パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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夜歩く

 

 

 

その夜、僕は自宅でくつろいでいた。くつろいでいたんだけれど、妙に胸が騒ぐ…

 

 

今、僕は自宅のリビングにいる。ソファに座る僕の左右には異なった魅力をたたえた美女がふたり。この国を代表するような『魔法師』だ。

その二人はテレビに釘付けになっている。いわゆる恋愛ドラマで、内容はごくごく普通の大人の恋愛モノだ。

濃厚なキスシーンやきわどいベッドシーンなんかもある社内恋愛、どちらかと言えばOL向けの内容だ。

きわどいシーンが放送されれば、大人たるもの僕の目をふさぐものだろうけれど、二人は僕の存在を忘れて集中している。恋愛モノと刑事モノはいつの時代にも通用する普遍の題材なんだね。

 

 

 

ざっわぁぁぁぁ…ぶっうううぅうぅぅぅぁぁんざっぶあぁ

 

 

 

まただ。どこか遠くから羽音のような雑音が聞こえる。

これで三回目だ。それも今回は途切れることなく、幻聴ではないと確信できるほど、深く身体の中で響いている。

澪さんも響子さんも、まったく聞こえていない。

この音は、僕にしか聞こえていない…電波な中二病的な遊びとは違う、確かに、聞こえる。これは声だ。

 

 

ぶっおっああああふぶあぁああううぅうううん

 

 

会話しながら、激しく移動している。息切れの音みたいに。外から…いやもっと遠くから僕の精神の部分に聞こえる声。

 

掛け時計を見る。21時30分。出歩いてもおかしくはない時間だけれど、引きこもりの僕が出かけるには両隣の美女に不審がられる時間だ。

 

「僕、宿題とか勉強があるから、部屋にいるね」

 

恋愛ドラマは佳境に差し掛かっている。二人は僕に視線を向けることなく、頷いている。不審がられないよう、とてとて階段をあがる。ドアをゆっくりあけて、音を少したてて閉める。鍵はない…

二階の自室に入るころには、あの羽音は意識しなくても聞こえるくらい激しくなっていた。

胸騒ぎは全身にわたって、僕を急かしている。

 

 

僕は意識を音の来る方向に向ける。自分自身がその方向の空間にどこにでもいる、という風に錯覚するほど思い込む。

すぐに、僕がいるべき空間が頭に浮かぶ。障害物はない。その音の発生源あたりの空間は公園かな?大丈夫だ。

 

僕は僕がいるべき空間に、僕自身の存在の確立を高める。『空間認識』。探知能力とは違う、僕がそこにいても問題がない空間だと自分に知らせる『能力』だ。

 

 

僕は、空間を捻じ曲げ『瞬間移動』した。

 

 

瞬間、景色と気温が変わった。僕はどこかの、公園に立っていた。真冬の夜の、静かな人気のない公園…

 

いや…誰かいる。三人。ベンチに横になっている女性、地面に片膝をつく男性、性別不明の丸帽子に全身マント…ケープ…コート?良くわからない姿のたぶん人間。

 

「くっうう」

 

男性が苦悶の声をあげた。聞き覚えのある。毎日聞いていて間違えようのない声。レオくんだ。

うずくまるレオくんは、謎の人物に闘志を向けている。でも苦しそうで、動けないみたいだ。

謎の人物の手がレオくんに伸びる。

 

させない。僕は『念力』でその不審人物をはじき飛ばした。そいつは勢いよく、金属製の公園のゴミ箱に突っ込んだ。派手な音をたてて転がるゴミ箱とコート。

僕は駆け出して、レオくんの横に立つ。僕は裸足にパジャマ姿だ。ぺたぺたと可愛い足音が、静かな公園に響く。

 

「レオくん…大丈夫?」

 

僕はレオくんの背中に手を当てて、顔を覗き込んだ。物凄く気分が悪そう。どうしたんだろう、いつもあんなに元気ではつらつとしているレオくんが。

 

「ひ…久…か?」

 

