ベルくんちの神様が愛されすぎる   作:(◇)

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ヴェルフは早く彼と出会った


三話上

 ヴェルフにとって酒は気分転換に使う物である。無論前後不覚に成程酒に溺れることもなく、明日に残してしまえば自分の仕事に不純物を投げ入れる様なものだ。しかし純物だけで出来た得物は脆い。何事もバランスよく経験することは自分が人間として、鍛冶師として糧にできることでもある。そう言った意味では友人と杯を交わすことはヴェルフも嫌いではなく、むしろ好ましく感じることでもあった。

 【豊饒の女主人】という店はサービスや料理、酒の質が高いだけの値は張る。だからこそ飲み過ぎず、たまにの贅沢としては適度なものだ。時折女将さんに料理を山盛りにされたりするが許容できる範囲だろう。ベルとは時々ではあるが今の様に夕食をともにすることもあり、こうした時間はヴェルフにとっても悪くないと言える。

 しかし予定していた時間よりも少しばかり早く、ベルはまだ到着していない。注文を取ろうとするウェイトレスの言葉を躱しながら、少しずつ酒を呷る。

 

「(……そういえば、ベルと出会ってから二、三か月ぐらいは経ったのか?)」

 

 初めて見たときは特に思い入れることも無かったが、今ではこうしてともに冒険に出ている。懐かしさと共に過去を思い出した。

 

――

 

 ヴェルフは伸び悩んでいた。と言うのも彼の評価はヘファイストス・ファミリアではあまり良くなく、他の鍛冶師から避けられているからだった。個人の素行に問題があるわけではなく、あるとすれば【クロッゾ】という家名とその血筋に準ずる才能を使おうとしていないことだ。だがそれを妬む視線や愚かだと考える者は多く、ヴェルフは周りから疎外されていた。

 だがレベル2到達のための質の高い経験値を得るためには深く潜らなければならない。最近装備を整えて到達階層の11階で経験を積もうとしたが、文字通り死に掛けながら撤退したところだ。お蔭で次の錬鉄のための素材すら購入できないほどの有様になってしまっていた。

 

「(結局のところ手詰まり、なんだよな。アドバイザーに言われなくともソロじゃもう限界だって分かっている)」

 

 手元にある伸びの少ない【ステイタス】を写した紙。一度は購入されたが返品されたと、店から返却されて戻ってきた自分の作り上げた作品の数々。自分が前に進めていない、ということにヴェルフは暗い感情が漏れかけ首を振ってその思考を遮った。

 

「こうしていても仕方ないな」

 

 鍛冶をやろうにも手元には素材が無い上に、こんな状態で集中できるはずがない。気を紛らわそうとその脚をある場所へと向けた。

 

 ヴェルフが居るのは【ヘファイストス・ファミリア】が運営する店だった。多くの装備が売られているその場所に来たのは、陳列されている商品を買うため――ではなく、売れている物や質の良い物を確認するため市場に乗り出したのだ。

 ヴェルフ自身は自分のレベルや技量にしては質の良い、他の者達にも負けてない装備を作り出しているつもりだった。だがそれが売れない、手に渡らない事実に悔しさを覚えていた。

ヴェルフ自身もだが職人と呼ばれる人種は頑固者ばかりだ。他の職人の物を真似をする、という妥協を重ねた物を作るつもりはない。ただ他の者の作品の良い場所を盗み自分の力にするのは別だ。物は言い様である。

 

 要するに自分の作品が売れないのは何か原因があるのか調べに来たのだ。自分の作品と同じ場所に出品されている他者の装備を見ても、質では決して負けてはいない。ならばそれ以外に劣っているところが無いか確認をしている。

 今はどうすれば前に進めるのかが分からない、だができることはやろうとヴェルフは身体は休めつつも鑑識力だけは鍛えようとしていた。

 途中息抜きで自分とはレベルが違う場所の商品に目を通す。陳列された作品を見ているヴェルフの耳に、どこか自慢げな少女の声が届いた。

 

「ここがヘファイストスの所のお店さ! どうだい立派な場所だろう?」

 

「……ええ、凄いですね。これだけの規模のお店は初めて見ました」

 

 ふとそちらに眼を運んでみれば、胸を張る女神と感嘆の息を漏らしている少年の姿があった。質も量もオラリオの外とは比べ物にならないだろう。ヴェルフ自身も初めてこの場所に訪れたときは心を揺さぶられたものがあったのだから。

 なぜか別の神の店を自慢げに見せている神はヴェルフも見覚えがあった。ヘスティア、という神だったはずだとヴェルフは思い出す。

 

