ベルくんちの神様が愛されすぎる   作:(◇)

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難産でした


五話上

 ベルが一番初めに心に強く抱いた憧憬は、『おとうさん』の口から語られる英雄譚だった。冒険者によって達成させられる偉業、仲間との絆、強敵との対峙など。そこには『おとうさん』を含めた英雄の物語が有った。

 そうして『おとうさん』が達成した『偉業(ハーレム)』の事を聞き、自分もそれに憧れ――到来した『おかあさん』によってその憧れは粉砕された。自分が憧れた『英雄(おとうさん)』はただの女泣かせのクズだったのだ。

 

 そうして次に抱いた憧憬は、やはり『おとうさん』が関わる物だった。

 

 『おとうさん』にはやらなければならないことがあったらしい。そこに『おかあさん』が合流し――ベル(じぶん)はその旅について行った。

『おとうさん』との別れが嫌だったから、という理由だったが『おとうさん』は笑って許し、『おかあさん』もベルに興味があったらしい。

 

 その旅路はベルに与えた影響は大きかった。騙されてモンスターに追い掛け回されたことや、賭け事に負けて素寒貧にされたこと、賞金首と命のやりとりをしたこと。そうして段々と『おとうさん』の事を知っていき、彼が正しく【英雄】であると理解させられた。

 

 気に入らないことが有ればぶっ壊し、泣いている子供のために死力を尽くし、先人として悩むベルを導いた。

 たった一人の少女を救いたいとベルが願ったとき、『おとうさん』は笑って一つの国を敵に回す決断をした。そんな背中を見てベルは思ったのだ。

 

 この(かた)は偉大な【英雄】だ。

 

 だがベルが抱いた情景は彼の背中にではなかった。

 『おとうさん』と共に並び立てるぐらい強くなりたい、追い掛けるのではなく対等な目線で世界を見たい。そこに抱いたのは何処までも純粋な『憧憬(おもい)』だったのだ。

 

『僕はおとうさんみたいには成らないよ』

 

 それは自分が迎えた初めての反抗期であり、『おとうさん』の事を認めているくせに口から出るのはその反対の言葉ばかりだった。

 『おとうさん』のような【英雄】にはならない。失敗や馬鹿なことをして自分や『おかあさん』に迷惑をかけて、なのにへらへらと笑っている様な奴に。

 

 だから目指さない、ただ『英雄(おとうさん)』の隣に在れるようになるまで自分は駆け続けたい。

 それがベルが抱いた憧憬。ただそこに真っ直ぐに、【一途】に、ベルは走り続けた。

 

 『おとうさん』は満面の笑みを見せて言う。『俺が居る場所なんざただの人でもいつかは来られる場所だ。そんなもん目標にするなんざ小っせぇぞ』。だけどそこには堪えきれない喜びがあった。

 『おかあさん』は苦笑しながら二人を後ろから見守った。『好きに物語を描きなさい。そのために与えた恩恵(ファルナ)なのだから』。そう言って母のようにベルの頭を撫でた。

 

 だがいつかは旅も終わる。――それがベルの【憧憬】の終わりでもあった。

 

――

 

 朝の食事が終わり丁度人々が仕事を始めるぐらいの時間帯だった。

 自身が持つ一番上質な服に着替えたヘスティアは、鏡の前で髪を結んだり降ろしたりと試行錯誤をしている。悩んでいるようだが鼻歌交じりに笑みを表情に出しながらしている姿は、彼女がご機嫌であるというのが見て取れた。

 

「(デート、デートか! 良い響きじゃないか。ふふふ言葉にするのが恥ずかしいなんて、ベル君ってば随分といじらしいなぁ)」

 

 今日は怪物祭当日、ベルがヘスティアと外に出かけないかと誘った日だ。どうせデートするなら外で待ち合わせてあのセリフを言おう! とヘスティアが提案し、苦笑しながらベルがそれを了承した。

 そのためベルは先に外に出かけており、ヘスティアは誰も見ていないからと緩み切った表情を隠そうともせず、浮かれた子供の様に身支度をしていた。

 

「(どうせならヘファイストスから貰ったお守りも付けていこうかな。仕舞いっぱなしも可哀そうだからね)」

 

 ヘスティアが物入れの奥に置いた小箱から取り出したのは、鈍い銀色のペンダントだった。剣を形作られており、細い身には小さく製作者の名が掘られている。

 

