パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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歳月は人を待たず…
前回のアップからあっという間に二ヶ月以上経ちました。
今回がこのSS100話目なので、気合を入れていくぞ、と考えていたのですが、
原作部分の表現をどうしようかとか、師族会議の内容が上手くまとまらず…
初心に帰って、原作部分はさくっと進めるのがこのSSだと思い直し、
やむを得ず前後半に分けることにしました。
悩んだくせにこの程度?と嗤ってください。


心ここにあらず

2096年2月6日。

今日から2日間、関東の某所で師族会議が開催される。

2日目には4年に1度の十師族選定会議が予定されていて、多くの魔法師や古式魔法師、特にナンバーズは他ごとが手につかないくらいの関心を、精神的にも物理的にも会議場に向けているそうだ。

 

その日の朝、駅前で鶏群の二鶴と待ち合わせをして、いつものように短い通学路を一緒に登校した。深雪さんの護衛である水波ちゃんも当然一緒だ。

第一高校のある八王子は都心からは離れているのにあまり自然を感じられない。数キロ先に原生林を湛えた高尾山があるのに、弱い冬の日差しに照らされた人工物の群れは白く、どこか余所余所しい。

関東地方特有の乾いた風が僕たちの髪を揺らす。埃っぽい空気に目が痛い。

そんな中、深雪さんは達也くんと水波ちゃんに囲まれている。風からも周囲の好奇の視線からも2人が護っているみたいだ。

師族会議の当日、十師族で最も力があると言われる四葉家の次期当主とその婚約者が同じ学校の生徒にいるのだから魔法師の卵として意識せざるを得ない。

僕も四葉だけど直系ではないこともあって、向けられる好奇の視線は弱い。

あ、でも水波ちゃんは決して鶏群じゃないよな。水波ちゃんの『障壁魔法』は十文字先輩に匹敵するそうだし…

 

ん?『鶏群の二鶴』?

自分の言葉にきょとんとする。知らない言葉だ…

おかしいな…僕はあまり語彙が豊富じゃない。義務教育を受けていない僕の文章力はせいぜい中学生レベルだ。何でそんな言葉知ってるんだろう?

歩きながら端末で調べると、『多くの凡人の中に、抜きん出て優れた人が混じっていることの例え』だって。

難しい漢字や表現は苦手な筈なんだけど…

ここ一ヶ月、僕は毎夜熟睡している。そのわりに成長しないのは、『三次元化』に限界があるのか、澪さんと響子さんとの距離が以前より近くなったからかな。2人の肌艶が最近すこぶる良いんだよなぁ。

個人として満ち足りて熟睡できるほど、幸せの絶頂期とも言える。

これは僕の長くて短い歪な人生の中では稀有なことだ。

地に足はついている。日常の平和はかなり不安定だ。僕は自分の幸せで自分自身を見失うほど平坦な道を歩いて来ていない。

そして、今日か明日にも関東近郊のホテルでテロが起きる。

お母様は心配要らないと言っていたけど、お母様の肉体は普通のか弱い女性のそれなんだ。一緒にお風呂に入った時やベッドで見たお母様の身体は…あっ、細かい描写はともかく、当主であるお母様が率先して戦う機会なんてなかった筈だし、実戦慣れしているとは考えにくい。

危険な現場にお母様が居るのは落ち着かないな。

無関係な人物、たとえばあの八雲さんですら会場に忍び込むのは難しい状況でのテロは、生還は不可能だろう。犯人は自殺的な攻撃…自爆テロをするしかない。

僕も過去に行った。嫌な言葉だ。

首謀者の狙いは、師族会議だけだろうか…

四葉が標的だとしたら、今ここ、魔法科高校の通学路に3人の関係者、いや、中枢の人物が3人が肩を並べて歩いている。テロは巻き込む人数が多いほど効果がある。一高の通学路には商店や民家が並んでいる。世界有数の魔法師が集結している会議場よりも魔法科高校の方が狙いやすいはずだ。

テロの首謀者がそれほど鉄砲玉を集められないから、襲撃は一箇所だけなんだろうけど、本当に事件は会議場だけで済むだろうか。

会場でテロが起きて端末に被災通知メールが送られても、第一高校で待機しているようにと、お母様に言われている。

必ず学校に残るようにと厳命されているのは、僕が戦略級魔法師で余計な警護で会場が混乱するからなんだけれど…

僕の不安を裏付ける何かが起きるのか?これまでとは違う何かを感じる。これは予感?

