パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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夜は終わらない

「え?検査入院、」

 

26日、朝食を食べているときの、澪さんのこの言葉に驚いた。

隣の席に座る響子さんは思い当たることがあるのか納得顔をしている。

 

「27日夕方から2晩検査入院するの。毎年、入院して検査をしているんだけれど、私の虚弱はこれまでも原因は不明だったし、

今年は調子が回復したから断っていたのだけれど、両親や弟がどうしても入院しろって…」

 

澪さんは僕と出会うまではほとんど病人だった。顔色も悪いし、気持ちも落ち込んでいた。虚弱体質で運動も出来ないから引きこもって…引きこもりは変わらないか…

僕と会った九校戦以降、急に体調が回復したから、僕は元気な澪さんしか知らないけれど、虚弱体質の時期しか知らない人のほうが圧倒的に多い。

とくに、澪さんの戦略魔法師という肩書きで十師族に連なっている五輪家としては、澪さんの健康が一番重要なんだ。

 

「ぎりぎりになってしまってごめんなさい、病院の予約を入れたって連絡がさっきあって…」

 

澪さんは専業引きこもりだから、予約さえしてしまえば断りきれないと踏んだんだろうな。

ちょっとセコイな。洋史さんらしいけれど…いやいや澪さんの弟さんの悪口はいけない。

 

「僕が泊まりで付き添うよ…」

 

「いいのよ、別に病気ってわけじゃないんだし。久君は学校があるでしょ。たったの二晩なんだから」

 

「じゃぁ、入院のときと退院のときは一緒にいる…」

 

退院は29日の日曜日か…退院の時間がわからないな。

残念だけれど、その日の雫さんのお家で行われる達也くんの誕生日パーティーは、僕はお断りすることにした。達也くんのお誕生日はまた来年もくるし、ひとつのことに気が向くとほかの事に意識が回らなくなるのが僕の悪癖だし。

 

「澪さんが入院か…その間は響子さんはお仕事はどうなっているの?」

 

僕は一人じゃ眠れないし、『意識把握』で澪さんの存在は感じられるけれど、そもそも、寂しがりやなのだ。

 

「とくに用はないかな。だから二日間は夫婦水入らずね久君」

 

小悪魔が小悪魔的な発言をする。毎度のやりとりだ。

 

「ちょっ響子さん!私がいないからって、久君に妙なことはしないでくださいね」

 

「あら?私たちは婚約しているんですもの、問題ないわ」

 

「問題あります!久君にはまだ早いです!東京都の条例のいんこー罪が適応されるんですよ!」

 

僕は戸籍上は17歳なんだ。肉体年齢は11歳…いんこーだね。

その日、2-Aの教室で雫さんに誕生パーティー不参加を告げると、雫さんの無表情が微妙な表情になった…?航くんにも会いたかったけれど、残念だな。

 

 

27日は僕は特にイベントはなかった。

水波ちゃんが料理部に入部した関係で、僕は帰りに達也くんと深雪さんを一緒になる機会が増えた。水波ちゃんは僕の料理の腕前にライバル心を抱いているみたいだけれど、僕への態度は相変わらずぎこちない。

駅前までの道中、生徒会役員の達也くんはなにか考え事をしているようだった。新入生同士でいざこざがあったみたい。

 

「水波、七宝琢磨について、一年生の間でなにか話題になったことはないか?」

 

「七宝琢磨さんは、今年の新入生総代で一年生では一番の有名人ですから注目は集めていますが…特には」

 

「まだ入学して一ヶ月も経っていないからな、無理も無いが…」

 

達也くんと水波ちゃんの会話に僕はついていけない。

 

「七宝琢磨くんがどうかしたの?」

 

「ん?久は七宝を知っているのか?一高入学後なにか接点があったのか?」

 

「入学後はないけれど、入学前、澪さんの五輪家のパーティーでお父さんと琢磨くんはお話をしたよ」

 

達也くんは興味深げな目を僕に向けた。

 

「ほう?そのときはどんな感じだったんだ?」

 

「うぅーん、お父さんは凄く慎重そうな人だったかな。七草家と十文字家のパーティーには来てなかったし。

琢磨くんは主席で合格したっていきなり自慢されちゃった。すごく上から目線だったな。一高に主席合格なら誇ってもおかしくないから、僕はなんとも思わなかったけれど」

 

達也くんは僕の言葉を慎重に吟味している。深雪さんと水波ちゃんは僕が十師族のパーティーに立て続けに出席していることに驚いていた。

 

「七宝くんがなにかあったの?」

 

魔法の無断使用で風紀委員室に連行されて、その後、七宝くんと七草姉妹が模擬戦を行ったんだそうだ。

魔法の無断使用なんてこれまで何度もあったよな…一年生の間に起きたことをざっと思い出してみる。防衛以外の魔法の使用は犯罪って言っておいて、僕たちが入学した二日目の校門前の森崎くんの告白事件から始まって、魔法の無断使用なんて日常茶飯事だった気がするけれど。

なんで今回だけ問題になったんだろう。しかもその後に模擬戦って…?