 因みにそれはヘスティアがヘファイストスのホームを出るとき、選別としてもらったお守り代わりのプレゼントである。

 ヴェルフから話を聞きその現物を確認したベルは、神聖文字で書かれたヘファイストスという製作者の名に顔を引き攣らせ、ミスリルなどの複合希少金属素材に頭痛を覚え、かかっている破壊不能を初めとした保護を与えるエンチャントに胃を痛めた。

 

 鏡に映った自分をいろんな角度から見て、身だしなみの準備はしっかりできたことを確認し、近くに置いていた時計の針に目を配る。

 足取り軽く部屋の中を早足で移動しながら思考する。

 

「(こんなもんかな。少し待ち合わせの時間には早くなるけれど先に出ようか……おまたせ! とも言いたいけれどベル君に言われるのもいいなぁ。いやいやあまり気をつか) あ痛ぁ!!」

 

 ヘスティアがまた頬を緩ませ移動したところで、ずる、という音が足元から聞こえた。それは自分が紙を踏んづけて滑ってしまった音であり、背中から打って倒れたヘスティアの顔に、踏みつけた紙がひらひらと落ちてくる。

 

「いたた、全くこんな所に紙を置いたのは誰だ……ってボクだった。片づけ忘れちゃったんだっけ」

 

 手に取った紙に書かれていたのは、昨晩ベルが更新した【ステイタス】を写したものだった。ベルには口頭で伝えたため、後で自分が片づけようと考えてそのままにしていた物が床に落ちたのだろう。

 先日友人をホームに招いたときも、【ステイタス】を移した紙を置いたままにしていたとき咎められていた。『リリを信頼してくれるのは嬉しいのですが、ヘスティア様は自分の眷属の事を一番に考えるべきではないですか?』と。

 冷や水を浴びさせられたような気分になりながら、何気なくその【ステイタス】に目を通し……ヘスティアは思わず顔をしかめていた。

 

ベル・クラネル

Lv.1

力G:201→G219 耐久H:113→H:119 器用D:500→D:510 敏捷D527→543 魔力G:200

《魔法》

【       】

《スキル》

【軌道■跡】

・早熟する

・軌跡を辿るまで効果持続

・          

 

「……数日で全アビリティ熟練度、上昇値50オーバーかぁ」

 

 その事実を改めて呟きヘスティアは思った。成長が早すぎると。いやその原因は分かっているのだけれども。原因のスキルに早熟するって書いてあるのだから。

 欄に書かれたスキル名についてはヘスティアはギルドや神友たちの伝手を使って調べたため、発現方法については知っている。と言うより、【軌道軌跡】というスキルについてはギルドで公表されている物だった。

 

 発現条件、一定量の【経験値(イクセリア)】を放棄すること。

 

 オラリオに定期的に攻めてくる外の国、【王国 アレス・ファミリア】に勝利した後、ギルドでは制裁として団員たちの【経験値】の放棄を何度か行っている。アレスが血の涙を流しながらレベル2の団員をレベル1にすることもよくあった。そんな団員だが、取り調べで【軌道軌跡】と呼ばれるスキルが発現したことがオラリオに伝わったのだ。

 

『与えられた【恩恵】によって眷属たちは自らを神へと近づける。【経験値】によってその器を作り出しているのだ。だからたとえ【恩恵】を失ったとしても器の作り方、軌跡を覚えているのだろう』

 

 どこかの神がそう言いだし、それは殆どの者に納得をさせてしまった。既知へと変わってしまった新しいスキルに神達は興味を失い、ギルドで聞けば教えてくれるような情報へと変質した。

 

 だがヘスティアとしてはその話はどうでもよかった。寧ろ神達の興味を引くようなスキルでは無くてほっとしている。肝心なのは、【軌道軌跡】の発現条件だった。

 

「ベル君は……他の神と一緒に旅をしていたんだっけ」

 

 その事実にヘスティアは少しだけ嫉妬で胸が痛んだ。下界の子供たちのような感情だとヘスティアは思うが、彼の初めては自分ではないと言うのがちょっとだけ悔しいと感じたのだ。

 

「(……思ってみればボクはベル君の事を全然知らないな)」

 

