その日の夕方、一台のリムジンが僕の自宅の前に止められた。リムジンからこの国の魔法師界でもっとも影響力のある人物が降りる。
九島烈くんだ。今日も柔和な笑顔で立ち姿がスマートだ。痩せぎすなのに日本刀のような硬さと柔軟さを感じる。
澪さんの護衛が烈くんの護衛と打ち合わせをしている。
これから帰宅するまでは烈くんの護衛が、澪さんも守ることになる。もちろん何かあれば僕も全力で守るつもりだ。
澪さん響子さんは、一流ホテルのディナーに恥ずかしくないフォーマルな服を着ている。綺麗だな…うっとり。僕も、ストライプのジャケット&パンツにシャツのベーシックなスーツ。ポケットチーフはネクタイとお揃いで、履いている靴までぴかぴかだ。
今日の澪さんは体調が良いみたいで、車椅子は使わずに歩いていく予定だ。
念のため車椅子はたたんで護衛の車のトランクにつんでいく。
「わざわざ九島閣下がお迎えしていただけるとは、恐縮です」
澪さんは緊張している。
響子さんは笑顔…でもちょっと作り物っぽい笑顔だ。響子さんは烈くんとは少し距離をおいておきたいみたい。
軍の派閥…ってやつかな…僕にはわからないけれど。
「以前も言ったように、家族の食事会なのだよ。気楽に付き合ってくれるといいんだが」
「どこまで行くの?」
僕はあまり狭い空間は苦手だから近い方がいいな。
「ふむ、横浜の海の見えるホテルだよ」
「横浜か…」
横浜での事件や魔法師協会で真夜お母様に会った日の事を思い出す。
響子さんも色々考えているようだ。何か素敵な男性との思い出でもあるのかな…気になる。
「一時間弱くらいでつくかな…」
「うむ、普通はそうだが、今日は少し私用で寄るところがある。なに10分程度寄り道するだけだから大して時間はかわらないよ」
「うん」
僕は運転手がドアを開けるのを手で制して、澪さんの負担が軽くなるようにエスコートをして、ドアを開ける。
「どうぞ、お嬢様方…なんて…やっぱり恥ずかしいや…」
「いいえ、素敵ですよ久君」
「照れずにびしっと決められたら最高だったけれどねぇ」
澪さんは基本僕のすること全肯定だ。響子さんは手厳しい。
澪さん、響子さんに僕が乗り、烈くんが最後に乗ると、運転手さんがドアを閉めた。
リムジンは静かに走り出す。ドアウィンドウは黒いので外はわからなかったけれど、護衛の車が前後を挟んで物々しい。あいかわらずリムジンは静かで、4人が乗っても広々としている。僕には大きいシートに身体をうずめる。
僕と烈くんはリラックスしているけれど、二人の美女は緊張からか無言になってしまっている。
「二人ともそんな緊張しないでよ…」
なんとか気分をほぐそうとする雑談は、ほとんど僕の学校生活の話だった。澪さんは引きこもりだし、響子さんは烈くんの前ではいつもの小悪魔を発揮できない。
烈くんの話はどこか教訓めいている。本当はざっくばらんなお兄さんだったんだけれど。
途中、なぜか話がアニメやコミックになった。
「僕は『NARUTO』は自来也が好きだなぁ、強いし、かっこいい。1人でペイン6人と戦ってるし」
「私はやっぱりナルトくんね。まっすぐ一生懸命で」
「ふむ、私はどちらかといえばカカシかな、強さよりも技巧、はったりや経験に優れているところに共感するね」
「…」
響子さんはひとり話題に加われず、ジト目でも、ちょっと一安心している感じだ。響子さんと烈くんは軍での関係が複雑そうだな…
澪さんは逆に、仲間が見つかった喜びで声が弾んでいる。
「意外ですね、九島閣下がアニメやコミックをご覧になられるとは」
「なに、私は隠居の身だからね、時間はたっぷりあるのだよ、昔忙しくて見られなかったアーカイブが山のようにあるからね」
「最終回まで待たずに見られるなんて幸せだよね」
ほんとうに完結するんだろうなぁという作品は山のようにあるのだ。このSSもそうならないように…げほんげほん。
意外な盛り上がりに澪さんと烈くんの距離感が縮まった気がする。よかった。
リムジンは、今どこを走っているのか全然わからない。もっとも外を見られても、土地勘のない僕には同じだけれど。でも30分くらい走ったところで、静かに停止した。
運転手からの車内フォンで知らされた烈くんが、
「ではすまないが10分ほど待っていてくれるか。なにほんの野暮用だすぐ戻るよ」
運転手がドアを開けると、護衛の人が数人待ち構えていた。外はすっかり暗くなっているのに、護衛の人は黒服ばかりで、なんだか闇夜のカラスみたいだった。
外は街頭も少なく暗い。でも冬の冷たい風で樹木が揺れているのがわかった。公園かな?高く長い壁におおわれている森?少し郊外みたいだ。
烈くんがリムジンから降りて、運転手がドアを閉めようとした瞬間。
ふぉっあああああああ!
