パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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久のチートぶる前のワンクッション。


蔑み

 

 

僕の怪我は、客観的にみても重傷だった。常人なら、即入院のレベル。

入院しても僕は外科手術すらできない。麻酔が効かないから、効かないというより毒でしかない。

澪さんと響子さん、この国どころか世界でも有数の魔法師が『治癒魔法』をかけ続けてくれたおかげで、肋骨は翌日にはつながった。左上腕の骨は太いので3日かかってつながる。怪我の程度を考えると、僕の『回復』を完全に上回っていた。

ただ逆に、カンフル剤的な治療は僕の体力をごそっと奪った。結局1週間ぐったりとしていた僕は自宅で療養することになる。『回復』でゆっくり治した方が良いみたいだけれど、そうなると折れていた箇所の痛みが長引くからどっちが良いんだか…痛し痒し。

痒くはないけれど、二人が僕を丁寧に看護してくれるから、ちょっとくすぐったい。隙あらば家事をしようとする僕は二人に何度も叱られる。

 

僕はまるまる1週間、一高を休んだ。試験前なのに不安だ…と思っていたけれど、60点狙いの僕にはある意味ちょうど良かった。痛みと体調不良だけれど、時間だけはたっぷりある。

この1週間のテキストは一切捨てて、これまでの復習を二人の美女が個人家庭教師をしてくれた。おかげで、逆に学力が向上した。

僕の自習が全然集中できていないことの証明だった。そうだよね、僕が方向音痴なのも、無意識に無駄な思考に陥っているからで、要するに集中力がないんだ。

 

療養中、光宣くんが心配してくれて電話をくれた。僕は顔を見たかったからテレビ電話にしない?って提案をしたんだけれど、やんわり断られた。

どうやら、いつもみたいに体調が悪くなったみたいだ。話し声は正常を装っていたけれど、僕たちは光宣くんの性格を知っているから、僕はいてもたってもいられなくなる。

自分のことをさておいてお見舞いに行こうとして二人に怒られた。

響子さんが月曜日がお休みなので、例の電脳カーで生駒に帰省することになった。

じゃあ僕は何かお見舞いの品を作ろう…として澪さんにまた怒られる。正座で。僕はけが人なんだよ…ごめんなさい。けが人なので大人しくしています。

 

月曜日から僕は学校に行くことにする。さすがにこれ以上勉強が遅れるのは、九校戦どころではない。ほんとにない。

僕が学校を休んでいる間、友人たちがお見舞いに来ようとしてくれた。でもお断りのメールを全員に送った。顔の腫れはすぐ治ったけれど、僕の無様な姿を他人に見られたくなかったからだ。

僕の周りには卓越した『魔法師の卵』ばかりだ。自分自身が情けなくて泣きたくなるほどの。

それに僕は誰かに、特に『家族』に尽くしたいという願望がある。

療養中は澪さんも響子さんも僕を丁寧に扱ってくれたけれど、それが逆に落ち着かない。僕の友人たちは情け深いし、人間的にも優秀な人ばかりだから僕に滅茶苦茶優しくしてくれるに決まっている。

嬉しいけれど、そんな事されたら、もう消えてなくなってしまいたくなるよ。

 

月曜日朝、僕はいつも通り、朝食を三人で作って、お弁当も作る。お弁当は二人分、僕と自宅警備の澪さんの分だ。響子さんはお昼には生駒についているから向こうで食事はとるって。

 

キャビネットで一高に向かうけれど、ここまで長期休養したのは初めてだ。僕は弱弱しいけれど、学校は好きだから無理をしても行く。今回は響子さんたちが怒るから我慢していたんだ。

一高前駅で友人たちが集団を作っていた。今日から登校する事はメールしていたので待っていてくれたんだ。嬉しい。思わず泣きそうになるのを堪えて、

 

「おはよう!」

 

って殊更にこやかに僕は駆け出した。体調は万全じゃないし、相変わらずとてとてしているけれど。

 

「災難だったな」

 

簡単な挨拶の後、達也くんが短く言った。このメンバーは泉美さんと香澄さんから事情を聞いている。友人たちは他人に言いふらしたりしないから。

 

「久、少し痩せ…てないわね」

 

深雪さんが少し首を傾けた。

僕は病気療養していたけれど、いつもより栄養のあるものを食べて飲んでの引きこもりだったから体型はそのままだ。『回復』が文字通り回復にまわっても、流石に一週間で背は伸びない。

 

