パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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『人が作りし神』

 

 

 

コンペ会場の入り口では、警備員と襲撃者が銃撃戦を繰り広げていた。

達也くんの指示で、30人近くの襲撃者の銃を深雪さんが魔法で無力化。

動揺する襲撃者を、達也くんとエリカさんが各個撃破して、最後に幹比古くんの起こした烈風が襲撃者を駆逐した。

こういう瞬時の動きは僕は苦手で、達也くんたちのすばやい動きにただ見とれていた。

レオくんは出番がないとぼやく。うん、気持ちは良くわかる…

雫さん、ほのかさん、美月さんは青い顔でただ隠れているだけだった。

 

それにしても情報不足だな…方向音痴の僕はどちらに目を向ければ良いかすらわからない。

これは達也くんにひたすらくっついていこう。

 

雫さんの提案でVIPルームに行くことに。そこで危険地域を示す赤色だらけの横浜の地図と、現状を把握した達也くんは、コンペの実験器具のデータ消去に行くという。

なんでこの非常時に?と思うけれど、敵の狙いがそれかもしれないからだそうだ。

コンペの内容がさっぱりわからなかった僕はとぼとぼみんなの後ろを付いていくだけだ。

 

途中、十文字先輩と合流、一高生徒の避難通路を達也くんが懸念すると、はんぞー先輩たちが駆け出して行った。

 

一高の控え室には市原先輩、五十里先輩、花音先輩、真由美さんに渡辺委員長、他にも僕の知らない一高生がいた。

考えていたことは達也くんと同じだったようだ。頭の良い人は考えることも同じなんだな…

市原先輩たちが一高のデモ機のデータ消去をしている間、達也くんは他校のデモ機のデータ消去に行く。

それぞれ自分の出来ることをしている。

僕は部屋の隅で、みんなの邪魔にならないよう小さくなっていた…

 

現状の把握とこの後の打ち合わせが行われ、渡辺委員長の「懸念はあるものの避難シェルターに向かう」と言う意見に消極的ながらまとまった。

そもそも今回の事件は高校生には荷が重いだろう。

教師たちは何をやっているのか…もうこの感想は良いか…

 

「ん?」

 

打ち合わせの最中、達也くんがいきなり銀色の拳銃型CADを抜いた。

何もない壁に向かって、引き金を絞る。皆が緊張している中での不自然な行動。

でも達也くんは確信をもって、壁にCADをむけている。

CADからは弾丸はでないのだから何らかの魔法を使ったんだと思う。

何をしたんだろう…

 

「…今の…なに?」

 

達也くんのそばに寄り添う深雪さんと、今の言葉を漏らした真由美さん以外は、達也くんの行動を理解できていないみたいだ。

真由美さんはマルチ・スコープで何を見たんだろう…

 

遠くで何か爆発する音が聞こえた。ずずんと足元からお腹まで振動が伝わる。

あまりのんびりしている余裕はなさそうだ…

 

「お待たせ」

 

突然、聞きなれた声とともに控え室のドアが開いた。

控え室にいる全員の視線を集める、軍服を身につけた少し癖のある長い髪の、涼しげなどこか小悪魔的な瞳の女性。

あれ?

 

「え?もしかして響子さん?」

 

「お久しぶりね、真由美さん」

 

高校生小悪魔と大人小悪魔の邂逅…大人の貫録勝ち…ん?

響子さんは、真由美さんに挨拶すると、部屋の隅にいた僕に気づいてウィンクしてきた。可愛いなぁ…

ってあれ?どうして響子さんがここにいるの?防衛省のお仕事は?

僕の無言の問いかけに「家で説明するから」と響子さんは口パクで答えた。うん、可愛いなぁ…

 

 

響子さんに続いて現れた軍人さんの難しい説明の後…

 

 

 

「お兄様、お待ちください」

 

何の儀式なんだろう…僕は一連のやりとりを、ただの傍観者となってみていた。

 

深雪さんが片膝をついた達也くんに近づいていく。

 

深雪さんが達也くんの額に口付けをした瞬間、目に見えない光が奔流となってほとばしった。

爆発的なサイオンが控え室にあふれ出る。飲まれる!

