ベルくんちの神様が愛されすぎる 作:(◇)
「ロキ・ファミリア……流石にちょっと気まずいかな。あの狼人にアイテム誤爆させちゃったし。あの後何事も無ければいいんだけれど」
ロキの一言を皮切りにジョッキをぶつけ合う音と歓声が店内に響き渡る。初め何事かと見ていた他の客たちの話題は、宴会を始めたロキ・ファミリアの面々についてがほとんどだった。
ベルもそれと同じく、その日に会ったロキ・ファミリアのメンバーであるベートの顔をなんとなく捜しながら呟いた。
「気にしなくてもいいんじゃないか? あっちも自分たちが悪いって言っていたしな」
「それもそっか」
ヴェルフは何でもないように答え、ベルも気にすることもないかとロキ・ファミリアの面々へと視線を向けた。彼等も有名人であるという自覚があるため、好奇の目に見られることも慣れているだろう。ベルもついでにその視線の一つに混ざる。一流のファミリアの団員たちがどんな者達なのか興味があったからだ。
ベルが初めに見たのはベート・ローガ、ミノタウロスに遭遇した時助けてもらった狼人だった。速すぎて何をしたのかわからないが、自分達が逃げることしかできなかったミノタウロスを一撃で倒して見せた強さには少し憧れもする。
彼は今は憮然とした表情で酒を呷っていた。遠征の最期の最期でケチがついてしまったのだから、少し機嫌が悪いのかもしれない。
「誰を見ているんだ? やっぱり噂の【剣姫】か?」
「【剣姫】?」
「アイズ・ヴァレンシュタインの二つ名。今日助けてもらっただろう?」
「ああ、確か……」
ベルはミノタウロスに遭遇した時のことを思いだす。第一印象は『何やってんだこんなところでこの初心者は!』だった。
そしてベルが肩に抱えて走っていた時のことを思いだす。俵の様に持ち上げるためにベルが腕を回したのはお腹の辺りだ。だから体の柔らかさだとかは覚えているわけで。
胸当てが無ければアウトだった。何がアウトなのかベルには分からなかったし、セーフだったことが少し惜しく感じたがとにかくセーフだ。
「……ベル、顔赤くなってんぞ」
「な、なってないよ。それに僕が見てたのは今日助けてもらった狼人の方だよ」
小さく笑うヴェルフに不満そうな表情を向けて、ベルは手元にあったエールを呷った。
アイズとはミノタウロスが上層に上がってきた原因を聞き、それに対して応答しただけで会話したとは言えないだろう。そのため深く印象に残っては居なかった。
残っているのは無表情で此方に来て、足腰を震えさせる狼人に腹パンをぶち込み、『ほぐぁ!』と言わせ気絶させたことぐらいだ。ちなみにベルがそれを喰らったら背骨が爆散し、内臓が飛び散っていただろう。
「……ベル、顔青くなってんぞ」
「ヴェルフ、やっぱり女性って怖いね。『おかあさん』やナァーザさんもそうだったけれど容赦って言葉をどこかで忘れてるんだもん」
「ナァーザに関してはのた打ち回っているのを爆笑したベルが悪いと思うんだが。あいつにどんな恨みがあるんだよ」
「ブラッドザウルス10頭分ぐらいかな?」
「マジで何があったんだ……」
ヴェルフが頭を抱えたその話は、ベルがオラリオに来る前やダンジョンの外での依頼を受けたときの話である。酷い話だったため割愛する。
身体を震わせながら言うベルにヴェルフは辺りの喧噪に耳を傾ける。まず聞こえてきたのはアマゾネスの少女の声だった。
「アイズー、あの話してよー」とアマゾネスの少女が仲間の失敗談をせがんでいる。なんでも遠征の最期の最期で気絶して汚物塗れで背負われた者が居るらしい。対面に居る狼人がプルプルと震えていた。自分たちが今日助けられた狼人だった。なぜ火山をつついて遊んでいるのか、とヴェルフは困惑する。
続いて聞こえてきたのもアマゾネスの女性の声だ。血肉を見つけたブラッドザウルスのような視線で酒に粉末状の何かを入れ、年若い少年にそれを堂々と差し出した。にこやかな笑顔の後ろに何故か猛獣が見えヴェルフは困惑し、納得した。
