ベルくんちの神様が愛されすぎる   作:(◇)

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少し書き方を変えてみました


三話下

 鍛冶師の工房に来たのはベルは初めてだった。平屋造りの建物内は様々な器具が並び、その近くには炉と鉄床がある。これぞまさしく鍛冶屋、と言わんばかりの光景に見ぼれていた。

 

「へー、眷属(こども)のところの工房はこんな感じなんだ。凄いや、ヘファイストスの所の工房以外を初めて見たよ」

 

「俺からしてみればそこに行ったことが有るって方が凄いと思うけどな。狭い場所だが勘弁してくれ」

 

 そう言ってヴェルフはベルとヘスティアに椅子を差出し、器具の方へと向かって行った。

 

「あの、本当にいいんですか? 手直しなら普通にお金を支払いますけれど」

 

「気にすんな、これぐらいなら1時間もあれば終わる。わざわざ金をとる程の手間でもないぞ」

 

 それになんか俺がこれを買わせちまった様な感じもするしな、と。ヴェルフはベルへとおどけたように言う。

 結局店で『試作型兎鎧』を購入した後にヴェルフから、調整なら俺がやろうか、と提案が有り、それに乗った形でベルはヴェルフの工房へと足を運んでいた。ヘファイストス・ファミリア、という点で信頼性はあり、資金に余裕を持たせられる点でも否定する要素は無かったのだ。

 

「にしてもライトアーマーか。身体を上手く使わなければ大怪我を負いやすい装備なんだが、その辺は上手くできているんだな」

 

「ヴェルフ君、その辺はベル君はバッチリさ! 何しろオラリオの外でレベル2に成る程の経験を積んでき」

 

「神様」

 

 意気揚々と自分の眷属の事を自慢しようとしたヘスティアの後頭部をベルは掴む。

 相手が神ではないからヘスティアの口が軽くなったのだろう。簡単に情報を漏らしかけたヘスティアの言葉をベルは止めていた。

 

「神様、僕は商人崩れから神様に拾われて冒険者になった駆け出しです。オーケー?」

 

「お、おーけーってイタタタタ!! ミシミシいってる、いってるからベル君! 僕の頭の一部がハゲてもいいのかい!?」

 

 頭のツボをマッサージする様に親指の腹でヘスティアの頭をぐりぐりする。すっきりするけど滅茶苦茶痛いツボを突かれたヘスティアは、頭を押さえて涙目になっていた。経験値の放棄は珍しく、それに伴って発生するスキルなどはその上を行くため、余計な注目を浴びたくは無かったのだ。

 ヴェルフの方を向いて見れば目が合ったのか、何も聞いてなかったと言うように苦笑し道具の選定に戻っており、その心遣いがベルには有り難く感じた。

 

「採寸だけ手伝ってもらおうと思ったが、どうせなら身体の可動範囲に合わせてピッタリに調整するか?」

 

「メリットとデメリットはなんでしょうか?」

 

「オーダーメイド程とは言わんが、装備が身体に吸い付いている様な感覚で戦えるな。ただ一時間か二時間ほどベルに此処に居てもらう事になる」

 

「それならクロッゾさんの助言に従わせてもらいます。と、神様はどうしますか? 少し時間がかかっちゃいそうですけれど」

 

 流石に自分のためにずっとここに居させるのも悪いと、ベルはヘスティアへと問いかける。

 

「そうだなぁ、じゃあちょっとヘファイストスの所に挨拶してこようかな。ファミリアを結成してから来ても居なかったし」

 

「分かりました、こっちが終わったら迎えに行きますね」

 

 じゃあヴェルフ君、ベル君の事は頼んだよ、と。家主に挨拶をしてヘスティアは鍛冶場を後にする。その後ろ姿にぽつりと零す様にヴェルフは呟いた。

 

「ヘスティア様も相変わらずだな」

 

「あれ、クロッゾさんは神様の事を知っていたんですか?」

 

 ヴェルフの言葉がふと気に成り訪ねると、ヴェルフは少しだけ眉をひそめて答えた。

 

「ああ。……すまん、家名で呼ぶのは止めてくれ。あんま好きじゃねぇんだ。俺もレベル1で駆け出しと大して変わらんから敬語も使わなくていいぞ?」

 

「でも年上ですよね? 一応僕は14ですけれど」

 

