七草家でのパーティーの翌日、僕は雫さんのお家に招かれていた。
雫さんは九校戦の帰り以降、色々と気を使ってくれている。嬉しいな。いつかお返しをしたい。みんなにも。
今日は、僕だけでなく達也くんたちも一緒。招待といっても、期末試験の勉強会だ。
魔法実技はもともとスペックだけは過去最高の僕は、CADの操作さえちゃんとすれば一定以上の成績は出せる。
機械音痴は相変わらずだけれど、最近は家庭教師(澪お姉ちゃん、響子さん(婚約者・仮)、真夜お母様)のおかげで魔法の実習は比較的良好だ。
ただ、座学や一般教科はそうはいかない。
「ぐあぁー訳わかんねぇ」
とレオくんがもだえている。エリカさんも文句を言いつつ頭を抱えている。気持ちはわかるよ。
エリカさんだって座学は成績優秀なんだけれど、僕とレオくん以外のメンバーは学年成績上位者しかいない…
「ふっ、レオくん、僕が究極の勉強法を教えてあげよう!」
「なに?久、そんなのあるのか!?」
藁にもすがるレオくんに僕が必勝の策を教えて進ぜよう!
「くくくっ、必殺!丸暗記!」
僕のキャンパスノートにはあいかわらずびっしりテキストがそのまま書き込まれている。書き取りにまさる記憶法はないのだ。
「たしかに、記憶しなければそもそも戦えないが…」
「理解は二の次さ!」
僕はキメ顔でサムズアップする。
「いばるんじゃない、応用や論文に対応できないだろう」
達也くんに怒られる。でも、100点が無理なら、確実に60点を目指すのが勝利(赤点回避)への道!満点を狙うのは60点(基本)をとれるようになってからだ。
「実はアメリカに留学することになった」
勉強会もほどほどに、お茶会になる。お菓子は僕がつくってお土産で持ってきたシフォンケーキとブラマンジェだ。
お茶会での雫さんの発言はみんなを驚かしていた。
魔法師が重要な国家の戦力である以上、海外旅行なんて厳禁だ。そもそも日本は魔法師開発や技術でも世界トップクラスなのだから、わざわざ海外留学する意味も薄い。
留学期間は三ヶ月。短いな、と僕の感覚では思う。逆に、なんでこの時期なのかな?わからない。
雫さんのお家は豪邸だ。とにかく万事に広く大きい。それこそ、迷子になりそうなくらい…
アメリカか…昔、一度だけ特別任務で行ったな…一日だけだったけれど。
なんてこと考えていたら…
「…ええっと、ここどこ?」
お茶会の雑談の途中、僕は失礼をしてお手洗いを借りた。
借りたのは良いけれど、初めて来る家の廊下だ。右も左もわからない…わからないまま右往左往。
家の中で迷子って…どこまで方向音痴なんだろう。泣きたい。いや、実際泣き顔なんだけれど…
「あ?」
「え?」
迷宮(僕的感覚で)をさまよっていたら、廊下の角で中学生くらいの男の子とばったりぶつかってしまった。
僕よりすこし背が高い。育ちのよさが顔にでている。目がくりっとした可愛らしい子だ。雫さんに似ている。
「あっごめんなさい…貴女は…姉さんのお知り合い?」
僕は涙目で頷いている。今日の僕はデニムパンツにセーターのユニセックスな服装だ。
「うっうん、おトイレお借りしたら…雫さんのお部屋がわからなくなっちゃって…」
腰まで伸ばした濡羽色の髪を可愛いリボンで束ねて(リボンは響子さんが出がけに結んでくれた)、折れそうなほどの華奢な身体に人形じみた容姿。涙を溜めた目は紫がかった黒…どうみても女の子だ…
男の子は頬を赤らめている…女みたいだって思われてる…ううぅ恥ずかしい。しかも、お家の中で迷子なんて、バカにされてるよ…
「ねっ姉さんの部屋はこっちだよ、付いて来て…」
男の子は進行方向を指差して歩き出した。ちらちらこっちを振り向きながら歩いている。また僕がはぐれると思っているのかな…
「ねっ…ねぇ」
「なっ何?」
男の子は思いのほか大きな声で返事をして立ち止まった。
「またはぐれるといやだから…手をつないでも良い?」
「えぇ?」
「駄目かな…?」
僕は上目遣いで(男の子の方が少し背が高いから)、『小松未可子』さんの声でたずねる。
男の子は顔を真っ赤にして小さな手をちょこんと差し出してきた。そんないやがらなくても…
僕は涙目のまま「ありがとう」って笑って、手を握った。男の子がびくってしたけれど、凄く熱い手だ。こころなしか汗ばんでいる。
雫さんのお家は廊下にも暖房が効いているのかな?
