パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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前回の話は、今回まで書く予定でした。


大切なものは目には見える

 

2月16日土曜日、この日も反魔法師団体のデモが都内で行われていた。

デモが行われた霞が関は中央官庁や国会があり、皇居も近いこともあって警備は厳重だ。

デモ団体は、魔法大学では暴徒化したのに、ここでは大声を出すこともなく、ただ行進するだけだった。

個人的願望や要望を、あたかも集団の総意として、発信力を強める為の行動は…いや、愚痴みたいになるから、もういいや。

 

今日も僕は達也くんにミーティングまでの間は自宅待機を指示されていた。

校門で達也くんと待ち合わせをして、一高駅前のキャビネット乗り場まで一緒に下校する約束をしている。

終業のチャイムが鳴って、深雪さんやほのかさんに下校の挨拶、将輝くんとミーティングの時間を確認をすると、僕は2-Aの教室を出た。

階段を転ばないようにゆっくりと降りて、一年生の教室の前を玄関に向けて歩いていた。

 

「四葉先輩」

 

一年生の教室前に、七宝琢磨くんが立っていた。

僕に気が付くと正対して、正面から呼び止められた。

彼は入学当時の才走った小生意気な雰囲気は今はもうなく、部活連の一員として、それなりの地歩を固めているそうだ。

一高は比較的女子生徒の方が発言力が強いので、琢磨くんはがんばっている。

放課後の慌ただしい時間、他の生徒たちも沢山いる。琢磨くんは十師族で一年生の総代だから、他の生徒よりも目立つ。周囲の視線と関心を集めている。

その視線を躱すように、一歩前に進み出た。

僕の事を待っていた?

 

「こんにちは、琢磨くん」

 

「こんにちは先輩、今日もテロ組織捜索のミーティングですか?」

 

バカ丁寧にお辞儀をした琢磨くんに頷きで答えると、窺うように聞いて来た。

 

「昨日は、魔法大学前のデモの話はしましたか?」

 

「うん。大学生も動揺していたけど、十文字先輩が、デモ団体は一般市民だから、基本的には警察に任せて生徒たちは静観しているしかないって」

 

「そうですか…犯人の捜索は進んでいますか?」

 

琢磨くんが声を小さくする。捜索状況は七宝家には伝えられているはずだ。形式的な報告よりも僕の所感を知りたいのかも。

 

「十文字家と七草家は関東一円に捜索範囲を広めているけど、12日以降の足取りは残念ながら掴めてないんだ」

 

「四葉家の方はどうですか?」

 

僕は首を左右に振る。

 

「四葉家も、今のところ行き詰っているみたい」

 

「四葉家でも、ですか?情報を秘匿している可能性は…すみません」

 

琢磨くんも、四葉家が他家とは違い、油断ならない実力を秘めていると思っている。それでも迂闊な発言を、即座に謝罪した。

入学当時にはない態度だ。

 

「達也くんですら、不機嫌気味だから、間違いないよ」

 

「司波先輩が?」

 

達也くんの実力を身に染みて知っている琢磨くんは少し考えこんだ。

 

「七宝家でも動けるところは動いて行きます。四葉先輩も体調に気を付けてくださいね」

 

琢磨くんは僕を引き留めたお詫びを言うと、踵を返して歩き出した。

この一言を言いたくて、僕に声をかけたのか。

七宝家は今回の師族会議で、九島家にかわって初めて十師族に選ばれた。七宝家は有力師族とまでは実力がない。

急に十師族に決まったこともあり、出来ないことの方が多い。

琢磨くんも焦燥感を抱いているようだ。

 

 

一高前駅で達也くんと別れてキャビネットに乗った。

僕の自宅のある練馬までは最寄り駅からコミューターに乗り換えて一時間。

自宅に着いたところ、澪さんから西宮の二高の生徒が、反魔法主義者に襲撃されたニュースを知らされた。

二高では、光宣くんが副会長に就任している。当事者の光宣くんは対応に忙しいだろうから、僕は達也くんに連絡をとった。

達也くんは帰宅中にそのニュースを知ったそうで、急遽、一高に戻っていた。

一高の生徒会室で二高生徒会から状況を聞くそうだ。

僕も仮とは言え副会長だ。一高に戻るかと達也くんに聞くと、僕が一高に着くまでに二高生徒会との話は終わっているから、自宅で待機、詳報は今夜のミーティングで知らせるとのことだった。

僕は自宅で、やや感情的な報道をじりじりと見て、時間まで待った。

 