「17、まぁ冒険者なんて連中はその辺あんま気にしてねぇから、気を遣わなくても大丈夫だぞ。……と言うより、俺が気を使っちまう」

 

 ヴェルフは困ったようにベルへと返す。

 

「ん……じゃあヴェルフ、でいいかな。それで話の続きなんだけど」

 

「何の話だったか。ああ、ヘスティア様の話だったな」

 

 ヴェルフが言うにはヘスティアはそこそこ長くヘファイストス・ファミリアで世話になっていたようだ。店でアルバイトをやっている姿や、ヘファイストスに泣きついている姿が割とよく見られたらしい。

 

「他の神様に騙されただとか、機材を爆発させただとか、まぁ泣きついたって噂はいろいろあるな」

 

「か、神様ホント何やっているんですか……」

 

 自分が来る前にヘスティアがやらかしていたという事実にベルは頭を抱えていた。ヘファイストス様に挨拶に向かったけれど、自分も一緒に行った方が良かったかな、とベルは少しだけ後悔した。

 

「それで流石にヘファイストス様の堪忍袋の緒が切れて、私物を持たせて追い出したって聞いたぞ」

 

「? それにしては神様の様子からそんなに険悪になってないって印象を受けたけれど?」

 

「いや、割と公然の秘密でヘスティア様を甘やかしてるな。渡した私物もヘファイストス様の手製だったか? 一度言った手前もう一度ここに住ませるってわけでもないようだが」

 

「うわぁ」

 

 なんというかもう、うわぁであった。自分が入る前から受けた恩が重すぎている。上下関係とか後々このファミリアと関わる様になったら肩身が狭くなりそうだった。

ベルの懸念は当たっており、それを心配してヘファイストスはヘスティアを此処から追い出して独り暮らしをさせていた。だが結局心配してあれこれ世話を焼いてしまっており、ロキからも「流石に面倒見過ぎとちゃう?」と呆れられるほどだった。

 頼むから渡された私物はあまり価値のない物であってください、とベルは内心で願う。数日後に現物を見せてもらい相当高価なお守りだったために頭を抱えたのだが。

 

 そんなベルをしり目にヴェルフはサクサクと作業を進めていた。時折ヴェルフが質問し、それに合わせて装備を調整している。少し待っていてくれ、とヴェルフはライトアーマーの固定具の手入れを始めていた。

 ぐるりとベルは当たりを見渡すと、ヴェルフが作成した幾つかの作品があった。本人の気質らしい武骨な作りはこれが俺の作品だ、と言わんばかりに主張しているようにも感じた。

 中でも一つ、白い布で乱雑にまかれた棒状の何かが目に入った。それだけは見たくないと見せたくないと伝えてくるようで、全貌はどんな状態なのかも分からないほどだった。それを見てベルはふとヴェルフの名前を思い出す。

 

「(ヴェルフ・クロッゾ……【クロッゾの魔剣】の関係者かな)」

 

 クロッゾの家名は旅の道中でベルにも聞き覚えがあった。簡単に言えば祖先が精霊に力を貰い魔剣を打てたが、神が下界に降りてきて【恩恵】を受けることで血統にその力が蘇った。魔剣を作って【王国】の貴族になって調子に乗っていたら戦闘中にその魔剣が全部破壊され作成は不可能になった、という流れだったと記憶している。

 国自体が【アレス・ファミリア】である【王国】にはベルも訪れたことが有る。とある半精霊に王国で保護と言う名の軟禁状態の友人を助けて欲しいと言われたらしく、それが理由で訪れていたのだ。

らしい、と言うのはベルも事が起きてから知ったことで依頼は『おとうさん』が勝手に受けていた。何故かベルは不敬罪や除き魔の冤罪で兵士に追い掛け回され、魔剣を持った部隊まで出てきたが何とか逃げ切れたのだ。押し付けたのは『おとうさん』で本人はその半精霊とランデブーやっていた。ベルは初めて『おとうさん』をぶっ飛ばすつもりで殴った記憶がある。

 

「(……ただ流石に本物の【クロッゾの魔剣】は目にすることが無かったんだよね。もしかしてあれが本物……な訳ないか)」

 

 もしも家名が示す様に魔剣が作れたのなら、とっくの昔にこのオラリオで上級鍛冶師として名を上げているだろう。少なくともオラリオに来て数か月以上経っているベルの耳に全く入らないと言う事は無いはずだ。

 