男の子はゆっくりと歩いて、雫さんの部屋の前まで連れて行ってくれた。気のせいかすこし遠回りだったような気がするけれど。
お礼を言うと、何故か「うっうん」って頷くと走り去ってしまった…
そんな逃げなくってもいいのに…
いろいろと壊れている僕の情緒は凄く不安定でチグハグだ。その時々のメンタルで小さなことでも大きく受け止めてしまう。
僕はしょんぼりと雫さんの部屋のドアを開けた。
雫さんの送別会は試験も終わった12月24日、学校帰りのいつもの喫茶店でおこなわれた。
留学は、交換留学なんだそうで、同い年の女の子が一高に来るそうだ。交換留学生に選ばれるような生徒だ、きっと優等生なんだろう。
一科生でも劣等生の僕とは接点は少なそうだ。
喫茶店で、僕はこれまでのお礼を兼ねてクリスマスプレゼントを渡した。
女性陣には、デザインは学生らしく簡素だけれど、誕生石をあしらったプラチナの指輪。
男性陣には何を渡せば良いかわからなかったので、響子さんの意見でカタログを渡した。カタログの商品は指輪と同じくらいの値段帯だ。
綺麗にラッピングされた箱を明けて指輪をみた女性陣が驚いていた。
「ちょっと久、これかなり高かったんじゃない?」
エリカさんが言う。もらい物の値段を詮索しちゃ失礼だよと思うけれど、エリカさんらしい。
「うぅん、みんなには迷惑ばかりかけているから…せめてものって思って」
「久、あなた無理していない?」
「うぅん、お金は平気。僕、遺産もらったし、それに指輪もカタログも澪さんのお家の海運会社系列のお店のだから、お安く手に入れられたんだよ」
僕の貯金は、烈くんが「自分の遺産だ、好きに使うと良い」ってくれたお金だ。
7年間の実験動物代(?)にその間、約半年の軍務。戦没者(僕だ)の遺族年金70年分だって。
正直、多すぎなんじゃないかって金額で、学費と自宅は烈くんが出してくれたし、普段は贅沢もしないし、食費くらいしか使わないから、殆ど減らない。
今は澪さんも響子さんも色々とお金は出してくれるし、これくらいの金額は大したことがない。
「うっをっ!?これ欲しかったけど手が出せなかったやつ…久っダンケシェーン!」
レオくんには登山やアウトドア系のカタログだ。幹比古くんには和風、達也くんのは深雪さんと選べるように服飾関係だ。
「かまわないからどんどん使ってね。その方が僕もうれしいから」
僕の家庭事情はみんな知らないけれど、五輪家、と言うか戦略魔法師・五輪澪さんのお世話、援助を受けていると思っているみたいだ。
澪さんに会ったのは8月だし、実際には九島家・烈くん個人からの援助なんだけれど。
このことはちょっと調べればわかるんだと思う。真夜お母様もしっていたし。
別に秘密じゃないけれど、とくに誰も聞いてこない。人の家庭事情には踏み込まないのが『魔法師』社会の礼儀なんだそうだ。
クリスマス商戦真っ只中の一高前駅でみんなと別れる。
ほのかさんは雫さんと、達也くんは深雪さんと、それ以外は一人だった。クリスマスの甘いイベントは達也くんと深雪さんだけみたいだ。
外はすっかり暗い。冬の空気が頬に冷たい。
練馬の自宅に戻ると、窓から明かりがこぼれている。今夜は響子さんもいる。澪さんはネットで大学院なので引きこもり。
響子さんは、素敵な男性とディナーでも行けば良いのに…
僕なんかと関わっていると、ほんとにお嫁に行くタイミングを失うよ…
「「おかえりなさい、久君」」
二人のタイプの異なった美女がお出迎えしてくれた。さすがに響子さんもえちぃサンタコスプレとかはしていない。ざんね…ヒトアンシンだ。
ケーキも料理も三人でつくる。なんだか家族だな。二人とも段々料理の手つきが上手になってきて手際が良い。
手際が良いと、片付けが楽になるんだよね。
調理器具も充実しているし。これは二人がクリスマスプレゼントだって昨日くれたものだ。
僕は物欲とか全然ないから毎日使えるものの方が良いって知っててくれたんだ。えへへ嬉しい。
お返しに、指輪とイヤリングをプレゼントする。
喫茶店で深雪さんたちにプレゼントしたのより豪華で、でも日常邪魔にならない絶妙なデザインだ。
有名な腕の立つ魔工師のデザインはちょっとした魔よけの意味もあるんだそうだ。
目に見えないものが現実にいるとわかっている『魔法師』の時代だ。昔よりも魔よけは確かなものとしてある。
もっとも二人とも国を代表するような『魔法師』だから、こんなのは気休めにもならないけれど
響子さんは右手の薬指に、澪さんは左手の薬指に…え?
