パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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久しぶりにすぷらっしゅ!

昨日、投稿したのですが、誤字にミスだらけで、同じ様な文があって冗長だったので修正。
足りない部分もあったので、少し追加しました。


人を呪わば穴はいくつ?

「こんにちわ。今日はご招待いただきまして、ありがとうございました」

 

七草家に招待された僕は、土曜日の夕方自宅で準備を整えると、いつも通り警護の運転する車で出かけた。七草家に来るのは三度目だ。車寄せで僕は降りて、車と警護の二人は七草家の準備した控え室で帰りを待つことになる。今日の僕はフォーマルなスーツ姿で、玄関にお迎えしてくれた真由美さんと香澄さん泉美さんにご挨拶した。

 

「ようこそいらっしゃいました、どうぞお上がりください」

 

三姉妹がそろってお辞儀をする姿は、物凄く奇妙だ。いつもはボーイッシュな香澄さんもくるぶしまで隠れるワンピースを着ている。

 

「緊張しなくていいのよ、久ちゃん…ってそんなに緊張はしてないのね?」

 

七草家は現在の魔法師界で頂点に立つ家だから、普通の魔法師は固くなるはずだけれど、

 

「僕はあまり緊張しないんです。入試のときも九校戦の試合のときも特に緊張しなかったですし。不安や心配は勿論ありますけど」

 

僕の興味は今夜の術者襲撃の方に比重をおいている。戦場の緊張感にくらべれば大したことないからだ。感情の起伏がいろいろと間違っていることは自覚している。緊張はしないけれど、へまをしないように気をつけないと。このような場では無意識でもだいぶ自然に振舞えていると思う。いつも頼りなく見える僕だっていろいろと経験をつんでいるのだ。

真由美さんの後ろ、双子に挟まれて七草家の廊下を歩くときも、いつものとてとて歩きにならないように気をつけないと。そう考える時点で真由美さんからしてみれば、子供が背伸びしているみたいで微笑ましく見えるみたいだけれど…

 

お食事前、応接室で真由美さんと軽くお茶をした。真由美さんは一高のことを聞きたがったので、いろいろとお話をした。あーちゃん先輩のことを聞くと凄く和んでいたけれど、達也くんの話をすると、僕には表現できない表情になった。興味?それとも好意かな?わかんないな…

真由美さんは卒業生の大学でのお話をしてくれた。自宅から大学までキャビネットで20分の距離なんだけれど、会う機会は殆ど無いので先輩たちの近況を聞けてすごく嬉しい。

その後、真由美さんに食堂に案内された。パーティー会場には行った事があるけれど、自宅の中は初めてだな。食堂は家族用だけれど、七草家の食堂なので、一般の感覚より広い。ヨーロッパのパレスみたいだ。僕は去年の四葉家での真夜お母様とのお食事を思い出した。

 

食堂には、七草弘一さんと双子が立って待っていた。簡単な挨拶の後、それぞれの席につく。それぞれに給仕の男性がついていて椅子を引いてくれた。

テーブルには上座に当主の弘一さん、僕と真由美さんが並んで、向かいに双子、という配置だった。僕の前が香澄さんで、いつもの態度は控えているけれど、この中で一番居心地が悪そうにしている。僕に向ける目が、いつもとは違う。

僕の落ち着いた態度をじっと見ていた弘一さんが、

 

「多治見くんはこういう席は慣れているようだね」

 

話の取っ掛かりにしても、なんだか値踏みするような雰囲気が隠れている。色のついたメガネのせいで表情はイマイチわからないけれど…、

 

「はい、澪さんや烈くんとお食事に行く機会がたびたびあるので。マナーも見よう見真似で、失礼のない程度ですが覚えました」

 

「ふむ、そうか、では食事の前に、お礼を言わせて貰おう。遅くなったが、去年の九校戦で香澄と泉美が大亜連合の強化兵に襲われていたところを救っていただいて、本当に有難う」

 

丁寧に頭を下げる弘一さん。真由美さんと双子もそろって頭を下げた。

 