「少しだけ曲げる必要がある、となるといっそのこと器具を付けて固定しちまうか? ベルちょっと聞きたいんだが……ベル?」

 

「っとゴメン、何?」

 

「形状に拘りは無いか聞こうと思ったんだが……アレが気になるのか?」

 

 ヴェルフはベルの視線の先にある物に気が付き、少し考えた後にベルへとそう尋ねる。拘りは無いから好きにしてほしいと応え、気になるかどうかについては素直に頷いた。隠されるように置かれた物、と言うのは少なからず興味を惹かれるもの。

 

「アレは魔剣だ。俺が打った【クロッゾの魔剣】だ」

 

 言われた言葉にベルは一瞬だけ息を詰まらせた。

 

「欲しいのか?」

 

 そう尋ねるヴェルフの表情は見えない。既に作業に移っておりその後ろ姿だけがベルの視界に入った。

 

「別に。今の僕じゃそれに値する対価を差し出すこともできそうにないから」

 

「じゃあ無料でやる、っていったらどうだ?」

 

 すぐにヴェルフから来た問いに、ベルは小さく溜息を吐いた。

 

「ヴェルフ、流石にそれを言われたら僕はヴェルフを疑うよ。たとえそれが道に落ちているのを拾っても、やったーって手を上げて喜べるほど素直とは言えないし、いらないよ」

 

 試されているんだろう、とベルは何となく感じていたが、応えた言葉はベルの素直な気持ちだった。在れば便利だが今現在困っているわけでもないのだから。

 いらない、とはっきりと言われたことにヴェルフは作業の手を止めて眼だけベルの方を振り向き苦笑した。

 

「いや、てっきりお前も俺に魔剣を作ってくれ、って言ってくるもんかと思ってたんだ」

 

「受注している様子は無いからね。……クロッゾとは聞いていても正直打てるとは思ってなかったけど」

 

「ま、そりゃそうだ。何の因果か知らんが俺だけ魔剣が打てちまったみたいでな」

 

 ヴェルフの言い方にははっきりと拒絶が混ざっていた。それと同じくしてベルはどうして視線の先に会った剣が布に包まれていたのか察した。

 

「ヴェルフは、魔剣が嫌いなんだ」

 

「ああ、大嫌いだね」

 

 即答だった。その言葉にベルはやっぱりと感じるだけだった。

 

「身の丈に合わない力を齎して人を腐らせる。なのに自身は勝手に先に壊れていく、そんなもんを俺は剣とは呼びたくねぇ」

 

 ベルは黙ってその言葉を聞く。それはきっと鍛冶師やその他の職人でなければ分からず、少なくともベルには共感も何も分からない言葉だった。ベルにとって魔剣は単純に便利な道具に過ぎないのだから。

 あれは剣の形をした魔法の塊だ。読ませた相手に魔法を覚えさせる『魔導書』とよく似た物だとベルは考える。書と言葉に着くくせに後からは真っ白になって読めなく(つかえなく)なる点など幾つか符合するものがあるのだから。

 

「……なんというか、魔剣は大砲の弾みたいなものだからね。流石にそれを鍛冶師に作れていうのも確かに酷な話だとは思うけど」

 

「そう思うだろ? だけど俺の所に来る客は俺の作品を放り投げて『魔剣を作ってくれ』だからな。ついでにそん中に俺の親父と爺まで居やがってよ。嫌にもなるぜ」

 

 軽く言うヴェルフだったがそこに笑みは無かった。

 きっと彼の所に来る者は多かったはずだ。クロッゾの名前に釣られ、そうして勝手に失望して帰っていく人たちの姿が目に浮かんだ。

 

「鉄の声を聞け、鉄の響きに耳を貸せ、槌に思いを込めろ。……そう俺に伝えたのは親父たち(あいつら)だってのに何やってんだか」

 

 その言葉の中には失望が現れている。だが逆にヴェルフは今までその言葉を胸に刻み続けて今に至るのだろう。

 

「……、父親や祖父のことを尊敬していたんだ」

 

 自然とベルはそう返した。それは単純に自分も『おとうさん』には失望以上に尊敬があったからそう思ったのだ。

 

「んなことは……いや、違うな。確かにその時は尊敬していたんだろう。作り手を残して壊れていく、なんて嫌いな理由を言ってみても、魔剣は親父や爺さんの鍛冶師としての矜持を奪い取った。だから気に入らないって部分もあるんだろうな」