「これは給料の三か月分の…マリッジリングね。久君有難う!」
「これは給料の三か月分の…マリッジリングね?久君有難う…」
同じ台詞なのに、こめられた意味が違う気がするのは気のせいに違いない。
でも、そんなに値段は高くないよ、せいぜい二か月分くらい。イヤリングをいれるとそれくらいか。
人生で一番高い買い物をしたけれど、二人とも喜んでくれたから、僕も嬉しい。
そのまま冬休みに入った。大晦日まで特に用事はない。
深雪さんが元日に初詣に誘ってくれたんだけれど、残念ながら断らなくちゃいけなかった。
冬休みに光宣くんに生駒に行く約束をしていたんだけれど、響子さんの仕事の都合で大晦日と元日しか時間が取れなかったんだ。
澪さんも元日はご実家の愛媛まで帰らなくてはならないそう。
もともと僕に会う8月までの予定では秋ごろ、大学院の卒業も問題ないので、東京を引き払って愛媛に帰るはずだったんだそうで、僕と出会って、僕のうちに転がり込んで引きこもっていたので、流石に親戚一同に説明しなくちゃいけないんだそうだ。
いつもなら専用ヘリで宇和島まで直行なんだそうだけれど、今回は僕たちと一緒に奈良まではリニアだ。
リニア乗り場では警護の人が何人も僕たちを囲っていて、ホームは一時騒然としていた。戦略魔法師は大変だ…
ぶっううううううぅん…うぅううぅおおんんお
リニアが横浜あたりを通過するとき、虫の羽音みたいな変な音が聞こえた。
リニアの個室に虫でも入り込んだかなと思って回りを見回す。
「どうかしたの?」
個室では、僕の隣に澪さん、正面に響子さんだったけれど、その羽音を聞いたのは僕だけだったみたいだ。
「ん…なにか虫がいるかなって思って…気のせいだったみたい」
リニアの車窓は物凄い勢いで後方に流れていく。
それでも僕たちは快適な電車の旅を楽しんで、そんな羽音のことも、すぐ忘れてしまっていた。
奈良駅で僕と響子さんは降りる。澪さんはハンカチ片手に手を振って大阪まで向かい、そこからヘリだそうだ。
東京で会えるのは1月4日になるんだって。
たったの五日間だと思うけれど、依存性の高まっている僕は、それだけで泣きそうだ…
奈良駅からは生駒までキャビネットと思っていたら、光宣くんがリムジンで迎えに来てくれた。
どうも僕はリムジンに乗る機会が多いな…四葉、五輪、七草、九島…うぅむ。
光宣くんは今日は元気そう。
「お久しぶりです、久さん、響子姉さん」
「こんにちは、光宣くん」
「お久しぶりね光宣くん」
相変わらず、物凄い美男子だ。奈良駅でリムジンから降りただけで、周囲の注目を集めていた。背も高くて、足も長い…僕は成長しないのかなぁ。
メールやビジフォンで頻繁にやり取りをしているけれど、それでも話すことは沢山あった。直接会うのは3月末に東京に行ってから、もう九ヶ月も経つのか…
「光宣くん、元気そうでよかった」
「もう久さん、久しぶりの会話がそれって…でも久さんも去年家にいた時よりも顔色がいいですよ」
「ん?」
去年、生駒の烈くんの家にいた当時、僕は体調が回復していなくて、光宣くんと二人で介護し合っていた仲だった。ある意味僕が一高に入学できたのはその時の光宣くんの家庭教師のおかげだ。響子さんは8月以降の僕しか知らないから、去年体調不良だったことは知らなかったみたい。
「そう…二人とも物凄いサイオン量だから、どこか共通点があるのかも…」
って深刻に考え始めてしまった。そんな姿も知的でいいなぁなんて僕は響子さんを見上げ、その二人を光宣くんが嬉しそうに見つめている。
そんな美男子、美少女、美女の姿を見る通行人のため息が聞こえてくる…?