…予感。僕は予知能力はないし。

お母様を心配するあまり、僕の思考は、堂々巡りになり…

 

「何か気になることでもあるのか?」

 

ただでさえのろのろとしている僕が端末をいじりながら上の空で歩いていれば、歩調を合わせてくれていた3人の歩みも遅くなる。

達也くんが立ち止まって尋ねてきた。

その表情は今日が師族会議の日であっても、いつもと同じだけど、僕に向けられる視線は少し優しい。

 

「今朝は少しナーバスになっているみたいね久」

 

「久は師族会議にはあまり関心がなかったと思うが?」

 

おっと、いけない。無意識に周囲を圧迫してしまっていた。僕の空間を覆う殺気混じりの気配は、3人の背中をうずうずと落ち着かなくしていたようだ。

他の生徒が、僕たちと距離を開けていそいそと追い抜いて行く。

僕はふっと息を吐いて、

 

「ん?ごめん。特に問題はないよ。思い出した慣用句の意味がわからなかったから、つい気になって」

 

「慣用句?」

 

深雪さんが尋ねて来るから、

 

「何かの小説の一文だったかな?2人の背中を見ていたらつい、『天にあっては比翼の鳥となり、地にあっては連理の枝とならん』って思い出したんだ」

 

「それは中国唐代の詩人白居易の『長恨歌』の中の有名な一節だな」

 

間髪おかず、さすがは達也くん博学だ。

 

「比翼連理の語源ね。男女間の情愛の、深く仲むつまじいことの例え…つまり私とお兄様のことを言っているのね」

 

深雪さんが冬の寒気を温めるほど顔を赤くし始めた。今朝はいつもより衆目を集めている。深雪さんの淑女らしからぬ態度に、達也くんが苦い表情になり、水波ちゃんが渋い表情になる。

ここの所、深雪さんと達也くんの間に微妙な距離がある。深雪さんは以前にもましてお淑やかだ。達也くんに嫌われる態度は少しでもしたくないと身構えている感じがする。

どう考えても杞憂だけど、手に入れたものを手放す怖さは、それを手に入れた瞬間から起きる葛藤なのは、僕にも良く理解できる。

それが僕にはじれったいから『取り返しが付かない関係になるまで』、毎朝のようにあの手この手で2人の仲を進展させようとしている。

今朝のこれも達也くんは僕のささやかな陰謀だと思ったみたいだ。

 

「久、何度も言っているが、俺たちは未成年だ」

 

もはや、お約束の切り返し。

こと恋愛、もっと言及すれば婚約者との関係は僕も他人事ではないけど、幸い、僕と響子さんの関係が今も続いていることを達也くんは知らないのだ。

達也くんは、それを知っても表情一つ変えないと思うけど、深雪さんはどう思うかな…水波ちゃんは、まぁ白い目で僕を見つつも『四葉』の僕に萎縮、お母様の意思でもあるから黙って納得するだろうな。

それを知っている真由美さんは、僕と婚約者2人の関係を黙っていてくれている。

脅しのネタが出来たとほくそ笑んでいるんだろうなぁ。

 

「はいはい、お義兄さんにはわかっていますよ、それより早くしないと遅刻だよ」

 

「お前が…いや、いい」

 

実際、今日の登校はやや遅めだ。僕が待ち合わせにちょっと遅れたせいだからなんだけれど、達也くんが深雪さんを促して、歩き始める。

待ち合わせに遅れた理由は、僕の左耳にはめられた小型のワイヤレスイヤホンが原因だ。

超小型で軽量、ノイズキャンセラー搭載でバッテリーも半日持つ。

僕の耳にフィットしていて多少の動きでは外れないし、髪の毛に隠れてイヤホンをつけていることは、他の人にはわからない優れ物。

 

「響子さんは意外と手先が器用だよな…パソコンを自作できるんだから、それくらいは当然かな」

 

朝、自宅を出る時に響子さんに呼び止められてそのイヤホンを渡されたんだ。

何でも、師族会議盗聴用のイヤホンを片手間で作ったんだって。

 

「これがあれば教室からでも会議内容がバッチリ聞こえるわよ」

 

こんな小さなイヤホンでどう言う仕組みかは機械音痴の僕にはわからないけれど、関東近郊の某所で開催される会議の内容を聞くことがバッチリ出来るんだって。

『ストライクウィッチーズ』のイヤホン並みに高性能だ。

流石は響子さん。

八雲さんが真剣に悩んだ会議場でのリアルタイムの盗聴が、こうも簡単に出来るんだから響子さんの能力は恐ろしい。

 

