九校戦五日目、新人戦二日目のお昼。
新人戦女子のアイス・ピラーズ・ブレイクは深雪さん、雫さん、エイミィさんが予選を突破して一高の天幕は盛り上がっていた。
男子も続け、と幹部は盛り上げるも、僕以外の出場者二人の表情は暗い。
映像でみた第一試合の、三高の一条将輝くんの魔法『爆裂』をみて、ますます沈んでいた。
試合開始のポールが青色に変わり、拳銃型のCADを構えた瞬間に12本全てのピラーが爆発したんだ。
一瞬もかからない速さだった。
一本一本倒していく選手が多い中、深雪さんや花音先輩みたいに面で制圧する選手は圧倒的に有利だ。
どれだけ情報強化して防御しても、それを上回る干渉力で圧倒される。
防御より攻撃に特化するところは花音先輩と同じだなぁ。
深雪さんの場合は防御も同時にするので、僕は深雪さんに練習で勝てたことがない。
一高の控え室、僕の出番はいよいよ次だ。気合、入れて、頑張るぞ!
「久…今朝も言ったが…本当にその格好で試合にでるんだな?」
いつも無表情の達也くんが、あからさまに引きつっている。
「うん?だって深雪さんがこれが男の子の勝負服だって昨夜言っていたよ」
僕の衣装は、肩紐が細い、フリルとレースで縁取られた、ややクラシカルな膝上丈のキャミソールスカートだ。
両腕はむき出しで、ちょっぴり胸元まで見えて露出が多いけれど、真夏の気温ならこれくらい出ていても平気だ。
バーチャルデートのとき達也くんも似合ってるって褒めてくれたキャミソールの本物版だ。
エリカさんも美月さんも真由美さんも私服はこれくらい露出していたから、今回は騙されていないと、確信している!
騙されているぞ…と達也くんがつぶやいた気がするけれど気のせいかな。
「そっそれでCADはどこに持っていくんだ?」
「ここだよ」
「のなぁ!?」
達也くんがめずらしく、変な声を上げた。
僕は、スカートをめくって、内もものホルスターから、僕の小さな手にぴったりのリボルバーを抜いた。
特化型のこのCADは達也が僕のために調整してくれた、大事なCADだ。このCADにはこのホルスターが相応しいと深雪さんが用意してくれたんだ。
僕は『タイバニ』の『ブルーローズ』みたいにポーズを決めて、
「私の氷はちょっぴりコールド、あなたの悪事を完全ホールド」
と氷の女王・深雪さんに教えられた決め台詞を言った。ふっ…決まった。
達也くんは本当に凍り付いていた。これは試合開始前に言う勝利の儀式なんだそうだ。ムエタイの踊りみたいなヤツだね。
「そのホルスターは戦術に使えるが…格好はともかく…その台詞は絶対にやめておけ」
深雪さんの行動全肯定の達也くんが珍しく、深雪さんの意見を必死に否定した。
僕をのせたテーブルが、アイス・ピラーズ・ブレイクの舞台に静かにせりあがった。
アイス・ピラーズ・ブレイク競技場の反対にいるのは7高の男子で昔の海軍の軍服を着ていた。
観客席は女子の試合のときより少なかったけど、観客のどよめきは負けていなかった。
7高選手は口を半分あけて、会場の雰囲気に飲まれている。
試合前からその精神状態では、僕の負けはないな「ふっ」っと僕は、深雪さんに教えられた通りにちょっと生意気な表情で笑った。
会場の女子生徒から変な悲鳴があがっている。
僕は観客席の隣の来賓席に目を向けた。澪さんが面白いくらい手を振って、僕に笑顔を贈ってくれている。
一般の観客席ではエリカさんやレオくんが応援をしてくれていた。エリカさんはお腹を抱えて笑っているように見えるけれど…
えへへ、頑張るぞ!