光宣くんは今年は受験生だ。本当は一高に行きたかったようだ。そうすれば、僕の家に住めるし響子さんとも頻繁に会えるんだけれど、体調の問題があるから二高を受験するそうだ。光宣くんの成績と魔法力なら主席間違いなしだ。
九校戦ではライバルだね。
「負けませんよ」
「うぅ光宣くんには勝てる気がしないよ」
元日は午前中、九島家でお正月のお祝いがあった。和室で和風でお膳で和服だ。
九島家は親戚や関係者が物凄く多い。烈くんはこの国の魔法師社会のみならず政界や財界にも顔が広いようだ。当然だけれど、現当主より影響力は強い。
お祝いは、九島家現当主が当然一番の上座なんだけれど、挨拶をするお客の頭の下げ具合は隣の烈くん相手のほうが低い…
そんな国のトップに位置する大人たちの集まりの中にあって、正直言って、僕の存在は物凄く異物だ。華やかな振袖の響子さんと存在自体が華やかな光宣くんの隣で小さくなっている。
僕は光宣くんのお古の紋付を着ている。響子さんのお古は断固拒否した。女装というのは冗談の通じる人たち相手じゃないと駄目なんだよ。
九島家は冗談が通じなさそうだ。烈くんは本当はざっくばらんで面白い人なんだけれど、現当主の雰囲気は重い…うぅ、二人がいろいろと気を使ってくれるのが心苦しい…
この座に並べるのは大変意味があるそうなんだ。僕は広い座敷の一番末席に座っている。
高級な塗り物のお膳や精緻を尽くした料理は、料理好きな僕には興味津々なんだけれど、お客や親戚が胡乱なものを見るような目をチラチラ僕にむける。座布団の端をもじもじ…
「ごめんね、家の新年のお祝いはいつもこんななのよ…」
と、響子さんも実に居心地が悪そうだ。
小さくなって、料理を食べている。いつになったら退席していいのかな…って考えていたら、僕の前に烈くんが立っていた。相変わらず背筋をピンと伸ばして、年齢を感じさせない立ち姿だ。
現当主の息子さんのほうが老けて見える。座敷の視線が僕と烈くんに集まる。
すっと、烈くんが畳に綺麗に正座をして、僕と視線を合わせてくれた。
座敷の大人たち、響子さんや光宣くんまで驚いて、箸を運ぶ手が止まっていた。
「すまないな、久たちにはややかたい集まりになってしまったようだな」
「うぅん…僕にはちょっと座敷で正座はつらいかな」
「ふむ、ではこれから初詣としゃれ込まないかね。昼からは私も時間が無くてね、すぐ近くに由緒あるお寺があるのだよ。響子と光宣もどうかな?」
座敷の雰囲気が動揺で渦巻いている。自分たちや訪問客をおいて、どこの馬の骨ともしらない子供の相手をする烈くんに衝撃をうけているみたいだ。僕にとっては書斎にアニメボックスやコミックスを大量蔵書している面白い昔なじみなんだけれど…
「でもいいの?お客さんをほかって置いて?」
「ははは、私はすでに隠居の身だよ。この場は現当主にお任せして、孫たちと初詣なんて平和じゃないか」
「あははほんとだ、すごい平和だ…平和って良いね。響子さん、光宣くん、行こうよ」
苦行の時間をなんとかやり過ごし、僕たちは九島家の近くのお寺に初詣に行った。
ケーブルカーに乗るなんて初めてだな。初詣には響子さん、光宣くん、そして烈くん。もちろん、警護や側近もご一緒だけれど。
4人で乗ったケーブルカーに初詣は、なんだか家族っぽかった。
原作の初詣のシーンにオリ主も参加させようと思っていたのですが、
久は九重八雲と達也の関係を知らないので、別行動に。
久は達也の事を心から尊敬して好きなんですが、実はあまり達也の事は知りません。
達也の魔法も九校戦で見たのみでよく理解していない。
体術の師弟という関係も、その話題のときに一緒にいなかったので、知りません。
いずれこの人間関係は微妙な展開になる…予定です。
そして、九島家の新年会は重要で、この会で、久は九島家の庇護にあることが公になりました。久は五輪家と九島家・特に九島烈に関わりのある人物として魔法師の世界に広まります。
四葉とのかかわりは、当然秘密です。七草弘一がなんとなく掴んでいる感じです。
お読みいただき有難うございました。