パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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精神支配

 

モノリス・コード決勝は十文字先輩の独り舞台で圧勝。

はんぞー先輩たちもただ自陣のモノリスの横に立っているだけだった。

昨日の深雪さんの勝利で一高の優勝は決まっていたのに、容赦のない攻撃をする十文字先輩は重戦車みたいだ。

どこか鬼気迫っていた気がするけれど…

閉会式の優勝旗を掲げる姿は、ちょっと怖いくらいの迫力があった。

 

最終日の後夜祭のホールは、懇親会の時に比べて、和気藹々としていた。

深雪さんは相変わらず他校の男子に、達也くんは大人のビジネスマンに囲まれていた。

新しくできた友人や恋人同士の会話も多いみたいだ。

 

僕は相変わらず、一番隅っこで壁にもたれていた。

大勢の知らない人の中はどうしても落ち着かない。

この後は生徒だけのダンスパーティーがあるそうだけれど、僕は早々に部屋にもどろうかな。

 

…そんな事を考えていたら。

会場が、ふいにざわめきはじめた。

 

「おっおい、あれ五輪澪さんじゃね…?」

「うそ、世界に13人しかいない戦略魔法師の?」

 

VIPが集まっている一角に、電動車いすの女性が現れて、会場の視線はその小さな女性に集中した。

 

五輪澪。戦略級魔法師、十三使途。この国最強の切り札。日本の魔法師の頂点。

あまり澪さんが公式の場に現れないこともあって、会場は動揺と興奮の坩堝と化していた。

 

「九校戦の…最後に…サプライズか…?」

 

「どうして澪さんが…?」

 

真由美さんは澪さんのことを知っているみたいだ。十師族の一員は面識がある人が多いようだ。

 

電動車いすにすわる澪さんは、ドレスアップをしていた。髪も整え、薄く化粧をして、ルージュをひいて。

いつもの中学生みたいなラフな姿とちがって、すごく綺麗だった。

澪さんが大人の女性なんだなって、はじめて思った瞬間だった。

はじめて出会ったとき、澪さんはほんとうに病人みたいだったけれど、今は生命力みたいなものに溢れている。

そっか、笑顔なんだ。最初の澪さんは暗くうつむいているような表情だった。

 

澪さんの笑顔は可愛くて、綺麗で、とっても素敵だった。

 

僕はとてとてと、澪さんにむかって走り出した。

周りの生徒は驚いていた。

 

「おっ、おい多治見っ!」

 

はんぞー先輩が僕の背中に声をかけたけれど、僕は無視して、VIPの集まる所まで走っていく

 

警護の軍人さんも一瞬、接近を阻むような動きをしたけれど、僕が九校戦の期間中何度も顔を合わせている一高生だと気が付いて道を明けてくれた。

 

僕は車椅子の澪さんの前に立って、

 

「澪さん、すごく綺麗です!!」

 

って、目をきらきらさせている。澪さんはストレートな僕の言葉に照れたけれど、

 

「ありがとう久君、魔法科高校の生徒さんのパーティーに私が紛れ込むのは失礼だと思ったのですが、どうしてもこの時間になってしまって」

 

「わざわざこのためにとんぼ返りしてくれたんですか?」

 

「私はあまり人前とかこのような華やかな場所には出ないんだけれど、久くんや魔法科高校の生徒さんのお祝いをどうしてもしたくて」

 

いつもの女の子みたいな表情で、呟くように話す澪さん。ほんのり頬が赤い。

 

僕は愛おしくてたまらなくなって、澪さんの腰に手を回すと、ぐいっと抱きかかえてしまった。

いつもの僕の力じゃ、持ち上げるなんて、いくら澪さんが軽いからって無理だけれど、ちょっと『能力』でずるをして。

 

「えっえ?」

 

澪さんもまわりの人もあっけに取られていたけれど、僕はくるくるとメリーゴーラウンドみたいに、澪さんの靴の爪先が床にすらないように、くるくる回り始めた。

遠心力で足が浮いて、両手を半分万歳みたいに挙げていた澪さんとくるくる回る。

 

「ちょっ久くん」

 

「あはは」

 

少し、びっくりしていた澪さんも、レースをあしらった白いドレスグローブの両手を僕の首にまわして、僕の顔を見つめてくる。

 

楽団の人たちが気を使ってくれて、僕たちに合わせて軽快な曲を演奏し始めてくれた。

 

くるくる、くるくると、僕の腰まで伸びた長い髪、澪さんの肩まで伸ばした髪、ドレスのスカート、僕のぶかぶかな制服が、不器用に円を描いて回る。

 