「うん」

 

視界がぼやけているのか、僕を見ているのに僕だとわからないみたいだ。今、僕の意識はレオくんに集中している。

だから、そのコートの怪人が僕の後ろに立っていることに気がつかなかった。

 

「ひ…さ、危な…ぃ」

 

レオくんの警告に、その怪人が僕に手を伸ばそうとしていることに気がついた。

 

 

ぶっああああああああん…ぶっおあああああ

 

 

羽音は、こいつの声だったんだ。逃走か好奇かでせめぎあっているようだった。急いで逃げなくてはいけないのに、目の前に捨て置けない何かがいる…って。

僕はとっさに身体をかばおうと左腕を怪人に向けた。

怪人は攻撃してくるようには見えなかった。まるでかがんでいる僕を助け起こそうとしているかのようだった。

怪人の白い手袋で隠された手が、僕の左腕を掴んだ。目の部分だけ切り取られた白い覆面の、その暗い部分が光ったような気がした。

目が会う…?

僕の黒曜石の瞳が、薄い紫色の輝きを放った。ものすごい脱力感が僕を襲う。

と同時に、怪人の羽音のような声が止み、怪人の驚愕の『声』が僕の精神のどこかで、大きく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『超人!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪人たちの声は、僕の中でそう叫んでいた。

 

 

『超人』?なんのことだろう。

それよりも、僕は掴まれた左腕から、サイオンと意識…僕をつつむ膜のような『幽体』が大量に奪われていくことに気がついた。

握られていた時間は5秒くらいだけれど、感覚的に全体の二割近くのサイオンを失った気がする。僕には二割でも、普通の『魔法師』の何人分にもなる。

慌てて、掴まれた左腕を振るう。非力な僕では無理だけれど、『念力』を込めて振ったので、怪人は物凄い勢いで公園の雑木林の中に吹っ飛んだ。

怪人はめきめきと木や枝をへし折りながら空中を転がり、かなり遠くで地面に落ちた。

その音を僕は聞いていたけれど、追撃はできなかった。

足に力が入らない。気分が物凄く悪い…これはレオくんと同じだ。

どうする?それでも、レオくんみたいに両足を踏ん張って怪人からの反撃にそなえる。

反撃はなかった。走り去る音が聞こえている。

 

でも僕の意識は怪人のほうに向いていなかった。

 

公園の淡い街頭に照らされて、もう一人が立っていた。そして、僕を凝視していた。

 

薄暗い夜の公園でもはっきりとわかる赤い髪。顔の上半分を隠すマスクからのぞく爛々と輝く目が黄金の光の帯を作っている。小柄な、でも僕よりは大きい。女の子…?

 

こいつは危険だ…さっきの怪人とはレベルが違う…肌がぴりぴりする気配…死を覚悟した闘争を決意しなくてはならない強烈なプレッシャー。

ここで戦闘になれば確実に周囲を巻き込む…過去には感じたことがない『魔法師』の殺気…

 

僕はレオくんごと『飛んで』逃げる選択をした。僕の黒曜石の瞳が薄紫色の光をこぼす…

 

ざっ、その赤い女の子(?)は鬼気を放ったまま、急に、走り出した。僕たちにではなくて、怪人の消えた方向だ。

あの怪人を追っている。そう思った。危険はみずから去っていった。

 

「ふぅ…」

 

安堵して息を吐いた。とたん、足が不確かになって転びそうになる。ぐっとこらえて、ぐったりと横たわるレオくんを見下ろした。

僕はレオくんの鍛えられた背中に両手をあてて、

 

「レオくん」

 

ってゆすってみる。うぅぅっとうめき声をあげるレオくん。外傷は無いみたいだけれど、どうすれば良いだろう。

声をあげて助けを呼ぶ?パジャマで裸足の僕は、はっきり言って不審人物だ。むしろ夢遊病者みたいに儚げな身体をしている。

レオくんの携帯端末で助けを呼ぶ?それはできない、僕がここにいることが知られる。でもレオくんを助けるにはそんな事をいっている場合じゃない。

このまま、どこかの病院に『飛べば』すぐに助けられるだろう…

 

 

がやがやと暗闇から誰かが近づいてくる声と足音。コートをばさばさと音をたてながら近づいてきている。人間の大人の男性…二人?

