パープルアイズ・人が作りし神   作:Q弥

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入学~九校戦。そして精神支配。
プロローグ・九島烈と少年。


「横になってゆっくり休みなさい」

 

病弱な孫の部屋を出た九島烈は表情を歪ませる。

 

魔法師を兵器とする事は止めねばならない。これ以上、光宣のような子を産み出してはならない。

 

魔法師開発の歪みの果てに産まれた孫の姿を見るたびに陥る思考。

魔法師開発を率先してきた自分が苦悩するのは滑稽だと理解している。

だが何とかしなくては…

沈んだ気持ちのまま自分の書斎のドアを開ける。

 

「!?」

 

驚きに固まる烈。

愛用の肘掛け椅子に少女が座っていた。

少女は本棚から取り出した古いハードカバーを読んでいる。

一瞬妖怪の類かと疑う。

九島家の砦の様な屋敷の、烈の書斎に誰にも気がつかれずに入り込むことは卓越した忍びでも不可能だろう。

ましてや、今日は孫も自分もいる。

そんな事が可能な人物は…と記憶をたどる。

黒髪を肩まで伸ばしたぞっとするような美少女…少女、いや違う。

記憶に残る少年の顔を思い出す。

古い古い記憶の中の少年の顔。日にやけ、刃物の傷跡と薬物でかさかさになった頬、全てを憎むかのような目…

記憶が作り出した幻覚…違う。

似ても似つかないその少女、いや少年の顔が記憶の少年の顔と重なる。

 

「驚いたな…これほど驚いたのは何年ぶりか…」

 

素直に驚きの声を上げる烈。

少年が読みかけのハードカバーから視線を烈に向ける。

 

「僕も驚いたよ、さすがに老けたね烈くん」

 

革張りの肘掛け椅子がギシギシと音をたてた。重厚な椅子に埋まるように座る小さな姿はひどく不安定だ。

 

「…やはり生きていたか」

 

安堵と疑惑、そして罪の意識が交じり合った複雑な感情。先ほど孫の姿を見ていたからこそなおさらだ。

 

「僕も自分が生きていた事が信じられないけどね、力が回復してまともに動けるようになったのは2日前さ」

 

「その間どこにいたのかね?」

 

「どこか知らない山の中だよ。傷を回復することより全身に染み込んだ薬物を排除するのに時間がかかったよ」

 

「たしかに最後に会ったときより顔色が良い」

 

「うん、傷の回復中は身動き出来なくてね、熊に生きながら齧られた時は恐怖だったね、くくく」

 

稚気と狂気をはらんで笑う。作り物じみた容姿とあいまって奇妙な不気味さだ。

 

「一瞬で怪我を治す魔法でもあればよかったんだけどね」

 

「残念だがそのような魔法は開発されていないな」

 

ちらりと三年前の沖縄戦のある魔法師のことが頭をよぎるが、あれは属人的なモノでインデックスにも登録されていない。

そっか残念だと答える少年は手にしていたハードカバーを開いたまま机に伏せる。

 

「ああ、すまないがそれは『不思議の国のアリス』の初版本でね、本が傷むから栞をはさんでくれないか」

 

「ん、ごめん。あいかわらず細かいね」

 

少年は栞になりそうなものを探し、机にあった万年筆を本にそっと挟んだ。

烈くんが来るまで読んでいようと思ったんだけど面白いねとつぶやく。

手ごろな紙ではなくわざわざ万年筆を栞にする、半開きになったハードカバーが妙に少年の不器用さを示していた。

烈は少年の過去と今の容姿の最大の違いを指摘する。

 

「髪を伸ばしたのか」

 

「うん、昔は丸坊主だったからね」

 

なるほど、記憶の少年の髪を伸ばせば今の容姿とわずかに重なる。その重なった少年の瞳が烈に向けられる。

 

「ところで、弟たちはどうなったかな」

少年の瞳が黒曜石のように光る。

かつて最高にして最巧と言われた烈の魔法はケレンに満ちたものだ。

少年の能力がかつてのままなら、自分の魔法など圧倒的な破壊力の前に消し飛ばされるだけだろう。

危険な問いだがこの場でごまかして、後に真相を知った時の事を考えれば素直に答えた方が賢明だろう。

 

「生き残った彼らは全国の施設に軟禁されている」

 

「そっか…でも、しかたないかな。生きていてご飯を食べられれば、まだマシだね」

 

烈は少年の言葉に首をひねる。

 

「助けようとは思わないのかい?」

 

「今の僕に出来ることは…ないと思うな」

 

