パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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結婚式

2097年4月1日。

この日は僕の戸籍上、18歳の誕生日だ。

この日を僕の誕生日にしたのは、烈くんのケレン味が溢れている。

僕の存在は、この世界には冗談の類だろう。

でも僕は、この世界の常識から外れないよう、ひっそりと暮らすように、これでも心がけている。たとえ遅刻しそうになっても『瞬間移動』は使わず、自分の足で歩くようにしているくらいには。

 

今日は僕と澪さんの結婚式が執り行われる。

正式に発表されてから多くの関係者を巻き込んで、途中テロが起き規模が縮小されたにしても、ついにこの日を迎えた。

僕と澪さんは、すでに同居しているから結婚のイメージが僕には湧かない。

でも、女性である澪さんには、とても大事な、一生の思い出になる日のはずだった。

 

その日の早朝、世界を驚かすニュースが一斉に報じられた。

南米でブラジル軍が、独立を標榜する武装組織を殲滅するために戦略級魔法を行使したのだ。

そのニュースを聞いて、僕が疑問に思ったのは、たかだか反政府組織を倒すために戦略級魔法を選択したブラジル軍の不可解さだった。

戦略級魔法は、抑止力だ。

自軍が行使すれば、敵軍の行使を否定できない。

南米の反政府軍が、戦略級魔法に対処できるほどの規模であるとは思えない。

それなのに、何故?

反政府軍のバックに他国、戦略級魔法師を抱えた国の存在があるのかもしれない。

でも、どうして今日、南米時間の3月31日。日本時間の4月1日なのか。

3月30日や4月2日ではいけなかったのか。

ブラジル軍の意思は、僕にはわからない。

僕と澪さんの結婚は、全世界に知られている。

高齢化が進んでいる14使徒の中で、正体不明な米軍の戦略級魔法師を除いて、若い僕と澪さんの戦略級魔法師同士の結婚は世界でも初の、稀有な出来事だった。

魔法師は世代が新しくなる程、強力になる。

もし、僕と澪さんに子供が生まれたら、ものすごい魔法師が生まれるかもしれない。

それは、世界の勢力図を書き換える個人の存在になるだろう。

この国は、魔法師の質量ともに世界から抜きんでている。

魔法の世界で、遅れをとる不安がブラジル軍を突き動かしたのか。

わからない。

でも、ブラジル軍の決断は、明らかに僕たちの結婚に対する反対、もしくは嫌がらせの意思が感じられる。

ブラジル軍が使用した戦略級魔法による犠牲者の数は、時間が進むにしたがって多くなっていた。

お昼の12時ころの最新の報道では、死者は一万人に達するとのことだった。

2月の、箱根のテロとは桁も規模も違う犠牲者の数。そのほとんどが非戦闘員、一般の住人だって情報も大々的に報道されている。

その中で、僕たちの結婚式を行えるほど、世間の感情は優しくない。

 

結婚式と披露宴は赤坂の高級ホテルで、夕方から行われるはずだった。

招待客は十師族、師補十八家、財界に政界の有力者だけでなく、皇族の方々の出席も予定されていた。

僕自身の価値ではなく、戦略級魔法師として、この国の防衛の要の澪さんの存在と貢献が、それだけの人を招待させていた。

 

お昼の12時、そのホテルの一室で、真夜お母様と五輪勇海さん、魔法協会会長の十三束翡翠さん、宮内庁の代表者が額を突き合わせて、このまま披露宴を開催しても問題ないかと議論をしていた。