「まぁ、女性が怖いって言うのは一部分は納得した。だけどヘスティア様も女性だろう?」
「あれは
ベルが思い出したのは『おかあさん』の姿だ。なんでもオラリオで大きな規模のギルドを結成したが、逃げ出した『おとうさん』を追い掛けるため解散してベルの居た村まで来たらしい。
『おとうさん』がベルの前からいなくなったとき、『おかあさん』もそれを追い掛けて居なくなった。その頃にはベルも一人立ちしていたため不満は無いのだが、結局【母】とは呼んでも【親】と呼ぶことはできない、どこまでも『おかあさん』は【女性】であったのだろうと思い出す。
「今度こそ追いつめてやる」と腕を鳴らしながら去っていった『おかあさん』を見て、やっぱり女性って怖いと感じていた。そして
そんなことを考えながらも店の喧噪は続く。アマゾネスの少女がアイズと話しており、その内容にベートが苛立ち始めているのが見えた。
「それでさー、ベートってば物凄い臭いしながら目を回しててさ! なのにアイズったら無表情なんだもん、びっくりしたよ!」
「……あれはベートさんが悪いんじゃなくて、私の判断が間違っていたから。ティオナ、そんな風に言わないでほしい」
「えー、そうなの? ベートどんな失敗したのかなーって、ちょっと気になってたのに」
「成程クソ女、テメェが俺にケンカ売ってんのは分かった表出ろ」
ジョッキを片手に据わった目でベートはティオナに言う。
「ふーんだ、ベートには聞いてないー! ちょっと気になってる女の子の背中で、目を回してた面倒くさいツンデレの言葉なんて聞こえませーん!」
「随分と都合のいい耳してるじゃねぇかおい。胸と一緒にダンジョンに落としてきたのか? どうやら後続の奴らには拾ってもらえなかったみたいだなぁ!」
「はははベートってばうまいこと言ってぶっ潰す」
「上等ォ!!」
互いにジョッキの中身を飲み干した後テーブルに叩きつけて立ち上がる。互いの顔を至近距離まで近づけてガンを飛ばし始めた。
一発触発と思われたところに一つの影が近づく。ドワーフの大きな手はベートとティオナの頭後ろに回され、そのまま二人の頭をくっつけた。ごん、という良い音が響き、ベートとティオナはその反動のまま椅子へと戻された。
「痛い~、もう、なにするのガレス!」
「お主らここは酒場じゃろう。となれば、突き合わせるのは拳ではあるまい?」
ニカッと笑みを見せたガレスは、テーブルに置いてあったグラスを軽く揺すり入った酒を見せた。
暫し言葉を失ったベートとティオナだが、同時に相手を指差して怒鳴る。
「馬鹿女に一番強い酒だ!」
「ベートに一番強いお酒!」
「
銀髪のウエイトレスの楽しげな声が店内に響き渡る。あわや乱闘か、という空間を気にせず近づいた彼女は楽々と注文を取る。そして予測していたように時間を置かず運ばれた酒を二人は掴み取り、有無を言うより先にジョッキを傾けた。
ハイペースで飲み始めたベートとティオナ、それに自分もと参加したガレスの飲み比べに一人近づく影が有る。ファミリアの主神であるロキだった。
「おーなんや飲んどるなぁ。何があったか知らんけど飲み比べならウチも混ぜてぇな」
「おおロキか。いやなに、二人が小さなことでもめそうになっておったからな。コイツで格を比べておったところよ」
「小さいこと~? ああ、なんやベートがティオナの胸の事かなんかで絡んだんか? ダメやでベート、どっかの馬鹿男の言う事とちゃうけど、女の子には優しくせぇへんと」
面倒くさいツンデレとか流行らへんでーと、けらけらとロキは笑うが、言葉内の二人はじろりとロキへと視線を向けた。
「なにさロキってば! なんにも無いし最初っから神様だから希望は無かったロキに言われたくないー!」
「はっ、俺に言う前にテメェの特定の奴に対する
「す、少しぐらいあるわい! って、どどどどドチビは関係あらへんやろ!?」