深雪さんの最初の試合を思い出して、僕も同じように目を薄くして静かに氷の柱を見下ろした。
戦場経験の多い僕は、幸いにも緊張はしないで、集中を高めつつ、右手に少しずつ力をこめる。
スタートの青ランプが点滅した瞬間、僕はスカートの中のリボルバー型CADを抜いた。
スカートの裾が揺らめいて、太ももの奥が見えそうで見えない絶対領域になる。
相手選手の動きが一瞬固まった。
僕はほんのちょびっとだけサイオンをCADに流し込む。僕にとっては微々たる量でも、常人には視界を覆うほどの煌きになる。
余剰サイオンで身体が輝きを放ち、キャミソールに僕の身体のラインがくっきり浮かんだ。
この特化型CADにはひとつの術式しか入っていない。
僕が引き金を絞ると、敵フィールドの空気が揺らぐ。相手選手が少しバランスを崩し、12本のピラーが消えたかと錯覚する速度で横滑りし、次の瞬間相手側の壁に全て激突、半秒と経たずに轟音とともに木っ端微塵になっていた。
僕のフィールドのピラーは一本も、かすり傷すら付いていなかった。
会場が静寂に包まれ、勝利のブザーが高らかに鳴った。試合開始から一秒とたっていなかった。
遅れて、歓声とどよめきがうなりをあげて会場を覆った。
僕はできるだけ凛とした態度をたもったまま、来賓席の澪さんに笑顔を向けた。
会場から黄色い悲鳴と久たん萌えとか言う男性の声が聞こえていたけど…なんだったんだろう。
僕はアイス・ピラーズ・ブレイク第一回戦を圧勝した。
試合後、僕は犯罪組織、有力魔法師の家、企業以外に、妙な趣味の男子にも狙われるようになる。
もちろん、そのときの僕はそんな事は知らない…知らない方が絶対にいい…ぶるる。
「これは、ほとんど反則…じゃないのか?」
僕の衣装を指差しながら渡辺委員長が呟く。
「この姿を見て動揺する方が悪いのです」
達也くんですら動揺したのだから、普通の男子には無理な相談だと思う…
「今の魔法は…何だったの?」
真由美さんが笑いをこらえつつ、達也くんに尋ねる。達也くんが種明かしをする。
僕は自他共に認める機械音痴で、CADの操作は苦手だ。でも魔法力は圧倒的なので、先制さえしてしまえば、まず負けない。
そこで達也くんは特化型CADにただひとつだけ起動式を用意した。僕はサイオンを流し込んで引き金を絞るだけでよかった。
『簡易擬似瞬間移動』
僕が入学直後、十文字先輩と模擬戦をしたときに使った魔法の簡易版だ。
もともと擬似瞬間移動は単純な術式で、真空のチューブを作るときの空気を押しのける気流をいかに発生させないかが一番難しい。
模擬戦のときは気流の制御も行っていたけれど、今回はそれをしていない。
真空中を移動させる物質の強化も、破壊が目的なので、当然行わない。
まず、太ももチラ見せで相手を動揺させ、真空チューブを作るときに気流を消す術式はわざと追加しないで、相手側の気流を乱し、CADの操作を妨害。
真空チューブの先の壁を破壊しないよう強化、氷の柱を音速の20倍で真空チューブ中を移動させ、壁にぶつけその物理エネルギーで破壊。
もともと機械で簡単に作った氷なので複雑な魔法をかけなくても簡単に壊れる。破壊時の衝撃と轟音で相手の舞台を揺らし、CADの操作をさらに妨害。
重力を制御しても、マッハ20で移動する物体をとめることはそもそも困難で、破壊しないように壁で受け止めるには十文字先輩クラスでないと出来ない。
魔法が起動してしまえば、破壊を止めることはほぼ不可能だ。
一本が一トンを超える12本の柱を同時に動かせるだけの魔法力と干渉力に、圧倒的なサイオン量。
これが達也くんが考えてくれた僕のアイス・ピラーズ・ブレイク用魔法だ。
僕は練習期間、この魔法と素振りだけを延々練習していた。CADの操作にもなれて、九校戦直前の校内練習試合で僕に勝てたのは、深雪さんと十文字先輩だけだった。
「すごいな…たしかにルールでは相手を直接攻撃することは禁じているが、魔法を使った結果で影響を与えることは禁じていない」
「久ちゃんの圧倒的魔法力だからあんな重い柱全てを同時に動かせるのね…」
「力技も力技ですね。…防御はいっさい考慮されていないとは…」
「だっだが最初のスカートめくりは、ひっ必要なかったんじゃないのか、ルールぎりぎりだろう」
渡辺委員長、真由美さん、市原先輩、はんぞー先輩の順の感想だ。
「久は男ですよ、男の太ももを見て動揺する男子がいるでしょうか」
達也くんが薄く笑う。戦術家…というより人が悪い笑みだ、とみんな思っているみたいだ。
そうだよ、僕は男の子なんだから太ももを見られるくらい、戦術の一環だと言われれば平気だよ。
女性物の下着…えっとなんのことだろう?
