エタっていませんよ。
原作がたまるのを待っていたのです←言い訳。
4月14日、日曜の朝。青い空が都会を染めている。
僕は七草家のリムジンで横浜の魔法協会関東支部に向かっていた。
車内には、僕の隣に香澄さん、向かいに真由美さんと泉美さんが並んで座っている。
時刻はまだ6時過ぎ。朝も早いこともあって、いつもは姦しい姉妹が静かだった。
僕はリムジンの僅かな振動を感じながら、うとうととまどろんでいた。
昨日未明、新潟沖で新ソ連の侵攻艦隊を『戦略級魔法』で消滅させた後、警戒のため半日基地待機をして、夜、密かに市ヶ谷の国防軍本部に帰還した。
自宅に戻ったのは深夜だったにもかかわらず香澄さんは起きて待っていてくれた。
軽い食事をして、温かいお風呂に入る。
ただ、その後、ゆっくりと就寝する、と言うわけにはいかない事情もあった…
「それで、この一週間で何か進展はあったの?」
向かいに座る真由美さんが遠慮がちに、でもはっきりと妹に尋ねる。姉としての心配と好奇心が半分半分の質問だった。
「なっ、何もなかった…ほんとだよ」
香澄さんの反応は、何かあった、と言っているようなものだった。
「でも一週間も一緒のベッドで寝ていたのでしょう?何もなかったなんて誰も信じないわよ」
響子さんと澪さんが不在の一週間、僕と香澄さんは二人きりの夜を過ごしていた。
「ほんとだって!藤林響子さんと澪さんが最前線に向かって、久君は戦略級魔法師として、いつ緊急の連絡があるかもわからない状態で、久君が他の女の子、それも義妹に手を出すほど甲斐性…せっ、性欲が、欲情…いや、無責任だと思う?」
「そう…ねぇ」
香澄さんが家にいる間に真由美さんが遊びに来る予定だったのに、新ソ連との戦闘が始まり、訪問は取りやめになっていたから、2人の夜の生活を知らない。
高校時代の僕を思い出し、真由美さんは考え込んだ。
責任感は信じているけど、女性関係に関しては意見がありそうだった。まあ、否定はできない。
僕はこの一週間ほとんど寝ていない。
ずっと手を握っていてくれた香澄さんには悪いのだけれど、優秀な魔法師程度の香澄さんの身体が、眠ると無尽蔵に流れ込む僕のサイオンに耐えられるとは思わなかった。
香澄さんの寝息と体温を感じながら、昔みたいにぼうっと暗闇と天井を見つめていたんだ。
香澄さんは、初日は緊張して眠れなかったけど、翌日からは可愛い寝息を立てて、寝相良く眠ってくれた。
僕の不眠は一週間が限界なので、ぎりぎりだったな。
実は少し、精神の不安定を感じている。
身体が寝不足で熱っぽい。これから向かう会議場で、暴発しないか不安だ。
「年頃の、それも美少女と同衾していて、性欲が一切わかないことは、男以前に、人類としてどうかとも思うけど…」
真由美さんは余計なことを言う。
「それだけ久君が子供…使命感に篤かったんだって」
香澄さんは僕を好意的に考えてくれているけど、実際は、それだけ僕が香澄さんに興味がないと言う証拠でもある。
僕は見た目は子供だけど、法的にはすでに結婚もしている大人なんだから。
これだけ尽くしてくれているのに、男として答えてあげられないことは、やはり人類としてどうかとは僕も思う。
「香澄ちゃん、すごく疲れているみたいだし、気疲れ?」
泉美さんが双子の顔色を心配する。
「う…ん。久君が放つ戦略魔法師のプレッシャーって言うのかな、それが一昨日あたりからいつにも増して凄かったから」
「戦争中…なんですのよね。窓から見える風景からは想像もできませんのに…」
新ソ連による北海道沖と新潟沖の侵攻と、『戦略級魔法』使用の件は、世間には公表されていない。
姉妹は僕とのかかわりのせいで渦中にいた。
特に、横浜事変の経験者である真由美さんの心労は募っていたはずだ。
