パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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その日の午後。


ご褒美

西暦2097年2月5日に東京八王子の魔法大学付属第一高校で起きた惨劇は、しかし、幸運でもあった。なぜなら、同日に箱根のホテルで起きたテロ事件と違って死者は、自爆テロの実行犯のみだったからだ。

事件直後、箱根から一高に戻った達也くんと深雪さんは、校庭の惨状に息を飲んだけれど、すぐに僕のフォローをしてくれた。

達也くんから、箱根のテロ現場で、お母様の無事を確認したと教えてもらい、改めて安心する。

一高の惨劇もテロである以上、これは警備警察、公安の事件だ。

警察にも魔法師に否定的な思考を持つ者がいる。そんな連中に、己の庭、己の城を土足で踏み入られることを忌避した百山校長は、自分の人脈、特に一高出身者の警察幹部に通報をした。

いつも凶事に無力で、生徒に丸投げな校長も、時にはそれくらいの骨を折って貰わないと。地元管轄を中心に一高に急行した警察は以上の理由で魔法師が多かった。

それでも、ばらばらに散らばって、頭蓋の数で実行犯の人数を特定しなくてはならない現場では、警察官は感情的に動揺、混乱が起きた。

僕は『サイキック』ではなく、『魔法』で防御した。だから、僕の『魔法』も校内のカメラとサイオンセンサーでリアルタイムで記録されている。目撃者も百人単位でいる…

『魔法』使用は厳しく制限されている。魔法科高校内で証拠もあり、身を守っただけだとしても通常なら学生でも、未成年でも、それが十師族の子弟だったとしても、供述調書作成に時間がかかっただろう。

襲撃者が子供だった、となれば警察も魔法師同士の親近感では済まされない。

でも、校庭でただ一人、自爆テロに身を晒した人物は、戦略級魔法師と言う唯一無二の肩書きを持っていた。

戦略級魔法師はこの国の防衛の要で切り札だ。殆どの警官が、僕を知っている。それも、報道の、女の子…いや、子供だけど見た目だけは完璧な僕をだ。

事情聴取は、校内の来賓室が使われ、僕と聴取する警視、立会いと記録担当の警部補だけが入室した。現場の捜査は叩き上げの警部さんがしている。警視さんはまだ若く、おそらくキャリア組。普通は、事情聴取なんてしない。警官の階級が高いのは僕に配慮があったんだろう。

僕は人見知りのところがあるから、見知らぬ他人に囲まれると気分が落ち着かない。革張りの椅子に、小さい身体をより小さくして座っている。その姿は、年相応かそれ以下に見える。それだからなのか、警視さんの態度はすごく丁寧で、聴取はすぐに終わった。これが魔法師に批判的な警官だったら、もっと長く拘束されていたんだろうな。

校庭には、実行犯の遺留品が沢山、沢山散らばっている。応援を要請したらしく、聴取前よりも人員が増えていた。

エリカさんやレオくん、幹比古くんの聴取は別の警部補が担当していた。

その警部補はエリカさんと顔見知りだったようで、エリカさんの厳しい視線を、僕以上に身を小さくして耐えていた。職務の邪魔にならなきゃいいけど。

季節が2月の一番寒い時期だったことも幸いした。これが真夏なら、悪臭で翌日は休校になっていただろう。

本来なら休校になっても当然の事件だけど、魔法協会や警察、一高と十師族の思惑で、大した事件ではなかった、と言う事になっている。『実行犯』についても厳しく緘口令がしかれた。

マスコミにも、一高がテロの標的なったものの、撃退に成功。生徒に怪我人が出なかった、と箱根のテロが現場の映像入りで報道される影で、小さく報道される程度にとどまった。

 

校庭は現場保持のためブルーシートで何箇所も覆われて、校庭からは現場が見られなくなった。校舎からは丸見えだけど、惨劇の場を見たがる生徒はいない。

実行犯は死人だったと、僕の聴取にあたった警視さんには伝えた。子供の小さな身体は爆弾で粉々になっていたから、司法解剖では死者だったかどうかは判別が難しい。でも、戦略級魔法師の僕の証言は、何よりの証拠だ。経験豊富な立会いの警部補さんが、その事実に驚いていた。

