パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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魔法はやっぱり深く考えないでください。


負けちゃった…

九校戦六日目の午後アイス・ピラーズ・ブレイク決勝。

僕の試合の前に深雪さんと雫さんの試合が行われた。試合は深雪さんの圧勝だったけれど、深雪さんが初めてピラーを失った試合でもあった。

深雪さんも雫さんも、バトル・ボードで優勝したほのかさんも本当に凄い。

僕も頑張らないと…

達也くんの準備してくれた戦術にCAD、深雪さんが選んでくれた白いワンピース…にかけて…

 

「調子はよさそうだな」

 

試合前の控え室で、達也くんが僕をじっと見つめながら言う。時々、達也くんは何かを見透かすような目をする。

肉体と言うより、本質やDNAまで見抜くような、不思議な目だ。

もっとも僕のDNAは常人と変わらない。

 

常人と変わらない…だからその後の悲劇に繋がったんだと思うけれど、今は関係がないや。

 

「うん、絶好調だよ…このCADもいつも使ってるCADより使いやすい」

 

アイス・ピラーズ・ブレイク決勝リーグは、3人目の選手が辞退したことで、僕と一条将輝くんの一対一の戦いになった。

3人目の選手の実力も秀でていたけれど、1秒以内で勝負を決める僕らには敵わないと判断したようだ。

 

「でも…ごめんね達也くん」

 

「なぜ謝る」

 

「達也くんの技術なら規定の範囲内でもっとすごいCADを調整できたのに…」

 

達也くんの調整したCADは、使用者の力量以上の力を吸い取ろうとするみたいで、深雪さん以外の新人戦女子は試合後はぐったりしている。

僕はサイオン不足になることは無いけれど、逆にサイオンを取り込みすぎて、魔法の制御が難しくなってしまった。

ほんの少しのサイオンでも勝負できる僕のCADは達也くんの技術レベルではかなりスペックが落ちている。

自分の技術に誇りを持っている達也くんの存分の力を発揮させてあげられない自分が不甲斐ない…

この話は、もう何度もしているから、達也くんはそのことにはふれなかった。

 

「勝負は一瞬で決まる」

 

「うん、わかってる。今の僕の出来ることを一生懸命するよ」

 

 

アイス・ピラーズ・ブレイクの競技場は、ついさっきの新人戦女子決勝の興奮が収まっていない。

試合内容もそうだけれど、深雪さんの神がかった存在感は観客を性別を問わず虜にしたようだ。

 

そんな会場に、24本のピラーをはさんで、僕と一条将輝くんは対峙していた。

一条くんは三高のイメージカラーと同じ赤いライダースーツだ。10代の少年らしいバランスのとれたスタイルをしている。

対する僕は、どう見ても10歳程度の女の子だ。

観客の熱気を含んだ微風が、僕の長い黒髪とスカートの裾を揺らしている。

会場の大きなビジョンに映された僕は、凛とした深雪さんとは違って、どこか消え行きそうなはかなさがあった。折れそうなほどの細い腕だ。

僕も一条くんも、右手に拳銃型のCADを持って、その時を待つ。

今回は太ももチラ見せなんて小細工は通用しない。たぶん。

 

一条くんの目は力強く、僕はやや伏せがちに氷の柱をみつめている。

フィールドをはさんで立つポールが赤く点滅すると、会場は水を打ったように沈黙した。

夏の太陽が、24本の氷柱と対照的な二人の濃い影を作っている。

 

ポールの光が黄色に、そして青にかわった。

 

僕と一条くんは同時に銃をかまえ、引き金を絞った。

 

刹那。

 

僕のフィールドの12本の氷柱が一斉に爆発。

 

一条くんのフィールドの12本の氷柱が轟音とともに一斉に消滅。

 

僕のフィールドには粉々になった氷の粒が舞い上がり、一条くんのフィールドには床一面を冷気の白い幕が覆っていた。

 

観客は予選とは異なる僕の魔法がわからなかったようだけれど、勝敗はまばたき程の差もないことはわかっていた。

砕かれた氷を浴びたかのように静かに固唾をのんで勝敗の発表を待つ。

キラキラと氷の粒がフィールドに漂っている…

 

勝負の結果が発表されるのに、少し時間がかかっている。

一条くんは微動だにせず、勝敗を告げるポールを見つめている。

僕は、試合開始前と同じく、白い冷気が漂うフィールドを見下ろしていた。

 