 ベルがファミリアに入団してから何か月も経っているが、今日の様にベルとじっくり何かをするという機会はほとんどなかった。自分はジャガ丸くんの屋台やヘファイストスの所のバイトで忙しいし、ベルは冒険者なので言わずもがな。

 それにベルからベル自身の事を語ってくれるまで待っていたという言い訳もあるが……

 

「(初めての眷属(こども)ができたからって浮かれすぎていたかもしれない)」

 

 ただベルと過ごす日常が楽しくて、彼がダンジョンから帰還して話すその日の冒険譚が面白くて、自分が話す内容を興味深そうに聞いてくれる彼の姿が愛しくて。

 下界に降りてきて今が一番楽しいと言える自信はあるし、ベルも今のところ順調に過ごしているため問題も発生していない。だから急ぐことは何もない。

 

「……だけどボクはベル君のことをもっと知りたい。よし! それなら聞いてみようじゃないかってね!」

 

 ヘスティアは自分の頬を両手でぱちんと叩き気合を入れ直す。

 今日はベル君に彼自身の事をいろいろ聞いてみよう。いつも一緒に出掛けたときの様に、自分が楽しくて忘れてしまう事が無いようにしよう。

 そう決心しヘスティアは部屋を出てベルと待ち合わせした場所へと足を向ける。そうしてベルの話を聞くことになったヘスティアは、彼の語る冒険譚に顔を引き攣らせるのだった。

 

――

 

 鉄を打つ槌の音は長屋を一つ挟んでもベルの耳へと届いていた。怪物祭当日と言えど職人気質のヘファイストス・ファミリアの団員たちにとってそれは平日と何の変りも無いのだろう。

 椅子に座りこんだベルの目線の先にはライトアーマーを弄るヴェルフの姿が有る。豊饒の女主人で飲み交わした夜の翌日、つまりは昨日のダンジョンの帰りが遅くなってしまったため、明日の朝でもいいというヴェルフの好意をもらって装備を今朝預けに来たのだ。

 それに伴い代金も支払おうと持ってきたのだが、やはりヴェルフはそれを断った。一度面倒を見ると断言した以上、追加で貰うつもりはないと返されたのだった。

 

「……やっぱり劣化が早いな。ベル、下鱗刀と一緒に兎鎧の方もメンテナンスしちまうから、ついでにそれも置いて行ってくれ」

 

「そんなに悪かったんだ。……ヴェルフ、今日だけでいいんだけれど代わりの装備に成りそうなものは無いかな?」

 

試作型兎鎧(まえのそうび)なら一応まだとって置いてあるが……今日はお前神様と祭りを見て回るんじゃなかったのか? ダンジョンに行くわけじゃないんだろう?」

 

 ヴェルフの疑問にベルは頬を掻いて気恥ずかしそうに応えた。

 

「いや、改めてデートって考えるとちょっと落ち着かないと言うか……せめて装備だけでも固めておこうかと思って」

 

 女性と二人で出かけたことはある。それはヘスティアとだったり、オラリオに来る前に出会った少女であったりするが、どれも女性の方から連れられてだった。

 うぶな表情を見せるベルにヴェルフはやれやれと言った様子で、弟分を見るようにベルへと小さく溜息を吐く。

 

「そこは装備を固める前に決心を固めておけって。まぁ浮かれた馬鹿が出ないとも限らんから、せいぜい護衛を務めるんだな」

 

 武器に関してはオラリオに来る前から持っていた短刀を持ってきている。棚に入れてあるから勝手にとって行ってくれ、というヴェルフの声にベルは了解と返して装備を取り出しそのまま身に着けた。

 万一主武装が壊れたときの繋ぎとして保管したものらしい。装備に関しては俺に任せろ、とヴェルフから言われているが、此処まで至れ尽くせりだとベルも少し気後れしそうだった。

 

「ヴェルフは怪物祭を見て回らないの?」

 

「一人で回って面白いもんでもないしな。最近は冒険の方に力を入れっぱなしだったから、久しぶりに鍛冶に専念するとするさ」

 

 あっけらかんと答えるとベルは少しだけ怪訝そうな表情を見せた。

 それはベル自身が自分との冒険がヴェルフの成長の足を引っ張っているのは好ましくないと感じたからだった。

 

「それって大丈夫? いや冒険に付き合ってくれるのは有り難いから、僕がヴェルフの心配するのもおかしな話だけど」

 

