ベルくんちの神様が愛されすぎる   作:(◇)

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二話上

 小さいころ、ベルは暴れ牛を見たことがあった。身体のどこかに針でも刺さったのか、目につくもの全部ぶっ飛ばしてやると言わんばかりに大暴れした牛を、村人たちはどうにかして抑え込んでいたのを遠目で見ていたのを覚えている。

 たった今ベルの後ろから迫っているのはその数百倍は恐ろしいと胸を張って言えるだろう。暴れ牛が巨人の四肢を持って追いかけてくるなんて、冗談は本の中だけにしろと吐き捨てたくなった。

 無論、生死を賭けている状態で言葉にすることは無い。ベルは愚痴を削ぎ棄てて前方に見えるモンスターの情報を叫ぶ。

 

「ヴェルフ! 前方60コボルト6! すれ違いで左から4いける!?」

 

「3! それ以上は分からねぇ!」

 

「分かった僕も右から3をやる、次の角を右!」

 

「あいよ!」

 

 疾走しながらヴェルフは太刀を両手で構え、ベルは背にあるサブのバックパックに手を伸ばすと、それごと掴んで振りかぶる。

 自分の筋力値と相手との距離を目測で測り、魔“石”の入ったバックパックをぶん投げた。

 コボルトたちがベルとヴェルフに気が付いたのは、ベルが既に投擲を終えてからだった。自分たちにとっての敵がいる、一匹のコボルトが気配に気が付きその方向を見たとき視界に入ってきたのは、景色一杯に広がるバックパックの生地だった。

 

『グギャ!!?』

 

 魔石の詰まった袋はそれなりの殺傷力があったらしく、それを顔面に喰らったコボルトは血反吐を吐いて弾き飛ばされる。何が起こったのか分からない、つい倒れた仲間を目で追ってしまったコボルトは、もう一人の仲間がさらに突然倒れたことで頭の中の混乱が更に広がった。

 それは投擲用のナイフだった。柄が無く刃がむき出しになったそれが、仲間のコボルトの後頭部に突き刺さっている。

 ごちゃ、と。ナイフを抜き取ろうとして手を伸ばしたコボルトは、後頭部の痛みと顔面を潰した音を最後に聞いて意識を失った。

 

「(……あっぶなぁ! よくしっかりと当てられたな僕。ついてる……いやついてたらこんな状況が有るか!)」

 

 コボルトを踏み潰し、姿勢を低くしてナイフを回収後そのまま駆け抜けたベルは、内心で冷や汗をかきながら走り続ける。

 バックパックは確かに狙ったが投げナイフはせいぜい怯めばいい程度のものだった。まさか行動不能にまでなるとは思わなかったのだ。最初の投擲が効き、また適正階層よりも上層であるためかヴェルフも問題なく三体のコボルトを辻切って倒していた。

 

『ヴォオオオオオオオオオ!!!』

 

 ただし状況は全くよくなっていない。ベルは回収したナイフをホルダーに仕舞い舌打ちする。

 

「おいベル、どうする!? このまま逃げ続けんのか!?」

 

 ヴェルフは叫ぶようにベルへと指示を仰いだ。

 ヴェルフは冒険者としてはステータスや経歴は先輩だと言えるだろう。しかし本職は鍛冶師であり、戦いを生業としてきた年数はベルの方が上であると知っている。それがヴェルフとベルが組んだ理由なのだが、此処では割愛する。

 頼りすぎてもいけないが、この極限状態で経験も何も在った物ではない。だから恥ずかしいとも思わなかった。

 少なくともどうすればいいか分からない状態で、自分はベルが考えたこと以上の判断を下す洞察力は無いと、ヴェルフは自分の無知を知っていた。

 

「……地上まで逃げよう。ルートは出す、ヴェルフは体力はそこまで持つ?」

 

「問題ねぇ、だけど大丈夫なのか?」

 

 大丈夫、というのはベルの体力のことではなく、地上にモンスターを、それも中層に位置する奴を出しても大丈夫なのか、という意味だった。

 現在4階層に居て七割程度の力で走っているが今のところ問題は無い。敏捷だけならヴェルフもベルも互角といったところだ。そして地上に出してしまえば、生き残る芽は絶対にあるとベルは当たりを付けていた。