悲鳴とも憤怒ともわからない、音が、声が僕の精神に響いてきた。
『パラサイト』の声はこの三日間も遠くから聞こえてきていた。当たり前に聞こえているので逆に別のことに集中すると気にならなくなるくらいだった。ひとつに集中すると他に意識がむかなくなる癖が幸いした感じがする。
ああ、今夜は、あのマルテが指定してきた19日の夜か。
ここは一高の野外演習場のすぐ近くだな…。
『パラサイト』が誰かと戦っている。1人じゃない…10人近い精神の声が一塊になって野外演習所の何かに触手を伸ばしている感じ…
僕は怒りを覚えた。心の奥に、重りをかけて、怒りで『能力』を暴走させないようにする。
僕はマルテの提案は完全に無視するつもりでいた。でも、『吸血鬼』を追っていたのは真由美さんやエリカさんたちだ。マルテは僕の友人たちには手を出さないと言ったけれど、攻撃してきたら身を守るとも言っていた。
一高の野外演習場で戦っているなら、一高生徒の可能性が高いと思う。
やっぱり3日前、『パラサイト』ごと空間ですりつぶして殺しておくべきだった。僕は後悔した。
真由美さんやエリカさん、幹比古くんたち『魔法師』では対応が難しい…『パラサイト』は精神に近い存在だ。精神そのものへの攻撃は僕も出来ないけれど…
「どうしたの?久君」
一瞬考え込んでいた僕に響子さんが尋ねてきた。僕は…
「ちょっと外の空気を吸ってきていいかな。車の中って、ちょっと狭くて苦手なんだ」
「そうですね、じゃあ防寒具は…」
「いいよ、数分外に出てるだけだから」
二人に疑問を抱かれないように、ゆっくりとドアを開けて外に出る。幸い車内からは外は見えない。冬の空気が頬に刺さるように冷たく感じる。
僕は、リムジンを囲む護衛の黒服の人に「ちょっとトイレ…」と言って、護衛の死角に入る。
時間がない。そのまま、『パラサイト』の塊の近くに『飛んだ』。
イレギュラーな存在が現れる。
僕がその場に現れたタイミングは、最悪だった。
複数の『パラサイト』の集合体に炎の龍が絡み付いていた。僕の目には炎の龍しか見えない。『パラサイト』の集合体は見えない。でも、そこにいるのがわかる。『高位次元体』の『意識』や『精神』は僕と同質のモノだ。
僕が気づいたのと同時に集合体も僕に気がついた。何か言っている。遅い、かそれとも、助けてか?
『パラサイト』の『意識』は、三次元では何かに憑いていないと、少しずつ薄れていく。何かにとり憑こうとする本能がある。
『パラサイト』にとって僕は最高の器だろう。お互い精神の存在に近い。僕に憑けば、無限のエネルギーを『高位』から奪える。もしかしたら永遠に近い時間を得られる。
集合体は炎への抵抗をやめて、本能のまま、がむしゃらに僕に向かって牙をむく!