敵の撃退には成功したとは言え、敵は軍事力に偏向した大国。
戦争は続いている。
「それに、何だか好きな人と暮らすとかじゃなく、幼い弟か子供を世話するお母さんみたいな気持ちになって…」
香澄さんが続ける。
もともと、香澄さんの僕への感情はほっておけないとか母性本能みたいなのから来てる。
「恋愛以上に発展しなかったと…まぁ義兄妹でそれは問題…なんだけど、何処かずれている感覚よね。久ちゃんは結婚していて、奥さんが2人いて、でも容姿は女の子で子供だから」
それは僕の狂気が伝染している証拠だろう。
出来るなら香澄さんや真由美さんには、これ以上僕の世界に関りを持ってほしくないと考えている。
まだ2人は狂気の世界の外にいる、はずだ。
僕は昨夜、敵兵とは言え数千の人間を殺している。
なのに、罪の意識どころか、心に何の波も起こさない化生なんだから。
リムジンは、広い幹線道路を走っていた。
魔法協会関東支部には7時半に到着した。
魔法協会への報告会は8時から行われる。
普通、このような報告会が行われるにしては開始時間が早すぎるけど、これは報告会の後、若手会議が9時から行われる関係だった。
午後からでも良いのにと僕がこぼすと、
「ごめんなさい、父と兄がこの時間にこだわったの」
真由美さんが頭を下げる。
若手会議の主催は七草智一さんで、報告会を直前に推したのは父親の七草弘一さんだった。
報告会の後、十文字先輩や十師族当主、義理の兄から直々に会議出席を頼まれれば断ることは難しくなるからだ。
魔法協会は戦略級魔法師の責任を一部負ってくれている。報告会は、面倒でも義務だ。
義務を、政略に利用しないで欲しいな。
その真由美さんたちは、智一さんのお手伝いのために早朝から魔法協会に来ている。
「僕は光宣くんに会いに来たようなものだから、会議の最中、光宣くんが退屈しないよう話し相手になっていてください」
光宣くんは1人での時間の過ごし方が不得手だからな。
光宣くんがお兄さんの付き添いでこの会場に来ることは、昨夜のメールで聞いている。
僕はどんなに忙しくても、光宣くんとお母様への連絡は欠かさない。
魔法協会のエントランスは、ごく普通の企業のように作られている。少なくとも来るものを拒むような威圧感はない。
僕はそこで姉妹と別れる。
魔法協会のスタッフに師族会議用の別室へと案内される。
報告会は8時からとなっていたけど、会議室にはすでに魔法協会会長の十三束翡翠さん、十文字先輩、六塚温子さんが円卓に着席していた。
今回の報告会は、十師族当主の出席は任意になっていたものの、自分だけ情報の外にいる呑気な当主はいない。
それぞれの座る場所に各当主を映したディスプレイが置かれ、当主のバストアップの映像が映されていた。
僕はすばやく四葉家の、お母様の映像に目を向ける。早起きが苦手な真夜お母様が、眠気を堪えて薄い笑顔を作って、僕を見つめてくれていた。
モニター越しなのに、お母様の顔を見られただけで、僕の気持ちが昂る。
円卓の反対側に国防軍から陸上幕僚監部副官の飾緒を佩用した少佐が立って僕を待っていた。
彼は僕が市ヶ谷基地で待機している時、軍とのやり取りをする部署の代表者だ。
当然、魔法協会との対応も彼がしていて、お互いが旧知の間柄。
僕は彼に挨拶をして隣に座る。
「まず、この国の魔法師を代表して、また国民の代わりとして、昨日の四葉久殿の『貢献』に感謝の言葉を申し上げたい」
着席するや、この報告会の責任者であるはずの十三束翡翠さんを差し置いて、六塚温子さんが言った。
モニターの向こうの当主は現場に進行を任せているようだ。
十三束翡翠さんは特に文句はなさそうで、十文字先輩に遅れて僕に向けて頭を下げた。隣に座る少佐も頭を下げる。