これは七宝くんが、一高上層部にコネがないからなんだろうな。

達也くんなんて真由美さんに色々と便宜を図ってもらっていたし…おっと深雪さんの目が厳しくなってきた!

 

 

「一高で騒動があったんだって?」

 

帰宅後、いきなり響子さんが楽しげに聞いてきた。おそろしく情報が早い。僕だって知らなかったのに。帰宅途中の達也くんとの会話を話すと、楽しげに自室に入っていった。

あの電脳部屋でよからぬ事をたくらんでいるのではないだろうか。

小悪魔の電子の魔女って、だれか手綱を握らないと、そのうち大問題を巻き起こすんじゃ…

その場合、巻き込まれるのは、なんとなく達也くんな気がするけれど…合掌。

 

 

27日夕方、僕は澪さんの迎えのリムジンに便乗して都心の病院まで向かう。

響子さんは自宅にいたけれど、夜からお仕事で帰宅は未明になるそうだ。

病院にリムジンで行くって、なんだか変だな…リムジンは都心の物凄く大きな国立病院のビップ専用玄関についた。病院のお偉いさんがずらっとならんでお迎えしていた。リムジン以上に変な光景だ…

澪さんの泊まる病室はとにかく広かった。レオくんが以前入院した警察病院の個室も広かったけれど、豪華さではほとんどホテルのスィートだった。テレビやら端末やらが沢山合って、澪さんが診療用の水色の病衣を着ていなければ引きこもり部屋かと思えるほどだ。

澪さんは大人の女性にしては成熟していない。一見すると女子中学生か高校生になりたてくらいの体型をしている。診療用の薄い水色の病衣を着ている姿をみると、ものすごく切なくなってくるほどだ。だから面会時間がすぎても、澪さんのそばにいたんだけれど、流石に9時を過ぎたあたりで澪さんに諭されて帰宅することにした。

 

明日も、学校が終わったらすぐに来るから、と病室を後にする。病院の玄関はもう閉まっていたから、職員用の通用口から外に出る。

都心と言っても夜だからひと気はなかった。大きな通りに出て、キャビネット乗り場を探す。

 

「たぶん、あっちだ!」

 

僕の護衛は今日はいないから、さっさと家に帰ろう。

夜のビルやマンションのコンクリート街を、一人ぽつんと歩くのは、ちょっと心細い。

すれ違う人もいないので、自然と足が速くなる。あいかわらずとてとて歩きだけれど…

キャビネット乗り場はこっちでいいんだよね…僕は方向音痴なんだけれど、一本道だから間違えていない…はず。

携帯端末で調べようと立ち止まったとき、

 

ざぁっ!

 

ん?何だろう、大きな影が僕の頭上を走った。小さな飛行船…?。

何故か黒い船体で夜の闇にまぎれているけれど、ビルからの窓明かりに照らされて、逆に目に付いた。

やけに低く、ビルの谷間を飛んでいるけれど、大丈夫なのかな。飛行船は高層マンションの前で止まってさらに降下してきた。マンションにぶつかりそうな距離だ。

 

「なんだっ?」

 

マンションから何か小さな人影みたいなものが飛行船に飛び移るのが見えた。物凄く高層だったけど、あれが人間ならものすごい度胸の持ち主だ。

飛行船はマンションの前で止まっていたけれど、数秒後、人影が何もない空中に飛び出してきた!

 

「落ちるっ!?」

 

僕が叫ぶのと、飛行船のゴンドラ部分が爆発炎上するのは同時だった。このままじゃどこかのビルに激突して大事故になる!

人影は落下しながらも飛行船の方に向きをかえて、銀色の銃を構えた。

見覚えのある銃だ。銃じゃない、CADだ。人影は高いビルの隙間を僕のほうに向かって落下してくる。

 

飛行船がいきなり消滅した!

 

えっ?いま何が起きたんだろう。飛行船も燃え盛るゴンドラも、一瞬で消えてなくなった!

 

それよりも、落下する人影は『慣性制御魔法』を使ったみたいだけれど、その規模は物凄く小さかった。『魔法』は得意じゃないんだったよね。スピードは減速したけれど、このままじゃ転落死だ!