この集団はだいたい先頭が達也くんで歩く。そうなると左右は深雪さんとほのかさんが占める。僕的にはほのかさんを押しのけて達也くんの隣に行きたいけれど…

深雪さんの横、半歩後ろに水波ちゃん。雫さんは当然ほのかさんの隣。レオくんはたいがい一番後ろで、美月さん、エリカさん、幹比古くんと並ぶ。

レオくんは背が高いし、幹比古くんとエリカさんは細いけれど鍛えているから背筋がぴしっとしている。

美月さんは一部分がボリュームがあるしほんわかした雰囲気がある。

泉美さんは隙あらば深雪さんの隣に行こうと狙っている。香澄さんはその泉美さんの後ろを歩く。僕は達也くんの背中を見ながら歩く。

 

何だか前後左右、壁に囲まれながら僕は歩いているけれど、ようするに、このメンバーで歩くと僕の隣は香澄さんになる。

 

達也くんは無表情だけれど、周囲に気を配っているから、僕の歩く速度にあわせてくれる。この剣呑な集団はゆっくりと移動している。

香澄さんは僕と並んで歩くことに少しいらいらしている。そもそもこの目立つ集団に混じりたくないみたいだけれど、泉美さんがいるので嫌でも一緒になる。双子だからって別行動をとれば良いのにと思うのは素人考えで、七草家のお嬢様としては警護の関係で一緒にいた方が良いからだ。

皆はいつも通りに振舞っているけれど、何となく僕を守るように固まっているような気がする。僕が誘拐や襲撃にあいやすい体質(?)だからかな。

もちろん、全員、僕の実力はある程度知っている。正面から戦えば、深雪さんだって勝てない事を。でも、『魔法』は探知系がまったくだめで、精神系もだめで、方向音痴で機械音痴で勉強が苦手なことも良く知っている。

優秀なこのメンバーの中で、僕は身長だけでなく、なんとなく埋もれてしまう。

そして、僕の弱弱しい雰囲気、チグハグな存在感は香澄さんには性格的にも合わないみたいだ。

 

香澄さんは、僕を目だけでちらちら見ている。その視線に僕が気がついていることも気づいている。ますますイライラする…なんだか悪循環だ。

僕と香澄さんは出会った日から、なんとなくだけれど、相性が悪い…

 

 

僕が数字落ちにぼこぼこにされたって言う噂は一高中に広まっていた。友人たちが言いふらすわけがないから、どこから漏れたんだろう。

二年生と三年生は僕のことを知っているので、これまでと変化はなかったけれど、一年生の僕に対する視線は少し変化していた。

 

数字落ちに負けた一科生。

 

数字落ちは、魔法師界ではあまり認められていないみたいだ。

数字落ちだからって部分的には突出しているんだけれど、魔法師界にあまり詳しくない生徒、特に一年生には、そんなドロップアウトに負けた魔法師と言う事で、僕に蔑みの目を向けてくる。

僕が九校戦で負けた。それに五輪澪さんに囲われている、ようするに『ヒモ』だと思っている人も多い。とくに男子生徒はそう考えるみたいだ。

氷倒しで一条くんに勝てるのは十文字先輩しかいない事を皆忘れているけれど、実際、事実だから僕には反論のしようがない。

 

2-Aの教室に深雪さんたちと入る。すっかり影が薄くなったけれど、森崎くんとも挨拶をする。

そういえば、僕の警護をしてくれている二人も森崎くんの会社で働いていたことがあるんだって。二人は森崎くんのことを良く知っていた。『クイックドロウ』が高度な技術な事も教えてくれた。深雪さんは一年以上も前の事件を森崎くんの評価基準にしているから挨拶くらいしかしない。本心を隠す鉄壁の笑顔。それでもぽやぁ~とした表情になる森崎くんは強靭な精神力をしていると感心する。

1週間ぶりの授業は、いつもなら光宣くんのことが気になって勉強に集中できないけれど、響子さんが光宣くんの側にいてくれていると考えると、僕の精神は落ち着いた。

『家族』。僕が一番欲しかったものが身近にある…おっと勉強に集中しないと。勉強に集中集中…そんな事を考えている時点で集中できていないことに、当然僕は気がついていない。

集中…えぇとこれは何語?集中は日本語だよね。こんせんとれーしょん…コンセントとレーション。電気プラグを刺すと温かくなる軍事用配給食糧…?響子さんも軍で食べたりしてるのかな…響子さんのお昼ご飯はなんだろう、光宣くんと一緒に食べていたらいいなぁ…ぶつぶつ。

