パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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重力制御魔法式熱核融合炉の技術的可能性…わかりません。


論文コンペ

論文コンペの前夜、響子さんは帰宅しなかった。

澪さんも心ここにあらずと言った感じで、緊張を僕に悟らせないように気を配っていたようだ。

一緒のベッドで横になりながら、澪さんはなかなか眠りにつけず、僕らはお互い天井を見つめていた。

軍のことで僕たちには言えないことがあるんだ。澪さんの葛藤が伝わってくる。

すっと、澪さんが僕の手を握ってきたので、僕も握り返す。

こんなとき、僕が大人なら違うことが澪さんにできるのだろうけれど、残念ながら僕は子供だ…

手のひらにお互いの体温を感じながら、だまって薄暗い天井を見ていた。

 

 

なので、論文コンペ当日、僕らは思いっきり寝坊した。

 

お昼前に、慌てて横浜に向かう僕。澪さんは迎えのリムジンで出かけていった。

澪さんはあいかわらず緊張しているようだったけれど…

 

「いってらっしゃい」「いってきます」

 

笑顔でお互いを見送った。

 

横浜に向かう僕は、携帯端末もCADも持っていくのを忘れていた…

 

そのせいではないけれど、論文コンペ会場には迷いに迷って到着。今は14時30分。一高の論文発表直前だった。

生徒IDを提示して会場入りした僕は、警備で十三束くんとペアで歩く三高の一条くんをみかけた。

ふたりは制服のうえから防弾チョッキを着用していた。他の警備担当の生徒もそうだった。

会場全体が緊張で包まれているようだった。

生徒以外にも警備を担当する大人がいた。その数は生徒に比べて少ない…

 

客席は満員で、達也くんの応援に来ているレオくんたちは前の方に集まって座っていた。

九校戦のときみたいにエリカさんが僕に気が付いて手を振ってくれたけれど、座席は埋まっている。

僕は会場を見渡し、空いている席を見つけると、「アソコに座っていいるから」と空席を指差す。エリカさんがOKのサインを出した。

 

僕は会場の端っこの席にすわった。すぐ目の前が中央通路で足元が広い。非常ドアもすぐ前で、舞台はちょっと遠い。魔法科高校のカラフルな制服があちこちに散らばっている。

九校戦との違いは、生徒以外の背広姿の大人が多いことかな。

 

15時になって、一高のプレゼンが始まった。舞台の中央に市原先輩が立ち、達也くんと五十里先輩は舞台袖でサポートの位置だ。

 

大掛かりな模型と演出を使った市原先輩の『重力制御魔法式熱核融合炉の技術的可能性』のプレゼンは…

 

やっぱりさっぱりわからない…涙。

 

市原先輩の説明に感心の声が上がっている…ぅうわからない…僕はお馬鹿さんだなぁ。派手なデモンストレーションはきれいだったけれど…

 

市原先輩のお辞儀とともに会場に大きな拍手が沸く。これだけの拍手ってことは会場にいる生徒たちはみんなその意義も意味も理解しているのだろう。

それだけ物凄い論文だったんだろうけれど…

 

 

市原先輩が舞台袖に消え、三高生が発表準備をしているとき、大きな爆音が響きコンペ会場を揺らした。

会場の生徒たちに動揺が走り、舞台から達也くんが飛び降り、深雪さんの前に立つ。

どんなときでも真っ先に深雪さんのところに駆けつける、本当にヒーローだなぁ達也くんは。

遠くで、たぶん会場の入り口方向から銃声が聞こえてきた。

非常事態…しかもこの会場が狙われているのかな。生徒たちはまだ最初の動揺から抜け出せていない。

 

そこに、荒々しい靴音とともに、客席の非常ドアが開かれ、ライフルを構えた作業服姿の男5人がなだれ込んで来た。

舞台上の三高生徒が魔法を放とうとCADを構える…あの生徒は、複数を同時に無力化できる効果的な魔法を使えるのだろうか…

相手の警戒心をあおるだけなんじゃないかなと思っていたら、案の定、威嚇の射撃を受けて会場の生徒の動きが悪くなった。

爆音から侵入者の突入が早すぎる。警備はなにをしていたんだろう。この侵入者たちは会場内に隠れていたのかな。もしくは手引きした者がいるんだ。

会場内に残っていては誰が敵かわからない…

 

「デバイスをはずして床に置け!」

 

舞台に一番近い闖入者がわめく。他の男たちも銃を会場内に見せ付けるように向ける。

 

僕の目の前の男も、周囲に銃口をむけ、おびえる生徒の反応に喜悦の笑みを浮かべている。

ずいぶんと威力のありそうなライフルだ。ステージの弾痕の大きさからして、十文字先輩の『障壁魔法』クラスでないと防ぐのは難しそうだ。

 