「あら、ヘスティア様。今日もアルバイトに来たのですか?」

 

「丁度いいところに、今人手が足りなかったんです。早く着替えて売り子お願いしますねー」

 

「おー久しぶりに看板娘が来てるじゃないか。せっかくだしこっちの案内してくれよー」

 

 自分の主神であるヘファイストスとヘスティアは仲が良く、その関係でこの場所のアルバイトをしていたのを覚えている。要領は悪いが元気な姿は売り子としてはなかなか人気があったらしい。

 

「散った散った! 今日はきっちりと客としてきたんだから仕事はしない! こら、制服を持ってきても着ないからな!」

 

「なんというか神様、人気ですね」

 

「本当に人気ならボクのファミリアに入ってくれる子もいるはずなんだけどなぁ……」

 

 しみじみとため息交じりにヘスティアは言う。

 

「実際に神様の話を聞くとヘファイストスと言う神様に凄く好意的な印象を持っているように感じました。そんな神様だからここの人たちもこのファミリアに居続けるんじゃないでしょうか」

 

「むむむ……悔しいけど今のボクじゃヘファイストスにはかなわないや。でもいいよ、ベル君がボクのファミリアに入ってくれたんだから!」

 

 ぐぬぬ、とヘスティアはどこか悔しげな表情だったが、隣に居る眷属の事を思い出して笑みを見せる。どこか気恥ずかしそうに頬を掻いたベルは、ヘスティアに手を引かれて別の場所に移動するようだった。

 ヴェルフはそれを見ながら、随分と眷属と主神との関係が近いんだな、と微笑ましく感じていた。見たところ新興したファミリアの主神と初めての眷属が装備を新調しに来た、といったところだろうか。冒険者の一番初めの装備は大体がギルドで勧められるものだ。改めてこの場所に来たと言う事は、装備を使い潰す程度はダンジョンに入ったと言う事だろう。あるいはある程度オラリオの外で装備を使う機会があり、武具を使う事が完全に初心者ではないと言う事か。

 

「(……そう言えばアイツらが向かって行った方向に俺の作った作品もあったか?)」

 

 レベル1の冒険者が手に取るには手ごろな価格となって陳列されていた自分の作品を思い出す。少なくとも質だけならその周りの物と比べても一番だと言う自信がある。

 ならばあの二人も自分の作品を手にとって買っていくのではないだろうか。

 

「……まぁ、少しだけならいいか」

 

 どのみち此処を見たら同じ場所に行こうと考えていたところである。自分の作品を手にとって評価されれば嬉しく思い、逆に手に取ってくれなかったのなら見ていればどこが悪いのか分かるだろう。

 聞き耳を立てるのは良い趣味ではないが気になることも事実だ。今回は興味本位に流されてみようとヴェルフは足を進めた。

 

 そのエリアではレベル1の冒険者に向けた装備品たちが並べられていた。自分の作品である剣がビニール傘の様に一纏めにされていた時は目を覆ったが、それが今の自分の評価なのだろう。悔しいと感じるが性能が良くとも売れないと言うのは装備としては劣っていると言えるのだろう。それでもヴェルフとしては自分を曲げたくは無かったが……

 

「駆け出しならこの辺りの防具かな。ヘファイストスのブランドをまだ付けられない作品だけれども、質は他の所より良いと思うし」

 

「6800、5200……ギルドから初めに勧められた物よりも値は張りますけど、確かに良い物もありますね。ただこう高価な物だと少し足踏みします」

 

 そこまで考えて先ほどの二人の声が聞こえてきたのは、箱に乱雑に積まれた防具の山の前だった。相変わらずの扱いをされているが確かあの山の一角にも自分の作品は在った筈だった。

 自分の作った作品が低い評価で同じように低い値段で売られていれば、ヴェルフ自身も悔しいと思い奮起するだろう。だがこうして駆け出しの手に渡りやすいと考えれば悪くないのかもしれない。

 

「ふふふそう言うんじゃないかと思っていたんだ。見るがいいベル君! この封筒の中にはなんと一万ヴァリスも入っているんだ!」

 

「おお! ……って、そんな大金どこから持ってきたんですか! まさか借金を……」

 

「まさか。ヘファイストスの所でこつこつと仕事をして作り出したへそくりさ! いつか入ってくる眷属のために貯めておいたんだけれど……流石に武器も一緒に買える程の量は貯められなかったかな。ごめんよ」

 