僕はとっさに近くの雑木林の中に『飛んだ』。木の陰から、男二人がレオくんに声をかけている場面を見る。

 

ん?あの人は…どこかで見たことが…ああ、七草家のパーティーでエリカさんの隣にいた人。エリカさんのお兄さんだ。

周囲を警戒しながら、携帯端末で救急車を呼んでいるようだ。

エリカさんのお兄さんならレオくんを任せても大丈夫だろう。

 

それよりも、僕自身も立っているのがやっとだ。

僕はここに『飛んで』きた時のように意識を分散させて、自室にある意識に集中する。

『飛ぶ』場所を把握して、空間を捻じ曲げる。

僕の存在は、夜の公園から消える。風も起こさない、一瞬よりも早く、消える。

 

 

視界が自室に戻っている。裸足の両足が板張りの冷たい床を感じている。戻ってきた。

 

くらっ。そこで僕は立ちくらみのように、バランスを崩した。何かに掴もうと多機能チェアに左手を伸ばす。チェアは突然の僕の体重に耐えられずキャスターが転がる。

身体を支えられないと右手で背もたれを掴んだところで、僕はチェアごと床に倒れた。

僕よりもチェアの方が大きな音をたて床を打った。チェアの横で、僕は『部室の床より冷たい』なんて『咲-saki-』の『園城寺怜』さんみたいな台詞を考えていた。

だれもいないから一人でボケてもなぁ…と思っていたら、激しく階段を上がってくる音がした。

 

あぁ、僕はいま一人じゃないんだっけ。

 

「久君!どうしたの?凄い音がしたわよ!」

 

ドアが開き、響子さんの叫び声に続いて、澪さんが入ってきた。あんなに虚弱だったのに、階段を駆け上がるなんてすっかり元気だなぁ…

 

「ひっ久君っ!あぁ!」

 

床に横たわる小さな身体を見た澪さんは膝をついて僕を助け起こそうとした。

 

「澪さん待って!頭を打っているかもしれないから…動かさないで…」

 

流石は軍人さんだけあって、響子さんは慌てていながらも、冷静だ。僕を仰向けにして、外傷がないか確かめている。

 

「久君どうしたの?」

 

澪さんが真っ青な顔で尋ねてくる。

 

「あっ…勉強する前にトイレに行こうって、急に立ち上がったら、くらってしちゃって、慌てて椅子を掴んだんだけれど、倒れちゃった」

 

僕はとっさにウソをついた。僕が部屋に戻ってから5分とたっていない。公園での出来事はほんの2~3分の事件だった。

二人は僕の言葉に疑いを持つことは当然無かった。

 

「立ちくらみ…?」

 

「そうかも…でもちょっと体調が悪いかも…」

 

僕はいつにも増して弱弱しい声だ。両手足もぐったりしている。

 

「まさか、また生駒にいたときみたいに体調を崩して?」

 

正月、生駒から帰宅したあと、二人は僕の体調について話し合っていた。

澪さんも8月以降の僕の復調した身体のことしか知らなかったからだ。去年の2月ごろ、僕は半分寝たきり状態だった。それ以前はまともに動けないほど寝たきりだったって教えている。強力な魔法師の肉体の弊害には二人とも当事者でもあり、詳しい。だから、僕がまた体調を突然崩す可能性を考えていた。治療薬も医者も役に立たないことを知っているからだ。

落ち着いた二人は、僕の体調を確かめると、ゆっくりと抱え起こして、二人がかりで寝室に連れて行く。

ベッドに横になった僕は、二人をじっと見つめている。力ない視線だけれど、はっきりと目を見開いている。

その僕の目を見た二人は少し安心したみたいだ。

 