 

授業はあっという間に終り、放課後になる。一日って早いな。こんせんとれーしょん。

水波ちゃんが今日は料理部に来るそうなので、1-Aに迎えにいった。水波ちゃんが料理部に来る日はいつも迎えに行っている。達也くんの「よろしく」ってお願いを僕はちゃんと守っているんだ。水波ちゃんを迎えに行くと、隣の席の香澄さんにも当然会う。そのたびに香澄さんは…いやもうこれはいいか。

なんて事を考えながら歩くから僕は色々と事件に巻き込まれるんだよな。

 

案の定、1-Aの教室のドアのところで、男子生徒と肩がぶつかる。男子生徒は魔法師らしい優れた容姿の頑強な肉体をしていた。

僕はよろめいて、しりもちをつく。

 

「きゃふん!」

 

男とは思えないくらい、可愛い声だ…自分の声に惚れちゃうよ。

 

「おや?多治見先輩。この程度も避けられないんですか?」

 

男子生徒は、僕を見下すようにニヤリと笑うと、ゆったりと歩いて廊下に出て行った。僕はぽかーんとその男子生徒の背中を見ていた。

僕の声は教室の生徒の視線を集めていた。香澄さんと水波ちゃんが、床にしりもちをついたままの僕に近寄ってくる。

香澄さんが目に見えてイラついている…

 

「あんな事言われて怒らないんですか!」

 

「事実だから。それに、この程度でいちいち怒っていたら、死人が増えるだけだからね」

 

僕の沸点は高い。高すぎて怒りの感情に乏しい。

人形じみた顔に怒りの感情をみせなくても、僕は容赦なく人を殺す。無駄な動作なんかしない。僕が人を殺すときは、殺される側は、どんな強者だろうと一方的に殺される。

空間を操る僕に勝てる者は、いない。

 

香澄さんは、以前、僕の本質に何となく気がついていた。相性の悪さも香澄さんの防衛本能なのかもしれないな…

 

香澄さんが左手を差し伸べようとして、右手にかえた。僕の骨折が左腕だったことを思い出したみたいだ。僕がその右手をとると、香澄さんが引き上げてくれた。

ただ、僕の体重が意外に軽くて、香澄さんが力を入れすぎていたせいで、僕は香澄さんの身体にぶつかってしまう。

 

「あっ!?」

 

今度は香澄さんがしりもちをつくことになった。

あっこのままじゃ頭と腰を床にぶつけちゃうな、そう考えた僕は『念力』で香澄さんの身体をそっと支えて、床に強く身体をぶつけないようにする。

でも、手は繋いだままだったので、僕も一緒に引っ張られてバランスを崩す。倒れる。香澄さんに圧し掛かるように飛び乗ってしまう。

 

「きゃん!?」

 

またしても僕が可愛い声を上げる。ふにっ。あっ柔らかい。どこが?どこでしょう。

 

僕たちの体勢は、ちょっとエッチだ。僕が上体を起こすと二人の腰が重なる位置になってしまった。

一高の女子用制服はぴっちりしているから足が必要以上に開くことはなかったけれど…お互い手は握ったままだ。超至近距離でお互いを見つめ合ってしまう。妙に長い一瞬だった。

教室から黄色い悲鳴が上がって、僕の目の前にある香澄さんの可愛い顔が真っ赤になる。

 

「ひっ久先輩!早くどいてください!」

 

「あっうん、ごめんなさい」

 

僕の動きはゆったりというより、のろのろしている。香澄さんのイライラが増す。手は繋いだままだったので、今度は僕が香澄さんを引き上げようとするけれど、香澄さんは自力で起き上がった。

手をちょっと乱暴に離すと、

 

「久先輩、体重軽すぎですよ!」

 

「うっうん、僕は筋肉が全然ないから…」

 

体質なのか、どうしても筋肉がつかない。これまでも何度か鍛えようとしたんだけれどだめだった。いつまでたってもとてとて歩きなのはそのせいだ。

 

「もっもう!腰をぶつけてしまった…あれ?痛くない…」

 

香澄さんが制服の汚れを落とそうと軽く腰をぱんぱんとする。香澄さんは倒れたときの背中を何かに持ち上げられる感触を思い出したのか、僕を不思議な目で見る。

 

「うん、僕が『持ち上げた』から」

 