 

僕はとっさに『念力』で落下してきた人物を軽く受け止めて、そのままゆっくりと僕の前で、地面に下ろした。

全身黒ずくめに黒い覆面(目と顔の下半分が出ている)を被っていても、僕にはその人物がすぐにわかった。

向かい合った僕たちは、一瞬、無言だった。

 

『達也君、何が起こったの!?』

 

覆面状のヘルメットに内蔵されている通信機から聞き覚えのある声がした。響子さんの声にそっくりだったけれど…

 

「不明です、あの飛行船はハイジャックされていたようですから…」

 

憮然とした声で返答する達也くん。僕に見られたこと、通信を聞かれたこと、どちらも偶然だけれど、迂闊だったことは同じだ。

 

「…こんばんは達也くん、こんな場所で会うなんて凄い偶然だね…そのごめんなさい、僕は見ちゃいけないモノを見ちゃった…かな」

 

飛行船を消滅させた『魔法』が何かは僕にはわからないけれど、おっかなびっくり声をかけた。

軍の特殊任務だったのかな。響子さんが通信に出ていたからそうなんだろうけれど。

秘密保持のために口封じされるかな…達也くんがこの程度で僕を、とも思うけれど、覆面からのぞく目は凄く鋭い。

 

「久…今のは『念力』でお前が受け止めてくれたのか?」

 

「…うん」

 

「そうか、助かった。あのまま落下していたら全身強打で無事ではすまなかった…それで、どうしてここにいるんだ?」

 

達也くんから敵意が消えた。無事ですまないわりにはすごく冷静だな。さすがは達也くん。僕はほっと一息つく。

 

「澪さんが検査入院したから付き添いで、そこの国立病院にさっきまでいたんだ。帰ろうと外に出たら飛行船が低空で飛んでいたからつい着いてきちゃって…」

 

「そんなにあの飛行船は目立ったのか?」

 

「黒かったけれど、ビルの窓からの明かりではっきり見えていたよ。通行人がいたら気になっていたと思う。どこか抜けている組織だね」

 

「…そうだが、こんな夜中の都心に通行人はいないだろう」

 

「だったらあの人たちは達也くんの敵…なのかな?」

 

「そうなるな」

 

不審な人物が3人。僕たちに向かってビルの陰から近づいてくる。手にはナイフに拳銃。目出し帽をかぶった露骨に怪しい連中だ。ただ、動きが素人臭い。練度が低いのか、歩き方が普通だ。

軍人でも魔法師でもないみたいだ。

達也くんが銃型CADをすっと動かそうとするのを僕は言葉で制した。

 

「まって、僕が生け捕りにするから」

 

僕は思考型CADにイメージとサイオンを送り込んだ。男たちは一歩、二歩と歩いて、三歩目にふらついて、四歩目には頭を抑えながらふらふらになって、ゆっくりと倒れた。

その間、僕と達也くんは静かに立っていた。男たちは軽くケイレンしながら意識を失った。手に持っていた凶器がアスファルトに転がる。

 

「何をしたんだ?」

 

「ん、酸素に酔ったんだ」

 

「見事だな『酸素分圧』か」

 

ヘルメットで顔の全体は見えないけれど、口元が笑っている。感心してくれているみたいだ。

人間は超高分圧の酸素を吸うと簡単に意識を失う。ただあまり高分圧だと死にいたる場合があるので、男たちの周りの気圧を低下させて酸素だけを肺に送り込んだ。

『サイキック』の僕ならもっと単純に男たちを無力化できるし殺せるけれど、『魔法師』としての僕ならもう少し複雑なことができる。

 

「『気圧流動変化』『気密防壁』『収束』『圧縮』『移動』のマルチキャストか。思考型CADを使いこなせているようだな」

 

非常時にもかかわらず、達也くんが的確に魔法を解説してくれる。研究者気質はここでも抜けていないところが面白い。

 

「うん、達也くんが僕に使いやすい『魔法』を調整してくれたからね」

 

『自己加速』みたいな身体にかける魔法や近接攻撃系の魔法は僕には向いていない。

だから応用の効く4系統8種を指輪には入れている。僕は『擬似瞬間移動』みたいに、物体の移動に関わる『移動魔法』が得意だけれど、『 加速・加重』『移動・振動』『収束・発散』『吸収・放出』の系統魔法は、どれも基本で、授業で習う単純な『魔法』なので、僕でも複雑な組み合わせは簡単だ。

逆に特化した『魔法』や、起動式が公開されていない『魔法』、『系統外』、知覚系や精神系はさっぱり駄目だけれど…

 

「あっ、こんなところで『魔法』を使ったら、街頭センサーに引っかかるんじゃ!」

 