 

剣に恨みを持つなんて鍛冶師失格だけどな、そう言うヴェルフの表情がベルにはどこか寂しそうだと思う。それと同時に共感もあった。

 

「わかる、ような気がする。僕の『おとうさん』もやっぱり総合的に見てマイナスなんだけど、でも確かに尊敬できる部分があったから」

 

 村を出て一緒に冒険をした。その背中に村で見た理想を物とした男の姿は無く、『アルゴノォウト』の主人公の様に失敗ばかりしていた。遠回りを何度も繰り返し、『おかあさん』に折檻を受けて、騙されたりもしたけれど、確かにその旅は楽しかったと断言できる。

 村に出ても、『おとうさん』が『偉大な存在』だと感じたのは変わらなかった。

 

「へえ、ベルの親父もそんな感じだったのか」

 

「そうだね、凄い方だったよ」

 

 そう言ってベルは思い出を口ずさむ。浮かんだのは、旅をした『おとうさん』の姿だった。

 

「国の兵士を押し付けられ追い掛け回されている間に王女とランデブーやってたり、薬師の少女に騙されて素寒貧にされてたり、浮気相手に会ってきている間、捜索しているおかあさんの防波堤を僕がやったり……あれ、何か殺意湧いてきた」

 

「気に触ったら悪いが、もしかしなくてもベルの親父ってクズ野郎なんじゃないか?」

 

 ダメだった。浮かんできたのは『アルゴノォト』序盤の主人公のようなダメダメの姿だった。

『おとうさん』が愛の囁きをその場で会った女性に呟いて顔を赤らめさせている後ろで、なぜか尻拭いで走り回っている自分が居た。バキボキと拳を鳴らして近づいて行く『おかあさん』が見えた。

 やっぱりダメだったよ、『おとうさん』はクズだった。ベルは久しぶりに自覚した。

 

「いやいや、そんなことよりもなんでその話を僕に?」

 

 照れ隠しで話題を逸らす様にベルはヴェルフへと尋ねた。ヴェルフの言葉についつい口が滑ってしまったが、多弁な姿はどこかヴェルフの印象とは逆に感じる。

 それはこの鍛冶場や剣に武骨で簡素な状態に表れているのだから。

 

「そういやなんでだろうな。……いや、それだけ俺も作品が売れなくて参っていたってことかもな。愚痴聞かせたみたいで悪かった」

 

「いや、いいよ。僕も手持無沙汰だったし、嫌な共感もしたし……」

 

 引き攣ったような笑みを見せるベルに小さく笑い、ヴェルフは自分の作業へと戻っていった。

 それからヴェルフから会話を振ることは無く、手元の防具を弄る金具の音だけが響き渡る。その静けさに浸る様にベルはヴェルフの後姿を眺めていた。

 鍛冶場の中心にあるはずの炉には火は灯っていない。ベルはなぜかその状態が寂しく思い、気が付いたら呟いていた。

 

「僕は……いい防具だと思ったんだけどな。即決は出来なかったけれど、最終的に多分普通に買っていたと思う。名前の所に目をつぶって」

 

「名前の所はもうやめてくれって。こう見えてけっこうショック受けてんだからな」

 

 そう言うヴェルフの姿は言葉を失うほどの衝撃は受けていないようにも感じ内心で首を傾げる。

 

「その節はうちの神様がご迷惑を……」

 

「いや、ヘスティア様のせいじゃなくてだな。何て言ったらいいか……」

 

 ヴェルフは困ったように頭を軽く掻く。少しの間を置いてベルへと尋ねた。

 

「そうだな……ベル、お前にとって武具っていうのは何だ?」

 

「……体の一部、かな。性能をしっかり把握して、何処まで自分ができるかを理解して、自分ができることを増やす身体の拡張機能だと思う」

 

 言ってしまえば身体も道具の一部だと言えなくもない。どうすれば性能を伸ばせるか、自分は何処まで何をできるか、それを把握して正確に使っていた。そうして自分の限界を見極めてずっと走ってきたのだ。

 そうしなければ、『あの背中』に並ぶことさえもできないと感じていたから。

 自分の中に『一途』な思いは無い。理想が『理想』でないと知ってしまい、それでも尊敬し続けているから、迷いながらも自分の『できる限り』でその『軌道』を追い掛け続けていたのだ。

 

