パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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バイロキネシス

協会ビルを正面に見る広い通りの歩道を歩く。あと2キロくらいかな。

それにしても、これだけの都市に、住民も車もいない。なんだかゴーストタウンというより、現代アートのモチーフみたいだ。

 

僕はゆっくり、警戒をしながら歩く。僕の警戒なので、これが警戒といえるのかはよくわからない。

ただ時々、振り返ったり、銃声や大きな音のするほうに注意する。

 

もう少し、歩いたとき、道路の真ん中にコートを羽織った男が立っていた。魔法協会ビルのほうを見つめているけれど、僕の接近には早くから気が付いていたみたいだ。

頭だけ僕のほうを見てきた。『ガハラ』さんポーズだ。少し演技っぽい動作だけれど…

西洋人?

鉤鼻の髪の毛もブラウン。背が高くしっかり筋肉のついた体形。アングロサクソンの特徴がはっきり出た中年男性。

これまでの敵は、大陸系のアジア人だったから、僕は逃げ遅れた市民かなと、首をかしげた。

僕の警戒が緩んだ。

 

男が全身をこちらに向け、いかつい顔に嫌な笑顔を作った。

 

ぼうっ!

 

いきなり、僕の右こめかみの何もない空間が燃えた。髪の毛がこげる匂いが鼻を付く。頬が熱い!

 

くっ、こいつ『発火念力者』かっ!

 

僕は左に体勢を崩しつつ炎の塊を避け、敵の男を見ようとする。

 

出来なかった。視界が一瞬、白くなる…

 

僕は、身体ごと地面に転がった。僕の頭のあった辺りに鬼火のような炎が浮いている。

『バイロキネシス』。僕と同じ属人的な『超能力』だ。

CADは使わない、視界に入っていれば、瞬間的に燃やせる。

『発火』の有効距離は不明だけれど…とにかく…まずい、脳内で発火されては防ぎようがない。今は、相手の方が有利だ。

 

「そらそら逃げないと燃えちゃうぞぉ」

 

男は次々と発火してくる。微妙にポイントをはずしながら火をつけている感じだ。

そうでなければ、わざわざ僕の前に立たず、物陰から僕の体内を燃やせばいいのだから。

そう考えながらも、僕はごろごろ転がり、炎をよけている。

こういうとき長い髪の毛は邪魔だ。身体にまとわり付いてうっとうしい。

 

「どうしたぁ魔法師!そのままじゃ黒こげだぞぉ」

 

だいぶすすけているけれど一高の制服を着ている僕は、『魔法師』に見えるだろう。

 

ぼっっぼっ!

 

僕の頭のあたりに次々炎が生まれる。

けつまずき、転がりながら、僕は『能力』を使う間がない。相手も『超能力者』だ。僕を視認している限り、『能力』の速度は同じ。

男は絶えず位置を移動させながら『発火』を使う。

僕はあるていどなら相手を視認しなくても、『空間把握』で相手の位置や地形はわかる。それが出来ないと『テレポート』は出来ないからだ。

でもこうも息つぐ暇もなく攻撃されては…避けるのに精一杯だ。

僕は勘はよくない。とにかく動いて、避け続けるしかない。

その間は『能力』も『魔法』だって使う暇がない。

 

この空間ごと『飛ばす』ことも出来るけれど、都市の真ん中に更地を作るのは最後の手段だ。

 

「ぐっぁ!?」

 

僕の左腕が燃えた。いや、制服の袖が燃えている。いつものだぶだぶの制服がちりちり燃えている。僕は腕をぶんぶん振って、火を消しながらとにかく体勢を整えようと、路肩に乗り捨てられた電動カーの後ろに飛び込んだ。

車のドアに背をあずけて、相手を見ようとする。

 

「かくれんぼかい?」

 

電動カーに次々炎をぶつけてくる。硬い金属で出来た車のボンネットが次々と発火して塗装が溶けて行く。

ドアウィンドウから相手をうかがおうとすると、ウインドウ一面が燃える。ミラーで確認しようとするとドアミラーが燃える。

 

「くぅ」

 

電動カーはしだいにひとつの大きな炎の塊になりつつあった。いつでも僕に火をつけられるだろうに、男は車に火をぶつけてくる。

 

嬲っている。この男は魔法師にたいして、思うところがあるのかもしれないし、すぐ殺せるのに殺さないのは僕と同じような命令を受けているのかも。

 

それはまぁどうでもいいや。さっさと殺そう。今、男がどこにいるかわからないけれど、半径一キロも『飛ばせば』避けようがないだろう。

幸い、いまこの都市は住民が避難して巻き込む危険がない。

 