大勢の大人に頭を下げられる光景は、やや落ち着かない。
昨日の顛末は少佐が事務的に報告してくれて、僕はただ座っているだけでよかった。
「敵の極東艦隊は壊滅した、と言う事ですか?」
十文字先輩が少佐に聞く。
「ウラジオストックの艦隊は壊滅しました。生存者はいません。ただ、ウラジオストックの艦隊は老朽艦が多く、最新鋭の戦闘艦はバルト海に展開しています」
少佐が小型のデバイスを開きながら説明する。
「ただ、乗員の多くが、西側で政府に敵対していた地域の危険思想を持った兵士だった、と情報部からの報告があります」
「つまり、敵は危険思想を持つ兵をあえて生還を期し難い戦場に送り込んだ?」
「上陸に成功すれば、罪一等を減ずる…と言う名目の部隊だったようです」
新ソ連も本気ではなかった。成功しても失敗しても問題ない編成だったのか。
人命を数字で計算するしたたかな軍事偏向国家。
「大量の武器や船舶、人員を浪費して、全く国力が低下しないと言うわけがないですわよね」
六塚温子さんが訊ねる。
「古い在庫と体制を一掃した。これからは魔法師による軍の再編が始まる、と言うことでしょう」
少佐がきっぱりと言った。確証と証拠があるようだ。
十師族当主が沈黙する。
今回の侵攻は一般兵と魔法師の混合だった。
次は、少数による精鋭の魔法師だけでの攻撃。もしくは遠距離魔法攻撃。
敵の『戦略級魔法師』の存在が際立って大きくなっている。
「今後も情報部では、戦略級魔法師イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフの所在、および動向を探ってまいります」
国防軍情報部と言えば、先日の遠山つかささんの慇懃無礼さを思い出す。
その能力がどれほどのものなのか、不安が高まる。
戦略級魔法師同士による戦いの幕開け。後方のない戦争。
そんな不吉な予感に、再び一同は沈黙した。
報告会は30分程度で終了した。
少佐は挨拶すると退席し、十三束翡翠さんも早々に会議室から出て行った。
僕が苦手、正確には、僕や十文字先輩の存在感が苦手なようだ。
モニター参加の各当主も退席し、会議室には僕と、六塚温子さんと十文字先輩が残った。
六塚温子さんが僕の前にさっそうと立った。
「四葉久殿、師族会議などで面識があるが、こうして直接話すのは初めてだったね。六塚温子だ。君の義母である四葉真夜殿には大変お世話になっている」
六塚温子さんは澪さんや響子さんとはほぼ同世代で、パンツスーツの似合う女性だ。
「君とは個人的に会話をしてみたかったんだ」
「宜しくお願いします」
手を差し伸べると、いきなり抱きしめられた。
「うんうん、真夜さんの義理の息子さんは可愛いなぁ。真夜さんに似ているし、本当の子供のようだ」
六塚温子さんは、真夜お母様を崇拝していることで有名だった。
僕は深雪さんに似ている。
深雪さんとお母様は近親で、遺伝子的にはほぼ親子なのだから、似ていて当然で、僕とお母様が似ていると言われ、僕も嬉しい。
「真夜さんとのなれそめ話を聞かせてくれると嬉しいな」
僕よりも真夜お母様のことが気になるようだ。僕もその気持ちはよくわかる。
あんな素晴らしいお母様はいないもの。
ドアが開き、痩身の男性が入室して来た。真由美さんたちのお兄さんの七草智一さんだった。
六塚温子さんが名残惜しそうに、僕を解放した。
智一さんは、まず今回の新潟沖での僕の活躍に過剰なまでにお礼を言ってきた。
これまで、パーティーや周公瑾さん追跡で顔を合わせたことはあったけど、会話をするのは初めてだった。
「四葉久殿は香澄の義兄になるのだから、私とも義兄弟の間柄になる。これからは気軽に交流できるとうれしいよ」
差し出された手を軽く握り返す。七草弘一さんから毒気を抜いたような人物だった。