動揺するロキだったが、ジト目に耐え切れず他のテーブルへと逃げていく。既に数杯先に勧めていたガレスに促され、ベートとティオナは自分のグラスに再び酒を注いだ。
ロキが駆け込んだのはアマゾネスの少女に絡まれるパルゥムの男性と、静かだが楽しげに飲んでいるエルフの女性の場所だった。
「うううう
エルフの女性――リヴェリアはため息交じりに応える。
「ママと呼ぶな。ベートやティオナが言ったことは図星だろう。流石の私も的を得ている言葉を変える術は無いな」
「お待たせしました団長。
「せめてよく眠れそうな粉を溶かす努力はしようか。すまないねロキ、ちょっと手が離せない」
ギリギリと渾身の力でグラスを押し付けるティオネを冷や汗交じりに押し返すフィンは、ロキの相手をする暇はないようだ。
悉く袖にされたロキはテーブルにあった酒を静止の声を聞かずに一気飲みし、一つのテーブルへと首を向けた。ぐるりと視線を向けられたアイズは思わずびくんと身体を震わせる。
「アイズたーん! アイズたんは違うんよな? ウチをテキトーにせぇへんよな? もっとヨイショと持ち上げてくれてもええんやで!?」
アイズに向かって飛び込んだロキは、抱き着いて自分の顔をアイズの胸へと押し付けようとする。それを顔を掌で押しのけながら、アイズは困ったような表情をした。
しょんぼりとした表情でアイズを見るロキに思うところはある。あるのだが……アイズはなぜかファミリアの面々からなにか期待されるような視線を向けられているのだ。
ロキからは見えないが様々なやりとりをしているファミリアのテーブルから、様子をうかがう視線を感じる。こういう時はどうすればいいんだっけ、と。アイズは前にティオナから教えてもらった事を言葉にした。
「……私の方が(胸が)大きくて、素直?」
首を傾げるアイズは言っていることがよく分かってない。みんながロキに言っていたことの反対の事を言ってみただけだった。
だがロキにとってはそうではなく、ショック、の文字の岩が頭の上にガーンと落ちてきていた。お気に入りの
「ええんやな! ウチも泣くで! めっちゃめんどくさいで! それでもええんやなお前らぁ!」
「「どうぞどうぞ」」
「チクショー! ノリの良い団員なんて大好きやぁー!! アイズたんが追い掛けて来んかったらウチ戻らへんからなぁー!!」
ギャグ調に涙を流しながら店の外へと駆けていくロキと、何時もの事と言うように喧噪を取り戻す店内。
アイズー、もう少ししたら迎えに行ってあげてー、というティオナの声へとアイズは頷いた。
さて、そんな様子を酒を呷りながら見ていたベルとヴェルフだったが、一番に出てきたのはベルの一言だった。
「やっぱ主神様って癒しだよ」
「それな」
互いのグラスをカチンとぶつけた。
―――
美味である食事とお酒、ほどほどの酔いはベルの気分をとても良い調子へと変えていた。
次回は『火鉢亭』に行くか、と次回の約束まで取り付けて満足げなヴェルフと別れ、自分のファミリアのホームへと足を向ける。
ダンジョンと向き合う冒険者としての生活は気を張り詰めなければならないことが多い。ここでいったんリフレッシュし、あとはホームで休息を取ることで明日も頑張ろうと。そんな気分で帰っていたはずだった。
「う゛ぉえぇ、気っ持ち悪ぅ……やっぱ神酒飲んだ後に走るとかアカンな……う゛っ」
「水です、飲めそうなら少し飲んでください。ロキ様、濡れタオル首元に当てるので少し我慢してください」
「すまんなぁ……」
その道中、店内で大騒ぎしていた人物――ロキを見つけてしまい、ベルは内心で溜息を吐いていた。なぜ自分が見知らぬ人……ではなくて神の面倒を見なければならないのか。
これが男で路地裏で吐しゃ物をまき散らしているのなら、ベルもそう言う事もあるかと無視して通り過ぎていただろう。しかし『おとうさん』の言葉を真に受けたわけではないが、ベルは親であった二人から女性には優しくと育てられてきているためか、思わず足を止めて介抱してしまったのだ。