「いえ、余計な手出しでした。今ならわかりますが、二人の実力なら僕がいなくても倒せていたと思います」

 

当時は魔法師としてはかなり未熟だったからわからなかったけれど、双子は一高に主席に迫る成績で入学した優等生なんだ。そんじょそこらの魔法師とはレベルが違う。

 

「父親としてその評価は嬉しいが、無傷で、とはいかないだろうからね」

 

「…そうですね。強化兵ともなれば、追い詰められれば自爆や特攻をするでしょうから…」

 

かつての僕も最後は特攻を命じられて、拒否は出来ない精神支配を受けていた。強化兵の末路なんてそんな物だ。

双子はそこまで考えていなかったのか、すこし神妙な表情になった。

 

「でも、用心は必要ですけれど、あのような外国の工作兵が来る様なことは当面ないと思いますから、殺伐としたお話はここまでにしませんか?」

 

「そうだね、我々十師族、特に五輪澪さんのおかげでもあるし、改めてお礼を言わせていただいて、では食事にしよう。多治見くんは苦手な食べ物はないよね」

 

我々十師族って、さりげなく自分の功績も誇るところは大人だなぁ。

 

「ないです。美味しいものなら、なんだっていただきます」

 

「はは、頼もしいね。では、始めようか」

 

弘一さんが給仕に目配せをすると、楽しい(?)お食事会が始まった。

拍子抜けするくらい普通の食事会で、真由美さんが言う陰謀好きの弘一さんが何か探りをいれてくるのではと考えていたのだけれど。そんな心配は忘れて、僕はお食事をにこにこしながらいただく。僕は美味しいものさえ食べていられれば幸せなんだ。

 

フォークを操る僕の右手の指輪に気がついた弘一さんが尋ねてきた。

 

「その指輪は、ひょっとして完全思考型CADかな?」

 

「え?完全思考型CAD?FLTが8月に発売するって発表があったばかりよね」

 

食事がはじまって、七草家のみなさんの口調も余所行きのものではなくなっている。僕もこの方が落ち着くな。

 

「たしかローゼンが発売していたが、こんな小さくはなかったな」

 

僕は首にかかった水滴型の思考デバイスを首元から取り出すと、

 

「はい、8月に発売されるFLTのモニターをしているんです。このデバイスは指輪専用だからこれはプロトタイプです。発売用は自分のCADを使えるようになるって話ですけど、僕にはこれで十分です。でも、これを使えば深雪さんにも模擬戦で負けないんじゃないかな。深雪さんと模擬戦はしたことはないし、あまりしたくもないけど…」

 

双子は、一高内の僕の評価『機械音痴の残念魔法師』しか知らないだろうから深雪さんに比肩するって聞いて驚いている。

『精神』を直接攻撃できる深雪さんと戦う…想像するだけで、恐怖を感じる。

 

「司波深雪さん、一高の副生徒会長だね。彼女に負けないとは凄い自信だね」

 

「はぁ、達也くんや深雪さんも規格外だけれど、久ちゃんも大概よね…そうよね、入試の結果が過去最高の魔法力だった上に魔法科高校で一年以上学んでいるんだから実力も上がるわ」

 

「魔法科高校で実力が向上しない人なんていないと思うな。僕もほぼ毎日二時間勉強しているけど、ペーパーテストは相変わらず中くらいだから…」

 

毎日勉強しているのはウソじゃないけれど、集中力は足りていないかも…澪さんや響子さんがいないときは、全然進んでいない気がする。

 

「学校の実習も、学校のCADを使うので相変わらずイマイチ…」

 

「久ちゃんの機械音痴は…仕方ないわね。誰にだって不得手があるもの」

 

「だから、今のままだと今年の九校戦に出場しても、氷倒しで一条くんには勝てないんじゃないかな…思考型CADが使えれば勝てると思うけれど」

 

「レギュレーション違反だからね。それでも一条くんに勝てる…とはそれは、本当に凄いことだよ」

 

「あとは…抜いて構える時間を省略できれば…」

 