「大役をこなされた翌日で大変恐縮なのですが、このあと開催される会議への出席をお願いできますでしょうか。十師族の一員として久殿にもぜひ参加して欲しいのです」
「僕は十師族じゃないですよ?」
「九島烈殿を後見に持ち、四葉真夜殿のご養子にして、妻は五輪澪殿で、自身も戦略級魔法師の四葉久殿が十師族でないなら、誰も十師族ではありませんよ?」
十文字先輩も頷いた。
昨日の時点で、僕は名ばかりの戦略級魔法師ではなくなった。この国の国防の要であり、切り札であり、頂点。
それまでの前歴の不明な孤児とは完全に立場を異にしている。
ただ、その情報は、この国でもトップ中のトップしか知らない。
「出席してくれるだけで構わないよ。真由美や香澄たちと一緒に帰るのなら、時間はあるだろうしね」
真由美さんが車で送迎してくれるのは、それが目的だった。戦略級魔法師の僕は移動にそれなりの手間がかかる。
十文字先輩には正式に書面で出席を断っているから、十文字先輩の目が済まなそうだ。
六塚温子さんは、どこか楽し気。
「お疲れでしょうが、是非」
外堀が埋まっている。内堀が埋まる前に帰る…わけにはいかない。
「会議には、参加します。ただ、僕は戦略級魔法師として、個人の発言は控えるよう魔法協会と国防軍から要請されているので…」
香澄さんの名前まで出されては断れない。僕は、会議には発言は一切しないと言う条件で出席することになった。
僕が発言しても場を混乱させるだけだ。
反魔法師運動をするような輩は皆殺しにすれば良い、なんて思っていても言いません。
六塚さんが達也くんと話をしたいからと先に会場に向かい、僕は十文字先輩の陰に隠れるように会場入りした。
時刻は9時少し前。
若手会議の会場は、テーブルが四角く配置され、座席は満席だった。
人数は先に席についていた六塚さんを含めて20人。十文字先輩のと智一さんを含めると22人。僕の席は…上座になる十文字先輩の隣。
僕の登場に、次世代の十師族当主たちから驚きの声が上がる。
出席者の中には、顔見知りがいる。達也くんと将輝くん、七宝琢磨くんは三人並んで座っていた。
澪さんの弟の五輪洋史さんに、三矢詩奈のお兄さんの元治さん、光宣くんのお兄さんの顔もあった。こう見ると、次世代当主とも知り合いが多いな。
僕はこの会議に出席しないって前日に言っていたから、達也くんが不信の目を僕に向けた。
着席するや、智一さんが今回の会議の趣旨について説明した。
出席者たちは今回の会議が十文字先輩ではなく、七草家主催だと実感した。
「それで、多治見…四葉久殿の出席は聞いていなかったのですが、四葉久殿も七草殿側の、この会議の主催側の立場なのですか?」
光宣くんの兄である九島蒼司さんが、不満げに質問してくる。
僕が十師族かどうか、その前提から気になるようだ。
「戦略級魔法師である四葉久殿は本来、この会議への出席の予定はありませんでした」
智一さんが答える。
「四葉久殿は戦略級魔法師として、世間に知名度が高く、とくに若い世代の学生に絶大な人気を持っています。ティーン向けの広告、犯罪防止啓発ポスターなどで、魔法協会のPR活動をしていただいています」
芸能人との対談や、一日警察署長とかの参加は、頑として断った。
それ以外にも魔法協会は僕を魔法師の好感度アップに活用しようと、水面下で動いていた。人見知りな僕にとっては迷惑な話だ。
「今回の会議の、ひとつのたたき台になるかと思いまして、別件で魔法協会に来られていた所を、無理を言ってオブザーバーとして参加していただきました」
オブザーバー。直訳すれば、傍観者。会議で議決する権利はないが参加できる人。
発言する権利は、そもそもない、智一さんの中で、僕の立場はそう思われている。穿ちすぎかな?