それはものすごくほほえましい光景で、他の生徒や関係者は僕たちの不規則な動きにあわせてスペースをつくってくれた。

5分くらいくるくるしたところで、僕は足をもつれさせて、澪さんともつれるように転んでしまった。

もちろん、澪さんが怪我をしないように『能力』で軽く持ち上げていた。

パーティー会場の床に座り込んだ僕と澪さんは、お互いをきょとんと見詰め合っていたけれど…

 

「くすっ」

 

澪さんが吹き出して、その顔がものすごく可愛くて、僕も…

 

「あはは」

 

二人の笑いが重なって。

 

「「あははははははは」」

 

会場に温かい拍手と笑い声が広がっていった。僕…は、魔法科高校に入れて、幸せだ。

 

澪さんは、自分の足で歩いて登壇した。虚弱な澪さんは、しっかりと舞台を歩いている。

簡単に全ての選手に向けて祝福と激励の言葉をのべていた。

現役最高の魔法師の言葉に、全ての生徒たちが興奮していた。

 

生徒たちのダンスパーティーがはじまり、澪さんは遠慮してホールを後にする。

 

「また、東京で会いましょう」

 

「うん」

 

ダンスでは一高の女子生徒と踊ることになった。僕はダンスなんて出来ないから、今度は僕が振り回される立場だ。

 

真由美さんに、深雪さん、雫さん、ほのかさん、エイミィさんや新人戦に出場した他の一年女子。

 

男子生徒からもお誘いがあったけれど…もちろんきっぱり断った。僕は男の子だよ、男が男の子と踊って楽しいの!?

あっでも達也くんと十文字先輩となら踊ってもいいかなって思ったけれど、二人はホールのどこにもいなかった。

深雪さんもどこにもいないけれど…外で新鮮な空気でも吸っているのかな…?

 

 

 

 

帰りのバス、現地で直帰する人とバスで一高までもどる生徒にわかれていた。

生徒会や部活連の先輩は監督責任もあってバスで、花音さんみたいに有力家に関係のある生徒は現地でそれぞれ帰っていった。

深雪さんも役員なのでバス。雫さんはまよっていたけれど、ほのかさんとバスを選んだ。

達也くんがかたくなに作業車両で帰るといったときは深雪さんはちょっと不機嫌になっていた。来年はエンジニアも同じバスに…ぶつぶつ言ってる。

往路より生徒の数は減っていたけれど、バスの中は九校戦勝利の余韻にひたって、にぎやかだった。

 

僕は楽しかった12日間を思い出しながら、往路と同じように一番前に座っていた。

 

騒がしかったバス内も、しばらくすると12日間の疲れからか、みんなウトウトしはじめていた。

 

 

 

僕も、うとうと…まどろみ始めた…白い…白い景色が広がる…夢の入り口。

 

 

 

…あっ、いやな夢を見る…

 

 

 

 

白い白い、実験室。

 

両手両足をかたい金属で固定され、診療台に寝かされている僕。下着一枚の半裸…頭髪は抜け落ちて、坊主頭…

身体の感覚は、痺れで鈍い。

 

「なんで、他と同じデータしかでないの!」

 

白い服を着た女性が、固定端末に表示されるデータを見てわめいていた。

 

世界群発戦争のさなか、非人道的に行われた計画。

成功したはずの人体実験。

金属どころか、空間さえも捻じ曲げるような強力な『能力』を人の手で作り出した。

科学者は『神』を作り上げたと狂喜の声を上げた。

でも、僕の、血液、細胞、遺伝子、あらゆるデータは、常人となにもかわらなかった。

常人と同じなのになぜ『能力』が使えるのか…

同じ過程で実験を再現しても、『能力』をもつ実験体は出来なかった。

成功した理由がわからなければ、二人目、三人目の『神』は創れない。

実験が成功したと考えていた頃の科学者たちの狂喜は『狂気』にかわっていた。

 

「どうして、他の実験体と同じなのに、T-09だけが『能力』を使えるの!!」

 

女性化学者が叫んでいる。かきむしるように頭を抱えている。

あぁ、これは6年目の終り頃の…

 

女性科学者が僕を睨む。椅子から立ち上がる際、エアで打ち込む注射器を右手に、左手に手術用メスを持っていた。

髪や血走った目は疲れを感じさせる。

でも科学者のものとは思えない整えられた指先は彼女が地位と名誉を手に入れている証拠だろう。

 