19時ごろ、魔法大学近くのレストランにいつものメンバーが集まった。

二高副会長の光宣くんから聞いた情報を達也くんが報告する。

人間主義を唱えるデモ隊に囲まれた女子生徒一人が防犯ブザーを使用しようとして、デモ隊の男が女子生徒の腕を掴み、助けようとした男子生徒が全身を殴打され、さらに顔面を殴られ昏倒。

もう一人の女子生徒が防衛のため『電撃』を使ったものの、加減を誤りデモ隊の一人が不整脈となり、救急車を呼ぶ大騒動となった。

状況的に二高生徒の方が被害が大きく、正当防衛の範囲に収まる。

でも、デモ団体側からすれば鬼の首をとったかのように、自分たちの被害を喧伝するだろう。

要するに、二高生徒は挑発に乗ってしまったんだ。

光宣くんが副会長をしているにしては二高生徒の意識の低さが気になる。まぁ、光宣くんは休みがちだし、生徒会では意見がしにくいのかもしれない。

真由美さんが大学での反応を、将輝くんが三高の対応を話す。

幼稚園のように集団登校は、各地から登校する高校や大学の生徒は難しい。最寄り駅から学校までの通学路を学校側が警備する程度の防衛しか取れない。

しかし、一高の校長は、一高が実際にテロ組織に襲撃されて重傷者が出ても、まったく動かない偏屈な人物だ。

他校はそれなりに対処してくれるだろうけれど、一高では出来るだけ集団で行動すること、過剰防衛にならないことを周知するしかない。

 

その日のミーティングでは、デモ団体の対応で話が終始した。

それだけグ・ジー捜索は行き詰っている。

 

日曜夜、達也くんから電話があった。

月曜放課後に、グ・ジーが潜伏していた鎌倉に手掛かりを求めて向かうので、僕も同伴して欲しいって。

今更鎌倉の火事跡を見ても情報を得られるかは難しいけど、現場百回って言葉もあるし、達也くんなら常人では気が付かない手掛かりを見つけられるのかも。

僕を同伴させるのは、一緒に行動するって約束を守るのと同時に、僕の魔法師とは違う感覚で何か突破口が開けるかもと言う考えらしい。

 

「何だか、藁にも縋る気持ちみたい」

 

「…そうかもしれないな」

 

達也くんにしては珍しく煮え切らない返事だ。

 

「…」

 

達也くんが、沈黙した。

 

「何か不安があるの?」

 

言葉にしにくい、もどかしさを感じる。

 

「不安、とは?」

 

「達也くんの声がいつもより力がないもの」

 

それだけ、グ・ジー追跡や反魔法団体デモにストレスを感じているのか。

感情の起伏が薄い達也くんが抱く不安は、恐らく深雪さんの存在だけだ。

今は備えて待つ時なんだと思う。

テロリストの捜索や襲撃を、魔法師の資格を持たない学生にまかせる十師族の考えが、世間の常識から乖離している。

犯人捜索のせいで深雪さんと一緒にいられる時間が減って不満がたまっているのかな。

僕は逆に、帰宅時刻が早まって、澪さんといる時間が増えている。響子さんもここの所、僕に甘いし。

僕が第三者的な視点でいられるのは、僕の精神が安定している証拠なのかもしれないな。

 

 

月曜放課後。僕と達也くんは終業のチャイムが鳴ると早々に下校した。

今夜はミーティングは2人そろって欠席すると十文字先輩には伝えてある。鎌倉と座間のグ・ジー潜伏現場をもう一度捜索すると、素直に予定も報せている。

達也くんの『異能』は、24時間までなら情報をたどれるそうだけど、今さら襲撃現場を捜索して手掛かりが見つかる可能性はないと思う。それでも、それ以外に犯人につながる情報がない。

帰宅すると余分な時間がかかるので僕は達也くんの家に直接向かった。

達也くんの家で、バイクスーツに着替え、ヘルメットをかぶる。

黒を基調とした達也くんと同じデザインで、一見すると普通のスーツだけど、その実、ものすごい技術が組み込まれているそうだ。

達也くんは、法定速度ぎりぎりの速度で、バイクを走らせている。

ヘルメットには通信用のマイクとイヤホンがついているから会話は走行中でも可能だ。

達也くんの呼吸音が聞こえる。何か考えながら運転している。

達也くんにしては運転が荒い。

いつもなら基本に忠実にスローインファストアウト、まるで機械のように的確に運転するのに、何度かホイルスピンをして、アスファルトに黒い焦げ跡を残していた。

荒馬を乗りこなして喜ぶ将輝くんみたいな運転だ。

もともと雲をつかむような今回の行動なので、達也くんが珍しく迷って、心を乱しているのかな。

僕はテンダムシートに座って、伸ばした腕で達也くんの背中を必死に捕まっていた。

 

