パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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達也くんだから避けられるんだよ!

今年最初の登校日。1-A組に、アメリカからの留学生がやってきた。

教師に招かれて、金髪縦ロールに青い目の女の子が教壇に立った。

男子生徒からだけでなく女子生徒からも陶然とした声が漏れる。

森崎くんの呆けた顔は、それはもう間が抜けていた。あとでからかっておこう。

僕の隣の席の深雪さんは鉄壁の微笑で無言だった。

 

僕はと言うと、九島家から帰るときにもらったお土産のことを考えていた。

烈くん以外にも、初対面の人が沢山『お年玉』をくれた。長い肩書きと名前を売り込んでいたけれど、誰一人名前を覚えられなかった…ごめんなさい。

それよりも、貰ったお餅をどうやって片付けようか悩む。

烈くんが帰りにくれたお餅は、半畳もあって、東京まで持ってくるのが大変だった。

高価な物やお金じゃなくお餅をくれるところが逆に面白くて好感度が上がるね。

なんだか田舎に帰省したって感じがする。

僕と響子さんは元日真夜中に帰宅して、澪さんは予定より1日早い3日昼に戻ってきた。

僕のつくるお雑煮は中部地方風で、かつおだしに澄まし汁、ほうれん草にかまぼこ、削り節と言うシンプルなものだ。

二人には好評だったけれど、二日も食べれば餅は飽きる…

 

残ったお餅はぜんざいにしようかなと、僕は焦点の会わない目で虚空を見ながら考え事をしている…

ひとつのことに意識が行くと他のことに気が回らなくなる悪い癖だ。

 

「久?」

 

だから深雪さんに話しかけられるまで、その子が真横に立っていることに気がつかなかった。

その子は深雪さんと会話した後、僕にも話しかけようとしたみたいだ。

 

僕は立ち上がった。もちろん、その子の方が背が高い。相変わらず僕の目線は女の子の胸の辺りになる。

視線をすこし上げて、

 

「It's a pleasure to meet you.」

 

挨拶をした。クラスの皆が「え?」って言った。僕の英語の発音がネイティブだったからだ。

深雪さんも驚いている。僕は昔、任務で英語を話す必要があったので、日常会話はある程度はできる。正確な英単語より発音重視なので英文は苦手だけれど。

その子も驚いていたけれど、すこし驚きの種類が違うみたいだ。

まるで僕のことは調べて知っているのに、情報には載っていなかったスキルにいきなり遭遇したみたいな…

 

「The pleasure is all mine.」

 

女の子も丁寧に返してくれた。

 

『英語を話せるんですか?』

 

『少しだけ、日常会話程度だけれど、貴女は日本語話せますか?』

 

『ええ、日本語の習得も留学の理由のひとつですから』

 

『じゃあ日本語でお願いします。英語は話せるけれど自信はないし…間違ったこといったら失礼だから』

 

「それはワタシも同じよ、私はアンジェリーナ・クドウ・シールズ。リーナって呼んでね」

 

「僕は多治見久。ヒサって呼んでください」

 

僕とリーナさんは何故かいきなり打ち解けてしまった。やはり母国語を話す相手には外国の人は態度が違う。

あの時、ドイツ語も出来ていればよかったな…

 

リーナさんはまず容姿で話題になっていた。深雪さんが日本的な絶世美少女ならリーナさんは華やかな絶世美少女だ。ちなみに僕は絶世男の娘だ…うぅ。

絶世の美少女が僕の右となりと右斜め後ろに座っているけれど、魔法師は容姿が優れている。ほのかさんも雫さんも真由美さんもエリカさんも美月さんも市原先輩も渡辺委員長もエイミィさんもスバルさんもあーちゃん先輩も『ヨル』さんも『ヤミ』さんも美少女だし、澪さんも響子さんも真夜お母様も美女だ。

正直言って、『美』がインフレーションを起こしすぎて、僕には良くわからない。

僕的には達也くんやレオくんや十文字先輩やはんぞー先輩の方がかっこよくて良いと思う。

もちろん、僕が男好きという特殊な意味とは違う。でも達也くんなら僕の…ぶつぶつ…

 