真夜お母様は、開催を主張していたけど、他のメンバーは中止案を主張していた。

僕は同じ部屋にいて、窓際に座り、4人の会話を背中で聞きながら、ホテルの窓から見える皇居外堀の桜並木をぼうっと見ていた。

外堀に植えられた桜並木は、まだちらほらとしか咲いていない。

寒冷化が進んだこの時代、春の暖かさにはまだ遠かった。

魔法協会会長の十三束翡翠さんがこの場にいるのは、戦略級魔法師が十師族ではなく、政府と軍の指示で動くからで、魔法協会はその橋渡しをする存在だからだ。

十三束翡翠さんは一高の十三束くんのお母さんだ。人のよさそうな、悪く言えばあまり自分の意見を持たない人物のようだった。

南米での犠牲者の数が増えるにしたがって、翡翠さんも宮内庁の人も、五輪勇海さんも、結婚式と披露宴の中止を主張した。

魔法師に対する反発が強まっている昨今、戦略級魔法師同士の結婚は慶事であっても、世間に対して遠慮や配慮を必要とすると、3人は考えているようだった。

式が中止になっても、僕と澪さんの婚姻はすでに役所に正式な手続きをもって届けられている。僕たちは公式に夫婦になっていることにはかわりがない。

問題は、式を中止にするなら、早急に発表して、関係者に通知しないと混乱が起こること。

式の後、予定されていた魔法協会主催の僕たちの記者会見を、式が中止になっても行うかどうか、と言う相談だった。

翡翠さんの意見は式の中止は不可避だけど、記者会見は魔法師のイメージ回復の戦略もあり行う必要があるとのことだった。

このタイミングでの記者会見は、むしろマイナスになりかねないと僕には思えるけど…

 

 

 

結局、結婚披露宴は中止になった。

もともと2月のテロ事件以降、魔法師の世界では自粛が相次いでいたから、僕たちの式も当初の予定より縮小されていた。

それでも、式が中止なることは想定外だった。

他人が苦手な僕はともかく、澪さんはと言えば、思ったよりも落ち着いていた。

式が中止なっても、僕たちが正式に法律で認められた夫婦になっているから落ち着いていられるのだろう。

澪さんは、残念だけど仕方がないって笑顔で僕に言った。

その笑顔が作り物であることを、僕は気がついていた。

 

記者会見は行われることになった。

十三束翡翠さんが南米の戦略級魔法について、魔法協会の意見を述べることは問題ない。

問題なのは、その会見の場に、僕と澪さんが同席することだった。

真夜お母様は反対したのに同席が決まったのは、もともとこの記者会見が僕たちの結婚に対する物だったからだ。

そして、記者会見で今回の戦略級魔法に対する質問が想定されることを、十三束翡翠さんがひとり矢面に立つことを嫌がったからだ。

魔法協会代表として、僕たち魔法師を護る立場にいるはずなんだけど、人柄はともかく、能力的には頼りになりそうにない人物だった。

 

以前、僕が戦略級魔法師になった時の記者会見は、きっちりと計画と戦術を話し合い、記者とも打ち合わせを行った。

質問も、出席する記者も会社も、事前に選別されていた。あの時は、真夜お母様と十文字先輩が裏で動いてくれていた。

今回は世界的な事件の直後ということもあり、そのあたりのコントロールが出来なかった。

テロ事件の未解決や、この頃の魔法師排斥運動もあり、案の定、記者会見は荒れた。

特に、魔法師に対する非難や誹謗は、まるで僕たちが悪人であるかのような執拗さだった。

十三束翡翠さんは、しどろもどろになり、僕と澪さんは沈黙するしかなかった。

どうして、こんな非難を受けなくてはいけないのだろう。

僕に対する非難、九校戦で『ルビー』を使ったことで、世界的に戦略級魔法に対する心理的な抵抗が薄れたと言う非難は構わない。

でも、澪さんに対して、批判をする記者は許せない。

澪さんの存在が、これまでこの国を敵国からの侵略から護っていたのは、誰も文句を言えない事実だ。

澪さんがいなければ、敵国は大規模な艦艇で攻撃をしてきたはずで、5年前の沖縄と佐渡、2年前の横浜での戦闘はもっと大規模で悲惨な結果になっていたはずだ。

僕や澪さんの容姿があまりにも子供なことも、誹謗中傷の類ではあるけど、その記者の舌鋒を鋭くさせていた。

十三束翡翠さんはおろおろするだけで、会場はその記者に便乗した出席者の怒号であふれた。

勿論、魔法師に友好的な記者も多くいた。

それらの記者は、的外れな非難をする記者を白い目で見ていた。それでも、積極的に発言を遮るようなことはしなかった。

非難の雨を受けて、いつもの僕なら、一向に気にしないで、人形のような無表情で座っていただろう。

澪さんも、常人とは異なる強靭な精神を持っている。

時間が過ぎれば、その暴風も収まると思っていた。

 

 

 