 その言葉にベルは感動で身を震わせていた。ある程度の資金を彼も用意していたのだろう。だが自らの主神からそのように言われて感激しないほどベルは不純ではなかった。

 

「神様……僕絶対に神様を幸せにしてみせます。もう毎日三食じゃが丸くんを出せるぐらいに稼いできます!」

 

「ありがとうベル君! だけど三食じゃが丸くんはボクがじゃが丸くんの事嫌いになるからやめようね!」

 

 神様! ベル君! と抱き合う二人を見て、ヴェルフは何やってんだアイツら、と困惑しながら見ていた。仲が良すぎてデートに来ている男女を出歯亀している気分になり、視線を思わず自分の前にある商品に向けた。手に取ったのは自分の作品だった。

 

「(……やっぱり質自体は負けてねぇんだよな。値段も納得できなくはない。外見についてもセンスがどうだとかははっきり比べられないが、周りと比べても悪いもんじゃないとは思う)」

 

 装備の山から掘り起こしたのは自分の作り上げた防具だった。何度見ても何が悪いのかがヴェルフには分からなかった。オラリオは今もなお栄え続けている。ならばその原動力となる冒険者が減ることは無く、駆け出しがこの場所に訪れ、自分の装備を手に取ってくれることもあるはずだ。

 あの二人組はどうだろうか、とヴェルフはベルとヘスティアの方へと目を運ぶ。どうやらヘスティアはどれが良いのか分からず、値段ばかり見て買えそうなものと無理そうなものとを分けている。その横では真剣な表情で装備を吟味するベルの姿が有った。手際は悪くない。値段と質が釣り合わない物をどんどん避けて装備の山を掘り下げているのが見える。

 

「(本当に駆け出しなのか? にしては手際が良すぎる様な気が……いや)」

 

 駆け出しだからと言ってオラリオの外で経験が無いとは言い切れない。外で商人をしていて目利きをしていたなどの経験が有ればおかしな話でもないだろう。装備を掘り進めていくベルだったがある装備を手に取ったところでその動きが止まった。

 手元にあるのはライトアーマーだ。最低限の箇所を守った白い金属で作られたそれは、ヴェルフには見覚えのある物だった。何しろ自分が作った物だ、作成途中の一つ一つまで思い入れが有る。

 

「(あれは……【試作型兎鎧(はじめてのピョンキチ)】。アレの値段は確か8000と少し、それならあの二人にも手が届くはず)」

 

 それはヴェルフが身軽さを中心に作り出したライトアーマーの一つだった。まじまじとそれを眺めるベルは先ほどと同じように次の防具に手を付けようとしていない。いけ……いけ……! とヴェルフは内心で手に力を込めていた。

 

「……ううん」

 

 目の間に皺をよせ、一部を見ながらベルは考え続けていた。それは名札とそれについている値段の部分だ。

 値段なら大丈夫だ、それだけの質は補償する、だから行け! と、内心で思うヴェルフだが、ベルの視線が値段ではなく名札に言っている事には気が付かなかったようだ。

 

「ん? 何か良い物が見つかったのかい?」

 

「そうなんですけれど……ちょっと手直しが必要そうなんですよね。あとは……」

 

 ベルは名札の所をヘスティアへと見せた。初め値段を見て大丈夫だと声を掛けようとしたヘスティアだが、そこに記入された名前に何とも言えない表情をした。じゃが丸くんの新作を意気揚々と食べて口に合わなかったような表情だった。

 

「一度、置いておきましょうか。ここ以外にもありますし」

 

「そうだね……君にはこれは少し早すぎるよ」

 

「すまん! ちょっと待ってくれ!」

 

 見なかったことにしようと言わんばかりに防具の山に戻した二人に、ヴェルフは思わず声をかけていた。

 一度は購入されかけるが何故か返品される、つい最近もあったことだ。目の前の二人に不審そうに思われるかもしれないが、それよりも原因に辿りつけるかもしれないという思いの方が強かった。

 

「えっと、もしかしてこの商品を買うつもりでしたか?」

 

「ああいやそうじゃないんだ。こっちが盗み聞きしちまった内容を掘り出すのは悪いんだが、お前さんは駆け出し(ルーキー)だろう? その防具はこの中じゃ質も値段も悪いもんじゃないから、手放す理由が気になってな」

 

 見たところ防具の目利きも素人ってわけじゃないんじゃないか、と。自分の装備に対して自画自賛するのはこそばゆいものがあるが、ヴェルフはあくまでも自分が製作者とは名乗らなかった。