「頻度は確かに減ったが、腕を落とすほどサボっているわけじゃないから心配するな。……【力】や【器用】のステイタスが上がったせいかもしれないが、腕は逆に上がったんじゃないか?」

 

 対するヴェルフは嬉しそうな表情で、本気で思っていることを口に出していた。

 ヴェルフの腕が上がっている、と言うのはベルにも分かる。現在の主装備である【兎鎧】は【試作型兎鎧(まえのそうび)】と素材は殆ど変わらないが、それ以上の堅牢さと動きやすさ、安心感をベルに齎している。

 今ベルが装備している仮装備がどこか頼りなく感じさせる程だった。

 

「……自分の装備を近くで使われているのを見ていると、俺の不備が、妥協が担い手を殺すってことが実感できるんだよ。今まで以上にお前の持つ装備へは思いを込めたつもりだ」

 

 勿論普段作っていた物の手を抜いていたわけじゃないが、とヴェルフは言葉を切った。

 心技体全てが鍛冶に重要な要素であり、担い手への思いで心を、ステイタスの上昇による体の強化をそれぞれ受けているためか、当然の様に鍛冶の腕は上がっている実感がヴェルフにあった。

 ベルとの専属契約期間は1年、若しくはヴェルフがレベル2になるまでと定めている。それ以上は鍛冶の技術が錆び付くとヴェルフ自身が分かっているからだ。だが以前ヘスティアが漏らした、ベルは過去にレベル2であったという話と、自身とベルのステイタスの上昇具合から、期間内にどちらかがレベル2に成れるだろうという確信もある。

 

「そう言う風に遠慮すんのはベルの悪い癖だな。冒険者なんだからもっといい装備を作ってくれって貪欲に言うぐらいでもいいんだぞ?」

 

「うーん、装備をヴェルフが新調するたびにその出来に満足してるから、それ以上って言うのは考えられないよ。やっぱりこんなに贔屓されていいのか、って思っちゃうかな」

 

 ファミリアとしての面子もあるし、と。そう言うベルにヴェルフはどこか引っかかる物を感じていた。その違和感は小さなものであり、気のせいだろうと考えヴェルフは言葉を返す。

 

「俺は未熟者だからな。贔屓もするし気に入った奴には入れ込みもする」

 

「あはは……それはそれでどうなんだろう」

 

 開き直った様子のヴェルフにベルは困ったように小さく笑う。

 

「と、そろそろ時間はいいのか?」

 

 ヴェルフに言われベルは時計を確認した。待ち合わせの時間には少し早いぐらいだが、待たせてしまうのも申し訳ないとベルは考える。

 

「もう少し時間はあるけれど、流石にこれ以上はヴェルフの邪魔になりそうだから行くことにするよ」

 

「俺は気にしないんだが……と言うよりデートの前に野郎の部屋に来るのはどうなんだ?」

 

「女の部屋に行くよりマシなんじゃないかな」

 

「お、おう。なんか悪い」

 

 濁った眼で応えるベルにヴェルフは冷や汗をかいた。そう言えばコイツの父親は女たらしで、触れたらアレな話題だと言う事を思い出したのだ。

 

「まぁその辺は忘れて楽しんでこい。お前が緊張でガチガチだったら、ヘスティア様も素直に楽しめなくなるぞ」

 

「む……それは嫌だな。うん、どうせだから楽しんでくるよ」

 

 相変わらずコイツ神様の事大好きだな、と。ヘスティアの名前をだして露骨に気合を入れたベルにヴェルフは内心で苦笑する。

 

「それじゃあ明日はいつも通りダンジョンに向かうから、何時もの場所で」

 

「了解、羽目を外しすぎるなよ」

 

「分かってるって」

 

 工房から去っていくベルにヴェルフは軽く手を挙げて応える。

 自分も今日やろうとした用事をこなそうと、改めて預かった装備達に身体を向けた。

 

 

 

 刀身を叩き刃へと形成する。

 使用者はベル・クラネル、種族、体重、身長、手の大きさ、可動範囲、重量、強度、状況、ステイタス、技量。全てを思い出しその最適を鉱物へと伝え、その答えを待つ。

 何処までならその鉱物は応えられるか、その限界を見極め自分の身体へ命令を送る。秒毎に鉱物は答えを変えた。その変化を見逃さずに命令を変更し反映させ、ただ打つ。

 