特化型CADが拳銃の形をしている関係上、汎用型とちがって照準がCADまかせだから、どうしても標的に向けて構えてしまう。それは一条くんも同じだ。CADには銃口がないんだからわざわざ構える意味は…

 

「あっ!」

 

「…あぁ」

 

香澄さんと真由美さんがほとんど同時に声を上げた。香澄さんは同じ風紀委員として、真由美さんは前生徒会長として後輩の得意技術に気がついた。

『ドロウレス』。特化型CADで、照準だけ『魔法師』が行う高等技術。

なるほど、二年生になって、すっかり空気になって、九校戦でも出番がなさげな僕の数少ない男友達に陽の当たる機会が来るのかっ!

 

でも、それだと照準補助システムつき汎用型に『魔法』をひとつだけ入れて使えば、『ドロウレス』と同じに効果になるんじゃ?

ん?つまり、去年雫さんが新人戦で使ったようなCADがあれば森崎くんは必要ない。

そんな汎用型CADを調整できるエンジニアなんているわけ…いるじゃん。達也くんが。

なるほど、去年は時間がなくて僕の分の照準補助システムつき汎用型が用意できなかったのか。

 

…勝てるね、一条くんに。去年もほとんど僅差だったんだから、今年も選手に選ばれたら達也くんにお願いしてみようかな。

 

森崎くんに陽の光が当たる機会は…ないみたいだ。合掌。

 

食事会は終始なごやかで、話題は九校戦の話に落ち着いた。双子も九校戦は毎年、真由美さんの応援に行っていたし、今年は選手に選ばれるだろうから、話に食いついてきた。

僕はメインディッシュのお肉に食いついている。もぐもぐ。美味しい。

食事は一時間ほどで終わって、今、時刻は21時半。意外と楽しい会で、食事後も少し団欒の時間があった。それにしても、本当にただの食事会だったな。最後に弘一さんが、

 

「また機会と時間があったら食事を一緒にしよう。九校戦後でもどうかね。その時は香澄も同席するから九校戦の武勇伝を聞かせて欲しいな」

 

どうして香澄さんだけなんだろう?疑問に思ったけれど、三姉妹の僕を値踏みする気配に、後ろ髪を引かれる前に、お食事のお礼を言って七草家を後にした。

 

練馬の自宅に帰宅したのは22時半をすぎていた。

澪さんと響子さんに、七草家での会話をかいつまんで話した。響子さんはニヤニヤ、澪さんはプンプンして教えてくれなかったけれど、二人には今日のお食事会の意味するところがわかったみたい。

シャワーを浴びて、パジャマに着替えると、日課である勉強を自室でするから、と二人に告げた。

今は23時、もう遅いから勉強はいいんじゃないって澪さんに言われたけれど、赤点は取りたくないからねっ!ときっぱり言って自室にこもった。

予定通りだ。自室で勉強をしながら時間をつぶして(全然集中できなかったけれど)、今は23時50分。さっとデニムパンツと長袖シャツに着替えると、用意しておいた靴を履いた。買ったばかりでまだ部屋においておいた運動靴の紐をきゅっと縛ると、僕は意識を集中する。

 

約束の時間は0時ちょうど。奈良の、とある山奥にある古式魔法師の道場の前。

『空間認識』『意識認識』。

あぁ、光宣くんがそこにいるのがわかる。僕は、光宣くんの後ろに『飛んだ』。

 

 

一瞬もかからず400キロ近い距離を『飛ぶ』。

 

その道場は、奈良の、山奥にあった。今までいた七草家や東京とは明らかに違う空気だ。自然の緑と土のにおいが濃い。月明かりだけの道場は奥行きまではわからないけれど、結構大きい。自然は豊かなのに虫の音は聞こえない。かわりに、怒号交じりの、人が争う音が聞こえていた。

 

僕が『飛んだ』ときには、もうドンパチが始まっていた。

 