「何をみているのよTー09!09!」

 

僕の力のない視線が気に障ったのだろう、いらいらとこちらを睨む。

 

 

僕は09(ゼロキュー)じゃない、久(キュー)じゃない…久(ひさ)だ…

 

 

心でつぶやく。実験動物の答えなど期待していない彼女は、無表情で注射器を僕の首にあてる。

 

強力な、昨日よりも強力な薬物が、動脈を通じて、僕の全身にいきわたる。

毛細血管の集まる目が飛び出るかと思うくらい痛い…同じような激痛が頭から爪先まで僕を襲う。

壮絶な痛みに僕は歯を食いしばってたえる。僕の乳歯はもうぼろぼろになっていた。

 

この薬をうった直後は僕の身体のサイオンは活発に働き出す。でもそれも一時的。

 

「さあ!この傷を回復させなさい!」

 

彼女が左手の手術用ナイフを僕の胸に突き立てる。右利きの彼女は、そのままぼくの白い皮膚をぎりぎり切り裂いていく…

治りきっていない別の傷の上からもぎりぎり…

本来痛みを感じさせないほど切れ味が良いはずのメスは、僕に無駄に苦痛をあたえている。

僕に苦痛を与えることが目的のようだった。

薬物では変異しなかった何かを、苦痛で『能力』が、僕の身体の何かを変異させるために。

 

「はやくっ!はやく回復させなさいよ!!」

 

僕の回復能力は目に見えて衰えていた。薬を打ち込まれると一時的に『能力』が戻るけれど、反動で少しずつ『能力』が落ちていった。

僕のちいさな身体には『回復』で排除できないほどの薬物が、深く深く染み込んでいる。

 

吹き出る鮮血も勢いがない。ぴしゃぴしゃっと、彼女のつややかな黒髪と頬をぬらした。

 

彼女を殺すことも、手足を固定する金属を破壊することも、研究所を脱走することも、僕には簡単だ。

でも、できない。

この6年間、毎日毎日、絶対服従の暗示を受けている僕はそんな事できない。

身体が悲鳴をあげても、心は、精神は、彼女たちに従わなくてはならないと、僕に命令している。

 

彼女は、一向に進まない回復に腹を立てたんだろう、左手にもったメスを利き手の右に持ち替えて、細い肋骨の隙間から心臓までずぶずぶと押し込んできた。

僕の『能力』は発揮初期に比べるといちじるしく落ちていた。死ねば、全身輪切りにして調べられる…死んでもかまわない。殺しても殺人にはならない。

僕は実験動物なのだから。

彼女の目は、科学者のそれではなくなっていた。

口の両端をいびつに上げて、右手に力をこめる。

 

今度ばかりは、僕は大きく口をあけて、血を吐きながら絶叫をあげ…

 

 

 

 

 

「うぅああああああっ!!」

 

僕は悲鳴をあげて、跳ね起きた。

制服の左胸、一高一科の花のエンブレムを握り締める。血は出ていない…

バスは静かに高速道路を走っている。わずかな振動が両足に響いてきている。

あぁ九校戦の帰りのバスだ…

 

「びっくりした…どうしたの久ちゃん!」

 

反対側の座席の真由美先輩の声に、僕はそちらを向く。真由美さんに市原先輩が、僕を見ている。

 

空気を求めるようにぜいぜいと激しく呼吸しながら、バスの後ろを見る。深雪さんやみんながおどろいて僕を見つめている。

 

「ごめんなさい…おどろかして…ごめんなさい」

 

僕は崩れるように、座席に座る。

 

「試合のことはもういいのよ」

 

「悪い夢を見たのか?」

 

真由美さんに渡辺委員長が声をかけてくれる。

 

僕は頭をふって否定する。夢じゃない、現実に起きたことだ。

 

凄く気分が悪い…自分の身体を抱きしめる。震えがとまらない。両腕をかきむしる様に抱きしめる。ぶかぶかの制服がしわくちゃになる。

 

これはどんな種類の感情なんだろう…良くわからない…でも涙が溢れてくる。

 

「うっうぅぅぅ…」

 

嗚咽が漏れる。

涙が止まらない…僕は両手で顔を覆う。聞く人の心を絞るような、か細い嗚咽が指の隙間から漏れる

 

「おっおい、多治見!?」

 

「ごめんなさい…うるさくしてごめんなんさい」

 

ああ、きっとこれは『恐怖』と言う感情なんだろう。

 

「うぅああうぁあああ…」

 