 簡単だ、モンスターが時折ダンジョンから外に湧いてくるなんてことがあれば、オラリオに住民が居つくはずがない。そのためベルは少なくともレベル2以上の人員が入口に常時待機していると踏んでいた。

 自分たちにどうしようもない以上、上級の冒険者に任せるしかない。居なければやりたくはないが、確実に居るだろう下級冒険者に押し付けることも考えていた。

 

「大丈夫だ、僕を信じて」

 

「それしかねぇんだ、信じるよ。っちぃ! もう来やがった!」

 

 通路の奥からミノタウロスが迫ってくるのが分かり、ベルとヴェルフは余計な口を叩くことすらせずに足を動かし続ける。

 

「(本当に幸運なことに……あのミノタウロスは負傷しているしサイズも小さい。充分に逃げられるぐらいの速度だ)」

 

 きちんと目視で確認はしていなかったが、あのミノタウロスは角も折れ、身体の所々は打ったような打撲跡があった。何度も壁に激突しているのは何かに怯えしっかりと前が見えていないのかもしれない。

 それでも自分たちを追いかけてくるのは、目の前の敵を倒さなければならないと言うモンスターとしての防衛反応が過剰に働いているのだろうか。

 混乱という異常状態に負傷、さらに弱い固体である。普通のミノタウロスに遭遇しない分、ベルとヴェルフはツイていると言えるだろう。

 だがそれでも倒そうなどとは思わなかった。敏捷Dはベルの中でも最高ステータスである。ミノタウロスが負傷してそれだけは互角の状態だった。なのに手負いの獣の状態になっているモンスターなど戦いたくは無い。

 

「(中層で冒険者が誤って逃がした? ……怪物祭絡みで動いていた【ガネーシャ・ファミリア】が捕獲にでも失敗した? くそ、迷惑な祭りを開くならきっちりリスク管理はしてよ! ……って)」

 

「っち、運が悪ぃ! おいそこのあんた、ミノタウロスが出たぞ逃げろ!!」

 

 ベルとヴェルフの視界に入ったのはT字路になっている通路の角から現れた女の冒険者だった。遠目からでは金の髪と軽装であるという事、女性であることしか判断が付かない。ただ周りに人が居ないのを見ると、ソロでダンジョン攻略をしている初級冒険者であるとベルは当たりを付ける。

 

「おい何やってんだ! 速く走れ潰されるぞ!」

 

 ヴェルフがミノタウロスを見て唖然とするその冒険者を、叱咤するように怒鳴った。ヴェルフもその女性が初級冒険者であると当たりをつけたからだ。

 上級になっている冒険者がソロでダンジョンに潜る愚行をするとは思えず、気まぐれで一人で潜るにしては遅い時間帯だ。冒険者として上級なのか下級なのか分からない。上級冒険者なら任せればいい、でももしも下級冒険者なら?ほぼ確実にミンチになって命があっさりと消える。ダンジョンはそう言う場所だ。

 ベルは思う。

 

 つまり、僕がこの女性にモンスターを押し付けて殺して生き残るわけだ。

 

 クソが、ふざけんな。やる事全部やってないのに放置できるわけが無いだろう。

 

 ベルは自分の筋力値と敏捷値を思い出し、重量はどこまで対応できるか、どこまで速度が保つかを頭の中から叩き出す。問題ないと言う結論を出した結果、ヴェルフへと叫んだ。

 

「ああもう! ごめんヴェルフ! 第二案!」

 

「え? わっ!?」

 

「そうするとは思っていたよ! 安心しろコノヤロウ!」

 

 身体を前へ倒し姿勢を低くして走ったベルは、その女性にすれ違いざま女性の腰あたりを腕にひっかけるようにして抱きかかえる。俵を担ぐように女性を肩へと持ち直したベルは、視界にゴブリン二匹が入ってきたことが分かる。

 任せろ、と。そう一言言ったヴェルフは速度が落ちたベルを追い抜き、前方に出現したゴブリンを撫で切りにして再び並走した。

 

「え? え? 待って……君たちは」

 

「喋るな! 舌噛むよ! ヴェルフ、モルブルボムを使う。数秒でいいから膠着状態を作って欲しい」

 