『電子使い』はどこの世界でも脅威だよ。

 

達也くんと水波ちゃんと別れて、2-Aの教室に入った僕たちを見て、それまで騒々しく会話をしていた生徒たちが黙り込んだ。

視線が僕たちに、特に深雪さんに集中した。

 

「深雪、久君!?何で学校に来ているの!?」

 

ほのかさんが悲鳴に近い声を上げて、それを合図に教室は再び騒がしくなった。

どうやら生徒たちは僕たちが師族会議の開催されるホテルに向かっていて、今日は休みだと思い込んでいたみたいだ。始業ぎりぎりに教室入りしたから、なおさらそう思われたみたい。

深雪さんが、ほのかさんと雫さんに、他の生徒にも聞こえるように、懇切丁寧に師族会議への不参加の説明をする。

次期当主と言えども、十師族の意思決定の場には居られないルールだって。

 

「久君も知らないの?」

 

ほのかさんが奇妙な声を上げた自分の羞恥を誤魔化すべく、僕に質問してきた。

他家はルールを守るけれど、四葉家は別なのではと先入観があるみたい。四葉が特殊?他の師族とは違う?四葉家は一族の団結心が強いだけなんだよ。あんなに優しいお母様を偏った知識で語られるのは…いや、落ち着こう。今日の僕は、確かにナーバスかも。

深雪さんの説明を聞いていたでしょ、とは突っ込まず、

 

「僕は四葉だけど意思決定とは無縁の立場だから、師族会議はあまり関係ないんだ。(いずれ達也くんと深雪さんの間に生まれる子供の後見人になるんだけどね)」

 

僕が四葉久となってひと月あまり経っているけど、僕は四葉家の人間としてよりも社会的には戦略級魔法師としての立場の方が強い。

十師族は魔法師の自衛組織。戦略級魔法師は国家の公式な戦争への抑止力で、ひとたび戦争が勃発すれば僕の意思は無関係で戦場暮らしだ。

その一方で、この国の戦略級魔法師は軍属ではなく、あくまでも軍の協力者で一般人。戦時でない今は、公式に国家に尽くすのは成人後からなので、後2年はちょっと曖昧な存在でもある。

魔法師の血統なんて数十年の厚みしかないのに、有力な魔法師の一族の優越感を育むには十分すぎる時間だし、実力差の多くが血縁と関係する。

この国の魔法師社会のシステムがその傾向を助長しているんだ。

僕が高位次元体なのかはともかく、現実に僕自身は孤児でしかなく、歴史や伝統の重み、名門の苦労は真にはわからない。

僕に関わりの深い家は魔法師として以前に、企業家として社会に影響力があるから何の問題なく次の4年間も十師族になるんだろう。

四葉家が『魔法』以外でどのような仕事をしているのか、そのあたり四葉家は秘密を徹底していて僕も殆ど知らないけど…

僕が四葉家の家業(?)に無関心なのは、僕の関心が特定の人物にしか向けられていないからだ。

他人がどうなろうと知ったことじゃないなんて、国から慰労金を貰っている立場としては、間違っても口に出来ない。間違えなくても出来ないけど。

 

僕の返事の後半の部分は、ほのかさんには聞かせられない、心の声だ。

 

「ふっ2人の…間のこっ、こど…も」

 

あっ、しまった無意識に呟いていた。幸いほのかさんには聞こえなかったけど、深雪さんの悶えっぷりは、達也くんには見せられない非淑女ぶりだ。

クラスの男女を問わず、くねくねと上気した深雪さんの表情に見蕩れている。

 

「ほら、深雪さん席について。授業が始まるよ」

 

深雪さんの細いけれど、けっして華奢ではない背中を押して席につかせる。

一見すると姉妹だけれど、こうやって深雪さんに触れられる異性は達也くん以外には僕だけだ。クラスの男子の嫉妬にまみれた視線が刺さる。

視線は痛くも痒くもない。

 

「お兄様との…子供…ぽっ」

 

まだ言っている…それに、呼び方がお兄様に戻ってるよ。

 

今日の授業はすべて教室での座学だ。魔法科高校の座学は殆ど自習みたいな物で、教室に居る教師は要所しか指導しない。座学内容はかなり専門的で難しいから、誰もが集中している。

隣の席の深雪さんも集中して脇目を振ったりはしない。

それを良いことに、僕が端末に向かいつつも手が完全に止まって目を瞑っていても、誰も気にしない。僕の意識は左耳に集中していた。

 

 