本来なら『パラサイト』を押さえ込んでいた荒ぶる炎が集合体のアゴと牙に切り裂かれる。
音なんてしないはずなのに、空気が牙に切り裂かれ、僕に襲い掛かる。
見えないのに、集合体のおぞましい執念が、まるでガラスをきぃきぃするように不快感を与えてくる。
『魔法』では防げない、『意識』の集合体。
でも、僕にはいっさい通用しない。
僕の黒曜石の瞳が、薄い紫の輝きを放つ。暗い雑木林に、淡く、怪しく、漂う紫の燐光。
集合体がまとわりついていた炎とともに僕の目の前でとまる。集合体は僕に触れることはできない。
僕は、空間を支配する『サイキック』だ。『精神』に攻撃できなくても、集合体の周りをこの空間から『遮断』するだけで、集合体は空間の檻に閉じ込められた。
檻から逃れようと激しく暴れているのが炎の揺らめきでわかる。
でも、何もすることはできない。僕より優れた『サイキック』か、魔法力や魔法式を力技でフッ飛ばさない限り…
「久っ!お前…いつの間にそこに…どうやって『それ』をその場にとどめて…いや、それも『サイキック』か?」
達也くんが銀色の銃型CADを構えていた。達也くんには僕の『サイキック』が『視える』みたいだ。空間のゆがみに気がついている。すごい、ただの『魔法師』じゃわからないのに!
すぐ隣に向き合って寄り添う深雪さんも僕を見ていた。でも深雪さんに『サイキック』は視えていない。
ただ、二人の位置は、まるでキスでもするかのような距離感だ。この非常時でも、ちゃっかり達也くんに抱きついている。
この二人は南の島で僕が『サイキック』だって事を知っている…
「『サイキック』!?ヒサは『サイキック』なの!?」
達也くんのすぐ近くに、金髪で目の青い少女が地に両手をついて叫んでいた。
リーナさん?
あれ?どうして達也くん、深雪さんとリーナさんがここにいるんだろう。
達也くんは以前、『パラサイト』には興味がないようなことを言っていたはずだけれど。
視界の端には『ピクシー』がいた。なんの感情もない目だ。声は聞こえない。でも何となく安堵しているような気がする。
集合体に意識がむいていた全員は、僕がいつのまに現れたか気がついていなかったと思う。
達也くんの鬼気迫る気配、深雪さんの領域干渉が支配する夜の雑木林の中、僕は緊張感にかけたフォーマルな格好をしている。靴に土がつかないといいな…
僕は、まさにイレギュラーだ。
でも、達也くんはすぐに思考が復帰した。
「久っ!『それ』を5秒その場にとどめておけるか」
「うん、いいよ、やって!」
達也くんの言葉の意味はわからない。でも僕が現れたことで、やろうとしていた行動を中断させてしまったことはわかった。
だから躊躇なく言ったんだ。
『パラサイト』の集合体はこのまま別の空間に『飛ばす』ことはできる。ただそうすると殺すことにはならない。この巨大な『意識』が消滅するまでどれくらい時間がかかるだろう。いつかまたこの空間に戻ってくるか否定できない。
僕の力で消滅するまで閉じられた空間に閉じ込める…これが一番安全だけれど、これは「人造サイキック計画」でつくられた『弟たち』と同じになるからな…
うぅん『意識』だけの存在を殺すにどうすればいいのだろう。意思がなくなるまで強制的に細切れにして薄めてしまえば…何かをきっかけにまた集合するかもしれない。
『高位』にいた頃の『能力』があれば簡単に消滅させられるんだろうけれど、いまの僕は『サイキック』でしかない。
『次元震』で次元ごと潰すには攻撃が過剰過ぎる…
達也くんには『意識』を消滅させる方法があるのだろうか。僕は達也くんと深雪さんを興味深く見つめる。
達也くんはCADを持っていない左手で、いきなり深雪さんを抱きしめた。
「ふっあぁ!?」
深雪さんの驚きと歓喜の混ざった声があがった。達也くんと深雪さんの集合体の周りに充満していた魔法力が一瞬消えた。
達也くんの顔が深雪さんの顔に迫る。唇がふれる寸前、呼吸が交わる距離。深雪さんの歓喜の表情は恍惚になった。深雪さんの視界には、達也くんしかいない。世界に二人だけ…刹那、二人の『意識』が重なる。繋がるっ。分かり合っている。ひとつになっている!