聴取後、生徒たちは一度教室に集合させられた。

校内放送で生徒会長の深雪さんが簡単に事情を説明、箱根での十師族を狙ったテロと、一高での事件は両方とも自爆テロの可能性が高いと、全校に通知された。

僕が子供たちを、無慈悲に殺したのではなかった。

それは、確実に一高生徒に伝わった。

…でも。

 

午後の授業は当然中止、生徒たちは、現場を動きまわる警察官を横目に見ながら帰途に着いた。

校門で帰宅する生徒たちを、生徒会役員と風紀委員長、影の番長、部活連会頭の五十嵐先輩、上級生代表で前期幹部のあーちゃん先輩、はんぞー先輩が見送りをした。

あーちゃん先輩は、達也くんが相手の時以外は、と但し書きがつくけど、いざ肝が据わると意外と冷静に対処できる。何より人を和ませる雰囲気は貴重な存在だ。

逆にほのかさんの顔が青白い。今にも倒れそうで、雫さんに支えられていた。七草の双子と琢磨くんは箱根の現場から戻らず、そのまま帰宅すると連絡があった。

こんな時でも見送りに教師がいないのは無責任だなと思いながら、僕も副会長として、生徒の見送りをしていた。

一高生徒の表情は、一様に動揺している。そして、僕を見る目は、複雑だった。

人間の感情は水と同じ。川や水道管のような整流効果がないとあちこちに向く。人は感情の集合体だ。個々の交通整理が出来てはじめて、集合体が一つの方向に動き出す。

生徒を代表して、たった一人で自爆テロと立ち向かった僕。幼い子供の死を前に、顔色一つかえずにいる僕。

憎むべきはテロの首謀者だけれど、犯人の正体が不明な現段階では、向ける怒りの矛先がいくらか僕に向けられていた。

僕の顔色はいつにもまして白い。それは失った命に哀悼の念を抱いていた…わけではなく、ただ単に寒かったからだ。戦闘中には止んでいた冷たい空っ風は暴風となって、小さな僕の背中を容赦なく叩いていた。頬が痛いくらい寒い。

もともと僕に好感情を持っていた生徒は、僕の表情が血の気を失っていると好意的に受け取ってくれた。逆に、能面がふてぶてしいと感じるのは男子生徒、特に同学年の男子が多いようだ。

上級生は年上の余裕があるし、下級生はあまり接点がないからかな。日ごろの僕の人望のなさが遠因でもあるけど、僕の体格が達也くんや十文字先輩みたいだったら、誰もそんな視線は向けないんだろうな。

けど、僕ひとりが損な役割を引き受けた現状に、同じく校門の近くに立つ、エリカさんやレオくんと幹比古くんは、何か言いたそうだった。

生徒の避難誘導が間に合わなかった雫さんも、帰宅する生徒が僕に目線をくれるたびに申し訳なさそうな表情になる。敵の攻撃があっという間だったから、雫さんは何も悪くない。

どうせ、敵が生きていようが子供だろうが、僕は容赦なく殲滅していた。

青臭い理屈は、理不尽の前には無力だ。

生徒たちの非難の視線は、冬の強風より冷たくない。

 

全生徒の帰宅を確認。

時刻は15時。これなら暗くなる前に帰宅できる。地面から伝わる冷気で爪先が痛い。

お昼ご飯が中途半端だったからお腹すいたなと、ぼんやり考えていた所、警視さんが近づいて来た。

天気予報で明日が雨なので、今夜中に現場検証を終えて撤収するけれど、実行犯の身元特定のため追加で話を聞く場合があると告げられた。実行犯の面通しは、事務的な理由からどうしても必要なんだって。

常人なら、つぎはぎの頭蓋を好んで見たくはない。警視さんも申し訳なさそうだ。良い大人が学生の僕に頭を下げる姿は、あまり気持ちの良いものではない。僕は死体は見慣れているから平気です…とは言わず、マニュアルですからねと了承する。

深雪さんが生徒会長として、警察の皆さんに、憂いを含みつつも至上の笑顔でねぎらいのお礼を言った。殺伐とした現場に、突如、花が咲いた。

捜査中の警官たちも、しばし手を止め、深雪さんの笑顔に魅了されていた。やはり、深雪さんの美貌は神懸かっている。

達也くんが目で、僕も挨拶をしろと言ってくるから、公式用に練習した、はにかみを含んだ可愛らしい笑顔で、頭を下げた。

そのおかげか警視さんが全力で捜査しますよと、真剣に答えてくれた。

警視さんは全体の責任者で、捜査は現場の警部さんの仕事じゃないかなと、ぼうっと考えながら、戦略級魔法師としての顔で笑顔で頷いた。

操られた10人の子供は、もともと死体だったのか、それともテロの首謀者が殺したのか、何処の誰なのか。それは、首謀者につながる糸口であり、警察にとっては、これからがお仕事の本番なのだ。