 ベルとしてはどうしてこんなことを聞いてきたのか分からなかった。客引きだとか押し売りだとか悪意のあるものではないとは分かるが、買わない理由を聞かれるのは初めてだった。さてどうしようか、と考えていたところで先にヘスティアが口を開いた。

 

「うん、(かみ)が言うのも何だけれど……名前が試作型兎鎧(はじめてのピョンキチ)はダサいと思う」

 

 沈黙が流れる。その言葉に対してベルは何も言う事ができなかった。とりあえず即決しないで他の物も見ておこうと思った四割の理由がそれだったからだ。

 対してヴェルフは固まっていた。自分が商品として出せるレベルの物は全て自分が直感で付けていた。それはもう、この装備にはこの名前しかないと天啓でも受けたかのように。

 それは……ダサかったのか。

 

 ヴェルフが地味にショックを受けていることにベルは気が付いてしまった。そしてなぜこんな質問をしたのか連鎖的に考えて気が付いてしまった。

 あれ、この人もしかしてこの防具の製作者じゃね?

 

「神様それは……」

 

「いやだって考えてごらんよ。ベル君は強大な敵に追い詰められている、魔力はもう無い、頼れるのは自分の武具だけ。そんな時に『もう少しだけ持ってくれよ、試作型兎鎧(はじめてのピョンキチ)』なんて言っても、心が振るわないよ。そのままマインドダウンじゃないかなきっと」

 

「か、神様ーっ!!」

 

 ヘスティアが言葉で錬鉄した刃は見事にヴェルフへと突き刺さる。

 そこにはガクリと膝をついてマインドダウン寸前に追い詰められたヴェルフの姿があった。

 慌てて共に後ろを向き、耳元で会話をし出す二人。

 

 神様、神様、多分あの人製作者です、この防具の。

 え、マジ?

 マジもマジの大マジですよホント! どうするんですか!

 あ、あわわわわ。

 

 そんな会話をしているがヴェルフの耳には届いていなかった。ヘスティアの言葉は全く持って的確な言葉だったのだから。

 自分は達磨に目を入れる段階で失敗していたのだ。達磨の目に星の形を描かれたらそりゃ困惑する。自己紹介で突拍子のない名前を出されたら嘘じゃないかと疑われる。自分の付けた名前がダサいと仮定して、『お、その装備なんていう名前なんだ?』なんて問われた日には、口ごもるような武具は確かに装備し難い。

 要するに、自分の付けた名前は DQN(キラキラ)ネームだったのだ。その事実がヴェルフに押しかかる。

 

「あーうー、ほら! ヘファイストスのファミリアには優秀な人が多いからさ! 単に他の人のも見てみよって思っただけなんだよ! それにこの製作者の……えっと、ヴェルフ・クロッゾ? えーと……思い出した! ヘファイストスが『意固地なところがあるけれど光る物が有る頑張りやな子』って聞いているしさ! レベル1の眷属でもよい腕だって聞いているよ! この子の他の防具もあれば見たいと思ってたんだ!」

 

 慌てて言い訳するようにこの防具の製作者を持ち上げるヘスティアだが、ヘファイストスの評価については本当だった。レベル1の中でも優秀な鍛冶師を聞いておけば、ベルが武具を選ぶ手助けになると思っていたからだ。なおヘファイストスの言葉の中に、『有り余るぐらい残念な子』という評価があったが口に出すことは無かった。

 それにヴェルフの防具や名前についても、アルバイトで陳列する際に見ているから全く知らないわけでもなかった。

 

「一応、僕が使う物なのでしっかり見極めたくて、これはサイズや収納性などの付加要素で少し手直す必要があるからです。僕らに伝手は有りませんし、多く見積もって1000ヴァリスぐらいだとして、少し予算が厳しいですから。同じぐらいの質の物で要求が充分なものがあるかもしれないと思ったんですけど……」

 

 一方ベルは実利的な面で理由を話す。実際は装備できなくはないが、同じ質の物で更に要求を満たす物があるかもしれない、という事で他の装備も見て回るつもりだった。

 

「その、もしかしてこの装備の製作者ですか?」

 

 この段階ならもう流石に分かるだろう、といったところでベルはヴェルフへと尋ねる。

 立ち上がったヴェルフは恥ずかしそうに頭の後ろを掻き、口を開いた。

 

「あー、流石に分かるか。不格好なところを見せちまって悪かった。それに気も使わせちまったみたいだしな。一応その武具の製作者のヴェルフ・クロッゾだ」

 




立場入れ替え
エイナ⇔ヘスティア

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