リーナさんはほのかさんともすぐに仲良くなっていた。いつも一緒にいる雫さんがいないから替わり…ってわけではないと思うけれど。

食堂で達也くんにリーナさんを紹介していたのもほのかさんだった。

達也くんにだけ紹介をするほのかさんの態度にエリカさんたちが微妙な表情をしていた。

 

「ワタシの母方の祖父が九島将軍の弟よ」

 

クドウという名前に達也くんが抱いた問いにリーナさんが答えた。

しょーぐん。九島ショーグンか…かっこいいな。

僕といた頃は新任少尉だったけれど、少将まで昇進したのか。極官まで登らなかったのは現場にいたかったからかな。

でも、烈くんの九校戦懇親会の金髪好きネタをここまでつなげられるとは思ってもみなかったよ。

金髪の美少女が親戚に出来てよかったね。

…と言う事は、リーナさんは響子さんや光宣くんのハトコにあたるのか。響子さんの婚約者(仮)の僕もハトコになるのかな…良くわからないけど。

 

 

リーナさんは物凄く優秀な『魔法師』だった。魔法の実習で深雪さんと互角に渡り合っていたのだ。

それはもう全校生徒が見学に来るくらいに。

 

「驚いたわ…ワタシと互角に渡り合える高校生がいたなんて」

 

リーナさんも驚いている。でも、

 

「驚くのはまだ早いわよ。久、来なさい」

 

僕は深雪さんに手招きされて、とてとて近づく。

 

「久もリーナと勝負してみて」

 

リーナさんが怪訝な顔をする。

僕は、いつものぶかぶかな制服に、腰まである黒髪。線は細くて、見るからに弱っちい。風が吹いたら飛ばされそうなほど頼りない。

成績のランキングにも上位にいないし、座学は何とか平均点だ。

そんな僕が深雪さんに言われて、リーナさんとどちらが金属球を相手側に転がすか、という単純なスピードと干渉力を競う魔法技能勝負に挑んだ。

据え置き型のCADでひとつだけの魔法を使う。これは、僕が入学試験当時からの得意な魔法実技だ。

 

「スリーツーワン」

 

リーナさんがカウントをして、同時にパネルに手多く。リーナさんは深雪さんのときと同じでバンッで手を叩きつける。

手、痛くないのかな…僕は心配しながら、そっと手を置く。非力な僕じゃ、手の方が壊れちゃう。

リーナさんがサイオンをCADに流し込…

 

ぽとん。

 

リーナさんが据え置き型CADにサイオンを流し込み終わるより早く、金属球はリーナさんのほうに力なく転がった。

 

「えっ?」

 

リーナさんは今起きたことが信じれないって、外国のお人形さんみたいに綺麗なお顔で、呆然としている。

1-Aの生徒と中二階の見学席からどよめきが起こった。でもそのどよめきは「やっぱスピードはすげぇな」「これでマルチキャストも上達できれば完璧なのに…」という残念が半分のどよめきだ。

一高の生徒は、僕が魔法力は凄いけれど機械音痴で不器用で残念な『魔法師』と言う事を、全員知っているのだ。

 

でもそんなことはしらないリーナさんは「フライング…じゃないわよね…もっもう一回!」と度肝を抜かれている。

都合5回対戦したけれど、5回とも僕の圧勝だった。

呆然と立ち尽くすリーナさん。

 

でも30分後には、複数の魔法を組み合わせたマルチキャストで相手の背中に先にタッチすると言う魔法実技で、馬脚をあらわした僕に勝ちまくることになる。

…うぅ、僕は『魔法師』としてはやはり二流以下だ。どうしても上手くいかない。

 

 

いつもの食堂にリーナさんの鈴のような声がネイティブな日本を奏でていた。

 

「驚いたわ、ミユキには勝ち越せないし、ホノカには精密制御じゃ負けるし、ヒサにはスピードと干渉力で完敗だし…流石は魔法技術大国日本ね」

 

勝負にこだわるリーナさんに深雪さんがやんわりたしなめる。これは国民性の違いだなと思う。

日本人は謙遜を美徳とするけれど、外国では謙遜は自信のなさの現われでしかない。

でも…僕は落ち込んでいた。

 

「僕は全然凄くないよ、リーナさんには最初の実技以外は手も足もでないもん…」

 

「久の機械音痴は筋金入りだからな…」

 