光宣くんの背中を見つけたので、声をかけてゆっくり近づく。ぎょっと振り向いた光宣くんの眉が少し歪んでいた。光宣くんにしてみれば僕がいきなりその場に現れたので驚いている。僕が探知系は全く駄目だって知っているのに、死命を決する距離まで近づかれたことが不快なのかな……?そんな表情も魅力に感じるんだから美男子は得だな。

 

「どうしたの?」

 

道場からは殺伐とした気配が溢れている。のんびりと尋ねる僕に、すぐ気を取り直して

 

「申し訳ありません、認識阻害の結界を張っていた人員の一人が敵に気がつかれまして、久さんを待たずに戦闘が始まってしまいました」

 

約束の時間までは5分はあるはずだ。

やはり子供主導では手違いがおきるかな。もちろん九島家全体が協力して動いたら、もっと大規模になってしまって、古式魔法師との騒動も大きくなってしまう。烈くんは研究所の方が忙しいだろうから、子供だけで、と言う話だったんだけれど……。

光宣くんが不機嫌だったのは部下の不手際の方だったのか。光宣くんは僕や家族以外には厳しいというか苛立ちがある。自分は優秀な魔法師なのに常人の手助けが必要な体質が恨めしいのかもしれない。

 

事前の情報では、古式の術者は道場の中に12人いる。中年以上の男女。だれもそこそこの術者、らしい。そこそこって事は一人ひとりは大したことがない。

道場内から大声やめきめきと言った木材が折れるような音がする。

九島家の魔法師が遅れをとるほどの術者はいないし、例の『使い魔』を使役した術者も、直接攻撃が得意ではない、呪殺専門なんだそうだ。

ただ、真夜中なのに、どたばたと騒がしい。山奥の道場なので、板張りの床を踏む音が結構、周囲の山に響いていた。こんな夜中に稽古でもあるまいし…

 

僕が空間を遮断して、音が漏れるのを防ぐ。急に音が聞こえなくなった。

 

「何をしたんですか?」

 

「道場を丸ごと『空間の檻』に閉じ込めたから、もう敵どころか音も外には漏れないよ」

 

『サイキック』を使う。光宣くんにはわからなかったみたいだけれど、瞠目している。道場は木造だけれど、山奥とは思えないほど、いくつか建物があって広い。

 

「この大きさの道場を?やはり久さんは凄いですね。時間通りに行動できず恥ずかしいです」

 

「襲撃が計画通りにいかないなんて当たり前だよ。それより時間がないから急ごうか。『檻』の中を丸ごと攻撃すると九島家の人員も巻き込んじゃうから、さっさとすまそう」

 

「…やはり計画に問題があったようです。久さんに襲撃をお任せしておけばこんな面倒は起きなかったかもしれません」

 

この手の襲撃は不測の事態にそなえて二手三手を準備しておかなくちゃいけないけれど、光宣くんは自分の『魔法力』に頼ってしまうから、ごり押しになっちゃうんだよね。意外と部下の意見は聞かないし…

 

「連絡不足はお互い様だから。僕ももっと早く来られればよかったし。今は『術者』を捕まえるのが先決だね」

 

烈くんなら、僕の『能力』をある程度把握しているから、もっと上手にできるけれど、仕方がないね。これを糧にどんどん経験をつんでいけば良い…ってこんなことがたびたび起こるのかな?起きるんだろうな。僕と光宣くんの付き合いも長くなりそうだし。

かつて烈くんがいた立場に光宣くんが立って、僕を上手に使う、なんて未来はそんなに遠くない現実かもね。

 

「では、『例の術者』はここの道場主で、この男です」

 

携帯端末で道場主の顔と全身を見せてくれる。老人だ。ひげを蓄え、針金のような体。長年厳しい鍛錬を繰り返してきた雰囲気。

これまでは記録が残らないようにぜんぶ電話では口頭だけにしていたから、僕は術者の顔を初めて見た。

 

「この男以外は最悪殺しても構いません」

 

「了解。じゃぁ、適当に倒すか殺すかして術者を捕まえよう」

 

道場に正面から入る。道場内で炎や武具が飛び交っている。時代劇の殺陣みたいだけれど、命がけの戦いを術者と九島家の戦闘員が行っている。

光宣くんはざっとひと眺めして、

 