控え室に満ちたサイオンで呼吸が止まり、溺れる。

 

なっ!?

 

光の奔流はすぐに収まった。でもそれは光がなくなったのではなく、達也くんの形そのものになっている。

達也くんの光は深雪さんの?…違う、意識が、深雪さんと繋がっているような感じだ。

 

光の衣をまとった達也くんがすくっと立った。いつもの達也くんとは違う…

 

神々しい…

 

気圧される…圧倒される…身体が、達也くんから発せられる『神気』に押される!

無いはずの風に僕の髪がなびく。

 

洗練され修練された『魔法師』のサイオン。

見るものに畏怖と敬虔さあたえる…冴え渡った光の渦。

 

そして、その彼にかしずく様によりそう、神話から現れたような美少女

 

 

その姿は…

 

 

達也くんは…

 

 

 

『人が作りし神』だ。

 

 

 

僕は感動で膝が震えた。

 

 

 

僕は達也くんの『気』にあてられていた。頭がくらくらする。

 

そして、僕は自分の『能力』と境遇を嫌う心のどこかで、常人にたいして優越感を抱いていたことに気づいた。

実験動物だった僕は、人にあらざる力を得ながら『僕は人間じゃない』と自分を貶めていた。

絶対服従を刷り込まれた僕は、人間じゃないから彼らに従わなくてはならない、と考えていた。

でもどこかで人が到達できない領域にいる事に優越感があったんだと思う。

研究所の科学者の僕に対するいらだちは、僕でもわからなかった心の部分を敏感に感じていたのかもしれない。

 

人類に鉄槌を下す『能力』を持っている僕は、研究所の科学者が言っていたように『神』なんだって。

 

 

サイオンの量に関しては僕のほうが多いだろう。

でも、彼の『神気』に比べれば、僕はただ荒れ狂う、まとまりのない暴風。制御も雑な暴力の塊。

『サイキック』と言う属人的な能力は全てにおいて荒い。古い、アナログ的な力だ。

 

達也くんと言う現代の『神』の前では、僕は魔法師の時代に世界にいてはいけないイレギュラー、役目を終えて滅ぶべき草創期の『神』。ギリシャ神話なら僕はクロノスで達也くんはゼウスだ。

英雄や新しい秩序に滅ぼされるべき存在だ。

 

 

 

 

自身の魔法に不信感を抱くと『魔法師』は力を失うと言う。

『神』の力の源泉は信仰心、祈りや畏怖だ。

 

「やっぱり達也くんはすごいなぁ」

 

そう呟きながらも、過去の『神』である僕は『能力』を失っていない。

属人的で後付な僕の『能力』はむしろ、力は増すばかりのようだ。

 

 

優秀な魔法師が増え、達也くんのような神のごとき魔法師の魔法の行使で、『異次元の扉の鍵』はゆるくなっているのかもしれない…

 

 

…今、僕は何を考えていたのだろう。『異次元の扉の鍵』?なんだそれは…自分でも知らない言葉だ。

 

 

それはともかく、達也くんは達也くん、僕は僕なんだ。

僕は、達也くんじゃないんだから、自分の出来ることをせいいっぱいやらなくちゃ…

 

「あれ?」

 

ふと気が付くと、僕は人気のない都市のなかで、一人たたずんでいた。

僕は真由美さんたちや逃げ遅れていた市民と安全な場所にむけて移動していたはずだけれど…

 

…えっ?迷子?