「ん、もう濡れタオルはええで。少しは良くなってきたみたいやし。……おっかしいなぁ、何時もならそろそろアイズたんが来ると思ったんやけど」
「大丈夫そうですか? 無理はしないでくださいね」
「もうすぐ迎え来るから大丈夫や。……うん、介抱されっぱなしでハイサヨナラとは言えへんな。ジブン、名前は? どこのファミリアの
「ベル・クラネルです。ファミリアはえっと……ヘスティア様のファミリアに所属しています」
「ほうほうヘスティア……ってあのドチビんとこなんっ!?」
驚いて目を丸くしたロキだが、それも一瞬の事で興味深そうにベルに値踏みするような視線を向けた。
ベルとしては自分の主神がロキのことを散々に言っているのは知っているが、一部分認めている節が有り、どちらも憎からず思っていることはなんとなく察していた。そのためファミリアとの繋がりと言う面でも顔を売っておいて損は無いと判断したのだ。
「ドチビんとこかぁ……悪口みたいになるけど、なんであんな何も無い所行ったん? ウチんとこ来るか?」
「あはは……まぁ確かに何にも無かったですけれど、神様が居ましたから。なので遠慮しておきます」
苦笑して返すベルにロキは目を丸くするが、すぐに笑みを見せて「それならしゃあないなぁ」と呟いた。
「ありがとうございますロキ様。ヘスティア様を気遣っていただいて」
何気ない会話の中でベルはロキが自分の事を試してきたのを察した。ロキが自分のファミリアの名前を出して勧誘したのは、自分がどのような反応を見せるか見るためだったとベルは想像する。しかしそこの一部にはヘスティアの眷属としてベルはどうかを見る目的もあったように感じていた。
これだから神様相手はやりづらいとベルは思う。
「……あーほらし、なんでウチがあのドチビを気遣うんや。そんなことより、ベルはドチビの眷属なったばっかりやろ? ドチビと言えばオラリオでもちょっとは有名でなぁ…」
その言葉に対してロキは何のことだと言うように否定し話題を変えたが、ベルとしては恐らく当たりだろうと察していた。
ロキが次に振った話題は自分が来る前のヘスティアの話である。本人の居ないところで嫌がらせにいろいろ喋ったるわー、と機嫌よく話す内容にベルも興味を惹かれつつ相槌を打った。
――
アイズ・ヴァレンシュタインは魔石の外灯が照らすオラリオの街の中を一人歩いていた。主神であるロキが豊穣の女主人を飛び出して行ってすぐに追い掛けるつもりだったが、店の中が慌ただしくなってしまったのだ。具体的にはベートVSティオナだったはずの飲み比べがガレスVSベート&ティオナになったり、アマゾネスと化したティオネが団長のフィンを襲ったりしていたため鎮圧に回ったのだ。
店の軒下に釣り下げられた自分のファミリアの団員を尻目にアイズは街を歩く。その道中で時折止まると、目を閉じて辺りの感覚をじっと探った。
「(……こっち、かな)」
匂い、足音などを【器用】の【ステイタス】の補正によって見分け、街の中に居るロキの場所を察知する。主神が一人、夜外に出ても気にしなかったのはレベル5である彼女が見失うほど遠くまでロキは行けないだろうという理由があった。
「(近くの広場で誰かと話してる。楽しそう、だけど)」
流石にその内容を聞くほどアイズもロキのプライベートに足を踏み入れるつもりは無かった。ひとまず感覚に振っていたステイタスの補正を切り、ロキの居る方向へ角を曲がろうとした時だった。
「あうっ」
と、身体に何かぶつかる感覚と小さな悲鳴がアイズの耳に届く。視線を下に向ければ黒髪でワンピースの上に薄い上着を纏った少女が、地面に尻もちをついていた。
「大丈夫? ……貴女は」
「いたた、すまないね。ちょっとよそ見をしちゃったんだ……って、あ! 君は小豆クリームの!」
