、肉じゃがを作ることになった。
僕は深雪さんにプレゼントしてもらったエプロンをつけて、不器用に調理している。
フリルが沢山ついたものすごく可愛いエプロンだ。これ女の子用じゃないかな。料理部の先輩たちは似合う似合うって喜んでくれたけれど。
簡単な魔法を使うと、調理が上手に時間も短縮できるそうだけれど、僕はことわって、レシピどおりに教えてもらうことにした。
なんでも魔法に頼るのは魔法科高校の悪いところなんじゃないかな。これは簡単に魔法が使える魔法科高校だけなのかな。
なべに落し蓋をして火をかける。あとは煮えるのを待つだけだ、と考えていたら、外から大きな爆発音がした。
先日の部活勧誘のときも学校はどったんばったんしていたから、僕は全然気にならなかったんだけれど、部長さんが端末で何か調べていた。
外で何かパラパラと音や大声がしている。みんな部活に一生懸命なんだな。
中火にしたなべのじゃがいもに串を刺すとすっと入った。しょうゆを少し入れて弱火で五分煮る。
料理部の先輩たちは、なぜか実習室のすみにかたまってがたがた震えている。
どうしたのかな寒いのかな。今日は暖かいけれど。
5分きっかり待って火をとめる。煮えたじゃがいもを小皿にうつして、はふはふしながら食べてみる。
だし汁がしみて、じゃがいもの食感も程よく残って、凄く美味しい。
やった!初めての手料理ができた。これで女子力が上がったぞ。女子力ってなんだろう。深雪さんが言っていたけど。
そうだ!この肉じゃが、達也くんと深雪さんに食べてもらおう!
エプロンのお礼もあるし、やっぱり手料理は誰かに食べてもらった方が嬉しいからね。
適当な量の肉じゃがをお玉ですくって、両手持ちの蓋つきスープカップにうつす。美味しそうな湯気がカップから立ち上る。
カップに蓋をすると、両手でカップの柄をもって、とてとてと走り出す。
二人は討論会で講堂にいるだろう。講堂までは迷わずに行く自信があるんだ。
背後から部長さんや先輩がなにか叫んだような気がしたけれど、冷めないうちに持っていかないと。
実習室から講堂に向かう途中の、一階の渡り廊下に5人の戦闘服を着た男の人たちがいた。
校舎の影に隠れるようにして、手にはサブマシンガンみたいなものを持っている。
あんな部活あったかな、ミリタリー部?サバゲー部?すごくリアルな銃だ。
僕は気にしないで、彼らの横をとてとて走り抜ける。
僕に気がついた5人が、獲物をみつけたハンターみたいに嫌な笑みを浮かべると、僕に銃口を向けてきた。
駄目だよ、いくらオモチャだからって、防具をつけていない人に銃を向けちゃ。
タタタタタタッ!!
乾いた音をたてながら、その男の人たちは僕に向けて発砲した。
僕は立ち止まって、その彼らをぼぅっと見ていた。
これはオモチャじゃなくて、本物の武器なんだ。
何百と言う弾丸が僕の小さな身体に向かって飛んできていた。空になった薬きょうがからから地面に落ちている。
火薬の、鼻がむずがゆくなる匂いがしている。
男たちはニヤついてサブマシンガンの引き金を絞っていた。
10秒くらいたって、男たちは指を緩め、サブマシンガンを撃つのをやめた。
僕は肉じゃがを入れたカップを両手で持ったまま、男たちをぼうっと見ていた。
何百発もの弾丸は、僕どころか、僕の後ろの壁も柱も天井も地面にも、穴をあけていなかった。
硝煙と火薬の匂いが、校舎と講堂の間にある狭い中庭に充満していた。空の薬きょうが男たちの固そうなブーツにぶつかってころころ転がる。
この人たちは魔法科高校の生徒たちなのかな。なんでも魔法を使おうとする魔法科高校の生徒にあって、武器を使うなんて感心だな。
人を殺すなら、なにも魔法に頼らなくても、銃で撃った方が早いと思う。それともこの銃も魔法が使われているのかな。
「なんの魔法をつかったっ!」「わからん!アンティナイトを使えっ!」
男たちは叫んでいる。
魔法なんて使ってないじゃん。僕の両手はカップを持っていて、CADは使っていないんだよ。
男たちは銃を片手にし、僕に反対の手のひらを向ける。何をするのだろう。
指輪をしているみたいだけれど…
きぃぃぃん、と頭のなかで音にならない音が響いた。頭が割れるように痛い。痛いけれど…
僕はあいかわらず男たちをぼぅとみていた。
男たちは、アンティナイトが効いてないのか!高純度の特注品なんだぞと騒いでいる。
アンティナイトがなんなのか僕にはわからないけれど、効いているよ。頭がすごく痛いもん。
「船酔いする船長の話を知ってる?」
僕は男たちに言う。どんな船長でも船酔いする場合がある。
頭が痛くても、気分が悪くても、的確に操船して、冷静に判断し行動する。それが名船長と言われる人たちだ。
僕もそうありたいな。
僕はずきずきする頭で考えて、
「ああ、そうか、この人たちは僕を殺そうとしているんだ」
そうやっと気がついた。肉じゃがのことばかり考えていたから。どうも今の僕は極端になるなぁ。
この人たちは有志連合の人たちと違って、他人の痛みのわからない人たちなんだ。
殺しちゃってもいいよね。『せいとうぼうえい』なんだよね。
べちゃりっ!
5人の男たちの前の地面にピンクの塊が落ちた。
それはまだビクビク脈打っていて、赤い液体をびゅーびゅー吹いていた。
「自分の心臓を見るなんて、めったに出来る経験じゃないよね」
それは男たちの心臓だ。男たちは奇妙な声をあげると崩れ落ちた。
虫みたいにもごもごもがきながら、さっきまで自分の体内にあった心臓を、手を自分の血でぬらしながらつかんでいる。
そうだよね、心臓はだれにだって大切なものなんだから、手に持っていたいよね。
あっ僕も肉じゃがのはいったカップを大事に持っているから、同じだね。
「たぶん5分以内に何とかしないと死んじゃうから」
男たちは自分の血と地面の土に汚れながら、ひゅーひゅー言っている。
「何言ってるかわかんないや、じゃあ僕行くね。冷めちゃったら二人に一番美味しい肉じゃが食べてもらえないもん」
一晩おいたほうが味がしみて美味しくなるんだったかな?それはカレーか。
あっ今度はカレーをつくってみんなに食べてもらいたいな。
でも僕は辛いの苦手だから、りんごが隠し味の甘いカレーになっちゃうなぁ。
僕は、カップを大事にもって、とてとて、いや、転ぶといけないからゆっくり歩こう。
振り向くと男たちは動かなくなっていた。
なんだ誰も助からなかったのか。でもじごーじとくだよね。僕だって痛かったんだから。
講堂には沢山の生徒たちや副会長さんがいたけれど、達也くんと深雪さんはいなかった。
十文字先輩も七草先輩もいなくて、外で大きな音がするたび生徒たちが怯えているだけだった。
探しに行こうとしたんだけれど、生徒会役員の市原さんにここにいなさいと言われて、しかたなく空いている席に座った。
肉じゃが冷めちゃうなぁ…
あっそう言えば、お箸わすれてた。
久は何の事情もしらない一生徒なので、大きな組織と立ち向かうのは主人公の達也くんの役目です。