と思った瞬間、電動カーが爆発炎上した。

僕の小さな身体は背中から爆風に吹き飛ばされ、アスファルトの道路を無様に転がる。

 

「がっあああああっ」

 

あちこちぶつけ、額から血が吹いた。

でもそのまま倒れていては格好の的になるので、痛みに耐えつつ、転がった勢いで立ち上がると、ビルとビルの隙間の狭い道路に駆け込んだ。

 

車の爆発は、炎に耐えられなかったのか、男の能力なのかわからないけれど、男の『発火』も一瞬、止んでいた。

その期を逃さず、とにかく走って、障害物の多い裏路地に逃げる。

 

「次は追いかけっこか?」

 

男はやはり僕を嬲って楽しんでいる。でも、用心深いのか『発火念力者』の習性なのか、僕に居場所をつかませないよう移動している。

 

とにかく、裏路地にしては少し広いけれど、ゴミ捨て用コンテナの影に隠れ、相手の位置をうかがう。

このまま逃がしてはくれないだろうし、当然、僕も相手を殺すつもりだ。

 

いつでも『能力』を使えるよう、集中する。正面だけみないで全体を見るように、視界を広げて…

 

ぼっう!

 

突然、僕の右足に炎が上がる。考える間もなく、僕は転がって避ける。次は腕の辺りに、次は僕の制服の背中に火がついた。

 

ごろごろ転がって背中の火を消しながら、

 

「どうやって僕の位置がわかるんだ…?」

 

僕はむちゃくちゃに路地裏を走りながら考える。その間も僕の周りで発火する。

その発火はまるで僕の走る場所がわかるみたいだ。『発火』だけでなく『透視』も使える『エスパー』かと疑う。

ただ『エスパー』の透視やテレパシーは激レアな『能力』だ。

こんなイリーガルな雰囲気の男が?むしろ『エスパー』は諜報向きで、こんな戦場で身をさらけ出すだろうか…

 

その間も、僕はあちこち火傷をつくっている。

ただ、やはり『発火』は僕に致命傷を与えない。少しポイントがずれている。最初のように弄んでいるのか、それとも…

 

「まるで誰かの指示に従って発火位置を決めているみたいだ…」

 

走りながら、僕は周りを見渡す。裏路地のビルで切り取られた鈍い色の空に、カラスが飛んでいた。

羽音も立てず、その場で羽ばたいて、僕のほうをみている。カラスの赤い目がやけに目立った。

 

僕はさっきの一条くんとの会話を思い出す。獣をかたどった化成体…まさか?

 

僕はカラスを『飛ばした』。

 

とたん、発火攻撃がやんだ。僕は一息つくと慎重に、最初の大通りに戻ってみる。

男はそこに立ったままだった。燃える車の炎に照らされて、耳につけたインカムにわめいている。やはりカラスを使って魔法師の指示を仰いでいたんだ。

英語でわめいている。西洋人…?大陸の某国に雇われた能力者かな…

 

さっきは不意を付かれたから、とにかく逃げるしかなかったけれど、今度は、僕の周りの空間に初めから『歪み』を造って置く。

 

ざっ。

 

僕は、ゆっくりと歩いて、男の5メートルほど正面に立つ。

 

「ん?なんだガキ…」

 

男はいぶかしむも、余裕の笑みを浮かべている。僕が『魔法師』であるなら『発火』の方が圧倒的に早いからだ。

 

でも、『発火』は全然見当違いのところで起こった。

 

「なに?」

 

男は次々『発火』させるけれど、どうやっても僕の身体に火をつけることができない。

 

僕は黙って、男を見つめる。『発火念力』しかないようだ。『サイキック』はどうしても偏る。現代の『魔法師』はスピードを捨ててまで汎用性を求めたのもこのせいだろう。

特に『発火』は使い道が少ない。破壊工作以外は、せいぜいバーベキューに使う程度だ。

『発火』の弱点のひとつに、正確に『発火』させるには相手か位置を視認するというのがある。

路地裏での『発火』は当たれば運が良いというアバウトな攻撃だったのだ。

 

僕は…

 

 

「ぐあぁああああ!?」

 

男が顔面を両手で抱えてのけぞった。

 

僕は、男の両目を潰した。血の涙を流してしりもちをつく男。これで『回復』しない限りは『発火』は使えない。

 

「おっお前っ!なにしやがったぁ!」

 

「なにって、目を潰したんだよ、見ればわかるでしょ…あぁもう見れないか」

 

男はしりもちついたまま、腰からナイフを抜いた。手を振り回し、ナイフで何もない空間を滅茶苦茶切り刻んでいる。

 