差し出された手を掴んだ少女――ヘスティアの姿はアイズも見覚えが有り、彼女の好物であるジャガ丸くんの店で売り子をやっていたことを覚えている。一方ヘスティアもよく小豆クリーム味のジャガ丸くんを買っていくアイズには見覚えがあった。
怪我はないかとアイズが尋ねると、大丈夫だとヘスティアは返す。上手く手を付けていたようで、擦り傷のようなものも表面的には見えない。
「ん、よかった」
傷一つないことを確認しアイズは子供をあやす様に軽くヘスティアの頭を撫でる。
暫し猫の様にそれを受け入れたヘスティアだが、はっとしたように頭を振って腕を退けた。
「って、ここはお店じゃないからそれはやめておくれよ!」
じゃが丸くんの店で購入していく客が、御利益を、というようにヘスティアの頭を撫でていくことはよくあった。ほとんどが年配の方々だったが、アイズも同じように真似てヘスティアの頭を撫でていくことがよくあり、ジャガ丸くんを買った後の癖になっていたのだ。
「あ……ごめんなさい」
「いや、そんなに謝ることもないけれどさ」
大きく表情を変えていないが眉を落とししょんぼりとした様子のアイズに、ヘスティアも思わず困ったように頬を掻いた。
「えーと、よし! それなら明日、ジャガ丸くんのお店で新作が出るから、それを買って行ってくれたら許そうじゃないか!」
「新しい味が出るの?」
「そう言う事さ! 明日はボクは非番だけど、是非とも買って行ってくれると嬉しいな」
新しい味の試作はヘスティアも食べてみたがなかなかチャレンジングな味だった。とは言え全く売れなかったら悲しくもあるし、アイズにもぜひ挑戦してほしいと考えて提案していた。
その提案にアイズは頷くと、ヘスティアはほっと安心したように息を吐く。そして一言言ってから歩みをホームへと向けた時だった。
「……えっと、なんでボクについてくるんだい?」
「その、私が行こうとしていた所もこっちだったから……」
「なんだそうだったんだ。じゃあ途中まで一緒に行こうか」
偶然であるがロキが今居る場所とヘスティアのホームのある場所と方向は一緒であったため、ヘスティアにアイズが付いて行く形になってしまった。違うファミリアの子供と神ではあるが、ある程度顔見知りではあるためか会話は弾んでいた。ヘスティアが一方的に話しかけてアイズが相槌を打つような形の会話であったが。
どうやらヘスティアは友人を送った帰りだったらしい。楽しく過ごすことができたのだが、眷属のステイタスについてちょっと心残りができてしまったらしい。ギルドの担当者に相談するといいというアドバイスをするとヘスティアはぱぁっと笑みを見せて感謝した。
その次の話題は共通の話題であるロキについての事だった。
「それでロキはデメテルにこう言ったんだよ。『後生やデメテルたぁあああん。ウチのコレを豊饒にしてくれや! いや分けてくれてもええんやで! つか寄越せやぁああああ!!』ってさ! いやはや神聖浴場の従業員まで総出で止めて大騒ぎだったよ」
「ロキ……」
ヘスティアが言ったのは女神たちの集まりで酒が入ってしまった時の話だった。妙なテンションで神聖浴場まで行ったとき、酒の力とデメテルの豊満な身体を見てロキが暴走してしまったのだ。
ヘスティアとしてはロキの眷属に昔の黒歴史を教えて尊敬度を減らしてやろうと言う事で出した話題だった。ロキ自身もベルに同じことをやっているため思考回路はよく似ていると言えるだろう。
そしてアイズの表情はとても残念なものを思い出すような表情だった。自分やリヴェリアの胸を揉みたがっていたのはこういう理由があったのか、と。揉ませたくはないが今度は少し優しくしようとアイズは思う。
「そのときなんだけど――む」
「あ、ロキ」
続けてヘスティアが話をしようとしたとき、アイズの目的地の広場に来てロキの姿が目に入ったのだ。