数秒後、ポールが点滅したのは一条くんの方だった。

 

会場から爆発的な歓声があがった。深雪さんの試合のときに負けないほどの歓声が会場を揺らしていた。

 

 

 

あぁ…負けちゃったな…

 

 

 

一条くんを見ると、勝利の興奮からか試合前より厳しい目で僕とフィールドを見ていた。

僕はステージで丁寧にお辞儀をしてきびすをかえした。

その時は不思議と悔しさは感じなかった。魔法師開発の現在を見られたような気がしたからかな。

 

でも、一高のテントに戻って、達也くんと十文字先輩たちの姿をみたら、自然と涙がこぼれてきて…

 

「ごめんなさい…僕…勝てなかった。達也くんのCADは完璧だったのに、僕が上手に使えなくて…十文字先輩や深雪さんは遅くまで練習に付き合ってくれて、レオくんたちも応援してくれてたのに…みんなの期待にこたえられなかった」

 

キャミソールの裾をぎゅっと握って、僕はみんなに謝った。

 

「いいえ、私たちこそこれほど接戦になるとは思っていなくて驚いているわ…」

 

「ああ、この競技で一条の『爆裂』に勝てるヤツなんて十文字会頭くらいで…」

 

「彼の実力なら、本戦でも優勝候補ですが、十文字君との勝負を避けて、確実な新人戦アイス・ピラーズ・ブレイクに出場したのでしょう」

 

真由美さんとはんぞー先輩、市原先輩が続けて、

 

「多治見、見てみろ」

 

渡辺委員長が会場を映しているモニターを指差して、

 

「多治見の破壊した氷は一欠けらも残っていないが、一条の方は大きな氷の塊がいくつか残っている…」

 

それは勝敗には関係ない、氷を先に壊すか倒すかすればいいのであって消滅させることではないのだから。

結果的には勝敗は僅差だけれど、わかる人にはわかる。より複雑な魔法の一条くんと単純な物理破壊の僕とでは内容に大きな差があることに。

ここにいる一高の生徒はそれがわかるレベルの魔法師の卵なんだ。

 

僕は深雪さんの前に立って、泣き顔で謝った。

 

「深雪さん…ごめんなさい…達也くんの実績に泥ぬっちゃった」

 

深雪さんはものすごく慌てて「何を言っているの、久は自分のできる限りのことをしたのよ。一条選手は…いつか私がこてんこてんにやっつけるから、ね」

 

あっ、一条くんごめん、君は深雪さんとは仲良くなれなさそうだ…

 

なんとか僕を元気付けようと、みんなが褒めたり慰めてくれている。

負けて悔しいけれど、ちょっと嬉しい。えへへ。

 

僕の泣き笑い顔に、みんなほっとしたのか、今の試合の考察をはじめた。

 

「今の魔法は、予選と同じ『簡易擬似瞬間移動』か?」

 

十文字先輩が達也くんに聞いた。

 

「はい、予選までは壁にぶつけて破壊した分、移動に時間がかかりました。ですが、今回は床にぶつける事で時間を短縮しました」

 

もっとも、ミリセカンドの差もありませんが…達也くんが説明する。

 

フィールドの床は、壁よりも頑強に作られている。花音先輩の『地雷源』にも耐える堅さだ。

なので、縦の真空チューブも柱の長さ分で短くすみ、床の強化魔法も使わず、柱の移動も重力に従わせ術式を単純化、魔法の速度をあげる。

音速の20倍の速度のエネルギーは、氷を気体にするほど粉々に破壊した。

 

「わざと時間のかかる魔法で予選を突破し、相手の油断をさそう計画でしたが、流石は『クリムゾン・プリンス』ですね」

 

時間がかかるって…一秒もかからないんだけれど…真由美さんが首を左右に振る。

僕の魔法力はやはり制圧に向いているし、今回は相手が悪かったって。

 

十文字先輩が僕の前に来ると、大きな身体でしゃがんで、僕の肩に逞しい手のひらを置いた。それから優しく微笑むと、

 

「久、今回は敗北したが、お前には来年がある。次に勝てるように努力すればいい」

 