「それでも、久の魔法力は二科の私たちにしてみたらうらやましい限りなんだけれどねぇ」

 

レオくんとエリカさんがため息を漏らす。達也くんはいつもどおりの無表情だけれど、同じような気持ちを持っているようだ。

 

「久君の特性は緻密な制御よりもひとつに特化したBS魔法師に近いのかもね」

 

古式の魔法師である幹比古くんが慰めてくれる。

 

「それにしてもヒサ!ワタシの事はリーナって呼んでって言っているでしょう。リーナサンじゃなくて」

 

「うっうんわかっているんだけれど、どうしても『さん』をつけちゃうんだ」

 

「リーナ、それは私たちも前々から言っているの。同級生なんだから敬称はいらないって、でも…」

 

「久は年下にもさんくん付けで呼ぶのよね…なぜか」

 

本当に、僕は誰に対しても丁寧な言葉を使ってしまう。それがたとえ敵であってもだ。どうしてなのかな…これも精神支配の影響なのかもしれない…

 

 

 

 

ざわっざわわっ…ぶっぶううん

 

その日の夜、自室で勉強していた僕は、虫の羽音のような奇妙な音に気がついた。

僕の家は、台所とひろいリビングとベッドルーム以外に、いくつか倉庫代わりの空室。それぞれが自室を持っている。

澪さんも響子さんも仕事や大学院の勉強は自室で行っている。どちらも魔改造されている上に、ベッドも置けるくらい広い。

でもなぜか寝るときはいつも僕の寝室に集まる。一人だと眠れないから嬉しいんだけれど、下手に寝返りが打てない『川の字』だから大変なんだ。

僕の自室は二階の6畳間で、窓がひとつに机と本棚しかない、自宅で一番せまい板張りの部屋だ。僕は物持ちではないので狭い部屋の方が落ち着くんだ。

 

その自室で変な羽音を聞いて、虫でも入り込んだのかな、と周りを見回したけれど、虫なんていない。

それでも、ぶっぶぶぅぅん…て、声とも思えるような変な音はしばらく続いていた。

ラップ音?見えないものが見える『魔法師』の時代だ。幽霊やポルターガイストのたぐいでもいるのかな…

 

気持ち悪いと思えるはずなのに、なぜか僕はそうは思わず、音が聞こえなくなるまで、まんじりともせずいた…

音はだんだんと遠くなっていって、聞こえなくなった。

 

 

「何だったんだろう」

 

 

 

僕は朝は早い。澪さんと響子さんと住むようになってからは普通になったけれど、昨夜の変な音が気になってたから、早めに準備をして家を出た。

登校すると、リーナさんが教室にぽつんといた。

こんな早い時間にどうしたんだろう。リーナさんの席は深雪さんの後ろ、僕の右斜め後ろだ。

 

「おはようヒサ」

 

「おはようございますリーナさん」

 

リーナさんはすこし間を置いてから、手に持った携帯端末から顔を起こした。

 

「ねえヒサ、一高の施設でわからないところがあるから教えて欲しいのだけど?」

 

「うん、良いよ」

 

僕は一高の校舎ではもう迷う事はなくなった。方向音痴金メダル級の僕はそれはもう嬉しい。そんな僕に案内を頼むなんて、ドンと来い!だ。

 

リーナさんは、気のせいか、この時間には人がいない方向に向かっているような気がする。

施設のことを聞いておきながら、屋上への一番遠い階段を先に歩いている。僕は基本、人を疑わないので、リーナさんの後から揺れる縦ロール金髪を見ながらとてとてついていった。

階段の踊り場で、リーナさんが急に振り向いた。

僕は片足を踊り場にのせた不安定な体勢で、リーナさんを見上げた。

リーナさんはちょっと笑みを浮かべようとして止めた。真剣な顔で僕を見つめている…

どうしたの?って尋ねようとしたら、リーナさんの踵が鳴った。床を蹴って、一足飛びに僕のまん前に達すると、手のひらを僕に突きつけてきた。

 

「もきゃっ!!」

 

白い手のひらが僕の顔面を直撃した。世にも奇妙な声をあげる。

 

「えぇ!?」

 

いきなり攻撃してきたリーナさんが驚きの声を上げていた。

僕はその声を空中で聞いていた。

 