 

僕が迷子になるのは、自分でも気が付かないうちに頭の中で余計なことを考えているせいなのかも…

 

「ここ…どこ?」

 

真由美さんか深雪さんに連絡…あぁ携帯端末忘れたんだった…

 

僕は周囲を見渡す。ビルとビルの間から、魔法師協会の支部ビルが見えた。

8月、『ヨル』と『ヤミ』につれられて『真夜お母様』にあった、高いけれど、どこか危うい構造のビル。

 

とりあえず、僕は魔法師協会ビルに足を向けた。あれならどこからでも視界に入るし、迷わないだろう。

 

 

 

それからの僕の行動は、観客のいない劇場で踊るようなものだった。

 

魔法協会のビルに向かってとぼとぼ歩く。迷わないように、広い無人の道路の真ん中を。

 

都市のあちらこちらから煙が上がっている。都市全体が戦場のようだ。ただ、敵の戦力は都市の規模に比べて少ない気がする。

敵の狙いは戦闘より、威力偵察、もしくは重要人物の誘拐なのかな。威力偵察なら適当な時間で撤退するはずだけれど…

 

背後からキャタピラの音が近づいてくる。

ライフルを構えた歩兵らしき男たちと、SFアニメに出てきそうな人型の戦車だった。

戦車というよりロボットだな。ひどくバランスが悪い。ごてごてと付いているのは対人兵器なのかな。

その一群は僕に向かってくるというより魔法協会ビルに向かっているんだろう。

スピードを落とさず、僕に向けてガトリングガンを放つ。

会場で侵入者が撃った銃よりもはるかに威力がある…

 

その後の反応はいつもの通りだ。

空間を操る僕に正面から攻撃を当てることは、ほぼ不可能だ。

弾丸は僕に届かず、途中で音もなく消える。歩兵も僕を撃つが同じだ。

学習能力がないな…ワープロ以下だ。

 

僕はその部隊のいる空間を『飛ばす』。歩兵と戦車の上半分が消えた。

歩兵の下半身が転がり、キャタピラだけになった戦車がくるくる回転しながらガードレールを突き破り、ビルのエントランスに突っ込む。

ガラスの割れる音、コンクリートの砕ける音、キャタピラの破裂する音が重なる。

粉塵があがって、血と燃料やオイルがあたりに飛び散った。

生存者なんていない。この光景をみた敵が戦意を失って投降してくれるといいな。

かつての『偉い人』の命令どおり、僕は出来る限り残酷に敵を殺す。

もっと簡単に全てを『飛ばせば』とも思うけれど、『偉い人』の命令は守らないと。

 

僕の精神支配は続いている。

 

僕はふらふらと魔法協会ビルに向かう。

上空を大型の輸送ヘリが飛んでいた。軍用ではなく民間のヘリみたいだ。

こんな戦場と化した上空を飛ぶなんて、良い的だと思うけれど、僕には関係ない。

そういえば澪さんはどうしているかな。響子さんもこの付近で市民の誘導をしているのだろうか。

 

魔法協会ビルに近づくと、さきほどより銃声や怒号が増えている。

敵の狙いが魔法協会ビルなら、僕は戦闘の中心に向かっていることになるけれど、ほかに向かう先が思い浮かばない。

 

大きな交差点で、さっきと同じ人型戦闘車両二台と遭遇した。今度は歩兵はいなかったけれど、容赦なくこちらに銃口を向けるのは同じだ。

敵はどうして戦力を分散させて攻撃してくるのだろう。戦力は集中するのがセオリーなのに。

敵も混乱しているのか、それとも予想外の抵抗を受けて兵力を失っているのかな。

うっとうしい…

 

ざすっ!