僕は、自分でも気がつかないうちに、涙をぼろぼろ流していた。

 

「久君?」

 

最初に気がついたのは隣に座る澪さんだった。

立ち上がって非難の言葉をわめき散らしていた記者が、ぎょっと驚いて口をつぐんだ。

人形のような顔の子供が、声も出さず、小さく震えながら涙を流している。

会場が鎮まる。

視線がその記者に集中する。

この会見は、一部メディアで生中継されているから、視聴者の視線も集まっていただろう。

会場の光景は、いい年をした大人が、子供を、それも黙っていれば絶世の人形のような容姿の少年を、一方的になじる姿でしかなかった。

目の前に座っている魔法師は、戦略級魔法師である以前に、18歳になったばかりの、それよりも幼くしか見えない子供であることに今更気がついたみたいだった。

 

「どうして、僕たちを、澪さんを祝福してくれないの?

僕は、僕を非難するのは構わない。

僕は、現実は、何も成し遂げていない。僕の存在は、世界に悪影響を与えているかもしれない。

でも、澪さんは、一人で、この細い体で、この国の数千万の命を護って来たんです。

あなたは戦略級魔法師に恨みでもあるんですか?

核兵器以外の戦術兵器は、世界中でためらいなく使用されている。

群発戦争は、終わっていない。

この国が曲がりなりにも平和を保てているのは、多くの非魔法師と魔法師、国防軍や澪さんがその身を危険にさらして来たからです。

澪さんは強大すぎる魔法力のせいで、残り数年の命と言われるほど疲弊して、衰弱していました。

魔法師どころか、ひとりの女性としての幸せも犠牲にして、自身の命も削りながら、双肩に多くの責任を背負ってきたんです。

その澪さんの幸せの日に、唯一無二の日に、どうしてそんな非難を浴びせるんですか?

他国の魔法師が憎いから、この国の魔法師も憎むんですか?」

 

それは戦略級魔法師の呟きではなく、ただの子供の呟きだった。

僕が世界から侮られる所以の、幼さが前面に出ていた。

 

「ま、魔法師がいるから、戦争が起きるんでしょう!」

 

「魔法師がいないと、戦争は起きないんですか?」

 

「じっ事実、戦略級魔法で多くの人命が失われています」

 

「他国の軍の決断を、僕たちが責任をとらなくてはいけないのですか?」

 

僕と澪さんはこの国の魔法師の象徴であり、守護神、最強の護り手のはずだ。

敬意を持てとは言わない。

でも、自分の意見を国民の総論であるかのように一方的にぶつける権利がこの記者にはあるのだろうか。

70年前、群発戦争の末期、僕は敵国の首都で自爆的な『瞬間移動』を行い、この国を危機から救った。

深い洗脳を受けていたから疑問も持たず、僕は死んだ。

でも、こんな人たちを護るために、僕は命を捨てたのかと思うと、悲しくなる。

今の僕が『家族』にしか興味が持てないのは、多分、こういった意見の人が多いからだろう。

それでも、国民を護るべきだって、十文字先輩なら言うだろうな。

 

おかしな。僕はこの程度で涙を流すほど弱くないはず。

少なくとも、ここ一年の僕は。

ああそうか。響子さんがお仕事で家を留守にして10日が経過している。

澪さんと響子さんと同居を始めて、これほど会えなかったのは初めてだ。

一高入学直後、僕はちょっとしたことで泣いたり、錯乱したりと健康も精神も不安定だった。

2人と生活するようになって、まともな日常を得て精神が安定した。

僕がこうして、ここにいられるのも、2人のおかげだ。

 

澪さんが優しく、僕の身体を抱きしめてくれた。

澪さんの体温を感じて、胸の奥に温かい感情が浮かぶ。

恋愛が理解できない僕だけど、これが好きって感情なんだなって思う。

僕は澪さんが好きなんだ。それに、響子さんも。

 

僕は涙に濡れた黒紫の瞳で、その記者を見つめていた。

記者は、ぐっと黙った。

周囲からの非難の目も集中している。

記者会見の会場を沈黙が支配した。

その沈黙に耐えきれなくなったように、

 

「魔法師が、世界の核戦争による破滅を監視していることは、皆様もご存じだと思います。我々魔法師は、国民の皆様の…」

 