寂しそうに笑う。

かつての彼なら身を捨てて助けに行ったかもしれない。

しかし、今の彼には何の政治力も財力もない。助けたところで、身内に追い立てられ一人ずつ抹殺されるだけだろう。

本来ならば処分されていた存在だが、烈が手を回し施設軟禁にさせた。

生きているだけでも幸せ、と言う時代を烈も少年も生きていたのだ。

少年も烈と同じだけ歳をとったのだ。見た目はそうは見えないが…むしろ昔より幼く感じられる。

だが、烈は少年の評価を上方に修正する。

 

「ふむ、ところで久、私にどのような用があって来たのかな?」

 

にこり。少年、多治見久(たじみひさ)は、歳相応の笑顔を見せる。

 

「名前を呼んでくれるのは軍では烈くんだけだったね。もちろん約束を叶えてもらうためさ」

 

「約束?」

 

「戦争が終わったら、学校に通わせてくれるって言っただろう?」

 

「学校か…」

烈の脳裏に魔法科高校の事が浮かぶ。

 

「まさか戦争は続いているのかい?」

 

「いや…平和ではないが、戦場ではないな」

 

国際情勢は緊迫している。三年前も沖縄と佐渡で隣国との小競り合いがあった。だが大都市が戦場になる可能性は低いだろう。

十師族も他国の監視を行いつつ権力争いに夢中でいられる状況なのだから。

 

「ちょうどいい、一ヵ月後に魔法科高校の入試がある」

 

「まほうかこうこう?」

 

烈は魔法科高校について久に説明する。

国策で魔法師を育成するために全国に九つ建てられた事、卒業生は勿論軍人もいるが技術者や医療関係に進む者もいる事など。

まじめに聞き入っていた久がぽつりとつぶやく。

 

「そっか、選択肢が増えたんだね」

 

かつて能力者が戦場にしか行き場が無かった世代の感慨だと、烈も頷く。

 

「でも僕が高校生ってのは流石に無理じゃないかな。魔法科小学校や中学校はないの?」

 

「残念だが、教師が不足していてね。魔法科高校でも足りていない。それに年齢は、今更だろう」

 

久の能力がかつてのデータのままなら魔法力は圧倒的で入学には問題は無いだろう。

学力は…不安しかない。学校に通ったことも無く、ひたすら人殺しの知識を叩き込まれた10歳の子供だ。

魔法理論も壊滅的だろう。まだ理論も技術も未熟だった時代に、思うだけで能力が使えたのだから。

とは言え知能は高かったので、入試までに詰め込めば何とかなるだろう。

本来ならもう一年時間を空けたいところだが、今年の一校には深夜の子供たちも入学するはずだ。

 

3年前の沖縄戦での司波達也の異能、四葉の後継者候補筆頭の司波深雪。

 

彼らがいれば久の異常性も影に隠れるだろうし、四葉に傾いた十師族のパワーバランスを戻すことにも繋がるだろう。

一校の校長の百山には十師族の口利きは利かないであろうから、久には必死に勉強してもらおう。

ふっと笑みを浮かべる烈を不思議そうに見上げる久。

 

「どうしたの?」

 

「いや、ひとつ尋ねたいのだが、久、君はこの国についてどう思う?」

 

唐突な質問だが、この国を守るために、非人道的な実験を繰り返し、魔法を開発し、十師族という組織を創った者として、重要な問いだ。

 

久は答える。

 

「この国は嫌いだよ。実験で全身を切り刻まれ、血を抜かれ、危険な薬を大量に打たれ、毎日痛くって、弟や妹も同じ目にあわされた」

 

久が立ち上がり、烈の両目をしっかりと見つめる。その顔には稚気も狂気もない。

魔法師開発の歪みの、始まりの少年の無垢な瞳。

 

「でも、仲間や弟たちが、命を賭して守ったこの国を、僕は守りたい。もしもこの国を滅ぼそうとする物がいたら、容赦なく滅ぼす。僕にはその力があるのだから」

 

烈もしっかりと久の紫がかった黒い瞳を見返す。

 

「昔よりもっと上手にできるだろうしね」

 

世界最初の戦略級能力者はにっこりと笑った。




次回からは、入学編。主人公、多治見久、精神年齢10歳の一人称の文になります。

魔法力は桁外れに高く、制御も上手いが、CADの操作は不慣れなので、魔法師としては一年目はあまり目立たない。
再生能力はあるが達也より時間がかかり、意識がないと治せない、その間痛みもそのまま。
子供なので女子よりかっこいい男子に憧れます。
一校の女子には女の子扱いされるのでちょっと苦手。
なぜか年上の、しかも一回りもはなれた歳の女性にもてる…予定。

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