 肩に居る女性が何かを言おうとしたようだが、それを無視してベルは思考を続ける。

 ベル自身が女性という荷物を負ってしまったため、ミノタウロスと同等程度だった速度は落ちてきていた。遠くない未来追いつかれると判断したため、地上まで逃げる案は却下された。

 第二案がモルブルボム……煙幕と臭い消しの複合爆弾の使用だった。【強臭袋】と呼ばれるモンスターとのエンカウントを避けるアイテムを、接敵してからも回避できるようにしたものだ。炸裂させればモンスターにとって有害な臭いと煙が、方向感覚や視界を滅茶苦茶にするという結果が起こる。それは中層以降のミノタウロスでも例外ではないだろう。

 

「おいおいおい、アレ相手に打ち合えってか? 無茶言ってくれるぜベル」

 

「明日から金銭的に僕の無茶が始まるから勘弁してくれないかな。ナァーザさん、此処ぞとばかりにふっかけてくるから」

 

 そしてそれを第二案にしていたのは、今のベルには製作費用がそれなりにかかる。少なくとも今週の収入の殆どが吹き飛ぶ程度には。

 ベルはオラリオの外で出会ったシアンスローブの顔を思い出してモルブルボムを使いたくなくなった。しかし確実性を考えて使わないわけにもいかない。

 このまま逃げながら投げる準備をしてもいいが命中率が不安になる。全体的な生存率を考えてヴェルフに負担を押し付けることにベルは内心で申し訳なく思った。

 

「ご愁傷さん! 無茶させるんだから俺にも後で飯奢れよベル!」

 

「なんとかなったらね! ―――3カウント後にこっちも投擲準備する。反転して一当てお願い。投げるタイミングはこっちで言うから地面に伏せてすくこっちに離脱して」

 

「あいよ、分かった」

 

「申し訳ないけれど貴女もカウント後に降ろすから先に逃げて下さい」

 

「ん、分かった」

 

 ミノタウロスに追われているにもかかわらず澄ました顔で答える女性に、ベルは天然さんか! と内心で思った。

 

「じゃあ行くよ! 3、2、1、行って!」

 

「おうよ!」

 

 ベルは急ブレーキをかけるようにその場に留まると、足から着地するよう肩から女性を下し、バックパックの中を探った。

 

 

――

 

 ベルと呼ばれた少年が叫ぶと同時に、その声に応える様ヴェルフと呼ばれていた青年がミノタウロスへと駆ける。その様子を女冒険者――アイズ・ヴァレンシュタインは剣を構えすぐに助太刀に入れる体勢で見ていた。

 遠征から帰還する際にミノタウロス達が【ロキ・ファミリア】の団員に怯え上層向けて逃げ出す事故が起こり、散り散りになって団員たちがその討伐に向かっていた。そして上層付近まで最後二体になったところでベートと二手に分かれ、最後のミノタウロスに追いついたところだった。

 だが自分が下の冒険者に抱きかかえられてしまうのは予想外だった。さらには二人組の冒険者――ベルとヴェルフはミノタウロスを何とかする算段を付けたようだ。

 

「(……どうしよう)」

 

 アイズはベルたちの短いやりとりの間に考える。自分が何かを言おうとしたがそれはベルに遮られてしまった。さらに彼等が目の前の負傷したミノタウロスを倒せる相手だと判断したらどうなるか。

 モンスターの横取りは余計な諍いを生み出しかねない。そして目の前に居るモンスターはミノタウロスにしては小柄なサイズで負傷もしている。ベルとヴェルフが討伐するという選択をすることもアリだとアイズは判断した。

 

 だからこそアイズは此処で戦いを見守るという選択を取った。万一に繋がると判断した場合に介入する、そう考え一目も残さず状況を観察した。

 

 1秒

 

 ベルはバックパックから取り出した、楕円形の道具に着いたピンを引っこ抜いた。ジジジ、と小さな音を立てるそれを手に振りかぶる。落ちてから起爆させるのではヴェルフが離脱できない。まだか、と冷や汗を流しながらベルは戦況を見定める。

 ヴェルフは大太刀を上段に構えてミノタウロスに向かっていたが――感じた威圧感にすぐに打ち合う事は無理だと判断する。明確な敵意を感じたミノタウロスはその手に拳を握りしめて勢いをつけるためか腕を引いた。