まあ、テロを未然に防ぐどころか、兆候すらつかめなかった警察は、テロ担当の公安部外事課を筆頭に、今頃大慌てなんだろう。だから本来は現場入りしないキャリアがここにいる。しかも頭まで下げている。

十師族の発言力が強くなるわけだ。

 

 

それにしても、笑みひとつで好意を引き出せる。僕はこのような細やかな配慮は思いつかないから、こうやって誰かが指示してくれないといけない。

 

「向き不向きは誰にでもある」

 

達也くんの台詞は、実に説得力がある。

 

「久、ごめんね、何もできなくてさ…」

 

友人だけになってエリカさんが僕に頭を下げた。

 

「気にしなくて良いよ。エリカさんCAD持ってなかったし、皆に子供の相手をさせるわけにはいかなかったしね」

 

「久だってこど…ううん、なんでもない」

 

キャビネット乗り場に向かう僕たちの口数は少ない。

僕は、一緒に歩く達也くんと深雪さん、水波ちゃん、友人たちに、

 

「実行犯は死人だった」

 

と告げた。

 

「やはり『僵尸術』だったのか」

 

幹比古くんが頷いた。

 

「そうね…あいつら動きが人間じゃなかったし」

 

エリカさんが不機嫌に呟く。

 

「でもよ、死体ってそんな簡単に操れるものなのか?」

 

人体に影響を与える『魔法』は困難。これは魔法師の共通認識のひとつ。

エリカさんとレオくんは、現場にいたけどCADを持っていなかったから、もし戦闘に参加していたら大変な事になっていた。

それでも何も出来なかった自分に苛立つのは、いつものエリカさんだ。わかっているレオくんは、エリカさんの利き手じゃない方を歩いていた。

 

「死体を操るだけならそれほど難しくはないね。遺体の、生前の魔法的能力も使えるようにして操るのは…『黄泉がえり』や『反魂』の類で、歴史的に見て、安部清明や空海クラスの力が必要だとされている」

 

「魂とか精神の問題か?」

 

「単純に死体を操るだけなら、それはゴーレムと同じだよ。あえて人間の死体を使うのは、敵への心理的な問題が主だ。それでも、『現代魔法』は技術で…」

 

「幹比古、その説明は後日で構わないか」

 

達也くんが説明モードに入りかけた幹比古くんを止めた。達也くん自身は続きが気になるようだけど、女性陣、特に美月さんとほのかさんがやや距離を開けていた。

美月さんの怯える表情に、幹比古くんも怯えた。そして、最後に僕の顔を見る。

 

「あ、うん、ごめん」

 

「別に気にしなくて良いよ」

 

僕は全然気にしていない。

 

「達也、ひとつ聞くけど、もしかして師族会議のテロも同じ?」

 

幹比古くんが考えながら聞く。

 

「ああ、俺は直接見たわけではないが、十文字先輩の見解では死体を使った自爆テロだ」

 

「その情報を生徒に知らせたら、久への理不尽な視線がなくなるか?」

 

これはレオくん。

 

「別の不安が校内に広まると考えると、あまり上手い手じゃないかな」

 

死体を操る集団が近隣に潜んでいるとなると、不安が増すだけだ。

 

「『僵尸術』自体は善でも悪でもない、『魔法』だ。魔法科高校の生徒なら不必要に怖がらず正面から向き合うべきなんだけど…」

 

「人は感情の生き物だよ、幹比古くん」

 

「吸血鬼騒ぎの時のように、オカルトレベルの噂を流す程度なら構わないかもしれないな…」

 