ただ僕が『念力』を使ったことには誰も気がつかない。香澄さんも持ち上げられたと言われて釈然としていないみたいだけれど、この出来事は僕の無様な姿を下級生にさらしただけの事件だ。どうも香澄さんと関わるとこんなふうに上手くかみ合わない。香澄さんが僕にイラつくのも何となくわかる。

今も…あれ?イライラしていないな…恥ずかしそう…違うな、なにか戸惑っているみたいな感じがする。

 

「多治見様、香澄さ…んも大丈夫ですか?」

 

水波ちゃんがかたわらに立つ。これで1-Aの二大美少女に挟まれわけだ。僕がこのクラスに来ると男子生徒に睨まれるのは、たぶんこのせいだ。

 

「ん、平気。香澄さんもごめんなさい」

 

僕が丁寧に頭をさげる。こう言う態度も香澄さんをいつもイラつかせるみたいだ。上級生らしく振舞えば良いのに、僕は誰に対してもバカ丁寧だ。それが敵であっても…

何となく気まずい雰囲気が三人に漂う。

無言の三人はお互いを見ているようで、微妙に視線が合っていない。香澄さんは怪訝な表情だし、水波ちゃんは僕に対して相変わらず萎縮している。

教室もその雰囲気を感じたのか、一瞬、静かになった。

 

「なんだ、まだいたんですか、多治見先輩ぃ」

 

その空気をぶち壊す男子生徒の声。さっき僕とぶつかった生徒が教室に戻ってきたんだ。お手洗いにでも行っていたのかな、手をハンカチでふいている。

妙に小奇麗で上等そうなハンカチはその生徒の家柄の良さをしめしている。

男子生徒は僕を見下ろしている。以前、澪さんのパーティーで七宝琢磨くんが僕に見せた目と同じ、優越感と劣等生を見る目。

七宝くんは、あの模擬戦の日以降は僕にそんな目は見せない。むしろ男らしい対抗心、ライバルや憧れを態度で示すようになった。僕が達也くんや親しい男友達、十文字先輩に向けるのと同じ目だ。

居心地が悪いな。僕は、

 

「水波ちゃん、部室に行こうか。じゃあまた帰りに、香澄さん」

 

水波ちゃんの手をとって歩き出した。達也くんに頼まれているから、先輩としてちゃんとお世話しないと。

僕の方が背が低いから子供がお姉さんを引っ張っているようにしか見えないみたいなんだけれど、香澄さんとは帰り、校門で皆と一緒になるだろうからお詫びはまたその時に。

何となくだけれど、香澄さんの目が厳しくなった。そそくさと立ち去る僕が気に食わなかったのかな。いつものイライラした態度が戻ったようだ。

 

男子生徒は「ふふんっ」と鼻で笑うような態度だ。

僕の沸点は高い。こんなことで怒ったりはしない。でも、ちょっと仕返しするくらいはいいよね。

僕は水波ちゃんと廊下にでると、男子生徒が見えなくなってから、ちょっと『能力』を使う。

 

ハンカチをポケットに入れようとしていた男子生徒のベルトが音もなく外れて、下着のゴムがぷちっと切れる。当然、重力に引かれてズボンが下着ごとずるりと床に落ちる。

 

見えないけれど、教室から女子生徒の悲鳴があがる。そりゃぁ男子生徒がいきなり教室で下半身を露出させたら驚くよね。

どすんと倒れる音が聞こえた。一高の制服は上着の裾が長いから丸見えにはならないけれど、ずり落ちたパンツをあげようともたついて、無様に倒れたみたいだ。

こんどは男子生徒の爆笑が、離れていく教室から轟いた。妙にその声が大きかったのは、あの男子生徒が普段から家柄のよさを鼻にかけるちょっと嫌なやつだったからかな…?

その笑い声を背中に聞きながら、今日の料理はなんだろうな…僕はもう男子生徒の事は忘れている。ひとつのことに夢中になると他に意識が行かなくなるのは僕の悪癖。

うつむきながらも萎縮して顔も赤らめているという器用な水波ちゃんの手を引いたままだ。

僕と水波ちゃんは料理部の部室に向かう。

 

 

 






電撃文庫
魔法科高校の劣等生(20) 南海騒擾編

著者/佐島 勤 イラスト/石田可奈

定価/未定

2016年9月10日発売

卒業旅行の季節。五十里&花音、桐原&紗耶香の仲良しカップルは旅行を堪能! そして、あずさと服部も……? さらには、達也に向けるほのかの恋心も爆発し!? 

楽しみだね、達也くん。

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