どうやらロキは誰かと話しているらしい。愉快そうな笑い声が此方まで聞こえてきていた。ヘスティアはわざわざ絡みに行くのも面倒だと、アイズに別れを告げてそのまま帰ろうとした時だった。ロキの会話の内容が耳に入ってきた。
「そんであのドチビ、のれんが変わってることに気が付かないで男湯の方に突っ込んどってな、いやーあんときのドチビの慌てぶりったら笑わせてもらたわ」
「神様……」
「少しして出てきて第一声が『ガネーシャのガネーシャはガネーシャだった』やで! んでガネーシャん所のホームがあんなんやろ? 他の神の奴らも大爆笑でオラリオで【ガネーシャ】が流行語になったっけなぁ」
その内容はヘスティアにとっては非常に聞き覚えがある物だった。飲み放題でただ酒を呷った帰りに女神達で神聖浴場に入ることになり、ロキが悪戯で男湯と女湯ののれんを入れ替え、ヘスティアが突撃してしまった時の内容だ。
運が悪いことに
「あのーそれガネーシャ様はヘスティア様のことを相当恨んでいるのでは」
「無い無い、あの馬鹿は『流石は俺!ガネーシャである!』とか言って気が付いておらんわ」
ロキが自分の悪口を誰かに言っている……まぁそれぐらいなら自分もやっているし許してやろう。もんだいはそれを、誰に、言っているかだ。
白い髪の少年は苦笑交じりにロキの話を聞いている、どっからどうみても自分の眷属だった。
「ってなにやってるのさロキぃぃぃいいいいいいいい!!!」
「んん? ドチビと、アイズたん! 迎えに来てくれたんやな!」
アイズへと向かって飛び込みそのまま胸に顔を押し付けるロキだが、その時点で首を傾げた。いつもなら痛烈な一撃がアイズから飛んでくるのだがそれが無かったためだ。
「ベル君! ロキに何かされて無いかい! 誘惑とは無縁の奴だけどアイツの意地悪さは筋金入りなんだから! 何か変なことを聞いたりなんかはしてないよね?」
「えーと……ヘスティア様の北通りの
ベルから漏れた言葉にヘスティアは固まった。それはジャガ丸くんを作っている最中に起きた事件の一部だった。具体的にはヘスティアの失敗談の一つだった。
「……ロキ! 君って奴はやっていいことと悪いことが有るだろう! というよりベル君に変なことを教えるんじゃない!」
「ウチ本当の事しか言っとらへんしー。なぁアイズたん……ん?」
ロキはアイズに抱き着きながらついでに尻まで手を回した。……が、何時もの手刀やらが飛んでこない。おかしいな、と考えアイズの表情を見れば、そこには慈愛の女神を彷彿させるような微笑を浮かべていた。
「ロキ、その。私のは分けてあげられないけれど、ロキがそこまで追い詰められたなら……」
ロキはアイズの言葉にしばし黙るとそっと身体をアイズから離す。
「……おいドチビ、ウチのアイズたんに何を言ったあぁあああああ!!」
「ふん、本当のことを言っただけだよ! いいんだぜ、そんなに恋しいなら君の無い胸じゃなくてボクの豊満な胸を揉んでもさ!」
「だったら揉んだるわぁ! 覚悟せぇよドチビぃ!!」
「うわ止めろ! やっぱりそっちの気が有ったんだな!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる二人の神に他のオラリオの住民たちが目を向けるが、まぁよくある神同士の諍いだと無視してそれぞれの家路を歩いている。
「すみません、神様がご迷惑を」
「気にしないで。ロキもたぶん楽しそうにしているから」
完全に見守る形になった眷属の二人、ベルとアイズはその合間に挨拶を済ませる。アイズが自分の事を呼び捨てで良いと言ったためベルもそれに倣って同じように呼んでほしいと応える。
「その、僕が
「ベートさんなら特に気にしていないみたいだったよ。……でも確か君は、さっき見ていなかった?」
アイズの言葉にベルは暫し返答に困った。この会話も自分が手持無沙汰であったから、という理由と、ロキ・ファミリアの幹部であるアイズと少しでも繋がりを作っておこうと言う意図はあった。