幹比古くんは、『死体制御』が『古式』の分野だっただけに、今回のテロを見ているだけだった自分にもどかしさを感じているようだ。

確かに、そうすれば僕への的外れの非難も減るかも。

正直、まるで僕が殺したと言いたげな生徒の視線は、どうでもいい。

ただ、明日、その視線を敏感に感じて、僕より不機嫌になるエリカさんの姿が浮かぶ。

レオくんが腹いせに小突かれ、幹比古くんがフォローして、また周囲の視線を集めて、美月さんが肩身を狭くする。

ほのかさんが、その豊かな胸を達也くんに押し付け、雫さんが何か言いたげな目をし、深雪さんが誰にもわからない程度に表情を曇らせる。

その表情に、僕と達也くんは気がつく…食堂の空気が、重くなる。

予知でもなんでもない、明日の食堂での現実だ。

明日は体調不良を理由に休もうか…いや、もう出席日数に余裕がない…明日は、生徒会室でお昼を食べるとするか。

 

練馬の自宅までの道のり、駅前や、ましてや自宅周辺の警備を担当している魔法師の表情は一様にかたい。

ぴりぴりした雰囲気が嫌でも伝わり、周辺住民の皆さんの歩く速度も早い。巻き込まれたくない、迷惑だ…とその背中が抗議してくる。

まったく、誰もが不機嫌。天気まで下り坂だ。冬の陰鬱な空気がまとわりついて来る。

 

帰宅して、ドアを開くと澪さんと響子さんが迎えてくれていた。

僕の無事はメールで知らせてあったけど。二人とも自分の目で確認するまでは、やはり落ち着けなかったようだ。

 

「ただいま、澪さん、響子さん」

 

「おかえり、久君」

 

短く挨拶を交わして、僕は2人に近づく。爪先立ちになって2人の頬に触れる程度のキスをした。

上手なキスは副交感神経が刺激されて免疫力が上がるそうだ。身長差もあるし、僕は不器用で上手にキスできないから、いつも2人は少し不満そう。

これは、2人が僕に与えた罰なのだ。

先月、真由美さんの訪問で、香澄さんとのデート(?)の内容を2人に知られた。この2人に囲まれて、デート内容やその後の関係について、厳しく尋問を受けた。

この2人のプレッシャーに耐えられる魔法師、いや人間がいるだろうか。先ほどの一高での警視さんとはレベルが違う、硬軟を織り交ぜた尋問に、どう思い返しても僕が恋愛対象になれるとは考えられないと、素直に香澄さんとの顛末を自白した。

学生同士の青い関係、とまでは僕自身の方がまったく意識がないことは、二人とも理解してくれた。

ラノベ主人公レベルの鈍感…と2人は思わない。僕に恋愛感情が理解できないことは、すでに熟知している。

ただし、キスしたことや密室(?)でお互い裸で向き合ったことは、処罰対象になった。

頬へのキスは、僕の過去への償いなのだ。

その償いは、でも、とっても素敵だよね。

 

澪さんには重要な情報は五輪家や魔法協会から端末に知らせが来る。響子さんに情報の壁はない。一高でのテロも、2人はすでに詳しく知っていた。

自爆テロを手段に使う犯人に嫌悪感を持ち、子供が利用されたことに心を痛めつつも、僕への心配の方が強い。

澪さんが、玄関でまだ靴すら脱いでいない僕を優しく抱きしめてくれる。

 

心配をかけてしまったけど、僕たちに多くの言葉はいらない。

澪さんが僕の頭に鼻を寄せて、

 

「久君、土と硝煙と…血の臭いが少しするね」

 

「それは無理もないよ。『障壁』で自爆攻撃は防いだけど、校庭には臭いが染み付いているからね」

 

明日は雨が降る予報なので、校庭の臭いは洗い流されるだろう。

 

「それに、身体が冷えてるわ」

 

「うん、校門で生徒の見送りをしていたからね」

 

響子さんは師族会議のこの2日間は有給を申請してお休みだった。軍属とは言え有給の消化は社会人の義務、未消化は自身と上司の評価基準を下げる。もちろん、スクランブルには対応しなくちゃだけど、

 

「響子さん、登営しなくて良いの?」

 

僕は抱きしめられたまま尋ねる。響子さんは軍属だから出勤とは言わない。

 

「国内テロの対応は警察のお仕事よ。私の所属は独立実験部隊の側面が強いから、通常の部隊とは違うの…あ、ここはオフレコね。ただ、被害が大きかったから明日からは私も基地泊まりになるわ」

 

響子さんが自身の所属部隊の話をするのは珍しいな。どうやら、響子さんも今回のテロを事前から把握していたようだ。まぁ響子さんが本気で調べたら、電子の世界に秘密はないからね。