それにしても、大人の群れに紛れ込んだ子供のような居場所のなさだ。
さっきまでの現当主たちの態度とは全く違う。
僕は小さく次代に向けて頭を下げた。
達也くんの視線から敵意が消える。
隣の将輝くんが「お前も大変だな」って同情の苦笑が送られた。
琢磨くんは一番年下で居心地が悪そうだ。
会議は、テロ捜索の顛末や情報の共有などまじめな雰囲気で始まったものの、反魔法主義への対応は「魔法師による積極的な人気取りを行うべきだ」と言う方向で議論が進み始めた。
智一さんが僕をちらりと見た。
人気取りや魔法協会に広報部を作る、と言う意見はともかく、六塚温子さんが「テレビにでも出演して歌でも歌うのか?」と冗談を飛ばしたあたりから、会議の雰囲気が一気に乱れた。
次代たちは意外と積極的に発言した。他のメンバーに無能と判断されれば将来に響くからだろう。
でも、その発言はどこか軽い。中身も責任も、ましてや覚悟が伴っていない。
現十師族の当主たちなら自分の発言の及ぼす結果を考えて発言するのに、甘やかされた二代目臭がぷんぷんと漂ってくる。
真由美さんや深雪さんをテレビ映えするアイドルにする案はどうですか、なんて冗談は、冗談で済むわけがないことを、僕は知っている。
達也くんと会場全員との空気が、一気に険悪になる。
達也くんの発言は至極全うだったのに、まるで達也くんが悪いかのような構図になった。
僕は、いたたまれなくなった。
僕の存在を利用しようとした智一さんへの嫌悪感。無責任な冗談をとばす輩が、次の十師族当主なのだ。
場の雰囲気が、達也くん一人と他の次代との対峙の構図を作っている。
本来、潔癖な将輝くんが何故か沈黙している。ここで達也くんの味方をしないのは、将輝くんらしくない。
将輝くんも呆れて声すら出ないのだろうか。
琢磨くんに、この会議は荷が勝ちすぎる。
いつもの十文字先輩なら達也くんに理があると判断する筈なのに、渋い顔をしたままだ。
国民が一丸となって敵国に対しなくてはいけないこの時期に、もちろん、反魔法師運動への対応も重要だけど、十師族の次代が考える要件なのだろうか。
それは魔法協会がすでに行っている。
若手会議の参加メンバーが社会に与える影響力なんて、自分たちが思っているより少ない。
これまで何度も言っているけど、この世界は各組織が平行に乱立して、共闘していない。そこに若手会議が加わっても、複雑化するだけだ。
世間は魔法師のことなんてほとんど知らない。
だからこその一歩目の会議なんだけど、この体たらくだ。
若手会議なんてしている場合じゃないと僕は考える。
普段、僕に向けられる達也くんの目は、どこか温かみがある。僕の容姿が深雪さんにそっくりだからだし、達也くんが僕に奇妙な親近感を抱いてくれているからだ。
今の達也くんの目は、ただ冷たい他人を拒絶する目をしている。
僕だって、この会場にいる大人たちに言い放ちたい。
日本海の敵艦隊は僕が消滅させたけど、北海道では国防軍に死傷者が出ていた。
撃退に失敗し、敵軍の上陸を許していれば、今頃、二年前の横浜騒乱とは比較にならない戦闘が各地で行われていただろう。
その可能性は決して低くはなかった。
今現在も、澪さんと響子さんは北海道、最前線にいる。
戦争の真っただ中で、この大人たちは何を下らない会議をしているのだろう。
彼らは、僕よりも頭が良く、子供の頃から英才教育をされたエリートだ。
強力な閨閥も持っていて、2~30年後にはこのメンバーが十師族になる。
六塚温子さんも彼らの世代だ。無意識に勝利者で驕りがある。
そのエリートの英知の結集が、未成年の深雪さんをアイドル活動させることなのか。