「道場主は…いないようですね隠れているんでしょうか」

 

「なるほど、時間もないし、僕は右側の男から『尋問』していくね」

 

「じゃあ僕は左から」

 

と左右に分かれて走り出した。

 

道場は意外に広かった。バスケットコート3面、小さな体育館くらいあった。

敵の術者が九島家の魔法師と戦っている。僕は無造作に一人に近づく。術者が僕に向けて手印を向ける。密教系の術はアニメやコミックでおなじみなので僕にもわかる。

あれは不動明王火炎呪だ。でも、どうしようもなく遅い。呪文を唱え終わるのをいちいち待っているあげる義理はない。

僕はその術者の両指を『サイキック』でへし折る。印を結べなければどうしようもない。

全部の指の関節が逆方向にまがって、悲鳴を上げる男。

 

「ねぇ、道場主さんはどこ?」

 

「しっ知るかっぐあぁああ!」

 

今度は両肘をへし折る。そして同じ質問をしたけれどかたくなに答えない。両足を関節ごとにへし折っていくけれど、答えない。そうか、膝を折った時点で気を失っていたのか。残念。

次の術者に聞くか。道場を見回すと、九島家の工作員たちが、敵3人を無力化していた。

残りの7人は光宣くんを取り囲んでいたけれど、敵の攻撃は光宣くんの身体をすり抜けていく。すり抜けた武具が味方同士にあたっていた。

涼やかな笑みを浮かべている光宣くんは、たしかにあそこにいる。でも術者の攻撃はあたらない!

んん?あれ?あの『魔法』、僕は知ってる。

アメリカの『仮面魔法師』と同じ、そこにいるのに、いない謎の『魔法』…

僕が疑問に思っている間もなく、光宣くんの『電撃』が術者たちの身体を這いよった。7人同時に無様に倒れる。圧倒的だね。

僕たちが道場に侵入して5分と経っていない。

 

「道場主はどこにいるんです?」

 

光宣くんがその美貌で尋ねるけれど、術者たちは沈黙を守っている。光宣くんは少し不機嫌になっているけれど、道場主が建物内に最初からいたなら、まだどこかに隠れている。

 

「皆さんを戦わせて、自分だけ隠れている、そんな人物に忠誠を誓う価値があるんですか?」

 

「やかましい、九島のガキが!」

 

それぞれがふてくされて、口々にののしっている。質問には答えてくれそうにない。

あまり時間をかけると、澪さんが心配して僕の部屋に尋ねてくるかもしれないな…早くしないと。

 

「ねぇ光宣くん、僕が質問するから、そいつら一列に並べてくれる?」

 

僕の提案に一瞬考えて「了解しました」と部下に下知して、電撃や怪我で身動きが不自由な術者たちを一列に並べる。

 

 

術者が一列に並べられた、11人いる。拘束していないけれど、全員鉄の意志で好きな姿勢で座った。一番端が、さっき僕が気絶させた男。九島家の部下が引きずってそこに横たえた。僕と光宣くんが並んで正面に立ち、九島家の部下がその後ろに並ぶ。

 

正座して座る女に僕は問いかけた。

 

「道場主はどこですか?」

 

「知らないね!古式の術者は拷問されても師匠への恩は裏切らない!」

 

自分に酔っているのか、にたりと笑った。長年の修行で化粧っ気のない、なめし皮のような厚い面の皮だ。

 

「そういうの興味ないから」

 

僕は質問している女の隣にいる、さっき僕に関節をへし折られて気絶した男に顔を向ける。女もつられて視線をむけた。

 

ぐっじゃぁっ!

