見上げる満天の星空は、祖国の空とは違っていた。
日本では考えられないくらい広い広い草原。真冬の、氷点下20度にもなる冷たい空気。
吐く息が凍りつくほど寒いはずなのに、僕は半そで半ズボンだ。それでもむき出しの細い手足は、もう寒さを感じられないほど感覚が麻痺している。
ここ半年は実験室ではなく、戦場にいたから比較的体調はよかった。
でもあることをきっかけに、僕は研究所に呼び戻された。それからの1週間は、それまでの実験動物人生においても、もっともおぞましかった。
その研究の結果がどうなるのかは僕にはわからない。
僕は明朝、死ぬのだ。
凍てつく草原にぽつんと座る僕の隣に、烈くんが立っている。
背筋をまっすぐ伸ばして、白い息を吐きながら、遠く、地平線の先を見ている。
人工の明かりの無い、星と月明かりが照らす冷たい世界を。
「ねぇ、烈くん、人の意識ってなんなんだろうね」
僕は乾いてひび割れた自分の爪を見つめながら聞いた。
烈くんは、手を顎に当ててしばらく考えると、張りのある声で答えた。
「難しい質問をするね。おそらく意識とは自分と他人を隔てる薄い膜…あるいは心や精神を守る繭みたいなものかな」
烈くんは僕にもわかるよう、出来るだけ簡潔に答えてくれた。
「そっか、じゃあその膜がない人は意識が繋がっているんだね。繋がっていれば人は分かり合えるのかな…」
「繋がっていても、分かり合えたと思うのは、錯覚だと私は思うけどね」
「僕は違うと思いたいな。もし意識が繋がっている二人がいたら、きっと誰よりも分かり合えると思うよ。そんな人たちがいたら会ってみたかったな…」
返事は、沈黙だった。冷たい風が、草原を海のように波立たせた。
東の空が白み始めるまで、草原の二人は無言だった。
僕はやおら立ち上がって、お尻に付いた草をぱたぱたと手ではたいた。
「じゃぁ、行って来るよ」
烈くんの返事を待たず、僕はゆっくり歩き出した。
また風が吹いた。風に追われる様に、僕は『飛んだ』。
数分後、数百万の人間と、都市や町が、大地ごと、地球から音も無く消えた。
バスが急停止する。大きなブレーキ音がして、僕の小さな身体にシートベルトが食い込んだ。
周りで大勢が騒いでいる。切羽詰った声が連続していた。
ああ、僕はまた昔の夢を見ていたのか…
九校戦の会場に向かうバスの中、ぼくは最初からうとうとと眠っていた。
隣の席には十文字先輩が最初は座っていたのだけれど、深雪さんのまわりに男子生徒がむらがって混乱したので、渡辺委員長が席替えをした。
僕は一番前の席にひとりで座っていた。
僕は眠ると昔の夢を良く見る。ろくな夢じゃないことが多いから、今の夢は楽しい方の夢だ。
あの時、僕の背中に向かって烈くんがなにか言ったような気がしたけれど、気のせいだったかな…
会場に向かう途中、隣の車線で車の事故があったようだ。みんなの連携が上手くいかずに混乱して、今バスは足止めされている。
僕は覚醒しきっていない意識の中、ぼうっと窓から外を見ていた。
達也くんが交通誘導をしていた。赤い誘導灯がゆらゆらと揺れていた…
なんで今、最後のときの夢を見たのかな…
バスがホテルについても、しばらくぼぅっと座っていた。生徒たちが続々とバスを降りていく。
「まだ眠いのか?だったらホテルの部屋で少し寝た方が良いが、懇親会までには起きて来いよ」
渡辺委員長がバスの中の確認をしながら、最後まで残った僕に声をかけてくれた。
「はい」
僕は素直に頷いて、バスを降りる。
服部先輩が同級生と、達也くんがカートを押しながら深刻そうな表情の深雪さんと話をしていた。
何を話しているのか、僕にはわからなかった。
ホテルは軍の施設なので、それほど豪奢ではなかったけれど、生徒たちが泊まるには十分な大きさだった。
僕は達也くんたちと一緒にフロントに入っていく。
「1週間ぶり、元気してた?」
フロントには私服のエリカさんがいた。
入学したときよりも髪が伸びているなぁ。ショートパンツにピンクのノースリーブ…
達也くんが作業があるからと台車を押してエレベーター乗り場に向かうと、ちょっと寂しそうな顔になった。何故?
私服の美月さんが小走りでやってきて、深雪さんとお話している。
リボンをあしらったキャミソールに膝までの長さのスカート。…おっきい。
寒冷化が進んでいるとは言え、二人とも夏服は開放的だった。美月さんは涼しげに見えないのはなぜだろう。おっきいから?
真由美さんもそうだったけれど、女の子の私服は足や肩を大胆に出すのが普通なのかな?