「確かに凄いんだけれど…でも…」
「ええ、三高の一条選手の『爆裂』の方がタイムは上でした。本当に僅差ですが…一条選手は太もも幻惑は効かないでしょうし…」
真由美さんと市原先輩が懸念を示すけれど、
「そこは考えていますよ」
達也くんの言葉に、僕も頷いた。
その後も僕は、予選リーグでは同じ魔法を使った。第二試合も深雪さんが勝負服を用意してくれるおかげで、僕は圧勝した。一回戦より透け透けが増えてるけれど…
第一試合より観客席が満員になって、男性女性関係なく異様な熱のこもった歓声をあびる。
勝利後、に貴賓席の澪さんに手を振った。
響子さんもどこかで見ていてくれていると嬉しいな。
予選は余裕で通過した。
ホテルに帰って携帯端末をチェックしたら、烈くん、光宣くん、響子さん、澪さんから祝福のメールが来ていた。
料理部の先輩たちからもおめでとうってメールが来ていて、すっごく嬉しい。
本当は澪さんのスィートルームに勝利報告に行きたいけれど、今日の夕食は一高生が全員集まるので参加しなくてはならない。
こういう場では、僕は皆から離れて、壁際でぽつんとしている。
生徒向けの料理は相変わらずイマイチなので(僕は舌が肥えすぎているな…)、ジュース片手に会場を眺めていた。
達也くんが女子生徒に囲まれてハーレム状態になっていた。本人は戸惑っているけれど。
いつもなら不機嫌になりそうな深雪さんも、達也くんが賞賛の嵐とあってご機嫌だ。
幹部たちと会話していた十文字先輩と目が会う。先輩は軽く頷いて、僕も頷き返す。男と男の娘の間に言葉はいらないのだ。
逆に、僕以外の一年生男子は成績がふるわなかったようで、森崎くんが達也くんを忌々しげに睨んでいた。
翌日、予選をもう一回に勝利すれば、決勝リーグだ。
順当に行けば『マサキ』くんと勝負することになる。懇親会の吉祥寺くんのドヤ顔を思い出す。
僕の試合は新人戦女子、深雪さんたちの後で、ほのかさんのバトル・ボードと競技時間が被る。
エリカさんたちはどちらの応援に行こうか悩んでいたけれど、僕の三回戦は一瞬で終わるから、ほのかさんの応援に行ってもらった。
僕の応援には十文字先輩が来てくれていて、澪さんも当然来賓室で応援してくれている。
達也くんは控え室で、僕にアドバイスしてくれた。
三回戦も、これまで同様、一秒で試合終了。達也くんにほのかさんの応援に行ってもらった。
僕は次の決勝リーグまでの時間を利用して、来賓席の澪さんに会いに行くことにした。
試合会場から観客席に向かう廊下で、赤い制服を着た二人組みがいた。
吉祥寺くんと『マサキ』くんだ。『マサキ』くんはなんだか偉そうに、僕を見下ろし(僕のほうが背が低いから当然だけれど)、
「お前が、多治見久か…」
と格好良く呟いたけれど、僕の意識は来賓室の澪さんに向いている。ひとつに集中すると他に目が行かなくなるのは僕の悪い癖だ。
僕は、二人をおもいっきりスルーして、横をとてとて走り抜けていった。
「なっ?」
『マサキ』くんの中途半端にあげられた右手が、ちょっと間抜けだったような気がしたけれど、二人の存在は僕の意識に残っていなかった。
来賓席までの通路を迷わずいける自信はなかったけれど、さすがに僕も目に見えている場所にまっすぐ行くなら迷わない(たぶん)。
僕は一般の観客席の後ろの通路を走っていた。
試合会場ではほのかさんの試合が行われている。観客はそっちに意識が向かっているので、キャミソール姿の僕には気が付かなかった。
途中、会場の熱狂にそぐわない、サングラスの大男とすれ違った。サングラスのせいでどこを見ているのかわからなかったけれど、
「変な人だな」
一瞬思ったけれど、すぐ忘れて、澪さんの待つ来賓席にむかう。
警護のチェックを受けて、来賓席に入ると、自分のこと以上に喜んでくれている澪さんがぶんぶん手を振っていて微笑ましかった。
パワーアップフラグを入れつつ…
お読みいただきありがとうございます。