十三束翡翠さんが、魔法師の世界的な働きについて既知の事実を語り始めた。

記者会見は、もやもやしたまま所定の時間が経過して終了した。

 

 

3日後、響子さんが軍務から解放されて、練馬の自宅に帰宅した。

入学式に向けて、生徒会役員はいろいろと学校で活動しないといけないけど、僕は達也くんの指示でずっと自宅待機していた。

 

帰宅した響子さんの姿を見て、僕の精神は安定した。

澪さんに抱いたのと同じ感情が、心に満ちる。

やっぱり僕は、響子さんが好きなんだな。

 

響子さんに、最終の確認をして、僕と澪さん、響子さんは、3人で秘密の結婚式をあげた。

2人には以前、クリスマスのプレゼントで指輪をあげたけど、今日は、本物の結婚指輪を贈る。

2人の左手薬指に僕が指輪をはめ、2人が一緒に、僕の左手薬指に指輪をはめた。

 

道義的にも倫理的にも、世間から批判される関係でも、僕に『家族』が増えた記念の日だった。

 

3人がお互いの結婚指輪を見つめている。

 

 

 

 

 

 

 

僕の右手薬指には、もうひとつ指輪がはめられている。

真夜お母様からいただいた、完全思考型CADのデバイスだ。

澪さんと響子さんだけじゃない。

 

 

僕は真夜お母様とも繋がっているんだ。

 

 

 




ブラジルとオーストラリアは、各国がディーオーネー計画とエスケイプス計画のどちらにつくか発表しているのに、どちらにつくとも発表していないと、原作中にありました。
ブラジル軍が戦略級魔法を使用した理由は、結局不明です。
死者の多さから世界中から非難されているようなので、反乱組織の存在がよほど腹に据えかねたのでしょう。
そんな幼稚な国家なのです。
だから、4月1日の久たちの結婚式に、嫌がらせをしたのです。

さて、原作の発売ペースが速すぎです。
現在、25巻エスケープ編下巻までしか読んでいません。
26巻は未読なのに、暗殺計画が発売されて、27巻まで翌月に発売とは!
佐島神様、速すぎです。

原作厳守のこのSSでは、自分は原作を何度も読み返して、原作の行間や、気になった部分、伏線などを深読みしながら書いています。
何度も読み返すので、25巻までしか読んでいないのです。もちろん、26巻と暗殺計画は本棚に並んでいますし、27巻も予約済みです。
師族会議編は手垢で色が変わる程、読み返しています。
そんなに読んでこの程度の内容なのか、と言われると恐縮です。
なので、周公瑾が宇治で消滅しないで、達也が謎の視線を宇治川の上流に向けたことや、
真夜がパラサイトを回収したことやパラサイトの存在、精神や意識の問題をSS内で広げています。
光宣を烈と並んで重要人物にしたことも、このSSの特徴ですが、
このSSの構想を練った時、原作は師族会議編上巻までしか発売されていませんでした。
古都内乱編のあとがきで、最重要人物と言われている割に、それ以降が空気だった光宣の出番を増やしたのです。
しかし、まさか、光宣がラス〇ス扱いされるとは!
もともと光宣は自分が認めた人物以外には、態度が横柄でした。
烈と響子以外の家族や使用人に対する態度は、かなり見下すものでしたし、
お坊ちゃまなので、自分の意見を否定される経験があまりなかったので、あんな暴挙に出てしまっているのでしょう。
達也と光宣の戦闘シーンも、久と光宣の模擬戦にちょっと似ていてびっくりです。
久は何度も、光宣に急ぎすぎだって言ってきました。
光宣の体調不安も、自分の遺伝子のせいではないかと思っています。
周公瑾の知識を得た光宣は、久の正体、高位次元体であることを、当然知るでしょう。
久は人ではない。パラサイトと同じ、いや、それ以上の存在です。
ならば、自分も人であることをやめる理由のひとつ、と言うか最大の後押しになってしまいます!
さて、どうやってラ〇ボス光宣を救いましょう。
伏線ははっているのですが、難しいです。
でも、がんばります。

あと、アンティナイトが先史文明の遺物であるって原作の設定を生かせないかって考えていたのですが、
すでに詰め込みすぎなので断念しています…汗。

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