 

戦闘車両を食パンみたいにスライスする。6枚切りがいいかな8枚切りかな。僕は8枚切りの薄い方が好みだな…

搭乗者ごとスライスされた車両はエンジンから火を噴いて爆発した。

その爆発の煙は想像以上に広がって、僕を飲み込んだ。

一瞬、視界がなくなり、呼吸ができない。僕は『能力』で煙を吹き飛ばした。

 

「げほっげほっ」

 

目が痛い。爆発の煙と粉塵が目に入った。目に入ったゴミを『能力』で除去する。

ごしごしと顔を制服の袖で拭いたら、制服も僕の顔も真っ黒になっていた。

 

「あぁ洗濯屋にださないといけないな…協会ビルはどっちかな」

 

視線を上げた僕の前に、突然、炎の獣が現れた。

犬よりも大きい、赤い獣がうなり声をあげて僕に襲い掛かってきた。

うなり声は僕が作り出した幻聴だろうか、獣は走りながらも音をたてていない。

大きく口を開けて、僕を飲み込もうとする。

あっ食べられる。

 

そう思った瞬間、その獣が消えた。

 

「あれ?」

 

今のは幻覚かな?

 

「大丈夫か!?」

 

凛々しい男の子が銃型のCADを構えていた。三高の制服を着た生徒だった。

その生徒は僕の周りにいる数体の獣を一体ずつ消していった。

 

「大丈夫か?」

 

もう一度聞かれ、僕はその生徒に向けて、小さく頷いた。その生徒が僕に向かって歩いてくる。

3メートルほどの距離になって、お互いがお互いの素性に気が付いた。

 

「おまえ…いや、君は、一高の多治見久君じゃないか?」

 

「うん、九校戦の決勝以来だね、一条将輝くん。助けてくれて有難う。今のは何?」

 

僕は魔法の知識は学校のテキスト以下だ。知らないものはまったく知らない。

 

「正確には不明だが、大陸の古式魔法師が使う化成体か幻術だな…物理攻撃が減ったと思ったが、敵は魔法師を前線に出してきたようだ」

 

化成体というのはよくわからないけれど、幻術でも人は殺せる。

一条くんは話しながらも周囲の警戒を怠らない。

戦場を経験している雰囲気を感じる。

このあたりが僕とは違う。僕は制圧向けで正面の敵をひたすら蹂躙するのが役目だったから。昔も後方は烈くんに任せきりだった。

 

「どうしてこんなところにいるんだ?他の一高の生徒は?」

 

「僕は他の生徒とははぐれちゃって、どこに向かえば良いかわからなかったから、一番目立つ協会ビルに向かっていたんだ」

 

一条くんが苦い顔をする。

 

「そうか…協会ビルは敵の攻撃が集中しているから、このまま向かうのは危険だぞ」

 

「一条くんはどうしているの?」

 

「俺は義勇軍と行動をともにしているが、敵の化成体を使う古式魔法師を探している」

 

今の化成体か幻術を使う敵は魔法師の一条くんなら対処できるけれど、一般市民では手も足も出ないそうだ。

 

「そう…僕はこのまま協会ビルに向かうよ。一条くんはその魔法師を探してよ」

 

「大丈夫なのか?」

 

「うん、さっきは不意をつかれて驚いたけれど、次からは気をつけるから。協力できれば良いけれど僕じゃ一条くんの足を引っ張るだけだと思うし…」

 

そうは思えないが…と、一条くんは交差点の破壊された戦闘車両をちらっと見た。切り刻まれ黒煙を上げる戦車の残骸。

一体どうやって…と一条くんの目が問いかけている。

その疑問は声に出さず、あれだけの攻撃力があれば身を守ることは大丈夫と考えたようだ。

 

「そうか、だが無理はするなよ、敵はどこから攻撃してくるかわからないからな」

 

「うん、一条くんも気をつけてね」

 

一条くんは警戒をしながらも力強く走り去る。その後姿は物凄くかっこよかった。

 

 

その上空を、目の赤いカラスがくるくる旋回していたことに、僕は気がつかなかった。

 

 

 

 





はい、どんでん返しです。
このSSのタイトル『人が作りし神』は、オリ主の久のことではなく、司波達也のことだったのです。
では久くんは何なんでしょうかね…謎ですねぇ。


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