交差点の道路標識を見るとバイクは横浜市に入ったところだった。

いきなり加速が止まり、達也くんはバイクを路肩に寄せた。エンジンもきった。

グ・ジーが潜伏していた鎌倉の住宅地までは30キロ近くある。

 

「どうしたの?」

 

僕の質問に答えず、達也くんは西の方角をしばし見つめていた。ヘルメットのバイザーは調光シールドが貼られていて、冬の西日に照らされて真っ黒になっていた。

達也くんの表情は見えない。

それなのに、ひどく不安げな雰囲気を感じる。市街地の幹線道路なのに、奇妙な静寂が満ちた。

達也くんは目の前の雑居ビルを見るようで見ていない。焦点が虚空で定まっている。まるで陽炎でも見ているようだ。

『視て』いる。僕はそう思った。達也くんの視線の先には八王子の一高がある。一高には、

 

「深雪が危ない」

 

達也くんが呟いた。

それは確信じゃない。危機感をともなう予感。胸騒ぎ。

でも、魔法師の不確かな予感は、虫の知らせや第六感とは違う。未来予知とまでいかなくても、蓋然性は高い。

それに、達也くんの『意識』は深雪さんと繋がっている。深雪さんの魂が、達也くんを呼んでいる。

僕は、澪さん、響子さん、真夜お母様、香澄さんの『意識』を肌に触れるように感じられる。でも、僕に感じられるだけで、澪さんたちにはわからない一方通行な関係だ。僕が恋愛を理解できないこともあり、達也くんと深雪さんの関係は、理想であり至高だ。

その関係を壊す存在を僕は許せない。

 

「達也くん。一高の深雪さんのそばに『飛ぶ』よ!バイクを街頭カメラのない路地に入れて!」

 

達也くんが、ぎょっと驚く。背中の筋肉に緊張が走った。

達也くんの不安と、深雪さんの危機を僕は疑わない。

ここから一高のある八王子までは40キロはある。急いでも一時間はかかるだろう。

深雪さんは優秀な魔法師だし、そばには水波ちゃんもいるから、敵に襲われたとしても簡単には倒せない。

でも、深雪さんは魔法師以前に女性だ。間違いが、万に一つもあってはならない。

後悔につながる無為な時間を、僕が一瞬に縮める。

僕の、達也くんの不安をまったく疑わない言動に、達也くんも不安を確信にかえた。

 

「わかった」

 

達也くんが幹線道路を走行する他の車を一瞥した後、住宅街にある緑葉樹の茂る公園の死角にバイクを移動させた。

 

「やってくれ」

 

バイクをアイドリングさせたまま、達也くんが公園の周囲を確認。通行人もカメラもない。

力強く言いながらも、少し背中に緊張が走るのがわかった。

僕は『意識認識』をする。達也くんの『意識』が光のように輝いている。同じ光を遠くに感じる。

 

「深雪さんは今、一高の外にいる。登下校中の生徒や一般人の目があるから、通学路裏の雑木林の道路に『飛ぶ』よ!」

 

僕は達也くんをバイクごと『テレポーテーション』した。

 

視界が一瞬で切り替わる。常人なら脳の情報処理が混乱する瞬間だ。

達也くんも流石にちょっと戸惑ったけど、鋼の精神ですぐに気分を切り替える。

 

ここは一高の通学路から路地をふたつ入った場所で、今、深雪さんのいる場所まで約200メートル。

僕が深雪さんの居場所を指示するまでもない。

 

「むっ」

 

達也くんが唸った。

僕も達也くんと同じ違和感を脳内に感じた。

 

「このノイズには覚えがあるよ」

 

「ああ、アンティナイトのキャスト・ジャミングだ」

 

達也くんが断定した。

誰かがアンティナイトを使用している。戦術的に貴重な、魔法師を無力化すると言う道具。ただのデモ組織が手に入れられる道具ではない。

 

「行くぞ!」

 

達也くんの声に殺気がこもった。いや、殺気を通り越した、殺意だ。

 

「うん」

 

僕は再び達也くんにしがみ付く。達也くんの背中は、少し前までと違って、爆発寸前の殺意が熱となって燃え上がっている。

 

バイクが弾丸のように加速した。

 

 

 




十師族が全力でグ・ジー捜索をして失敗した時の外聞を憚ってグ・ジー捜索を無資格の学生に行わせるのは、どう考えても変ですよね。
十師族には魔法師の資格を持った社会人もいるのに…
真夜や十師族の感覚はちょっと変です。
まぁ、グ・ジー捜索に本来関心が薄い達也が主人公なので、原作としては無理でもそうしないと、達也が話に乗れないので仕方がありませんけど。

今回アクション回にしたかったのですが、ここもキリが良いのでここまでです。

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