「久君…なにか欲しいものはある?」

 

僕は少し考えて、お腹がすいていることに気がついた。『能力』を使うとお腹がすくけれど、今はものすごい空腹感がすると思っていたら、ぐーぅぅぅ…お腹が面白いぐらい鳴った。

思わず三人で笑ってしまうほどに。緊張した空気が弛緩した。

 

「なにか、食べるもの…できればカロリーが高いモノがいいな」

 

僕は食べ物でもある程度は『回復』する。…これは人間誰だって同じか。僕が人間だったらだけれど。

 

『超人』

 

あの怪人が言っていた言葉を思い出していた。どういう意味だろう。あの怪人は何を知っているのか。

 

カロリーの高いモノは、幸い冷蔵庫の中に沢山ある。三人とも甘いものが好きだからだ。あんまり食べ過ぎると太るんじゃないかって心配するほど、作り置きしておある。

響子さんは軍人さんだから、結構鍛えているけれど、僕と澪さんは運動とは無縁の引きこもり。それなのに二人とも太らないのは、澪さんの『魔法師』の弊害のひとつなのかもしれない。

でも澪さんはもう少しお肉をつけたほうがいいなぁ。響子さんに比べて…っと二人が食べ物を持ってきてくれたようだ。

 

僕は上半身だけベッドから起こした。食欲をそそる良い香りがする。響子さんがトレーに、二人で作ってくれた長芋と鶏肉を卵でとじたおじやを乗せている。

 

「すごくおいしそう」

 

僕のお腹はぐーぐー鳴っている。トレーを腿の上においてスプーンですくおうとしたけれど腕がうまく動かない…澪さんが食べさせてくれることになったんだけれど、なんだかすごく幸せそうな顔をするのは何故?

僕はお皿をすぐにからにしておかわりをお願いする。僕の食べっぷりに二人は顔を見合わせて、ほっと息をついていた。お茶まで飲ませてもらって、全身と心が温かい。

僕はゆっくりベッドに横になって、二人を安心させようとちょっと強がった。

 

「有難う、澪さん響子さん、まだ全身がだるいけれど、倒れたときより全然よくなったよ。これなら明日学校に行けるかも…」

 

「「駄目よ!明日は一日家で寝ていなさい!」」

 

二人の声は綺麗にはもった。二人の心配は心から嬉しいから素直に言うことを聞こう。

 

二人の介護は甲斐甲斐しい。今日は僕も病人らしく(?)、されるがままになっている。

お風呂に入れなかったので、全身を清潔なタオルで拭いてくれた。いつもなら恥ずかしがるんだけれど、今は気力がない。

心配の中にニヤニヤを隠した表情で僕の裸を濡れタオルで拭いてくれる二人…なんだかちょっと怖いな。

ただ、足の裏を拭いたときに、すこしタオルが茶色くなったのには不思議がっていた。でも、僕は家ではいつも裸足だから床の汚れだと思ってくれたようだ。

夜はいつも通り『川の字』だけれど、僕が窮屈でないように少し間をあけて寝ている。左右の二人が僕の様子を気にして長いこと見つめていた。僕は目だけ瞑って静かに寝たふりをしている。

二人の寝息が安定しだした頃、僕は目をあけて、頭だけ左右に動かして、二人を見た。

本当に感謝しかない。

二人が良い人を見つけてお嫁さんに行くまでは僕が二人を守れたら良いな…お嫁さんに行くよね…

 

 

僕の『回復』…と言うよりサイオンの『補充』は進んでいる。あの怪人は何をしたのだろう。僕のサイオンと肉体の間をくるむ『意識』、もしくは『幽体』があの怪人に奪われたことはわかった。

僕が去年の2月、体調が悪かったのはサイオンと『幽体』が傷ついていたんだ。

肉体の『回復』は経験から大体の時間はわかるけれど、失ったサイオンと『幽体』が元に戻るのにどれくらい時間がかかるのかちょっとわからない。2~3日くらいだろうか…

 