これがフィンやリヴェリア、ガレスやラウルならすぐその意図に気が付いただろうが、今のアイズにはそこまで気が付かず首を傾げるだけだった。
「一応聞いておこうかと。ただよく分かりましたね? 不躾ですけれど視線は送っていましたが、それを見分けることができるなんて」
「視線じゃなくて、なんとなく君に似た雰囲気の人が店の中に居たから聞いてみたのだけれど。流石に視線だけで誰かを見分けるのは少し難しいかな」
「少し難しいって、一応できるんですね。……前の僕でもできなかったなぁ」
レベル2程度ではレベル5が見る世界とは文字通り次元が違うのだろう。苦笑交じりにベルは呟くが、その言葉が気になったのかアイズはロキ達に向けていた視線をベルへと向ける。
「『前』っていうのは?」
「……あー」
今の呟きを聞き取れるのか、と。一級冒険者との対面はほぼなかったベルは、改めてそれの凄さに感心した。それと同時にどう答えた物かと頭を動かすことになった。
「昔【経験値】を放棄したことがありまして、その時は少しだけ今よりステイタスが良かったんです」
結局は嘘も交えて大体本当のことを話すことにした。
「……ミノタウロスと対峙したのは、それが理由?」
「えっ?」
「……逃げるつもりだったのに、私が居たせいでそうしなかったから」
アイズの表情に大きな変化は無い。だがベルはそれが彼女なりに此方を探りに来ているのだろうかと考える。しかしそれは考えすぎで、アイズとしては無謀な挑戦をしようとしたベルの行動が気になったからだった。
挑戦と無茶は違う。そしてレベル1であるベルが取った行動はしなくてもいい無茶だった。ミノタウロスを前にして動かなかった自分は、一人で対処できるか、行動できないほど未熟の二択に見えただろう。それを無視して逃げることも決して間違いではなく、不合理な行動をとったベルの事が少し気になったのだ。
もしも自分なら……同じようにミノタウロスに立ち向かっていたかもしれない。だけど自分がファミリアの団員からよく言われるように、無茶している自覚はある。身勝手な話であるがベルに無茶はしてほしくないな、とアイズは内心で思ったのだ。
「まさか。今よりはマシなステイタスだとは言っても、ミノタウロスに勝てる程の物ではありませんでした」
「それならなぜ?」
興味深そうにまじまじと尋ねてくるアイズにベルも困ってしまった。あの一件は自分の判断ミスだ。ヴェルフにも迷惑をかけてしまい、落ち込んでしまうほどの事だった。
だから改めてなぜそんなことをしたのかを考え――すぐに結論が出た。
「それはアイズさんが……」
「私が?」
「……女の子だった、から?」
『野郎は黙って女の盾になるもんだ』。そんな『おとうさん』の教えを馬鹿正直にやってしまっただけのことだった。
言ってしまってからベルは思わず顔を掌で押さえた。目標ではあるけれどそう言う側面ではない。自分は『
「……よく分からないけれど、ありがとう、なのかな」
「人によってはふざけるな、かもしれないですね」
こてんと首を傾げるアイズを見てベルは顔に熱が上ってくるのを感じていた。言ってることまで似たようなものになっているし、今更になって気恥ずかしくなったのだ。
「……うん、でも気を使ってくれたみたいだから、ありがとう、と君に言わせてほしい」
「……ドウイタシマシテ」
ベルの応答は小さくなって夜闇に消えてしまいそうなほど小さいものだったが、アイズの耳にはしっかりと届いていた。そんなベルの様子が可笑しかったのか、身近な人しか分からない程度にアイズは口元に笑みを見せていた。
「…………ヘスティア」
「…………ロキ」
ロキはヘスティアの胸を揉みながら、ヘスティアはロキに胸を揉まれながら互いの名前を言った。
え、なんでいつの間にかあんな雰囲気になってる? いやそんな甘い物じゃないけどなんかそれっぽくない? あれ?