 

僕は気絶している男を『念力』で頭を無造作に、胴体から引きちぎった。首がボーリングみたいに転がって、裂けた部分から血がどぼどぼ溢れ、修行で磨き上げられた綺麗な木の床を汚した。

 

「ひいっ!?」

 

変な声を上げたのは、九島家の部下の一人だった。光宣くんが厳しい目でその男を睨んだ。部下が慌てて呼吸を止めた。これ以上僕に部下の醜態を見せたくないみたいだ。

血の池はどんどん大きくなっている。

大量の血の匂いが道場に満ちる。僕は無表情。光宣くんも冷たい目のまま女を見下ろしていた。

女は、死体と僕たちを見上げて、顔面を蒼白にして、それでも声を上げるのをこらえていた。

 

「道場主はどこですか?」

 

と、僕は同じ質問をした。

 

「しっ知らん!」

 

「そうですか」

 

今度は逆に座る男の後頭部がはじけ飛んだ。

 

「ばびゃっ!」

 

後頭部から、物凄い勢いで脳漿が飛び散る。ざくろの実みたいな粒粒が床と壁を妙にピンク色に染めた。

後頭部が弾けた男はゆっくりと後ろに倒れた。べしゃっと床にぶつかる。倒れると頭の半分が木の床に埋まっているみたいだった。変なの。

 

僕は無表情で、女を見下ろしながら、同じ質問をバカみたいに繰り返す。

 

「道場主はどこですか?」

 

「なっ、こっ殺せばしゃべるとでも思ったのか!?」

 

「思うよ。だって後9人もいるんだから、1人くらいしゃべる気になるよ。それに11人も弟子を殺されても出てこないような師匠は、いろいろと失格なんじゃないかな」

 

腰まで伸ばした黒髪。絶世の美少女の容姿を持つ僕が、抵抗できない中年の大人たちを見下ろしている。無表情でしゃべる僕は人形じみていて、それだけで不気味だと思う。

僕の瞳は薄紫色の燐光を放って、『魔法』ではない謎の『能力』で術者たちを殺している。

確実に人間としては失格だ。

 

「ばっ化け物がっ!がぁあぶばぁ!!」

 

大口を開けた女の頭が360度回転する。見えない力に無理矢理ありえない首の動きをさせられる女の頭。

驚愕して、舌をだらしなく垂らしたまま、もがいていた身体はすぐにぐったりとした。女は丁寧に正座したまま、頭が変な方向に倒れた。

 

「ひっいいい!?」

 

仲間の術者がうめく。

女の淀んだ目が、隣の男を見つめていた。

僕の行動に光宣くんも部下の男たちも言葉がなかった。こういう時、僕は容赦はしない。絶対に。

 

「化け物ですがなにか?それに、先に手を出して来たのは貴方たちでしょ。攻撃しておいて攻撃されたら文句を言うの?あの『使い魔』の毒は危険なものでしょう、それにかけられていた術も」

 

僕が光宣くんを見ると、

 

「漢方生薬の斑猫と青酸化合物を混合した、とても危険な毒でした。量的に1千人は殺害可能でしたね。青酸化合物だけでも致死量の何百倍でしょうに、わざわざ斑猫を混ぜたところに歪な殺意を感じます」

 

「だってさ、人を殺す気なら、自分も殺される覚悟がいるよね。人を呪わば穴二つ…今回はいくつ穴が必要になるかな…」

 

くくくっ。

僕は口の両端を軽くあげて微笑んだ。妖艶という生々しい笑顔とは違う、どこか生気の欠けた、人形の乾いた笑いは、術者たちの戦慄をさそった。

 

「おっ俺たちはそんな事知らなかったんだ!」

 

術者の一人が悲鳴のようにわめいた。

 

「じゃぁ、知っている事を話してよ、道場主さんはどこですか?」

 

「あっああああ…」

 

恐怖から舌が凍りついたみたいだ。

僕はゆっくりと手のひらを術者に向けた。意味のない行動だけれど、向けられた男には一瞬後の死。穴がもうひとつ増えるかな。

 

「まっ待て、待ってください。殺さないで、答えます答えます!師匠…いっいえあの男は…」

 

一人があわてて震えながら答えた。他の術者は、誰も止めなかった。

 

台所の地下に食物倉庫があって、そのさらに奥に隠し部屋があった。老道場主はそこに隠れていた。ありがちな隠れ家だから時間をかければすぐに見つけられただろうに。生への執着が自分を見失わせたのか。