「それは…大丈夫だ」

 

達也くんが通信機で確認している。

街頭センサーをごまかせる方法が…ああ『電子の魔女』が一緒なら問題ないのか。七宝くんと違って、達也くんは抜け目がない。この世界では世間をごまかすスキルを持っている人が勝ち組なんだ。

 

「こいつらもこちらで対処しておく。久、今夜ここで見たことは…」

 

「うん、誰にも言わないよ。深雪さん聞かれても…がんばって黙ってるよ」

 

僕に現場を見られたことは不問にしてくれるみたいだ。心の底から約束する。

でも、氷の女王の尋問に耐えられる人物がいるだろうか…いや、いない。それは達也くんとて同じことなのだ!

 

「…そうか。久は帰った方が良いだろう。キャビネット乗り場はアソコだぞ」

 

と達也くんはキャビネット乗り場の方を指差した。一本道だから迷いようがない。迷わない…はず。

 

「寄り道するんじゃないぞ」

 

「うん、有難う。なんだか達也くんお父さんみたいだね」

 

一年前、僕たちの入学式でエリカさんが言った台詞を思いだして言った。あっ、達也くんがへこんでいる。珍しい。

しばらく歩いてから、後ろを振り向いたら、達也くんも倒れた男たちもいなくなっていた。

まるで、さっきの飛行船なんて最初からいなかったんじゃないかって思えるほど素早い。

今夜の僕は警備の人がいないので、自分なりに警戒してさっさとキャビネットに乗って帰らなくちゃ。

 

 

キャビネットで最寄の駅まで戻ってきた。時間は23時。こんな夜中に外に出ているなんて久しぶりだ。

都心よりも星が物凄くよく見える。昔に比べて、空気が綺麗だし、街の明かりが抑えられてる。

どうしようかな家までは一キロ弱で歩いても20分くらい。ここから自宅近くまでコミューターに乗ろうか、星を見ながら歩いて帰ろうか…

 

「ん?久じゃねぇか?」

 

「え?」

 

いつもの屈託のない笑顔を整った顔に浮かべて、レオくんがキャビネット乗り場にむかって歩いて来た。リュックサックに無造作な私服、靴だけは歩きやすそうな登山靴だ。

こんな時間に会うなんてびっくりだけれど…

 

「こんな夜中にどうしたのレオくん」

 

「それはお互い様だろ」

 

「僕は病院の帰りなんだけれど、レオくんは家に来た…ってわけじゃないよね」

 

澪さんが検査入院するから付き添いで都心まで行っていた帰り、と説明する。その割には時間が遅すぎだけれど…

 

「ここが久の家の近くなのか?それは知らなかったぜ、俺は部活の後、ずっと歩き回っていてな、たまたまここのキャビネット乗り場から帰ろうと思ったんだが」

 

「部活の後?6時間も歩いていたの!?それに制服は…」

 

「6時間って言っても舗装路だったからな40キロも歩いてないぜ。制服はすぐに着替えたぜ。制服で夜中歩いてちゃ目立つからな」

 

リュックをくいっと片手で持ち上げた。リュックに制服一式やあのかっこいいプロテクター型のCADが入っているのか。あの部活のあと6時間も歩いて平然としているって、凄すぎるよ。

 

「ところで、あいつらは久のお友達じゃないよな」

 

「うん、僕は男友達が少ないから、あんなお兄さんたちは知らないな」

 

「じゃぁ俺の客かな」

 

さっきの都心の不審者の仲間?と最初は思ったけれど、全然違う。

真夜中のキャビネット乗り場、男たちが僕たちを囲むように歩いてくる。

数を数えると10人いた。

…暴力に慣れている雰囲気だ。魔法師じゃないな、街のチンピラ…暴力組織の構成員かな。さっきの不審者たちより腰が据わっていて、手に持った警棒や鉄パイプを僕たちに見せびらかすように振り回している。

駅の交番は反対側だ。大声を出せば駆けつけてこられる距離だけれど…

ぱんっと左手に右コブシを打ち付けて、レオくんはにやりと獰猛に笑った。

 

「面白いことになったぜ。久は…恐くはないよな」

 

「うん、全然」

 

「だよな」

 

今日は色々なことが起きる。…夜はまだ終わらない。




引きこもりで、久の事情を知らない同居人が二人もいると、久は夜中に出歩けません。
めったにしない夜の外出は有効利用しなくては!
もともとレオとは色々とからめる予定でした。
達也とエリカと幹比古だと動きが速すぎて、久はついていけないので、格闘シーンになると残敵の掃討担当になってしまいます。
レオと久は相性がよさそうです。

お読みいただき有難うございました。

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