喧嘩の最中にベルとアイズの様子に気が付き、そんなことを考える。
あれ、ヤバくね? まさか自分の大切な
そんなことを考えつつもベルとアイズの会話は続いていた。探るようなものではなく談笑と呼ばれるものになっていたのだ。
「君が使っていたあの煙玉? は、あまり見ない物だったけれど便利だね。どこで手に入れた物?」
「ミアハ・ファミリアの団員が生成したものです。ただ一応非売品なので売り物としては出されていませんが。ファミリア全員分、となると難しいですね」
「ミアハ……デュアル・ポーションの。そっか、残念。いざと言うときに在ると良いと思ったんだけれど」
「下層に通じるかは分かりませんけど……一応個人としてなら紹介しましょうか?」
「本当? それなら今度――」
そして今まさに
ヘスティアとロキは互いにアイコンタクトで今自分がすべきことを察知する。そして談笑をしている二人の間へインターセプトする様に滑り込んだ。
「いやーアイズたーん!! ウチ飲み過ぎて気持ち悪いわー! 眷属たちの顔見ぃひんとめっちゃ不安やわー! おんぶしてーな!」
「ベル君! 明日もダンジョンに潜るんだろう! こんな夜まで風に当たっていたら風邪をひいちゃうぜ!」
ロキはアイズに抱き着き、ヘスティアは素早くベルの腕を取って歩みを逆方向へと向けた。
二人に会話をさせる隙を与えるか! と言わんばかりにヘスティアは先行して口を開き、ロキもそれに応える。
「いいかいロキ! 今日はこの辺りで勘弁してあげるけれど、今度ボクの眷属にちょっかい掛けたら許さないからな! 行こうぜベル君!」
「こっちの台詞やドチビぃ! またなんかやらかしてファイたんに泣きつかんよう、気を付けて帰るんやなぁ! さぁ行こかアイズたん!」
神様ぁ!? とベルは驚いたような声を出していたがヘスティアはそれを無視。アイズは言葉の最中で名残惜しそうだった所をロキが余韻を奪うようにアイズの胸を揉んだ。普通に殴られたがロキの表情は晴れ晴れとしたものだった。
――
「と、どうしたんですか神様。」
「うるさいうるさい! ベル君の浮気もの、女たらし、ハーレム志願者! ロキの所に行きたいなら行っちゃえばいいんだ!」
オラリオの夜街をヘスティアに手を引かれながらベルは混乱していた。ホームで友人とやらと食事をしていたはずなのに、なぜかベルの前に現れて不機嫌そうな表情を見せているのだ。そして自分の『
「僕のどこからそんな単語が出てくるんですか……それに神様のファミリアを退団する予定は無いですよ」
そう言うベルをヘスティアはジト目で返す。
「だって……ベル君ロキのこと様付けで呼んでいただろう?」
「それだけで!?」
基本的にベルは神様に対しては様付けで呼んでいる。だけどヘスティアからしてみれば、ベルが一時期入団しようとしていたロキにだけは疑いの目を向けてしまっていた。
「それにアイズ君とも仲が良かったみたいだし?」
「……仲が悪いわけじゃないから完全に否定はしませんけれど」
「やっぱりそうじゃないか!」
僕は怒ってるんだ!と言わんばかりに黒いツインテールがうねうねと動いている。そんなヘスティアの後ろを歩きながらベルは悩む。ついさっきまで神様の機嫌を良くしようとヴェルフに相談していたのに、いつのまにか更に機嫌が悪くなっていた。
「(どうすればいいんだろう)」
ベルは考える。
『(俺にいい方法がある。抱きしめて口付けてそのままベットにGOだ!)』
ほわんほわんと浮かんできたのは『
『デートにでも誘ってみたらどうだ。一緒に遊びたい、と意思表示するのは悪いもんじゃないはずだろう』
脳内に現れたのはさっき相談していたヴェルフだった。
……ここは年長者の意見を取り入れることにしよう。そういえばヴェルフにはそういう経験があるのかな、と。どうでもいい考えは取消し、意を決したようにヘスティアへと話しかけた。
「あ、あのですね神様、明後日に怪物祭がありますよね!?」
「それがなにさ」
不機嫌そうな声にベルは思わず言葉に詰まる。だが、此処で踏みとどまるわけにはいかないと次いで言葉を続けた。
「神様がよろしければ、その、僕と一緒に回りませんか!?」
ピクリとヘスティアの歩みが止まる。
「……それはボクをデートに誘ってくれていると言う事でいいのかな?」
「ええと、女性と一緒に出掛けることをそう呼ぶのなら、そうなると思いますけど」
面とデートと言われるとベルも気恥ずかしいものがあった。だからわざわざその言葉を避けてお誘いをしていたのだから。
どうだろうか、とベルは歩みを止めるヘスティアの前へと出る。そしてその表情を窺った。
「……ふへへ、しょうがないなぁ。ベル君は僕の事が好きみたいだからそのお誘いに乗ってあげよう!」
だらしないと言いそうになるほど頬が緩み切っていた。だけどちょっと威厳を見せるように胸を張るヘスティアに、ベルも思わず笑みをこぼす。
ちょろい。だけど自分だってそんなものだ。こうして神様の笑顔を見るだけでさっきまでの不安が無くなってしまったのだから。
「はい! 神様の事は大好きです!」
「……そう素直に言われると照れるよ」
ナァーザの話、ヘスティアの友人の話、ヴェルフの話、インファントドラゴン、……書かなければならないサブシナリオが増えていく……