「しまった、早く来すぎた」
魔法科第一高の入学式の当日、僕は興奮で寝られなかったので、さっさと登校する事にした。
そのせいでCADも携帯端末も忘れて来てしまった。
CADを忘れるなんて魔法師の卵としては初日から失格だと思う。
魔法科高校はとても敷地が広いので、しばらく見学がてら歩いていれば時間もつぶせるかな。
僕はとてとて歩き始める。
一高の制服がぶかぶかで歩きにくい。
何でぴったりのサイズを烈くんは用意してくれなかったのだろう。
いや、これ以上小さなサイズがないのか…あまった両袖がぷらぷら揺れるのが気になる。
制服の肩には花弁のエンブレム縫い付けられている。
僕は一科生になったのだ。一科生と二科生の違いは担当講師がつくかつかないかなのだ。
僕は学校に通ったことが一度も無いので、それがどの程度の差なのか良くわからない。
勉強が苦手な僕にはよかったんだろう。
あのペーパーテストで合格できるんだから、やはり魔法科高校は魔法力重視なんだ。
それにしても、友達できるかな。
女男とかいじめられないか不安だ。
中庭のベンチで一人の男子生徒が座っていた。
読書でもしているのかな。
姿勢の綺麗な人だなと思う。背筋をぴんとのばして携帯端末を見ている。
男子生徒がふと視線を上げ僕を見た。
「何か用か?」
落ち着いた声だ。普段から発声の練習でもしているのかな。良く通る腹式呼吸の声だ。
「じろじろ見てごめんなさい。姿勢の綺麗な人だと思ったものだから…」
僕は素直に頭を下げて謝った。せっかくの学生生活なのだからケンカや面倒ごとは御免だもの。
「別に謝らなくてもいいが…男子だよな…?」
ベンチに座るその男子生徒と立っている僕の視線の高さはほとんど同じだ。
「男の子だよ!男子の制服着てるからわかるでしょ!」
僕はあわてる。どうしてみんな僕を女の子と間違えるのだろう。
試験勉強中、光宣くんと時々外出したときも仲の良い兄妹に間違えられたし。
「そうか」
男子生徒は無表情のまま、あまり興味がなさそうに答えた。
これは珍しい反応だ。大概の人は僕が男の子だって否定するとよけいにからかってくるのに。
「きみは新入生?」
「そうだが」
「僕も新入生なんだ。ねぇ僕の名前は多治見久。久でいいよ。どうしてこんなに早く登校したの?学校が楽しみだから?」
「司波達也だ。俺のことも達也でいい。妹が新入生総代でね、付き添いで早く来たんだ」
「達也くん妹がいるんだ。いいなぁ僕にも妹がいたんだ」
「いた?過去形になっているが…」
「うん、ずっと昔に死んじゃってね、あっ慰めとかいいよ、昔のことだから」
絶対に忘れられない妹たちのことだけど、他人には無関係だし、こんな昔のことでせっかくの入学式を暗い気持ちにさせたら迷惑だもの。
達也くんの無表情に少しだけ感情がこもったような気がした。
「あっごめんなさい読書中に、僕迷惑だった?」
「式までの時間つぶしだから気にしなくていい」
「そっそう、ねぇ迷惑ついで何だけれど、お友達になってよ!」
さすがに唐突かなとも思ったけど、僕ははやく友達が欲しいんだもん。
彼はすごく落ち着いているし、声を荒げたりしないし、何よりどこか僕と同じような雰囲気を持っている気がするんだ。
「唐突だな…。だがいいのか?」
司波達也くんはそう言うと、自分の制服の肩を指差す。そこには花のエンブレムがなかった。
「そんな花柄どうだっていいと思うけど…」
司波達也くんはちょっと驚いた顔になったけど「構わないよ」と友達になることを許してくれた。
やったー!学生生活初の友達だ!凄く嬉しい!