「俺好みの悪くない答えだ。俺も剣は自身の半身だと考えている」

 

 ヴェルフの言葉にベルも同意する。だけどヴェルフの表情は冴えないものだった。

 炉に火は灯っていない。ただ燃料となっていた物が灰となりその場に残っているだけだった。

 

「だってのによ、俺は担い手が『名前が嫌だと考えている』なんて単純なことにも気が付けなかったんだ」

 

 淀みなく手を動かしながら言うその言葉の中には、確かに悔いる様な感情が有った。そうしてベルは気が付いた。

 

「鉄の声を聞いて、鉄の響きに耳を貸して、槌に思いを込めていた。だけど肝心な担い手の思いや完成した武具の声を俺は聞いちゃいなかった。そんなもん、完成した陶器を投げてぶっ壊したのと同じだ。手に取ってくれるはずがない」

 

 炉の火は灯っていない――ベルにはそれがどこか今のヴェルフを表しているようにも感じた。

 

「おかしな話だろ? 剣は使用者の半身だなんて考えるくせして、その半身のことを俺は考えたことも無かったんだから」

 

 手に取ってもらった物のどこに不満に思われたのかが分からない。その原因が自分の腕に有ると考えて、武具を装備する者の事を考えもしなかった。

 例え笑われたとしてもそれを誰かに聞くこともできたはずだ。誰かに向けて装備を作ったなら、せめてどんな客に売って欲しいかぐらいは提案できただろう。

 それはしなかった。なぜなら興味が無かったからだ。悪いのは自分の腕だと考えていたから上達すればよいと考えていた。

 

「俺はいったい誰のための剣を打っているんだ、って思っちまった」

 

「……それは」

 

 返答に詰まった。なぜならそれはヴェルフにとっての主神(ヘファイストス)を否定することになるのだから。

 ベル自身が『冒険者』をしているのは最後に来る『自分のため』という言葉の前に『神様にもっと喜んでほしい』という目的があるからだ。神様が驚くような英雄譚を作りたい、そんな小さな希望もあるが、突き詰めてしまえば『自分の主神のため』という目標があった。

 ヴェルフもそれは同じなはずだ。『自分のできる究極の剣を主神に捧げる』、このファミリアの者達は例外なくそれを究極の目標としている。そこに描く情景には、入団する前にヘファイストスから見せられた『剣』が有った。下界の者が造る限界の剣、そこを超えるために鍛冶師たちは己の灯を燃やし続けていたはずだ。

 だが頂点は遠い。そこまでの道のりで足をくじいてしまう事もあるだろう。強く風に吹かれることもあるだろう。

 

 ならばヴェルフの灯を消したのは、きっと(ヘスティア)様の言葉(かぜ)だ。

 

 ベルはそう確信する。

 膝をついて言葉を失っていたのは大げさに見せていたわけではなかった、それだけの衝撃を受けていたのだと今更ながら気が付いた。

 神の言葉は少なからず何かを残す。ヘファイストス様はそれを懸念していたのだろうか、とベルはなんとなく思う。

 

「……なら、今までのヴェルフは技術はあったけど職人じゃなかったってことだよね? だったら今からなればいいじゃないのかな」

 

「……そうだな。愚痴につき合わせて悪かった。もう少しで終わるからちょっと待っていてくれ」

 

 作業に淀みは無い、目に光は宿っており少なくとも自分の技術だけは見誤ってはいない。それはただ自分の今できることを真剣に取り組んでいた。そこに『情景』は写っていないが、だけどただ前に進もうともがいている姿は確かにある。

 きっとヴェルフは正しく自分の仕事を終えるだろう。完成品をベルの手物に残すはずだ。

 

「……うっし、完成したぞ。せっかくだし装備していくか?」

 

「ダンジョンに行くわけでもないのに? ……でもせっかくだから着ていこうかな。神様にも見せておきたいから」

 

 ヴェルフの表情は笑みを見せており、その下でどんな感情が有るのベルには分からなかった。少なくとも自分もいつかはぶつかるだろう壁であり、ヴェルフ自身が越えなければならないものだとなんとなく察していた。

 ヴェルフから装備を受け取りその場で装着する。自分の身体ピッタリに造られたはずのそれは、思った以上に着込みやすかった。

 

「へえ! ぴったりになってる。思ったよりも動きに邪魔もないし、本当に軽いや!ありがとうヴェルフ!」

 