自分の『発火念力』に自信があったのだろう、飛び道具の類は持っていないようだ。

二流だなぁと、僕は思う。人を殺すなら『能力』一辺倒じゃなく、銃でも薬物でもなんでも使えばいいのに。

 

その二流にぼろぼろにされた僕は、二流以下だ…悔しいけれど…

 

先日、九重八雲さんが『僕の真の価値』って言っていたけれど、やっぱり価値なんてないな。

時代遅れで欠陥だらけ、しかも色々と壊れているし…

 

とにかく、僕も『魔法師』として少しずつ勉強して、無理だと思うけれど達也くんに近づきたいな。

どうも『魔法師』は魔法に『能力者』は能力にたよるきらいがあるから…僕も気をつけないと…

 

まずは携帯端末とCADは絶対に忘れないところから始めよう…情けないなこの決意…

 

 

 

同じ『超能力者』として、慈悲なんて…ない。

 

敵対するものは殺す。目を潰したあとは、ナイフを持った腕も『潰し』、逃げられないよう足も『潰す』。

 

ごろごろ英語で汚い言葉をわめきながらころがる男。

路肩の電動カーはいまだに勢いよく燃えている…

 

「ねぇ炎が好きなんでしょ。」

 

僕は『念力』で男を持ち上げると、燃えさかる車に放り込んだ。

 

火達磨になって暴れる男。

 

服がこげ、男自身を燃料に燃え続けている。焼け死ぬ前に、肺が焼けて呼吸困難で死ぬだろう。

 

冷たく見下ろす僕。こういうときの僕は隙だらけだ。

 

さっきの一条くんのかっこいい背中を思い出す。僕も一条くんみたいに、周りの警戒をしようと身体を360度まわす。

あいかわらずとてとてとした足取りだったけれど、敵は…いないみたいだ。

 

男は、動かなくなっていた。人の燃える匂いがする。死んでも火は消えることはない。

 

僕は頬に男を燃やす炎の熱を感じる。

 

「いてて…」

 

全身あちこちが痛い。制服は焦げているし、ぼろぼろにほつれている。両手は煤で真っ黒だし、たぶん顔もそうだろう。

血を流していた擦り傷は『回復』でふさがっている。ただあちこちにみみず腫れがありそうだ。

火傷も、とくに最初に火をつけられた左腕はひりひり痛い。

見てみると、制服の左袖はちぎれて、真っ赤になった素肌が見えていた。

 

「これは洗濯じゃ…汚れ落ちないかな…」

 

10月の風が僕の乱れた髪をゆらす。風があたると左腕の火傷部分がよけいひりひりした。

 

もういいや、次、おんなじような敵が現れたら、容赦なく殺そう。昔、偉い人に言われたように残酷にではなく、瞬時に、だ。

 

そう考えていたら、協会ビルの方から、大勢がこちらに向かってくる。

 

敵かな?今度はまとめて殺すか…

 

僕は道の真ん中に立って、10人くらいの無秩序に走ってくる男たちを見つめる。

 

「?」

 

男たちは…壊乱している…?逃げているんだ。何からだろう。そもそも敵なのかな?

 

そう考えていたら、男たちは一斉に見えない壁に押しつぶされて、奇妙な声を上げると動かなくなった。

 

「今の魔法…?は、なんだっけ…『アスタリスク』?…『ファランクス』!?」

 

押しつぶされて動けなくなった男たちの後から、また大勢が現れた。片手や腕にCADをつけた魔法師たちだ。

魔法師たちは僕を一瞥したあと、潰されている男たちの確保にむかった。

 

「久かっ?」

 

逞しい、その声を聞いただけで、味方に力と安心感を与える、太い声が僕にかけられた。

間違えるわけがない、十文字先輩だった。

無骨なプロテクターとヘルメットで全身鎧っていても、十文字先輩の存在感は隠せない。

どっしりとした足取りで、でも少し早足で僕に向かってくる。

 

おっきいなぁ。巨岩のような十文字先輩を見上げる僕の姿は、ぼろ雑巾のようにこ汚い…

僕は、安堵で膝から崩れ落ちた。両手をついて息を吐いた…

 

「怪我は…大丈夫か?」

 

「はい…ちょっと転んじゃって…火傷もしてますけれど…平気です」

 

泣き笑いの僕の姿はぼろぼろだったけれど、外傷は殆ど無い。

実際この程度なら二~三日で全快するから怪我なんて大層なものじゃない。

 

僕が自力で立ち上がろうとかがむと、ひょいっと、逞しい腕が僕を持ち上げた。

 