リーナさんの掌底が僕の顔にヒット。

片足に体重をかけていてバランスの悪かった僕は踏ん張ることはできず、その勢いのまま、後ろに飛ばされる。

僕は鼻と首に痛みを感じながら、小さな身体が重力に引かれて落ちていく…

なんでリーナさんはいきなり攻撃してきたのかな…単なるいたずらかな…僕のこと嫌いなのかな…

落ちていきながら色々なことを考える。

このままだと、頭を打つな…体勢も悪いから、どこか骨が折れる…骨折は痛いからいやだな…

仕方がないから『念力』で体勢を立て直すか。僕の『念力』なら校内のセンサーには引っかからないし。

 

がしっ!

 

僕のだぶだぶな制服の左腕をリーナさんが掴んでいた。リーナさんはもう片方の手で階段の手すりを掴み、僕の落下を防いでいた。

僕は変な体勢のまま足から階段に落ちた。上手に立つことができなくて、しりもちを付きそうになる。

それをリーナさんが意外な腕力で引き上げて、僕を立たしてくれた。

 

僕は展開についていけず、リーナさんの綺麗な青い目をぽかーんと見ていた。

 

『うっうそよ…ヒサが潜入兵を倒したって…こんな攻撃も避けられないのに!?絶対報告間違ってるわよ!!ヒサは犯人じゃないって報告しなくては…』

 

リーナさんが英語で意味がわからないことを、顔から滝汗で呟いている。大きく息を吐くと、僕と一緒に階段に腰を下ろした。

ぜいぜい呼吸をしている。すごい漫画チックな動作だ。ストレスが溜まっているのかな?

 

「あの…ごめんなさい。僕知らないうちにリーナさんに嫌われるようなことしてた?」

 

リーナさんは目に見えて慌てた。

 

「ちっ違うの!ごめんなさい、昨日タツヤに同じことした時は軽くはねつけられたから、ヒサもそうだと思って…ちょっと試して…いえその、いたずらを…」

 

「僕なんか達也くんの足元にも及ばないよ、リーナさんだって深雪さんに匹敵するくらい凄い『魔法師』だもん、僕なんかが敵うわけないよ」

 

事実、最初の実技以降は僕の全敗だ。一般教科の国語でも完敗だった…日本語難しいよ。

 

「ヒサはどうして、僕なんかって卑下するの?貴方の魔法力だって規格外の凄さなのよ」

 

「事実だし。僕は誰も守ることが出来なかったから…」

 

横浜でも僕は自分を守っただけだし、昔の実験動物時代も弟たちを守れなかった。『魔法師』としての実力では誰も守れないような気がする。

今の僕なら『能力』でならかろうじて誰かを守れると思うけれど、誰かを助けるなんて傲慢だ。

『忍野ネネ』さんも『人は勝手に助かるだけだ』って何度も言っていたし、助けられるかどうかは結果が全てなんだ。

 

とにかく、リーナさんは、それはもう何度も何度も頭をさげて謝ってきた。

鼻と、首は特に痛かったけれど、これくらいなら放課後くらいまでには治っていると思うから、

 

「平気だよ、気にしてないから」

 

と笑って許してあげた。

その後のリーナさんは、僕が方向音痴で運動音痴で機械音痴のファンタジスタだと知って、僕の扱いが子供を扱うみたいにばか丁寧になった。

 

でも、それは数日の間だけのことで、更なる警戒を持たれるようになるとは、未来予知の出来ない僕には知りようが無かった…

 

 

週があけて、学校では吸血鬼騒動が話題になっていた。連続猟奇殺人の報道は、関係者以外の高校生には面白いネタ提供でしかないと思う。

 

吸血鬼ね…オカルトだなぁ。

 

そう思いつつ、僕は、自室で聞いた妙な音のことを考えていた。

 




お餅のエピソードに深い意味はありません。
昔、田舎に行ったとき、貰ったお餅が半畳もあってびっくりした記憶があるだけです…

それにしても、米軍はリーナが魔法以外はちょっとあれな事を知らなかったんでしょうねぇ。
もう少し切れ者を一高に潜入させないと、達也に手玉に取られるだけなのに。
達也の性格をもう少し調べておきましょうよ、天下の米軍…

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