深雪さんも生徒会役員なので二人に挨拶をして、達也くんの後を追った。
僕は一選手でしかないけれど、合流したレオくんと幹比古くんの男女4人の中に入っては悪いので、「あとはお若い方におまかせして」と自室にむかった。
なぜか、僕の部屋は一人部屋だった。男子生徒は誰もぼくと一緒の部屋になってくれなかったのだ。なんでだろう男同士なのに…
夕方、ホテルの大きな部屋で懇親会があった。
400人以上のカラフルな制服の生徒がところどころ固まって、散らばっている。
やたらと派手なデザインの制服ばかりだ。とくに緑色の制服は、バッタとか昆虫見たいで、ちょっと恥ずかしい。
その中にまじると、普段コスプレみたいだなと思う一校の制服も普通に思えるから不思議だ。
もちろん、公式の場なので、今の僕は男子の制服をきている。相変わらずぶかぶかだけれど。
発足式は公式の場じゃないんだ…そうなんだ…
その中でも十文字先輩の存在感は圧倒的で、どこにいてもあの辺りに一校生がいるんだなってわかる。
達也くんと深雪さん、それに真由美さんが何かお話している。二人の雰囲気も周りとはどこか違うような気がする…
僕は迷子にならないよう、達也くんの制服のそでを握っていた。
パーティー会場で迷子?そんな事起きるわけない…はず。
沢山の生徒の間を縫うように、メイド姿(?)のエリカさんがトレー片手にするするっと動いている。
同じくウェイターをしているはずの幹比古くんは、何人も同じような人がいて見つからない。
僕はこんな華やかな場所は苦手だ。
背が低いから、大勢の人のお腹の辺りばかり見ることになる。
料理を取ろうとテーブルに近づいたら、他校の生徒の波に押されて、気がついたら一校の集団から離れた場所の壁際にいた。
早く終わんないかなぁと、やたらと甘いオレンジジュースをちびちび舐めていた(テーブルの料理はあんまり美味しくなかった)。
深雪さんと真由美さんは輪の中心にいて、他校の生徒と交流している。二人ともこういう会に慣れているようだ。
達也くんも僕と同じように壁の葉っぱになっていた。
僕は達也くんのとなりに戻ろうかなと、空になったグラスをテーブルにおいて、とてとて歩き出した。
とすん、と赤い制服の生徒にぶつかってしまった。小柄だけれどがっしりとした、知的でどこか愛嬌のある男子生徒だった。
ぶつかった僕のほうが軽くよろめいてしまった。
「あっ、ごめんなさい」
「ん?君は…一高の多治見久くんだね」
「僕のことを知っているんですか?」
ちらっと入試結果流出の件が頭をよぎった。
「もちろん、僕は三高の吉祥寺真紅朗、対戦校の選手のことは大概しらべているよ。とくにアイス・ピラーズ・ブレイク男子新人戦にでる選手のことは念入りに調査しているんだ」
僕の情報を、僕が知らないことまで語ってくれた吉祥寺くん。これは彼の調査力がすごいのか、一高のセキュリティがずさんなのか…?
大会に提出した選手データに得意魔法まで書かれているのかな?
「過去最高クラスの魔法力らしいけれど、アイス・ピラーズ・ブレイクはウチの将輝の優勝するよ!」
自信たっぷりに語る吉祥寺くん。『マサキ』って誰だろう。
僕は他校の生徒のことなんて知らないからそんなにフフンッってドヤられても…
『マサキ』って『サイバスター』のパイロット?『天地無用』の『柾木天地』のことかい?
うぅむ、流石にこんな真面目そうな人にそんなボケをして困らせても、僕も困るし。
とりあえず殴るわけにもいかないし(あたりまえだけど)、どうしよう…だれかこの空気を壊してくれないかなぁ…
来賓の挨拶が始まった。壇上にお偉いさんたちが立ってお話をしている。
吉祥寺くんの意識もそちらに向いたので、僕はこっそりと吉祥寺くんから離れて、もとの壁に立つ。
お偉いさんたちの話は遠まわしな上に華美で面倒くさい。要点だけ述べれば数行ですむだろうに。
料理でもとろうかとおもったけれど、みんな神妙に聞いている(フリだけかも)ので、動くに動けない。
あくびをかみ殺す…
「ここで魔法協会理事、九島烈様より激励の言葉を賜りたいと存じます」
司会のお兄さんの言葉に、僕はおやっと顔を上げる。烈くんが挨拶に来ていたのか。
会場の雰囲気が今までとはかわった。全員が真剣になって意識を舞台に向ける。
会場がふっと薄暗くなった。
柔らかいスポットライトがぱっとついて、照らし出されたのは、金髪のドレスを着た若い女性だった。
会場が、少しざわついて、ひそひそ話しする声があちこちからあがる。
僕は…
烈くんが、女の人になっちゃった!!!!
斜め上の勘違いをしていた。
すごい!あんなにお爺さんだったのに、この半年で、あんな綺麗なお姉さんに変身できるなんて…
さすがは烈くん!最高だよ!しかも金髪って、やっぱ昔から金髪キャラが大好きだったもんなぁ。
なんか『プリキュア』っぽいよね。『キュアハート』最高とかドキドキとか言ってたもんね!
烈くんはやっぱりすごいなぁ…
…あれ?烈くんどこにいくの?と思ったら、金髪女性が脇にどいて立ち去って、うしろからいつものお爺さんの烈くんが現れた。
なんだ、性転換でも変身していたわけでもなかったのか…
まぁ烈くんが金髪お姉さんにいきなりなっていたら、光宣くんもびっくりして病状を悪化させちゃうかもしれないから良かった。
その後は、魔法は工夫と使いようだって感じの話をしていた。烈くんが言うと妙に重石がつくから不思議だ。
これが貫禄ってやつなのかな。
でも僕は烈くんの書斎が、過去のアニメのBOXやコミックスで満載なことを知っているので、一人笑いをこらえていた。
僕のアニメや漫画の知識はそこから得ているのだ。
一校合格から一ヶ月は書斎にこもってずっと見ていた…べっ勉強もしていたよもちろん、僕の学力が遅れているのは決してそのせいじゃないよ!
とっとりあえず、後でからかってやろう。
原作中で起きた事件はざくっと飛ばしながらすすめます(笑)。
わざわざ自分の下手な文章で原作と同じ事を書かなくても、
アニメ&原作が好きなら既知のことですしね。