 ベルは年甲斐もなく心の中でははしゃいでおり、それは表情にまであらわれていた。自分用の防具、その言葉に憧れが無かったわけではない。一歩また冒険者として成長したことに、ぐっと手のひらに力を入れた。

 それを見てヴェルフも苦笑する。さっきまで神妙そうな表情していたのに、あそこまで笑顔になるなら作った甲斐があったもんだと内心で思った。

 

「どういたしまして、だ。まぁさっきも言ったが大した手間でもない……あ」

 

「? ヴェルフ?」

 

「ああいや、作った物を買ってもらって評価を受ける。……こんな当たり前のことを久々にやったなと思った」

 

 何言ってんだ俺は、と。ヴェルフは自分で言った言葉に首をかしげている。

 同じようにぽかんとしたベルだったが、なんとなくその意味を理解して口元でにぃと笑みを作った。

 

「じゃあ今度こそヴェルフは職人ってわけだね」

 

「おいおいおい、そいつは最初っからだっての。生意気だぞベル助」

 

 ぺしんと指で額を弾かれ、恨めしそうな視線をヴェルフへと向ける。そうしてどちらかともなく小さく吹き出し、そのまま互いに笑っていた。何が面白かったの理由は分からないがなぜか笑いが漏れていた。

 ああ、火は消えて居たけど種火は単純に残っていたのか。消えたのだと深く考えすぎていた自分がおかしかったのだとベルはなんとなく思った。

 

――

 

「……やめやめ、小っ恥ずかしい」

 

 酒が乾きそうになるほどぼんやりしていた思考を振りほどき、そのまま少なくなった酒を煽いだ。

 ベルに会ったときの自分と言えば、分かりやすいぐらいスランプに陥っていた。何を初対面の奴にほざいていたんだ、と過去の自分を殴りたいぐらいだ。

 その後も何回か会う機会が有り、それでも上手くいっていなかったからヴェルフからベルに提案したのだ。

 

『俺と組んでみないか?』と。

 

 ベルには疑問の表情が浮かんでいた。恐らく自分もレベル2の鍛冶師に同じことを言われたら同じような表情をするだろう。予想通り断ったベルに寧ろ自分が頼み込んでいたような気がする。

 理由の一つがこのままだとスランプから脱却できないと感じていたからだ。改めて『職人』に成り直して、一から始めてみても目指す場所が何処にあるかまだ分からない。そうして思い浮かんだのがベルの姿だった。

 

『今の自分は燻っている。どこから目指せばいいか分かっても居ない。……だからまず、俺はお前のための装備を作ってみたいと思った』

 

 その言葉でベルは頷いたが、結局その理由を知ることはできなかった。ベルと共にアドバイザーの所へ行って、分配やコンビでの基本的な行動などを詰め込まれ、やらなければならないことは山ほどあったのだから。

 

 そしてベルが言葉を受け入れたのは、ヴェルフが自分の目論見だとか考えだとか全部話した上でベルに判断を委ねたからだった。

 ヴェルフは自分の思いを全部言葉にする、それ以上の交渉術を知らないと言った。それがベルの琴線に触れたのだ。

 

 ああくそ、ヴェルフも『おとうさん』と割と同類だ。

 

 ベル自身が感じたことだがヴェルフが聞いたら否定するだろう。流石にお前の話に出てくるほどの奴じゃないと。

 

「お、来たかベル……て、どうしたんだよ」 

 

 新しく酒を注ごうとしたヴェルフの横にベルが座る。無言で座ったベルは、ヴェルフの言葉に対して、ぐでっとカウンターに身体を倒して答えた。

 

「ヴェルフ、僕少し神様にべったりし過ぎて居たりしたかな?」

 

 何言ってんだコイツ、という表情をベルへと向けた。

 

「それ俺が出会ったときからだろ。ほら、何か頼むか?」

 

「たのむ」

 

 その言葉と同じタイミングでやってきた銀髪のウエイトレスに本日のおすすめを頼む。ほどなくして厨房の奥から女将の威勢のいい声が聞こえてきたため、少し待てば料理は来るだろう。

 落ち込んでいるベルの話を聞いてみれば、どうやら主神の機嫌を損ねてしまったらしい。会いに来る友人は本当に大丈夫な人物なのか、料理を置いた場所は覚えているか、食器は水につけておいてくださいねと。来る前に口うるさく過保護に言ってしまったらしく、ヘスティアに流石に怒られたようだ。