 がきん、と。鈍い音を立てて刀身が折れた。

 

 その音にヴェルフは集中を解き、額に浮かぶ汗を拭って大きく息を吐いた。それは自身が新しく生み出そうとした剣が死産に終わったことを表していた。

 

「種族は人間(ヒューマン)、年は13から15、中衛遊撃、素材は……角兎(ニードルラビット)の角か。惜しかったのう、あと三度も打てば完品となっていたであろうに」

 

「……」

 

 背後から聞こえてきた女性の声にヴェルフは応えない。ほんの少し作業を見ただけで最適解を伝えたその女性から、自分との鍛冶師としての格の差を伝えてきているのが分かったからだ。

 

「まだあの小僧とつるんでおったのか、ヴェル吉」

 

「……お前には関係ないだろう、椿(つばき)

 

――

 

 怪物祭は想像以上にオラリオの住民を賑やかせていた。【ガネーシャ・ファミリア】が主催とするその祭りのメインは、闘技場でのモンスターの調教(テイム)である。冒険者たちにとってモンスターは身近なものだが、それ以外の住民にとってはそうではない。多くの観客が訪れ、それに合わせて屋台が所狭しと並んでいる。

 その混雑の間を縫うように抜けてベルは待ち合わせ場所へと向かっていた。時折周りを見れば、冒険者と思わしき外見の者達が屋台を冷かしているのが見える。祭りの意義やメインの題目はともかく、この雑多ながら華やかな雰囲気は嫌いではないのだろう。

 そんな街並みを歩いている道中でベルは正面から来たとある神物と視線が合う。並外れた容姿の青年は、手に大きな荷物を抱えていた。

 

「おお、ベルではないか」

 

「ミアハ様。お久しぶりです」

 

 それはヘスティアとも神交がある神の一人であるミアハだった。買い出しの最中だったのだろう、荷物の頭からはあまり見ないような植物が顔を覗かせていた。

 

「その装い……これからダンジョンへと向かうのだろう?」

 

「ああいえ、これから神様とお祭りを見て回る予定です」

 

「なんと、それでは香油の一つでも渡したいところだが……あいにく手持ちを切らしてしまってな。ポーションはあるが持っていくか?」

 

 懐から取り出したのは試験管に入った深い青色の液体だった。ポーションはベルも多用するが駆け出しにとってはなかなかの値段だった。

 思わず受け取ってしまったベルはそのままミアハへと返す動作を見せた。

 

「ミアハ様、そんな風に配っていたら、またナァーザさんに怒られてしまいますよ?」

 

「うむ、その通りだがベルは私たちのお得意様だ。多少の胡麻をすっておいても損はあるまい?」

 

 少し茶目っ気が混じる笑顔で言うミアハは、女性で有ったら思わず見惚れてしまうだろうとベルは感じていた。

 今度ナァーザさんに菓子折りか何かを持って行こうと、ベルは予定を頭の中で組み入れる。丁度モルブルボムの注文をするつもりであり、その時に渡しておこうと考えたのだ。

 

「それなら有り難く受け取らせ頂きます。今度注文をしにホームへ向かわせていただくので、その際にナァーザさんにもお礼を伝えさせてください」

 

「うむ、御贔屓に頼むぞ。……ふむ、此方にわざわざ来て注文するのも二度手間に成ろう。ここで私が注文内容を承ろうか?」

 

 ミアハの申し出にベルは目を丸くする。

 

「えっと、ナァーザさんと値段などを相談しなくてもよいのですか?」

 

「うむ、扱っている素材に値段の変動は無いにも等しかったのでな。ベルが前の値段で良いのならそれで構わないだろう」

 

 ミアハはメモ用紙と筆を懐から取り出すとそのままベルに渡した。それに何を注文するのか書いてほしいと言う事だろう。

 ミアハの言葉はベルにとっては渡りに船だった。時間の短縮にもなり、何よりナァーザとの交渉をしないで注文できるのだ。前の値段は値切りに値切って上手く相手の言質を取って安い値段で買い上げた物だ。ナァーザの表情に悔しさが表れていたのは記憶に新しい。

 それと同じ値段で注文できるのは有り難かった。メモに注文を記入しながら内心でガッツポーズをするが、表情には出さないよう気を付ける。

 

「ではこれらの内容をお願いします。丁度代金もありますので今払わせていただきますね」

 