…ん?どうして僕は『幽体』なんて言葉を知っているのだろう。『意識』と『幽体』が同じものだとなぜ思うのだろう…わからない。

僕のサイオンはどこから『補充』されているんだろう。

 

それに、『超人』。

 

僕は自分のことを、何もわかっていないのかもしれない。

 

『回復』は起きていないと駄目だけれど、サイオンの『補充』は寝ていても大丈夫なのかな…

そんなことを考えながら僕はいつしか眠りについていた。

 

 

翌朝、僕の顔色は一見すると通常とかわらない。全身のだるさはかなりあったけれど、倒れたときよりはかなり楽になっていた。

僕の顔色を確認すると、安心したのか響子さんはお仕事に出かけた。なにか欲しいものがあるか聞いてくれたので、

 

「プリン!」

 

って答えた。「私のプリンなら…」おっと皆まで言わせないよ!澪さんが自分の胸を見つめている…

学校にはお休みの連絡を入れておいたから、今日は一日横になっていることにした。とにかく身体が重い。

澪さんも大学院の勉強以外のときは、僕のベッドの隣で本を読んだり、寝そべったり、オタクトークに…って、これじゃいつもの引きこもりだ…汗。

 

お昼をすぎて、来客を告げるインターホンが鳴った。

ドアホンのカメラ映像を確認した澪さんが、寝室に入ってきて、

 

「七草真由美さんと十文字克人さんが来ているけれど…どうする久君?」

 

「ん?お見舞いにしては…おかしいな…澪さん世話係みたいなことさせちゃって申し訳ないんだけれど、お二人をお通ししてくれる?」

 

「ええ(なんだか夫婦みたい、うふふ…)」

 

ん?今のは心の声かな…僕はエスパーじゃないのに。

 

玄関を開ける音に続いて、

 

「みっ澪さん!?どうして久ちゃんのお家に!?」

 

真由美さんの声が寝室まで届いた。しまった、これは後々面倒な情報を真由美さんに握られたような気がする。

 

澪さんの案内で、真由美さんに十文字先輩が寝室に入ってきた。とたん寝室が狭く感じるのは十文字先輩の存在感のなせる業だ。

寝室には椅子が二つしかない。澪さんが用意しようとした椅子を十文字先輩が断る。

 

「その…十文字さんが立っていると、久君に凄い圧力というか存在感が覆いかぶさると言うか…」

 

澪さんのわかりにくい説明に、真由美さんも頷いていた。十文字先輩が少し情けない顔になって、澪さんが用意してくれた椅子に座る。

 

「久、今日は学校を休んだが、どこかまた悪くなったのか?」

 

十文字先輩は入学したての僕の体調不良を知っているからか優しく聞いてくる。でもその程度のことで二人がわざわざ来るかな?

 

「昨日、部屋で立ちくらみで倒れちゃって…もうだいぶ平気なんだけれど、念のために今日は休んだんだ」

 

ほんとうはあまり体調はよくない。でも昨日強がった手前、平気なふりをする。

男の意地と見栄は、ほんとにバカなものだなぁ…

 

「…そう」

 

真由美さんが言葉をつなげて、最初は良いにくそうだったけれど、僕の目をみながら聞いてきた。

 

「ねぇ、久ちゃん、昨夜は家にいた?ひょっとして外出していなかった?具体的には22時少し前、渋谷の公園に…」

 

僕は一瞬何のことか考えた。えぇと?