 

『そんなに心配しなくても大丈夫だよ! ほら、君もヴェルフ君と羽を伸ばして、たまには豪勢な食事に行っておいで!』

 

 とそのままホームから追い出されたらしい。ベルもわりとヘファイストス様と似たようなところが有るんだよなぁ、と内心で思う。どこかの鍛冶場で主神がくしゃみをしたような気がした。

 

「機嫌悪くさせたなら、良くすればいいだろう? それなら明後日にでも怪物祭があるんだからそれにでも誘ったらどうだ」

 

「さ、誘うって。それってもしかして」

 

「もしかしなくてもデートだデート。一日ヘスティア様のために使ってやれば機嫌がよくなるんじゃないのか? よく分からんが」

 

「で、デート!? いやでも……ううん、そっかデートか。でも……大丈夫かな?」

 

「そこまで知るかって。まっ、そんなこと言ってもここの代金はきっちり出してもらうんだけどな!」

 

「む、そのお酒代はヴェルフが払ってよ。ご飯を奢るとは言ったけれどお酒は別」

 

 そんなたわいのない会話をしながら二人は運ばれてきた料理に舌鼓を打つ。そうして移った話題は互いのステータスについてだ。聞いている人はいないと軽く周りを見て、小声で話し始める。

 ベルに関しては力と魔力がG、耐久がH、敏捷器用がギリギリでDと成長し続けており、伸びが良い時は魔力を除き合計で40程度も上がると話す。牛歩の俺とは大違いだな、ともうすぐCに成りそうな耐久を思い出しながらヴェルフは溜息を吐いた。駆け出しの頃は確かに伸びは早いが、まだそれと同じような速度で伸びているのなら羨ましい限りだとヴェルフは思う。

 

「いっそのこともう一回インファントドラゴンと戦うか? 今度はコンビで」

 

「やめよう……やめよう。そういう風にフラグたてるの。洒落にならないって言ってるでしょ!」

 

「お、おう悪い。んなこと言ってたからミノタウロスが出たのかもしれないしなぁ」

 

 インファントドラゴンについては単純に二人が死にかけた冒険の話である。それが話題に出たからか、ヴェルフは思い出したようにベルに言う。

 

「そう言えば主武装のメンテナンスをそろそろやるぞ。明後日冒険に行かないなら、明日帰りにでも渡してくれ」

 

「ん、分かった。それで次行くところなんだけれど……」

 

 そう言い掛けたところでベルは店内に人が増えていることに気が付いた。見ればぽかんと予約で開けられていた場所の席に様々な種族の冒険者たちが集まっている。

 団体様が来たのかな、とベルが思うと、すぐに威勢のいいファミリアの主神の声が聞こえてきた。

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなご苦労さん! 今日は宴や、飲めぇ!」

 

――

 

「ううん、流石にベル君に言い過ぎちゃったかな」

 

 ベルをホームから追い出して行かせた後、少しだけヘスティアは後悔していた。ベルもいつもは根ほり葉ほり聞くことは無かったが、別のファミリアの眷属が絡んでいるかもと言う事で警戒していたのだろう。

 警戒していたのは分かる、が個人的な知り合いをそこまで疑われるのは良い気がしない。だけど心配してくれたのは自分の可愛い眷属で、と。ヘスティアはいろいろ悩んでいる。

 

「悩んでいても仕方ないや。エール良し、料理良し、ソファー良しと」

 

 とりあえず一旦悩むのを止め、簡単とは言え歓待の準備を済ませる。さびれた教会の地下であることは言ってあるため、ベルとヘスティアの関係のある人物以外は来ることもないだろう。

 

 控えめのノックが響き、トトトと扉へと向かい開けたヘスティアはそこに居た人物に満面の笑みを見せた。

 

「ようこそ! よく来てくれたねリリ!」

 




 スキルはこの話のオリジナル
 インファントドラゴンの話はサブシナリオで(書く余裕が有ったら)書きます。
 下はベルのステータス。小説内で語ったことのまとめ。

ベル・クラネル
LV.1
力G 耐久H 器用D 敏捷D 魔力G
魔法【      】
スキル【軌道■跡】
・早熟する
・軌跡を辿るまで効果持続
・発生条件 一定量の【ステイタス】を放棄する
武器 【下鱗刀(かりんとう)】 / 短刀
防具 【兎鎧】

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