「隣に座っていい?」
「構わない」そう答えた達也くんは携帯端末に再び目を向けた。
僕は達也くんの隣にぽんっと座る。読書の邪魔にならないように静かにしていよう。
えへへ友達だ、と浮かれながら両足を前後に振る。だってベンチに座ると足がつかないんだもん。
静かな時間が流れる。
僕はふいに眠気にさらされた。今日は一睡も出来なかったのだから仕方がないや。
僕は達也くんの肩…いや腕にもたれてうとうとし始めた。
達也くんは邪険にしないでそのままでいてくれた。
なんていい人なんだろう。
「新入生ですね?入学式の時間ですよ」
女の人の声で僕は目を覚ました。小柄な、と言っても僕より背の高い女性が目の前に立っていた。
僕が達也くんの腕まくらから起きるとその女性は達也くんと会話をはじめる。
スクリーン型とか仮想型とか良くわからない事をしゃべってるけど、何となく達也くんが褒められているような気がする。
ちょっと嬉しいけど、達也くん本人は少しわずらわしそうだ。僕のときと対応が違って面白い。
達也くんの態度に気がつかないのか、女性はくすっと笑うと自己紹介をした。
「申し遅れました。私は第一高校の生徒会長を務めています七草真由美です。ななくさ、と書いて、さえぐさ、と読みます。よろしくお願いしますね。」
さえぐさ生徒会長か。生徒で一番えらい人がこの人なんだな。
「俺…自分は司波達也です」
「そう貴方が…」
七草会長が感心してつぶやく。なんでも入試試験で前代未聞の高得点で、魔法理論と魔法工学は満点だったそうだ。
「ペーパーテストの成績です」なんて謙遜してるけど。
「すごいよ!すごいよ達也くん!」
達也くんが謙遜する分、僕は興奮して叫んじゃった。
達也くんの前で両手を握り締めて喜ぶ僕の姿はきっと、憧れのスポーツ選手を前にした子供のように瞳をキラキラさせているに違いない。
「えぇと…?」
七草会長がとまどった声をあげたので、僕も自己紹介する。
「僕は多治見久です。宜しくお願いします」
「えっ!?貴女が多治見久さん!?」
「あっ今、貴女って漢字あてたね。達也くんには貴方だったでしょう!」
「魔法発動の速度、魔法式の規模、対象物の事象書き換え強度が歴代一位…いえこの国の記録のどれよりも上位だった多治見久君が貴方だったの」
七草会長の言葉に達也くんも驚いているようだ。
入試の実技では烈くんに言われたように最初は少し手を抜いたんだ。
でもそれは試験官にすぐばれたみたいで、不思議そうに機械を調べ始めて、何度かやり直させられたんだ。
機械まで変えて5回も同じ事をさせられてイラついた僕は思わず少しだけ力を入れてやったんだ。
昔の僕なら命令されれば何度でも同じ事を繰りかせただろうけど、今のメンタルはただの10歳児と同じだ。
そうしたら機械が壊れてしまって、頭を抱えた試験官たちにやっと解放されたんだ。
「でも、ペーパーテストは平均程度だったけれど…魔法理論と魔法工学は白紙答案で0点だった。司波君とはまったく逆の成績ね…どうして白紙答案なんてしたの?」
「だって現代魔法を勉強し始めたの入試の三週間前だったんだもの!」
この僕の言葉に七草生徒会長も達也くんも絶句したようだ。
烈くんの前に現れたときの僕はまだ体力は完全に回復していなかった。
でも能力のみで回復していた頃より、栄養・美味しい食事をとっていたから回復は早かった。
動けなかったから仕方ないけれど、多くの時間を無駄にしたのか、この時代に回復したのは運命なのかな。
休み休み勉強したんだけど、一般知識にすら不足している僕が普通の勉強だけでも大変なのに魔法のことまで覚えられる訳がない。
光宣くんも親切に教えてくれたんだけれども無理だった。
そこで烈くんが「微妙な点を取るくらいなら白紙で提出しなさい。その方がインパクトがあるだろう」と言ったんだ。
「魔法力とペーパーテストの結果にギャップがあればあるほど学校側は疑心暗鬼になって勝手に良い方に解釈するだろう」
さすがは最高にして最巧と言われているらしい烈くん。見事に合格できたよ。
でも、まぁ入学してから勉強は大変だろうなぁ…部活も憧れたけど、それはちょっと無理になるかも。
七草会長が何か言いたそうな表情をしたので、僕は達也くんの制服の裾を引っ張ると「じゃぁ始業式が始まりますので失礼します」と走り出した。
このまま彼女と話していると危ない気がする。それは達也くんも同じようで、会長に挨拶すると僕についてきた。
しばらく走ってから、
「久、どこに向かっているんだ」
達也くんが尋ねてくるので「何言ってるの始業式の会場だよ」と答えると、
「講堂は逆方向なんだが…」
「え?」
「講堂はこっちだ」
と、ゆっくり歩き始める達也くん。
僕はその達也くんの制服の裾を頼りなく握ってとてとてとついて行った。
ひょっとして僕は方向音痴なのかも…