暫くして、イヤホンに意外な程のクリアな音が伝わってきた。会議場のドアの開く音、閉まる音。靴音、椅子を引く、座る、各自の挨拶など。

会議場の何処に盗聴マイクがあるのか不明だけど、当主たちが円形の机に番号の順番どおりに着席したことまでわかる。

会議室には11人の人物がいた。僕は全員と面識がある。おかげで声と顔のイメージが簡単に結びつく。

なるほど、去年の8月に臨時開催された師族会議は、僕が各当主の予備知識を得る今回の伏線だったのか。

その会議には居なかった一人が十文字和樹さんだ。和樹さんとは十文字家のパーティーで会って短い会話を交わしている。

8月の会議では十文字先輩が代理で会議に参加していたけど、その十文字先輩が和樹さんの後ろに立っているようだ。

十文字先輩だけ起立していると、対面側に座る気の弱い五輪勇海さんは気圧されそうだなぁ。

その姿を想像して苦笑しかけた僕とは関係なく、師族会議が開催された。

 

最初に、十文字和樹さんが魔法力減退を理由に、当主の座を十文字先輩に譲る一幕があった。

魔法師にとって魔法力を失うことは大変だ。魔法師はちょっとしたことで『魔法』を使えなくなるけど、和樹さんのそれは一族の問題だって。

一族の問題なら、いずれ十文字先輩も同じ道をたどるのかな…『魔法』を使えない十文字先輩は想像できないけど、そうなっても十文字先輩はかわらない気がする。

 

和樹さんが退出して、会議場が10人になると、各当主からそれぞれの担当地域の報告が行われた。

頼りない五輪勇海さんも宇和島を中心とした四国地域をしっかりと監視している。僕の前、いや、娘の澪さんの前でも腰が落ち着かない人だから、ちょっと不思議だ。

十師族は、国防軍が機能している北海道と沖縄以外での反政府活動や外国の組織の監視をしている。

国防軍の仕事が国内テロの監視でないにしても、国防軍の抑止力よりも十師族の力の及ぶ範囲が広い。なるほど、謎の権力が発生するわけだ。警察は何やってんだろうね。

逆に言えば、テロが発生すれば十師族の権威に傷がつく、と。各当主の報告によれば、各地で反魔法師、人間主義者の侵食が進んでいるんだって。

それに次いで、お母様から伊豆地方に北米経路で小型貨物船が停泊、USNA大使館の所有するクルーザーが沼津沖で不審な行動をとっているとの報告があった。

当主間の各地での状況の共有は、誰の声も熱がなく、やや事務的な報告と感じられた。

僕としてはお母様の声が聞けて嬉しいし、十文字先輩もかわらず堂々とした声色に思わず微笑を浮かべたり、九島真言さんの陰気臭い声にげんなりしたりもした。

師族会議なんて皆が注目するけど、一日目はこんな物なのかな。

それとも、ここまでは前哨戦、探り合いの類なのかな?

その後、七草弘一さんが、達也くんと深雪さんの婚約の件に抗議をした。

その抗議もお母様の落ち着いた反論と、他の当主の的確な指摘で、弘一さんは内心はともかく黙り込んだ。

 

でも、弘一さんが魔法協会を通じて申し込んでいた抗議はもうひとつある。

 

「司波達也君と深雪さんの婚約は四葉家の私事でも、戦略級魔法師、旧姓多治見久殿の四葉家への養子入りに関しては看過できない」

 

弘一さんがサングラス越しにお母様を見つめている姿が目に浮かぶ。

その目はサングラスに隠れて意思は読み取れないし、お母様は、おそらく優しく、皮肉げな笑みを湛えているだろう。

 

師族会議は始まったばかりだ。

 

 

 




飛び飛びで書きながら、二ヶ月ぶりにまとめたら、ただでさえ拙い文章がますます拙くなってしまいました。
猛省です。
今回で掲載100話目となりました。
2年生の正月までは最初から構成していたので比較的スムーズでしたが、
この辺りからは原作に沿いながらも行き当たりばったりです。
それでも、久が達也と敵対する事はありません。
たとえどれだけ世間から孤立しようとも、真夜と澪と響子がいれば気にしません。それと、押しかけの年下の女の子と。
どれだけ不倫な立場でも、見た目のおかげで非難し難いし、むしろ、戦略級魔法師である久の立場を慮って、魔法協会の方から隠蔽工作しなくちゃいけないんですけどね。
次回は師族会議後編と久無双…の予定です。
気長にお待ちくださいね。

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