全ての観客が座っている中、二人、達也くんと深雪さんは立っていた。凄く目立つ。

 

「お前もだっ!」

 

侵入者の一人が深雪さんを守るようにすっと立つ達也くんに近づきながら言う。

達也くんの相手を観察する、ある意味まったく指示を無視する態度にいらだったのか、仲間の制止も聞かず、いきなり発砲した。

 

ドン、ドン、ドン

 

続けざま、重なる二人を殺すには十分すぎる弾丸が放たれた。

僕は弾丸を『飛ばそうか』と立ち上がった。

でも、達也くんの態度は揺るがない。弾丸に負けない速度で右手を地面と水平に構える。

一瞬対処に遅れたことを後悔しかけたけれど…

 

立ったままの達也くんの右手はぐっと握られていた。

 

「弾丸を受け止めた…?」

 

誰かが言った。

確かに達也くんは弾丸を受け止めたようにみえる。あの威力を受け止めて怪我は負っていないようだ。

CADを使わず、あのスピードで…達也くんは実技は苦手だって言っていたけれど、どうやったんだろう。

 

ライフルが通用しないと考えたのか、ナイフに構えなおした男が達也くんに襲い掛かった。

バカだな。弾丸をも防ぐような魔法に動体視力をもっている相手にナイフで攻撃するなんて。

達也くんは相手に向けていた握りこぶしを手刀にかえた。九校戦のデバイスチェックの係員に向けたのと同じ手刀だ。

 

達也くんは男のナイフをかわすと、その手刀で男の腕を苦もなく切断した。鮮血が達也くんにかかる。

男はもんどりうって倒れた。

あっという間の出来事に会場は静まり返っていた。

 

「お兄様、血糊をおとしますので、少しそのままでお願いします…」

 

深雪さんの澄んだ声が客席に響いた。

 

呆然とみていた観客と侵入者。

 

そこで僕の悪い癖がでてしまった。ひとつに集中すると他が目に入らなくなる悪癖。

 

「凄いよ!達也くん凄いよっ!」

 

その大きな声に、会場の視線が僕一人に集まった。目の前のライフルを持った男も僕を見た。

今日の僕はいつも通りのだぶだぶな一高の制服で、他の生徒と比べてあきらかに子供だ。

達也くんは犯しがたい迫力を発しているけれど、僕の姿は見るからに弱弱しい。

目の前の男はライフルを構えたまま僕と正対したけれど、子供を撃つのはためらわれたのか、一瞬、銃口が床を向いた。

達也くんの姿が、作業服の男に隠れて見えなくなった。

 

「ちょっと、どいてよ!達也くんが見えないじゃん!」

 

僕の眼中には男もライフルもない。達也くんを見ようと身体をひょいひょい左右に揺らしている。

まるで小ばかにしているような態度だった。

 

「このガキがっ!」

 

男がライフルを構える。達也くんのときは3メートルはあった距離も、僕とその男の距離はほぼゼロだ。

 

ライフルが僕の額に向けられる。

 

「よせっ!」会場の生徒が声を上げるけれど、間に合わない。

 

男が引き金を引いた。

 

ドンッ!空気を揺るがす発砲音。

 

後頭部がばっくりと裂け、血と脳漿がぶちまけられ壁や椅子や床を汚す。会場の生徒から悲鳴があがる。

頭部をぶち抜いた弾丸が、会場の天井に突き刺さって、大きな弾痕をつくった。天井の破片がぱらぱら落ちて…

 

二発目を放とうとしていた指が引き金を絞ることはなかった。

ライフルを撃った男は、自分の頭部を大部分失い、血をだらだらこぼしながら、ゆっくりと大の字に倒れた。

僕は、倒れた男を見下ろす。今の僕の瞳は紫色の光を宿しているだろう。

 

「えっ…なに?いまの…」

 

「ベクトル反転術式?でもCADを使っていない…」

 

侵入者の死亡の衝撃より魔法を気にするところは魔法科高校の生徒らしい。

でも僕は周囲のそんな声は聞いていない。倒れた男をぴょんと飛び越えると、とてとて達也くんにむかって走り出す。

座席と座席の間にある通路を中央にむけて進む。反対側にいた男がライフルを構えた。

 

「この化け物!」

 

ドン!ドン!ドン!ドン…

 

僕に向けてライフルを撃つ、撃つ、撃つ。でも弾丸は一発も僕に届かず、途中で音もなく消える。

撃つのをやめた男は、呆然と間抜けな表情で僕を見つめる。自分の常識外の現象に動揺している。

 

「おまえ何をしたっ!」

 

「邪魔だよ!」

 