 そこにヴェルフは大太刀を振り下ろす――フリをして地面を前転するようにして転がった。ヴェルフの顔面向けて放たれたミノタウロスの拳は、チッっとヴェルフの髪を掠め地面を砕いた。

 

2秒

 

 アイズは剣を構えて動かない。だが内心でヴェルフではミノタウロスに及ばないと判断する。一太刀が届かないと彼が判断したのなら……介入する。たとえその隙にミノタウロスの一撃が放たれようとも、この距離ならばそれごと斬り伏せることはできると判断した。

 

 体勢を直したヴェルフは、下段に構えた大太刀でミノタウロスの後ろ腿を切り上げる。裂いた感覚ではなく、腿に沿ってなぞるように滑った斬撃の感覚に焦りを感じていた。

 

「(冗談だろ! 全うに入って薄皮一枚かよ!)」

 

 文字通り読み通り刃が立たない。一番力の入る上段からの切り落としではなかったが、刃が通るかどうかも疑わしい。つまるところ……自分がこのミノタウロスを倒すためにはモンスター共通の弱点である魔石を砕くしかない。

 瞬間、後ろ目にミノタウロスとヴェルフの目が合った。やべえ、と感じた瞬間何も考えず、ミノタウロスの脇目掛けて飛び込んだ。放たれたのは地面に埋まっていたはずの拳、裏拳が暴風の様に振るわれる。

 裏拳を放たれていた右ではなく、ミノタウロスの左に飛び込んだヴェルフは運よくその一撃を回避する。右の拳を振りぬいた姿勢ならば左の方が体の可動範囲が狭く致命傷にならないと判断したのが当たったようだ。

 だがヴェルフが戦闘中に考えられた思考はそこまでだった。斬撃の一撃でひるませられるという判断が外れた以上、考えが遅れたヴェルフはミノタウロスの一撃を、初撃のように計算通り避けられず、無様に頭から地面に突っ込む羽目になる。

 

 3秒

 

「(ああ、こいつはやべぇ)」

 

 この思考が終わらないうちに自分は地面に倒れ伏すだろう。ヴェルフはその事実を他人事のように感じていた。

 魔石を砕く? 負傷している? 弱い固体? 冗談はやめろ、こんなのが相手に成るはずがねぇだろ。

 後先も考えない回避行動の後は明確な隙ができるに決まっている。その状態を踏み潰すことなどミノタウロスにとっては他愛のないことだろう。一撃喰らったら終わる、耐久も力も流石中層のモンスターと言ったところか。

 

「(時間作って伏せたんだ、なんとかなるだろ、なぁ! なんとかしろよベル!)」

 

 死ぬ間際、人間の脳は生きるために高速回転し辺りの情景を遅く見せるらしい。背後に感じる威圧感と殺意は明確に自分の身体を突き刺してくる。

それはミノタウロスがどうにもなっていない事を表していた。

 

 アイズは身体を前に倒し駆けようとした。ヴェルフが回避になっていない状態でミノタウロスの一撃を避けられたのはいい、だがそれ以上は続かないだろう。見守るのは、ここまでだった。

 

「前に跳ねろヴェルフ!」

 

「ぁあぁぁあああああああぁぁああああ!!!!」

 

 ヴェルフの喉から洩れたのは了解の意味もなく、単語ですらない叫びだった。

 結果どうなるか分からない、分からないがベルがそう言ったのだ、やることに絶対に意味はある。ヴェルフがベルの言葉を理解できたのは無意識の信頼だった。

 

 無茶な体制、無茶な勢いで頭から地面に突っ込むところを、無理やり手を前に出して地面に着いたのだ。

 そのまま上手く地面を掴んだヴェルフは、腕力だけで身体を前に投げ出した。【ステイタス】の恩恵を前面に出して常人以上の力を以ってしても、腕がミシミシと嫌な音を立てたのを感じる。それでもハンドスプリングを無茶な姿勢で行い、身体を前に跳ばすことはできたのだった。

 空中で一回転したヴェルフの横をベルが投擲したモルブルボムがすれ違った。

 

 

 ごしゃあ!

 

「おいアイズ! てめえなにやって……」

 

「え?」

 

「あ」

 

 




立場入れ替え
ベル⇔ヴェルフ
アイズ⇔ベート

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