老い先短い道場主が最後の悪あがきを見せた、と言うのが真相なのかもしれない。お粗末すぎて、ただ周りを巻き込んだ自爆テロだ。

 

九島家の部下が暴れる道場主を無理矢理引きずり出した。光宣くんが、本人だと確認する。

老道場主は、自分を裏切ったであろう弟子たちを睨む。そして、道場の凄惨な光景に声を失ったけれど、自業自得だよね。

 

僕は光宣くんに時間を確認した。携帯端末は自宅においてある。位置情報が記録されるからだ。ここに来て約20分。アニメなら一話分だね。早く帰らなきゃ。

部下に指示を出していた光宣くんに笑顔を向ける。今の笑顔は、どんなタイプの笑顔なのかな。

 

「じゃぁ光宣くん、あとはお任せするね。急いで戻らなきゃ」

 

「はい、詳しいことはいずれお知らせします」

 

光宣くんの笑顔は安堵が混じっているけれど、美少年の本物の笑顔だ。生命力を内包している。真相は比較的どうでもいい。早く帰って、勉強しなきゃ。今日も勉強は進んでいないんだ。

 

「あっ久さん、返り血がついています」

 

僕の白いシャツにぽつぽつと赤い染みが出来ていた。このまま帰ると澪さんと響子さんに気がつかれるな…どうしよう。『魔法』で…

光宣くんがシャツの袖を少しまくると、ブレスレッド型CADを操作した。赤い染みがふわっと気体になって、染みはウソのように綺麗になくなった。僕はゆっくりその場で一回転する。他にはない?と聞いて、大丈夫ですって光宣くんが答える。こういう細かいところに気がつくのが光宣くんだよね。

 

「有難う。じゃぁ、また電話でね。九校戦で会えたらいいね」

 

「はい、楽しみにしています」

 

僕も光宣くんも、人を殺めたことに何の後悔もわだかまりもない。この程度で僕たちの心に染みをつくることはできない。二人とも、どこか人間として欠けている部分がある。

 

たしかに、二人とも化け物だな、と思う。

 

僕はきびすを返し、夜の闇の中に消える。まるで神隠しのようだ。

 

 

 




前半、後半で話しのギャップをつけるために、ちょっと長くなりました。

最初、七草家での食事後、真由美たちとくつろいでいる最中に、トイレに抜けて、奈良に『飛ぶ』、20分後帰ってきて、七草家内で迷子になっていたんだ、という北山家勉強会と同じパターンでアリバイ作りをしようと考えていました。
でも、真夜中まで七草家にいるのもおかしい。
襲撃には明け方4時が本当は理想なんですけれど、朝の4時に家を抜け出すのは澪さんと響子さんが一緒にいる引きこもりな久には難しい。
なので夜の0時という変な時間の襲撃になりました。まぁ光宣は戦い慣れしていないので、経験不足と自信からくる慢心です。
直接のミスは九島家の部下がしますが、諸葛孔明が負けるときには部下が不始末を起こすのと同じですね(笑)。

戦術的失敗者に興味はない。達也の台詞ですね。

光宣は今回の戦闘のせいで、再び体調不良になって、九校戦前の病弱状態になります。久に心配をかけないよう連絡は音声オンリーで。響子がお見舞いに来る頃にはパラサイトの培養には成功していました…響子もここから九島家のパラサイドールを達也と戦わせる陰謀に巻き込まれます。
わざわざ達也にリークする必要なんてないのに、烈か父親に指嗾されたのでしょうか。
大陸の術者がドールを狂わす術式を組み込みますが、それよりも烈の言うとおり忠誠術式の方が強固なのです。精神支配は容易く崩せない。それは久自身が証拠で、このSSの根本です。達也が割り込まなければ、パラサイドールはただの人形で終わるはずだった…八雲の心配も杞憂…
二年生の九校戦の裏ではみんな独り相撲している違和感があったので、自分なりに考えてみた次第です。

お読みいただき有難うございました。

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