戦争の悲惨さは僕は身をもって知っている。
僕は最大の戦争犯罪は、敗北そのものだと考えている。けど、後方の無知、それも未来のトップたちの無知は、犯罪そのものに感じられる。
僕が精神的に子供だから、こんな怒りを覚えるのか…うんざりする。
そして将来、もっとうんざりするだろう。
無責任な発言を繰り返す『次代』には、あるべき姿、存在理由が感じられない。
いや、違うな。彼らにしてみれば、僕の方が異質なんだ。
名家の子女として、厳しく躾けられながらも甘やかされた彼らは、血の混じった泥の味なんて知らないだろう。
残念ながら、僕は達也くんほど怒りを隠せる自信はない。
向けられる悪意の主を、無造作に、殺してしまいたくなる。
僕の俯いた目からは燐光のような薄紫色の光が漏れていた。
それは殺意の光だ。
怒りで、体が熱い。体内にこもる熱に、熱が加わる。
僕の殺気が、じわりじわりと会場に満ちる。出席者から無秩序な発言が途切れる。
どんよりとした空気が、達也くんの立場を余計悪くして行く。
このままでは深雪さんに、申し訳がない。
本当に殺してやろうか。無造作に、昨日の敵兵の様に。
達也くんが僕をちらりと見た。
僕の殺意に気がついた。
僕の精神が均衡を欠いていることにも気がついた。
達也くんだって、はらわたが煮えているけど、この程度の悪意に殺人で答えるのは過剰と、常識的に判断をしたようだ。
切れ長の目を、僕が入室したドアに向ける。
達也くんの表情から意思をくみ取るのは、普段なら難しい。
「すみません、十文字先輩…気分が悪いので退席させてもらえませんか」
僕は姿勢も正さず息を漏らすように言った。
会議での僕の発言はこれだけだった。
会場の雰囲気が、彼らだって、どこか無理のある会話内容だと、頭の隅で思っていただろうから、しらけモードになる。
「あんな体力不足な子供が戦略級魔法師なんて、大丈夫なのか?」
事情を何も知らない誰かの声が締まるドアの隙間から漏れて来た。
あの声は…光宣くんのお兄さんの声だった。父の九島真言さん同様、僕には含むところがあるようだ。
緊張の場所を間違えているあなたたちの方が…いや、僕は異端者だ。
僕は、ふらふらと会議室を後にした。
会議室の外は空気からして違った。
「光宣くんに会いに行かなきゃ」
携帯で連絡を取るのは億劫だな。『意識認識』して場所を調べるか。香澄さんも一緒にいるだろうから、すぐわかる。
『意識』を広げようとして、足元が疎かになる。
僕は絨毯の毛足につま先をめり込ませてしまい、たまらず転びそうになる。
「久さん、大丈夫ですか?」
逞しい胸が僕を抱きとめてくれた。見上げると、光宣くんだった。
太陽のように輝かしい『意識』を同時に感じる。
「光宣くん?どうしてここに?」
「予感、ですかね。久さんが苦しんでいるような気がして…真由美さんたちの話を聞いて、気になって。変ですね」
「ううん、変じゃないよ。光宣くんほどの魔法師なら未来予知のひとつやふたつやみっつによっつは簡単にできるって」
僕は心の底からそう思っている。
光宣くんが照れた。絶世のはにかみの笑顔を見せる。それだけで僕の殺伐とした精神が浄化された。
「『家族』の絆、ですかね」
光宣くんが笑う。
「ティールームを借りてます。真由美さんたちもそこにいますし、行きませんか」
「うん」
光宣くんが僕の手を引いてゆっくり歩きだした。
何だか、魔法科高校入学前、九島家の周辺を散策した日を思い出す。
おっと。『意識認識』をしたままだった。
すぐ隣にいるんだから、眩しいだけだ。
ん?