「ほぇ?」

 

変な声を上げる僕。うわぁぁ、久しぶりの十文字先輩のお姫様抱っこだ…

 

「無理をするな、敵も撤退している。国防軍がすばやく後方を突いてくれたおかげで、このあたりの戦闘は小競り合い程度になるだろう」

 

「十文字先輩は戦闘に加わらなくていいんですか?僕の事は放っておいて…」

 

「ここからは軍の管轄だ。我々はやれるだけのことをした」

 

十文字先輩が協会ビルと反対の横浜の街をみる。僕もつられて顔を向ける。

 

港のほうで大きな音と、空に小さな黒い粒がいくつも見える。あれが国防軍の兵士なのかな。

さっきの赤い目のカラスの群れみたいにも見えるけれど…

とりあえず、僕のすることはもうなさそうだ。

 

「…よく頑張ったな」

 

十文字先輩の言葉に、胸が熱くなった。横浜の街は夕暮れを迎える…

 

十文字先輩が、僕を軽々と協会ビルまで運んでくれた。

ビルの前に真由美さんやレオくんエリカさんたちが一塊になってたたずんでいた。

激しい戦闘の後の、虚脱した時間のようだ。

虎のような甲冑の男がみんなの前に倒れている。

他の魔法協会所属の魔法師も担架や救護車に運ばれて、激戦だったんだな…

 

「十文字君…久ちゃん!?」

 

僕たちに気がついた真由美さんが声をあげた。僕の酷い姿に驚く。

 

「大丈夫だ、怪我は軽傷だ…そちらも大変だったようだが…」

 

「えぇ…みんなで力をあわせたから倒せたけれど…」

 

真由美さんと十文字先輩は渡辺委員長を交えて、情報の交換を始めた。

 

僕は十文字先輩にそっと下ろされると、身体を痛そうにさするレオくんたちのところに行く。

 

「レオくん、エリカさん大丈夫?すごい痛そうだけれど…」

 

「それはこっちの台詞だぜ…」

 

「久っ!あんた途中でいなくなっちゃうからどこ行ってたのよ!」

 

「ごめんなさい、ぼうっとしてたらはぐれちゃって」

 

「携帯もメールも繋がらないから、みんな心配したんだぞ…」

 

「ごめんなさい…携帯は家に忘れてきちゃって…」

 

僕の言葉に同じポーズで呆れる二人。やっぱり仲良しだ。

 

その後、ビル内で合流した深雪さんに物凄く怒られる。滅茶苦茶怖い。戦闘戦車より…

 

みんなも疲労困憊で虚脱しているけれど、僕みたいにぼろぼろに汚れている生徒はいない。

なんだか物凄く惨めだ…かつて『神』なんて言われていたのに、僕は劣等生だな…

コンペ会場で僕に対して距離を置いていた、美月さんとほのかさんも、僕のぼろぼろの姿に驚いたのか、その時のことは何も言わずに治療を手伝ってくれた。

治療中、男は外に出ていなさい、とほのかさんが治療室からレオくんを追い出していたのは…なんで?僕は男の子だよ。

怪我は擦り傷に火傷と全身にあった。それぞれは軽症だけれど、塗り薬は物凄くしみた。

深雪さんが魔法で火傷で熱を持つ僕の肌を冷ましてくれる。

僕に包帯を巻いてくれたのはエリカさんだった。意外と上手だったので驚いた。

みんなに心配と迷惑をかけちゃったな…

 

ごめんなさい。それと…ありがとう…

 

 

 

 

敵軍が船で撤退したと言う情報を真由美さんから聞いて、全員が安堵の声をあげた。

これで、僕たちの横浜事件は終わったわけだ。

 

達也くんは…響子さんや澪さんはどうしているだろう。無事だと良いけれど…

 

 

 

日が落ちて、僕たちは海の見える公園の護岸で、遠くの海にあがる光をみていた。

かなり遠くなのに、『神』のごとき光。

僕の隣に深雪さんが立っている。

そのときの深雪さんの表情を、何て表現すれば良いか僕にはわからなかった。

 

 




横浜騒乱も久の視点で見ているので、レギュラー陣とは活躍の場が違います。
レギュラー陣の活躍は小説で確認してください。
とくにアニメでカットされた、市原先輩の魔法は要チェック。
アニメ最終話は詰め込みすぎで時間が足りてませんでしたよねぇ。
九校戦は時間をかけてアニメ化していたのに、惜しいなぁ。

オリ主の久は、達也の『再成』のことも深雪の魔法も知りません。
三人が深くからむのはもっと先になりそうです。

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