質問に答えず、僕は無造作に手を振った。『能力』の行使に動作は必要ない。意識を対象物に向ければ良いだけだ。

でも僕には達也くんのさっきの右手を前に突き出した姿が格好良くてしょうがなかったから、つい無駄な動作を入れてしまった。

そんな動作をいれては僕がやったことがばれちゃうのに…

男は少なく見積もっても60キロは体重があったけれど、風に飛ばされたビニール袋のようにふわっと浮いた。

時速は200キロはあっただろうか、宙に浮いた男はステージの壁に激突、首があらぬ方向にまがって落下した。

会場の全員が男が死んだことを確信していた。

 

「何を…どうやったんだ…?」

 

理解が追いつく間もなく、残りの二人が性懲りもなく僕にライフルを向けてきた。

日本語以外の言葉でわめいている。

僕は無造作にそいつらの両手両足を捻じ曲げる。

 

「ぐぎゃああああ!」

 

両手足があらぬ方向に、まるで雑巾絞りのようにねじれていく。

男たちはライフルを放り出し暴れるけれど、ねじれはとまらない。メキョブチメッキョと異様な音が骨と肉からあがる。

会場の生徒たちは、目の前の現象に思考を停止させているようだ。

極力血が吹き出して会場を汚さないように、と僕は手加減をしているつもりだ。

最初に僕にライフルを向けた男は、まぁ仕方がないよね。『撃って良いのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ』って『ルルーシュ』くんも言ってるしね。

悲鳴を上げる男たちに止めをさそうか考える。さっきの男同様、壁にぶつけてカエルのように潰そうか…

二人を『持ち上げ』る。男たちねじれた手足をじたばたさせて空中で泳いでいる。

自分たちの運命がステージに倒れている仲間と同じになると悟ったのだろう、命乞いの声を上げていた。

生徒たちは呆然と宙に浮く男たち見上げている。静かな会場に、男たちの悲鳴と哀願の声が無様に響いている。

僕がそんな声を僕が聞くわけはない。殺そう。

 

会場の明るい照明に、僕の薄紫色の瞳が反射した。

 

「待て、久。そこまでにしておくんだ」

 

ステージ前の達也くんがいつも通りの無表情で僕に言った。

 

「どうして?情報なら達也くんが倒したやつが一人いれば十分でしょ?」

 

「こいつらはただのテロリストじゃない。訓練を受けた兵士だ。一人でも情報ソースが多いほうがいいだろう」

 

「達也くんがそう言うならそうするよ。でも、殺さない程度に戦力は低下させておいた方がいいよね」

 

僕は男たちの肩と足の神経を『切断』した。ぶちっと言う音が聞こえ、そのまま床にドスンと落とす。

死んではいないけれど、二度と立ち上がることは出来ないだろうな。

 

他の生徒たちは目の前で起きた事の衝撃であいかわらず動けないでいた。

僕はそんな生徒たちには見向きもせず達也くんのもとに向かう。

 

達也くんの足元でもだえていた男の血を深雪さんが魔法で止めている。男の手が凍っていた。

僕が達也くんの隣に立つと、レオくんやエリカさんも達也くんを囲むように集まっていた。

ほのかさんが達也くんの心配をしている。雫さんと美月さんの顔色は悪い。僕から少し距離を置いている…

レオくん、エリカさん、幹比古くんの態度は変わらない。とくにエリカさんは嬉しそうにしている。

 

「これからどうするの?」

 

質問するエリカさんは血沸き肉踊る表情だ。

 

「逃げるにしても、まずは正面入り口の敵を片付けないとな…」

 

いつものメンバーは達也くんと行動をともにする選択をした。ここのザル警備より達也くんの周りの方が安心するみたいだ。内通者は確実にいるだろうから、会場内は誰が敵かわからない。

 

その後、舞台にいた三高の吉祥寺くんが達也くんにむかってわめいていたけれど、

 

「説明している時間はない!」

 

と達也くんのもっともな台詞に黙り込んだ。現実より目の前の疑問が気になるなんて吉祥寺くんはどこかずれているな。僕に似ている。

吉祥寺くんは僕にも何か聞きたそうだ…でも僕の意識は達也くんにむいているから…

 

真由美さんやあーちゃん先輩に忠告を残した達也くんと僕たちはぞろぞろと会場を後にする。

会場の視線は達也くんと僕を追っていた。

でも二人とも全然気にしていない。

達也くんは相変わらず無表情でただ前を、深雪さんは寄り添うように歩く。

僕は達也くんの後ろをとてとてついて行くだけだった。

 

 

 

 




この時の澪さんは、国防軍が故意に動きを遅らせて、某国の動きを煽っていることを知っています。
自分が動けば、相手の戦略級魔法師の動きも止められるのに、軍人ではない澪さんは国防軍に何もいえない立場です。
久に今後、戦争になるかも知れないことを告げられず気分が落ち込んでします。
澪さんは当然、達也のマテリアル・バーストの事は知りません。



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