あの白い研究所の、あの科学者のように、僕も頭をかきむしる…

 

「ちょっとどうしたの久ちゃん。あーちゃん、ちょっと来て!」

 

嫌なことを僕は考える。

僕への命令権を持つ、あの科学者や軍の偉い人がまだ生きていて、このバスに乗っている生徒を殺せと命じてきたら…

今の僕は拒むことができるだろうか。

試合会場の駐車場で、双子を襲っていた強化兵のように、ためらいもなく殺しつくすまで動きを止めないのだろうか。

 

このバスの中の生徒の魔法では僕の『能力』を防ぐことは不可能だろう。

 

命令権を持つ人物が、生存している可能性はほぼゼロだと思う。

僕に命令できる人物なんて、もういない。

 

肉体も、魔法力も、完全に回復している。

でも、

 

 

僕の『精神支配』は、まだ終わっていない…

 

 

 

バスが一高前駅について、選手たちは解散、明日からは夏休みになる。

 

バスで精神錯乱寸前だった僕を助けてくれたのは、あーちゃん先輩の特殊な魔法だった。

情動干渉系魔法は厳しい規制があるそうだけれど、真由美さんが責任を持つからと…

バスにいた生徒も、その後深雪さんから事情を聞いた達也くんも僕を気遣ってくれた。

「本当に平気?ひとりで帰れるの?」

 

「うん、大丈夫。僕は方向音痴だけれど、ここからなら迷わないから…」

 

「そうじゃなくて…」

 

雫さんが悲しそうに呟いた。

心配してくれて自宅まで付き添い申し出るみんなに、笑顔を見せる僕。

少なくとも、起きてさえいればあんな夢を見ることはない。

以前の経験で1週間は徹夜が出来ることがわかっているから、残りの夏休みは遊び…勉強頑張ろう。

順番が来てキャビネットに乗る僕を、みんなが見送ってくれた。

みんなにいろいろ心配や迷惑をかけちゃったな。

なにかお礼が出来ないかな…考えておこう。

 

 

さいわい、何事もなく自宅について、セキュリティを解除して扉を開ける。

二週間ぶりの自宅だ。

僕は掃除なんかは機械に任せないで自分でしていたから、掃除や布団干ししなくちゃ。

 

…あれ?照明がついている。

 

玄関に入ると、室内の照明がついていた。外出すると勝手に切れるはずなのに…何でだろう。

いぶかしみながらも、僕は台所のドアを開け…

 

「お帰りなさい、久君!ご飯にする?お風呂にする?それとも私かしら?」

 

は?

 

 

はぁああああああ?

 

「くすっ、いっぺん言ってみたかったのよね、この台詞」

 

台所には、エプロン姿の藤林響子さんが、笑顔も素敵に立っていた。

僕は肩にかけていたかばんを、床にドスンと落とした。

 

「えっえええ?響子さん…え?どうして?」

 

「どうしてって?私たちはいずれ結婚するのよ?一緒に住むのは当然でしょう!」

 

響子さんの笑顔は、小悪魔的だった。きっと床に落ちた影は悪魔の形をしている。

トリックスターと言われる、あの烈くんの孫なんだ響子さんは。一筋縄でいくはずがない。

僕は、この烈くんが用意してくれた家が、何故一軒家なのか、唐突に理解した。

僕の一高入学前から計画していたのだ。

 

響子さんショックから、まだ立ち直れない僕。しばしぼーぜんとしていた。

 

 

ピンポーン。

 

 

来客をつげるベルが鳴った。僕はいやな予感がした。僕はエスパーじゃないのに…

 

ドアホンのモニターに、車椅子の澪さんが映っていた。

 

「こんにちは、久君。ふふっ来ちゃった」

 

澪さんは、溢れんばかりの笑顔で、

 

「久君!今日から私もここに住むわっ!」

 

と、高らかに宣言をした。

 

えっ?何?いきなりのライトノベル的ハーレム展開は!?

バスの中でのシリアスな展開は何だったの!?

あまりのインパクトに、僕の『恐怖』は虚空の彼方に吹き飛んでしまっていた。

 

 




実は最初から藤林響子さんを押しかけ女房(半分いじわる)にする構想でした。
僕には広すぎる一軒家って、複線を入れておいて。
でも、まさか澪さんまで押し寄せるとは書いている自分も予定外。
澪さんと光宣くんはこのSSでは重要な立ち位置にいるのですけれど。
そのあおりで将輝の出番が減りました(笑)。

ここで一章終了の区切りです。
お読みいただき有難うございました。

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