一瞬、光宣くんの『意識』に陰りを感じた。
群雲がかかる…いや、太陽の輝きに黒点が広がっていくような違和感。
これは…
視界の隅に、通路に設置された火災報知器が目に入る。LEDの赤い光が、通路の薄い闇に光っている。
「赤、か…」
なる程。
赤、だ。
ここが、運命の分かれ目だ。
これは未来視かな。
いや、『家族』の絆、だよね。
僕は、光宣くんの腕に寄り添いながら、歩を一緒にした。
お久しぶりです。
時間はあっという間に過ぎていきますね。
まさか半年も時間が空くとは…
他の趣味や、オバロのゲーム、ウマ娘を見た後、競馬に興味を持って、毎週末100円ずつ馬券を買っているから、執筆が遅れたんだろうと言う意見には、肯定します(笑)。
原作も進んでいますし、これからはもう少し定期的に書けるよう頑張ります。
最初、久は若手会議には参加しないで、光宣にも会わず、澪が市ヶ谷に帰還して、久も市ヶ谷の総司令部に向かう構想でした。
自宅、移動、報告会、若手会議、市ヶ谷基地と場面がころころ変わるのもテンポが悪い。
光宣との接点が減り、光宣の闇落ちを防げない…
何てこと考えていたら、半年経ってしまいました。
時間が経つのが早すぎる。ジャネーの法則ですかね。
ただこれまで、光宣のために張っていた伏線が、回収できそうな雰囲気です。
周公瑾の消滅を疑いまくっていたこと、精神のネタが、光宣の救済に役立ちます。
そして、あいかわず久は、澪、響子、真夜、光宣、達也、深雪以外に興味が薄いです。
ところで、若手会議の座席数。
左右下手に18、上座に5、出席者は23人と達也が言っているのに、上座の席に座るのは克人、温子、智一の3人で、座席と数が合いません。
残りのふたつの内、久が座れば4。それでも、残りひとつの上座には誰が座っていたのかな。
何て、原作の誰も気にしないような部分が気になってしまうのです。
以下、長くなってカットした文章です。
リムジンの中ではこんな会話があったのです。
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「男女の関係…ってのはなかったけど、久君と一週間過ごしてみて気がついたことはあったかな」
香澄さんは仮眠している(狸寝入りだけど)僕の手のひらを握ってくれていた。
「久君は、人目のなくなる自宅では自分のことはとても無頓着だった。最初の日、久君はお風呂に入って、5分もしないで出てきて、髪も身体もずぶ濡れで、石鹸も残っていて、雫をまき散らしながらタオル一枚で廊下を歩いてたんだ」
真由美さんは思い当たる記憶があるので黙っている。
泉美さんは、あまり興味がなさそうで、それでも僕をじっと見ている。動かない僕は小さな深雪さんそのものだから、色々と想像を重ねているみたいだ。
「そのタオルが床に落ちているのに気がつかないで、濡れたまま部屋に戻って着替えて、それから床が濡れていることに気がついて、いきなり掃除をし始めたんだ。
長い髪も身体も服も濡れたままだから、掃除の途中ですっかり身体が冷え切って震えているのに、ボクがそれを指摘したら、『寒くない?暖房入れようか』ってボクの心配をしてくるんだ」
「目の前のことに意識が向いて、それ以外を考えられなくなるのは久ちゃんの癖だものね」
「それからは一緒にお風呂に入るようにしたんだけど…」
「一緒に!?」
「なっ何もなかったよ!そもそも、久君は女性の裸には慣れているし、私の裸を見ても、あそっ、あそこは変化なかった!ボクだけ、興奮して癪だったり、お互いの身体を洗い合ったり、ちょっと興味があって触ってみたりしたけど!ほんと!何もなかったから!」
自分の発言で興奮していくのが香澄さんの癖だ。言わなくても良いことまで言っている。
あそこ?
あそこって何処でしょう。
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さて次回。
光宣の闇落ちを止める前の、原作での詩奈誘拐事件。
このSS開始から『誘拐』に誰よりも敏感な久が、詩奈誘拐を知ったら。
どうなるでしょうね。
ただ、血は免れません。
では。