達也くんと深雪さんは二人でひとつ。僕にはそう思えた。
「深雪、視ろっ!」
「視えます、お兄様!」
達也くんの右手が炎をまとった集合体のいる場所に向けられた。
深雪さんの『魔法』が発動した。僕は集合体を捕らえていた『空間』を開放する。集合体は開放された喜びを味わう瞬間もなく、光に包まれた。
深雪さんと達也くんから発したその輝きは、横浜で僕が達也くんに見た、『人が作りし神』の光と同じだった。
僕は信じられないものを見た…いや感じた。精神の集合体が、凍り付いて砕け散った。
音もない、でも意識の欠片がキラキラと輝いて消えていくのを感じた。
『精神』を凍りつかせる『魔法』…ひょっとしたら…
この『魔法』は…僕を殺せる『魔法』だ。
僕とリーナさんは呆然としていた。
「…ルーナ・マジック」
リーナさんが呟く。月の魔法…?どういう意味だろう。僕は魔法の事はテキスト以下しか知らないから…はぁ自分の頭の悪さがいやになる…いいや、達也くんやリーナさんが知り過ぎているんだと思うけれど、普通の高校生じゃ知らなくて当たり前のことばかり知っているような気がするよ。
「ミユキ、アナタたち兄妹は一体」
「久、リーナ、今見たことは他言無用だ」
「なっ、なによ、いきなり…」
リーナさんは達也くんの威圧的な口調に戸惑っているけれど、僕は躊躇することなく頷いた。達也くんが黙っていろって言うなら、絶対に言わない。
夜の雑木林に満ちていた圧力は完全に消えていた。僕の精神に直接聞こえていた声も聞こえない。
もう大丈夫だ…と思う。探知系だめだめの僕には、『パラサイト』を宿した個体がまだいるのかどうかなんてわかるわけがないんだから。
達也くんがリーナさんになにか諭すように話しているけれど、僕はそれを聞いている余裕はなかった。
「あっ、達也くん、僕ちょっと時間がないんだ、事情は明日説明するから行ってもいい?」
僕は目に見えて慌てている。リーナさんも深雪さんもまだ放心しているけど、達也くんはすでにいつもの冷静さを取り戻している。
「わかった明日、一高で事情を聞かせてもらおう」
「うん、じゃあ達也くんリーナさん明日ね。深雪さんもお幸せに!!」
「ふぇ!?」
達也くんの腕の中で、深雪さんが悶えている。僕はくるりと向きを変えると、とてとてと木の陰に消える。三人の死角に入ったことを確認して、『飛んだ』。
僕がリムジンから外に出ていた時間は数分だった。警護の人に会釈をして、車の中に戻る。二人の美女が同時に顔を上げてほっと息をはいた。
「どっどうしたの?」
「お祖父さ…閣下が戻られたのかと思って一瞬緊張しちゃってね」
「もしかしたら久君が迷子になっているかもって急に心配になっていたものだから…」
澪さんは少し過保護かもしれないなぁ。嬉しいけれど。
「外で空気を吸っていただけだから迷いようがな…いと思う…思いたい」
しばらくして車内に戻ってきた烈くんはご満悦だった。
どんな用事だったのかは誰も聞かなかったけれど、アゴに手を当てて烈くんが沈思黙考しているせいか、邪魔をしてはいけないと車内は静かになる。
そして、僕は僕で考える。僕は頭がよくないからただの心配のしすぎだと思うんだけれど…
「ねぇ、烈くん」
「どうしたね?久」
「ここ2ヶ月、魔法師の世界では『吸血鬼』とか『パラサイト』騒ぎで大変だったけれど…」
僕は烈くんの顔色を伺う。美女二人も何を言い出すんだろうって興味を向ける。
「そんな不思議なモノって、世界にいくらでもいるんじゃないかなって思うんだ」
烈くんが続けてと頷く。
「魔法が技術体系化して、見えないものが見えるようになって、かつて神とか妖怪とか言われていたものも、じつはそんなに珍しいものじゃなくて、そこらへんですれ違っているんじゃないかって」
かつて『多治見研究所』で僕は『神』と呼ばれた。『パラサイト』は『王』と呼んだ。
神も王も解釈しだいだ。自称でも他称でも、超越した力を持つものをそう呼ぶなら、僕も『そっち』の存在だ。
「ふむ、古式の魔法師が召還する精霊も異世界から呼び出していると言う説がある。今回の『パラサイト』も今はそう統一して呼んでいるだけで、古くからの伝承の鬼や妖怪も人に悪さをする魔物も『パラサイト』だと考えられる。久の言うとおりどこにでもいるのだろう。古式における退魔師や陰陽師はそんな『魔』と長年戦って来たのだから」