「この後のための持ち合わせは問題ないのか?」

 

「はい、別件で使おうとしていた物ですが、その予定が無くなったので。と、ミアハ様の予定は大丈夫ですか?」

 

 ヴェルフに渡すつもりだった代金を持ってきていたため、持ち合わせには余裕がある。そしてミアハにも予定があるのではと思い直してベルは尋ねた。

 

「なに、ディアンの用事を丁度終えた帰りであるのでな。一応商売敵の場所であるが、やはりディアンの店は盛況であったぞ」

 

 ミアハが名前を出した神はディアンケヒトという医療の神の一柱だった。オラリオでは治療と製薬を主とするファミリアを率いている。冒険者にも評判が高いファミリアであるため、ベルにもその名は聞き覚えがあった。ただ薬関係は【ミアハ・ファミリア】を使用しているベルは一度も訪れたことは無かったのだが。

 

「オラリオ一番の製薬ファミリアですからね。ただ僕はミアハ様の所でお世話にならせていただきます」

 

「うむ、嬉しいことをいってくれるではないか。ただエリクサーなどの高額な薬品はまだ扱えないので、ベルが高位冒険者になったときには(わたし)に遠慮せず行くといい」

 

「流石にそんな早く高位の薬にお世話になることはありませんよ」

 

 エリクサー、万能薬とも呼ばれるそれは一級冒険者たちが使用する者で、腕がもげるような大怪我も瞬時に治すその薬は値段も50万ヴァリスと高額な物だ。ベルは遠目で見ただけだが、薄く七色に光るそれを液体の宝石のようだと感じたのを覚えている。

 ベルにとって一級冒険者に成ると言うのは先の長い話ではあるがミアハ、神達にとってはほんの少しの事なのだろう。ミアハは裏表のない誠実な神だとベルは思う。そんな神から社交辞令ではなく、期待していると言われることはどこかくすぐったく感じた。

 

「ではそろそろ行かせていただきます。ナァーザさんにもよろしくとお伝えください」

 

「うむ、ヘスティアにもそのように伝えてくれ。では頑張ってくるのだぞ」

 

 ベルが一礼するとミアハも軽く手を挙げてそれに応えそのまま別れた。

 

 

 時刻に余裕はあるため急いで行かなくてもよいだろうと、ベルは余裕を以って歩いて待ち合わせ場所へと向かった。

 それにしても、とベルは思う。エイナさん、ヴェルフ、ヘスティア様、ミアハ様、ついでにナァーザさんと様々な人たちにお世話になっているのだと改めて感じていた。

 周りに支えられて自分は冒険者となってオラリオに居る。そうして期待をされているのも分かり――少しだけ胸が痛んだ。

 

 自分は今に満足してしまっている。――神様(ヘスティア)が笑っていてくれるのなら、きっとそれ以上を望んではいないのだろう。

 

 ヴェルフの持つ、頂へ登ろうとする【英雄】の様に強靭な意志を今の自分は持っていない。焦がれる様な【憧憬】を見出せておらず、自分の歩む先の視界は霧に囲まれている。

 それは多くのただの人が抱える思いと同じだった。それでもいいとベルは思った。

やがてヘスティア様の元には多くの眷属が集まるだろう、その中に英雄と呼ばれる者も来るかもしれない。

 自分はその英雄のための道を作ろう。嘗て自分が『おとうさん』のサポートへと回っていた時の様に。『英雄』の隣を目指して走り続けていた時の様に。

 

 遠くに自分の主神の姿が目に入る。それは相手も同じで、手を振って此方へと呼ぶヘスティアにベルは早足で駆け寄った。

 

「申し訳ありません、神様。待たせてしまいましたか?」

 

「ううん、いま来たところだよ」

 

 朗らかに笑うヘスティアにベルもつられて笑う。やっとこのセリフが言えた!と、喜ぶヘスティアの姿が微笑ましく感じていた。

 少し言葉を交わしヘスティアに手を引かれベルはその場を去っていく。

 

 

 

 神の、暗い感情の籠る視線がそんな二人へと向けられていた。

 




▼フラグ【ヘスティア・ナイフ】獲得条件達成されていません。
▼フラグ【ヴェルフ・クロッゾの武具】達成されました
 フラグ【椿・コルブランド】【パーティ離脱】【■■■炉】が解放されました

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