とは言え、子供を使ったテロまでは想像できなかったようだ。僕と澪さんよりも動揺している。

 

その後、僕はお風呂で、2人に徹底的に洗われた。

家では身体は手で洗う。

海外では手で洗うのが普通だし、たっぷりの泡で丁寧に潤いを保つように洗うほうが身体に良いんだって。だから二人の肌はすべすべなんだ。

僕も人になり損ねた『三次元化』のせいなのか、肌が弱い。ナイロンタオルでごしごしすると、その部分が真っ赤に晴れ上がる。もちろん、すぐに『回復』するんだけど…でも手だと背中が洗えない。

 

むにゅっ。むにゅむにゅぅ。

 

手以外の柔らかい何かが触れる。見えなくてもどちらの身体なのかわかる…どっちかって?それは内緒だ。

前は自分で洗えるんだけど、僕が恥ずかしがると2人はかさに掛かって来る。2人に挟まれて、生まれたての鹿みたいにぷるぷる足が震えて、腰から力が抜けて、下腹と背中から太もも辺りがむず痒い。

完全に弄ばれている。嫌じゃないし、すごく気持ち良いから…あっいや何でもない。

逆に2人の背中は僕が洗うことになる。僕の肉の薄い手はあまり気持ちよくないだろうな…だから石鹸をしっかり泡立てて、気をつけて、丁寧に時間をかけて、ゆっくりと洗ってあげるんだ。

2人の身体は、大人の成熟した染み込んでいくような温かさがある。

いつも使っている石鹸のオリーブの香りも、これが僕の家の香りなんだって思う。

2人と入ると、すごく長風呂になる。

お風呂から出る頃には、僕の身体は、ほっかほっかだ。

僕の冷えた身体も、ちょっと沈んだ心も、2人のおかげで温かくなった。

2人の肌に触れていると、僕の精神はすごく安定する。

一高の、赤の他人の生徒たちの視線なんて、本当にどうだって良い気持ちになる。

はふー。

喉が渇いたよ。

 

政治的定見を持たない僕は、報道番組は第三者の主観が混じるから見ない。

一方的な報道で気分を害するなんて時間の無駄だし、興味もない。

今回も同じで、戦略級魔法師の僕や澪さんが動く事態にはなっていないから、お風呂から出た後は、澪さんの部屋でごろごろしながらコミックスを読む。勉強しろよ、と言う天の声は、うん、聞こえない。

響子さんは電脳部屋にこもっている。これはいつものことだから、世間での騒ぎをよそに、我が家では日常が戻っていた。

 

日もすっかり落ちて、夕食の支度をする時間、急に来客があった。

僕の家もそれなりに名家となっている。普段は突然の来客はない。あっても、警備の魔法師から確認を求められる。今回はそれがないから、身近な人物の訪問だ。

うーん、連絡なしに尋ねてくる人物に心当たりは…結構あるな。それでも、今日のこの時間に来る人物は、となると咄嗟に思いつかず、思いつかない場合はさっさと出迎えた方が良い。

先月の真由美さん訪問の時のような、ちょっとした失敗をしないよう、ちゃんと服、と言ってもパジャマだけど、を確認して、ドアホンを操作して、液晶画面に映された人物を見て…

 

「お母様!」

 

液晶画面に、柔らかな笑みを湛えたお母様が映し出された。黒を基調にした珍しいカジュアルな私服姿が、玄関の淡い照明に照らされている。

 

「どうして急に?」

 

「あら、息子に会うのに、理由がいるのかしら」

 

まったく、その通りだ。夜の女王の雰囲気はそこにはなく、普通に子供の家を訪ねる母親の姿だ。

自然と笑みが浮かぶ。

何の御用だろうと首を捻る間もなく、僕は玄関に向かった。

これは、最高のご褒美だ。

 

 

我が家に、お母様がやって来た!

 




ついに練馬の久の家に真夜が訪問しました。
真夜とめったに会えないので、久はご機嫌です。
この訪問は、久と響子と澪の関係が確立した頃から構想していた話の一つです。
いつもならメールかTV電話、もしくは黒羽の双子をメッセンジャーにするのに、
わざわざ本人が来た理由とは…
ただ単に横浜の魔法協会の帰りに寄っただけではありません。

ちなみに、久と澪と響子は、一線は越えていません。
18禁タグは押させないぞ!

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