十文字先輩の行動に、テントのみんなは少し驚いたみたいだ。特に二・一年生は十文字先輩のそんな笑顔を見たことが無かったからなおさらだ。

みんなは知らないけれど、十文字先輩は凄く優しくて、天然さんなんだよ。

 

僕は「はい」って答えて、にっこりと笑った。

 

そうだ、これは殺し合いじゃなくて、スポーツ競技なんだ。来年、またチャンスがあるんだ。

烈くんが「平和ではないけど戦場ではない」って言っていた通り、今は魔法が人殺し以外でも活躍できる時代なんだなぁ。

 

 

色々な事があったけれど、僕の九校戦はここで終わりだ。あとは観客席で一生懸命選手を応援しよう。

 

 

僕は一高の制服に着替えると、来賓席に向かった。

会場の熱気はだいぶ落ち着いて、今は男子新人戦バトル・ボードの決勝が行われていた。

試合のビジョンを横目で見ながらとてとて走る。

 

 

あれ?僕が試合前に見かけたサングラスの大男、3人いるな…

大男なのに、十文字先輩のような存在感がないと言う不思議な3人だった。

 

 

来賓室につくと、澪さんが立ち上がって僕を迎えてくれた。そのまま抱きしめてくれて、すごく褒めてくれた。

何だかすごく照れくさくて、ちょっと誇らしい。

 

僕は澪さんの隣に座って、ふぅと息を吐いた。

 

「えへへ、澪さんの顔見たら、なんだか力が抜けちゃった」

 

「なんですかそれは」

 

「僕の出番は終わったけど、一高のテントにいると、みんなぴりぴりしているから」

 

「明日からのモノリス・コードとミラージ・バット、ここからがむしろ佳境ですから…」

 

澪さんが少し悲しそうな顔をした。

 

「どうかしたの?」

 

「ええ、残念だけれど、お家の都合で明日朝、東京に戻らなくてはいけなくて…」

 

「そっか…でっでも、九校戦が終わってもまた会おうよ、オタクトークとか勉強教えてくれたり、都合が合えば聖地アキバにも一緒にいこうよ!」

 

澪さんに僕の住所を教えて携帯番号の交換をする。

その後は競技もなかったので、澪さんの部屋で夜中までオタクトークして、そのまま力尽きて眠りに落ちた。

僕は澪さんの抱きまくら状態だったけれど、僕も澪さんも体力がないなぁ。

 

翌朝、ホテルの屋上のヘリポートに、ヘリコプターが下りてきた。

僕は澪さんの後ろから車椅子をおして屋上に向かう。

屋上の頑丈な扉を警護の人が開ける。

個人が利用するには巨大なヘリが視界に入りちょっとびっくりした。

ローター音と巻き起こる風にすこしたじろぐ。

澪さんは慣れているようで、大物ぶりを発揮していた。

 

「あら?」

 

ヘリから少し離れたところに、女性が一人立っていた。

ヘリの起こす風にも負けず背筋をぴんとまっすぐ伸ばした女性だ。

カジュアルなスーツに長い少し跳ね返った髪が風になびいている。

女性がすっと振り向いた。

 

「藤林さん」

 

「響子さん」

 

僕と澪さんの声が重なる。

 

「ん?久君は藤林さんのお知り合い?」

 

澪さんに尋ねられて、僕が答えるよりも早く、響子さんが颯爽と歩いてくる。

 

「おはようございます、澪さん。軍からの要請でお迎えのヘリを準備いたしました。護衛のヘリも近隣の基地から出動いたしますのでご安心して東京にお戻りください」

 

どことなく、声がかたいな。これがお仕事のときの響子さんなのかな。

 

「藤林さんは…久君とどういったお知り合いですか?」

 

澪さんは、藤林さんの報告より、僕との関係が気になるようだった。

藤林さんは僕を、ひょいっと引っ張ると、いきなり抱きしめてきた。

 

「もがっ?」

 

僕は変な声をあげる。響子さんの思いのほか豊かな胸に顔が埋まる。柔らかい…

 

 

「実は私たち、婚約しているんです」

 

「えええええええええええええええっ!?」

 

響子さんの爆弾発言に、澪さんがあげた驚きの声は、ヘリのローター音より大きかった。

 

響子さんは、今、小悪魔的笑顔をしているんだなと、僕は胸に埋まりながら考えていた。




来年こそ、勝つ!

お読みいただき有難うございました。

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