 

「昨夜ね、久ちゃんのお友達の西城レオンハルト君が何者かに襲われてね」

 

ああ、昨夜の公園のことか。

 

「レオくん!?レオくんは大丈夫なの?何者って誰!?」

 

あの時、レオくんはエリカさんのお兄さんたちが対処してくれていたけれど、その後の経過は不明だったから僕は慌てて身を乗り出した。でも急に動いたからか、めまいで頭が揺れた。倒れそうになるのをこらえる。

 

「ごっごめんなさい、驚かせてしまって」

 

「いいんです…僕は平気ですから、それよりレオくんは?」

 

「西城は今は入院をしているが、特に外傷もなく、命に別状はない…今の久と同じような症状だが…」

 

十文字先輩が僕をじっと見ている。そうかレオくんは無事だったか…よかった。

たぶん、レオくんもサイオンや『幽体』『意識』を奪われたんだ。

僕よりも魔法力が劣るレオくんは、僕なんかより苦しい思いをしていると思う。

 

「それでね、さっきの質問なんだけれど、久ちゃんは昨夜はどこにいたの?」

 

「僕は…」

 

昨夜のことを話すとなると、僕の『能力』について知らせなくてはならなくなる。そうなると、僕が抱えている諸問題、誘拐や他のナンバーズ、特に米軍の関与に巻き込んでしまうかもしれない。それだけは避けたい…

 

「久君なら、ずっと家にいましたよ。21時半くらいまでは一緒にテレビドラマを観ていましたし、部屋に戻った5分後くらいに大きな音がしたので部屋に駆け込んだら、床に倒れていました」

 

澪さんがかわりに答えてくれた。体調不良の僕を尋問するみたいな二人に、澪さんは少し機嫌を悪くしている。

 

「一緒にテレビを…って?」

 

「私は久くんと同棲していますから!昨夜も一緒にいましたから」

 

「ええええっ?」

 

「…?」

 

「同棲じゃなくて…同居だよぅ」

 

真由美さんの驚き顔は見ものだった。十文字先輩は動じていないけれど少し鼻息が荒くなったような…

 

「でもどうして僕がその渋谷の公園にいるって思ったんですか?」

 

「朝、西城くんと話をしたとき、犯人に襲われたときに久ちゃんがいたような気がするって言ったから、その確認をしに来たんだけれど…」

 

「久君なら確実に家にいましたよ。疑うなら、久君の携帯端末の位置情報と、昨日のホームセキュリティーのログを調べれば証拠になります」

 

澪さんの発言に、三人はログの確認をしに寝室を出て行った。

たしかに、昨夜は携帯端末は自室においていたし、窓の開閉の記録、住人の出入りを記録するセキュリティーは『テレポート』で外に出た僕の記録は残っていないだろう。

 

僕は、ウソをついている罪悪感からか、さらに気分が凄く悪くなっていた。

ベッドに横になり、三人が戻ってくるのを静かに待つ。

 

 

しばらくしてドアが開いて三人が戻ってきた。

 

「どうやら、五輪殿がおっしゃるように、久は昨夜、自宅にいたことは確実なようだ」

 

「じゃあ西城君が朦朧として幻覚を見た…と言うことかしら」

 

「そうなんだろうな、襲撃の後、意識がかなり混濁していたといっていたからな」

 

「レオくんはそんなに悪いの?」

 

「うぅん、少なくとも見た目にはなんとも無いのよ。ただ原因がわからなくて…」

 

「二人とも、久君は体調があまりよくないので、出来ればこれくらいにしていただけないでしょうか?」

 

澪さんが大人の態度で二人に言った。戦略魔法師である澪さんは、たとえ十文字先輩が前であろうと、気合負けしないだけの胆力があった。

その澪さんの姿に僕はうれしくなっちゃった。初めて会った8月はあんなに虚弱で頼りなかったのに。

 

「じゃっじゃあ、お大事に久ちゃん、また学校で会いましょう」

 

「身体を厭えよ、久」

 

「お見舞いありがとうございます」

 

二人を追い出すように、澪さんも寝室から出て行く。

 

「ふぅ…」

 

僕はため息をつく。身体が重い…レオくんが無事でよかったけれど、犯人とあの赤い髪の人はなんだったんだろう…わからない。

 

『超人』?

 

…どういう意味なんだろう…僕は昨日の出来事を頭で反芻しながら、天井をぼぅと見ていた。




いよいよ久くんの核心部分に突入です。
久くんは何者なんでしょうね。

お読みいただき有難うございました。

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