「じゃぁ『パラサイト事件』みたいな事はまた起きるかもしれないんだね…」
響子さんと澪さんがぎょっとする。烈くんは静かに僕の言葉に耳を傾ける。
「『パラサイト』は『サイキック』で、『精神』の存在だから純粋な意思に染まりやすい。意思のない人形に宿せば、比較的容易に『精神支配』できる。かつての人工サイキックのように人間の能力に左右されない『サイキック兵器』を量産できる…」
「ちょっと久君、なにを言っているの?『パラサイト』の兵器利用って…」
澪さんが戸惑っている。今の『魔法師』は兵器だ。現状では兵器として生きていく道しかない。もし『パラサイト』が兵器に代用できるなら『魔法師』は存在意義を失うのか、それとも兵器以外の選択肢が増えるのかな…わかんないや。
「変なこと言ってごめんね。今の話は忘れてよ…それよりも、今夜のディナーを楽しもうよ」
『ピクシー』は単なるホームメイド・ヘルパーだけれど、人型の兵器に『パラサイト』を宿したら…うぅん、こんな僕でも思いつくようなことは、頭のいい人ならもっと凄いこと思いつくよね。
僕は達也くんと深雪さんの『魔法』の神のごとき輝きに酔っているのかもしれないな。変なこと考えちゃった。
烈くんが笑みをたたえたまま僕をじっと見ていた。
その目には僕の知らない情念がこめられていた気がする…
『ピクシー』が言うには、僕は『高位次元体』で『王』だったそうだ。『王』がどんな存在かはわからないけれど、僕がこの世界に現れたのが80年前。たかだか80年だ。人類の歴史は数千年、僕以外にも同じような存在は歴史上いくらでもいたと思うし、いまもどこかにいると思う。
現代魔法における『最初の魔法師』は1999年にアメリカに現れた『サイキック』だったって。
『彼』も『高位次元体』かも。僕の先輩だな。
アメリカは『彼』の遺伝子から優秀な『魔法師』を創り出した…
ひょっとしたらリーナさんもその末裔なのかもしれない。
横浜のホテルでのディナーは、はっきり言って、滅茶苦茶美味しかった。
遠月総料理長の料理はなかなか食べられないんだそうだ。流石は十師族の長老!僕ははじめて烈くんの凄さを知ったよ!
澪さんも響子さんも車内での緊張は吹っ飛んで、でも優雅なマナーで味わっている。
それにしても…うぅむ。
「どうしたんだい久?」
「みんなはマナーもそうだけれど、食べ方も綺麗だよね。僕はマナーも見よう見真似だし、ぽとぽとこぼしちゃうし…恥ずかしいな」
「ははっ、気にしなくて良い、ここの料理が気に入ったのならまた招待しよう。マナーは機会を重ねれば自然と身につくものだよ」
響子さんは、烈くんの僕に対する態度があまりにも優しいので驚いているみたいだ。
「そうしていると、本当に仲の良い祖父とお孫さんみたいですね」
澪さんは素直に思ったことが言えるようになっている。やはり同好の士に対しては態度も気安くなるんだな。
「そうかね、では、今度は京都にある遠月ホテルに招待しようか。そうすれば光宣も同席できるからね」
「ほんとうに?それは楽しみだなぁ」
横浜の夜景は数ヶ月前の戦場がウソのように綺麗だった。ずっとこんなふうに平和だと良いな。
「あっ烈くん、その肉食べないなら僕が食べるよ…」「いやいや、これは譲れないね」「ぐぅ」
僕は、美味しいものを食べていられれば大概幸せなんだ。外堀どころか、胃袋まで埋められていくような気がするけれど、今は美味しくて、みんなといられて幸せで、何も考えられないや。もぐもぐ。
最初の構想では、久は九島烈と一緒に『ヨル』と確保したパラサイトの交渉の場についていくだけで、戦いにには介入しない予定でした。
ただパラサイトは今後も色々と久と関わるでしょうから、達也のお手伝い程度で関わらせました。
けっして幹比古の『迦楼羅炎』がパラサイトを10秒間押さえ込めなかったわけではありません。
イレギュラーで、原作の行間を縫って暗躍していた久も、今後は達也とからむ機会が増える…かな?
このSSもあと一話で2章が終了です。
原作の来訪者編までを約四十話で終わらせる、このスピード感(笑)。